大井川鐵道井川線

登録日:2023/05/15 Mon 11:43:18
更新日:2024/04/07 Sun 21:27:24
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大井川鐵道井川線とは、千頭駅と井川駅を結ぶ大井川鐵道の鉄道路線である。
愛称は「南アルプスあぷとライン」。

路線は勿論静岡県内なのだが、終点の井川駅は何と静岡市内に属する

概要

大井川に沿って南アルプス(赤石山脈)の険しい山間をゆったりと走る路線で、全線が単線、ほぼ全線が非電化で一部区間が電化されている。
元々は大井川ダム開発のため大井川電力→中部電力の専用鉄道として1935年に開業し、1959年に大井川鐵道へと引き継がれ、旅客営業を開始したという経緯を持つ。ダム工事が完了した現在は観光路線と化しており、車窓からは奥大井の雄大な自然を楽しむことが出来る。
路線は中部電力が保有し、大井川鐵道が運営を行っており(但し第三セクター路線ではない)、赤字分は中部電力が補填している。
この立地及び後述するような経緯から、現在の日本の鉄道路線としては珍しい特徴を持つ。

この路線独自の特徴

  • 1.全ての列車は機関車と客車で運行される
詳細は機関車の項に譲るが諸々の理由で機関車列車が下火になった現在だが、列車は全て機関車と客車で運行される。
これは現在他では似たような経緯で開業した黒部峡谷鉄道、純粋な観光路線の嵯峨野観光鉄道ぐらいである。
またこれらの路線は冬季に運休となるため通年運行する路線は井川線が唯一。

  • 2.車両が小さい
これは元々762mm軌間(ナローゲージ)で開業した路線であるため。
1936年に貨車を直通させるため1,067mmに改軌されたがトンネルなどはそのままとなったため、車両の大きさは現在も実際のナローゲージ路線並みとなっている。

  • 3.急勾配とアプト式
長島ダムの建設に伴い従来の区間の一部(奥泉-川根長島(現:長島ダム)間)が水没することが決まったが、このまま廃止とはせず新線に切り替えることでの存続が決定した。しかし、途中日本の鉄道一の急勾配である90‰*1もの勾配があり、粘着式*2での運行が不可能であるためラック式鉄道の一つであるアプト式での開業が決まった。
ラック式とは車体底部に歯車を配し、それをレールの間にある鋸刃のようなギザギザであるラックレールに噛み合わせることで登坂力を確保する方式。その中でもアプト式は車軸に2,3枚の歯車を位相をずらして取り付けたもの。
日本においてラック式鉄道が運行されるのは、1963年に粘着式に切り替える形で廃止された信越本線の碓氷峠越え区間(こちらもアプト式)以来である。
こうしてアプト式区間が1990年に開業し、蒸気機関車と並ぶ大井川鐵道の大きな魅力となった。
このことから全国登山鉄道‰会に加入している。

運行形態

始発の千頭駅では大井川本線と接続しているが、同一会社の路線としては珍しく乗り換え利用を行う際に通しできっぷを買っても千頭駅で改札を出てきっぷを買い直しても運賃は変わらない。

普通

列車には車掌が常務しており、運賃の精算や車内アナウンスを行う。

列車は千頭~井川の通しか井川~接岨峡温泉の区間運転。
そして注目すべきはその少なすぎる本数
2023年現在のダイヤは次の通り。

下り(井川方面)
千頭 09:20 10:20 12:30 13:30 14:40
接岨峡温泉 10:29 11:32 13:41 14:40 15:50
井川 11:06 14:18
上り(千頭方面)
井川 12:30 15:30
接岨峡温泉 11:00 12:08 13:06 15:16 16:06
千頭 12:14 13:18 14:16 16:26 17:14

これだけ。
井川の始発はまさかの正午超え。どちら方面も最終列車は日が沈まない時間には出てしまう。
沿線には集落もあり、このダイヤで困る人はいないのかと思うかもしれないがいない。何故なら車の方が圧倒的に便利だから。
住民の利用が全く無い訳ではないが毎日利用される訳でもない。生活利用者がいれば「減便」という形での対処となるはずであるため、これを見れば如何に生活利用する者がいないかが分かるだろう。
一応、バスでの補完はあるが。

