共和国同盟トリア共和国フローレンシア市、ガスペリ銀行本店内の応接室にてシルフィーヌ二世とリリアーナ・ディ・ガスペリが相対していた。シルフィーヌの傍にはトルーヴ姉弟が、リリアーナの傍にはメイドであるトリア姉妹が控えている
「お久しぶりですリリアーナ頭取。本日はお忙しい中、場を設けて頂き感謝いたします」
「いえ、こちらとしても都合の良いタイミングで助かりましたわ。シルフィーヌ陛下」
「挨拶はここまでにして早速本題の方に入らせていただきますが構いませんね?」
「ええ、構いませんよ。お互いに無駄に時間を取りたくはありませんからね」
「いえ、こちらとしても都合の良いタイミングで助かりましたわ。シルフィーヌ陛下」
「挨拶はここまでにして早速本題の方に入らせていただきますが構いませんね?」
「ええ、構いませんよ。お互いに無駄に時間を取りたくはありませんからね」
互いに挨拶を交わし、シルフィーヌが先に口火を切る。リリアーナはシルフィーヌの出方を伺おうとしたタイミングだったが表情を崩さず話を促す事とした。
「まず、前回の『契約』の件なのですが……、まだ有効であると考えてよろしいでしょうか? 共和国同盟がテネブル=イルニアス軍団国の襲撃により支援できなくなったという事態にはなっておりませんか?」
シルフィーヌが『契約』についての話を切り出す。シルフィーヌは共和国同盟が、そしてトリア市がテネブル=イルニアス軍団国の襲撃にあった事を聞いてリリアーナ達の安否と支援の継続について不安だった。ガスペリ銀行からの、ひいては共和国同盟からの支援がなければエルヴン帝国はテネブル=イルニアス軍団国とは戦いにならない。それ故に支援の継続を確約してもらう必要があった。何よりリリアーナとはようやく対等の立場で話し合える関係になったのだ。その矢先に彼女を失うのは絶対に嫌だった。それ故に彼女が無事であることを知った時は大変安堵したものだ。
「それはこちらを見くびり過ぎですよシルフィーヌ陛下。ご心配なく、むしろ襲撃を受けたからこそ貴方方への支援を継続せねばならないと考えています。こちらとしては貴方方から見限られやしないか心配でしたが、その様子だと杞憂のようで安心しましたわ」
一方リリアーナはシルフィーヌがまだ『契約』の継続を必要としていることに内心安堵していた。ここで彼女から切り捨てられてしまえばガスペリ銀行に対する信用回復の機会を失うこととなる。それは自分の代でガスペリ家を傾けるという事態に繋がりかねない。だからこそシルフィーヌの口から『契約』について切り出された時は焦り、まだ支援の継続を求められていることを知って非常に安心したものだ。何とかポーカーフェイスを保てたものだと内心自画自賛する。
「まだ貴方方共和国同盟の支援が必要ですからね。そちらの都合で手を引かれては困りますから」
「それはこちらも同じことです。貴方方に切り捨てられては我々の価値が損なわれてしまいます。それで? 他にも何かあるのではないですか?」
「……そんなにわかりやすいですか? 私は」
「正直に申せば。おそらく『契約』以外に私の手が必要なのでしょう? シルフィーヌ」
「それはこちらも同じことです。貴方方に切り捨てられては我々の価値が損なわれてしまいます。それで? 他にも何かあるのではないですか?」
「……そんなにわかりやすいですか? 私は」
「正直に申せば。おそらく『契約』以外に私の手が必要なのでしょう? シルフィーヌ」
リリアーナの指摘にシルフィーヌはため息をつく。こういうところはまだまだ未熟だと評しリリアーナは苦笑する。しかしどちらもすぐさま表情を切り替え次の話題へと移ろうとする。リリアーナの様子を伺いつつシルフィーヌは口を開く。
「テネブル=イルニアス軍団国との戦いに神聖イルニクス帝国の助力を得たいとこちらは考えております。力を貸していただけませんか?」
「…………神聖イルニクス帝国ですか。共和国同盟だけでは力不足だと?」
「…………神聖イルニクス帝国ですか。共和国同盟だけでは力不足だと?」
はったりを交えつつリリアーナはシルフィーヌを試そうとする。共和国同盟だけでは心許ない。そう言われたような気分だった。リリアーナとしては面白くない。それ故にシルフィーヌを試すような、不興を買ってしまったという演出を行おうとする。
「正直に言ってしまえば、共和国同盟の支援だけでは足りません」
