前歯全部折ってやる(新世紀エヴァンゲリオン)

登録日:2021/07/26 Mon 00:23:57
更新日:2021/07/30 Fri 20:37:12
所要時間:約 9 分で読めます








突然だが、この項目を見ている人は新世紀エヴァンゲリオンの主人公、碇シンジに対してどのようなイメージを抱いているだろうか?


アニメ版や新劇場版を見ている人の多くがまず真っ先に浮かぶのは「内向的」という面だろう。


作中で精神的な成長を見せていき、変わっていく彼ではあるが、序盤、より厳密にはヤシマ作戦前後までは他人との触れ合いをあまり好んでいない傾向がかなり強く見られる。


が、そんな彼が別人のような一面を見せる世界がある……。

















「前歯全部折ってやる。」とは新世紀エヴァンゲリオンの漫画版にてシンジが発したセリフ。


しかもセリフを放った相手はあの渚カヲルである。




本編での該当シーン





このセリフがシンジの口から発せられたのはSTAGE.66「心届かず」。
アニメ版で言う所の第弐拾参話「涙」の一部のエピソードに該当する回。


この回では綾波レイアルミサエルを撃破する為に自らの操縦する零号機のコア部に使徒を封じて抑え込み、その状態から同機体を自爆させ、道連れにした結果消息不明になっていた。


ミサトは仮に生きていた場合の救出の為の捜索活動をを指示するが、生存は絶望的な状況である事は誰の目にも明らか。


一方場所は変わって更衣室。
レイの自爆を最も近くで見ていたシンジは呆然としながら更衣室付近で座り込んでいた。
同じくアルミサエル戦に参加していたカヲルがやってきた。
プラグスーツを着たままのシンジに対してカヲルは話しかけるが、シンジは答えない。
そんな彼にカヲルは……




ファースト*1のことなら仕方がないよ…


彼女がバカだったんだ

「(レイのことで)気落ちしても仕方がない。」「これ以上落ち込むな。」
そういったつもりでカヲルは言ったのかも知れない。
しかし、そのデリカシーの欠片もない発言にシンジは激怒。





もう一度言ってみろ!… もう一度言え


前歯全部折ってやる


言えよ!!



カヲルの胸ぐらを引っ掴んで壁に叩きつけ、彼の返答を待つことなく殴りかかるが、過呼吸が原因でその場で倒れこんでしまう。


そんな彼を見てカヲルはただ困惑するのだった。







……と、これだけのシーンではあるが、漫画版を知っている人ならともかく、読んだことがない人にとっては、


  • 「前歯を折る」という物騒極まるワードチョイス。
  • アニメ版や新劇場版のシンジからはとても出なさそうな過激なセリフ。
  • 「カヲルに対して怒りを爆発させる」と言う、これまた他媒体では考えられない状況。


ーーと、かなり強烈なインパクトを残すセリフとシーンになっている。



漫画版でのシンジとカヲル




シンジがカヲルに対して上記の様な暴言を吐くに至った訳だが、他媒体から見ると違和感がかなりあり、まるでキャラ崩壊にも思えるように思えるこのシーンだが、ここにはシンジとカヲルに対する「アニメ版・新劇場版と大きく異なる関係性」が関わっている。

漫画版での話をする前に、アニメ版と新劇場版でのシンジとカヲルの出会い、そしてそこから形成された関係性を簡単におさらいしておく。


まずアニメ版。
第弐拾四話「最後のシ者」で、トウジケンスケの疎開、壊れていくミサトやアスカとの関係、そしてレイの衝撃的な真実など、14歳の中学生が受け止めるには重すぎる幾多もの事実に苦しんでいたシンジ。
そんな彼のもとに突如としてフィフス・チルドレンと名乗る少年、渚カヲルが現れる。
カヲルはシンジの苦悩を受け止めるかの様な優しい笑みと彼の存在を肯定する言葉を投げかけ、シンジもそれに応え、2人は親しくなっていく。


