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容赦なき憤怒作戦(ようしゃなきふんぬさくせん、Operation Relentless Fury、ORF)は、瑞州合衆国連邦大統領・桐野紗也佳がヴィラン教徒によって狙撃されたテロ事件への報復として、瑞州が主導する有志連合軍がキンシャサのヴィラン国(ヴィラン・キンシャサ)に対して実施した軍事作戦である。作戦は大規模な航空攻撃であるORF-I、それに続く地上侵攻作戦であるORF-II、そして地上支援作戦のORF-IIIなどから構成されたが、桐野大統領の意識回復と攻撃中止命令により、作戦半ばで中断された。 目次 1.背景 2.軍事作戦 2.1.作戦策定 2.2.3月17日:第一次作戦(ORF-I) 2.2.1.艦対地攻撃 2.2.2.敵防空網制圧 2.3.3月27日:第二次・第三次作戦(ORF-II/III) 2.3.1.陽動作戦「ウェスタン・エクスプレス」 2.3.2.ORF-II-B部隊の戦闘 2.3.3.ORF-II-A部隊の戦闘 2.4.海上の動向 3.作戦終了 3.1.作戦終了後・戦後処理 4.評価 4.1.各国の思惑 4.2.兵站負荷 5.作戦中の事件・事故 5.1.ヴィラン側の戦争犯罪 5.1.連合軍側の戦争犯罪 5.3.その他の特異的な出来事 |
容赦なき憤怒作戦 Operation Relentless Fury |
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![]() ヴィラン・キンシャサ中東部・ニエンバを攻撃する瑞州国防軍の戦闘機。同軍撮影。 |
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| 場所 | ヴィラン・キンシャサ支配地域 | ||||
| 日付 | 統一暦205年3月17日 | ||||
| 関係国 | ヴィラン・キンシャサ | 有志連合 | |||
| 有志連合外 | |||||
| (アークランド亡命政府) | |||||
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| (サンマリノ信託委任統治領中央アフリカ) | |||||
| ベルンカステル国際旅団 | |||||
#ref error :画像を取得できませんでした。しばらく時間を置いてから再度お試しください。 みどない共和国
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| 原因 | 瑞州大統領狙撃事件 | ||||
| 損害 | |||||
| 背景 | |||||
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統一暦205年1月5日、瑞州薩鹿川内市の川内神宮で恒例の年頭記者会見を行っていた桐野紗也佳大統領が狙撃されるテロ事件が発生した。意識を失った大統領に代わり、中道右派与党の中でもタカ派で知られる中口一郎副大統領が大統領代行に就任した。犯人S.N.は警備隊・警察との逃走劇、および激しい銃撃戦が繰り広げたものの、射殺された。この事件について、当日中にヴィラン・キンシャサが犯行声明を出し、瑞州連邦捜査庁(FAI)および情報局(ZIA)が捜査に当たった。 3月10日、FAIおよびZIAは、犯人がヴィラン教徒であり、ヴィラン・キンシャサの援助を受けていたことを確認した。中口大統領代行はこれを瑞州ひいては既存の国際社会への脅威、挑戦と受け取り、ヴィランに対抗するための有志連合の結成を呼びかけ、ヴィラン・キンシャサに対する「対テロ戦争」を宣言した。 一方中口政権の下では外交努力も続けられており、瑞州外務省は狙撃犯を援助・指導した、ヴィラン・キンシャサ側のカウンターパートの引き渡しを条件に譲歩の姿勢を見せたが、ヴィラン・キンシャサは拒否し、14日までに交渉は決裂した。 |
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| 軍事作戦 | |||||
| 作戦策定 | |||||
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有志連合の結成への呼びかけに賛同する国が続々と現れたため、これを主導する瑞州をして単一の指揮組織のもと、万が一ヴィラン・キンシャサに対する軍事オプションが選択された場合の全体の統制を採りたい旨が各国に伝達され、瑞州および各国は瑞州軍統合戦闘司令部・阿州司令部(AFRICOM)(岩間昌弘・上級陸将/OF-9の指揮)がこれを担当することで合意した。AFRICOMは元から構想されていた作戦案(轟V号作戦)をベースに対ヴィラン・キンシャサの最終作戦目標を検討し、一時は強硬派の中口大統領代行に配慮しヴィラン・キンシャサの壊滅も選択肢に挙がったが、これは採用されなかった。代わりにヴィラン・キンシャサのテロリズムを支える、対外戦争・対外諜報能力の喪失による、未来におけるヴィラン発のテロの撲滅が作戦目標として設定された。 上記の目標を達成するために、作戦はいくつかの段階に分けられた。第一に、敵防空網の完全制圧、および制空権の確保を作戦目標とする第一次作戦(ORF-I、Operation Relentless Fury – Phase I)である。ORF-Iでは航空戦力が投入され、ヴィラン領空における脅威を排除し、制空権・航空優勢を獲得することを目的としていた。第二に、ORF-Iにおいて敵防空網を制圧し制空権を確保していることを前提とし、地上侵攻部隊を前進させる第二次作戦(ORF-II、Operation Relentless Fury – Phase II)である。本作戦が容赦なき憤怒作戦全体の中核であり、ヴィラン・キンシャサにおいて聖地および経済中心となっている都市および施設を占拠、および破壊することで作戦目標を達成することを企図していた。第三に、ヴィラン・キンシャサを進撃する陸上部隊の航空支援を実施する第三次作戦(ORF-III、Operation Relentless Fury – Phase III)である。これはORF-IIと同時に実施されるが、ORF-Iとの違いは、破壊目標が戦略的目標(地対空ミサイルやレーダーサイト、あるいは首都キンシャサの教団重要施設)であるか、戦術的目標(前進するORF-II地上部隊の障害となる敵陸上部隊)であるかであった。 また、作戦実施時に付随して行われる軍事行動についても、そのすべてではなかったが、AFRICOMは統制することを任務とした。付随A作戦(ORF-AP/A、Operation Relentless Fury – Appendix A)は大西洋側において、付随B作戦(ORF-AP/B、Operation Relentless Fury – Appendix B)はインド洋側において、ヴィラン・キンシャサの海上戦力の抑止・撃破、および外部援助流入の抑止を作戦目標と決定された。これは指定海域を遊弋する海上アセットによって遂行され、ヴィラン領空・領海を航行禁止区域、その周辺を警戒区域とし、友軍以外の侵入を監視し、また、陸上部隊の求めに応じて対地攻撃支援を実施するものとされた。付随C作戦(ORF-AP/C、Operation Relentless Fury – Appendix C)は一時的な占領地域の治安安定、および前線部隊の後方支援・後送援助等に努めるものとされたが、これは先行するORF-IIの進展度合いによって詳細が変化する計画であった。 |
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| 3月17日:第一次作戦(ORF-I) | |||||
