ノルウェー産タラバガニ

登録日:2024/06/08 Sat 17:46:40
更新日:2025/04/02 Wed 14:45:15
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「厄介な外来種は食べて解決しよう!」

人間によって偶発的・意図的問わず持ち込まれ、生態系は勿論人間生活にも影響を与える厄介者にして人間活動の犠牲者「外来種」。
日本でもブラックバス、ウシガエル、アメリカザリガニアライグマアルゼンチンアリなどを筆頭に数多くの外来種が問題視されているのは皆様もご存じの通りである。

そんな外来種を根絶しようと様々な手段がとらえる中で、外来種を美味しい「グルメ」にして食べてしまおう、という解決方法が各地で注目されている。
日本でもとある農家兼アイドルテレビ番組積極的に進めている他、各地の自治体でもブラックバスを地域の名産品として活用する、など様々な手段がとられており、海外でもオーストラリアやニュージーランドで繁茂した外来種「ワカメ」を日本に食用として輸出しようとする動きが起きている。

外来種として蠢く『グルメ』を放置しておくなんて勿体ない。おいしく食べれば万事解決!
そんな「食べて解決」という解決方法は、一見すると外来種根絶の大きな切り札に見えるかもしれない。

だが、この手段にはとんでもない落とし穴がある。

「食べて解決」の規模があまりに大きくなり過ぎると、「外来種を退治できない」という本末転倒の事態が起きてしまうのだ。
しかもそれは、wiki籠りの皆様の身近なところで既に進行しているのである。

この項目では、その事例の1つである、テレビCMや通販などでお馴染み、「ノルウェー産タラバガニ」について解説する…


……「え?」と思う人、もしかしたら多いかもしれない。
実はノルウェーで捕れるタラバガニは、元はノルウェー近海には生息していなかった外来種なのだ。


目次


【そもそもタラバガニって?】

タラバガニは、一見してカニによく似た姿を持つ甲殻類の仲間。

だが、メスの腹部の形状がカニと異なる、ハサミを含んだ5対の脚のうち下側の第5脚が非常に小さく上から見ると8本脚に見える、などの特徴から、実はヤドカリの仲間とされている。
大きさは甲殻類の中でもかなり大型で、体は最大20cm以上、足を含めると横幅1m以上にも達する。体の色は背中側が暗い紫色、腹は黄色だが、茹でると真っ赤に染まる。
水温10℃以下の寒い海にオス・メスに分かれて集団で暮らしており、繁殖期になると合流して集団交尾を行う。
本来の生息地はアラスカ沖やオホーツク海、ベーリング海を始めとした北太平洋周辺で、日本海や北極海にも生息している他、水深1000m以上の深海でも生息が確認されている。
学名の「Paralithodes camtschaticus」も、本来の生息域である「カムチャツカ半島」が由来となっている。

一方、和名の「タラバガニ」は、美味しい魚としてお馴染みのタラの漁場(鱈場)でよく捕獲される事にちなんで名づけられた、と考えられている。
また、英語圏では「Red King Crab」と呼ばれているが、同じく「King Crab」と呼ばれている超獣は関係ないし、「Red King」の方でもその超獣と縁深いどくろ怪獣は関係ない。というかどちらにせよカニですらないし。

味わいはジューシーで、茹でたり蒸したり缶詰にしたり、様々な形で食用に活用されている。
この『食用』という用途が、次に述べる厄介な事態を引き起こす要因になってしまった。


【ノルウェー産タラバガニの歴史】

上記の通り、タラバガニはそのジューシーな身の味わいから、古くから世界中で美味として愛されてきた歴史を持つ。
これに目を付けたのが、世界最大の領土を持っていた社会主義国家・ソビエト連邦

漁業資源増加を目的に、1960年代初頭、カムチャツカ半島沖・オホーツク海に生息していたタラバガニの一部を、首都・モスクワに比較的近いムルマンスク沖に放流したのだ。

その結果、口に入るものなら何でも食べる貪欲さと圧倒的な巨体を持つタラバガニは、天敵がいないのを良い事に、ムルマンスク沖を越えて北極海の一部であるバレンツ海の海底に進入・蹂躙し、既存の生態系を破壊。
更に、繁殖に繁殖を重ねて勢力を拡大した結果、あっという間にソビエト連邦の領海を越え、1970年代頃には近接するノルウェーの領海にまで侵入してしまったのである。

当然、ノルウェー側では貴重な生態系や様々な海洋資源を滅茶苦茶にする悪者としてタラバガニを駆除する動きが起き始めたのだが、一方で漁師の中にはこのタラバガニを「どうせ駆除するなら市場に卸してやろうぜ」と食用に利用し、生計を立てる人たちも現れ始めた。

中には、タラバガニによって漁場を壊滅させられた漁師たちの村が、逆にこのタラバガニを資源として利用し始めた事で復活を遂げ、人口も増加するという事態も起きるほどだった。
そして、その村を含むノルウェーで捕獲されたタラバガニの主要な輸出国の1つが、この日本なのである。

