SCP-6002

登録日:2025/05/19 (月曜日) 00:30:00
更新日:2025/05/20 Tue 12:25:30NEW!
所要時間:約 37 分で読めます






「かわいいロージィ、この星を離れてはだめ。この星はあなたを必要としているの」
それはインディアンの老いた母から小さな娘への、信頼のあかしだった。
後になってみれば、それは束縛でもルールの押し付けでも、圧迫でもなんでもなかった。

この忌々しい世界の重みだったのだ。



SCP-6002はシェアード・ワールド『SCP Foundation』に登場するオブジェクトの一つである。
項目名は『All Creatures Great and Small (大きな、小さな、生きとし生けるもの)』
オブジェクトクラスThaumiel Keter






説明


SCP-6002はアメリカ、カリフォルニア州北部のクラマス国有林に存在する1本のである。

その外見は既知の種であるセコイアデンドロン (Sequoiadendron giganteum) に類似している。


このセコイアデンドロンという種は世界最大級の樹木として名高く、中でも同州のセコイア国立公園内に生えている「シャーマン将軍の木」と呼ばれる個体は
高さ約83m根元の直径約11mにもなり、これは植物どころか現存する地球生物の中でも (単一個体としては) 最大の体積を持つとされている。



だが6002はそれを遙かに凌駕する高さ809m根元の直径約91mという凄まじいスケールを誇り、これは世界最高の建造物であるブルジュ・ハリファ (829.8m) とタメを張る高さである。

当然ながら目立つというレベルではないため、財団はこいつの周囲15kmへの立ち入りを制限し、航空機のルートも変更させることで一般社会への露見を防いでいる。





異常性について説明する前に、突然だが皆様は「系統樹」というものをご存知だろうか。
どんなものかはググれば一発でわかるだろうが、要は生物における進化の分岐を樹木の枝分かれのように表現したものであり、
例えば近い枝同士に位置する種は近縁、より幹に近い箇所で分岐している種ほど遠縁、といった感じで、種の関係性が視覚的にわかりやすくなっている。



それを踏まえると6002の異常性はある意味非常にシンプルである。
一言で言えば「系統樹が具現化した存在」というだけなのだから。


SCP-6002を構成する枝の一つ一つはそれぞれ異なる生物の遺伝組成を有しており、それらは知られている限り全ての現存種が持つものと一致している。
それどころか人類がまだ知らない種まで内包しており、財団ですら照合できていない遺伝組成が全体の86%を占めている。
オブジェクトの中には既存の生物から派生したようなものもしばしば見られるが、6002はそういった異常存在の遺伝子すら網羅しており、
結果としてこの木は地球上のあらゆる生物種の遺伝情報を宿していると考えられている。



財団がはじめて木に登ったとき、研究者たちは奇妙な雑音に悩まされたと記している。
私たちはその音の正体を知っている。木が私たちに語り掛けているのだ。

それは生きるすべてのものの声で語り掛ける。あるときは最近の狩りの自慢をするコヨーテの声、またあるときはどこか別の大陸の遠く離れたジャングルで仲間を呼ぶ、この世界で最も小さな鳥の声。
幸運な夜には多くの声が一斉に沸き上がり、森の、海の、空の歌を歌うのだ。



これだけでも生物学者にとっては垂涎モノだが、この木はただの参照ではなく、現存する生物種の状態と相互に作用し合っている
例えば特定の種が地球上から絶滅した場合、それに対応する遺伝子を持つ枝も6002から枯れ落ちてしまう。
そして逆も然り、枝を6002から除去すればその枝が持っていた遺伝子に該当する生物も心停止脳卒中不妊などを引き起こし、ごく短期間のうちに死に絶える



つまりこの木、ひいてはこの木を手中に収めた者は、事実上この星に生きる全ての生命の生殺与奪を握っているに等しいことになるのである。



そして単なる除去に留まらず、ゲノム編集などの技術を使って6002の遺伝情報を書き換えることで特定の生物の形質を後から変化させることもできてしまう
当然これは6002に反映されている種である限り例外はなく、特定のオブジェクトに対応する遺伝子を改変すればその異常性を変える/消すことすら可能


これこそがSCP-6002をThaumielたらしめるキモであり、財団はこの異常性を利用して5年半の間に527ものオブジェクトの弱体化・無力化に成功している。
他にも後述するが財政面においても多大な利益を得ており、まさに今の財団の権威や体制を形作る上で欠かせない役割を担ってきたと言えるだろう。



財団が木への実験を開始したとき、私は私がすることに耐えなければならなかった。

この巨大組織の「明白なる使命」を阻止するためにできることをした過去の老骨に祝福あらんことを。
もしこれを聞いているなら、どうか自分をあまり責めないでほしい。

種が一つ滅んだところで取るに足らないことですから。
ごく数人の愚か者に隠れ場所と鉛弾を与えれば、簡単にやってのけますよ。



…だが2014年時点で財団はSCP-6002の実験を禁止しており、オブジェクトクラスもKeterに再分類されている。
ここに来てこの木を弄くるリスクに怖じ気づいたのか、それとも判明していなかった新たな事実でもわかったのか……



その理由は6002自身が重篤な病気に罹ってしまったからである。

SCP-6002-Bに指定されたこの病は枝を侵食しながら広がっていき、内部組織と遺伝物質に深刻かつ不可逆的なダメージを及ぼす。
おまけに異常非異常を問わず既知のあらゆる治療法に耐性を持つため、拡大を抑えるには感染した枝ごと6002から完全に切り離すしかない。
しかしそれすら一時しのぎに過ぎず、除去しても数日程度で切断箇所から侵食を再開してしまう。