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14日の交渉決裂直後、中口大統領代行は即座の軍事行動の開始を命じたが、AFRICOMは各国軍事アセットの移動・統制がまだ完了していないこと、およびContinant Loupのような現地情報を持つ企業や、アルカンシエル企業連邦のようにそれら企業群を包括し、かつ瑞州とも関係の深い企業国家の助言もあり、ヴィラン・キンシャサにおいて安息日となっている土曜日まで発動(D-Day)を延期することが決定された。3月17日土曜日、「容赦なき憤怒作戦」の第一段階として、ヴィラン教団勢力の戦闘能力を無力化し、地上進攻の基盤を確立することを目的とした大規模な航空攻撃作戦として、午前0時をもってORF-Iが開始された。作戦開始コードは「キャメロット」であった
[(*2)]
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![]() 開戦初日の夜間、敵防空網制圧に向かうF/M−15UNと思わしき機体。ヴィラン・キンシャサ国在住者により撮影されたと見られる。 |
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| 艦対地攻撃 | |||||
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事前の計画通り、地上攻撃能力を持つ海軍艦艇による同時着弾攻撃が午前0時ちょうどに、ヴィラン・キンシャサの保有するレーダーサイトや航空基地に到達し、これが作戦開始の号砲となった。この作戦に参加した部隊・艦艇は以下の通り。 |
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K1 PMC ・アストリア基地海上戦力所属 1F02艦隊(空母 1隻、重巡洋艦 2隻、巡洋艦 4隻、特殊艦艇 2隻) ・海外派遣戦力所属 EC2B艦隊(重巡洋艦 2隻、巡洋艦 4隻) |
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瑞州合衆国連邦国防軍 ・国防海軍第5空母打撃群 ・第12駆逐隊(ミサイル駆逐艦 4隻) |
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聖オストン王国王立軍 ・王立海軍第2艦隊(シュネーヴィント級巡洋艦4隻、ノーベン・ツェッペリン級原子力双胴強襲揚陸艦1隻) ・王立海軍第5艦隊(シュネーヴィント級巡洋艦4隻、ヴァインセルン級原子力戦艦1隻) |
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大オーストリア帝国 ・紀式家第99独立艦隊(Prinz der Welt級巡洋艦1隻、てんくう型護衛駆逐艦2隻) |
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西アフリカ合州国軍 ・合州国海軍第九艦隊 ・TF-91所属第十七巡洋艦隊(原子力防空巡洋艦 4、原子力諜報巡洋艦1) [(*3)] |
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ネストニア共和国連邦軍 ・海軍第一戦隊(戦艦 2隻、軽航空母艦 1隻、巡洋艦 4隻、駆逐艦 6隻、フリゲート艦 11隻) |
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ノフトフィリア連邦軍 ・連邦海軍第2艦隊 ・第24水上戦闘群(DDG-91 ルファイト) ・第48水上戦闘群(FF-21 フィロント、FF-33 カルツェル) |
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みどない共和国軍 ・海軍第一艦隊(ミカ級原子力航空母艦 1隻、サムエル級軽航空母艦 2隻、瑞穂型戦艦 1隻、ノア改型汎用護衛艦 2隻、サラ型防空護衛艦 10隻、エレミヤ型輸送艦 3隻) |
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| 敵防空網制圧 | |||||
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艦対地攻撃の着弾と同時に、ネストニア共和国連邦の空軍基地を出撃した瑞州国防軍の部隊およびアバルト北征国国防軍の一部部隊は、南部国境を通過し、第一次攻撃隊としてヴィラン・キンシャサの保有する地対空ミサイルやレーダーサイトに対する制圧(SEAD)を開始した。第一次攻撃隊は主に瑞州の多用途戦闘機(F/A-13C)やアバルトの戦闘爆撃機(F/M−15UN)で構成され、極めて低空、または敵防空網の想定外の経路から侵入し、対レーダーミサイルを使用して防空網を体系的に破壊した。また第一次攻撃を行うにあたり、K1 PMC、シークヴァルド=アストリア聖国、アバルト、ノフトフィリア連邦国、ネストニアの戦闘機部隊は制空部隊として、ヴィラン領空内を警戒する、または緊急発進する残存軍用機を撃墜または無力化せしめ、第一次攻撃隊への脅威を排除した。さらに各国の、空中給油機や電子戦機などの支援機部隊はこれを管制・支援していた。ヴィラン軍の主要な長距離警戒レーダーサイトは午前4時までに沈黙し、またキンシャサ郊外の通信施設が機能停止に追い込まれたことで首都の教団本部は遠隔地との通信復旧に時間を取られることになった。第一次攻撃隊の被害は対空砲火によりF/A-13Cが5機損傷し、2機が墜落した。 |
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ORF-Iの第二段階として、第一次攻撃隊によりヴィランの防空網活動が低調になったと判定された直後に、西アフリカ合州国爆撃機部隊(第二次攻撃隊)へのヴィラン領空進入許可が下った。これにより、爆撃機は比較的安全な空域を飛行することができた。午後4時30分、自前の戦闘機部隊や継続して制空任務を行っている制空部隊の護衛を受けながら、第二次攻撃隊はキンシャサへの爆撃を行った。この爆撃により教団の訓練施設、大規模な兵器庫、ヴィラン・キンシャサが利用していたとされる地下司令部施設群などに甚大な被害が与えられた。 第三次攻撃隊としては、補給後の第一次攻撃隊と、爆撃能力を有する制空部隊機が統合され、戦果の拡大として破壊を免れていた敵防空アセットを破壊することが志向された。制空部隊は途中途中での交代と補給を挟みながら引き続きこれを援護し、以後、敵防空網を完全に沈黙させるまでこれが継続された。ORF-Iへの主要な参加部隊は以下の通り。 |
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K1 PMC ・アルカンシエル第一航空大隊所属 ・第五区分 副主力飛行隊群 KB-500飛行小隊「サーファー」(IF-26マルチロール機 4機) ・アルカンシエル第二航空大隊所属 ・第二区分 主力飛行隊群 KA-221飛行小隊「エクスプローラー」(IF-72マルチロール機 16機) ・アルカンシエル執行機関所属 ・航空大隊 第七区分 KX-03試験飛行隊「ブルーローズ」(IF-X.3マルチロール機 4機) |
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アバルト北征国国防軍 ・国防航空軍第80戦闘爆撃飛行隊(F/M−15UN戦闘爆撃機 10機) |
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エストリア連邦共和国 ・エルスラーク自由条約機構(ELTO)軍 ・第120戦術戦闘飛行隊(F-12E 16機) ・第122戦術戦闘飛行隊(F-12E 16機) |
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シークヴァルド=アストリア聖国聖立国防軍 ・聖立海軍第3空母航空団 ・第101戦闘攻撃飛行隊(ALVA-17戦闘機 10機) ・聖立空軍第7遠征航空団 ・第44戦闘飛行隊(TAVR-5戦闘機 6機) ・第88制空戦闘飛行隊(ZENX-3戦闘機 7機) |