きかんしゃトビー号

2022年8月19日より運行開始。
テレビアニメ『きかんしゃトーマス』とのタイアップ企画「Day out withThomas」の一環。井川線での開催は初。
四角い箱形機関車であるトビーが牽引する列車。千頭駅~奥泉駅間で遊覧運転を行う。
千頭駅から乗ることになるが遊覧運転であるため途中乗降は出来ず、客扱いをせず奥泉で折り返し千頭駅で下車することになる。

座席は指定で、ツアー企画での利用が基本。但し空きがあれば当日でも利用可能。

車内は専用の装飾がされ、乗車中もトビーが沿線を紹介してくれる。

車両はトビー+スロフ300×5。千頭駅発車時は奥泉側にトビーが連結されるが奥泉では機回しを行い、千頭側にトビーが連結される。アプト化後において千頭側への機関車の連結及び制御客車を含まない編成は非常に珍しい。

星空列車

時折運転される臨時列車で、その名の通り終発後の夜に運行される列車。千頭~奥大井湖上を往復する急行列車。
普段は乗れない「夜の井川線」を体験出来る他、折り返し地点の奥大井湖上駅では星空を観察出来る。周囲に明かりの無い奥大井湖上駅は天体観測にはピッタリ。
予約は不要だが別途急行料金がかかる。

使用車両

井川線はカーブの多い路線であり、フランジ音(レールと車輪が擦れる音)が出やすいため機関車と制御客車にはそれを抑制するための撒水装置を持つ。
万が一客車が列車から外れて坂を暴走することを防ぐため、機関車は必ず千頭側、客車は井川側に連結される。井川側先頭車は制御客車であり、客車でありながら運転席を持ち機関車を遠隔操作することが出来る。
編成は機関車+客車数両+制御客車。途中分割・解放を行う場合はこれが2編成分併結され、編成の中間にも機関車が来るようになる。
アプト式区間ではアプト式用の電気機関車を麓側に連結し、列車を押し上げたり支えたりする。

機関車

  • DD20形
新線開業に備え、1982年から導入された液体式ディーゼル機関車。ロートホルン形とも。
従来井川線で使用されていた機関車とは異なる箱形の車体が特徴的。
日本で初めてカミンズ製ディーゼルエンジンを採用した鉄道車両で、国鉄で採用されていないエンジンを国鉄以外の事業者が導入した例は当時としては異例であった。
その後、カミンズエンジンはJR東海を筆頭に各社で採用されることになる。

各機には1号機から順に「ROT HORN(姉妹鉄道であるスイスのブリエンツ・ロートホルン鉄道から)」「IKAWA(路線名及び終着駅から)」「BRIENZ(島田市の姉妹都市よブリエンツ村から)」「SUMATA(沿線の名勝寸又峡から)」「AKAISHI(南アルプスの赤石岳から)」「HIJIRI(南アルプスの聖岳から)」の愛称を持つ。
塗装は3パターンあり203号機が製造当初の薄い赤にモスグリーンの帯、206号機が赤にクリーム色の帯という従来の機関車と同じ塗装、それ以外が赤に白帯というED90に似た塗装になっている。

  • ED90形
1990年の新線開業に伴い登場したアプト式電気機関車。
車軸には歯車があり、それをラックレールに噛み合わせることで急勾配を登っていく。
車体の幅の割に車高が高いのでかなり面長。
車高が高くアプト式区間以外では車両限界に抵触するため、整備時には専用の台車に載せ変えて回送する。
千頭側の警笛は3機とも音色及び見た目が違い、1号機がアプト化記念にスイス国鉄から贈られたもの、2号機が名古屋鉄道で使用されていたドイツ製のもの、3号機がクラリオン社製の日本製のものである。

  • トビー
木製箱形蒸気機関車。車体番号は7。
のんびり走るのが好きな彼は、井川線の雄大な自然やゆったりとしたスピードが気に入った模様。残念ながらヘンリエッタとハンナは来日出来ず。
沿線の魅力を紹介したり、トーマスクイズを出したりしてくれる(CV:坪井智浩)。
ただ復路の牽引を行う際には顔が無い側が先頭になってしまうため小屋にしか見えないのが難点。
その正体はDD20。木製でも蒸気機関車でもない。まぁ井川線のメイン機関車はDD20だけだし。