結果としてこの病気による侵食、および拡大を阻止するための処置の影響により、2021年時点までに56000種もの生物の絶滅が引き起こされている。



そしてこれを治療できなければ遅くとも2100年までに6002-Bヒトゲノムへ到達し、それから300年程で枝葉がある樹冠全体を覆い尽くすと予想されている。
つまり現在進行形で人類滅亡、ひいては全生命体絶滅までのカウントダウンが刻まれているという凄まじくやばい状況である。





軌跡


ここからはこの木が持つ歴史的背景、財団の手に渡ってから起きた出来事、そして現在の状態に至った経緯について説明していこう。





そもそもの話として、キリスト教におけるエデンの園の樹やアステカ人のトゥーレの木、北欧神話のユグドラシルなど、
生命の木」という概念は人類史の様々な地域で語り継がれてきた。
そして後から行われた調査により、それらに関する描写の多くとSCP-6002の間には明らかに不自然なほど多くの類似点が見られることが判明している。
当然だが大陸すら異なる地域にあった文明がこの木の存在を知っていた、ましてや目にしたことなどあるはずもなく、この理由は財団にもわかっていない。

メタ視点も含めて考えるなら「人類の神話や信仰を起点に6002が発生した」「最初から人類の深層心理に6002の存在が刻み込まれていた」のどちらかになりそうだが、
結局どちらの方が正しいかという確たる証拠はなく、結論が出ることはないだろう。


そしてその中でも、この木が位置する地域に元々暮らしていたクラマス族という先住民は6002の存在をはっきりと認知しており、異常性にも勘づいていたと考えられている。
彼等はこの木を "Vúluandsham" と呼び、極めて重要な存在であるとして数千年も前から言い伝えていた。
20世紀初頭になってもクラマス族は健在であり、財団が6002を発見したのも彼等との接触が切欠である。



だが当時の財団は現在と比べてもかなり過激かつ排斥的であり、最初は彼等との間に協定を結んだ上で6002の周辺に立ち入り、直後に騙し討ちする形で強奪を決行
民族の大半を虐殺するわ、生き残った人には原始的な記憶処理 (= ロボトミー手術) を施すわ、木の周囲にあった集落を丸ごと焼き払うわ、
好き放題かました上で6002を手中に収めたのである。



彼らがやってきたとき、私たちは希望に満ちていた。
人類社会の発展に伴い、木が苦しむのを見てきたからだ。
私たちは木を治す手助けを願った。

だが私たちは捕らえられ、殺され、木からも、それを取り巻く大地からも放逐された。

財団は私たちを一人残らず捕らえたものと思っていた。



当然こんな暴力的な手段をとった影響がないわけがなく、クラマス族の伝承や持っていた知識もこの時にほぼ失伝してしまった。
先程の「卵が先か、鶏が先か」問題に結論が出せないのもこれが原因であり、財団は収容後に一から調査を行わなければならなかった上、
この木の詳細なルーツすら掴めなくなってしまったのである。


これらの出来事は黎明期における財団の汚点の一つとして語り継がれている……というわけでもなく、後の時代になってから当時の活動の隠蔽が試みられた上、
財団内における収容記録も破棄・改竄されている。



私たち一族の大人の小集団が、虐殺から逃れていた。
彼らは彼らが木について知ることを守るため、この星の各地に分かれ逃れた。

何人かは後年になってから捕らえられ、殺された。
他の人々は生き残り、結婚して家庭を持った。



こうしてかなり血生臭い経緯で木を収容した財団は、早速樹冠のすぐ下に仮設サイトを設営し調査を始めた。
といっても20世紀初頭DNA解析ができるような技術は流石の財団にもなかったため、当初は部位ごとに手触りが異なっていることや、たまに大きな枝が枯れて落ちていく程度の性質しかわかっていなかった。


しかし初期収容から数年後の1917年、一般社会より四半世紀ほど先んじて解析技術が発展し、さらに5年経つ頃には遺伝物質を正確に判別できるようになる。
そして少し前 (1914年) に絶滅したリョコウバトと同時期に落ちた枝の遺伝子が一致していることが確かめられるなど、財団も徐々に木の正体を察し始めた矢先に事件は起きた



1924年7月、当時6002のプロジェクトリーダーを務めていたアルバート・マンフィールド博士がいつものように木の上で調査を行っていた際に足を滑らせ、
とっさに掴まった3m程の枝を折ってしまった


その時はまだ「生きている枝のサンプルを調べるのは初めてだ」などと前向きに捉えていたが、それから10日ほど経った頃には枝と同じ遺伝子を持つ生物……
具体的にはマンハッタン・テリアというイエイヌの犬種が突如大量死し始め、1年半も保たずに絶滅した

この犬種は元々人類との関わりがあった上、ちょうど世間の人気も集めつつあった矢先の出来事だったため社会的な影響は到底無視できるものではなく、
財団は即座に隠蔽工作を行い、5年ほどかけてこの犬種の存在を抹消した。



そしてマンフィールド博士も自らの手で1つの種を滅ぼしてしまった事実は相当堪えたらしく、1930年には収容プロトコルを改正し、6002に関する全ての実験を禁止することになる。





転機




私の十三才の誕生日、母と祖母は私を地下室へ連れていき、木について語った。
曾祖母はあの木の香り、枝の感触、繰り返し繰り返し歌ってくれた歌を、忘れないように書き留めていた。
そして私たちから木を奪った人々のことを語った。

その日、その木は私のアイデンティティの一部となった。
私は学ぶことを、研究することを決意した。
十年後、私は専門分野の最前線で学び、研究し、いつか来るであろう電話を待っていた。