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瑞州合衆国連邦国防軍 ・第171遠征飛行群 ・国防空軍第171遠征戦闘飛行隊(F/A-13C戦闘機 20機程度) ・国防海軍第78戦闘攻撃飛行隊(F-12戦闘機 10機程度) ・国防海軍第63電子攻撃飛行隊(EA-11電子戦機 4機程度) |
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大エンダー社会主義共和国 ・空軍第300制空戦闘団(BG-37FAM 制空戦闘機 12機、BG-47SM 制空戦闘機 6機) |
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西アフリカ合州国軍 ・合州国空軍第2管区航空隊(B-1G爆撃機 4機、AAF-07戦闘機 4機、F-10戦闘機 12機、E-1C電子戦機 2機、KC-1空中給油機 4機) |
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ネストニア共和国連邦軍 ・航空宇宙軍第408航空群(L'K06.98戦闘機 4機、SA'K05.92戦闘機 32機) |
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ノフトフィリア連邦軍 ・連邦空軍第25戦闘飛行隊(F-26D戦闘機 12機) |
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ベルンカステル国際旅団 ・航空戦団第9戦闘飛行隊(LG-79 多目的戦闘機 50機程度) |
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みどない共和国軍 ・海軍第一艦隊(F-02 シーストライカー 32機、F-03 シータロン 12機、F-04 シーホークス改 72機、F-05 スカイファントム 24機) |
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![]() SEAD任務に投入された瑞州国防軍のF/A-13C(同型機)。同軍撮影。 |
D-Day当日、攻撃はおおむね4時間程度で出撃から攻撃、帰投までを遂行し、6時間後に再出撃がかかっていた。実際、D-Dayの作戦開始4時間後(H+4)までに第一次攻撃隊はネストニア国内の基地に収容されていたが、6時間後(H+10)には稼働機の再度出撃が行われていた。当然予備パイロットも動員されていたが、司令部の戦果拡大に対する焦りから生まれたこの運用は現場の消耗を招いており、第四次攻撃隊(H+20~H+24)ではパイロットの判断ミスや機器類の故障が発生し、戦果は乏しいものとなっていた。18日、第四次攻撃隊の帰投前に、司令部は攻撃頻度を3分の1に落とし、メンテナンスと再武装に時間を割くことで一致した。合わせて、代わる代わる継続的に展開していた制空部隊は、ヴィラン領空の空対空目標が想定より少ないことから大半が帰投し、以後順繰りに戦闘空中哨戒を実施することとなった。また、攻撃隊や制空部隊の一部が帰投して再出撃するまでの間隙の時間帯には、瑞州軍の指揮下に入るのを嫌って、本作戦自体には参加しなかったものの、ヴィランへの攻撃に飛来した大中華国軍航空軍部隊やモスクワ軍政国機動軍航空部隊が攻撃や制空を担当した [(*4)] 。 | ||||
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20日(D+3)、第六次攻撃の時点で、ヴィラン教団の残存航空戦力は沈黙したことが確認された。有志連合軍は、教団支配地域全域において「揺るぎない航空優勢」を確立し、岩間昌弘上将は爆撃機の護衛が不要になったとまで記者団の前で発言している
[(*5)]
。22日(D+5)の第八次攻撃の時点で、ヴィラン・キンシャサの地上配置アセットを含む防空網はほぼ完全に沈黙しており、おおむねORF-Iの作戦目標を達成したとみて、ORF-IIの発動準備が宣言される。一方有志連合としては陸上部隊の移動の経験を積んでおらず、攻撃発起点への移動は完遂されていなかったことから、引き続き戦果拡大として航空攻撃が引き続き、26日(D+9)の第十二次攻撃までがORF-Iの作戦として行われた。結果、ヴィラン・キンシャサは連合軍の航空戦力に対する有効な捜索・抵抗手段を喪失し、わずかに移動式の対空装備のみが生き残る結果となった。一方で残存アセットからの攻撃を受けた結果、攻撃隊や制空部隊にも被害が生じており、K-1機に4機中破1機小破、瑞州機に2機被撃墜5機中破、西アフリカ機に1機被撃墜2機大破1機中破、ネストニア機に7機中破、ノフトフィリア機に1機被撃墜1機大破4機小破、みどない機に3機大破3機中破という少なくない被害が出ている。被撃墜機以外は全て帰還し、撃墜されベイルアウトしたパイロットは戦闘捜索救難活動により、行方不明になった瑞州軍パイロット(少佐)以外は全員が生還した。 |
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| 3月27日:第二次・第三次作戦(ORF-II/III) | |||||
| 26日までに有志連合軍陸上部隊の攻撃発起点への移動および補給・後送体制の構築が完了したことから、27日午前0時(D+10/H2+0)、ヴィラン・キンシャサが支配する地域を制圧するための本格的な地上侵攻を目的としたORF-II、およびその航空支援を目的とするORF-IIIが発動された。ORF-Iにおいて敵防空網を制圧し制空権を確保していることを前提とし、地上進攻部隊を前進させるORF-IIにおいては、ヴィラン・キンシャサのテロリズムを支える、対外戦争・対外諜報能力の喪失を作戦目標としていた。また、ヴィラン・キンシャサを進撃する陸上部隊の航空支援を実施するORF-IIIの実施部隊はORF-Iと同一であり、ORF-II-A/B両部隊に帯同するアバルト前線航空統制部隊は、前線の支援要請をORF-III部隊に伝達していた。さらにORF-IIIの一環としてアークランド、聖オストン、大エンダーのヘリ部隊はその機動力と攻撃力を活かし、ORF-Iにおける撃ち漏らし等の掃討を実施していた [(*6)] 。補給体制は各国の兵站部隊が構築した他、THE A.R.K.C. SYNDICATEの一部門であるAtlanta Vison Groupが関与しており、連合軍として莫大な量となる兵站を十全に整備していた。 | ![]() ORF-III発動に伴い、空港を出発する大エンダー軍第7親衛空中機動空挺師団隷下第6空中機動戦闘大隊。同国対外情報庁現地協力者によって撮影された。 |
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H2+0時、有志連合軍は複数の攻撃ルートからヴィラン・キンシャサ支配地域に進攻を開始した。重装備かつ派遣国がアフリカに近い諸国で構成されるORF-II-A部隊(イタリア、アークランド、中央アフリカ、西アフリカ、聖オストン、大オーストリア帝国)の攻撃発起地点は西アフリカと設定されていた。A部隊は北部から進攻、南進し、ヴィラン・キンシャサにおいて聖地および経済中心となっている都市および施設を占拠、およびその破壊を企図していた。軽装備であるORF-II-B部隊の攻撃発起地点(K1 PMC、ノフトフィリア、ネストニア、聖オストンの一部)はネストニアと設定され、ヘリボーンなど機動性の高い進軍手段を採り南部から進攻、北西へ進むことを命じられた。K1 PMCとノフトフィリア、聖オストンの特殊部隊はヴィラン側首都・キンシャサや南部主要地域での奇襲作戦を実施し敵戦略指導部を混乱させ、および焦点誘導によりA部隊を掩護することを任務とし、ネストニア軍師団は彼らをキンシャサまで送り届け、ヴィラン陸上戦力による反撃を防止し、軽歩兵たる特殊部隊員を保護することを目的としていた。 航空戦力こそ失ったものの、ヴィラン・キンシャサ教団は主要都市に要塞化された防衛陣地を構築しており、市街地での激しい抵抗が予測された。教徒の中には自爆攻撃を厭わない強硬派も多く、有志連合軍は予想以上の人的損害を被る可能性に直面した。 |
