共立公暦735年。
ユピトル学園主権連合体の首都サー・フォス――
白金の塔が林立し、空中庭園が幾層にも浮かぶ、静かで荘厳な都市。
行政塔最上層のラウンジでは、巨大なガラス窓から夕陽が差し込み、室内の金属装飾をオレンジ色に染めていた。
ゆるやかな旋律の空調音が流れる中、セレスは長い影を引きながらソファに座る3人へ歩み寄った。
彼女の動きは悠然としていて、時間そのものが彼女を避けて流れているかのようだった。
セレス「こんにちは。まずは、OSTSの設立おめでとう。あなた達、やり遂げたのね……」
柔らかな声がラウンジに溶けると、イズモは頭を掻き、気恥ずかしそうに笑う。
近くのテーブルにはスチームを上げるティーセットと、小さな菓子皿が並び、スパイスの香りが漂っていた。
イズモ「まあ自分は約1世紀前の例の事件で外交周りは退いてるけどね」
アルトは椅子に姿勢よく座り、目元に外交官らしい穏やかな笑みを浮かべる。
窓の外で浮遊車の軌跡がゆるやかに曲線を描き、室内にほのかな光が反射して揺れた。
アルト「ああ、そういうこともありましたねぇ。私達には知り得ない色々な苦労を経験なさったはずです」
綾音はスカートの端を軽く整えながら、くすっと笑う。
綾音「まあでもあの時退いて、イズモはイズモらしくなったしよかったんだけどね」
イズモは卓上の多機能端末を指先で軽く叩きながら苦笑する。
イズモ「内部のことをよく見れてなかっただけですよ。司令としての業務に追われててね」
セレスはマグカップを口元に近づけながら肩をすくめた。
その姿は百年という時を寄せ付けない若々しさがあり、照明に映える金髪が透き通って輝く。
セレス「謙虚だね。そして一世紀前と全然変わらないのね。私ったら、不老の悪さが滲み出てるらしいのよ。たまには違う服を着なさいと、結構、言われたりして。ふふ、あなた達の感覚ではどうなんだろね」
イズモ「それけっこうKAEDEに言われてるやつ」
アルトはティーカップを指で回しながら笑う。
アルト「ノリも全然、あの時と変わってないですね。本来なら私達、全員枯れてるはずなのですが……あらゆる出来事に飽きて、自死する不死者も絶えない中、私達は変わらずにいられる……」
イズモ「まあその時期はうちらには銀河文明時代に終わってますよ」
セレスは髪を一つ払いながら明るく笑う。
セレス「あははっそれもそっか。じゃあその終わりを少しでも良くするために、もっと頑張らないとね?特に、綾音さん?共立機構と大仕事を抱えてるって聞いてるよ。
エーテルスパインを向こうの銀河まで繋げるとか、銀河連邦を作るとか、なんか、壮大な」
綾音は遠くを見るように視線を上げ、足を組み替えた。
綾音「地球から大銀河文明作るよりはましと思ってるよ」
アルトは片肘をつき、いたずらっぽく微笑む。
アルト「それはどうかな?神々の防壁が怖くないんですか?ちょっと、自信を持ちすぎでは?」
綾音は苦笑しながら頬をかく。
綾音「まあもちろんそれもあるから遅くなってるけどね。それがなければ同盟関係もってる他銀河文明増やして、今頃は共立機構は旧
ピースギアぐらいになってたと思うよ」
セレスはテーブルに肘をつき、軽く目を細める。
セレス「そうね。それについては、もはや異論の余地はないからね。例の大統領は認めないだろうけど、あの彼を動かして方針転換へと至らしめた……つまり、OSTS創設のきっかけを作ったのは、紛れもなく、あなた達。それは誇って良いと思う」
アルトは視線を落とし、静かに続ける。
アルト「正直、最初はある種の傲慢さを感じましたし、この魑魅魍魎が溢れる
