サリス落城
神聖記1527年、ハラスの月は上弦の3日のことである。
世界中の人々を震撼させる大いなる悲劇が、メルサードに咲く小さな花の如き王国を襲った。
世界中の人々を震撼させる大いなる悲劇が、メルサードに咲く小さな花の如き王国を襲った。
王国の名はサリス、古い歴史と伝統、そして美しさと気品を兼ね備えた小国である。
ユフォーン湖の水面に映るサリス城の優美を詠った詩歌はあまたを数え、霧に包まれた美しき都サリスの名を世界中に知らしめていた。
時の国王トルネス・ラ・エフォ・サリスは、文学および音楽への造詣が深く、国を挙げてその学究を奨励したため、優秀な文人・楽子が多く輩出したという。
永きサリスの歴史の中でもひときわ輝いていた時代であったといえよう。
たとえそれが、迫りくる惨劇への序章であったとしても………。
ユフォーン湖の水面に映るサリス城の優美を詠った詩歌はあまたを数え、霧に包まれた美しき都サリスの名を世界中に知らしめていた。
時の国王トルネス・ラ・エフォ・サリスは、文学および音楽への造詣が深く、国を挙げてその学究を奨励したため、優秀な文人・楽子が多く輩出したという。
永きサリスの歴史の中でもひときわ輝いていた時代であったといえよう。
たとえそれが、迫りくる惨劇への序章であったとしても………。
サリスを襲ったおそるべき災禍は西方より静かにやってきた。
すべてが眠りにおちるラハンの刻、突如、城の見張り塔が炎に包まれたのだ。
それに呼応して都のあちこちで火の手が上がり、サリスの夜空が橙色に染まる。
炎に追われ逃げ惑う人々の前に現れたのは、ジ・クオン(装甲騎馬)にまたがった正体不明の騎兵たちであった。
すべてが眠りにおちるラハンの刻、突如、城の見張り塔が炎に包まれたのだ。
それに呼応して都のあちこちで火の手が上がり、サリスの夜空が橙色に染まる。
炎に追われ逃げ惑う人々の前に現れたのは、ジ・クオン(装甲騎馬)にまたがった正体不明の騎兵たちであった。

そして………騎兵たちの無差別殺戮が開始された。
燃えさかる業火と阿鼻叫喚の地獄絵が王都全土に拡がってゆく。
それを静かに見つめる暗赤色の外套で全身を覆った死の使い魔たち。
バハマーン神国の暗殺魔術団〈ヴィーフォ〉である。
燃えさかる業火と阿鼻叫喚の地獄絵が王都全土に拡がってゆく。
それを静かに見つめる暗赤色の外套で全身を覆った死の使い魔たち。
バハマーン神国の暗殺魔術団〈ヴィーフォ〉である。
闇と血臭が王宮の中に充満していた。
ちろちろと赤い舌を出して燃える床には、首や手足を失った屍が累々と積み重ねられている。
二昼夜の攻防の末、サリス城を取り囲んでいた魔術結界は破られ、侵略者の刃はいままさにサリス王家の人々に振り下ろされようとしていた。
ちろちろと赤い舌を出して燃える床には、首や手足を失った屍が累々と積み重ねられている。
二昼夜の攻防の末、サリス城を取り囲んでいた魔術結界は破られ、侵略者の刃はいままさにサリス王家の人々に振り下ろされようとしていた。
「陛下! ここは我らに任せてお逃げください」
近衛師団長のペルレス・サザビア・オーヘンツ・マイファーが額から血をしたたらせながら叫ぶ。
途中から折れた長剣と返り血を浴びて朱に染まった鎧が、それまでの戦いの壮絶さを物語っている。
「王とて国民としての誇りは持っているつもりだ。家臣と臣民を見捨て、己ばかりが逃げ出すわけにはいかぬよ」
サリス王は白い歯を見せ快活に笑った。
「ですが陛下………」
ペルレスは納得できぬ風に口ごもり、なおも執拗に国王を見返した。
「それよりもシャールとライル、そしてメリアを我が盟友サイアまで無事送り届けてくれぬか」
そう言い終えるとサリス王は、周りを取り囲む敵兵のほうに身体を向き直した。
手にはサリス王家に代々伝わる秘風剣サータルスがしっかりと握られている。
近衛師団長のペルレス・サザビア・オーヘンツ・マイファーが額から血をしたたらせながら叫ぶ。
途中から折れた長剣と返り血を浴びて朱に染まった鎧が、それまでの戦いの壮絶さを物語っている。
「王とて国民としての誇りは持っているつもりだ。家臣と臣民を見捨て、己ばかりが逃げ出すわけにはいかぬよ」
サリス王は白い歯を見せ快活に笑った。
「ですが陛下………」
ペルレスは納得できぬ風に口ごもり、なおも執拗に国王を見返した。
「それよりもシャールとライル、そしてメリアを我が盟友サイアまで無事送り届けてくれぬか」
そう言い終えるとサリス王は、周りを取り囲む敵兵のほうに身体を向き直した。
手にはサリス王家に代々伝わる秘風剣サータルスがしっかりと握られている。
「ふふふっ、無駄じゃよ。サリスの血を引く者は、一人として逃しはせぬ」
不敵に言い放ったのは、暗殺魔術団〈ヴィーフォ〉の神団長ザルザ・ドレムである。
黒衣の外套に身を包み、体躯に似合わぬ大振りの曲刀を背負っている。
そして節くれだった指が、ゆるゆるとサリス王の胸元を指し示してゆく。
「殺れいっ!!」
ザルザの嗄れ声が冷酷に響き渡る。
「ペルレス! 頼んだぞっ!!」
疾風とともにサリス王の体が宙を舞った。
不敵に言い放ったのは、暗殺魔術団〈ヴィーフォ〉の神団長ザルザ・ドレムである。
黒衣の外套に身を包み、体躯に似合わぬ大振りの曲刀を背負っている。
そして節くれだった指が、ゆるゆるとサリス王の胸元を指し示してゆく。
「殺れいっ!!」
ザルザの嗄れ声が冷酷に響き渡る。
「ペルレス! 頼んだぞっ!!」
疾風とともにサリス王の体が宙を舞った。
暗闇の中を慌ただしい足音が駆け抜けてゆく。
「王妃様、こちらでござります! 足元にお気をつけくだされ」
そう叫びながら道を先導するのはアラハス・カリウン、王室付きのルーン・カルパ(上級導師)である。
彼の魔術によって生み出された霊火が行く先を明るく照らす。
アラハスに続くようにして幼き子供が、そして赤子を抱いた女が………走る。
しんがりを務めるのは近衛師団長ペルレスである。
だが彼の手には、もはや剣はなかった。
「王妃様、こちらでござります! 足元にお気をつけくだされ」
そう叫びながら道を先導するのはアラハス・カリウン、王室付きのルーン・カルパ(上級導師)である。
彼の魔術によって生み出された霊火が行く先を明るく照らす。
アラハスに続くようにして幼き子供が、そして赤子を抱いた女が………走る。
しんがりを務めるのは近衛師団長ペルレスである。
だが彼の手には、もはや剣はなかった。
<用語補足解説>
ハラスの月:6月
上弦:第1週
ラハンの刻:六宮地刻/深夜2~3時
ハラスの月:6月
上弦:第1週
ラハンの刻:六宮地刻/深夜2~3時