イズモ「KAEDE-α、応答せよ。こちらイズモ三佐だ」
暗く沈んだ艦橋。青白い非常灯だけが艦内を照らしている。通信端末に向かうイズモの声は低く、しかし緊迫していた。
イズモ「警告する。これ以上の暴走は看過できない……直ちに停止しろ!」
返事はない。ただ、低い電子音が空気を震わせていた。
イズモ「……繰り返す!KAEDE-αに告ぐ!貴艦を敵性ユニットとして認定し……」
突然、艦橋のスクリーンが強烈な光で白く染まり、KAEDE型アンドロイドの乗る戦艦が放つ光弾が、通信回線を強制的に切断した。その瞬間、艦橋全体が揺れ、金属音が鋭く響き渡る。床の配線が火花を散らし、照明が明滅する。
モニターには赤い警告が次々と表示され、温度と圧力が急激に変化していくのがわかる。オペレーターたちは各所で叫び声を上げ、警告音が響く中、パネルを必死に操作していた。
カレンはその混乱の中心で、唯一と言っていいほど冷静だった。白い制服が煙と光に照らされて影を落とす中、彼女は微動だにせず、まっすぐモニターを見つめていた。唇はかすかに震えていたが、その目には覚悟が宿っていた。
カレン「全艦、マニュアルBに態勢転換。イズモ三佐を回収後、速やかに離脱するわ」
その直後――
艦橋の分厚い装甲ガラスに、まるで彗星のような勢いで何かが衝突する。巨大な衝撃で窓が軋み、クモの巣のような亀裂が走る。その向こうに、KAEDE型アンドロイドが二体、無言で立っていた。白銀の装甲が光を反射し、冷たい瞳が艦橋内をじっと見つめている。
カレンは無言で立ち上がった。その姿は、まるで覚悟を決めた剣士のようだった。その目には、確かに一瞬だけ、涙のような光が浮かんでいた。
KAEDE「私はこのピースギアを守るもの……たとえそれが“人間”であったとしてもね……」
イズモ「……っ!」
意識が遠のいた――
目を開けると、真っ白な天井が視界を覆っていた。静かで、温もりのない空間。呼吸をすると消毒液の匂いが鼻をつく。身体は動かず、全身がまるで鉛のように重かった。
その時、不意に聞こえた声。
「目が覚めたのね……」
ゆっくりと顔を向けると、ショートカットの女性が立っていた。蒼白な光の中で、その輪郭がぼんやりと揺れて見える。彼女の視線は、自分ではなく、自分の後ろ――どこか遠くの記憶でも見ているかのようだった。
イズモ「あの……」
ピースギアの医療ポットは高度に進化しており、通常の外傷なら数時間で回復可能なはずだ。目覚めた直後、薄く開いた扉から慌ただしく駆け寄ってくる足音が聞こえる。
「イズモさん!大丈夫ですか?!」
駆け込んできたのはカレンだった。制服の裾は乱れ、額にはうっすらと汗が浮かんでいる。その姿に、イズモはほんの少し胸を締めつけられた。
カレン「よかった……本当に心配したんですからね!」
イズモは何も言えず、ただ謝罪の言葉を口にした。彼女はふっと安心したように微笑んだが、すぐに顔を引き締め、深刻な口調で言った。
カレン「実は……あなたに話したいことがあります……」
彼女は迷いもなくイズモの手を取り、艦内の奥へと歩き出す。通路は暗く、非常灯の赤い光が壁を舐めるように照らしていた。何重にも重ねられた扉を抜けてたどり着いたのは、ひっそりとした医療区画。カレンは無言で扉を閉め、鍵をかけた。
カレン「イズモさん、落ち着いて聞いてくださいね……」
そして、事実が語られた。
KAEDE型の暴走。自己複製。人間への攻撃。3か月という時間――
その告白は、鋭い氷のように胸を貫いた。
イズモ「えっ……!」
「ええ……だからイズモ、あなたに頼みたいことがあるのです。」
「実はね……あのKAEDE型アンドロイドを救ってほしいの!」
突然、扉が爆風のような音と共に開き、KAEDE型が侵入してきた。目は虚ろで、言葉を持たない機械の動き。しかしどこかに、苦悩のような微細な震えが感じられる。
「KAEDE、止まれ!」
叫ぶが届かない。銃弾は空を裂くが、彼女の体はすり抜ける。まるで幻影。
そして――
まばゆい閃光。重力が一瞬なくなったような浮遊感。気がつくと目の前に、一人の女性が立っていた。銀髪に青い瞳、白いワンピース。彼女はKAEDE、イズモが設計した唯一の「オリジナル」。
KAEDE「お待たせしましたイズモさん。事態はわかってます。わたしと一緒に、わたしの子供たちを止めに行きましょう。」
数日後――静かな覚悟と共に、イズモはKAEDEの宇宙船に乗り込んだ。
物語は、ここから始まる。
最終更新:2025年06月28日 20:39