登録日:2022/08/05 Fri 00:10:00
更新日:2025/04/13 Sun 13:15:12
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機密レベルは
5/CN-2999(最高機密)であり、
オブジェクトクラスは
Thaumiel。
Thaumielクラスということもあり、このオブジェクトは財団に、いや世界全体に利用されている。それだけ最高機密で大切なオブジェクトということだ。
また、このオブジェクトは、創作サイト「SCP Foundation」の中国語版wikiにおいて行われたSCP-CN-2000コンテストにおいて、現SCP-CN-2000である「カオス理論」に次いで第2位に輝いた作品。
そして、このコンテストのテーマは「不確実」。SCP-CN-2999においても、不確実によって世界が大変なことになる。
概要&特別収容プロトコル
SCP-CN-2999とは、とある機械の部品の設計図である。その機械のことを「オブザーバーアレイ」といい、SCP-CN-2999は、その機械における中核を担う「オブザーバーアレイ内部分類機」というパーツの設計図である。
この設計図、信じられないくらい容量が大きいのだが、この専用のアルゴリズムを駆使することで容量は162TBまで圧縮できている。
現在は██台のオブザーバーアレイが世界全体をカバーしているのだそう。
しかし、先にここで言ってしまうが、SCP-CN-2999が作成された後、
SCP-2000によって世界が造り直されており、この報告書は造り直された世界の財団職員が書いている。
つまり、SCP-CN-2999が作られたのはSCP-2000が起動する前の世界のことなのでSCP-CN-2999を誰が作ったのかは詳しくは判っていない。
ただ、この設計図を最後に更新した人は、SCP-2000が起動した今の世界の1つ前の世界でサイト-CN-25管理官をしていた程玖章博士であることがわかっている。おそらくこの人物がSCP-CN-2999を完成させたのだろう。
ちなみに、SCP-CN-2999はSCP-2000が起動する前に作られたもの。よってSCP-CN-2999に関係する前の世界の文書は例外なく秘匿されており、以下の文書たちだけが基礎調査の資料として開放されている。
解放された文書たちは付録として報告書に載っており、全部で7つ。1つずつ紐解いていこう。
付録Ⅰ - 観察者死亡事件
さて、時は前の世界における2021年2月10日。なんと観察者が死亡した。
いやいや観察者って誰だよという話なのでざっくり説明しておくと、観察者とは世界に居ないとZK-クラス: 現実崩壊シナリオが発生してしまう人のこと。
ZK-クラスシナリオから世界を守ってくれていた、良い人なのだ。
それで、その観察者が居ないとどのように世界が終わってしまうかというと、簡単に言うと世界に存在するあらゆる物体がコロコロ別のものに変わってしまうという現象が起こる。
これを「“ピンぼけ”現象」というが、この物体には食べ物や飲み物、人間を含めた生物も対象となる。悪化すれば世界終焉待ったなしだ。
そんな観察者が、今死んでしまった。実をいうと、観察者パワーは観察者が死んでも少しは持つのだが、それでも”ピンぼけ”現象の数は日に日に増していくだろう。
ここでは、サイト-19の集中治療室にて、観察者が亡くなる直前にO5-1(本名: アーロン・シーガル)と交わした会話のログが記載されている。一部中略してここにも記載する。
前観察者による臨終の言
O5-1: 彼の様子はどうだ?
医療スタッフ: 時間の問題です……会話はさしあたって可能ですが、今日を凌ぐことは不可能でしょう……。申し訳ありません、サー。(啜り泣く)全力を尽くしたのですが……
O5-1: 謝らなくて良いさ、シビル。私たちは皆分かってたんだ。遅かれ早かれ、この日はやってくると。誰も責める者はいないよ。(間を置いて)彼はまだ話せるんだね?
医療スタッフ: ええ……話せます。個別の面会をご希望ですか?
O5-1: そうだ、シビル。ご苦労だった。君は先に帰っていなさい。こっちは私だけで問題ない。
医療スタッフ: 承知しました、サー……
電動ドアの開閉音。
O5-1: 私が見えますか?
沈黙。
観察者: (重苦しい呼吸音)平気さ……坊や……相も変わらず元気だ……まるで、君が生まれた時のように。
O5-1: (笑う)母が言ってました。生まれる時、僕はお腹の中でしきりに暴れていたんだと。
観察者: ああ、見えているとも。君が生まれ……育ち……恋をし、憎み、一歩ずつ今日まで歩んできた姿を。この瞬間に至るまで……あらゆる人間、あらゆる生き物と同じように見てきた。あらゆる……ゆる……
咳嗽音。
(中略)
O5-1: もう……もうやめてください。
観察者: 心配せんで良い、坊や……私は自分の務めを果たすつもりだ。最期の一刻までな。
O5-1: それを疑ったことはございません。しかし、あなたが居なくなった後は、我々でこうした問題にあたらなければなりません──それも、ごく僅かな時間で。
観察者: 私は君がやってのけると信じている。
O5-1: ですが、我々はあまりにも遅れています。 (中略) 予測では2年弱……我々は間に合わないのではないかと危惧しています。
観察者: 己の信念を捨てるのかね?アーロン。
O5-1: そういうことに、なるかもしれません。この地位に就いてから、かなりの歳月が過ぎました。……今度のやつは、これまでで一番嫌な予感がするのです。
観察者: だが、君はいつも上手くやってきた。部下を信じなさい、アーロン……彼らは君を必要としている。厳格で迅速な君のことを……君たちは私に替わる策を、必ずや見つけ出すだろう。世界はきっと……きっと、美しくあり続けるはずだ。
O5-1: それは本心ですか?
観察者: 坊や。私は決して間違えないのさ。
O5-1: もしも、間違ったら?
沈黙。
観察者: そうなれば、世界はとうに終わっているだろうよ。坊や。ここまで持たずにな。
K-クラスシナリオ発生まであとわずか。
財団はこの短い時間の間に”ピンぼけ”現象をなんとかし、その後は世界を再建しなければならない。
この会話記録の後、観察者はこの世を去ったとみられる。
観察者の励ましをうけたO5-1は、さっそくO5たちを招集し今後の対策を検討し始める。
O5司令部緊急会議
O5-1: おはよう諸君。とっくに知らされてるとは思うが……3時間前、観察者が亡くなられた。
(中略) 観察者の死がもたらすZKクラス: 現実崩壊シナリオに向け、財団は対策を取る必要がある。今日この会議において、迅速に方針を固めねばならず……
O5-2: (遮る)その前にですね、アーロン。一つ断っておきたいのですが、宜しいですか?