そしてそれはやってきた。



かつての大惨事から半世紀以上もの間、財団は木に手を出さなかった。
しかし時は過ぎて1989年、遂に新たな調査プロジェクトが立ち上がる。


目的はSCP-6002全域の遺伝情報をマッピングすること。
そのために何百人もの職員が集められ、特に以下の3人が筆頭研究員として監督を務めることになった。

  • ユージーン・ミュラー博士 (プロジェクトリーダー)
  • アマラ・アチェベ博士 (遺伝学者)
  • ローズ・ワイルドキャット博士 (生態学者)

前回からの反省に加え、調査内容自体も特に侵略的なものではなかったおかげかプロジェクトは滞りなく進行し、
21世紀までに樹冠全体の解析を終えることができた。





…ここで終わっていれば、たまに見られる大規模かつデリケートなSCiPの一種に過ぎなかっただろう。
だが2002年に差し掛かった頃、プロジェクトリーダーのミュラー博士はO5にある提案を行った。


6002の枝に対して遺伝子操作を行ってみるのはどうか?」と。


もちろん博士は「あくまでも生態系に大きな影響を与えない1種に、ほんの小規模な操作を試すだけ」と前置きしていたものの、
一度却下されたにも拘らず若干不遜な物言いをしてまで食い下がっていた辺り、内心では木が持つ力に興味を引かれて仕方なかったことが察せられる。



案の定リスクが大きすぎるという理由でこの提案は突っぱねられたのだが、数ヶ月後に6002とは全く関係ないところで機会が訪れることになる。


当時財団はかの有名なサイト-19で収容されているとあるオブジェクトに頭を悩ませていた。
詳しい異常性などについては記述がないが、どうやらこいつは極めて攻撃的な生物型オブジェクトだったらしく、
直近で収容違反を起こした際には職員78名を殺害し、さらにはそのまま人口密集地に辿り着いて13日間も暴れ続け、およそ1200人以上もの犠牲者を出していた。


これには財団もブチ切れ収容ではなく終了をかましたのだが、殺しても殺してもとして蘇るのでキリが無く、
ならばと卵を破壊しようとしても即座に自爆してリスポーンしやがるため手がつけられなかった。
当然ながらクラスはKeterであり、かくしてこのオブジェクトは例のトカゲジジイよろしく財団の胃痛のもととして悪名を轟かせることになるかと思われた。



そこに待ったをかけたのがミュラー博士。
これを絶好のチャンスとでも思ったのかは定かではないが、件のオブジェクトの無力化・弱体化に6002の力を使うことをあらためて提案したのである。
状況が状況だったからかO5も一転してこの提案に食いつき、倫理委員会の反対を押しのける形で実験を承認。
完成したばかりの遺伝子マップも駆使して対応に取りかかった。


その結果は大成功
遺伝学のエキスパートであるアチェベ博士の助力もあり、件のオブジェクトの遺伝子から生殖成長を司る部分をぶっこ抜いたことで、
それまで脅威とされていた異常性が大幅に弱体化し、ただリスポーンするだけのEuclidクラス相当の実体に落とし込むことに成功した。

この功績を評価されたことでミュラー博士は一気に昇進し、6002の異常性をより多くのSCiPに適用できるようなクリアランス……つまりはクロステストの実施が許されるほどの権限が与えられた。



アチェベ博士の「助力」だと? アマラが全部やったんだ。
ミュラー殿はつっ立って見ていただけ。
アマラが「選ばれた」のがどれほど幸運なことかべらべらしゃべっていただけだ。

その晩彼女に一杯奢ってやって、ようやく口を開いてくれた。
私たちが共に働き続けて、もう十三年か?
私は彼女のことを何も知らない。
家族のことも、趣味も、恋人も、全く。

だが、あの晩彼女は話してくれたのだ。
ほとんどはミュラーのこと、あいつがどれだけクソ野郎かということだった。

でも他の事も話してくれた。
母親のこと、家のこと… 女性の好み。



それから5年程はミュラー博士も財団もウハウハであり、最初の説明で挙げたような目覚ましい実績を積み重ねていった。


だが時は2008年、悪名高きリーマン・ショックが現実と同じく財団世界にも襲来。
パラテクが使えた企業すらも吹っ飛ぶ超不景気は財団の懐にも大打撃を与え、31のフロント企業が倒産、各国政府からも予算を減らされた結果、
組織全体における経営予算が21%も減少するという事態になってしまった。



またしてもピンチに陥った財団に対し、これまた提案をしてきたのがミュラー博士。
曰く「6002の力を使って財源を確保する方法がある」とのことらしい。
O5をはじめ上層部もこのまま予算が足りなくて収容大失敗!みたいな展開を許すわけにもいかなかったため、この提案はすぐに承認され実験が始まった。


実験1: セイヨウリンゴ (Malus domestica) を交配し、実験的に新たな品種 (品種001) を作る。
予想された通り品種001の遺伝情報がSCP-6002に現れる。
SCP-6002の持つ品種001の遺伝情報はSCP-500と同一の成分を持つよう改変される
品種001は風邪全般に効く治療薬として販売される。

結果: 品種001は2ヶ月で幅広い支持を得る。
風邪の諸症状に対しある程度の緩和は見られるものの、市販されているアセトアミノフェンほどの効果はない。

いきなり万能薬ならぬ万能林檎の開発が試みられたが、量産絶許に定評のある500は流石に甘くはなく、みみっちい効果の薬しか得られなかった。
だがそれでも売れはしたため、味を占めたのか更に実験は続く。


実験2: アバディーン・アンガス (Bos taurus) を交配し、実験的に新たな品種 (品種002) を作る。
予想された通り品種002の遺伝情報がSCP-6002に現れる。
SCP-6002の持つ品種002の遺伝情報はSCP-1007と同一の成分を持つよう改変される。