対してシルフィーヌは堂々とした態度でリリアーナに切り返す。足りないと断言されるとはリリアーナにとっても予想外であった。確かに共和国同盟の戦力では戦線を維持することで手一杯であり、テネブル=イルニアス軍団国から本格的に攻勢にしかけられては耐えられない可能性が高い。だが、見くびられているようで面白くない。反論しようとリリアーナは口を開こうとして。
「先に申し上げます。共和国同盟を過小評価しているわけではありません。テネブル=イルニアス軍団国がそれだけ強大なのです。私たちは、『エルニア帝国』は彼らを打倒し共和国同盟に『平和』を提供するという『契約』を達成する必要があります。ですが現状でそれが叶うことはないと考えています」
「……だから神聖イルニクス帝国に助けを求めると? でしたらそちらで勝手に行えばいいではありませんか。何故私等の助けが必要だと?」
「……『エルニア帝国』にはレガリア以外に帝国に差し出せる物がありません」
「……貴女の血統を利用するという手もありますよ? 以前申し上げた『玉座の上の娼婦』という手も……」
「そんなはしたない真似をするつもりは一切ありませんから。すでに古代エルニア帝国の後継者を名乗り上げている彼らが『エルニア帝国』の正統な血筋などに価値を見出すとは思えません。もし価値を見出しているのであればお姉ちゃん……姉が生きていた頃に何か行動を起こしているはずです。お兄ちゃん……協力者の方にそのように説かれましたし……それに熱心に反対してくる方たちもいますから」
「……だから神聖イルニクス帝国に助けを求めると? でしたらそちらで勝手に行えばいいではありませんか。何故私等の助けが必要だと?」
「……『エルニア帝国』にはレガリア以外に帝国に差し出せる物がありません」
「……貴女の血統を利用するという手もありますよ? 以前申し上げた『玉座の上の娼婦』という手も……」
「そんなはしたない真似をするつもりは一切ありませんから。すでに古代エルニア帝国の後継者を名乗り上げている彼らが『エルニア帝国』の正統な血筋などに価値を見出すとは思えません。もし価値を見出しているのであればお姉ちゃん……姉が生きていた頃に何か行動を起こしているはずです。お兄ちゃん……協力者の方にそのように説かれましたし……それに熱心に反対してくる方たちもいますから」
そう言ってシルフィーヌはトルーヴ姉弟の方を見る。シグルは気恥ずかしそうにそっぽを向き、エイダは自慢げに微笑んでいる。そんな二人に対しシルフィーヌは柔らかい笑みを浮かべている。その様子を見てリリアーナはなぜかアメーリアの姿が脳裏によぎり、胸にちくりとした痛みを感じた。理由は分からない。だが目の前の彼らの姿になぜか心が痛いと感じたのだ。そのことについて深く考えないようにした。もしかしたら顔に出てしまうかもしれない。少なくとも彼らに悟らせるわけにはいかなかった。リリアーナは咳払いをした。話を戻すために。
「……なるほど……。そこで私の手を借りたい。そう言うわけですね」
「話が早くて助かります。貴女の知恵を貸してください。私たちの『契約』のためにも」
「話が早くて助かります。貴女の知恵を貸してください。私たちの『契約』のためにも」
シルフィーヌの言葉にリリアーナは深く考えるそぶりを見せる。実際のところ、共和国同盟の戦力ではテネブル=イルニアス軍団国の本格的な攻勢に耐えきれる可能性は限りなく低い。それならばシルフィーヌの言う通り神聖イルニクス帝国に協力を仰ぐのは真っ当な選択ともいえる。しかし、その点で懸念がある。リリアーナは内に沸いた疑問を口にすることをためらわなかった。
「一つお聞きします。貴女たちはどこまで損失を許容しますか? 帝国は無償で手を差し伸べるほどお優しい方々の集まりではありませんよ」
「最悪の場合、レガリアと『エルニア帝国』の主権を明け渡し従属国になってしまっても構わないと思っています」
「つまりそこが貴女達の最低ラインであると……。ですがよろしいのですか? 彼らの傘下に入ってしまっても」
「最悪の場合、レガリアと『エルニア帝国』の主権を明け渡し従属国になってしまっても構わないと思っています」
「つまりそこが貴女達の最低ラインであると……。ですがよろしいのですか? 彼らの傘下に入ってしまっても」
