強烈な閃光が収まると、三人は塔の外――崩壊寸前のアルシオン外郭に立っていた。時空の綻びは拡大し、宇宙空間そのものが薄紙のように捻れ、そこかしこで現実の法則が破綻している。
巨大なエネルギーの断層が彼方で爆ぜ、アルシオンの構造材が音もなく砕けていく。記憶核から脱出した
KAEDE型たちの一部は、非常制御システムに従って自動脱出経路を確保し始めていた。
綾音「空間が崩れる速度が速すぎる……もう、この宙域に留まるのは無理よ!」
イズモ「転送装置は使えない。非常脱出艇まで走るしかないな……」
KAEDE(静かに立ち上がる)「私が先行して通路を確保します。イズモさん、綾音さんは……」
綾音「何を言ってるの。あんた一人で先に行かせるわけには──」
その言葉が終わるよりも早く、KAEDEは光の粒子を纏いながら地面を蹴った。彼女の身体は、崩れゆく通路の向こうへと一直線に駆け出していく。
粒子障壁を張り、落下する瓦礫を払いながら、彼女は残存ルートを検索し、破断された空間の“縫い目”を瞬時に見抜いて通過していった。
KAEDE「こっちです──安全ルートを確保しました!」
イズモと綾音が後に続く。歪む重力、崩れ落ちる通路、彼方ではデータ重力によって変形したKAEDE型が暴走を始めていた。
綾音「時間がない……!」
彼らの眼前に、ようやく脱出艇のドックが姿を現す。だがその瞬間、通路の上部が崩れ、巨大な瓦礫が真上から落下してきた。
イズモ「綾音、KAEDE──伏せろっ!」
イズモは咄嗟に綾音を突き飛ばし、KAEDEを庇うようにして立ちふさがる。光と音が弾け、粉塵と共にイズモの姿が崩れた天井の中に消えた。
KAEDE「イズモさん!?」
綾音「まさか……! ……イズモ!」
粉塵が晴れた先、崩れかけた構造体の下で、イズモは息を切らしながらも片膝をついていた。
イズモ「……無事か……二人とも……」
KAEDE(涙を堪えながら)「はい、でも、早く……!」
イズモ「行け……この先は、君たちの世界だ……俺は、ここで……充分だ」
彼の言葉に、綾音もKAEDEも動けなかった。そのとき、塔の遠くで何かが閃き、次元震が新たな波となって押し寄せてくる。
綾音(震える声で)「……そんなの、だめよ……一緒に帰るって、言ったじゃない……!」
イズモは微笑んだ。その瞳は、かつてKAEDEを設計したあの日と、何一つ変わらぬ光を宿していた。
イズモ「だから……託すんだ。未来を──KAEDE……君に」
KAEDEは強く頷き、綾音の手を取る。そして、ふたりは脱出艇へと駆け出した。直後、崩壊の波が再び宙域を包み込み、塔の一部が完全に飲み込まれていった。
光と影の中で、イズモの姿がゆっくりと消えていく──その手の中には、古びた設計端末が、静かに光っていた。
最終更新:2025年06月29日 13:21