早速、O5-1が会議を始めようとするも、O5-2が突然、O5を辞職すると言い出した。
なんでも、今回、このタイミングで観察者が死んでしまったのは、O5-2が率いる「戦術神学部門」という部署のミスによるもの。そしてそのミスはO5-2が独断専行し、観察者にまつわる訓話をおろそかにしてしまったことが原因となっている。
すなわち、こんなことになったのは全てO5-2のせいなのだ。
O5-2: アーロン。私にはO5を続ける資格がありません。私……私は、議会を去らなければなりません。正しい判断ができるうちに。
沈黙。
O5-1: 彼は決して君を責めなかった。
O5-2: 彼?
O5-1: 観察者のことさ。彼は一度も君を責めなかった。たとえ、君が居なかったとしても、本件は変わらずに起こっていたはずだ。せいぜい、百年くらいの引き伸ばしにしかならんよ。彼にはずっと昔にそう教えられたものだ。
そして、O5-1はO5-2に、「君が今まで以上に必要なんだ。」「君にもう、辞めるなんて言って欲しくない。」と説得し、続いて他のO5メンバーもそれに賛同してO5-2を引き留める。
そういうわけでO5-2はO5に残ることになり、議題は“ピンぼけ”現象についての報告にうつる。
O5-12の報告によれば、財団は“ピンぼけ”現象を、観察者が死んでからのこの数時間までで、すでに4つも確認しているという。
1つ目の”ピンぼけ”では、南極基地で、とある研究スタッフが飲んでいたコーヒーが突然石油に変化。
2つ目の“ピンぼけ”では、ブラジルにて、とある児童が買ったばかりであったサッカーボールが突然アメリカフクロウに変化。
3つ目の“ピンぼけ”では、アメリカのオマハにて、ある女児が歯につけていた歯列矯正器具がニトログリセリンに変化し、すぐさま大爆発。その女児は死んでしまった。
4つ目の“ピンぼけ”では、この会議の直前、O5-12の
腕時計の文字盤が期限切れの
ブルーベリーゼリーに変化した。
他にも発生していると思われるが、人気のない場所での“ピンぼけ”は確認しづらいのもあって手が回っていない。
というか、まだ観察者が死んでから数時間しか経っていないのにすでに死人が出ている。
これでも観察者効果がまだ残っているから“ピンぼけ”の発生件数もまだまだ少ないが、これが日を追うごとにどんどん数が多くなっていくし、そもそもこんなの、財団がすべて隠蔽しきれるわけがない。
ちなみに、“ピンぼけ”現象というのは、いろいろな物質が何の関係性もない別の物質に突然変わってしまう現象だが、実はブラックホールや異常存在のようなヤバすぎるものに変化することはない。それらは“範囲外”だからだ。
“範囲外”の意味はそのうち分かる。今は
スルーで大丈夫だ。
話がそれてしまったので戻すが、財団が”ピンぼけ”現象を一般から隠し通せるのは、もって2年半。もちろん、それには大変な労力と資源を必要とする。
そして財団は、一般から隠し通すと同時に“ピンぼけ”を鎮めなければならない。
ちょっと無理そうだということがお分かりいただけるだろうか。
そういうわけで財団は、この機会にヴェールを放棄することにした。
もちろん、ヴェールの放棄というのは財団にとっては最終手段なのだが、ヴェールを放棄すれば“ピンぼけ”現象を一般から隠すのに使う労力を省くことができるし、一般の人々からの協力を仰げるかもしれない。
O5-13: ハハハ、やっとここまで行き着いたか。
O5-7: 宣言の用意はできてるわ。十数年前からはっきりと予期されていたもの。
O5-6: その通り。財団は別に、手ぶらで待っていたわけじゃない。幸運にもな。
O5-2: 抵抗もきっとあるでしょう……財団の支配を嫌がる人たちの抵抗が。
O5-6: なんて言ったかな。「革命は飯を奢ることではない」……いや、何か違うような……まあいい。俺たちは十分な兵力を持っている。どんな問題も目じゃないことは確かだ。
そういうわけで、財団はすぐさま国連に連絡。
国連に「自分たちだけでやれる」と思われてしまうと困るので、あまり国連側に長考する時間を与えてはいけないとO5-1が助言したため、ヴェール放棄はすぐ行われることになった。
さて次の議題。財団は“ピンぼけ”現象を遅らせる、または将来的には完全に防ぐ必要がある。
したがって、優先順位をつけなければいけない。
この状況下において、世界で一番“ピンぼけ”現象から守らなければいけないモノ、もしくは生物とはいったい何だろうか。
O5-1: ダイアン、何か策はあるか?
O5-10: わざと聞いていますの?アーロン。
O5-1: 君の確認が必要だ。
O5-10: (間を置く)SCP-2000。最優先はコイツよ。2000が"ピンぼけ"なんてしたら、どう足掻いてもお終いなんだから。
O5-8: 我々が最優先、なんて言うのかと思ったよ。
O5-10: よーくご存知でしょう、リーマン。O5の体なんて、ちっとも重要ではありませんもの。仮に、観察者の件を解決できたとしても、2000無しに"正常”へ戻すのは到底不可能よ。それに、必要があれば、イエローストーンがいつでも私たちを作り直してくれる。これだって初めてじゃありませんのに。
そう、なんだかんだでSCP-2000は財団の有能切り札。この状況を打破できるのはこいつしか存在しない。最初に守るとしたらこいつだろう。
さて、最後の議題。肝心の観察者の代わりについての話に入る。
そもそも観察者がどのようにして今まで“ピンぼけ”現象を止めていたかというと、
- 世界中の全てのものを観察し、
- それら全てに対して語義分類という行為を行う
ことで、いままで“ピンぼけ”現象を阻止していたのだ。
「語義分類」って何ぞや?という話はまた後で出てくるから、ここでは“ピンぼけ”現象を阻止するための行為なんだな~と思っていただければよい。
それで、“ピンぼけ”現象を阻止するためには、上記2つのことが行える存在を用意しなければならないのだが、簡単な話、「世界中の全てのものを観察」の時点で人間には無理である。