共立世界でやっていけるのか。少し、心配ではありました。実際、大統領との会談では一悶着、あったと聞いてますし。外交儀礼の面でも、相手に不快感を悟らせない技術が必要です。その点に関しても、正直最初は、未熟に思えたのが本当のところです。ただし、それは当初の誤解であって、あなた達は実際にピースギアたる重みを私達に示してくださいました。もう私達は、仲間ですよ。ある異世界の言葉で、一蓮托生とも言いますかね」
イズモは笑いながらソファに背を預ける。
イズモ「ある種その正直な外交がいろんな恒星系文明から支持を得てきた経緯があるからね。」
綾音「一蓮托生という言葉は何世紀ぶりに聞いたかしら?でもそういってもらえてうれしい」
セレスはティーカップを指先で回しながら、そっと視線を遠くに向けた。
窓の外には黄昏色の雲が静かに流れ、まるで過去の記憶をなぞるようだった。
セレス「今は落ち着いてる……けど、ほんの3年前に
湧羅戦争があったわね。そういうことが往々にして起こるのが共立世界のアキレス腱だからね」
アルトはふっと眉をひそめ、真剣な表情で頷く。
グラスの中の氷が小さく音を立てた。
アルト「困ったものです」
イズモは肩をすくめ、どこか他人事のように見えつつも、瞳の奥では複雑な感情が揺れていた。
イズモ「ピースギアとしては戦争反対といいたいところだけど国家間で納得したなら、まあ結果がましになったから仕方のないことなのかぁ」
綾音は穏やかに息をつき、ティーカップを持ち上げながら静かに返す。
綾音「そうね」
少し空気が重くなりかけたその瞬間、セレスはわざと軽く話題を転じるように体を前に傾けた。
セレス「まあ、文化というのは時に重たいものだけど、そのある意味厄介な玄羅の指導者とそのうち絡むことになるんでしょ?支部を立てる件で」
アルトは苦笑しながらも、どこか確信めいた表情で語る。
アルト「でも大丈夫ですよ。彼女は人情に厚い人格者だと聞いてますし、客人を弄んだり、いたずらに試したりするような真似はしないでしょう。某 国 の 大 統 領と違ってね」
綾音は小さく吹き出し、ソファにもたれかかった。
綾音「ええ、ちょっと銀河文明時代の因縁相手がらみで最近妙な兆候が報告上がってまして、それでピースギアのある種特異な技術が必要なんで全セクターに支部を建設する運びになった感じなのよ。」
セレスは頬杖をつきながら、ゆっくりと微笑む。
セレス「それなら、なおさら玄羅との協力が必要になるでしょうし、互いの予測精度を挙げるためにも、共有をしておくのが良さそうね。まあ、私が指摘するまでもなく、先方は、そのつもりでいるだろうけど」
アルトは視線を下に落とし、少し探るように言葉をつなぐ。
アルト「それにしても……因縁か。共立機構に問い合わせても、機密事項の一点張りで、教えてくれませんでしたね。何か、すごいことでも起きそうですか?」
綾音はわずかに肩を上げ、申し訳なさそうに苦笑する。
綾音「まあ機密事項だから詳細は教えられないけど、共立機構全体にかかわるくらいの重大事項ってことだけは...」
アルトは深く頷き、表情を引き締めた。
アルト「はい。分かりました。もう言わずとも、その時がきたら公表されるであろうことを察しましたよ。綾音さん。分かってて言ってるんだろうけど」
セレスはくすりと笑い、綾音に視線を送る。
セレス「ごめんね。この人、職業柄だから……」
イズモは緊張をほぐすように身を伸ばしながら軽口を返す。
イズモ「まあなんにせよ、未来予測で最悪な事態は回避したいところだね。」
ふわりと空気が緩む。
セレスはテラスの向こうの夜景に目を向けたまま、静かに問いかけた。
セレス「そうね。これまで、共立世界と接してきて、どうだった?これから、やっていけそう?」
イズモは即座に答え、場に柔らかい空気が戻る。