  • DB1形
世にも珍しい機械式ディーゼル機関車。
機械式ディーゼル機関車とは早い話マニュアルトランスミッションの機関車ことで、自動車同様クラッチの切り替えで動力を得る方式。保線用モーターカーを除く鉄道車両において、日本では数える程しか採用されず現存例もこのDB1のみ。
DD20の導入でDB8・9の二機以外は全て廃車となり、この二機はイベント用となった。しかし、2009年のATS導入に対応出来ないことから本線上での運用を終え両国車両区の入換用となった。
本線運用を行わないとはいえ1938年製の古豪である。
ラスティーの正体はDB9。

客車

形式記号は「ハ」、「ロ」と等級が分かれているように見えるが、井川線においては別にどちらが上ということも無い。

  • クハ600形
これも新線開業時に導入。
井川側の先頭車両となる車両。
運転席があり、ここからDD20とED90を遠隔操作出来る。

  • スロフ300形
現在の井川線の主力車両で、1962年に導入されて以降順次導入され、従来車からの改造ではあるが最も新しいものは何と2022年製(スロフ318)。
スロフ301~316が貨車の台車から、スロフ317と318が老朽化したスハフ500の車体更新で誕生している。
現在のスロフ310は二代目で、初代はクハ600に改造された。
また、スロフ316のみ半分が展望デッキになっている。

  • スロニ200形
井川線の観光路線化により、増える登山客に対応するため1961年より導入。
「ニ」の記号の通り一部が荷物室になっているのが特徴。ただ、「ロ」の記号の割にオールロングシート。
荷物室は銀色の外板が目立つので識別は容易。
現在荷物室には座席が設置され、展望デッキとなっている。
2両しか存在しないのでちょっとレア。

  • スハフ1形
1953年導入の現在の井川線最古参車両で、ダム工事の作業員輸送のための客車として導入された。
現役の客車としては珍しいオープンデッキ構造となっている。
現在はスハフ4・6の2両が在籍するが、ほぼイベント用で滅多に稼働しない。
過去にはスハフ5・7は一時期窓枠を外したり塗装を変えたりしてトロッコ用に改造されていたが、トロッコ列車の廃止により用途を失い放置されていたが、2012年からスハフ7が千頭駅近くの道の駅「音戯の郷」で保存された。相方のスハフ5は解体された。

貨車

頭文字の「c」は中部電力所有を意味する。
ダム工事の資材輸送に導入されたもので、現在は線路工事や列車の回送用といった事業用車両として活用されている。

  • cト100形
一般的な二軸無蓋車。
いたずら貨車・いじわる貨車の正体はコレ。

  • cトキ200形
大型の無蓋車。
昔は客車代わりに使われたこともあるんだとか。
廃車になったものの台車は客車へ転用され、現在は5両が残る。
一部は横板を外してレール用の長物車代わりになっている。

  • cシキ300形
底床式大物。
かつては発電機や変圧器の輸送用で、現在は工事用重機の輸送に使われる。

  • cワフ0形
有蓋緩急車。
ただ荷物を載せられるだけでなく、大井川本線車両用の連結器も持つため井川線直通の資材輸送やイベントのために新金谷駅まで井川線の車両を運ぶ時にも使われる。

駅一覧

  • 千頭(せんず)
大井川本線は乗り換え。有人駅。
奥大井観光の中心地で、SL利用者を中心に賑わう。
土産物屋やうどん屋が構内にある。

  • 川根両国(かわねりょうごく)
かつては千頭駅からこの辺りに貨物専用線が伸びており、専用線の使用停止後はそこで小規模な蒸気機関車の保存運転が行われていた。これが大井川鐵道のSL運行のルーツである。しかし、この専用線が道路拡張の支障になることから1989年に終了した。
井川線用車両の整備を行う両国車両区が併設されており、凸型機関車のDD100など古い車両が見られるかも。
トーマスイベント時にここでイベントが行われることもある。現在いたずら貨車といじわる貨車、ラスティーが皆を出迎えてくれる。
両国吊橋最寄り駅。

  • 沢間(さわま)
駅名標は「澤間」表記。
近年まで古い駅舎があったが、2018年末に撤去された。

  • 土本(どもと)
駅前には土本集落があるも、わずか3世帯でありいずれも独り暮らしの高齢者である超限界集落。

  • 川根小山(かわねこやま)
辛うじて生活利用者がいる駅。
駅名が「かわねこやま」であることから近年は猫の駅としてアピールしている。記念乗車券が発売されたこともある。