「それで『エルニア帝国』の、そこに住まう民たちの明日が手に入るのであれば、私は最低最悪の暗君と呼ばれても構いません」
リリアーナの問いにシルフィーヌは迷わず答えた。まっすぐにリリアーナを見つめながら。リリアーナは思わず気圧されかけた。前回の交渉で彼女が成長したのは分かっていたがここまで強気になれるとは思わなかった。自身の汚名が歴史に刻まれるても構わないという態度、そうしてでも『エルニア帝国』を守ろうとする愚直さ。リリアーナにはそれが選択できない。選びたくなどない。それ故に彼女の瞳にはシルフィーヌの姿がとても眩しく映った。
「…………分かりました。正直に申しますと貴女の言う通り共和国同盟の戦力ではテネブル=イルニアス軍団国の本格的な攻勢に耐えられません。ですが『エルニア帝国』とレガリアを差し出すだけでは神聖イルニクス帝国を動かせるとは思いません」
リリアーナの言葉にシルフィーヌとトルーヴ姉弟の表情が暗くなる。やはり足りないのかと言うように。それを見てリリアーナは自分が思っている以上に彼らは現状を把握していると判断する。そして自分が直接動く程度には価値があると評価する。
「ですから、少し遠回りをしましょう。神聖イルニクス帝国が動かざるを得ないようにするためにも。ええ、私自ら動くとしましょう」
その言葉を聞いてシルフィーヌ達の表情が明るくなる。なんとも分かりやすい方たちだとリリアーナは内心で評しながら、シルフィーヌ達と共に悪知恵を働かせることとした。
一方、トリア市のガスペリ邸にてグラジオはベッドで横になっているアメーリアの看病をしていた。本来であればすぐさまフローレンシア市の本邸へ避難する予定だったがアメーリアが体調を崩したため延期となっていた。恐らく戦闘に巻き込まれたことによるストレスとその際に受けた暴行のダメージ、そして持病の発作が重なったためだろう、それが医師の診断であった。ヘルネと屋敷に残っていた人員のフォローの元、グラジオはアメーリアの看病に付きっ切りであった。
「グラジオ様が傍にいればアメーリア様も安心でしょうから」
ヘルネの言葉と使用人たちがニヤニヤしていたことに疑問を覚えたグラジオだったがアメーリアの看病の間はそんなことに頭を使っている暇はなくすっかり思考の片隅に追いやられた。余談だが馬宿の店主は当に避難しているものかとグラジオは思っていたが以外にも残ってくれていた。
「金払いの良い雇い主の頼みだ。感謝しておけ」
理由を尋ねたところ、そのような返答が返ってきた。おそらくリリアーナが頼んでいたのだろう。それでも危険であるにもかかわらず残ってくれた店主には頭が下がる思いであった。
アメーリアの体調が落ち着く頃にはすっかり日が暮れていた。暗い夜道を移動するのは危険だということ、アメーリアの体調にまだ不安があるという理由から一晩屋敷に留まることとなった。万が一があっては大変だという判断だ。グラジオはアメーリアの自室で看病を続けていた。本来であればヘルネに代わってもらうことになっているのだがアメーリアの要望とフローレンシア市への避難の準備があるということでグラジオが看病を続けることになったのだ。誰もいない部屋で二人きりという事実に思わず胸が高鳴る。不謹慎だと思ったがそれでも止められなかった。そんな時だった。
「ごめんなさい……迷惑をかけて……」
アメーリアが唐突に謝ってくる。おそらく自身の体調の事でグラジオやヘルネ、そして屋敷の使用人たちの避難が遅れていると考えたのだろう。
「迷惑なんかじゃないよ。だから気にしないで」
グラジオはすぐさまフォローを入れるも効果があるのかは分からなかった。おそらく今もまだ自責の念に苛まれているのだろう。彼女の表情が暗いままだ。
「どうしてグラジオ君はそこまで私に尽くしてくれるのですか?」
唐突なアメーリアの問いにグラジオは固まった。
「私は……見ての通り病弱な……なんの力もない小娘です……。家の権力が強いだけの……そんな私に……」
「価値がないだなんてもう言わないでって言ったよね」
「価値がないだなんてもう言わないでって言ったよね」
アメーリアが卑下しようとするのをグラジオはきつめの口調で咎める。アメーリアは思わずびくりとし口をつぐむ。しばしの間、沈黙が訪れる。
「アメーリアの事が放っておけないから。それだけだよ」
最初に沈黙を破ったのはグラジオだった。