イズモ「綾音がトップなら安心して。ピースギアは安泰だとおもうよ。まあ自分は技術向上や未来因果の仕事やるだけだよ」
アルトはわざとらしく咳払いし、茶目っ気たっぷりに続けた。
アルト「セトルラームともなんだかんだ言って、いい感じらしいじゃないですか?いけませんねえ?ユピトルと彼の国の関係がよろしくないことは留保しておいて頂きたいものです」
セレスはアルトの頭を軽く小突くような視線でピシャリと制した。
セレス「こらこら。ガチの外交案件をここで出さないの」
イズモは笑いながら手をひらひらと振る。
イズモ「確かに」
綾音は少し照れくさそうに笑い、足を組みなおす。
綾音「まあ、あの大統領とは同じ技術大国っていうだけのビジネスパートナーだけよ?」
セレスはふわりと微笑み、しかしその目の奥には警戒の光がちらついていた。
セレス「まぁ、そうでしょうね。そうでしょうとも。でもね、綾音さん。私達を信用してくれるのは光栄なことだけども、そういうことは、言わない方がいいよ。ほら、大統領が、聞き耳立ててるかもよ」
綾音は肩をすくめ、いたずらっぽい笑みを見せる。
綾音「聞かれてても変にセクハラされないための予防線よ」
セレスは困り顔をしながらも愉快そうだ。
セレス「まあ、仮に聞かれていても直に抗議とかなさそうだけども。ただ、あの男、根に持つタイプだから。どっかで微妙な損失を被る可能性もなきにしもあらずなので。まあまあ、メレザさんが嫌がるすべての要素を詰め込んだ存在だから」
アルトはカップを持ったまま、思わず苦笑する。
アルト「セレスさん……あなたも大概ですね……」
セレスは手をひらひらと振り、軽くごまかすように笑う。
セレス「ま、ビジネスパーソンは多いに越したことはないからね。パイプを持っておいて損はないでしょう」
アルトは姿勢を正し、真面目な声色に戻した。
アルト「そんなことより、今後の展望ですね。セトルラームの本星に支部を置くとのことですが、これについては我が国からも支援させてください。今は未来の安全保障に関わる重大事です。共立連邦、ユピトル間の小さな争いにかまけている場合では、もはやなさそうですしね」
セレスはため息まじりに笑い、軽く肩をすくめる。
セレス「もう、外交の場じゃないのに。まあでも、これに関しては大統領も異論は挟まないでしょう」
綾音はテーブル越しに前のめりになって確認する。
綾音「いいの?その方がありがたいけど」
セレスは指で机をとんとんと叩きながら、軽く笑った。
セレス「条件があるとするなら、私達が連邦との合法的な戦争に突入した場合、シナリス連合はセトルラームに対して、あらゆる提携を停止してほしい。それくらいかな」
アルトは手を広げ、柔らかく言葉を添える
アルト「少なくとも戦時中は、てことです。仮に、の話ですよ。そんな重たそうな顔をしないでください」
綾音は首をかしげ、しかし真剣に応じる。
綾音「まあ、うちは戦争に関しては中立だし共立機構の傘下機関みたいなもんだから、その条件は全然飲むよ?提携してる状態じゃなくなるだろうし」
セレスはほっとしたように微笑む。
セレス「なら、問題はないね。後日、正式な外交締結の場を設けるので、そこで調印し、私達の側からも支部の建設に要する物資と人員の提供をお約束します。て感じかな~。にぱ~」
綾音は思わず吹き出しながら返す。
綾音「そうね。あとでそうしようか。人員だけーとか物資だけーとかの予定だったけど甘えちゃおうかしら?」
アルトは肩をすくめ、苦笑。
アルト「セトルラーム政府についてですが、もはや警戒するような相手ではないでしょう。あなた達にとっては。まあ、あのおっさんの性格があれな点を除けばでしょうけど」
綾音はごく自然に答えた。
綾音「まあ確かに警戒するというより共生する方が楽な相手って感じね」