結果: 品種002は屠殺・食肉加工後に子牛に戻る。
各個体からは飼料代・飼育代をかけることなく半永久的に食肉を得ることができる。

今度は動物に対してより大規模な改変を実行。
生と死を繰り返すリトル・ミスターズの遺伝子を牛にぶち込むことで、牛肉の無限化に成功した。
動物愛護団体が憤死しそうな案件だが、あいにく財団はヴェールに隠れているので躊躇することもない。



そしてこの時点でミュラー博士も上層部も気づく。
「どうせならもっと効率的な方法がある」と。

実験3: SCP-6002の持つニワトリ (Gallus gallus domesticus) の遺伝情報を改変し、新たな遺伝子疾患 (疾患001) を挿入する。
疾患001が営利農場で見られるようになってから6ヶ月後、財団により開発された治療薬が販売される。

結果: 財団により治療薬が販売される前に世界中で7パーセントのニワトリが死亡する
財団は疾患001の治療薬を4週間で7億個売り上げる


……なるほど確かに、異常が露見するリスクを犯してまで便利アイテムを作るよりも手間がかからないし、事が済んだら遺伝子を元に戻すだけで良い。
本質的に予測不可能なSCiPの遺伝子を頼るのに比べれば、財団が作った病気なら絶滅まで行かないよう調整も効く。
実に理にかなったアイデアと言えるだろう。



しかしここで事件発生。
先程の筆頭研究員の1人であるワイルドキャット博士が無断で木に登り、ニワトリの遺伝子から疾患001を除去してしまったのである。
それまでの実験とは比較にならない程儲かったとはいえ、失った予算の分を取り戻すには全然足りておらず、まだまだこれから利益が出るところだったのだ。
組織の危機という状況で勝手な邪魔をしたワイルドキャット博士はあわやDクラス職員に降格されかけるが、
幸いにも10年来の付き合いであるミュラー博士がO5に口利きしたおかげで、彼のオフィスの事務職 (レベル1クリアランス) への再配置に留まることができた。


その後再び疾患001が挿入されたことにより財団は大きな利益を出し続け、最終的にはどうにかこの超不景気を乗り切ることができたのだった。



仕事は過酷で厳しいものだった。
木のそばにいられることだけが唯一の慰めだった。

いつしか我慢ができなくなり、私の人生を危険に晒し木の修復を試みてしまった。
当然私は見つかったが、辛うじて処刑は免れた。

私はサイトに残り、私にできた限りで、ミュラーからの毎日の嫌がらせに耐え、機を窺った。
愛しいアマラはこっそりと私を励ましてくれていた。





不変生物界


さて、ここまで6002の収容経緯や、その異常性による財団の目覚ましい成功の歴史を話したわけだが、
ここからの話をする前に一つ、財団世界における生物の分類について話さなければならない。



生物学に明るくない方でも、生物をカテゴライズする上で「」「」「」「」といったグループ分けがされていることは何となくご存知だろう。

例えば我々人類をグループ名で呼称すると「動物 脊索動物 哺乳 霊長 ヒト ヒト ヒト」みたいなとんでもなく長い字面になるが、
これは要するに「動物界ってグループに所属してるけど、より正確には動物界の中の脊索動物門ってグループに所属してて、更に細かく言うと脊椎動物門の中の哺乳網ってグループに (ry」ということを表している。
まあ実際は網の中にも上網・下網の区分けがあったり、動物界の上に真核生物と原核生物を分ける「ドメイン」というグループがあったりと更に細かいのだが、
ややこしくなる上にこの後の話を理解する上でそこまでの知識は要らないため、ここでは省略する。


ともかく、そういった分類の中でも最高位に位置するのが「」であり、ここは大体5~6のグループに分かれている。
我々を含めた動物全体が所属する動物界、植物が所属する植物界、カビやキノコが所属する菌界、その他比較的マイナーな界が連なるわけだが、
財団世界にはもう一つ、動物界や植物界とも並ぶメジャーなグループが存在する。



その名は不変生物界
こいつらは自立して動き回る有性生殖の多細胞生物で、各々の種ごとに草食・雑食・肉食の食性があり、陸にも海にも空にも生息圏を持つ。
基本的な特徴は動物界と似通っており、生態系においても植物や草食動物を捕食したり、逆に捕食されたりといった形で食物連鎖を形成している。
当然ながら人間社会との関わりも深く、害獣扱いされる種もいれば食材として狩られる種もおり、中には家畜やペットとして生活の一部となった種も存在する。


だが全てが同じというわけでもなく、動物界には捕食によって栄養を得る種しかいない一方で、
不変生物界の中には運動能力を持ちながら光合成などで活動するミドリムシみたいな種も含まれている。





そして何より、不変生物は多くの動物界と決定的に異なる、とある性質を有している。
それは全身の細胞が老化せず、損傷に対して非常に強い回復力を持つこと。

つまり彼等の細胞は体細胞だろうが何だろうが分裂回数に限界がなく、おまけにガン細胞のような遺伝子異常も起こさない。
体調3cm程度の小さな種から100m近くに達する大きな種まで、不変生物界に属する全ての生き物は例外なく不老を実現しているのである。


もちろんあくまでも「細胞が老化しない」という話であって殺せば死ぬし、個体として不滅というわけでもないのだが、
クラゲや海綿と比べても遙かに大きく、しかも哺乳類に近い特徴の脊椎動物がこんな性質を持って身近に生息しているのである。
当然ながら生物学における注目度は高く、財団も長きにわたって彼等の体質や遺伝子構造に興味を抱いていた。