「それは……苦しんでる女の子を放っておけないから……。それだけでしょう? もし私がこんな病を抱えていなかったら……もし、私が健康な体であったら……」
私たちは出会わなかった。そう言おうとして言葉にできなかった。自分たちの出会いを否定するような恐ろしいことを言おうとしている。そのことに気づいたからだ。
「最初はそうだったよ……」
グラジオはアメーリアの言葉を肯定した。それだけで今までのグラジオとの日々が否定されたような気分に陥る。しかし、グラジオの言葉はまだ続く。
「今は……アメーリアと一緒に居たいからここにいる。それだけだよ」
グラジオの言葉にアメーリアの鼓動が一瞬高鳴る。顔が熱くなる。グラジオの顔を見ていられない。
「それは……どういう意味でですか……」
思わず聞いてしまった。ちらりと、グラジオの顔を見てみると彼は顔を赤くしてしまった。どうして赤面するのか分からなかった。否、分かりたくなかった。都合の良い期待を求めてしまうから。だから分からないふりをしようとして……。
「アメーリアが大切な人だから、一緒に居たい。君の傍に、隣に居たい。だからここにいる」
グラジオの答えを聞いた途端にそれが出来なくなった。リリアーナは期待してしまった。グラジオが自分にとって都合のいい立ち位置でいることを、今のままの関係でいることを。
「私が……他の家に嫁いだ後も隣に居てくれますか? ずっと私の傍で尽くしてくれますか?」
だから再度尋ねた。グラジオがいつまでも一緒に居てくれると、傍に居続けると答えてくれるのを期待して。
「それは……嫌だな」
「…………え?」
「…………え?」
アメーリアは期待を裏切られたような気分になった。大切な人だと言ってくれたのに、一緒に、傍に、隣に居たいと言ってくれたのに、ここにいると言ってくれたのに。思考がループする。目の前が暗くなるような感覚に陥る。
「アメーリアが他の誰かに嫁ぐ姿なんて見たくないし考えたくもない。アメーリアの隣に居る男はボクだけでいい」
その言葉の意味をすぐには理解できなかった。少し間をおいて、グラジオの言葉を咀嚼して、そうしてようやく理解したとき、アメーリアは顔を真っ赤にした。グラジオが自分に独占欲を向けているように思えたから。
「ずっと……ずっと気づかないようにしてたけどさ……。ボクはアメーリアを独り占めしたいんだ。だから、他の誰かの元に行って欲しくないんだ。ずっと……ボクだけのアメーリアでいてほしい」
「それは……」
「それは……」
まるで告白みたいだ。アメーリアはグラジオの言葉を聞いてそう思った。そして唐突にヘルネの言葉を思い出した。
『お嬢様を前にして独占欲を抱かずにいられる殿方など考えられません』
グラジオもそうなのかと考えるととても衝撃的だった。グラジオが自分に独占欲を抱いていることが。病弱で、家の権力と財産が凄いだけで、政略結婚の道具以外に使い道がない自分に、グラジオが独占欲を見せている。アメーリアは夢を見ているような気分になった。あまりにも都合のいい夢だ。自分の期待通りに、否それ以上の事態が起きるなんて考えられなかった。同時にこれが現実であって欲しいと、夢であってほしくないと相反する思いが湧き上がる。
「信じられません」
「信じてよ。ボクは嘘なんてついてないんだから」
「だったら証明してください」
「信じてよ。ボクは嘘なんてついてないんだから」
「だったら証明してください」
アメーリアはグラジオに臨んだ。嘘ではない証拠を、これが現実であるという証明を。グラジオはしばらく赤面して固まり、そっとアメーリアの手を握ってくる。
「……これでいいかな?」
グラジオの手の感触が、体温が伝わってくる。しかし、足りない。これだけでは足りないとアメーリアは思った。
「これだけでは証明になりません」
「それじゃあ……、どうすればいいかな……?」
「それじゃあ……、どうすればいいかな……?」
グラジオは困ったようにアメーリアに尋ねてくる。そんな彼の様子を見てアメーリアはもっと困らせたくなって、もっと彼に触れたくなる衝動に襲われ、それに抗うことができなかった。ベッドから身を起こし彼の頬、それも唇に近い位置に口づけをする。グラジオのあっけにとられたような表情を見てアメーリアはしてやったりと思った。
「せめてこれくらいはしてください」
アメーリアのいたずら気に微笑む姿にグラジオは見惚れ、そしてお互いに見つめ合うのであった。