実は、さきほどこの世を去った前観察者は人間ではなかったらしい。だから、文字通りこんな超人のようなことができたわけだ。
それで、財団が代用観察者を立てる上で真っ先に考えたのが、生きた1人の人間を人体改造して、その人に観察者をやらせること。
しかし、実は「語義分類」というのは非常に頭を使う作業。世界中の全てのものに対して行うのだから、そんな思考強度にホモサピエンスの体は耐えることができない。
ならばと採用されたのが人工知能に観察者をやらせるという方法。
幸い、SCP-2000は非生物なので観察者AIも比較的簡単めにできるはずだ。(ただしいずれは、生物も全てカバーするような完璧なAIを作らなければならない)。
こうして、予定されていた議題がすべて終わったので会議は終了となった。
最後にO5-1からひとこと。
現時点で、観察者の効力は完全には消えていない。我々はこの2年を有意義に使わねばならず、1分1秒も無駄にしてはならないのだ。各位には最大限の力を発揮してもらいたい。
さあさあ、自分たちの持ち場に就こうではないか。諸君に幸運が訪れることを願うよ。それでは解散。
付録Ⅱ - 資料収集
以下の情報は、前の世界において財団サイトと生存者コロニーから回収された情報たちである。ただ、情報の一部は破損しており、とくに関係者に関する情報は多く破損しているらしい。
ここでは、2021年~2022年の観察者死去からまだ日の経たない頃の情報を書く。
情報はいくつかあるが、1つは財団が生存者コロニーの一般の人々に向けて流した放送。
[電子音楽]
コロニー住民の皆様へ、ご注意ください。周囲の物が別の物に変わった際は、付近の人間に近づかないよう呼びかけ、直ちに財団セキュリティスタッフへ通報するようお願い致します。"ピンぼけ"事象に晒された物体は有害化する恐れがあります。自身とご家族の安全のためにも、疑わしい事象がありましたら、適宜スタッフにお知らせください。皆様のご協力に感謝申し上げます。
[電子音楽]
また、「10キロのお米が空気に“ピンぼけ”しまったから損害を補償してくれ!」という怪しいタレコミが入ったと嘆く財団職員たちの会話記録や、
Switchが金のネックレスに“ピンぼけ”してしまって1週間分のポケモン厳選がパー&ネックレス没収になってしまったと嘆く生存者コロニーの住人の記録なども遺っている。かわいそう
ちなみに、このSwitchピンぼけ君は財団がヴェールを放棄した日のことを記録に残している。
突然、あらゆるソーシャルメディアが活動を止めた。ネットもテレビも、あのデカデカとしたロゴで埋め尽くされた。3本の矢が円を貫く、例のロゴだ。奴らは財団の者だとか名乗って、瞬く間に
世界規模のビッグ・ブラザーへと成り上がった。
(中略)
陰謀論は雨後の筍のごとく飛び交った。"ピンぼけ"は奴らの仕業だの、正体はフリーメイソンか共産党、大魔道士で、国連と一切の政体を滅ぼし、地球を掌握するのが目的だの、色んな説が唱えられた。
また、財団内部記録には
「私のウクレレがサブマシンガンに“ピンぼけ”してしまった!と思ったら今度はココナッツカップケーキに化けた!!」
という嘆きも遺っている。
……財団でウクレレと言ったら
あの人物しかいないだろう。
かわいそう
付録Ⅲ - OBSR-1型オブザーバー分類器
さて、話は変わって観察者AIの開発の話題に移る。
観察者AIの名前は、(おそらく「Observator」からとって)「OBSR型オブザーバー分類機」と名付けられたのだが、2021年3月からはその1号機、「OBSR-1」の研究をしている。
そこで、前の世界の研究員が遺した研究メモをもとにOBSR-1がどのように開発されていったのかをみていこう。
まず、OBSR-1に求められる性能は次の4つ。
- 観察物の理解。
- 完璧な語義分類の実現。
- 42ms以内の分類遂行。
- 観察者候補の33min以内の玉座到達。
要するに、
「カメラで観察物を見て、人工知能を駆使して観察物を理解する」→「42ms以内に完璧に語義分類する」
をすればいいわけだ。
「玉座」って何?という話だが、玉座とは、(明言はされていないが)観察者が観察者として機能するために居なければいけない場所だと思われる。しかし具体的なことは不明。
まあ、観察者AIを玉座に持っていくのはO5-2の仕事であるから、ここでは深く考えなくてよい。
また、42msについては、秒に直すと0.042秒となり、かなり早く語義分類しないといけないことがわかる。
ちなみになぜ42msなのかというと、観察者効果が完全に切れてから物体が”ピンぼけ”するまでの時間が42msだからだ。
まあ、早くするだけなら設計を最適化すればいいだけ。問題ない。
問題は「理解」と「完璧な語義分類」。
まず「理解」についてだが、これは並の人工知能にはできない。
なぜか。現在の人工知能には「意識」が無いからだ。観察物を理解するためには、本当の意味での人工知能を作らなくてはならない。
そもそも人間の意識についての研究も難儀しているのだから、人工知能に意識を持たせるなんてかなり難しいことだろう。
そして「完璧な語義分類」についてだが、O5-3が研究チームに対してSCP-1539というオブジェクトのアクセス権を与えてくれた。
SCP-1539とはとある場所系オブジェクトで、ここに81秒以上とどまると、その物体/生物は「物質の性質」と「物質の意味論的アイデンティティ」というものに分離してしまう。分離した意味論的アイデンティティは、ほかの「意味論なし」の物体と再接着するかもしれない。
これにより、SCP-1539では「40代男性の声で喋る洗濯機」や「財団エージェントである皮財布」が発生している。
……何を言っているのかわからないが、とにかく「意味」を基準に作用するSCP-1539を研究すれば「語義分類」がどういうことなのかがわかるかもしれない。
ただ、SCP-1539は不純な情報が多く、そもそも認識災害であるそうだから研究は時間がかかりそうだ。