そして不変生物界はれっきとした現存種であり、その遺伝組成はSCP-6002のにもしっかりと刻み込まれていた





過ち


2度にわたる危機を乗り越え、盤石な収容体制と豊富な財源の確立に成功した財団はまさしく有頂天とも呼べる状態にあった。
そんな中、ミュラー博士は遂にとある実験を行うことを上層部に提案する。



それはSCP-6002の異常性を用いた人類への干渉
より詳しく言えば、前述した不変生物界由来の遺伝物質をヒトゲノムに移植することによる、老化の低減/除去である。


手順としては、まず不変生物の中でも人類にとって最も身近な種であるジャイアント・タスカーのゲノムから、その性質のキモとなる細胞の再活性化に関する遺伝子を採取する。
そしてそれをまずは6002が持つチンパンジーのゲノムに移植し、現実における個体の経過観察を行った上で、
最終的にはヒトゲノムに同様の方法で移植を試みるというわけである。



これには流石のO5もかなり逡巡したようだが、元々不変生物を使った老化の克服に興味があったことも重なり、
倫理委員会とも入念に話し合った上で実験を承認
2010年にプロジェクトETERNALと銘打ち、実行に至った。





第一に肝心の遺伝物質の確保に取りかかったのだが、どういうわけか現存するジャイアント・タスカーからは該当する遺伝子を全く採取できなかった。
そして恐らく他の不変生物でも同様だったのだと思われる。


そうなれば後は6002の枝から直接採取するしかない。
というわけで例の如くミュラー博士とアチェベ博士の指揮の下、枝に対する実験が開始された。


実験1: SCP-6002から不変生物の細胞再活性化にかかわる遺伝情報が分離される。
しかしながら遺伝物質はSCP-6002から分離された後、他のゲノムに移植するより前に腐敗してしまった。

現存個体の時とは違い採取自体はできたようだが、枝から離した途端に腐ってしまい使い物にならない。
ならばと言うことで防腐剤を使ってみたのだが……


実験2: SCP-6002から不変生物の細胞再活性化にかかわる遺伝情報が分離される。
分離後に遺伝物質は防腐剤 (安息香酸ナトリウム水溶液) に浸される。
遺伝物質は液中ですぐに分解してしまった

実験3: SCP-6002から不変生物の細胞再活性化にかかわる遺伝情報が分離される。
分離後に遺伝物質は防腐剤 (ソルビン酸水溶液) に浸される。
遺伝物質は液中ですぐに分解してしまった。

とまあこんな感じで、既存の防腐剤では全くと言って良いほど効果なし。
まるで遺伝物質の方が枝から離れることを拒絶しているかのようである。


とはいえこの程度で諦める財団ではない。
ミュラー博士の申請により、以前から6002の実験で使われていた特製の防腐剤が用意されることになった。



この防腐剤は先程少し言及したトカゲジジイ、その他伏せ字のSCiPも含めた4種の生物型オブジェクトの体組織を組み合わせ、
そこにコーヒー自動販売機が生成した謎の液体をブレンドして作った代物である。
地味にとんでもねぇクロステストが発生しているが、これまでにも遺伝物質を枝から分離できない事例はしばしば起きていたらしく、
その度にこれを使って解決していたらしい。


そんな実績ある逸品だったのだが……


実験4: SCP-6002から不変生物の細胞再活性化にかかわる遺伝情報が分離される。
分離後に遺伝物質は防腐剤に浸される。
遺伝物質は液中ですぐに分解してしまった。

今回ばかりはこれすら効果がなく、分離してから浸したところで劣化を止めることができなかった。
業を煮やしたミュラー博士はある奥の手を思いつく。



枝から分離する前に処理しておけば良いのでは?



実験5: SCP-6002から不変生物の細胞再活性化にかかわる遺伝情報が分離される。
分離前に遺伝物質は実験4で用いられた防腐液で処理される。
除去後も遺伝物質は安定していた。

遺伝物質はチンパンジーゲノムに移植される。
チンパンジーの一群が24ヶ月にわたり観察される。

結果: 観察下のチンパンジーには老化の兆候は見られなかった。

実験6: SCP-6002のチンパンジーゲノムから不変生物由来の遺伝物質が取り除かれる。
チンパンジーの一群は24ヶ月にわたり観察される。

結果: チンパンジーの老化は試験前の基準値に戻る。
2014年6月5日、実験5で分離された遺伝物質のヒトゲノムへの適用実験が許可される。

処理方法を変えたことで見事チンパンジーゲノムへの移植に成功。
遺伝物質の効果もしっかり出ていることが確認された。


多少手こずった箇所はあったが、この結果にはO5も大満足。
いよいよ夢の不老長寿が人類に齎される……





ということで遂に本命となる実験が行われた。


実験7: SCP-6002から不変生物の細胞再活性化にかかわる遺伝情報が分離される。
分離前に遺伝物質は実験4と実験5で用いられた防腐液で処理される
遺伝物質はヒトゲノムに移植される。

結果: SCP-6002が拒絶反応を起こす。
遺伝物質は即座に分解され、SCP-6002に小規模な損傷が発生する。
ヒトゲノムへの損傷を防ぐため、O5コマンドにより不変生物とヒトの遺伝物質のクロステストは禁止される。



こうしてプロジェクトETERNALは失敗。
不変生物を使った寿命の克服という夢は潰えたのだった。





終わりの始まり




私はもう木へ行くことは許可されていなかった。
しかし遠くからでも、その歌の向こうに何かが聞こえてきた。
低い、脅かすような、追い詰められた獣のような声だった。

今では、そのときミュラーがすでに彼のつけた傷の隠蔽を始めていたことを知っている。

そして私の聞いた声は枝に枯死が広がっていく木が、痛みに咽ぶ声だったのだ。



2014年6月、プロジェクトETERNALの失敗から3日程経った頃、筆頭研究員の1人であるアチェベ博士は6002を観察していた際、ある変化に気づいた。



以前プロジェクトのために遺伝子を採取した枝の一部が腐敗しているように見えたのだ。
博士はその場の判断で切除を行ったのだが、翌日見に来ると切った箇所の周辺からまた腐敗が広がり始めていた



