500系新幹線電車

登録日:2010/02/19 Fri 04:53:15
更新日:2025/05/11 Sun 12:21:08
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※ここでは量産車のみ記述します。


500系はJR西日本が開発した新幹線電車である。
日本初の300km/h運転を可能とした車両であり、東海道山陽新幹線史上最速の所要時間や平均速度を誇る車両でもある。
その斬新なスタイリングと圧倒的な性能から、現在でも鉄道ファンや一般人から絶大な人気を誇る。


登場まで

開発が始まった1989年、大阪~福岡間の新幹線のシェアは6.5割と、東京~大阪間の輸送シェア9割を誇る東海道新幹線に対して低く、山陽新幹線の輸送シェア拡大はJR西日本の課題であった。
また、当時は東海道新幹線と山陽新幹線を乗り通す客が非常に少なく、大阪までは新幹線を使うが大阪以遠は航空機という客が多かった。
この需要を取り込み、山陽新幹線のシェアを拡大すべく開発された。

まず試作車となる「WIN350」こと500系900番台を製造。
その名前通り時速350km/hでの営業運行を実現し、新大阪~博多間を2時間で結ぶ事を念頭に置いたが、騒音規定のクリアやその他の問題を解決することが難しいと分かったため取り下げられ、営業用車両は最高速度320km/h、新大阪~博多間2時間10分台とスペックが改められた。
しかし、それでも当時の車両としては十分破格のスペックである。
また営業最高速度は300km/hと当時世界タイ記録であったものの、300km/hに到達するまでの加速力や営業運転速度の平均速度は導入当時単独世界一で、導入から20年以上経ち欧州の超特急や国内他社の新幹線新形式が速度アップしてきたが、この記録は導入から20年以上経った現在の2018年ですら破られていないことから、いかに破格のスペックかがわかる。

車両解説

性能もさることながら、やはり500系を語る上で一番の目玉はデザインであろう。
ライトグレーとブルーグレーを基調としたカラーリングは落ち着いたクールな印象を与え、今までの東海道・山陽新幹線に使われてきた白と青のハイライトカラーからの脱却という大きなインパクトもあった。
トンネル微気圧波を低減するために先頭車のノーズは15mにも及び、キャノピー式の運転席も相俟ってまるで戦闘機のような非常にスピード感溢れるシルエットを形成している。
運転台の前方に備えられたヘッドライト形状も鋭く、屋根上からノーズ先端まで伸びたブルーグレーの塗装、キャノピーとライトを囲む黒塗装が絶妙なバランスで配置され、新幹線の中では突出したイケメンフェイスに仕上がった。
ちなみにテールライトはヘッドライト枠内にはなく、運転席キャノピー内に設置された横長長方形のスリットに点灯するのも大きな特徴。
ノーズの両サイドには「JR500 WEST JAPAN」のシンプルなロゴが輝く。
パンタクラフは5、13号車の博多寄りに設置され、曲線的で長大なカバーに覆われている。
WPS204という形式を持つこのパンタグラフはT字型をした独特なモデルで、「翼型パンタグラフ」と呼ばれる。
これも騒音に考慮した構造で、支柱部分にはフクロウの羽を参考にしたギザギザの突起が並んでいる。これは高速走行時に発生する気流を小さな渦に分断して騒音を抑えるボルテックスジェネレータの役目を果たす。
このパンタグラフも500系の大きな特徴だったのだが、後述のV編成短縮化の際にはメンテナンス面を考慮してシングルアーム式のWPS208に換装され、カバーも直線的なデザインに変更されている。

量産第1編成W1は1996年に完成、編成組成完了後の1月31日に山陽新幹線に姿を現し、試運転を行った。
このW1編成の登場時は試験のため2次量産車と仕様が異なっており、
  • ノーズ横のロゴがない。
  • 9号車東京寄りにパンタグラフを装備。
  • 2・15号車の屋根上に上空からの識別用に「JR-WEST W1」と書かれている。
  • ボディ下部のフィンが無い。
といった特徴があった。
予定していた320km/h運転は前年に起きた阪神・淡路大震災によって非常制動距離が厳守となったこと、費用対効果に見合わないとして中止され、営業最高速度は300km/hにダウンした。
が、全ての車両にモーターを搭載する、所謂全電動車方式としたことで加速性能が向上したため、300km/hでも2時間10分台で走ることが可能となった。具体的な数値は以下の通り。