さて、時が経って研究開始から約半年。この期間にさまざまなことがわかった。
まずは語義分類の「分類」についてだが、研究チームは試作機として「見たものすべてをリンゴだと分類する機械」を作った。
そして、そのうえでリンゴだけを見せたところリンゴの“ピンぼけ”率は何一つ変わらなかった。
要するに、完璧に近づけるには「リンゴ」だけではダメなのだ。「質量が◯◯で、表面の平均RGB値は✕✕、パイロット社の油性ペンで3センチ大の財団ロゴが描かれた、~~のリンゴ」くらいまで分類してはじめて、実用的な観察者になる。実際、試作版のOBSR-1はこのくらいまで分類している。
次に「語義」についてだが、研究チームは「必要に応じて”リンゴ”と出力できる機械」を作ったのだが、これにリンゴを見せても相変わらず“ピンぼけ”は発生する。
しかし、“ピンぼけ”の先はリンゴという概念に関係するものに限定されるのだ。例えば、「青いリンゴ」「大きいリンゴ」「リンゴの絵」など。
ただ、「完璧な語義分類」を目指す以上、こんなリンゴのような挙動では満足できない。最終的には完全に物体を固定したいのだ。“ピンぼけ”が発生してはならない。
そんなこんなの研究の結果、2021/10/21にOBSR-1試作機が完成した。
結果は及第点らしく、システム的な解説は省いてしまうがなんとかSCP-2000の“ピンぼけ”を止めるくらいのものはできたらしい。
「完璧な語義分類」については、さきほど記載したような超細かい分類をすることでなんとか「完璧」に近づけているのだが、実はその分類は全て研究員の手書き。一刻も早くSCP-2000を守りたい今はこれでもいいだろうが、財団の最終目標は全世界を“ピンぼけ”から守ること。全世界のものをこんな細かく手書きするわけにはいかず、根本的な解決には至っていない。
これを解決するため、研究チームはGAN(敵対的生成ネットワーク)というものの研究を開始した。
また、語義分類には「42ms以内」という早さも要求される。
これを解決するため、OBSR-1は非生物で、動かないものしか守れない仕様になっている。
つまり、休止状態のSCP-2000を守ることはできてもSCP-2000から生まれてくる人々や、稼働状態のSCP-2000は守れない。まだSCP-2000を動かすことはできないのだ。
ただ、これで「42ms以内」という条件を満たし、「完璧」という条件も、完全言えないものの98.438%の精度での語義分類ができるようになった。OBSR-1の存在は、前の世界の情報を現在まで残すのに活躍したとされている。
しかし、OBSR-1
試作機が完成する少し前にはSCP-2000を守っていたSRAの1つがフラミンゴの大群に“ピンぼけ”してしまった。
これは過去最大質量の“ピンぼけ”であり、O5達は
前任の観察者効果が予想より早く切れることを懸念している。OBSR-1が完成したからといってのんびりしてはいられない。
その後、研究チームは3500台のOBSR-1を駆使してSCP-2000を守り、BZHR(ブライト/ザーションヒト科複製機。SCP-2000に元から備え付けられている、人間のクローンを作り出せる装置)を用いて、予備として50ロット分の職員を作り出した。これで、財団職員が“ピンぼけ”で少なくなってしまっても安心だ。
付録Ⅳ - 資料収集
ここで、また前の世界から回収された情報をみていこう。
まずは衝撃的なニュースから。
こんな世の中であるから、もちろん人間だけでなくアノマリーも“ピンぼけ”する。ただ、“範囲外”である関係上、“ピンぼけ”先がアノマリーになることはなく、財団職員にとっては収容すべきものが減ってラッキーな感じなのだが、ここでとあるアノマリーが“ピンぼけ”してしまった。
それは、文字通りの
不死身の爬虫類。誰もが絶対に死ぬはずないと思っていたモノが塩酸の中で“ピンぼけ”してしまったのだ。
こんな最強クラスのモノですら、“ピンぼけ”の手からは逃れられない。職員たちは遅かれ早かれ自分も“ピンぼけ”の餌食になってしまうということを察したのだった。
続いて、とある生存者コロニーにて。
こちらの「男性A」は、妻との間に子どもを授かり、そして妻が出産したのだが……
男性B: お伝えした通りです。あなたのお子さんは生まれるなり、"ピンぼけ"したんです。こちらにあるのはお子さんが変化したものです。お望みでしたら……
物が倒れる音。数人の怒鳴り声が伴う。
男性A: (大声で)誰が信じるってんだ!テメェら……テメェらはちょっと中に入るなり、すぐに戻って告げてきた。こんなグチャグチャのペーストが子どもだって?これが医者のやることかよ!ああ?テメェら全員クズだよ……ろくでなしの……返せようちの子を!
(中略)
女性: ああそんな!見て!
男性B: あれは……子ヤギ?
男性A: あれは……うちの子だ。あれはうちの子だ!
物が倒れる音。その後、沈黙がしばらく続く。
男性B: ご主人、これは2回目の"ピンぼけ"なんです。通報しなければ……
男性A: 嘘だ……黙れ。子どもが煩がるだろ……なあ、妻と面会して良いか?我が子を見せてあげたいんだ。ああ、僕の坊や。なんて無垢な坊やだろう。
一方で、こちらの生存者コロニーでは
女性: マーク!良かった、やっと繋がったわ!こっちの電波はダメ過ぎてダメ過ぎて。2番コロニーの様子はどう?
男性: 言ってくれるなよ、リサ。職員が1人、発電機のメンテ中に"ピンぼけ"して、謎の腐食液に変わってね。そのまま発電所を爆破しちゃったんだ。それから、予備電源が入らないOBSRが数台あって、それで4棟の建物が"ピンぼけ"。うち1棟はほとんど同質量の水になって、敷地の半分を押し流した。そのあと、また何台かのOBSRが故障して……連鎖反応が起きた。そんなこんなで、僕らは命からがら逃げ出したってわけさ。
女性: ああ、神様……
男性: 祈ってる場合かよ……こっちにはトラック2台分の生存者と、携帯式のOBSRが……ああもう、何だよ畜生!
女性: マーク?マーク!