これはまずいのではと考え、アチェベ博士はすぐにプロジェクトリーダーのミュラー博士に連絡したのだが、どういうわけか彼は腐敗のことを知りながらも
制御下にあるから心配しなくて良い」と言うだけでまともに取り合おうとしない。

それでも彼女は心配が拭えず「上層部に伝えるべきかもしれないから何が起きているかだけでも教えてほしい」と強めに訴えたことでようやく彼も腰を上げ、
状況確認のために木の上で落ち合うことになった。



だが3日経ってもアチェベ博士だけ何故か帰ってこない。
ここでミュラー博士の秘書をしていたワイルドキャット博士がセキュリティに通報。14時間にわたって樹冠全体の捜索が行われた結果、
後頭部を銃で撃ち抜かれた博士の遺体が発見された。
彼女の亡骸はまるで隠すかのように、数層もの新芽に覆われていた。


一方ミュラー博士は通報された時点で当然取り調べを受けていたが、アチェベ博士の行方については何も知らないの一点張り。
その後一旦は解放されたものの、遺体が見つかったことですぐさま彼の営舎に部隊が押しかけてきた。

だがその時には彼はとっくに首を吊って自殺していた




枝に腐敗が見つかったかと思えば、直後にそれまでプロジェクトを牽引していた筆頭研究員2人が相次いで死亡するというまさかの事態に上層部も大混乱。
6002の樹冠構造の完全な知識を持つ唯一の職員ということで、O5は5年以上も窓際に追いやっていたワイルドキャット博士をいきなりプロジェクトリーダーに任命し、
腐敗した枝の調査と解決を行うよう命じた。



財団のいちばんの強みは昔から変わっていない。
「手に負えなくなったら責任逃れをする」

アマラ…… 愛しい人よ、本当にすまない。
あなたを連れて行かせるべきではなかった。



こうして再び木に登ったワイルドキャット博士による調査を経て、件の腐敗SCP-6002-Bに指定された。


最初の項でも少し説明したが、こいつは枝を侵食し、組織内の遺伝物質ごと腐らせながら広がっていく。
一度腐敗に侵されてしまえば、その部位に対応する生物達は徐々に肌や臓器が腐り落ちていき、最後にはバラバラに崩れて塵と化す
元に戻すどころか腐敗を食い止めることすら叶わない。



そして腐り落ちた枝を調べた結果、そこから出てきたのは複数の異常物質……全てあの時使った防腐剤に関わるSCiPに由来するものである。
4年前にミュラー博士が枝に防腐剤を塗ってから、汚染はずっと進行し続けていたのだ。
しかもどうやら彼はかなり早い段階で自らの失敗に気づいていたらしく、他の研究者がチンパンジーなんぞに現を抜かしているのを良いことに3年以上も隠し通していた。


自ら命を絶つのも当然である。
かつて無断で枝を修復したワイルドキャット博士がDクラス送りになりかけた件を彼は知っていた。
許可を得た実験だったとはいえ、自身の判断ミスで枝を腐らせ、あまつさえそれを隠蔽していたことが知れ渡れば、
その後に訪れる運命がどんなものか想像するまでもなかったのだろう。





プロジェクト6002-ARK




アマラがいなくなり…… 私はサイト管理官となり、また木に登ることができた。
そして痛みの原因を知った。

そのとき私は、これこそ私が働き続けてきた理由だと悟った。
木を圧制者のもたらした恐怖から護ることが私の使命だった。

私は私の能力、知識、私のすべてを発揮した。



かくして発覚した「生命の木」に対する未曾有の危機をどうにかすべく、ワイルドキャット博士と財団は奮闘し始めた。

以下は6002-Bの発見後、2014年から2021年にかけてのログの抜粋である。





2014年6月12日: SCP-6002からジャイアント・タスカーの遺伝子が取り除かれる。
ジャイアントタスカーの絶滅が始まる。

財団が事態に気づいたときにはジャイアント・タスカーの枝は既に腐り落ちかけており、やむなくワイルドキャット博士は許可を得た上で枝を切除した。
それからほんの7ヶ月で当種は地球上から根絶された。


先のプロジェクトで、よりにもよって人類との関係が特に深い不変生物を実験対象にしてしまったのが仇となり、この件は隠蔽するのに多大な苦労を要した。
もっとも知っての通りこれで済むはずがなく、10日も経つ頃には他の種で再び腐敗が始まることになる。



まだ子供のころ、私の妹はジャイアントタスカーのぬいぐるみを持っていた。ミミという名だ。
学校が終わると家に絵本を持って帰ってきて、ジャイアントタスカーのことを話してくれた。

今では思い出すこともできなくなっている……



2014年6月24日: SCP-6002-BによりDuro種全体が汚染されていることが確認される。
SCP-6002からの切除が要求・受理される。
SCP-6002-Bの他の収容法の調査が始まる。

2014年7月9日: 財団の努力もむなしく、Duroの生存個体の大量死滅が民間の研究者に露呈する
機動部隊ニュー-45 ("風の遺産") が現在も進行中の記憶処理散布のため創設される。

2週間も経たないうちに腐敗はへと拡大。
すぐさま枝が切り落とされたものの、ここまで被害が広がれば一般社会も異常に気づき始める。


財団は専門の機動部隊を作ってどうにか対応を急ぐものの、なおも腐敗は止まらない。



2014年9月9日: SCP-6002-BによりPellicea科全体が汚染されていることが確認される。
科全体にわたる絶滅は進行中の情報管理危機をさらに大幅に悪化させるため、他の治療法が開発されるまで切除は見送られる。