セレスはどこか面白そうに目を細める。
セレス「法にうるさい割には、意外とフランクなのも貴女らしいわね。今度、
ロフィルナ王国にでも挨拶に行ってみたら?きっと面白い歓迎を受けられるよ。あの、物理的ではなくて、普通に歓迎する類の」
アルトは眉をひそめ、やや嫌そうに首を振った。
アルト「やたら銃砲が鳴ってて、やかましいだけです。それにあんな国、行ってどうするのですか。だめですよ。セレスさん。そんな、困らせること言っちゃ」
セレスは唇を尖らせ、反論する。
セレス「人を困らせるのが趣味のあなたに言われたくないわねぇ」
アルトはイズモに視線を移して肩を落とす。
アルト「ほらぁ、イズモ君がぽけーってなってますよ、もっと話題を選ばないと。ねえ?綾音さん」
綾音は笑いながら頷く。
綾音「たしかに外交の話ばっかりだったね」
イズモは苦笑して背もたれに寄りかかった。
イズモ「しゃあないよ。このメンツなら」
アルトは軽く指を鳴らすような仕草で言葉を続けた。
アルト「本題に入る前に、ちょっとだけ肩慣らしをしましょうか。イズモ君は戦いが得意だそうですね?前の世界の経歴から、そう感じたのですが」
イズモは手を左右に振り、否定するように首をふった。
イズモ「戦いが得意っていうかもともと技術者で転生時にこの能力もらって二足歩行兵器改造したり創造したもので身を守ってただけだよ。戦い自体は好き好んでやってはないかな?」
アルトは興味深そうに身を乗り出す。
アルト「興味深いですね。いつか聞こうとは思ってたんですけど、やっぱり、今質問しますね。あなたのその創造能力は、誰によってもたらされたものなのですか?神にも等しい個人が、そちらの世界にもいたのでしょうか?」
イズモは天井を少し見上げながら答える。
イズモ「まあ……そんなところかな?何回もループしてるうちに神に近しくなって世界を修正する力を持った少年からもらった感じだね」
アルトは軽く息を呑んだ。
アルト「……なるほどね。複雑な事情をお持ちのようだ。しかし、近年は異能封鎖の技術も現実味を帯びてきていると聞きます。その後、それが悪用されないとも限らないわけで、気をつけてくださいね」
イズモは安心させるように笑って答えた。
イズモ「まあそうね。でも、なんだかんだ言って平和維持軍が管理すると思うから、それを悪用されない限りは大丈夫なんじゃないかな?」
セレスは指先でテーブルをなぞりながら話題を切り替える。
セレス「……そうね。まあもういいでしょう。外交の話は。これからの展望ね。本題だけども、あなた達は、支部を作った後、どのように活動領域を広げていくつもりなのかしら?ああ、これも外交の話か?まあ、くだらない話題に変えて楽しむのも一興だけども。せっかくだからね」
綾音は迷いなく応じる。
綾音「まあ活動領域は平和維持軍と同じになるとは思うよ?数は桁が違うけど」
セレスは軽く目を見開き、感心したように頷いた。
セレス「桁が違う……結構な、大事業になりそうだね」
イズモが、窓の外に広がる地球文明風の広告ホログラムに視線を向けながら、ぽつりと言った。
イズモ「話は変わるけど、最初に来た時から思ってて、かなり地球文明が浸透しててすごいなぁって思う」
セレスはカップを手のひらで包み込むように持ち、長いまつ毛を伏せて小さく息をつく。
暖炉の光が彼女の輪郭を黄金色に縁取っていた。
セレス「それが問題なのよ。良くも悪くもね。悪い点は、やっぱり言語政策とかもそうだけど、地球系列の移民と先住民との間で諍いが増えたことかな。良い点は、
共立英語が一種の共通言語として浸透したこと。その結果、地球系列の文化が根づいて、多くの転移者を受け入れる土壌が整いつつあることだね。まだまだ、完璧ではないんだけども」