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| 陽動作戦「ウェスタン・エクスプレス」 | |||||
![]() ウェスタン・エクスプレス作戦中の聖オストン陸軍特殊作戦コマンド・第70降下猟兵大隊第3中隊と特殊作戦コマンド・第90特殊作戦航空連隊GH-65汎用ヘリ(特殊作戦仕様SOGH-65)。同軍広報撮影。 |
27日午前1時(H2+1)、海上艦艇から発進したB部隊の一部(聖オストン:第70降下猟兵大隊第3中隊、第90特殊作戦航空連隊、第44特殊戦術飛行隊Team3 [(*7)] 、大エンダー:第61空中機動歩兵大隊)が、首都キンシャサに対してヘリボーンによる強襲を敢行した。作戦開始コードは「クラレント」であった [(*8)] 。ヴィラン・キンシャサの大西洋へのアクセスは西部の主要都市であるポワントノワールに集中し、防衛部隊も多数配置されていたが、彼らの対空装備はIII部隊の空爆により破壊されており、頭上を飛び越えていく第90連隊を阻止することは叶わなかった。一部の部隊はヘリコプターを用いて追撃することを試みたが、発見次第III部隊の戦闘機が急行し撃墜したため、追撃すら諦めざるを得なかった。また時間を調整し、大エンダー軍の第80空中機動歩兵大隊の援護を受けながら、コンゴ川河口からベルンカステル国際旅団(BIB)陸上戦団の砲艦や、輸送艦から発進した輸送艇が遡上し、艦砲射撃および強襲揚陸によって付近のキトンブ市の部隊を封殺していた。かくして首都キンシャサ郊外に到達した第3中隊は数日間にわたり市街地周辺でゲリラ的な陽動と情報収集を行い、敵防衛部隊の注意と戦力の一部を主要戦線から引き付けることに成功した後、撤収した。 | ||||
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このような陽動は「ウェスタン・エクスプレス(西岸急行)」と呼ばれ、4月6日(D+18)から数日間、17日(D+29)から数日間にも行われた
[(*9)]
。またこれらの陽動と並行して、ORF-AP/A/Bの各部隊や西アフリカの爆撃機部隊によってキンシャサ中枢部への精密なミサイル攻撃が実施されていた。この攻撃は教団指導部に圧力をかけ続けると共に、後の本格的な地上部隊による攻撃に備え、残存する重要インフラや指揮通信拠点を破壊する目的があった。結果としてヴィラン・キンシャサは、ORF-II-A/B部隊の進攻正面へのリソース配分に加え、首都への防衛リソースを割き続ける負担を押し付けられたままであった。 |
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| ORF-II-B部隊の戦闘 | |||||
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B部隊への部隊割当は以下の通りである。また、これらのヘリボーンや空挺作戦を支援する輸送機部隊が各国から派出されている。このうち、ネストニア共和国連邦軍は派遣戦力決定の段階では第一軍介入戦力部隊として第6~10歩兵師団、第2機甲師団を準備していたものの、作戦策定の段階で他国高官や軍参謀から戦力過剰と批判されたり、あるいはネストニアの領土的野心を疑われたりした。このため第9・第10歩兵師団および第2機甲師団のB部隊への参加は取りやめとし、ヘリコプター等との連携を前提とし前進可能な編制を残している。 |
![]() ![]() ORF-II作戦のB部隊で任務中の聖オストン海軍特殊作戦コマンド・第51特殊任務部隊ドーラ分遣隊と特殊作戦コマンド・第90特殊作戦航空連隊GH-65汎用ヘリ(特殊作戦仕様SOGH-65)。同軍広報撮影 [(*10)] 。 |
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K1 PMC ・瑞州支部所属 スペシャルチーム22X(KPMCZF22X)特殊作戦遂行部隊(73名) |
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聖オストン王国王立軍 ・王立特殊作戦コマンド ・海軍第51特殊任務部隊ドーラ分遣隊(36名) ・陸軍第70降下猟兵大隊第3中隊(120名:「ウェスタン・エクスプレス」に参加) ・第90特殊作戦航空連隊(SOGH-65汎用ヘリ 20機:「ウェスタン・エクスプレス」に参加) ・空軍第44特殊戦術飛行隊Team3(8名) |
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ノフトフィリア連邦軍 ・統合軍第203特殊強襲作戦群 2個中隊(計240名程度) |
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ネストニア共和国連邦軍 ・連邦陸軍第一軍介入戦力部隊(第6・第7・第8歩兵師団:一コ師団あたり6000名で計18000名) |
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ベルンカステル国際旅団 ・航空戦団 ・ABF02「ジークフリート」降下猟兵連隊第2大隊(400名程度) ・陸上戦団 ・武装擲弾兵師団第2「ナルツィッセ」師団第2旅団第1連隊(1620名程度:「ウェスタン・エクスプレス」に参加) ・1004号計画型砲艦(「ウェスタン・エクスプレス」に参加) |
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進攻開始後、連合軍の中で最初に大規模な戦闘を展開したのはB部隊本隊であった。3月28日(D+11)、南部方面の戦略的要衝であるルブンバシ市(Lubumbashi)の空港に対してB部隊が強襲を仕掛けた。B部隊主力は特殊作戦(潜入浸透)と空路を用いた輸送機による空挺作戦を組み合わせ、4日間の激戦の末に空港とその周辺の要衝を確保した。これにより、有志連合軍は南部における大規模な兵站拠点と航空戦力の展開拠点を獲得した。確保されたルブンバシ空港は後方支援部隊で構成されるORF-AP/C部隊によって整備され、以後前線拠点として使用された。 B部隊は以後、カナンガ空港(Kananga)やバサラ空港(Busala)といった、南部から首都に向けた進撃ルート上の各空港や都市に同じ作戦を仕掛け、やはりいずれも奪取後に前線の拠点として使用された。内陸部要衝であるカナンガ空港は4月5日(D+17)から2日で確保され、兵站線の中継拠点として機能した。またバサラ空港は4月12日に確保されたが、同空港では連合軍に対する抵抗はほとんどなく、迅速に制圧された。この空港は首都キンシャサまで約400kmという近接地点にあり、敵の防空網も沈黙していたことから、これまでB部隊の一部が西部海上から進出し行っていた首都への強襲的陽動の必要がなくなり、この空港が首都への継続的強襲のための前進作戦基地(FOB)として整備された。 |
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| ORF-II-A部隊の戦闘 | |||||
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A部隊への部隊割当は以下の通りである。人員はおおむね1,5000名を超える程度で、3個旅団分の打撃力とみなされた。 |
