イーハトーヴォ物語

登録日:2025/09/03 Wed 06:55:00
更新日:2025/09/03 Wed 12:54:41NEW!
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わたしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかに ともりつづける
因果有機交流電燈の
ひとつの青い照明です

『春と修羅』序 


イーハトーヴォ物語」は、1993年3月5日にヘクトから発売されたスーパーファミコン用ゲームソフト。
メーカーによるジャンルは「RPG」となっているが、戦闘やそれに伴う成長要素などは存在せず、実質的にはRPGのUIを利用したアドベンチャーゲームやビジュアルノベルであると言った方が近い。


【概要】



童話作家 宮沢賢治 が物語の舞台として用いたイーハトーヴォをゲーム中に再現し、そこで起こる様々な物語を体験していくという内容。

メインストーリーは全九章からなり、それぞれの章で賢治の童話や小説が原作となる物語が展開される。
そのほかにも小ネタとして物語には直接関係ないが「雨にもマケズ」などの詩や、「シグナルとシグナレス」のようなゲームの進行と並行して個別に展開していく話もあり、なかなかに作り込まれている。

また、メインストーリーの進行に伴い作中でも時間が進んでいき、ゲーム開始が春、終了が冬となって拠点となるイーハトーヴォの街にも変化が訪れる。これに合わせて各章ごとに行ける場所は異なり、次の章に移ると過去行った事のある場所でも戻ることは出来ない。

自由度の低さと収集要素の無さ故、額面通りRPGとして見てしまうといわゆる「お使いゲー」でしかないのだが、宮沢賢治の世界を再現し、それを楽しむ探索要素のあるノベルゲーとして見ると完成度は高い。
…とはいえ、前述した小ネタも含めて楽しみ切るには原作となる童話たちをある程度知っている必要があるという中々マニアックなゲームではある。ハマる人、特に賢治の童話に親しみがある人にとっては心を掴んでくる作品と言えるだろう。



【キーワードと登場人物】



イーハトーヴォ

「まるで童話の中から抜け出してきたよう」と主人公が形容する、この作品の舞台となる地方。
呼び名としてはほかにも「イーハトーブ」「イエハトブ」などがあるが、このゲームでは「イーハトーヴォ」で統一されている。

主人公の拠点となるのはこのイーハトーヴォの市街地で、ここから各章の物語がスタートする。
市街地は大正~昭和期のような西洋建築と和式建築が混在するような街並みで、汽車の駅や主人公の泊まるケンジントンホテル、街の人の娯楽である活動写真館…すなわち映画館などの様々な施設がある。

モデルは宮沢賢治の出身地である岩手県、特に花巻の周辺。

  • 「私」
この物語の主人公。当てのない旅を続けていたある日、偶然立ち寄ったイーハトーヴォで様々な物語に立ち会うことになる。

  • レオーノ・キュースト (ポラーノの広場)
イーハトーヴォ市役所で働く役人。旅人である主人公に対して主に街の情報を教えてくれる。
かつては都会であるモリーオ*1の博物局で働いていたのだが、色々あって今の職場に来たという。

  • かま猫 (猫の事務所)
猫が営む案内事務所で働く所員猫。キューストとはまた異なる視点でイーハトーヴォの情報を調べてくれる。
ちなみにかま猫とは品種ではなく、いつも火の消えたかまどの中で寝ているので顔がすすで汚れていることからついたあだ名。

  • クーボー博士 (グスコーブドリの伝記)
イーハトーヴォ農学校に勤める化学教授。クーボー大博士とも。
かなり高名で様々な場所にツテを持っている。後述するグスコーブドリも彼の教え子の一人。


羅須地人(らすちじん)協会
宮沢賢治が教員を辞めた後に開いた私塾で、主に農業に関する科学の知識と、詩や工芸品といった民芸を若い農民たちに教えている。
しかしながら主人公が訪ねてきた時には賢治は不在で、代わりに彼が収集しながらもどこかに失くしてしまった7冊の手帳についての話を聞くことになる。
そこで主人公は賢治が帰ってくるまでの間、各地を回りながら7冊の手帳を代わりに集めることにするのであった。

こちらも実在した団体で、実際に岩手県にはその活動拠点だった建物が未だに保存されている。
とはいえ現実は中々厳しかったようで、年長の農民たちには活動内容が理解されなかったり、警察に思想集団だと睨まれて思うように活動できなかったりしたとのこと。
晩年の作品には自らをモデルにしたらしき夢想家な小金持ちの長男が失敗を重ねる話の構想があったりと、相当な悔いをにじませる記録が残っている。