男性: ふう……ふう……大丈夫。ついさっき、水牛が1頭、いきなり突っ込んできてね。そいつ……そいつは今、緑の電話ボックスに変わったよ。とにかく、僕らのOBSRはもうじきバッテリー切れだ。おおよそ、残りは20分くらいだろう。君たちは早く、替えのOBSRを用意してくれ。ゲートに着き次第、僕が君を呼ぶよ。
女性: 分かったわ。どうか無事でいてね、マーク。
男性: 君もな。それじゃあ。
もはや、「Switchが“ピンぼけ”した!」と騒いでいたころが懐かしく感じてしまう。
付録Ⅴ - OBSR-2型オブザーバー分類機
さて、OBSR-1は無事に完成したものの、OBSR-1は動いていないものしか守れない。
そのため、動いているものも守れる観察者AI……OBSR-2の開発がすすめられた。
これは2024年7月、OBSR-1が開発されてから約3年後の研究メモだが、ここで財団はエリア-303という場所に人工観察訓練所を設立。目的はOBSR-2を開発するうえで必要になる膨大なデータを集めるためで、1500ものOBSRコンソールが用意されている。
人工知能が発達しようと、最終的に地球で1番賢いのは我々人間。ただ、複雑な処理などはOBSR-1に押し付けたほうがいい。
そういうわけでこの訓練所において研究員たちには、栄養輸液を取り付け、脳波を刺激・増長させる電極キャップを被ったうえで1日20時間労働をしていただく。もちろん、研究員1人1人にはOBSRがついているから、複雑な処理はOBSRに任せればいい。
超ブラックだと思うかもしれないが、この時点で世界の人口は20万人を下回っており、生存者コロニーももう8つしか残っていない。ブラックだなんだと騒ぐどころではないのだ。
そして研究チームはOBSR-2までのつなぎとしてOBSR-1の改良版、OBSR-1βを開発し、生存者コロニーを守った。
OBSR-1βは、OBSR-1で登場した手動入力の分類方法のほかに、訓練を積んだGANが搭載されている。
これによりどういうことができるかというと、いちいち手書きで分類しなくても、ある程度はOBSRが自動で分類を修正してくれるということ。
これも研究員たちの1日20時間労働の努力の結晶であり、ここでOBSR-1βが学習したデータもOBSR-2の開発につながる。
しかし、研究が進んではいるが、“ピンぼけ”によって世界がZK-クラスに直行しているのは事実。そして、生存者も残り時間も決して多いとは言えない。
研究チームは、BZHRで作っておいた予備クローン職員を1ロット分投入した。職員は全員協力的であったのだが……
私は開発チーム所属のため、彼らとの関わりは免除されているが、正直なところ罪悪感を抱えている。私は彼らに会ったことがある。訓練所が立ち上がったあの日、彼らはひっきりなしに震えていた。まるで、窒息しかけの魚が池に投げ込まれた時のように。コンソールは青々とした光を発していた。数日後に再び訪れたところ、彼らの目は見たことがないほど血走って 失礼、研究メモに書くことではなかったな。
カクペルが逝った。最後の1人だった。彼は今、高さ2メートルの硫酸銅の結晶になっている。私はそれを訓練所の一番前に置いた。円柱形の大理石に載せ、ガラスで覆い、OBSR-1を取り付けた。
誰も反対する者はいなかった。
O5-2がやってきた。私は我を失った。彼女に掴みかかり、沢山のことを詰問した。彼女は私を咎めず、包み隠さずに明かしてくれた。O5は残り6人で、コロニーは残り2箇所。私は初めからジェシー・ファングだったわけじゃない。16人目のジェシーだった。
こんなの書きたくない。
研究員をはじめとした生存者たちにも、もう限界がきている。
50ロット作ってあった予備職員も今ではもう9ロットしか残っていない。生存者コロニーも残り2つ。
しかし、まだ希望はある。そう、OBSR-2が完成したのだ。
OBSR-2は、OBSR-1と違って動いているものや生きているものを“ピンぼけ”から守ることができる。速度も42ms以内であり、問題ない。入力もOBSR-1のころは480pだったのがOBSR-2は4Kに進化した。制度も97.46%なのでまあ大丈夫だろう。
ただ、OBSR-2には1つ致命的な欠点がある。
それが、
ある指定された行動パターンに従った行動をし続けないとOBSR-2は機能しないということ。
すなわち、OBSR-2で人間を守ろうとしたら、あらかじめ設定しておいた行動パターンに従って、永遠に
ロボットのように生活していかなくてはならない。そうでないと、OBSR-2はエラーを吐いてしまう。
実際、OBSR-2にて守られていた「ジェイコブ」という研究員も、
ジェイコブは昨晩、何か閃いたのか、「エウレカ」と一言叫んだ。記述外の行為であったため、彼はピンぼけしてしまった。
もはや、OBSRの力がないと即座に“ピンぼけ”してしまうほど世界は危機的状況にあるのだ。OBSR-2に欠点があろうと、欠点に従って生きていくしかない。
ただこのOBSR-2、機械類を守らせるにはうってつけなので、これで研究員たちは機械類が“ピンぼけ”してしまうのを恐れる必要がなくなった。
次の目標は、ロボットのようなことをしなくても動いているものを固定できる、OBSR-3を作ることである。
を完成させれば、それをSCP-2000に取り付けて稼働させれば世界は元の姿に戻る。
ただ、この頃には生存者コロニーはもはや存在しない。
人工観察訓練所は閉鎖されてしまった。50ロットあった予備職員も、あと1ロットしか残っていない。
外を探せば、すばらしく幸運な人がまだ生きている可能性もあるが、なにせOBSRが無いと即座に“ピンぼけ”してしまうような世界。しかも、おそらく「外を探す」なんて行動はOBSR-2の想定外だ。そんなことしたら自分が“ピンぼけ”してしまう。
付録Ⅵ - 資料収集
ここでは、前の世界の末期の様子が記録された資料を見ていこう。
末期ということもあり“ピンぼけ”の被害がひどく、情報が記録された正確な日時は不明である。
[電子音楽]
生存者の皆様へ。このメッセージが聞こえましたら、壁の財団マークに従って、すみやかに最寄りのシェルターへ移動してください。あなたはそこで、学習済みのOBSR-2型スタビライザーを見つけられるでしょう。
生存者支援のため、(一時停止)ゼロ(一時停止)名の医療スタッフが控えています。財団はあなたの存在を必要としています。皆様のご協力に感謝申し上げます。確保・収容・保護。本メッセージは繰り返し……
[電子音楽]
かつては数名は控えていた医療スタッフも、全員死んでしまったか“ピンぼけ”の被害にあった。
これも自動放送だろう。
お次はサイト-CN-04、中国支部のサイトで記録された通信記録だ。
CN: INサイト、INサイト、こちらはCN。応答を求む。
IN: [Request Timeout]
CN: INサイト、INサイト、こちらはCN-04・盧文光博士。応答を求む。
IN: [Request Timeout]
CN: アヌ……頼むよ、聞いてるか?聞こえたらすぐに返事をくれ。すでに13のサイトがオフラインになった。こちらでは……
IN: [研究データを受領しました。これはシステムの自動メッセージです。返信しないでください]
CN: ……畜生!
お次は、SCP-2000内部にて、おそらくO5-2がO5-1へ遺した書き置きである。
O5-2は、OBSR-3が完成して世界を戻すとき、いろいろ不都合が起きないようにSCP-2000にて調整を行っていた。
OBSR-3が完成した時、その玉座からこの地球にある全てのものを俯瞰できるように。
現在、SCP-2000はOBSR-2で守られているが、OBSR-3のデータを受信し次第、ここのOBSRは自動で更新され、ついでにOBSR-3を載せたロケットが自動で打ちあがり、地球全体をOBSR-3でカバーさせる。
BZHRについても準備はできており、今後BZHRから生まれる人間は例外なく観察者の注視を受けることができる。
O5-2は、その大事な仕事を最期に済ませに来たのだ。
これらの段取りはすべて順調に進んでいる。自動化された楽章が、遂に演奏の時を迎えるのだ。
アーロン、あなたはきっとこれを読むだろう。もう長くは持ち堪えそうにない。ここでの書き置きはOBSR-2の記述に含まれていない。これが私の最期、最期の贖罪だ、アーロン。希望を捨ててはならない。
私は財団を、あなたを信じt
O5-2は、今回の騒動の責任を最期まで背負い続けていた。
財団を、O5-1を信じて旅立った彼女のためにも、なんとしてでも世界を復興させねば。
付録Ⅶ - サイト-CN-25通信ログ
これが最後の付録となる。
これは、サイト-CN-25という中国支部サイトのバックアップデータに残っていたもので、当時サイト-CN-25の管理官であった程玖章博士と、O5-1(アーロン・シーガル)との会話が記録されている。
程博士: ハロー?こちらはサイト-CN-25の程玖章博士です。聞こえますか?
