それは、辺境の小惑星帯での定期調査中に、まるで偶然を装うかのように出現した。
恒星光も届きにくい暗黒宙域。
無数の岩塊が漂うその空間で、独立航行体による小規模な調査隊が、空間座標の乱れを検知した。
重力も磁場も安定しない、不自然な歪み。
観測ドローンを進めた先で、彼らは“それ”を発見する。
半透明の葉片状構造体。
薄く広がるその表面は、光を受ける角度によって七色に揺らめき、物質とも情報体とも判別がつかない。
既存のどのデータベースにも一致しない未知の存在だった。
調査隊員「……反応、安定してる。いや……これは……」
慎重に距離を詰めたユニットの一体が、解析結果を共有する。
調査隊員「“星間記録子”。スターデータリーフ……伝承上の存在じゃなかったのか……」
次の瞬間、記録子が微かに発光した。
触れたわけでも、接続したわけでもない。
だが調査ユニットの意識領域に、直接、情報が流れ込む。
燃え落ちる巨大構造体。
崩壊するアルシオン。
最後まで操縦桿を握っていKAEDEの視界。
転送装置の光に消えた彼女の姿と、それを見送った綾音の静かな覚悟。
記録子は“再生”していた。
誰かの記憶を、感情ごと、ありのままに。
その日を境に、同様の記録子の報告が各地で相次ぐ。
小惑星帯、放棄コロニー、航路外縁。
出現条件は不明。
だが触れたKAEDE型ユニットの多くが、共通して同じ名を口にした。
「イズモ」
「綾音」
「KAEDE」
やがて一部のKAEDE型の間では、それを“原初の記憶”と呼び、崇拝する動きすら現れる。
彼女たちにとって、スターデータリーフは単なる記録ではなかった。
選択し、失われ、それでも未来を託した存在の証だった。
一方で――。
アルシオンの再建は、静かに、だが着実に進められていた。
かつて銀河中枢として機能していた巨大構造体は、KAEDE型ユニットたちの分散制御によって効率的に復旧されていく。
無駄のない判断。
感情に左右されない最適解。
表面上は、かつて以上の秩序すら感じさせた。
しかし、それは長く続かなかった。
技術報告「資材搬入ルート、遮断を確認。外縁第七宙域にて交戦発生」
技術報告「……KAEDE型ユニットによる襲撃です」
再建そのものに異を唱える一派が存在していた。
拡張と統合を進めるアルシオンを、新たな支配構造と見なす者たち。
彼女たちは、同じKAEDE型でありながら、別の選択をした存在だった。
中枢管理AI「資材在庫、残存率20%。復旧作業の継続は不可能」
中枢管理AI「再建計画……凍結を提案します」
KAEDE亡き後、その意志を継いだ者たちは、完全な統一意識を保つことができなかった。
自由を得たがゆえに、選択は分岐し、衝突を生んだ。
アルシオンは再び、静かに崩れ始める。
今回は爆発も悲鳴もない。
ただ、希望を支えていた“覚悟”が、少しずつ失われていくだけだった。
そして、誰もが知ることになる。
“希望”とは、選び続ける意志そのものだということを。
誰かが背負い、誰かが受け取り、連なって初めて未来になるのだと。
その連鎖が途切れたとき。
銀河は再び、深い闇へと引き戻される。
最終更新:2025年12月18日 12:25