  • ファゼーロ (ポラーノの広場)
賢治の思想に心酔し、羅須地人協会で働く農夫の子。
細かい作業が得意という長所を持っており、特に張り子細工を作るのが得意。


第一章「貝の火」


第二章「カイロ団長」


第三章「虔十公園林」


第四章「土神と狐」


第五章「グスコーブドリの伝記」


第六章「オツベルと象」


第七章「セロ弾きのゴーシュ」


第八章「雪渡り」


最終章「銀河鉄道の夜



【音楽】


音楽はのちにドラゴンクエストシリーズの編曲や、ポケモンコロシアムなどの作曲を手掛けることになる 多和田吏 が担当。
ストリングスやアコースティックギターなど弦楽器を中心とした楽曲の質はどれも高く、美しさと郷愁をかきたてる名曲が物語を彩る。

森の中を列車が走る情景にピッタリなOP曲「イーハトーヴォ賛歌」はネット有志の投票による「みんなで決めるゲーム音楽ベスト100」の初回からなぜかランクインし続け、謎の常連扱いされている。
ほかにもゲーム音楽専門コンサート「PRESS START 2012」で演奏され、以降度々ゲームミュージックを題材としたコンサート演奏の題材になるなど、むしろ音楽からこの作品を知った、というマニアックな人も多いのではないだろうか。

サウンドトラックはアレンジ版を含め現在4枚が発売されている。
最初のサウンドトラックは1995年に発売されたが2002年に再販され、現在でも新品が容易に入手可能。ただし90年代のサントラ事情のご多分に漏れず、メインで収録されているのはアレンジ版で、ゲーム音源版はボーナストラックとして最後にひとまとめにされる形となっている。
とはいえゲーム未収録ながら名曲の「スノーフレーク」なども収録されているほか、コンサートで演奏される際はこちらのアレンジ版が元となる場合が多いので一聴の価値あり。後述のアレンジCDもこちらの編曲に沿う形となっている。

ゲーム版を忠実に収録したサウンドトラックはそこからさらに時が経った2023年に、作曲者である多和田が所属するインディーズレーベル「Nano Music Productions」から発売された。流通経路が故に購入可能な実店舗は数少ないので、直販のオンラインショップから購入するのが手っ取り早い。
ほかにも多和田自らが編曲したオーケストラアレンジと、ピアノソロアレンジCDも同様にオンラインショップで販売されている。


【余談】



  • このゲーム、地味にスーパーファミコン用マウスによる操作に対応していたりする。

  • 1997年には「BSイーハトーヴォ物語」がサテラビューで配信されていたこともある。井上喜久子山寺宏一、今井由香、小野田英一らによるボイスドラマを聞きながら一部の章を遊べるという中々に贅沢な内容。

  • 取り扱い説明書には操作方法やゲーム内容の軽い紹介だけでなく、宮沢賢治の世界観やイーハトーヴォに関するかなり突っ込んだ解説、さらには賢治の生涯をまとめた年表など、賢治に関するかなりガチめの情報が掲載されていた。ゲーム内容が内容だけにある程度前提知識はあった方が良いのだが、手の込んだ充実ぶりに製作スタッフの賢治童話への入れ込みぶりが感じられる。

  • かつては岩手県に存在する宮沢賢治記念館などの施設で、このゲームの体験版が設置されていたこともある。賢治作品のダイジェスト版と捉えるとかなり優秀な出来である事を買われて置かれていたのだと思われる。

  • 開発及び発売会社のヘクトが2002年に倒産してしまったため、カルトな人気を誇る本作品ではあるものの、リメイクやバーチャルコンソールなどへの再収録は絶望視されていた。
    ところが2024年に発売された、いわゆるTVのHDMIに指すだけで遊べるのがウリなタイプのゲーム機「脳を鍛える大人の娯楽ゲーム 4 in 1」に、「麻雀俱楽部」や「将棋倶楽部」、競馬ゲームの「サラブレッドブリーダー3」にならんで本作が収録され、ファンを驚かせた。現在ではこれが一番遊ぶための難易度が低い状態となっている。



詳しい事は知らねえだが、賢治先生のゲームがあるらしいだ。
あんた、詳しい人だろう? オレのかわりに先生の項目を、追記・修正してくれねえだか。



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最終更新:2025年09月03日 12:54

*1 元ネタである「ポラーノの広場」に出てくる街で、モデルは岩手県の県庁所在地である盛岡。

*2 原作では腸チフスとされる

*3 今では逆に地球温暖化として問題になっている現象と理屈は同じである。

*4 ゲーム独自の設定で原作にはない。

*5 この頃の映画は後にサイレント映画と言われる方式で、音の無いフィルムに合わせて楽団が音楽を演奏し、弁士と言われる専門の演者が台詞をリアルタイムで吹き込む方式だった。

*6 活動写真館のように、スクリーンに光で絵を投影して行う映画観賞会を指す

*7 若くして亡くなり賢治自身がその最期を見届けた、最大の理解者である妹トシを指すのではないか、とされている。原作「銀河鉄道の夜」に関してもトシの死後に執筆され、その影響が色濃い。