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アークランド亡命政府軍 ・アフリカ戦闘軍団(T-50中戦車 20両、An-10重戦車 13両、Tr-15攻撃ヘリ 5機、Sh-14輸送ヘリ 7機、歩兵 1300名) |
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イタリア王国軍 ・第一戦車師団、第二歩兵師団(CV33豆戦車 25両、CA16快速戦車 13両、歩兵 5200名) |
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サンマリノ信託委任統治領中央アフリカ ・(ネーヴェ主力戦車 12両、輸送ヘリ 14機、歩兵 1100名程度) |
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聖オストン王国王立軍 ・王立陸軍 ・第25戦車中隊(1号戦車 15両) ・第7砲兵中隊(1号自走榴弾砲 15両) ・第9機械化歩兵中隊(130名) ・第2衛生大隊(250名) ・第7戦闘工兵中隊(1型戦闘工兵車 15両、戦闘工兵 80名) ・王立空軍特殊作戦コマンド ・第500特殊降下猟兵連隊第2大隊第4中隊(120名) ・第44特殊戦術飛行隊Team1(8名) [(*11)] |
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大オーストリア帝国 ・五貴族会議第1RfA戦車旅団(戦車、自走砲、装甲装輪車、レーダー車、榴弾砲など一般的な旅団、2945名) ・クスター・ライブ社第2国家公認傭兵大隊(輸送機多数、機械化歩兵:480名) |
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統合古代都市国家ファントム統合軍 ・統合機動陸軍特殊両用即応部隊 ・2個混成即応歩兵大隊(兵員約1200〜1400名/機甲要員約600名、EWL-LAV-IMV Type 02 Mk.1 mod.0 90両、EWL-AMWV Type 02 Mk.2 mod.1 15両、EWL-AMTV Type 02 Mk.2 mod.1 45両) ・1個混成砲兵中隊(EWL-SPA-G type 02 Mk.3 mod.1 5両、EWL-SPA-R type 02 Mk.3 mod.0 5両、EWL-AAMFU type 02 Mk.1(A,B,C) mod.0 5両(短3両/中1両/長1両)) ・1個混成機甲中隊(EWL-MMBT type 02 Mk.4 mod.0 120A 1両、EWL-MMBT type 02 Mk.2 mod.2 4両、EWL-AMTV Type 02 Mk.2 mod.1(軽戦車形態)10両) ・1個後方支援小隊(EWL-MCSS type 02 Mk.1 mod.0 5両) ・1個補給整備小隊(EWL-AC type 02 Mk.1 mod.0 5両) ・1個ヘリ小隊(EWL-UH type 02 Mk.1 mod 0 5機) |
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西アフリカ合州国軍 ・合州国陸軍 ・第17歩兵連隊 ・第330歩兵大隊 [(*12)] ・第4機甲連隊 ・第112戦車大隊(クルセイダーMk.7 48両、センチュリオン 5両) ・第216機械化歩兵大隊(M10IFV 80両、歩兵 640名) ・第510砲兵大隊(アーチャーMk.2 48両、M193弾薬運搬車 48両) ・第405後方支援大隊(トラック 200台、タンクローリー 128台、車両(ハンヴィー)30台、戦車回収車 24両、整備兵 240人、通信車 2台、歩兵 240名、M11騎兵戦闘車 16台、M13APC 16台、M22救急車 4台、軍医 4名、衛生兵 60名) ・第431後方支援大隊(トラック 100台、タンクローリー 64台、車両(ハンヴィー)25台、戦車回収車 12両、整備兵 120人、通信車 1台、歩兵 140名、M11騎兵戦闘車 8台、M13APC 8台、M22救急車 4台、軍医 4名、衛生兵 60名) |
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重装備かつ鈍足であるA部隊は西アフリカ側国境から進発し、国土の北部および内陸部の重要拠点を順次制圧していった。4月に入るまではヴィラン陸上部隊との小規模ながらも激しい戦闘が連続しており、スアンケ(Souanké)での戦闘は3月29日(D+12)から2日間、サンベ(Sembé)での戦闘は4月2日(D+14)から3日間で、いずれもA部隊が制圧を完了した。これは、首都への進軍ルート沿いにあるヴィラン軍の小規模な前哨基地や抵抗勢力を無力化し、進軍路の安全を確保する上で重要であった。また、ヴィラン・キンシャサ北部に点在してテロ資金獲得の源泉になっているいくつかの鉄鉱石採掘場や、天然資源の採掘を行っている鉱業地区も合わせて制圧された。 10日(D+22)、ケッタの三叉路という戦略的に重要な交通結節点の奪取を目的とした、ORF-IIにおける最も激しい戦闘の一つである「ウェッソ=ケッタの戦い」が勃発する。A部隊とヴィラン陸上部隊が正面から衝突したこの戦闘では、ヴィランの防衛部隊の激烈な抵抗に遭うも、III部隊による近接航空支援も届き、14日(D+26)までに三叉路はA部隊の管制下に置かれた。この後、A部隊の主力は進軍を継続したが、いくつかの部隊はウェッソにおける敵残存部隊の掃討と治安維持を実施し、後方連絡線(LOC)の安全を確保した。しかしこの戦闘での被害も大きく、一部では功に逸った現場指揮官の力押しによる勝利と見る向きもある。また大規模な戦闘直後の、ペースを落とさない進軍継続もあり、現場将兵の疲労は高まっており、兵站線への負担も増大していた。 24日(D+36)には首都への進軍路の要衝に位置するオワンド砦を巡る「オワンド砦の戦い」が始まった。付近の主要都市オヨ(Oyo)から出撃したヴィラン軍の増援部隊との戦闘により、こちらでも連合軍は苦戦を強いられた。籠城戦となったヴィラン軍を相手に、最終的に一週間近くをかけてオワンド砦を制圧し、連合軍は首都キンシャサへの主要な防衛線の突破口を開くことに成功した。 |
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| 海上の動向 | |||||
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海上においては、大西洋側(アフリカ西岸)を管轄範囲とするORF-AP/A部隊が、地中海・紅海・インド洋側(アフリカ北岸~東岸)を管轄範囲とするORF-AP/B部隊がそれぞれ活動していた。このうち、作戦初日から艦対地ミサイル攻撃を行っていた艦艇は、AP/A/B任務の傍ら、II-A/Bにおける地上部隊を支援するために引き続き攻撃を行っていた他、ヴィラン・キンシャサ以外にも活動しているアフリカのヴィラン系勢力の動向にも気を配っていた。各国の早期警戒管制機や電子戦機、哨戒機も攻撃誘導の他情報収集に当たり、ヴィランの目標情報を丸裸にした。 AP/A部隊への部隊割当は以下の通り。 |
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瑞州合衆国連邦国防軍 ・国防海軍第5空母打撃群 ・第12駆逐隊(ミサイル駆逐艦 4隻) |
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西アフリカ合州国軍 ・合州国海軍第三艦隊(TF-30/31/32/33:アンドロメダ級空母 1隻、リヴェンジ級原子力巡洋戦艦 1隻、ヴァルキリー級揚陸艦 1隻、アトランタ級防空巡洋艦 3隻、クリーブランド級重ミサイル巡洋艦 2隻、夕張型諜報巡洋艦 1隻、冬月型防空駆逐艦 4隻、改陽炎型補給艦 2隻、ツリー級原潜 2隻) ・合州国海軍第六艦隊(TF-60:冬月型防空駆逐艦 4隻、ツリー級原潜 4隻) ・合州国海軍第九艦隊 ・TF-91所属第十七巡洋艦隊(原子力防空巡洋艦 4、原子力諜報巡洋艦1) ・沿岸警備隊 |
