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巡りゆく星たちの中で > 未来からのノック

未来因果班の観測室は、昼夜という概念から切り離された空間だった。
壁一面を覆う光学パネルは心臓の鼓動のように淡く明滅し、因果数列が静かな流れを保ったまま循環している。
それは過去と未来を往復する情報の呼吸であり、この班が世界と接続している証でもあった。

その日の観測も、本来なら何事もなく終わるはずだった。
少なくとも、表層のデータが示す限りは。

未来因果班員イリア=ハルネスは、第七因果層の整流作業を淡々と続けていた。
単調だが、わずかな誤差が未来予測全体を歪めかねない重要工程だ。
そのとき、視界の端で数値が不自然に跳ねた。

揺らぎ。
だが、いつもの誤差補正で吸収される種類のものではない。

イリア「……今、何か通った?」

無意識に漏れた声は、ほとんど空気に溶けた。
揺らぎは明確に“未来側”から押し寄せていた。
未来因果観測は、あくまで受信だ。
触れられることなど、想定されていない。

だが今の反応は違う。

叩かれた。

観測装置の内壁を、誰かが軽く指でノックしたかのように。

イリア「主任……これ、見えますか」

班主任シエル・カミュ=トルナスが無言で歩み寄り、表示面を覗き込む。
冷静沈着な彼の瞳が、一瞬だけ揺れた。

シエル「……因果逆流反応。だが、これは規格値を超えている」

イリア「強すぎるというより……意図的です。“こちらに触れに来ている”」

未来側から因果線へ干渉するには、禁忌級の高位因果演算が必要になる。
倫理規約では最重違反。
未来因果班の存在意義すら覆しかねない行為だ。

それでも——確かに触れてきている。

次の瞬間、観測装置の中心に波紋が走った。
音もなく光が立ち上がり、空気がわずかに震える。
装置内に白い文字列が浮かび上がった。

《記録保持者:該当なし》
《照合:未来時点の班標識との一致を検知》

シエル「未来時点の……班標識?」

未来因果班の標識は変更予定がない。
だが表示された紋章には、見覚えのある構造と、まだ存在しない意匠が混在していた。

イリアの背筋を冷たいものが走る。

イリア「未来の……私たちが、こちらを見ているみたいです」

シエル「覗いている、では済まない」

彼の言葉を遮るように、新たな文字が浮かぶ。

《——聞こえるか》

その瞬間、観測室の光が一斉に落ちた。
停電ではない。
未来因果層に意識レベルの干渉が入った際にのみ起こる現象だ。

イリア「主任、返答を——」

シエル「待て。応答すれば因果が確定しすぎる。これは……試験か、警告か」

文字列は淡々と続く。

《こちらは……まだ名を持たない……班》
《時間がない》
《ひとつだけ伝える》
《——失われる前に、記録せよ》

最後の文字が表示された瞬間、観測室が大きく揺れた。
光が弾け、紋章と文字列は水面の泡のように消失する。

揺らぎは、嘘のように静まった。

イリアは深く息を吐き、シエルも腕を組んだまま動かない。

イリア「……未来の班からの警告、でしょうか」

シエル「断定はできない。だが確かなことが一つある」

彼は、文字が消えた空間を見つめ続ける。

シエル「我々の未来は、何かを失う。そしてそれは、記録されなければならない。未来の誰かが、それを望んでいる」

観測室は再び、穏やかな光の呼吸を取り戻す。
だがイリアの胸に残った感覚だけは、消えなかった。

——未来が、扉を叩いた。
そのノックが二度と聞こえないのか、
それとも次は、もっと強く叩かれるのか。

答えは、まだ因果の向こう側にある。


最終更新:2025年12月18日 11:36