O5-1: 聞こえてるよ、程。すこぶるはっきりとな。こちらはアーロン・シーガルだ。
程博士: おっと、初めまして監督者さま。コンタクトできて大変光栄であります。
O5-1: いまさら礼儀なぞ要らんよ、程。アーロンと呼んでくれ、こっちの方が好みだ。
程博士: ええ、承知しました。アーロンさんがいらっしゃって本当に良かった。
偶然にもO5-1と連絡をとることができた程博士。
ここで、程博士はO5-1にOBSR-3開発の進捗を尋ねられる。
OBSR-3については、これまでの研究員たちがある程度完成させており、程博士はそれを継ぐ形でOBSR-3の開発をすすめているらしい。とりあえず現在は万事順調だそう。
ちなみに、程博士はサイト-CN-25で元気にやっているらしい。
もっとも、注射でご飯を食べたり、睡眠は薬でズドンと済ませたりしているあたり、快適な生活とは言えないだろう。
さらに、OBSR-2に守ってもらっている以上OBSR-2に設定されていない行動をとった瞬間に“ピンぼけ”してしまう。実際は一瞬たりとも気が抜けないだろう。もちろん、程博士だけでなくO5-1もそんな感じだろうが。
ここで、程博士はO5-1になにやら聞きたいことがあるようだ。
程博士: 分かりました。しかし……やっぱり一つ、どうしてもお尋ねしたいことがあります。人間は僕たち2人で最後、そうですよね?
O5-1: そうさな、程。我々で最後だ。
程博士: やっぱりか……うん。受信データが自動メッセージだらけになった時点で、うすうす予感してはいたんですよ。
O5-1: 君たちには悪いことをしてしまったね。
しかし、程博士はさほど問題ないと言う。
エネルギー的には、程博士1人で1つの原発のエネルギーを独占しているのもあって余裕で足りるし、サイト-CN-25も程博士もきちんとOBSRで守られている。
OBSR-3の研究ももう大詰めで、サイト-CN-25には最先端の設備が整っている。
そしてなにより、程博士は1人ではない。仕事の合間にはO5-1とこうして話すことができるようになった。
程博士: 一番重要なのは──あなたと話せることです。これだけに限っても、僕の暮らしは過去の3年間より百倍も良くなりましたよ。
O5-1: 私も同意見だ、程。君がいてくれて本当に嬉しいよ。
程博士: ありがとうございます。ではそろそろ、仕事の方に戻りますね。何かあれば、すぐにそちらに連絡します。もちろん、そちらも何かありましたら、いつでも僕に繋いでください。お喋りするのは好きですからね。
O5-1: 把握した。では行くのだ、程君。
程博士: 仰せのままに、サー!
ここで次の通信ログに移る。またO5-1が程博士にOBSR-3の進捗状況を聞くが、すこし問題が発生したらしい。
ただ、それも時間をかければ解決するものらしいので心配はないだろう。
ちなみに、
程博士: ははは、もし院生の時、「アセンブリで機械学習をやれ」なんて言われたら、僕はきっとあなたを酔っ払いだと思ったでしょうね。
(中略) 当時の僕らは、ありったけのマシンパフォーマンスを使って、あらゆるものを42ms以内にぶち込む日が来るとは思いもよりませんでした。時代の変化には驚くばかりです。
話題は、程博士とO5-1の休暇についての話に移る。
程博士は、これが終われば落ち着ける日を見つけて、ソファでゴロゴロ、コーヒーを飲みながら午後を読書に費やしたい……と口にするが、O5-1はこれが終わったらO5を再結成して各支部を再建して、山のような書類と出張の日々に追われることになるだろう。もともとO5に休日なんて無いも同然らしい。
それを聞いた程博士から提案が。「いっそのこと、今が休暇だと思えばいい。」
今のO5-1の仕事なんて程博士の進捗を監督することくらい。で、程博士はOBSR-2の関係でどこにも行けないし、要するにO5-1は暇なのだ。
もちろん、O5-1もOBSR-2で守られているから身動きはできない。そこで
程博士: 頭をリラックスさせてみてください。それだけでもずっと楽になります。張り詰めていた神経を緩ませるんです。ぜひお試しを。
程博士: アーロン?
O5-1: オーケイ、試してみるよ。
お次は、3つ目の通信ログと4つ目の通信ログをまとめて記載する。
かねてより、程博士は「なぜ物体は原子単位で“ピンぼけ”しないのか」ということを疑問に思っていた。
“ピンぼけ”してしまうものはいつも、「1人の人間」「1輪の花」「1台のテレビ」であって、たとえば植物の葉だけが“ピンぼけ”することはあまりない。
実際、OBSRの仕組みもこの法則に則ったものになっており、OBSRは「もの」を認識して語義分類するのであって、原子単位まで解析して分類しているわけではない。これで実際に効果は出ているのだが、なぜこうも「キッチリ」“ピンぼけ”が発生するのかが謎である。
しかも、“ピンぼけ”先の物質は致命的なものにならないという法則がある。“ピンぼけ”が起こってしまった物体は、理論的にはすべての物体のうちの1つに確率で変わるはずなのだが、何年たっても、物体が「ブラックホール」や「反重力物質」に変化した例はない。
これに関しては最初のほうに話が出てきたが、ブラックホールや反重力物質といったものは“範囲外”なのだ。“範囲外”のものに“ピンぼけ”することはないのだが、実をいうと“範囲外”がどのような意味なのか分かっていない。
程博士: "範囲外"?それは一体?誰が言ったんですか?
O5-1: 前任の観察者だ。だが、私も正直なところ、意味を図りかねている。
程博士: あっ、そういえば!アーロンは前任の観察者に会ったんですか?
O5-1: 左様。
程博士: 羨ましいなあ。どんな方でした?
程博士: アーロン?