アルトは書類端末を閉じ、ソファに深く腰掛けながら、やや重い声で言った。
グラスの水面が揺れ、その光が彼の瞳に淡く映る。
アルト「まだ世の中には、そうした国家の保護を受けられない難民で溢れているのですよ。人口統計すらも対象外となるような、現実的に直視されない多くの漂流難民が、ね。正直言って、共立機構の闇ですよ。あなた達は良かったですね。高度な技術力を持ってたから、有益だと判断されて、領地も与えられた。そして、私達もまた幸運なのです」
綾音は、テーブルの上のカップを指先で軽く回しながら小さく息を吐いた。
綾音「確かに何度、共立英語に助けられたか…難民もうちは結構支援はしてはいるけどなかな減らない感じだね」
イズモは箸でたこ焼きをひょいとつまみ、皿の上を転がしながら思い出すように呟いた。
イズモ「そういえば、600年代に難民上がりの優秀な技術者いたよね。ちょっと不思議な最期だったけど」
アルトは一瞬だけ目を細め、暖炉の光を見つめた。
アルト「そうですか……その方はきっと、幸福な人生を送られたことでしょう」
セレスの表情に、百年以上の歴史を背負った者だけが見せる深い憂いが浮かぶ。
セレス「そう。私達は幸福なのよ。そして、今もなお、放置され続けている難民達を全員養うことは、この星団では不可能とも言われている……だからこそ、エーテルスパインを何が何でも隣の銀河につなげて、彼らの安全な開拓地を確保する必要に迫られた。いやあ、重たい話だね。たこ焼き食べる?」
イズモの顔がぱっと明るくなる。
湯気の香りに釣られるように、彼は元気よく返事をした。
イズモ「うん!」
綾音は頬を少し膨らませながら、苦笑混じりに手を振る。
綾音「たしかにユナと
カナタみたいな人を減らすにはそのほうがいいね。ってイズモ聞いてる?」
イズモは、もぐもぐしながら曖昧な声で返す。
イズモ「ふぅんきいてう」
綾音は額を押さえて呆れたように笑った。
綾音「食べながらしゃべるんじゃないの。全く」
セレスは微笑んで肩をすくめる。
セレス「まあまあ、いいじゃないの。話が重たくなりすぎたからね。ちょっとリラックスさせとこう」
アルトはグラスを軽く揺らし、その音を聞きながら思索に沈む。
アルト「まだまだ世の中には、不老の道を選ばない、あるいは選ぶことすらできない人々がおられるのですね。自分にとっての当たり前がいかに異質なものかを自覚させられます。」
セレスはやや意地悪な笑みを浮かべ、アルトを覗き込んだ。
セレス「アルトさん?あなた、幸運なのよ?」
アルト「うるさいですよ。この万年ババアめ」
暖炉の揺らぎが笑い声に重なって、室内の空気は再び温かくなる。
綾音は足を組み替えつつ、淡々とした口調で続けた。
綾音「うちの不老化技術は、ある種特異なのもあるし、だからこそ彼女たちには提案したときに永久延期っていう事実上拒否されちゃった感じではあるけどね」
イズモは空を見上げるようにして自分の理論を語った。
イズモ「自分の研究はあくまで魂は記憶に宿るという理屈で成り立ってるからテセウスの船の問題がついて回るから仕方ないんだけどね。」
セレスはテーブルに指を軽く置きながら、皆を見渡す。
セレス「ま、生き方は人それぞれだよ。逆に聞きたいのだけど、何かそちらからの質問等はないのかしら?」
アルトは苦笑しながら肩をすくめた。
アルト「私達の独壇場になっちゃいますね。このままだと」
綾音はふいに姿勢を正して問いかける。
綾音「そういえば学生主導の政治って地球生まれの私たちからすると抵抗ある人多いんだけどそういうのってなかったの?」
セレスは少し表情を引き締め、歴史を思い返すように語る。