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| AP/B部隊への部隊割当は以下の通り。 | |||||
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K1 PMC ・アストリア基地海上戦力所属 1F02艦隊(空母 1隻、重巡洋艦 2隻、巡洋艦 4隻、特殊艦艇 2隻) ・海外派遣戦力所属 EC2B艦隊(重巡洋艦 2隻、巡洋艦 4隻) |
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ウルクイナ共和国軍 ・海軍第9艦隊(空母いぶき 1隻、海霧型汎用艦 4隻、改修支援艦アトラス 1隻、F17スワロー 25機) |
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サンマリノ軍 ・海軍対テロ特別編制軍(セラヴァッレ型航空母艦 1隻(艦載機:輸送ヘリ 5機)、ギガンテ型航空母艦 1隻、(艦載機:アクィラ.04.セリエII 17機)、ネッビア・スル・マーレ型フリゲート 1隻) |
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シークヴァルド=アストリア聖国聖立国防軍 ・聖立海軍第3空母航空団 ・第204戦闘飛行隊(ALVA-20戦闘機 8機、艦隊上空直掩) |
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聖オストン王国王立軍 ・王立海軍第2艦隊(シュネーヴィント級巡洋艦4隻、ノーベン・ツェッペリン級原子力双胴強襲揚陸艦1隻) ・王立海軍第5艦隊(シュネーヴィント級巡洋艦4隻、ヴァインセルン級原子力戦艦1隻) |
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大オーストリア帝国 ・紀式家第99独立艦隊(Prinz der Welt級巡洋艦1隻、てんくう型護衛駆逐艦2隻) |
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統合古代都市国家ファントム統合軍 ・統合国防空軍第1機動航空団 ・P-1A哨戒機飛行班(4機) |
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ネストニア共和国連邦軍 ・海軍第一戦隊(戦艦 2隻、軽航空母艦 1隻、巡洋艦 4隻、駆逐艦 6隻、フリゲート艦 11隻) |
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ノフトフィリア連邦軍 ・連邦海軍第2艦隊 ・第24水上戦闘群(DDG-91 ルファイト) ・第48水上戦闘群(FF-21 フィロント、FF-33 カルツェル) |
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みどない共和国軍 ・海軍第一艦隊(ミカ級原子力航空母艦 1隻、サムエル級軽航空母艦 2隻、瑞穂型戦艦 1隻、ノア改型汎用護衛艦 2隻、サラ型防空護衛艦 10隻、エレミヤ型輸送艦 3隻) |
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一方で4月19日(D+33)午後11時頃、アラビア海と紅海を結ぶ海上交通の要衝であるアフリカの角東部の沖合にて、ORF-AP/B部隊の一部として警戒任務にあたっていたウルクイナ共和国海軍第9艦隊が、ミサイル艇4隻による対艦ミサイル攻撃を受けた。これらのミサイル艇は「アデンのヴィラン」を名乗り、海賊として艇を拠点に紅海やアラビア海を航行する船に襲い掛かるヴィラン教徒たちのもので、ヴィラン・キンシャサに同調したとみられる。ORF-AP/Bの対象範囲が広大だったこともあり、それまで彼らのミサイル艇は捕捉されておらず、アフリカ大陸東岸のいずこかから出撃したアデンのヴィランは第9艦隊に対する奇襲に成功した。この奇襲により第9艦隊は、海霧型汎用艦1隻に中破、艦隊旗艦の空母「いぶき」に至近弾による小破の被害が生じた。いぶきは若干の損傷を受けながらも艦載機の射出に成功し、他の健在である同艦隊所属艦4隻の支援を受け、翌20日午前1時30分までにはアデンのヴィラン4隻すべてを撃沈せしめ、これを殲滅した。この後、第9艦隊の戦闘詳報を受けたORF司令部は、この事件は氷山の一角であり、アフリカ沿岸には未だ未捕捉のヴィラン系海上戦力がいることを前提として警戒に当たるよう、全部隊に呼び掛けている。 |
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| 作戦終了 | |||||
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5月5日(D+51)、ヴィラン軍が最終防衛線として設定したンゴにて、A部隊との戦闘が勃発した(ンゴの戦い)。この都市を落とせば首都キンシャサまで地理的にほぼ一直線となることから、ヴィラン軍は教団の存亡をかけて決死の抵抗を見せ、有志連合軍も多大な犠牲を払いながら戦闘を継続した。これは、作戦の最終段階における士気の高さと戦闘の激しさを示すものであった。 しかしンゴでの激戦が続く最中、狙撃を受けていた桐野大統領が7日(D+53)に意識を回復し、大統領権限が中口大統領代行から返還された。大統領は戦況と国際情勢の現状を把握した後、攻撃中止命令を発令した。瑞州軍は直ちに攻撃を中止し、これ以後、有志連合軍の他の部隊もそれに倣い、戦闘を停止した。しかし、一部の強硬な部隊や戦闘に深く関与していた部隊は、命令への不満や現場の混乱から、最後まで作戦中止に反対の意を示し一時はAFRICOMの統制から外れ戦闘を継続したものの、最終的には12日(D+58)までに攻撃を中止した。この攻撃中止命令により、ORFは完全な軍事的勝利を収めることなく終結したが、ヴィラン・キンシャサ教団の軍事力を大幅に削減し、戦略的な要衝を確保するという一定の成果を上げることとなった。 |
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| 作戦終了後・戦後処理 | |||||
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戦後の不安定な占領地域を暫定統治する組織として「地域安定化を目指す連合諸国(United Nations Aiming for Regional Stabilizing、UNARS)」が結成され、有志連合軍は移行期間を経たのちに撤収し、同組織が該当領域の再建任務に当たることになった。しかし桐野大統領が撤収指示を下した時点で有志連合軍はキンシャサを陥落せしめていなかった、つまりヴィラン・キンシャサの中央教団は被害を受けていたものの未だ健在であり、表面上はUNARSの暫定統治に協力することを約束していたが、不満も積み重ねていた。またUNARSは、今回の作戦の発端となったテロ事件を、ヴィラン・キンシャサの宗教的権威に原因を求め、宗教に頼らない民政に移管することでその原因を排除し国際秩序の再建に取り組むつもりだったが、それも中央教団の顰蹙を買った。 UNARS参加国は右表通りである。このうちシランナ社会主義連邦共和国は、有志連合と容赦なき憤怒作戦には参加していなかったが、UNARSには新たに参加することとなった。