ただ、これは決して「日本人が外来種を食べて問題解決に貢献している!」というものではない。
駆除の副産物とはいえ、高級食材のタラバガニなのだから市場に卸せばよく売れる。しかも多少安売りしてもこれまた元が元なのでそれ程問題がない。
つまり、元々はタラバガニを根絶するために始めた事業が、いつの間にか貴重な収入源になってしまっていたのだ。
文字通りタラバガニの味を占めた結果がコレである。
この外来種問題が解決するという事は、すなわちタラバガニを獲り尽くし、食べ尽くしてしまうということ。裏を返せばタラバガニという重要な海洋資源が無くなってしまうという事にもなる。
カニ漁で村興しできた例まである以上、それこそ大金が儲かるというより穫れないと市場が混乱する可能性さえある。

日本を始めとする多くの国々がノルウェー産のタラバガニを美味しい!安い!と購入しまくった結果、タラバガニの完全な駆除が出来ない事態が起きてしまっている、という訳だ。

そのため、ノルウェー政府は場所によってタラバガニの扱いを変えており、一部区域では厳しい漁獲制限や卵を抱えたメスはリリースするなどの施策をとってタラバガニの数を維持している一方、その区域以外ではカラフトシシャモやタラ、ホタテなどの海洋資源の保護のため、漁獲制限を設けずどれだけタラバガニを捕獲してもOKとしている。

タラバガニを外来種として駆除するのか、それとも高級食材として保護するのか。
真っ向から対立する2つの立場の狭間で、ノルウェーは難しい舵取りを迫られている。

なお、この一連のソビエト連邦の放流よりも昔、第二次世界大戦前にも、あのヨシフ・スターリンが主導する形で飢餓対策としてタラバガニを放流する計画が立てられていたが、この時は失敗に終わったと言われている。
ただ、その事もあって北欧ではタラバガニの事を「Stalin’s Crab(スターリン・クラブ)」と呼ぶ場合もあるという。


【類似例】

◇ホンビノスガイ
二枚貝の仲間。本来の生息地は北米大陸の太平洋側だが、1990年代以降急速に外来種として日本各地に勢力を広げている。

当然ながら発見当初は厄介者として駆除の対象にされていたのだが、貝を料理する際に必要な「砂抜き」が簡単な事、本場アメリカと同様にその美味しさが注目された事から、一転して重要な海産物と見做されるようになった。
潮干狩り用の貝にも使われるようになり、今では「江戸前」「千葉ブランド」の海産物の1つとして認められる程である。

一応現状では日本に古くから生息するアサリやハマグリへの被害は確認されていないが、赤潮や青潮にも強いタフさや繁殖力の強さが今後何かしらの影響を及ぼす可能性も指摘されている。

◇キョン
SOS団員シカの仲間の哺乳類。本来の原産地は台湾や中国南部だが、日本では動物園から逃げた個体が大繁殖し、農作物を荒らすなど問題になっている。

原産地では肉が高級品として扱われているのだが、逆に言えばそれだけ商品価値が高いという事になり、飼育して個体数を維持しようという流れが起きてしまう可能性があるため、被害が深刻な房総半島を抱える千葉県では敢えてジビエに使わない選択肢を推奨している。

ノルウェー産タラバガニやホンビノスガイのような複雑で厄介な事例を未然に防ごうとしている、という訳である。
詳細は項目を参照。

ニジマス
日本ではありふれた川魚と思われがちだが、実はニジマスも外来種である。
といっても規制は比較的緩く、現在でも個人で釣ったり養殖して食用にしたりと様々な利用のされ方をしている。
この緩い規制は「産業管理外来種」と呼ばれるもので、ノルウェーのタラバガニ事情と非常によく似ているケースと言えるだろう。
最近、ニジマスのペアに鮭の卵を産卵させる実験に成功したらしい。しかしそれでいいのかニジマスよ…。

【余談】

  • よくタラバガニと間違えられがちな、本家本物のカニの仲間であるズワイガニも、タラバガニと同じ1960年代に漁業資源確保を目的にバレンツ海へ放たれており、1990年代以降本格的な定着が確認。
    一定の数に増えた2010年代以降ロシア連邦とノルウェー両国で漁獲が始まり、今ではバレンツ海は両国の主要なズワイガニの漁場として数えられるほどになっている。
    つまり、現状バレンツ海の海底は人間に守られながら2種類の巨大な外来甲殻類が蹂躙している、という状況にある訳である。

  • 上記の通り、タラバガニの原産地は現在のロシア東部のベーリング海やオホーツク海であり、そちらでもタラバガニ漁が続いているが、違法なカニ漁の頻発を始めとした乱獲の影響により、個体数の大幅な減少、それに繋がるカニの捕獲量減少が大きく懸念されている。
    他所では外来種として繁栄する一方、原産地では勢力が減少するという、皮肉な事態が起きてしまっているのだ。


外来種でもいいからタラバガニもズワイガニも美味しく頂きたい!という食いしん坊な皆様、追記・修正お願いします。


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最終更新:2025年04月02日 14:45