セレス「まず、結論から述べると、あったよ。今もあるし、なんなら今からでも元の体制に戻すべきだと、そう主張する大人達もいるからね。……でもね、考えてみてほしいの。そうした大人のエゴによって、どれだけの子どもが洗脳され、あるいは、犠牲になってきたか。だからこそ、私は、かつてのユピトリーにおける女王としての地位を捨てて、今の体制を完成させたのね」
アルトは片眉を上げる。
アルト「セレスさん。それだけじゃないでしょ」
ソファに腰をかけていたセレスは、ふっと小さく笑った。
まるで何もかも見透かしているかのような、落ち着いた笑みだった。
ゆっくりとティーカップを置き、髪を耳にかけながら続ける。
セレス「その通り。まあ色々理由はあるのだけども、やはり人類には、価値観のアップデートが必要だと思うのよ。ここでも想像してみてほしいのだけど、仮に不老化した人間が権力を独占すると、どうなるとおもう?そして、現に今、それを採用している国家はどういう状況になってる?ここまで述べたら、だいたいご理解頂けるのではなくて?」
アルトは腕を組み、視線を落としながら一呼吸置く。
外のバルコニー越しに見える星雲が、彼の表情を淡く照らしていた。
アルト「そう願いたいものですがね。しかし、だからといって経験の浅い若者にトップの座を委ねるのは、通念的には危険が伴うものだとされています。極端に極端をぶつけたところで、結局カオスを深めるだけではないのですか?」
セレスは静かに頷き、背筋を伸ばして言った。
その姿はまるで星間国家の統治を司る“女王”そのものだ。
セレス「だからこそ、ここユピトルにおいても、首相という座を設けたのよ。この役職は一定の経験を持つ大人にしか務まらないし、実際、ユピトルは、この役職の権能によって体制を整えてきたでしょう?……とまぁ、そんなわけで、人によって意見が分かれるところだけども、少なくとも私はこう考えてる。価値観は、時代に合わせてアップデートするべきものだと。さもなくば、世界は硬直したイデオロギーで固められる、永遠の牢獄と化すでしょう」
綾音はストローを指先でくるくる回しながら、ややいたずらっぽく笑う。
綾音「たしかにどの時代も未来を切り開くのは若者だね。まあでも、学生に政治家のドロドロした考えがそれこそある種の洗脳になって人格が歪まないかだけが気になるかも?」
セレスは指先で机を軽く弾き、澄んだ音を響かせた。
それが彼女の答えの前置きのように感じられた。
セレス「そうならないように討論の機会を設けているし、言論の自由も保障している。そして何よりも重要なのが、序列制度の導入だね。言葉だけではなく、実績もちゃんと評価してバランスを取ってるんだよ」
アルトは深く頷き、真剣なまなざしで応じた。
アルト「その序列制度が新たな差別構造を生み出していることを承知の上で、あなたはそれを推進し続けている。この点に関しては正直、私とは意見が異なりますが、1つずつ問題と向きあって解決していくしかないのでしょうね」
綾音はソファに背中を預け、やや遠い目をしながら言った。
綾音「旧ピースギアでは教育において、いじめや対人トラブルの発生率は極めて低く、違反行為が確認された場合には通常の刑法と同様の厳格な処罰が下され、安心して学ぶことができる環境が整っていたんだけどいじめに対する対策ってなにかしてるの?」
セレスはそっと髪を払ってから指を立てる。
その動きは、精密な魔術操作のように無駄がなかった。
