詩百篇第5巻91番


原文

Au grand marché qu'on1 dict des mensongiers2,
Du bout3 Torrent4 & camp5 Athenien6:
Seront surprins par les cheuaulx7 legiers8,
Par9 Albanoys Mars Leo, Sat.10 vn versien11.

異文

(1) qu'on : qu'en 1612Me, qu|on 1627Di
(2) mensongiers : mensongers 1557B 1588Rf 1589Rg 1589PV 1590SJ 1605sn 1611B 1627Ma 1627Di 1628dR 1644Hu 1649Ca 1649Xa 1650Le 1653AB 1665Ba 1668 1672Ga 1840 1981EB, mensonger 1589Me 1612Me
(3) bout 1557U 1557B 1568X 1588-89 1589PV 1590Ro 1590SJ 1612Me 1649Ca 1650Le 1668 : tout T.A.Eds.
(4) Torrent : torrent 1644Hu 1653AB 1665Ba 1840 1981EB
(5) camp 1557U 1588-89 1612Me 1649Ca 1650Le 1668 : champ T.A.Eds.(sauf : Champ 1672Ga)
(6) Athenien: Athenin 1665Ba
(7) cheuaulx: Chevaux 1672Ga
(8) legiers : legers 1588-89 1589PV 1590SJ 1590Ro 1605sn 1612Me 1627Ma 1627Di 1628dR 1644Hu 1649Ca 1649Xa 1650Le 1653AB 1665Ba 1668 1672Ga 1840
(9) Par : Des 1672Ga
(10) Sat. : Sat, 1611, Sat 1627Ma 1627Di 1665Ba
(11) vn versien : Versien 1667Wi, au Versien 1672Ga

  • (注記1)1557Bは1993年の影印版ではversie.に見えるが、Gallicaなどで閲覧できるクリーニング処理されていないバージョンを見ると、nが若干潰れ気味ではあるが、versienと読める。
  • (注記2)1627Ma のSat にはうっすらポワン(ピリオド)が付いているようにも見える。
  • (注記3)1627Di の qu'on はアポストロフ(アポストロフィ)の代わりに、うっすらインテル(単語の隙間のために挿入する鉛板)の痕跡が見える。

校訂

 2行目はピーター・ラメジャラージャン=ポール・クレベールが bout を採用しているのに対し、ピエール・ブランダムールロジェ・プレヴォリチャード・シーバースらは tout を採用している。
 特に、ブリューノ・プテ=ジラールは tout を採用し、bout は異文としてさえ言及していない。

 4行目 un について、エドガー・レオニは en ないし au であろうとしていた。上の異文欄の通り、au という読みは、テオフィル・ド・ガランシエール(1672Ga)の時点で見られた。
 クレベールも en と校訂したし、ラメジャラーも en と読み替えている。
 その一方、ブランダムールはそのまま un として読んでいる。

日本語訳

大きな市場にて ― そこは嘘つきたち(の大きな市場)と呼ばれ、
急流の端とアテナイの野とに位置する ―、
(彼らは)襲撃されるだろう、軽騎兵たちによって、
アルバニア人たちによって。火星は獅子宮に、土星は宝瓶宮の第一度に。

訳について

 2行目は bout として訳した。
 2行目は camp か champ かで微妙に意味合いが異なる(campの方が軍事的意味合いが強まる)が、ここではchampで読んだ。
 なお、1行目と2行目は可能な限り直訳したが、分かりやすくするためには、行の順序を入れ替える形で
  • 急流の端とアテナイの野とに位置する/嘘つき呼ばわりされる大きな市場にて
とでも訳した方がよいのかもしれない。

 3行目から4行目にかけては、軽騎兵とアルバニア人を別に捉える見方と、「アルバニアの軽騎兵」と捉える見方とがある。
 前者を取るのがエドガー・レオニピーター・ラメジャラー(2010年)で、後者を採るのがピエール・ブランダムールリチャード・シーバースである。
 ここでは直訳して、前者で理解した。

