ホバー推進装置

[解説]
地上戦における花形であり、民間用にも多く普及していた機装兵であるが、基本的には二足歩行である為、長距離を移動する際にはどうしてもその移動速度の遅さや航続距離の短さがネックとなっていた。
航続距離に関しては履帯式の輸送艦を用いることである程度の解決を見たがそれでも履帯式輸送艦の移動速度の遅さをなんとか改善できないものかと各国の技術者は頭を捻らせていたのだ。
航続距離に関しては履帯式の輸送艦を用いることである程度の解決を見たがそれでも履帯式輸送艦の移動速度の遅さをなんとか改善できないものかと各国の技術者は頭を捻らせていたのだ。
ホバー推進装置はそんな輸送艦の移動速度の遅さを補う為に聖華暦552年ごろに同盟技師エイジス・クリプトンが開発した技術である。
その仕組みはホバー機構の上部から吸い込んだ空気を機構内に刻まれた風のルーンで増幅し艇体の下から吹き続ける事で浮遊させるというもの。
その仕組みはホバー機構の上部から吸い込んだ空気を機構内に刻まれた風のルーンで増幅し艇体の下から吹き続ける事で浮遊させるというもの。
この機構を採用した民間用の輸送艦が登場するとその機動性が重宝され、瞬く間に各国に広まる事になる。
しかし、この時点では、民間用の輸送艦よりも大型で魔導障壁やエーテル索敵機など、重量も魔力消費量も嵩む装備を数多く搭載していた軍用艦船への搭載は実現されておらず、軍用艦船はそれまでの実績があり信頼もおける履帯式の陸上艦を運用し続けていた。
状況が大きく動くのは聖華暦570年〜580年にかけてのことである。
ホバー推進装置の軍用艦船への搭載を早々に断念していたアルカディア帝国に先んじる形でカーライル王朝・聖王国がホバー推進装置搭載型戦艦及び巡洋艦を実用化、聖華暦580年のラマー平原の戦いにおいて、帝国の履帯式の陸上艦を相手に圧倒的な戦果を挙げたのである。
ホバー推進装置の軍用艦船への搭載を早々に断念していたアルカディア帝国に先んじる形でカーライル王朝・聖王国がホバー推進装置搭載型戦艦及び巡洋艦を実用化、聖華暦580年のラマー平原の戦いにおいて、帝国の履帯式の陸上艦を相手に圧倒的な戦果を挙げたのである。
これ以降、ホバー推進装置を軍用艦船にも搭載しようとする動きが加熱し、各国でこぞって技術の研究が行われる事になる。
[ホバー機構の小型化、機装兵への搭載]
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