セレス「まず第一に、こちらの文化で述べるところのチャータ(決闘)は、イジメにはあたらない。なぜなら、互いの信念と力を証明するための公正なシステムとして考えられているから。第二に、公正な方法をもって行われる、如何なる対決も、ここユピトルではイジメとは見なされない。まあ、ここらへんの話をし始めると、実力社会ならではの弊害というものを感じるわけだけど。構造上の問題だね。では、公正ではないやり方で一人の尊厳を踏みにじるとどうなるか?答えは簡単で、そんな輩が高ランク帯を維持できるほど、この制度は甘くない。なぜなら、公正なやり方で勝てない人は無能にほかならないのだから。これで答えになってる?」
綾音は少し肩の力を抜き、安心したように息を吐いた。
綾音「完全に実力主義なのね。最下層ランク帯の子たちはどうなの?」
セレスは少し微笑み、手元の端末を軽くタップしながら答えた。
セレス「いい質問だね。結論から述べると、健康で文化的な生活は最低限ではなくて最大限に保障されてるし、このユピトルには、執事やメイドを派遣して学生をサポートする制度もあるんだよ。そのうえで、学生全体が勉学に励めるよう、序列ごとに特別な待遇を設けてモチベーションの向上を図ってるからね」
アルトはそれを補足するように頷いた。
アルト「少なくとも、最底辺のクラスがゴミ漁りをしてるなんてことはないです。ここは、メイディルラングでもセトルラームでもないので」
綾音「それを聞いて安心した。メイド派遣制度はすごいね」
セレスは肩をすくめ、やや不満げな顔で笑った。
セレス「世界も真似すれば良いのに。こういう話をするとね。かならず、湧いてくるの。財源が、財源が、財源が、信用が、云々言う輩が。私からすると、うるさいわ以外のなにものでもないけど」
アルトは軽く笑いながら、政治家の愚痴をこぼすように言った。
アルト「そこらへんは、その政策をやるための基金を創設し、投資をして運用拡大という手法がありますね。あるいはハイパーインフレにならない程度の緊急国債発行で対応するとか、インフレ率が上昇してきたら逆に増税するなり金利を上げるなりして対応するとか。いくらでも考えられるのに、やらない国があるんです……」
綾音はため息をつき、苦笑した。
綾音「まあその国にはその国の事情もあるしドロドロした政治家だと自分のお金増やしたいだけしか考えてない人いるからしゃあないよ」
アルト「いますねえ。どっかの皇帝とか、大統領とかねえ。気持ちよさそうにしてますねえ」
場にくすくすとした笑いが広がる。
その空気を切り替えるように、セレスが時計へちらりと視線を走らせた。
セレス「さて、そろそろ時間かしら。じゃあ、最後の話題。アリシア・レムナント中将は元気にしてるのかしら?あの人、いつも真面目で、ちっともこっちの茶会に付き合ってくれないのよ」
アルトは肩を上げ、苦笑いを浮かべた。
窓の外では小さなシャトルが一隻、静かに光の尾を引いて発進していく。
アルト「この前なんか、しびれを切らしてセレスさん自らがシナリス星系の駐留軍を訪問されて、困らせてましたね」
その瞬間、セレスはちらりと視線をそらし、ティーカップの縁を指でなぞった。
イズモはその仕草に気づくと、くすりと笑った。
イズモ「あのときか」
サロンの空調が静かに流れるなか、綾音は背もたれに寄りかかりながら目を細めた。
遠くで鳴る都市の航空レーンの音が心地よい背景音になっている。
綾音「まあなんか、シナリス星系がみんなの癒しの場になってる感じなのよね最近。なんでかしら?」
テーブルの上のディスプレイには、さきほど見ていた星系地図がまだぼんやり光っている。
その中心には、シナリスの恒星が柔らかく輝いていた。
アルトは表示を指差しながら、少し眉を上げる。
アルト「あのレクネールさんも入り浸ってるそうで……よっぽど、共立機構の議長職が重荷だったのでしょうか?」
綾音はくすっと笑い、肩を軽くすくめた。
サロンの天井に反射した光が彼女の髪を淡く照らす。
綾音「かもね?でも議長職降りてからは笑顔が前より増えてよかったよ」