O5-1: 彼は時々、ソフィアの父親を思い起こさせる。
程博士: ソフィア、といいますと?
O5-1: O5-2だ。
程博士: ああ。以前お会いしたような気がします。彼女は僕らの分類器を玉座まで持っていく役目を負っていました。
O5-1: そうだな。
程博士: そういや、これも聞いてみたかったんでした。玉座とは一体何なんです?それらしき資料は一つも見当たらなくて。
O5-1: 言葉では玉座を説明できんな。
程博士: うーん?いまいち分かりません……
O5-1: 私は玉座を見たことがある。少しの間、指先で触りもした。だが、言語で言い表せる代物ではないのだ。すまんな、程。今回ははぐらかしてるわけじゃないぞ。結局の所、ソレはそういうものなんだ。
程博士: そうですか……
O5-1: 財団は人智を遥かに超えた事物と何度も関わってきた。観察者と玉座は、その中の一例に過ぎないのだ。
程博士: ええ、僕もよく理解しています。
この日の通信はこれで終わりだが、その後、程博士はとある発見をする。
それが、収容プロトコル-ZK-アルファ。そう、あのSCP-001 S・アンドリュー・スワンの提言である。
これの解説は
SCP-001のページに載っているが、簡単に説明すると
SCP財団は物語の世界であり、SCPオブジェクトは全て創作物であるというもの。要するにメタネタだが、これを使うと“ピンぼけ”現象の謎が一気に解決する。
もちろん、
SCP-001は最高機密であるから程博士は不正アクセスをして報告書を見たわけだが、財団職員なんて2人しか残っていないのだから気にしてもしょうがない。
まず、世界に存在するすべてのものは原子からできている。
しかし、財団世界にとってそれは半分不正解。財団世界に存在するすべてのものは言葉でできているのだ。SCP世界の正体は文芸サイトであり、アートワークという例外はあれど基本的には文章で世界が形作られていく。
観察者がずっとしていた「語義分類」という行為は、SCP財団を形作っている言葉を全て視て、観察し、理解し、安定させる行為だったのだ。だから、観察者が居ないと「物語内の言葉/描写」と「財団世界の物質」の間に齟齬が生じてしまうために存在が不安定になり、描写が“ピンぼけ”してしまう。
原子単位の“ピンぼけ”が起こらないのは、物語の文章で原子1つ1つの様子を描写したりしないから。
玉座が言葉で表せないのは、玉座がこの世界に属していないから。玉座は言葉で形作られてない、もしくは財団世界の人間には理解できない言語で形作られているのだ。
O5-1は、そのSCP-001が真実とは限らない、フェイクである可能性があることを程博士に伝えるが、程博士は実際にこの発見がOBSR-3の開発に役立っていると話す。
程博士はOBSR-3のトレーニングデータに、人間の言語資料から見つけた限りの語彙をぶち込んだところ、そのデータがモデルとピタリ噛み合い、今までのテスト結果すべてを足したものよりも優れたモデルが完成したという。OBSR-3はもう目と鼻の先だ。
そして程博士は言う。この騒動が1つの物語なのだとしたら、こんなに悲しくて辛い物語なのだから、私たちはきっと
ハッピーエンドをつかむだろう、と。
少なくとも、“ピンぼけ”で
ブラックホールが出現して世界終焉!なんて結末にはならないはずだ。そんな物語は誰も好きになれないから。
そうしてまた時がたった後。
程博士はO5-1に、中国の旧正月の話をする。
観察者が死亡したのが2021年の2月10日。そして、中国の旧正月は2021年の2月12日である。旧正月2日前の出来事だったのだ。
この騒動が無ければ、財団中国支部の職員たちはもうすぐ旧正月休みに入っていた。
仕事のことを忘れ、賑やかな宴会をしたり年々つまらなくなる年越し番組に文句を言ったり……程博士も実家に帰る予定だったという。
といっても、この程博士はBZHRで生み出されたクローンなので、その日を実際に経験したわけではないそうだが、記憶はしっかりと受け継がれるのだろう。
O5-1: そういえば、君たちの国ではとても賑やかな祝賀行事があるらしいな。
程博士: 実を言うと、我が家ではそうでもなかったりします。市内の親戚と軽く食事をするくらいで。一番厄介なのは、親戚にあれこれ聞かれてしまうことです。両親は僕が具体的に何をやっているか、ちっとも知りませんので。……まあ、翌日には全世界にバレちゃったんですが。
O5-1: Kクラスは人間の暦で動いてはくれないからな。
程博士: ええ。ですから僕も、軽く思いを巡らせていただけに過ぎません。
O5-1: 君は懐かしく思うかね?あの時代を。
程博士: 懐かしんでないと言えば嘘になります。でも、あの時代は遥か遠くに行ってしまった。あまりにも遠すぎます。あの頃のことはもはや、ピンぼけした写真のように、霞んで見えなくなってしまった。
程博士: おっと、すみません。ここでのピンぼけは無意識に飛び出たもので、専門用語では……
O5-1: いいや、ピッタリな表現じゃないか。
そこで、O5-1は程博士にある提案をする。
それは、「SCP-2000で戻した時のリスタート地点を旧正月にする」というもの。
“ピンぼけ”のせいで台無しになってしまった旧正月を、今度こそ安心して暮らせるようにする。
程博士は「僕の一存で決めていいことではない」と断るが、どうせ決める人なんて他に居ないし、O5-1はいつでもいいと思っている。
程博士: ……オーケイ、乗りますよ。とても魅力的な話だ。
O5-1: では、そういうことで決まりだな。
程博士: ありがとうございます、アーロン。
O5-1: 礼なぞ要らんよ。君は十分すぎるほど頑張ってきた。莫大なお釣りが来るほどにな。これは君が得るべき報酬だよ。私に出来るのはそれくらいだ。
そんなこんなでまた月日がたち、ついに……
程博士: アーロン、やりました。OBSR-3が完成しました。
O5-1: でかした!
