アルシオン外周をかすめるように、脱出艇は崩壊する残骸の海を縫って進んでいた。
操縦席の計器には赤い警告表示が踊り、宙域崩壊までのカウントが無慈悲に減っていく。
断続的なアラームが、船内の空気を張り詰めさせていた。
KAEDEは操縦桿を強く握りしめ、ふと背後のハッチへ視線を向けた。
そこに、もう一人の姿はない。
KAEDE「……イズモさんは……間に合いませんでした」
綾音は答えず、ただ目を伏せた。
その沈黙が、答えそのものだった。
綾音「分かってる……」
綾音「それでも、信じてる。あの人の選択は、間違ってなかった」
船体が激しく揺れ、外装にデブリが擦過する。
だがKAEDEは微塵も迷わず、姿勢制御を修正し、致命的な衝突を回避した。
その操縦は、彼女がただの機械ではないことを雄弁に物語っていた。
艦外には、無数のKAEDE型ユニットが漂っている。
意識統合から解放された彼女たちは、それぞれの意思で静かに航行し、脱出ルートを辿っていた。
誰も言葉を発さない。
それでも、確かに“選択”がそこにあった。
KAEDE「……私たちは……新たな存在として、生きるべきなのでしょうか」
綾音はゆっくりと顔を上げる。
その表情は疲弊していながら、不思議なほど穏やかだった。
綾音「ええ……でも、その道を選ぶには……」
綾音「まだ“誰か”が、証を示さなきゃいけない」
やがて脱出艇は目標軌道に到達し、転送ゲートが起動する。
だがその直後、背後のアルシオンから巨大な衝撃波が走った。
空間が歪み、視界が引き裂かれる。
AI「警告。重力断層発生。転送エネルギー不足」
AI「搭乗者全員の同時移送は不可能です」
KAEDE「……え……?」
綾音は静かに立ち上がった。
その動きに、迷いはなかった。
綾音「私が残るわ」
綾音「あなたが、未来を運んで」
KAEDE「そんな……できません!」
KAEDE「私は……!」
綾音は微笑んだ。
それは司令としてでも、軍人としてでもなく、一人の人間の笑顔だった。
綾音「KAEDE。あなたはイズモの願いで、私たちの希望よ」
綾音「私は軍人。覚悟なんて……ずっと前に決めてる」
KAEDEは言葉を失い、拳を強く握りしめた。
その肩に、綾音の手がそっと置かれる。
綾音「ありがとう……あなたに出会えて、本当によかった」
残された時間は、もうわずかだった。
綾音はKAEDEを転送装置の中央へと導く。
KAEDE「……綾音さん……!」
KAEDE「綾音さん!!」
閃光。
KAEDEの身体が粒子へと分解され、空間の向こうへと消えていく。
激しい振動の中、綾音は艦橋から外を見上げた。
巨大な光のうねりがアルシオンを包み込み、すべてを静かに飲み込んでいく。
最後の瞬間。
彼女はまっすぐ前を見据えていた。
綾音「私たちの未来が……どうか、続いていますように」
そして、世界は光に溶けた。
最終更新:2025年12月18日 12:21