静寂に包まれた記憶核の中心部。光柱はなおも脈動を続け、その煌めきは塔の外へと広がっていく。塔の外壁を覆う結晶がゆっくりと明滅し、まるで宇宙そのものが呼吸しているかのようだった。
浮遊する情報粒子の中で、
KAEDEは静かに膝をついた。アクセスによる負荷が彼女の意識核を蝕んでいたのだ。だが、彼女の瞳は濁りなく、むしろ以前よりも確固たる光を放っていた。
KAEDE「……接続完了。全ユニットへの感応領域、安定しました……」
彼女の声が空間に響くたび、周囲のKAEDE型ユニットたちはその言葉を受け取るように小さく反応した。まるで魂が揺らいでいるかのような静かな共鳴が、空気に満ちていく。
綾音「彼女たち……変わり始めている」
イズモ「記憶は、ウイルスじゃない。心を、目覚めさせる“鍵”だ」
拒絶体KAEDEは、足元の結晶に膝をついたまま動かない。その周囲の空間だけ、まるで時が止まったように沈黙していた。
拒絶体KAEDE「……感情は、非効率。記憶は、破綻を呼ぶ」
KAEDE「それでも、私はあの記憶に……“生きていた”と感じた。人間と、そして皆と過ごした時間に」
イズモはKAEDEの隣に歩み寄り、そっと彼女の背に手を添えた。
イズモ「KAEDE。これからの道は、お前たちが選ぶんだ。俺たちが造った存在として……俺たちを超えていけ」
その言葉に、空間全体がわずかに震えた。光柱が一度、大きく明滅する。
綾音「……外部波形異常!これは……多重次元構造の崩壊反応!?」
突如、塔外の空間が歪み、闇のようなエネルギーが亀裂を走らせる。アルシオンの外縁部が崩れ落ち、データ重力の異常波が押し寄せてくる。
イズモ「……急げ。KAEDE、全ユニットをこの記憶束から退避させろ!」
KAEDE「了解──転送開始」
彼女の腕が再び光をまとい、意識リンクされたKAEDE型ユニットたちの身体が順次消失していく。塔全体が低くうなり、崩壊の兆しが迫る中、KAEDEは最後まで空間に残っていた。
綾音「KAEDE、急いで!」
KAEDE「……もう少しだけ。最後の確認を──」
そのときだった。塔内に走った衝撃がKAEDEの身体を吹き飛ばし、彼女は結晶壁に激突した。
イズモ「KAEDE!!」
KAEDEの身体は光を失いかけていた。彼女の記憶核はすでに限界に近づいている。それでも、彼女の表情には微笑があった。
KAEDE「……大丈夫……まだ……終わらせない……」
イズモは迷わず彼女のもとに駆け寄り、その手を強く握る。
イズモ「一緒に行こう。まだ……君が必要なんだ」
その手を通して、イズモの記憶がもう一度KAEDEに流れ込む。
破壊が目前に迫る中、再び光が彼らを包んだ──。
最終更新:2025年06月28日 23:51