2014年10月12日: SCP-6002-BのPellicea科の生存個体への影響が民間の研究者によって発見される。
機動部隊ニュー-45は発見の阻止に失敗、複数の大規模報道各社により報じられる。

3ヶ月弱で腐敗はまで拡大した。

この期に及んで「いくら何でもそこまで切るのは流石に……」と財団が尻込みしている暇もなく、この件は隠蔽しきれずメディアに漏洩してしまった


O5は科を切り捨てることを決断。躊躇うワイルドキャット博士を懲戒してでも切除を実行させた。



2015年2月18日: 世界オカルト連合 (GOC) がこの突然の大量絶滅を異常と判断し、共同研究のため財団研究者に接触する。
財団は知識の提供および協力を拒否する。

ここでGOCも事態の深刻さを察知した上、財団が何か知っていることにも勘づいたらしく接触を図ってきた。
財団は無視を決め込み彼等を突っぱねたが、実際のところ問題は何一つとして解決していない。



いざこざをしている内に4ヶ月ほど経ち、発見から1年後の2015年6月時点で腐敗はに到達していた。



2015年9月19日: GOC作戦部による生物収容サイト-6002への初めての襲撃
財団により撃退され、作戦部の人員数名が尋問のため拘束される。
尋問の結果GOCはSCP-6002の存在を知っており、財団はこの進行中の危機の対処に失敗したと考えていることが判明した

頑なに沈黙を貫く財団にとうとうGOCも我慢ならず、どうやってか6002の在処を嗅ぎつけ攻撃を開始した。
もっとも実際は危機の対処に失敗したどころかいらん手出しをして危機を生み出した側であるため、財団からすれば黙り続けることしかできなかったのだろう。



そして2016年初頭にはとうとうの存在、そしてそれを蝕む腐敗に関する情報が大手メディアを通じて全世界に曝露されてしまい
中程度のBK-クラス“壊された虚構”シナリオの発生が宣言される事態に。
これによってGOCだけでなく複数の超常組織がサイトを狙うようになり、収容プロトコルにも防衛・拘留に関する文言が追加された。



2016年1月19日: GOC作戦部による生物収容サイト-6002への2度目の攻撃。
作戦部は蛇の手カオス・インサージェンシーマナによる慈善財団の人員と手を結んでいる
攻撃は撃退される。

2016年3月12日: 生物収容サイト-6002への3度目の攻撃。
GOC作戦部は複数の要注意団体及び合衆国軍と手を結んでいる
17時間後、サイトは占拠される
ワイルドキャット博士およびその部下は拘禁、あるいは殉職したと思われる。
高程度BK-クラスシナリオが宣言される。

遂に普段いがみ合っている組織同士が協力して襲いかかってきた。
まるで財団が世界の敵にでもなってしまったかのような有様である。


そして3回目の襲撃では一般社会の米国すら敵対した結果木の所有権を奪われてしまう
すかさず暴力装置こと機動部隊ニュー-7 (“下される鉄槌”)機動部隊アルファ-1 ("レッド・ライト・ハンド") を投入して反撃に転じるものの中々奪い返せず、
実に1年以上もの間6002に全く手出しできない状況に陥った。



だがそんな人類サイドのゴタゴタなどお構いなしに木は腐っていく。
半年も過ぎた頃にはどころかを跨いだ複数種にまで6002-Bの症状が見られるようになり、これはもはや木の腐敗不変生物界全体に広がっていることを意味していた。



財団が失敗し木の制御を失ったとき、私は枝と枝の奥深くへと身を隠した。
私はその隠れ家の成長によって生き残り、仕事を続けた。

私は木を救う方法は一つしかないと考えた。
どのような犠牲を払ってでも、感染部を除かねばならない。

悲しいことではあったが、そのためには圧制者の力を借りる必要があった。



2017年も半ばを過ぎた頃、殉職したと思われていたワイルドキャット博士から秘密裏に連絡が入った。
彼女が掴んでいたGOCの内部情報と作戦に対する助言もあり、財団はようやく木を奪還することに成功した。


しかしどうやらGOCでも結局この木をどうにかする手立ては見つからなかったらしく、未だに腐敗の進行が止まる気配は一切ない。
この局面において、ワイルドキャット博士は事態を打開するための最後の手段を提案した。



それは6002における不変生物界そのものの完全除去
まだ腐敗が及んでいない枝もひっくるめた樹冠の一区画を丸ごと切り落とすことで、6002-Bの浸食を木から取り除けると考えたのである。



だが、不変生物界に属する合計130万種もの生き物が一斉に地球上から消えるとなれば、もうその影響は隠蔽がどうこうなどというレベルでは済まない。
まず間違いなく現在の生態系は深刻なダメージを負う上、不変生物が関わる文化や技術などが失われることで人類社会そのものにも取り返しのつかない変化が起きてしまう



だがもはや界全体に腐敗が広がっている以上、このまま6002-Bが他の界にも伝搬するようなことになれば被害は天井知らずに膨れ上がり、完全に打つ手がなくなる。
O5にも、財団にも、選択の余地など残っていなかった。





2017年8月18日不変生物界を司る枝はSCP-6002から取り除かれ、彼等の絶滅が確定した。
同時に財団は一連の事態を収束させるべく、ありとあらゆる手段を以て隠蔽に取りかかった。