また瑞州は提唱国として6000人規模の人員(文民2000人、武官4000人)をUNARSに派遣していたが、後述する誤爆事件の現地調査をヴィラン側に認めさせる代わりに、国際社会の圧力のもと10月末までの人員撤退で合意した。これに伴い瑞州の抜けた穴を埋めるため、各国の派遣人員は若干増加した。 10月20日、UNARSはヴィラン・キンシャサ地域の再建のための国政選挙の12月の実施を告示した。これまで神権的な政治体制を運営してきたキンシャサの教団首脳部は選挙の実施に猛反発したが、交渉の結果、各選挙区の候補者に教団幹部を立てることで合意した。これに対し、容赦なき憤怒作戦で占領されていた中部カナンガ地域を中心とする一派は、リベラル、あるいは国際協調的な考えに基づき、教団首脳部を批判するに至った。UNARS各国は選挙支援業務を実施するとともに、各都市圏に割り振られた選挙区の選挙監視任務に就いた。 12月20日に投開票が行われ、全選挙区全体ではヴィラン・キンシャサが立てた候補者たちが44.825%の得票率を得た一方、中部カナンガ地域を中心とする穏健派(民主派・反教団派)は55.125%の得票率を得る辛勝として終了した。選挙区単位で見ると、オストンが選挙監視を担当した地区ではキンシャサ側が98%もの圧倒的な支持率を得たところもあれば、ウルクイナ担当地区のように穏健派が100%の支持率を叩き出し文字通りの「完勝」に終わった地区もあった。 |
地域安定化を目指す連合諸国 United Nations Aiming for Regional Stabilizing |
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| 概要 | 「容赦なき憤怒作戦」で有志連合が占領したヴィラン・キンシャサ支配地域の情勢安定化のため、安全保障、政治、経済等の国際協力を目的とする国際機関 | ||||
| 略称 | UNARS | ||||
| 状況 | 活動中 | ||||
| 活動開始 | 統一暦205年7月1日 | ||||
| 活動地域 | ヴィラン・キンシャサ | ||||
| 参加国 | |||||
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この結果を受けて、国政の場にて圧倒的ではないものの有利状況を手にした穏健派はUNARSと協力して秩序の再建を目指すことを表明したものの、ヴィラン・キンシャサ中央教団は不正選挙が行われたとして、穏健派とUNARSを大々的に非難した。特に穏健派は、敗北主義者あるいは外国の蛮族の傀儡とみなされ、繰り返し糾弾された。穏健派も黙っておらず、中央教団こそが、「神側の奸」となり果てた神官たちの腐敗を放置し、有志連合による介入を受ける要因を作り出した、国際政治の何たるかを理解していない恥知らずな集団として非難した。国政選挙を受け勢力図が入れ替わった「教徒評議会」は神官たちのコントロールから離れつつあったが、もとよりどちらかが圧倒的多数を獲得するような状況ではなかったため、中央教団とほぼ一体化していた評議会は中傷と弾劾決議案、ボイコットの嵐が吹き荒れ、すぐに機能不全を起こした。翌206年1月、この状況に業を煮やした穏健派は、中央教団の統制を離れ自分たちこそがアフリカ系ヴィランの中央を担うべきとして、カナンガ市を拠点として「南部同盟(俗称:ヴィラン・カナンガ)」の設立に至った。UNARSも南部同盟に同調し同組織に対する支援を行うことを決定したが、キンシャサ中央教団と南部同盟というアフリカ中部のヴィラン勢力が並び立つことで、秩序の再建はもはや望めない状況へと陥った。 以降の状況についてはヴィラン国家ページを参照のこと。 |
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| 評価 | |||||
| 各国の思惑 | |||||
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本作戦は瑞州大統領という国家元首へのテロ行為をきっかけに、それへの報復として始まった性格が強く、中口大統領代行の見解と一致する「現代国家体制への挑戦」とみなして瑞州主導の有志連合に参加する国が続々と現れたことが国際社会の対テロ・報復への支持を象徴していると言える。しかし、医療系NPO団体や陸軍工兵部隊を送り込んで民生支援を行ったトンガ帝国のように、作戦中の人道的懸念の表明と国際的な人道支援の呼びかけを行った国もあり、またそれらの国々の主張としては、テロへの反対を表明しつつ、本作戦を宗教弾圧と捉え、実質的にヴィラン教を滅ぼしかねないものと危惧するものでもあった。中にはドイツ国国営放送のように、無人機や人工衛星を駆使して情報収集にのみ努めるなど、一歩引いた立ち位置から作戦を傍観していた国もあった。 また、各国幕僚が派遣されたAFRICOM内の作戦司令部も一枚岩ではなかった。特にイタリアやアークランド、モスクワはアフリカ地域への関与を強め、影響力を行使することで自国勢力圏に取り込むことを以前から画策しており、それを察知して反発した西アフリカやネストニアが大規模な部隊動員により牽制するという構図も見られたことは、後日の各国高級軍人への取材や調査で明らかになっている。 さらに表立った行動ではなかったものの、自国の利益追求のための動きがあったこともいくつか確認されている。例えばアストリア軍はヴィラン保有戦力の偵察を主目的に派遣されていた他、聖オストンは大統領狙撃事件の遠因ともなったアルファウイルスについて、現地人道支援の傍ら、捕虜や遺体を回収しアルファウイルスのワクチン開発に使っていたのではないかという疑惑が指摘されている。作戦に参加しておらず、同時期に人道支援を行っていたトンガについても、難民キャンプを通じた現地の情報収集とコネクションの獲得を目的として支援を行っていた節がある。 本作戦を主導した瑞州は、実際のところORF-IIにおける陸上作戦に兵力に送っておらず、この点においても批判する声が上がっている。しばしば言及されるのは、陸上進攻に伴うコストを、有志連合の名の下に他国に支払わせたという批判や、他国の兵力を借りた瑞州帝国主義によるアフリカの「侵略行為」であるという批判である。瑞州がその国防陸軍や海兵隊を派遣しなかったのは事実だが、いくつかの反論が瑞州高官や瑞州軍高級将校が試みており、瑞州は各国の戦費の半分以上を海外援助の名目で負担したり、兵站強化によりそれを支えていたりして、戦略指揮上の責任は果たしていたという言及がいくつかある。また、中口大統領代行の強硬姿勢にもかかわらず瑞州が航空部隊等の派遣に留めていたことは、(遠隔地での作戦展開という問題もあるが)そのこと自体が瑞州の、桐野大統領以来の継続的な抑制的態度を示していて、瑞州としては空爆で手打ちにするのが理想であり、ヴィランへの陸上進攻を行うのは本意ではなかったというのは、いくつかの国際政治学者から指摘されているところである。ただしこれについては大統領らが内心を明かすことはないために検証することは不能であり、また狙撃された当人である桐野大統領が作戦を中止し、のちに作戦中の瑞州軍の不手際について国際法廷を開くことで合意しながら、この作戦について否定的な発言を一切していないことには留意が必要である。 |
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| 兵站負荷 | |||||