アルトは胸の高さで手を組み、安堵したように息をついた。
彼の背後の窓には、ユピトルの広大な都市光がゆっくりと広がっている。
アルト「それなら良かった。本当に。……あ、今度アリウス陛下にもお会いになられては?セトルラームを含むロフィルナ連邦共同体のトップですよ。あの
ヴァンス・フリートンを転がして微笑んでいるそうですよ。すごいですよね!」
思わずその場に小さな笑いが起き、サロンの空気がまた少し柔らかくなる。
外では夜の交通管制灯がまたひとつ点滅し、次の艦艇の発進を知らせていた。
セレスはすぐに顔をしかめ、指でこめかみを押さえた。
セレス「その言い方……誤解を招くからやめなさい。普通に優しい人だよ」
綾音「確かにセトルラームとビジネスパーソンやるなら会っておいた方がいいね。」
セレス「たぶんだけど、良いお友達になれるのではなくて?きっとね。人徳も厚い方だし」
綾音が壁の時計を見て、驚き混じりに声を上げた。
サロンの空気はいつのまにか和らぎ、夜の帳がゆっくりと窓の外へ落ちていた。
ユピトル首都圏の光がまるで天の川のように広がっている。
綾音「あっ、もうこんな時間なのね。今日は冗談交じりにいろいろお話できてよかったし内情も知れて女子会にしては有意義すぎる感じだったね」
綾音は端末を確認し、少し名残惜しそうに肩を回した。テーブルの上ではティーカップが湯気を失い、静かに冷えつつある。
イズモ「たしかに女子会に紛れ込んだ男子感はあったけど」
イズモは笑いながら立ち上がり、コートを軽く払った。その顔には、場の空気に馴染みきった満足げな色が浮かんでいる。
アルト「おお同志よ。このヤバい女子達に乾杯しようじゃありませんか」
アルトがグラスを掲げると、サロンの照明が液面に反射してきらりと光った。
セレス「こちらこそありがとね。綾音さん。楽しかったよ。イズモ君もね」
セレスは控えめに微笑みながら席を立ち、カップを片付けるメイドへ軽く会釈する。彼女の仕草は柔らかく、しかし星間国家を治める者の品格を感じさせた。
イズモ「また女子会に参加させてくださいよ。男子だけど」
その冗談を最後に、場に小さな笑いがこぼれた。
そして――四人は一緒にラウンジを後にした。
サロンの扉が自動で滑るように開き、廊下へ出る。
透明な外壁越しに、巨大な宇宙港が眼下へ広がっていた。艦艇の航行灯が幾筋もの光の帯を描き、まるで夜空に浮かぶ流星群のようだった。
エレベーターで静かに下降していくと、床がわずかに振動し、足元に心地よい重力制御の波が伝わる。
綾音が指差した先には、四人が帰還に使う小型高速艇が待機していた。
白銀の船体がライトを受け、まるで水面に浮かぶ月のように輝いている。
綾音「わぁ……相変わらず綺麗ね」
思わず感嘆の声を漏らす。
アルトはパネルに手をかざし、ハッチが静かな音を立てて開いた。
内部からは柔らかな青光が流れ出し、彼らを迎え入れる。
セレスは裾を軽くつまみ、優雅に乗り込む。
その後ろでイズモが笑いながら言う。
イズモ「こういう時だけはエスコートしてもらおうかな~」
アルト「はいはい、乗ってください。早くしないと離陸枠が変わるんで」
イズモ「そんなに急かさなくてもいいじゃないですかぁ!」
イズモと綾音が乗り込んだエルニウス艦内は静かで、薄い白い光が通路を照らしていた。
それぞれが座席へ腰を下ろすと、艦内AI「アリス」が起動音を鳴らす。
《出発準備完了。ロヴィンエルナ軌道を離脱します》
窓の外でドックの照明が後方へ流れ、エルニウスは滑るように浮上する。
星々の海へ向かうその瞬間――四人が過ごした“女子会”の余韻だけが、柔らかく艦内に満ちていた。
最終更新:2026年01月30日 20:20