0→270km/h:2分55秒
0→300km/h:3分40秒

この加速性能に勝ったのは高速試験車のみで、鉄軌道上を走る営業用車両としては未だに世界最強である。

デビュー

当初は1996年冬の営業運転開始を予定していたが、試運転中にトラブルが発生したため予定を変更して更に走り込みを実施、1997年3月22日に晴れて新大阪~博多間の「のぞみ503・500号」としてデビュー。
新大阪~博多間を所要時間2時間17分、始発駅から終着駅までの平均速度242.5km/h、停車駅間平均速度261.8km/h(広島~小倉間)という驚異的な早さで結んだ。
この2つの平均速度の記録はこの年のギネス世界記録に認定され、未だに破られていない。
運転開始当初500系は1編成しか存在せず、300系では肩代わりが出来ないため第2編成以降が落成するのが待ち遠しかったという。
同年11月29日からは東海道新幹線への直通運転を開始、東京―博多間を所要時間4時間49分、平均速度222.0km/hで結んだ。
この東京~博多間4時間49分、新大阪~博多間2時間17分という所要時間や数々の平均速度は2022年現在でも最速の記録となっている。

500系は1998年10月までに9編成が落成し、それまでJR西日本保有の300系で運転されていた東京~博多間ののぞみを順次置き換えて、
1998年10月のダイヤ改正から東京~博多間の「のぞみ」7往復、新大阪―博多間の「のぞみ」1往復の全9編成による8往復の運転となった。この体制は2007年10月14日まで続くことになる。
この頃が500系の全盛期だった。

「のぞみ」からの撤退

しかし、500系の全盛期は長くは続かない。1999年から300系の直接的な後継車である700系が投入されはじめた。
最高速度こそ500系に及ばないもののコストパフォーマンスに優れており、700系はすぐさま東海道・山陽新幹線の顔となったのである。
しかもダイヤ改正の度に700系の本数が増えていき、たった9編成しかない500系はあっという間にその中に埋もれてしまった。

更に不運だったのはのぞみ停車駅の増加である。
高性能の500系と雖も停車駅の増加には対応しきれず、4時間49分だった所要時間はどんどん延び、一番遅い時代は4時間58分にまで延びてしまった。
2006年にはのぞみの増発で一部の停車駅が一部列車を除いて通過に戻るが、JR西日本の不祥事により山陽新幹線区間の所要時間が2分延ばされ、完全には戻り切らなかった。

2007年7月1日、東海道・山陽新幹線にN700系が登場した。500系に次いで最高時速300kmを叩き出せる新星である。
この時、それまで500系で運転されていた一部ののぞみがN700系に置き換えられたが、その代わりとして従来700系が受け持っていた運用を500系に持ち替えて本数を維持した。
しかし、これによって4時間で走る500系のぞみは消滅し、全て5時間台での運転となった。

この年、衝撃的なニュースが鉄道ファンを襲った。
N700系の台頭によって第一線から退く500系を8両編成に短縮し、0系の後継としてこだまに転用することが報じられたのだ。
当初、500系は300km/hで走るひかりに転用すると報じられており、ファンもそれを信じて疑わなかったのである*1

その改造工事を実施するために、秋から500系の運用はN700系に置き換えられはじめた。
第一弾は東京発の500系のぞみ1番列車に使用されたW3編成で、続いてW5編成、W6編成、W4編成の順に4編成が離脱した。

2008年3月15日ダイヤ改正で500系のぞみは2往復に減らされた。
2往復を走らせるためには3編成あれば事足りるため、2008年度内には2編成が離脱すると見られていたが、2009年度のダイヤ計画の見直しによってW2編成1本のみの離脱に留まる。

2009年3月14日ダイヤ改正で、500系のぞみは2往復の運転本数を維持した。
しかしながら、1往復は500系の性能を一切使用しないダイヤとなっており、500系が1往復減るのは確実と見られた。
また、2009年度末には東海道・山陽新幹線を直通するのぞみ全列車がN700系となることが決まっており、2009年から2010年に掛けてが500系にとってのぞみとして走るのは最後の年になることは確実だった。

2009年8月、秋の臨時列車の発表の実施と共に、秋からN700系に置き換わるのぞみが発表された。
そこには、当時500系で運転されていた「のぞみ28・51号」の文字が記載されていた。
遂に来てしまったか、という落胆と共にまだ1往復が残っていることで慰める鉄道ファン達に、冬の臨時列車のプレスリリースが届けられた。その最後のページには衝撃的な1文が書かれていた。