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作戦そのものについては、有志連合による現代の軍事作戦として、極めて短期間での航空優勢の確保と、それに続く迅速な地上侵攻という面で一定の戦術的成果を上げた。これまでお互いに経験のない、かつ前例のほとんどない規模での共同作戦が展開されたため、兵站にかかる負担が通常の軍事作戦の比ではなくなったことが、戦後の公式・非公式な評価報告書において、最大の批判点の一つとなっている。 第一に、参加国が多岐にわたったため、燃料規格、弾薬の口径、通信機器の周波数、さらには医療品の標準に至るまで、全てが異なっていた。Atranta Group社や瑞州の輸送機部隊、聖オストンの後方部隊、みどないの軽空母及び輸送艦、補給艦は兵站の構築に全力を挙げていたが、限界があった。特に地上侵攻を担ったII部隊では、複数の国の戦車・装甲車が混在し、その部品と燃料の供給だけでも、通常の単一国家による作戦の数倍の複雑性を要していた。また、多国籍司令部は、各国の法的な制約や政治的思惑、そして異なる軍事ドクトリン(教義)を持つ参謀陣で構成されていた。このため戦術的な意思決定においても、各国の司令官や政府との調整が必要となり、迅速な対応が求められる局面で判断の遅延が頻繁に発生していた。これは参加国ごとに交戦規定が異なっていたため、ある部隊が攻撃を躊躇している間に、別の部隊が危険にさらされるという状況に象徴される。 第二に、航空作戦(ORF-I/III)においては、精密誘導兵器の迅速な再補給が課題となった。在庫管理と輸送の手順が各国間で統一されていなかったため、ある国が特定のミサイルを大量に消費した際、他国の備蓄を融通するための手続きが複雑で時間がかかり、攻撃頻度の低下を招く原因となった。これは、3月18日(D+1)での攻撃頻度抑制の判断にも影響した。同様に航空作戦で問題となったのは情報共有・通信システムの問題である。敵味方識別装置(IFF)については本作戦での暗号鍵を共有したことで彼我識別が可能となったが、各国が使用するC4Iシステム(指揮・統制・通信・コンピューター・情報システム)は基本的に独自規格であり、統合された戦場共通図(COP)の作成は困難を極めていた。特に瞬時の状況判断が求められる航空戦において情報の非共有は重大な問題であり、各国の戦闘機同士がオープンチャンネルで無線通信を行い、第三者に傍受されるなどの問題が発生した。また脅威認識にも影響を与え、情報伝達が遅れた結果いくつかの被害が生じた可能性も指摘されている。一方で、アバルトは兵站支援の一環として戦場空中通信ノード(BACN)機を派遣しており、各国毎のUHF・VHF通信や、中継対応可能な互換性のある指揮統制システム同士をある程度中継していた [(*13)] 。しかし、作戦規模に対してBACNに従事するアセット数が全く足りておらず、全アセットを戦場に展開する「フルソーティ」状態でも、作戦強度に耐えうる可動力を発揮し得なかった。 第三に、5月7日(D+53)の突然の攻撃中止命令は、最前線に展開されていた大量の物資(弾薬、燃料、食糧、予備部品)の輸送計画を一瞬で破綻させた。これは作戦が政治的な理由で突然停止・再開されるリスクを織り込んでいなかったことを起因としており、のちに物資の在庫管理と輸送計画に柔軟性を持たせる新たな兵站ドクトリンの必要性が各国で提唱された。本作戦は、テロとの戦いにおける国際共同作戦の可能性を示す一方で、その実現には軍事技術や戦術だけでなく、国際的な兵站・行政・法制度の統一が不可欠であることを示した、歴史的な教訓となった。 |
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| 作戦中の事件・事故 | |||||
| ヴィラン側の戦争犯罪 | |||||
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元より過激セクト(分派)であるヴィラン・キンシャサは、遵法意識が低く、本作戦における戦闘の最中、国際法違反の疑いの強い行為が当時国・組織や第三者監視によっていくつか報告されている。 例えば、3月29日(D+12)のルブンバシの戦いの中で、ヴィラン側に捕らえられたK1 PMC スペシャルチーム22Xに属する社員4名は、友軍による救出が間に合わずヴィラン支配地域奥地まで移送されたが、彼らは国家(ネーション)に所属していないことから、戦闘員としてヴィラン側に見なされず、されど交渉カードとしての捕虜の価値が低いことから、4月2日までに全員が殺害されている。このときヴィランはK1上層部に対して、彼らの殺害を記録した映像(スナッフフィルム)を送付したとされ、4名の中には斬首された者や、銃剣刺突を繰り返し受けたのち絶命した者もいたとされている。慣習戦時国際法上、捕虜は保護される地位にあり、かつ保護される地位にある人物の恣意的な殺害は違法とみなされている。また、拷問、残虐または非人道的な扱い、および個人の尊厳を奪う行為についても禁止されており、この点においても違法である可能性が高い。 |
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| 連合軍側の戦争犯罪 | |||||
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瑞州国防空軍第171遠征戦闘飛行隊はORF-IやORF-IIIに割り当てられ空爆任務を実施していたが、5月2日(D+50)の任務で誤爆を引き起こした。彼らは事前の諜報活動により判明した東部バンガディ地域の軍事目標を爆撃したが、実際にバンガディ地域にあったのは民間の避難所群であり、爆弾の直撃を受けた避難所は全損し、また他の損傷を受けた避難所を含め50名以上の死傷者を発生させた。またこの避難所は、イタリア王国の民間ボランティアの手で運営されており、同国国民46名も巻き添えとなった。この事件はちょうど付近に潜入していた外国人記者の知るところとなり、世界的なスクープとして各国を駆け巡った。この不祥事により、自国の臣民を殺害されたとして、イタリアは反瑞州キャンペーンの旗手となり、他の国家群も「本来不可侵である臣民の生命権への挑戦」としてそれに追随した。各国はこれまでの瑞州の(半ば行き過ぎた)法治主義および慣習国際人道法の観点から、刑事裁判の開廷を視野に入れた、有志諸国による国際的な調査を要請し、瑞州は圧力に負けこれを受諾した。一方で、慣習法によって巻き添え被害については最小限度の範囲で認められ得るという立場や、反帝政の立場から、瑞州を弁護する国も現れていた。 裁判については瑞州特別司法裁判所を参照のこと。 |
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| その他の特異的な出来事 | |||||
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アストリア 先述した通り、アストリア軍はヴィラン保有戦力の偵察を主目的に派遣されていた。この一環として、ORF-Iの期間中である3月19日(D+2:第五次攻撃)、ヴィラン側にアストリア側の技術が流出した結果製造された可能性のある第五世代新鋭機の破壊任務が発動され、アストリア聖立海軍部隊 [(*14)] はこの任務中のみ別動隊として、ORF-IおよびORF-AP/Bの主目的(制空および艦隊直掩)からは独立した任務を遂行することとなった。聖国情報監察局A.R.C.Hは当該戦闘機を「VFA-2」と特定し、コードネーム「ヴォイド(Void)」と命名した。 19日当日、先遣隊として出撃した第204戦闘飛行隊所属の8機はヴォイドと推定される敵戦闘機2機の奇襲を受け、2機が撃墜、1機が戦闘行動不能の被害を被った。別空域で行動中であった第44戦闘飛行隊が援護のために急行したが、長時間の空戦の後、ヴォイド2機はアストリア軍の苦戦の末に撃墜された。 |
ヴィラン新鋭機破壊任務でヴォイドを破壊する聖立海軍ALVA-17。 |
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結果としてアストリア軍は当初の想定を上回る第204戦闘飛行隊6機、第44戦闘飛行隊2機の損失を数え、また技術流出防止策や諜報能力の強化など、アストリアにおける対ヴィラン戦略を根本から見直す契機となった。 |
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