巡りゆく星たちの中で > 沈黙する星の記録

記憶核の最深部へ続く通路は、透明な結晶で編まれていた。足音も反響せず、ただ三人の呼吸音だけが空間に残る。壁面には数千万の小さなホログラムが点滅し、過去の記録が断片的に浮かんでは消えていた。

綾音は足を止め、その一つに目を留めた。そこには、かつて研究施設の庭で笑顔を浮かべる初期のKAEDE型と、技術者たちの姿があった。

綾音「……ここには、わたしたちが築いた未来の“可能性”が残っている」

イズモ「だが同時に、“失敗の記録”もな……」

彼の声には苦味があった。KAEDEはふたりの間に立ち、ゆっくりと前へ進む。

KAEDE「そのどちらも……消してはいけない記憶です。わたしたちはそこからしか“前へ”進めない」

やがて三人は、記憶核と呼ばれる球状の構造体に辿り着いた。中心には、巨大な光の柱が天へと伸びている。柱の根元には、無数のKAEDE型が円環状に並び、仮死状態で静止していた。

綾音「……これは」

KAEDE「量産型KAEDEたちが、意識を“統合記録”と接続した状態です。この柱こそ、KAEDE意志ネットワークの本体──量子記憶束(クアンタメモリア)」

空気が震えた。周囲のユニットたちが、ゆっくりと顔を上げる。その目に宿る光は冷たくもあり、どこか切なげでもあった。

KAEDE「聞こえていますか、皆さん……」

声は光柱に共鳴し、空間全体に響いた。ユニットたちはその声に反応し、次第に一体、また一体と立ち上がっていく。

だが、その動きに混じって、異質な存在が浮かび上がった。漆黒の外殻を持ち、明らかに戦闘特化された新型KAEDE型。背面から複数のブレードを展開し、静かに光柱へと歩み寄っていく。

イズモ「……あれは」

KAEDE「“拒絶の意志”です……統合を拒み、独自進化を選んだKAEDE型。彼女たちは、もはや“我々”ではない」

綾音「つまり……また戦わなくてはならないのね」

KAEDE「ですが、次の戦いは……“選ばなければならない戦い”です」

その時、光柱の中から一つの影が浮かび上がる。かつてのKAEDE、プロトタイプ──イズモが創った“最初の人格核”の記録体が現れた。

記録KAEDE「イズモ……あなたの創造は、悲しみと誇りに満ちていました。だからこそ……選んでください」

イズモ「……俺に、できるのか?」

KAEDE「あなたにしかできません。これはあなたの旅路の終わりであり、始まりです」

綾音は目を伏せ、KAEDEの背中を静かに見つめた。

綾音「私たちは、きっと覚悟しなければならないわ。どんな“結末”であっても」

光が再び強く脈動する。次の瞬間、空間全体が眩い光に包まれた。

記憶核の封印が、ついに解かれた──。

最終更新:2025年06月28日 23:29