500系のぞみは、
2010年2月28日をもって
運転を終了します。



……それが、あまりにも呆気ない500系のぞみの引退通告だった。

そして迎えた2010年2月28日。
前日に起こったチリでの大地震の影響で朝から津波警報に見舞われる中、500系W1編成による「のぞみ6・29号」は大勢のファンや一般人に見守られ、17時44分、1往復の運転を無事に終えて終点の博多駅へ到着、13年間に及ぶ「500系のぞみ」としての活躍に幕を降ろした。

デビュー前から不運に見舞われて320km/h運転を断念させられ、最後も津波という自然災害に見舞われるなど不運続きだったが、無事に営業運転を終えることが出来たのは500系の強運なのだろうか。

500系のうち、W1編成は編成短縮改造を行うこと無く保留車として博多総合車両所の片隅で眠り続けていたが、2012年1月に廃車された。
廃車後の2016年4月より京都鉄道博物館で博多側先頭車の521-1が展示・保存され、東京側先頭車の522-1は博多総合車両所から2015年秋ごろに運び出され、生まれ故郷の日立製作所笠戸事業所で保存されている(中間車14両はすべて解体)。
ちなみにW1編成が8両化を行わずに廃車されたのは、量産先行試作車で主電動機出力・編成組成に違いがあり、改造を行えなかったからだとされている。
2022年からは山陽新幹線の本数削減に伴い2編成が廃車された。すでに導入から25年過ぎており、休車していた為内外共に老朽化が進んでいるのも理由である。

が、残り6編成に関しては行先表示などのフルカラーLED化を敢行、車体のハニカム構造が功を奏したのか故障も少なく、JR西日本社長直々に「いずれ引退するだろうが、こだまでならまだ使える」と発言しており、しばらくは安泰であろう事が示唆されていた……。
しかし2024年2月、N700Sの追加投入で置き換えられるN700Aを8両編成に短縮し、2026年度までに500系6編成中4編成を置き換えることが発表。残るのは2編成のみとなり、完全引退は時間の問題となるだろう。誰しもそう思っていた。

そして2024年7月24日、ついにその時が来てしまった。



N700S の追加投入
および
500 系営業運転終了


JR西日本より発表されたニュースリリース。それは500系を2027年中に運行終了させるという内容であった。
とはいえ、サイクルの短い新幹線車両としては30年と高齢であり、むしろここまでよく走り抜いたとも言える。