OBSR-3の語義分類の精度は99.999963%。速度も42ms!動いているものも安定できる!そのうえスムーズで、正確で、効率も良い。完璧無比ともいえるOBSR-3を程博士は完成させたのだ。
OBSR-3には、世の中が正常だったころには考えられなかったような、前人未到の機械学習がとりいれられている。SCP-2000で世界を造り直した後にこの技術を一般に公開すれば、人類の技術は桁違いに発展すると程博士は言う。
しかしそうはいかない。財団は歴史の過程を守らなければいけないからだ。しかるべき時まで、その技術は財団が隠し持つことになる。
さてさて、OBSR-3が完成したということで、そのデータをO5-1のところに送り、O5-1がそのOBSR-3を玉座に持っていき、SCP-2000に送信すれば、晴れてSCP-2000が世界を元通りにしてくれる。
しかし、程博士がなんとOBSR-3のデータをそっちに送れないと言い出した。
どうやら、隣の部屋にあるサブの電送機にケーブルを繋がないといけないらしい。しかし、その行為はOBSR-2に記載されていない。
どうも、程博士がOBSR-2に固定された日は“ピンぼけ”がひどく、十分なトレーニング無しにOBSR-2に固定されてしまったせいでこんなケアレスミスをしてしまったという。
ケーブルを繋ぐくらいのことであれば“ピンぼけ”してしまう前にできるのでデータの転送には問題ないが、それと引き換えに程博士は“ピンぼけ”してしまう。
実をいうと、O5-1も同じ状況なのだ。
OBSR-3のデータを受け取ったら、OBSR-3が観察者として機能するように玉座まで持っていかなければいけないのだが、その行為はOBSR-2に記載されていない。
というかO5-1曰く「OBSR-2が理解できるものではない。-3だって無理かもしれない。」とのこと。
結局、人類で最後まで頑張った2人でさえも、世界の夜明けを拝むことはできないのだ。
程博士もO5-1も、いちおうSCP-2000搭載のBZHRが造り直してはくれるが、造り直す元となるデータはおそらくこの騒動が起こる前のデータだろう。
アンニュイ・プロトコルもあるし、O5-1も程博士もここでの記憶は失ってしまう。
O5-1: もうしばらく待ってみるかね?時間はまだたっぷりあるぞ。
程博士: 良いんです、アーロン。すべての終わりはもう、僕たちの手のひらにあります。感傷に浸っている場合ではありませんよ。……おっと、ちょっと失礼……
程博士: やっぱり数分ほど待ってください。アドレナリンを探してきます。ここに来て、ガタガタ手が震えてきちゃいました。
O5-1: ああ、急がなくても良いさ。
程博士: オーケイ、こちらは準備完了です。これでお別れですね。アーロン、あなたと知り合えて本当に良かったです。
O5-1: 私もだよ、程。私も同じ思いだ。
程博士: そちらの準備はどうですか?
O5-1: 大丈夫だ。
程博士: それでは、行きましょうか。僕とあなたで。OBSR-3のデータを送りますので、あなたが玉座へともたらしてください。
O5-1: しかるのち、世界は美しくあり続ける。
こうして、2人の努力の結晶の上に出来たOBSR-3の設計図データは、現在SCP-CN-2999に登録されている。
そして、██台のOBSR-3が宇宙から地球全体をカバーして、この世界の全てを見守っている。もちろんSCP-2000も一緒だ。
人間についても、BZHRを通じて全人類の遺伝情報に埋め込まれているモニタリングバイオチップというものとOBSR-3で連動してすべての人間を観察。“ピンぼけ”から守っている。
この騒動から世界を救い、もとの日常に、美しい世界に戻したのは紛れもないSCP-2000、すなわち
Deus Ex Machina。
そして、その機械仕掛けの神を守ったものこそ……
SCP-CN-2999
Observator Ex Machina
機械仕掛けの、観察者。
余談
最初でも触れたが、当作品は中国支部にて行われたSCP-CN-2000コンテストにて、現SCP-CN-2000である「カオス理論」に次いで2位を獲得した作品である。
現在の評価は驚異の
+1000。
中国支部はサイトメンバー数(=投票権)が日本支部より多いため、日本支部と単純には比べられないが、日本支部で+1000と言ったらあの
緋色の鳥と同じくらい。相当な高評価を得ている。
また、作中で何度も登場した「42ms」という数字。これの元ネタは
究極の全ての答え。
また、観察者AIが玉座に到達しなければいけない制限時間の「33min」は、人の天国における年齢が33歳なのが元ネタ。
+
|
... |
結局、彼らは成功したのだろうか?
彼らは上手くやったよ。観察者は今、完全に財団の統制下に置かれているからな。
言い換えると、彼らは世界のすべてを制御でき、どんな秘密も逃れることは出来ない……そういうことだろうか?
原則的には、そうだ。
どうして"原則的には"なんだ?
その後の成り行きは、彼らが誘惑に我慢できるか否かにかかっている。
では、彼らは我慢できるだろうか?
歴史を振り返るに、不可能だ。
いささか残念だな、それは。
残念がらなくても良いさ、
ドウグラス
。君自身よく分かってるはずだ。初めからこれは、彼らの犯した罪であり、罪が罪を生んでいることを。
|
追記・修正はOBSR-3のメンテナンスをしてからお願いします。
- コンテスト2位は別にしょっぱくないと思うけど -- 名無しさん (2022-08-05 00:50:15)
- カオス理論より先にこっちが来たか -- 名無しさん (2022-08-05 10:15:17)
- なんで観察者が死ぬまで一切の研究をしてなかったのか謎。O5-2のやらかしが無かったとしても100年くらいしか保たないなら、もっと早くから研究してそうだけどな。 -- 名無しさん (2022-08-05 14:49:47)
- 機能しなかったり破壊されたりなこともあるけどやっぱ2000はつよいなあ -- 名無しさん (2022-08-06 18:42:41)
- ドウグラスってなんですかね? -- 名無しさん (2022-08-21 18:06:12)
- ↑SCP-CN-2999作者さんの名前(DouglasLiu)です。本来はDouglasLiuタグのついたページ一覧にリンクするはずがミスで繋がってませんでした -- 名無しさん (2022-08-23 17:03:34)
- Sアンドリュースワンの提言なんて知ったら普通絶望するものなのに、程博士は逆にこれで研究が進むぜひゃっほーなのが新鮮 -- 名無しさん (2022-09-15 18:36:03)
- 面白かった -- 名無しさん (2022-09-27 01:41:32)
- 程博士がO5-1に「今が休暇だと思ったら?」と言ったら1がピンぼけしちゃうんじゃないかとヒヤヒヤした。その後の展開の方が泣けたので、あーもしあそこで彼を失ったらこの結末もなかったんだろうなとも思ったけど。 -- 名無しさん (2023-04-07 08:06:46)
- CN-2000も良かったが、こっちも甲乙つけがたいくらいに良い作品やな -- 名無しさん (2023-05-28 00:09:47)
- ↑8 逆や逆 観察者から観察者の死亡予定日の話を聞かされたから最速で対策を練ろうとしたらそれが予定外に観察者を死なせたのがこれの始まり -- 名無しさん (2023-12-06 00:19:22)
最終更新:2025年04月13日 13:15