  • 奥泉(おくいずみ)
有人駅。
この辺りは比較的居住者が多く、商店や民宿もある。
交換可能駅であるため、トビー号はここで機回しを行い折り返す。
駅前のトイレはこの辺りで縄文時代の遺跡が発見されたことから、竪穴式住居を模したものになっている。

  • アプトいちしろ
川根市代駅としてより奥泉側で開業したが、新線開業に伴い現在の位置に移動し駅名も変更。
当駅から長島ダムまでの間は電化されている。
市代機関区があり、ED90の整備を行っている。
構内の踏切や分岐器はED90の歯車に干渉しないよう特殊な構造になっている。
ED90の連結シーンは降りて見学することが可能。
市代吊橋、大井川ダム、遊歩道として整備された旧線トンネル(ミステリートンネル)最寄り駅。この遊歩道を歩けば長島ダムまで行ける。

  • 長島ダム(ながしまだむ)
その名の通り長島ダム最寄り駅。
ダムの南には接阻湖が広がる。
他にも長島ダム ふれあい館、アプトいちしろキャンプ場も近くに存在。

  • ひらんだ
漢字表記なら「平田」となるが、難読であるため平仮名表記になった。
集落はあるが生活利用者はおらず、接阻湖のカヌー競技場の利用者がメイン。
ダムの水位が低いとこの辺りから旧線のトンネルや鉄橋、線路の残骸が見える。

  • 奥大井湖上(おくおおいこじょう)
接阻湖上の半島状の山の上に位置しており、駅の前後はレインボーブリッジと呼ばれる鉄橋で挟まれており、孤島のような雰囲気である。
その立地や眺望から観光客に人気で、井川線の一大名所となっている。
「奥大井恋鍵駅」の愛称があり、恋愛のパワースポットとしても人気。「愛の鍵箱」があり、愛を誓って錠前を掛ける場となっている。錠前は硬券とセットで井川駅、奥泉駅等で販売されている。また過去には結婚式が開かれたこともある。
距離はあるが駐車場もあり、山の上の休憩所やレインボーブリッジを通ってのハイキングコースも整備されている。

  • 接岨峡温泉(せっそきょうおんせん)
ここで新線区間は終わり。一部当駅で折り返す列車もある。
川根長島駅として開業したが、新線開業時に改称。
その名の通り駅周辺には温泉街が広がる。
周辺には南アルプス接阻大吊橋をはじめ吊橋が多い。

  • 尾盛(おもり)
大井川鐵道屈指の秘境駅
元は井川ダム工事の作業員宿舎があり、そのために設置されたが、井川ダム完成後は住む人がいなくなり秘境駅化。この設置経緯から廃止を免れている。
鉄道以外でのアクセス方法は無く、2009年に工事によるバスでの代行輸送が行われた際も当駅はスルーされていた。
駅には保線小屋と信楽焼の狸しか無い。2009年と2010年にはこの辺りにクマが出るようになったため一時期下車禁止となり、下車禁止が解除されてからは保線小屋が避難所として解放されるようになった。

当駅~閑蔵駅には関の沢橋梁がかかる。鋼製のアーチ橋で、川底から70.8mに位置しており、日本一高い鉄道橋でもある。
かつては宮崎県の高千穂鉄道高千穂線にあった高千穂橋梁(105m)に次いで二位だったが、同線の廃止に伴い晴れて日本一となった。
一部列車はサービスとして橋上で一時停止する。

  • 閑蔵(かんぞう)
民家はまばらだが駅前には食堂があり、井川線列車を補完するバス(千頭-奥泉-接岨峡温泉-閑蔵)が運行されている。

  • 井川(いかわ)
終着駅。そして有人駅。
標高686mに位置する県内で最も高い位置にある駅。
井川ダムや資料館は近いが井川地区の中心地からは距離がある。
中心地へは無料の渡し船(ダムの水位が低い時や冬季欠航)が便利。
かつてはここから貨物駅である堂平駅までの線路が伸びていたが、現在そこまでの廃線跡は遊歩道となっている。
夢の吊橋も名物。


追記・修正は奥大井の自然を満喫した方にお願いします。

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最終更新:2024年04月07日 21:27

*1 パーミル。1000m進んで90m上がる勾配。

*2 レールと車輪の摩擦だけで勾配に耐える方式。