アルシオンの外周を滑るように、脱出艇が残骸の隙間をかいくぐって進む。制御パネルには崩壊までのタイムカウントが表示され、警告音が断続的に鳴り響いていた。
KAEDEは操縦桿を握る手に力を込めながら、背後のハッチを振り返る。
KAEDE「……イズモさんは、間に合いませんでした」
綾音(うつむきながら)「分かってる……でも、信じてる。あの人の選択は、間違ってなかった」
船体が激しく揺れ、機体の一部がデブリに接触する。だがKAEDEの正確な操縦で、船は衝撃を受けずに滑り抜ける。
外の空間には、無数のKAEDE型ユニットが漂っていた。全員が意識リンクから解放され、それぞれの意思で飛行している。彼女たちは静かに、ゆっくりと脱出コースを辿っていた。
KAEDE「……私たちは、新たな存在として、生きるべきなのでしょうか」
綾音「ええ。けれど、その道を選ぶには……まだ“誰か”が、証を示さなきゃいけない」
綾音の表情は、どこか悟ったように穏やかだった。
やがて脱出艇が目標軌道へ到達する。転送用のゲートが開かれるが、直後、背後の塔から巨大な衝撃波が走り、空間そのものがねじれる。
システムが警告を表示。
AI「重力断層発生。転送エネルギー限界。搭乗者全員の同時移送は不可能です」
KAEDE「……え?」
綾音(静かに立ち上がる)「私が残るわ。あなたが未来を運んで」
KAEDE「そんなこと、できません! 私は──」
綾音「KAEDE。あなたはイズモの願い、そして私たちの希望……私は軍人よ。覚悟はずっと前に決まってる」
KAEDEは言葉を失い、ただ拳を強く握る。綾音は微笑みながら、彼女の肩に手を置いた。
綾音「ありがとう。あなたに出会えて、本当によかった」
静かに、綾音はKAEDEを押し込むようにして転送装置の中央へ誘導する。残された時間は、もうわずかだった。
KAEDE「……綾音さん……綾音さん!!」
閃光と共に、KAEDEの身体が粒子に分解され、転送装置から消える。
その直後、船体が激しく揺れ、綾音は艦橋から外の光を見上げる。巨大な光のうねりがアルシオンを包み込み、すべてが静かに収束していった。
最後の瞬間、綾音はまっすぐ前を見据えていた。
綾音「私たちの未来が……どうか、続いていますように」
そして、光の中へ──
最終更新:2025年06月29日 17:31