欠点

このように速さを求めてスペックの高さを追求した500系。しかしその性能に反して運用面においては非常に扱いが悪いように見受けられる点が多い。
というのもこの500系、その高速性能を追求した結果、問題点も多く抱えていた。
具体的に述べていくと…
  • 製造コストも維持コストも高い
    • 車体の軽量化と騒音低減の為にアルミハニカムパネルを採用。軽さと強度を両立し、車体重量は300系と比較しても1両辺り0.6tもの軽量化に成功。しかしそのおかげで車体の製造コストが大幅に上昇。結局このアルミハニカムを用いた車両はその後の鉄道車両に用いられていない。
    • 前述した翼型パンタグラフも、騒音低減には高い効果を発揮したもののやはりコストが高く、おまけに寿命が短かった。やはりこの技術もその後の鉄道車両には採用されていない。
    • これらのおかげで500系は製造にも維持にもコストのかかる代物となってしまう。製造コストは300系の約40億に対し約47億となってまった。製造コストは作ってしまえばそれまでだが、維持コストは走らせる限りついて回ることになる。そもそもがJR西日本の経営体力では到底大量製造・運用できる車両ではなかったのだった。
    • その影響もあってか製造は僅か9編成に留まってしまう。後述するがこの編成の少なさも500系にとって仇となってしまう…。
  • 車内の快適性にも難がある
    • 空力性能を考慮した丸い車体のせいで車内の広さが犠牲になってしまっている。一言で言ってしまえば「狭い。」
    • 丸く尖った先頭形状のおかげで運転席は視野も居住性も悪い。また、マスコンに横軸のツインレバー式という特殊なものを採用。新幹線電車は0系以来東北・上越系統を含めて一貫して縦横軸併用ツインレバー型*2を採用し、500系試作車もこのタイプだったにもかかわらず何故か変更されてしまった。全国的に見ても特殊な操作方式で*3、外見的にもどちらがブレーキハンドルかわかりにくいため乗務員からは不評だったとされる。
    • その尖った形状故に先頭車両は前方部分に乗客乗降用のドアが設置できない、従来の新幹線より運転席が後ろにある為に先頭車両の座席が少ない、さらに先頭車の前2列は荷棚が狭くて荷物を置けないので、その為に専用の荷棚が座席横に設置されたが、おかげで座席数が減ってしまった。
    • そもそも丸い形状なので先頭車両云々抜きにしても荷棚自体が狭い。そしてその丸さのおかげで窓側の座席の壁から感じる圧迫感は中々のもの。
    • シンプルに乗り心地が悪い。
  • 座席配置もこれまでの車両と異なっている
    • 前述するような形状の問題もあり500系は300系よりも12席も座席数が少ない。しかしJR東海からは乗車定員を300系を下回らないようにすることを強く要請され、洗面所を減らしたり座席の間隔を狭めたりすることでなんとか対応したが、その結果従来車両とは座席配置が大幅に異なることになり、これが運用面で大きな足枷となってしまう。
    • これがどういうことかと言うと、例えば300系が運用に入れなかった際に、代わりに500系が代走するとなった場合。こうなると座席配置が従来と異なる為、指定席を取っていた人の何人かには座席の変更を案内しなければならなくなる。座席位置がそのままであれば行う必要のない案内の手間が増えるわけである。500系はそういった柔軟な車両運用を大きく妨げることになってしまった。
  • 少数形式であったことのデメリット
    • 前述するコストの問題もあり僅か9編成しか製造されなかった500系。このこともこの車両にとっては向かい風な要素となってしまう。製造数が少ないというのはそれだけで欠点となりうるのである。
    • 前述したような特殊な設計も多く乗務員や整備士がわざわざ取り扱いを覚えなければいけない。それだけに留まらず、先頭車前部に乗降ドアがない為に生じる座席変更の案内等の労力を、たった9編成しかない車両の為に、乗り入れ先のJR東海にまで求められるわけである。9両という数は、当時の東海道線の需要の半分しか満たしてない数でしかなく、少数の車両にかける労力としてはあまりにも重いと言わざるを得ないのである。
    • 少数形式だから何かしらのトラブルの際、500系を代走をさせることすら難しい。300系や700系とは最高速度の違いから500系のダイヤで走れないのに、500系同士での代走も困難というのは大問題である。
…このように速さの為に犠牲になった要素が多すぎると言わざるを得ず、どちらかというと迷車よりな立場となってしまっている。
とはいえ、速さそのものがメリットであったのも事実で、だからこそJR東海もこれらの欠点に目を瞑って乗り入れを許可してくれていた…のかもしれない。

特別仕様車

500系は新幹線運用の第一線からは退くことになったが、「エンタメに生きる速さを捨てた最速新幹線」「最速なのに…のぞみ歴最短」「JR東海からは異端児」(いずれも朝日新聞DIGITALより)」と報じられてる様に、現在も山陽新幹線、そしてJR西日本の人気列車として活躍している。
ただ速いだけでなく、ビジュアルの格好良さや良くも悪くもネタとロマンを内包していることもあり人気を集めている。
広大な首都圏の路線網を持つJR東日本東海道新幹線を持つ東海に比べ、私鉄王国関西にローカル線の多い山陰地方、山陽新幹線と絶対的なドル箱を持たない西日本の営業努力と言えるのが現在の500系とも言える。
こだま運用にあたり折角の速さも抑えられ、では完全に宝の持ち腐れでは…とも思われていたが、当時はまだ100系が現役だったこともあり、この置き換えには十分に意味のあるものだった。
のぞみ運用時にあった座席位置も他形式に合わせる制約もなくなったおかげで、座席面に関してはかなり自由な改造もなされた。
そう考えると、500系をこだま運用にすることこそ、意味があったとも言えるかもしれない。

2015年にはアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」20周年と山陽新幹線博多開業40周年の企画でされたコラボ車両「500 TYPE EVA」が登場した。
アニメ監督は「500系ならやる」「500系ファンの監督」などと報道され、外観は新たにデザインを実施。車内にはパネルや実物大コックピットが設置されるなどジョイフルトレインのような扱いとなったが、鉄道・アニメ両ファンから支持され当初の計画から延長、2018年まで運行された。
2022年にはシンカリオンの発売を記念し、営業用車両が存在していないにもかかわらず「500 TYPE EVA-02」のラッピングが京都鉄道博物館の保存車に施工された。