続いて新劇場版。
第3作「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q」にて、荒廃したNERV本部の一角で、14年の歳月が経過した結果、変わりすぎた人間関係と環境を受け入れきれず塞ぎ込むシンジ。
すると階下からピアノの音色が流れ、そしてカヲルが彼を呼ぶ。
戸惑いながらも彼と共にピアノの連弾を重ねていく内に、2人は美しい旋律と共に心を重ね、やはりアニメ版同様親しくなっていく。



……と、このような関係性とそこに至る経緯があるわけだが、どちらにも共通しているのは「シンジとカヲルは心を通わせ、親しくなっていく」という点である。
カヲルはシンジの事を肯定し、シンジも彼のその優しさに溶け込んでいき、そして親密な関係になっていく。


これらを踏まえた上で漫画版での出会い、そして2人の関係性を見ていく。


漫画版のカヲルの初登場はSTAGE.57「フィフス・チルドレン」。
アニメ版で言う所の第弐拾弐話「せめて、人間らしく」の一部のエピソードに当たる回で、アニメ版よりも少し早い段階の登場である。


ゼルエルの戦闘時に初号機に取り込まれた後に復活したシンジ。
だがバルディエル戦で(自らの意思ではないとは言え)トウジを死に追いやり、その件を加持から問いただされて、認識を改めた結果、シンジは気まずさと罪悪感からケンスケやヒカリと顔を合わせることが出来ず、学校にもずっと出ていなかった。

ミサトに押されて外に出るものの、やはり行くことは出来ず廃墟付近で佇んでいたが、その時、近くからピアノの音が流れてくる。
音に誘われるように向かうと、そこでは少年が廃墟に放置されたピアノ*2を弾いていた。


その少年曰く、「第3新東京市立第壱中学校(シンジ達が通う学校)に転校してきたが、道に迷ったので仕方なくピアノを弾いて時間をつぶしていた」とのことで、シンジに道案内を依頼。

そのまま2人で行こうとすると、彼等のもとに痩せた子猫*3がやってくる。
自宅で飼う事が出来ない為に追い返そうとするシンジ。
するとカヲルは子猫を抱えたかと思うと、いきなり絞め殺し、亡骸をそのまま草むらへと放り捨てた。


突然の行為に怒るシンジ。



なんで… こんな事…


だって君 ついて来られて困ってたんだろ?


だからって 殺すことないだろ!


だってこのネコ ほっといてもどうせ死んだよ

親もいないし食べ物もないし

こんなトコ 君と僕以外に誰も来るはずもないし

飢えて苦しんで徐々に死ぬんだよ

だから今殺してやった方がいいんだよ




正論だがあまりに無情な言葉を淡々と言い放つ少年。
シンジは彼に初めてあった頃のレイの姿を重ね見ながら、彼がフィフス・チルドレン、「渚カヲル」である事を知った。


その後もカヲルは異様なほどに彼に接近してきてコミュニケーションを図ろうとするが、それらには相手の気持ちなどを慮るような素振りがなく、シンジは彼に対して時に怒り、時に鬱陶しがり、またある時には「好きじゃない」と本人の前ではっきり言っている。




この様にシンジとカヲルの関係はアニメ版や新劇場版の様子からは信じられない程ささくれ立ったものになっている。
カヲルはシンジの気持ちを汲み取ろうともせずにグイグイ近づき、シンジはそんなカヲルに対して明らかに不快感を示し、彼を拒絶している。
さらにアニメ版や新劇場版でのシンジがカヲルを呼ぶときは「渚君」「カヲル君」と呼んでいるが、漫画版では彼の事を「渚」と君付けどころか、下の名前で呼んだことすらない*4


それぞれの本人項目に詳しいが、漫画版のシンジとカヲルは根本的な性格が異なる。
シンジは年相応に生意気で自己主張もキチンとする性格で、ある意味正しい意味での「ガキシンジ」である。
一方カヲルは好奇心と純粋さと残酷さを秘めた子供のような性格で、人間とは相容れないように見える性格である。



