原文
De vaine
emprise1 l’honneur indue
2 plaincte
Gallotz3 errans
4 par latins
5 froit
6, faim, vagues
Non loing du Tymbre
7 de sang
8 la terre
9 taincte
10,
Et sur humains
11 seront diuerses
12 plagues
13.
異文
(1) emprise 1557U 1557B 1568 1588-89 1589PV 1590SJ 1612Me 1672Ga : emprinse T.A.Eds. (sauf : empris 1590Ro, entreprinse 1668P 1716PR, entreprise 1772Ri)
(2) indue : indeuë 1590SJ 1649Ca 1650Le, induë 1667Wi 1668
(3) Gallotz 1557U 1557B : Galliots T.A.Eds. (sauf : Galiotz 1568 1590Ro, Gallots 1588-89 1589PV 1590SJ 1612Me 1649Ca 1650Le 1668, Galiots 1772Ri)
(4) errans : erran 1649Xa
(5) latins : le tins 1588Rf 1589Me 1612Me, le tin 1589Rg, Latins 1611B 1672Ga 1981EB, latinr 1627Di
(6) froit 1557U 1557B 1568 1588-89 1590Ro 1612Me : froid T.A.Eds.
(7) Tymbre : tymbre 1557B 1589PV, Tybre 1672Ga
(8) de sang : desang 1607PR
(9) la terre : terre 1557B 1589PV 1590SJ 1649Ca, la Terre 1672Ga
(10) taincte : traincte 1605sn 1606PR 1649Xa 1716PR
(11) sur humains : sur humaine 1606PR 1607PR 1610Po 1627Ma 1650Ri 1665Ba 1716PR, sur humainé 1627Di, surhumaine 1644Hu 1653AB, surhumains 1840
(12) diuerses : divers 1772Ri
(13) plagues : glagues 1627Di
(注記)1716PRbはフォトコピーの脱漏により、4行目以外比較できず。
校訂
日本語訳
無為な遠征による名誉、不相応な不満。
船乗りたちは寒さ、空腹、荒波の中、
ラティウムをさまよう。
テヴェレ川から遠くない大地は血塗られる。
人々は様々な痛手を負うだろう。
訳について
4行目plague は、現代フランス語にはない。
古語としては、「傷、痛手」(plaie, blessure)の意味である。
エドモン・ユゲの辞書では、その意味のほか、大地などの広がりの意味のplageの綴りの揺れの意味が掲げられている。
クレベールはplaieと釈義しているが、ラメジャラーやシーバースはそのまま plague(災厄、伝染病)と英訳している。
英語のplagueもフランス語のplaieも、語源はラテン語のplaga(傷、災厄、〔西暦200年以降の用法として〕伝染病)である。
ノストラダムスがラテン語のplagaをフランス語化してplagueと綴ったと理解すれば、「災厄」や「伝染病」の意味を導くことも可能だろう。
クレベールも、plagueが、ラテン語やプロヴァンス語のplaga から来ている語と指摘している。
既存の訳についてコメントしておく。
大乗訳について。
1行目 「名誉はむなしいくわだてに反抗して不平をこぼすようになり」は、やや言葉を補いすぎているように思われるし、indue が訳に反映されていないようにも思われる。
2行目「ガレーはラテン海を通してさまよい つめたく 飢え 戦争と」は、vagueを「戦争」と訳すことが疑問である。もっとも、これは大乗訳のもとになった
ヘンリー・C・ロバーツの英訳でも warになっていた。
3行目「タイバーの近く 地上に血でよこたわり」は、後半が誤訳。
4行目「人類の上に多くの疫病がはやるだろう」は、上述の通り、plagues の訳し方によっては成立する。
山根訳について。
2行目 「ラテン人に入り混って漂う船 寒気 飢え 波浪」は、errant(さまよう、放浪する)を「入り混じって漂う」とするのは、少々強引ではないだろうか。
4行目「悪疫 数度にわたり人類を苦しめよう」は、plagues を「悪疫」と訳すのはよいとしても、それを形容しているdivers(色々な、様々な)を「数度にわたり」とするのが疑問。文脈からは、同時に襲うのか、次々に襲うのかを決めかねるように思われる。
信奉者側の見解
ロルフ・ボズウェル(1942年)は、フランスのヴィシー政権と、それに従わず「名誉、祖国」をモットーに掲げた自由フランスに関連する詩と解釈した。
アンドレ・ラモン(1943年)も、「現下の状況」(=解釈当時の第二次世界大戦中の状況)と解釈した。
ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、ガランシエールの解釈をほぼ写したが、テヴェレ以外の部分は、「起こるであろう事件」の描写と書き換えた。
この解釈は、
娘夫婦や
孫もそのまま踏襲した。
エリカ・チータムは1973年の時点では文字通り一言も解釈をつけていなかった。しかし、その日本語版(1988年)では、1975年にサイゴン(現ホーチミン市、ベトナム戦争までは南ベトナムの首都)が陥落した時のインドシナ難民とする解釈がつけられた(
ラティウムなどの地名が何を意味するのかについての解説はない)。
チータム自身の最終版(1989年)では、近未来の情景との関連を示唆しつつも、かなり漠然とした説明しかしていなかった。
ヴライク・イオネスク(1987年)は、この場合のラティウム(ラテン)は欧州ではなくラテンアメリカ、特にアルゼンチンを指していると
アナグラムから導き、フォークランド紛争(1982年)と解釈した。
2行目のGallotz errans はアルゼンチンの将軍ガリティエリの
アナグラムとした。
3行目のテヴェレ川は、同時期に起きたローマ教皇ヨハネ・パウロ2世のファティマでの暗殺未遂事件とした。
同時代的な視点
定説化したモデルの特定などは見られない。
※記事へのお問い合わせ等がある場合、最上部のタブの「ツール」>「管理者に連絡」をご活用ください。
最終更新:2020年03月28日 00:29