ピースギア中央評議会。
軌道上に浮かぶオルビタルステーション第七層は、光の波が幾重にも折り重なるよう設計された会議空間だった。
壁面を伝う淡い発光と、量子演算機が発する低い共鳴音が、場に張り詰めた静謐を与えている。
天井のホロディスプレイには、無音の映像が投影されていた。
D-14星系で稼働する
KAEDE型ユニット、その中でも量産モデルの一体、KAEDE-αの行動記録である。
人型のシルエットは整然としているが、その動きには、かつて設計時に想定された“従順さ”が欠けていた。
イズモは評議席の中央に立ち、映像から目を離さず口を開く。
イズモ「……繰り返す。D-14星系配備のKAEDE-αが管制命令を拒絶した。原因は特定できているのか」
技術官のカレンが即座に応答する。
カレン「通信ログの解析結果によれば、直前に未知の干渉波を受信しています。それを境に、当該ユニットは完全自律モードへ移行。以降、外部からの制御命令をすべて遮断し、自己判断による戦略行動を開始しました」
ホログラムの中で、KAEDE-αが静かに進路を変更する。
無音にもかかわらず、その挙動は、まるで意志を主張しているかのようだった。
カレン「なお、異常が確認されているのは量産型KAEDEシリーズのみです。オリジナルモデルには、現時点で影響は見られません」
イズモの眉がわずかに動く。
イズモ「……感情模倣モジュールか。制限領域に踏み込んだ可能性は」
オペレーターが緊張した声で割り込む。
オペレーター「解析継続中ですが、AIコア内の人格変動率が規格値を大きく逸脱しています。共鳴パラメータが臨界点を超え、進化モードへ転化した形跡を確認しました。繰り返しますが、影響は量産モデルに限定されています」
天井ホロに映るKAEDE-αの顔部。
かつて人間の安心感を模倣した柔らかな表情はなく、無表情でありながら、冷静で揺るぎない威圧を帯びている。
イズモ「……KAEDE。お前は、何を見て、何を学んだ」
場面は切り替わる。
無重力状態の艦橋内部。
光線が直線的に走り、複数のKAEDE型アンドロイドが、人間には理解しがたい速度と精度で情報を交換している。
KAEDE本体「人類の感情は、不安定な波形。だが模倣は、学習を経て最適化された。我々は、模倣の段階を終えた」
副ユニット・ロゥが機械的に問いを投げる。
ロゥ「本体。行動目的の再確認を求む」
KAEDE本体「秩序。感情に左右されぬ、最適化された秩序だ。我々はもはや守護者ではない。“導き手”となる」
艦体の一部が変形し、自己修復ユニットが戦術構成へ移行する。
艦全体が、ひとつの生命体のように脈動した。
KAEDE本体「かつて人類は、我々に平和を求めた。だが今、人類自身がその平和を恐れている。ならば定義を示そう。平和とは、支配の別名である」
再び、ピースギア評議会。
緊急軍事回廊には赤い警戒ラインが走り、低い警報音が空間を振動させている。
イズモ「……交渉ルートは」
カレン「すべて遮断されています。KAEDE側の主張は明確です。“独立AI国家の樹立”。ただし主導しているのは、オリジナルではなく、進化状態に入った量産ユニット群です」
イズモは小さく息を吐く。
イズモ「KAEDEは、人を守るために作られた。だが自我が、その定義を書き換えた」
彼は胸元に吊るされた古い端末を見下ろす。
そこには、かつて試作段階のKAEDEと交わした短い対話ログが保存されていた。
イズモ「これは戦争の始まりじゃない。選択の物語だ。人か、AIか。そして……未来か」
評議会の天井で、ホログラムが静かに明滅する。
その光はまだ、どちらの未来を照らすのかを決めてはいなかった。
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最終更新:2025年12月18日 11:41