更には2018年からのコラボはなんとサンリオハローキティ、仕事を選ばないと言われるサンリオのキティである。
JR社内から反対も多かったものの、それ以上に多かった賛成意見を後押しに導入。一見水と油の様な両者にファンは不安視したが、いざお披露目した車両のデザインはキティのファンシーなイメージを残しつつも、500系のSF的なシャープなデザインを最大限に活かす見事なカラーリングで、幅広い女性人気だけでなく、キティの海外での知名度から、海外からの凄まじい支持を取り付けた(「格好良い!」「これが地上を走るのか!嘘だろ!」「SFアニメみたいだ!」など女性支持だけでなく、男性の「格好良い」支持もあった)。

キティ500系は中国地方および福岡などの自治体および観光広報との協力もあり、自治体ごとに異なる鉄道の外観の広告の規制問題などもクリア*4

ちなみに、この2者のインパクトが強烈なせいか忘れられがちだが、2014年にはタカラトミーの「プラレール」とのコラボでジオラマや子供向け運転台などを設置した編成(プラレールカー)も運行されていた。

これらの特別仕様車は全てV2編成を使用して行われたため、同時に走っていたことはない。

総評

山陽新幹線はカーブが多いだけでなく、トンネルの長さが営業路線の50%を越えており、高速のトンネルで深刻になるより激しい空気抵抗と騒音公害をもクリアするなど、単純に馬力に物を言わせて「世界最速」の称号をフランスのTGVから20世紀内に取り戻しただけでない、まさにテクノロジーの結晶とも言えるハイスペックマシンであった。

しかし、観光・ビジネスで絶対的需要が高く、競合交通機関の少ない東海道新幹線との兼用には若干無理が生じるようになり、前述の通り先頭車の乗降部が一か所に限られる点や座席定員の少なさが問題視され、後継車のN700系では両者の要望をミックスさせた形式となった。

様々な先進技術をつぎ込み、アレクサンダー・ノイマイスター*5が手掛けた東海道・山陽新幹線では初めての白以外(グレー)を基調とした「SFに出てくる様な外観」と全てにおいてJR西日本の執念ともいえる傑作機だが、高コストであること、JR東海の意向から東海道新幹線では冷遇されたことから、たった13年あまりで東海道新幹線から姿を消すなど普及面での悲劇もあり、鉄道界のF-22Aやコンコルドに例えるファンもいる。

このハイスペックマシンを「東海道から締め出した」ということで、当時JR東海の会長だった葛西敬之氏を逆恨み(?)する鉄道ファンもいた(もとい増えた)。
…とはいえ、ただハイスペックであればそれで良いというわけではないのは当然の話。前述したように数多くの問題点が出てしまった点は理解しておくべきだろう。
寧ろ数多くの問題点がありながら10年余りも東海はよく乗り入れを許可してくれたものだと言えなくはないかもしれない。
このように熱烈な鉄道ファンだけでなく、マシン・メカヲタや子供、そして現在も西日本のフラッグシップ機として広報に利用され広い年代と層に人気を集めるものの、実際の利用者から居住性の不評もあり、ネットでは「人気とアンチ」が見事に出来上がった。「見る分には好きだが乗りたくはない」という人も少なくないだろう。

広報車としての活躍、ロマンをふんだんに持つハイスペックマシンとして、同期のE4系が淘汰され、500系を「のぞみ」運用から追い出したN700系も廃車が進む中、最古参車両になりながらも30年もしぶとく生き残り続けた。
そしてついに訪れようとしている最後の時。
波瀾万丈に満ちた新幹線人生、せめて最後の時は何事もなく勇退して欲しいものである…。


長い先頭形状と丸いボディ
そして、斬新なカラーリング
それはまさに、未来の列車


夢の超特急
500系のぞみ


そのデザインに見合った性能と
デザインの裏に隠された技術で
世界の全てを圧倒し、
現代の新幹線の始祖となった車両は


今、"伝説"の超特急へ――

追記・修正は500系の玩具片手にお願いします。

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最終更新:2025年05月11日 12:21

*1 こだまに転用されたのは、全電動車のため各駅停車用車両に必要な加減速性能に優れていたことも理由の一つである。

*2 205系や211系の運転台で見られるもので、初代「電車でGO!」の筐体に使われているタイプでもある。

*3 JR西日本では在来線、関西地区では阪急電鉄を除いた主要事業者で採用例があるが、その他の地区では数える程度しか採用例がない。

*4 500EVAの場合、サプライズイベントだったので外観のペイントは公式が携わってるものの、アニメファンが喜ぶ外部にアニメのロゴなどはほとんど入れられなかった。

*5 ドイツの工業デザイナー。500系以外では東京メトロ副都心線の10000系などを手掛けている。