まず生態系への影響だが、これについては詳細は不明ながらもSCiPを用いた異常技術を使い、かなり無理矢理な方法で生態系の調整を行ったらしい。
その過程で財団の活動が完全に露呈してしまい収容サイトへの襲撃が激化するといった事態も発生したものの、それらを尽く撥ね除けて第一段階は完了した。



そして第二段階、ここからが財団の真骨頂とも言える部分だった。
気流や海流をフル活用し、かのENNUI-5化合物をも凌駕する強力な記憶処理薬を世界中に拡散させた。
報道機関、官庁、教育機関などを片っ端からひっくり返し、不変生物に関するあらゆる記録を削除した。
文化や伝承と結びついていた種の情報は改竄され、神話上の怪物陰謀論による捏造恐竜などの既に絶滅した生物へと置き換えられた。

枝を落としてから3年も経つ頃には、世界人口のほとんどは「不変生物」という言葉を忘れ、似たような架空の生き物に関する話を言い伝えるようになった。
かつての大惨事の記憶も失われたことで財団は再びヴェールの中に身を隠し、やがて6002の収容サイトを襲う組織もいなくなった。



2021年4月24日の収容完了宣言を以て、不変生物界は地球の歴史から完全に消え去った。
その他すべての生き物たちを守るための犠牲となって……





私は見つけられた全ての感染部を切り離し、そしてそれ以上に、もう枯死は及んでいないと確信できるまで、深く深く進んでいった。
それでどれだけ木が傷つくかは分かっていたが、それで木が救えることも知っていた。







2021年5月18日不変生物界を切除したにもかかわらずSCP-6002のSCP-6002-Bが発見されました
SCP-6002-B12ヶ月以内に他の界に到達すると予測されます





私は間違っていたことがわかった。
枯死は残っていた。

私はこの世界の一兆の生命を、無意味に殺してしまった。





結末


全ては手遅れだった。


財団がどれだけ足掻こうが、博士がどれほどの苦悩を押し殺して枝を切り落とそうが、腐敗は既に木の幹にまで達し、全てに行き渡ってしまっていた。
枝が腐っていたのではなく、木そのものが腐りつつあったのだ。





……いや、腐っていたのはだけでない。



確かに破滅の引き金を最初に引いたのはミュラー博士だった。

だが元を辿れば、彼に権限を与え自由にクロステストをさせたのも、遺伝病を広げて一般社会から利益を吸い上げるようなやり方を許したのも、人類全体の不老化などという正常性を自ら破壊するようなプロジェクトを推し進めたのも、その過程で得体の知れない防腐剤を使い、あまつさえ枝に塗りつけるような実験を承認したのも、
全てO5をはじめとする上層部の選択と判断の結果である。



かつて木を発見した頃の財団はまさしく、ワイルドキャット博士の語る「圧制者」そのものだった。
だがその時犯した過ちを反省し、倫理委員会を構え、より理念と秩序を遵守する厳正な組織へと改められたはずだった。

しかし時が経ち、上に立つ者が変わっても尚、彼等はかつて圧制者だった頃の浅はかさ、傲慢さを捨てきれなかった。
まるで一度罹ってしまったはもう治ることはないとでも言うかの如く。



だが例えそうだったとしても、財団が人類の、そして地球生命の未来を諦めることだけは決してあり得ない。
腐敗を食い止める方法を模索し続けるべく、O5はプロジェクトリーダーであるワイルドキャット博士に更なる研究を行うよう命令した。



しかしその命令が届くより前に、ワイルドキャット博士は行方不明となった。













元記事では報告書に厳重なクリアランス制限が設けられているのだが、そこの表記によると現在の閲覧者はワイルドキャット博士ということになっている。


そして元記事および本項目の途中でちょくちょく挟まる緑のコメントは、博士が今まさに (無断で) 報告書に追記している文章であることを表しているのだが、
その最後は以下のように締めくくられている。





私はこの世界の一兆の生命を、無意味に殺してしまった。

それは、まだ耐えられたかもしれない。

しかし今週、また切除を命じられる前に木へ逃げ隠れていったとき、私は直視することのできぬ真実に行き当たった。



枝は、静かになっていた。

もはや歌を聞かせてはくれなかった。



Vúluandshamよ… 母よ… アマラよ… 許してくれ。







認識監視警告

生体信号が検出されません。
生命反応は喪失されました。

保安のため、ファイルは自動的に閉じられます。





……そう、自らが犯した罪、そして何よりの「」が消えてしまった事実に絶望した彼女は、かつての同僚達の後を追ってしまったのである。



腐食は幹から広がっていき、枝を切り落とす時間稼ぎは封じられ、樹冠の完全な知識を持つ職員ももういない。
果たして財団はこの先どうするのだろうか?
人類の、地球の生物の運命はどうなるのか?
はっきり言えることが1つある。





この星に生きる全ての生き物たちの明日は腐り落ちた。他でもない財団の手によって。







余談


SCP-6004 - The Rainbow Serpent ()


SCP-6002と直接の繋がりはなく、クロスリンク等があるわけでもないが、どちらも SCP-6000コンテスト 参加作品であり
地球上における生物や生態系と密接に関係している」「創世や自然を司る神話上の実体との類似が指摘されている」といった点でどことなく似た要素を感じるオブジェクト。
ただし6002が (植物) モチーフであるのに対してこちらは (動物) をモチーフとしており、異常性自体も大分方向性が異なる。


何よりオブジェクトそのものが持つ雰囲気や記事の読後感が全くの正反対であり、一緒に読むことで片方だけの時とはまた違った感想を抱けることだろう。
元記事はかなり長いが、内容そのものは比較的シンプルかつ読みやすいため、機会がある方はぜひ一読してみることをお勧めする。





追記、修正は自然を愛する方々にお願いします。

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最終更新:2025年05月20日 12:25