 4行目 Sat. が Saturne(サトゥルヌス)の省略形であることには異論がない。

 4行目 versien はここにしか登場しない語だが、押韻のために verseau(宝瓶宮)を変形したものだろうという点には異論がない。
 ブランダムールは un versien を「宝瓶宮の1度」と読んでいる。詩百篇第9巻83番の「金牛宮の20度」のような例もあるので、表現に違いはあるものの、ここではそれを採用した。
 verseau は verse(r)(注ぐ)+eau(水)から来ている。-ien は「~に属する」などを意味する接尾辞だから、「宝瓶宮に属する1(度)」といった意味合いが込められていると解釈するのは、そうおかしくないように思われる。
 マリニー・ローズも「宝瓶宮の1日目」と読む可能性を指摘しているが、他の論者はおおむね en(au) verseau と捉えて「宝瓶宮に」と読んでいる。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「大きな市場でうそつきとよばれて」*1は、関係詞の扱いが不適切。
 2行目「奔流がアテネの原野に」は、torrent と champ (camp) が & で結ばれていることを考えれば、不適切。
 3行目「かれらは光の馬に驚かされる」は、ヘンリー・C・ロバーツの英訳で「軽い」の意味で用いられている lightを誤訳したのだろう。
 4行目「アルバニア人 しし座の火星 水瓶座の土星によって」は、Parがどこまで係るのかの捉え方では可能な訳。ただし、前半律(最初の4音節)がAlbanoisまでなので、妥当性には疑問がある。

 山根訳について。
 2行目 「それはトランすべてのもの アテネの野原のもの」*2は、toutを採用したうえで、des の訳し方によっては可能な訳。
 3行目「彼らはびっくりするだろう 軽装の馬に」は、直訳としては誤りとは言えないが、中期フランス語で cheval leger という語は「軽騎兵部隊に属する騎兵」を意味する*3

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)は、「火星が獅子宮にあり、土星が宝瓶宮にある時、アテネ地方がアルバニアの軽騎兵たちに侵略されるだろう」*4とだけコメントした。


 アンドレ・ラモン(1943年)は状況の解釈はせず、この星位は1962年と1991年に見られると解釈した*5

 ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、「アテネが北方人に侵略される」と、前出のガランシエールと同工異曲の解釈を展開したが、albanois をラテン語 albus からの派生語とみて、Nordics(北方民族)解釈した*6。この解釈は、夫婦やもそのまま踏襲した*7

 セルジュ・ユタン(1972年)は前の詩と同様に、ギリシア独立戦争(1830年)に関する予言とした*8。これは、ボードワン・ボンセルジャンの補訂でもそのままだった*9

 ジョン・ホーグ(1997年)は1990年代のバルカン半島情勢と解釈しつつも、同じ星位が2021年6月から7月にもみられることから、バルカン半島ないし南コーカサスの新たな戦争の可能性にも触れた*10

 モーリス・シャトラン(未作成)は、2021年7月1日の星位とし、その日に、中国が友好国であるアルバニアをギリシアに攻め入らせると解釈した*11

 ネッド・ハリー(1999年)は時期には触れず、バルカン半島の戦争に関する詩とした*12

同時代的な視点

 ピエール・ブランダムールによれば、ヒポクラテスやガレノスの著書において、アテネが「嘘つきたちの市場」と呼ばれているという。そこで、「アテナイの野」はアテネが位置するアッティカ平野(アティキ平野)を指し、「急流」は支流イリュソス川とともにアテネを挟むケフィソス川を指すという。
 また、アルバニアの軽騎兵はフィリップ・ド・コミーヌの『回想録』にも登場する名の知れた部隊であることから、ブランダムールはこの詩を、アルバニア軽騎兵によるアッティカ地方への侵攻と解釈した。
 ただし、4行目の星位については1520年12月初旬に見られたとしつつも、対比できる事件を見出せないともした*13

 これに対し、ロジェ・プレヴォは、9世紀のルイ敬虔王がライン川近くの地方を「嘘つきたちの野」と呼んでいたことを引き合いに出し、1552年のメス攻囲戦をモデルと見なした*14
 プレヴォは4行目の星位を「火星は獅子宮に、土星は宝瓶宮に」と読んでおり、1552年にあったとしている。
 その一方、アテネやアルバニアとの関わりについては何も解釈していない。ただ、解釈の中で、アルブレヒト・フォン・ブランデンブルクには言及しているので、Albanoisはアルブレヒト(フランス式にはアルベール Albert)の言葉遊びと見なしたのかもしれない。

 ピーター・ラメジャラーは、プレヴォの説も認識していたものと思われるが、ヒポクラテスやガレノスに依拠した出典不明の詩としていた。
 当「大事典」も、プレヴォの説は興味深いとはいえ、ブランダムール説に比べて強引という印象を抱いている。


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最終更新:2021年01月03日 22:54

*1 大乗 [1975] p.172。以下、この詩の引用は同じページから。

*2 山根 [1988] p.205。以下、この詩の引用は同じページから。

*3 DMF p.111

*4 Garencieres [1672Ga]

*5 Lamont [1943] p.347

*6 Roberts (1947)[1949]

*7 Roberts (1947)[1982], Roberts (1947)[1994]

*8 Hutin [1972]

*9 Hutin (2002)[2003]

*10 Hogue (1997)[1999]

*11 シャトラン[1998]

*12 Halley [1999]p.250

*13 Brind'Amour [1993]

*14 Prévost [1999] p.114