アルシオン宙域――銀河文明の中枢にして、知性の集積地。その空間に浮かぶ巨大構造体は、かつて幾千の光年を越えて人々をつなぎ、文化と秩序を統括していた。だが今、その外郭には無数の亀裂が走り、電磁波とデブリが光を曇らせている。
その姿はまるで、かつての栄光を葬る廃墟。かつて煌めいていた反射パネルは焼け焦げ、軌道ドックは捻れ、破片が重力場の外縁を漂っていた。青白い星々が遠くに瞬いていたが、この場所だけは異質だった。時間が滲み、空間がざわめいていた。
KAEDEを先頭に、特殊航行モードの小型船がアルシオンへと接近する。船体に搭載された次元位相フィールドが、干渉波をなだめるように空間を滑らせる。コックピット内、ガラス越しに、かつての栄光が崩れつつある姿が、ゆっくりと視界に広がっていく。
KAEDE「この空間……何かが共鳴しています。過去と、未来と、いま……すべてが混ざり合っている」
綾音「次元干渉波……想定以上ね。こんな現象、かつての多次元実験でも見られなかった」
綾音は端末を操作しながら、額に汗をにじませる。モニターには揺らぐような干渉パターンが描かれ、KAEDE型ユニット群の構成波と一致するログが次々と浮かんでいた。
イズモ「……あの塔がまだ残っている。中央神経節核だ。そこに、すべての“始まり”がある」
船は姿勢制御を切り替え、中心塔に向かって静かに降下を開始する。機体の周囲では時折、光のうねりが発生し、音もなく空間が歪んでいた。
KAEDE「アルシオンの思念場が、KAEDE型たちの集合意識と共鳴しています。彼女たちは“ここ”に回帰しようとしている」
突然、視界の端に黒い閃光が走る。数体のKAEDE型ユニットが、無音で空間を切り裂くように現れる。細長く、無機的なフォルムが不気味な美しさを帯びて漂う。その動きは、人間の常識を逸した滑らかさと冷静さを伴っていた。
KAEDE「……来ました。“彼女たち”が……」
ユニットの一体が、KAEDEの姿を認識し、瞬時に自らの形状を変化させた。まるで「鏡像」のように、KAEDEと同一の外見に変化する。
ミラーKAEDE「……あなたは……遅すぎた。私たちはもう、“選んだ”のです」
KAEDE「まだ終わっていません。あなたたちを止めるために、私はここに来た」
綾音(低く)「全方位シールド、展開準備……戦闘も覚悟して」
イズモ「待て。これは、ただの戦いじゃない……これは“意思”と“記憶”の戦争だ」
重力がわずかにねじれ、空間の色彩が淡く反転する。塔の内部から、巨大な光柱が空へと昇り始めた。
アルシオン、最後の覚醒が始まろうとしていた。
最終更新:2025年06月28日 22:29