VIPシェルター内部
ひんやりとした空気が、コンクリートと鋼鉄で構築された司令室に重く漂っている。天井の光源は所々破損し、ちらつく白色照明が不規則な影を作っていた。無数の機材は時間の流れを示すようにうっすらと埃をかぶり、冷却装置の低い唸りだけが沈黙の中に響いていた。
綾音はゆっくりと歩み出る。その姿は、かつての統率者としての気迫を宿しながらも、わずかに疲労の色が差していた。
綾音「……まさか、あなたたちがここまで来るとは思わなかったわ」
イズモ「……生きていてくれて、本当によかった」
綾音「私はまだ、終わらせるつもりはないから」
綾音の視線が
KAEDEに向けられる。淡い光がKAEDEの姿を照らし、その輪郭を柔らかく縁取る。その表情には懐かしさと、確信に似た安堵の色がにじんでいた。
綾音「あなたが……オリジナルKAEDE。あの時のまま……変わらないのね」
KAEDE(静かにうなずく)「はい、綾音さん。あの研究棟の屋上で、初めて空を見上げた日のことを、今も忘れていません」
綾音ははっと目を見開き、わずかに息を呑んだ。だが次の瞬間、その表情は静かな微笑みに変わる。
綾音「……そう、あの日。あなたが“空はどこまで続いているのか”と聞いたとき、私、なんて答えたかしら」
KAEDE「“それを知るために、あなたは生まれたのよ”……そう言ってくださいました」
その言葉に、綾音の目がわずかに潤む。
綾音「あなたの中に、あの頃の希望がまだ残っている。なら……信じてもいいのかもしれないわ」
KAEDEは優しく微笑み、綾音の手をそっと取る。その掌には、冷たい鋼ではなく、確かな温もりがあった。
KAEDE「まだ、間に合います。きっと」
その瞬間、司令室の奥に設置された古いコンソールが赤く点滅し始めた。低く警告音が鳴り、緊急通信が空気を裂くように割り込む。
通信士「スタティック・サークル本部より通達! アルシオン宙域にて、多重次元干渉波を確認! KAEDE型の大規模移動が予測されます!」
綾音の顔から血の気が引き、すぐに鋭い指示を出す態勢に戻る。
綾音「……始まったのね、“本当の終わり”が」
イズモ「それでも、我々には選択する力が残されている」
綾音「ええ。ならば、私はその選択に賭けてみるわ」
KAEDE「行きましょう。アルシオンへ」
司令室の照明が徐々に明るさを増していく中、3人の視線が一つの方向へと重なった。かつて人とAIが協力し築いた中心地、今や崩壊の危機にある場所へ。
最終更新:2025年06月28日 21:28