カヲルのレイに対するデリカシーに欠けた残酷な発言、シンジの性格の変化と後述するレイへの好意、そして2人の決して良好とは言えない関係性がこのセリフをキャラ崩壊などの状態にさせることなく成立させているという訳である。




レイへの思い





シンジがカヲルに苛烈な暴言を吐くに至った最大の理由、それはなんといっても「レイを侮辱されたから」である。


漫画版のシンジはアニメ版・新劇場版と比べてレイへの好意が特に強く、かつ直接的に彼女に表現している。

例としてヤシマ作戦のくだりだが、アニメ版や新劇場版ではプラグ内での「笑えばいいと思うよ」のやり取りまでが有名だが、漫画版ではその部分から先のシーンとして、シンジがレイを連れてプラグから出て彼女を抱えながら2人で移動するシーンがあり、そこでレイと共に生きるという旨のモノローグが追加されている。


また過呼吸で倒れ、意識が戻った後にシンジがカヲルに対して最初に聞いたのは「レイの安否」だった。
アニメ版では流したくても流すことのできなかった「涙」と共に……




――綾波は…?

まだ何も連絡ないけど……

…この前の自爆の時とは違う……

この目で見た…

A.T.フィールドの内側で使徒といっしょにふっとんだんだ

死んだのかな 綾波


碇くん…

碇くんの手… 初めて触れた時は 何も感じなかった

2度目は 少し気持ち悪かった

3度目は 暖かかった

4度目は 嬉しかった

もう一度触れてもいい?


あれが 君に触れた最後だった

5度目は… どうだった?

5度目はどう思ったの? 綾波…

綾波… 一緒に生きようって 約束した





僕は 君を失いたくない……







一見ネタに見える彼の発言の裏には、レイに対する強い思い、そして彼女の必死の行動を軽いことで片付けようとしたカヲルへの強い怒りが籠っており、シンジがレイの事をどれだけ大切に思っていたのかがよく分かる発言でもあるのだ。




その後


シンジはネルフ内のカヲル宅でしばらく休養を取っていたが、生存が絶望的な状況で行方が分からなくなっている事からレイの生存の希望をほぼほぼ捨てていたため、ミサト達と会うことで「レイが死んだという事実」と向き合う事を恐れ、「(カヲルが)レイの死で心を痛めていないから」という現実逃避のような理由からカヲル宅に留まり続ける。*5
ベッドが1つしかないため、2人で共有する形で寝ていたが、その際にシンジの過呼吸の症状が現れた為、カヲルはシンジと口づけをし、そこから人工呼吸の要領で彼の身体に息を吹き込む。


当然彼を好いているわけでもないシンジは赤面しながら拒絶するが、カヲルはアルミサエルを通じて自身に流れ込んできた「好き」という気持ちを「生温かでドロッとしてて気持ち悪くてゆっくり胸をしめつけてくるような感覚」と形容しながらその実態に興味を示してきた。

迫ってくる彼をシンジは拒絶し、口論になりかけるが、ミサトからレイの生存の電話が。

急いで彼女の元に向かうシンジだが、どうも彼女の様子がおかしい。
自爆の件に触れるシンジ。だが……。




そう… あなたを助けたの。

―――― 覚えてないの?

いえ 知らないの






たぶん私は3人目だと思うから







余談


あまりにもインパクトの強いセリフだった為か、エヴァ板やエヴァスレでは、気に入らないレスへの対抗として「前歯全部折ってやる」と返すという事が多くなっている。





追記・修正は残った奥歯を使ってお願いします。
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最終更新:2021年07月30日 20:37

*1 「ファースト・チルドレン」であるレイのこと。

*2 弾いていたのは、やはりというか「交響曲第9番」。

*3 元々はシンジにくっついてきていた。

*4 厳密には「渚カヲル」とフルネームの一部として呼んだことはある。

*5 なお彼からその話を聞いた際にはカヲルは皮肉を交えつつ了承していた。