詩百篇第1巻1番


原文

Estant assis de nuit1 secret2 estude,
Seul repousé3 sus la selle4 d'ærain5:
Flambe exigue sortant de solitude6,
Fait proferer7 qui8 n'est à9 croire vain10.

異文

(1) nuit : Nuit 1772Ri
(2) secret : secrette 1672Ga
(3) repousé : repose 1588Rf 1589Me 1612Me
(4) selle : selie 1665Ba
(5) d'ærain : d'arin 1588Rf 1589Me 1612Me, d'arain 1589Rg 1589PV, d'ærin 1627Di 1644Hu 1653AB 1665Ba, d'erain 1650Ri 1772Ri, d'airain 1590SJ 1649Ca 1650Le 1656ECL 1667Wi 1672Ga 1712Guy, d'airain? [sic.] 1668
(6) solitude : solicitude 1589Rg, la solitude 1627Di 1644Hu 1653AB 1665Ba
(7) proferer 1555 1589PV 1590SJ 1649Ca 1650Le 1656ECL 1667Wi 1668 1672Ga 1712Guy : prosperer T.A.Eds.(sauf : ₛpsperer 1568A 1568B 1591BR)
(8) qui : q̰ 1568A 1568B 1568X, que 1772Ri
(9) à : a 1672Ga
(10) vain : en vain 1590SJ 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668

(注記1)ₛp は p の左下についている s のような記号の代用
(注記2)q̰ は、足の部分に ~ が付いている q

校訂

 特に校訂すべき要素はない。
 1行目の estude (étude) は現代ならば女性名詞なので、直前の secret は secrette の方が適切である。しかし、当時の estude は男性名詞としても使われたので、secret のままで何の問題もないのである*1

日本語訳

離れた書斎で夜に着座し、
ひとり青銅の腰掛けで静かにしていると、
孤独から出でた幽かな火が、
信じても無駄にならない事柄を語らせる。

訳について

 1行目 secret は普通「秘密の」の意味。ただし、ピエール・ブランダムールはエドモン・ユゲの辞書を引きつつ、「隔たった」(écarté, éloigné)、「個人的な」(imtime, privé) の意味を導き、à l'écart (離れて)と釈義した。なお、英語であれ仏語であれ、secret は語源のラテン語まで遡ると「隔たった」の意味を持っている。また、DMFには「控えめな、目立たない」(discret)、「個人的な」などの意味が載っている。
 同じく1行目 estude (étude) は主に「勉強、研究」などの意味だが、現代の仏和辞典でも古語として載っているように*2、古くは「書斎」の意味があった。

 2行目 selle は現代語では「(馬の)鞍」「(自転車の)サドル」などの意味だが、DFEにはもうひとつ、stool, seat などの訳語も載っている。
 2行目は1行目の assis に対応しているので、行ごとに対応させることを重視しないならば、「夜、離れた書斎で独り静かに青銅の腰掛けに着座していると」となる。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「真夜中に秘密の部屋に入り」*3は、単なる「部屋」では「書斎」のニュアンスが出ていない感はあるものの、おおむね意訳の範囲だろう。
 2行目「ただ一人黄銅のいすに休んでいると」の「黄銅」は転訳による誤り。DMFでは「青銅」(bronze)とあるし、ブランダムールも aerain / airain は bronze と注記している(詳しくはairain参照)。
 4行目「私にすばらしきことを告げる」は不適切。「私に」という言葉は原語にない。ブランダムールも指摘するように、この詩に一人称の動詞は見られず、預言者というものを三人称的に叙述していると見るべきだろう。また、fait は使役の動詞なので、告げる主体は「炎」ではなく、(炎から託された)「預言者」でなければならない。

 山根訳について。
 2行目 「それは真鍮の三脚台の上に」*4は解釈を交えすぎである。「真鍮」の不適切さは上記の大乗訳への指摘と重なるので省くが、selle に「三脚台」などという意味はない。これは明らかにアンリ2世への手紙16節の次の表現を取り込んでいるのである。
  • 青銅の三脚によって全ては調和させられ、一部は先見されているのです。
    • Le tout accordé & presagé l'vne partie tripode æneo .

 3行目「幽かな炎が空〔くう〕よりたちのぼり」は、solitude (孤独、静寂)を「空」〔くう〕と訳すのが微妙かもしれないが、意訳の範囲内だろう。
 4行目「みだりに信じてはならぬものを成就させる」は誤訳。「成就」は proferer (口に出す、語る)が prosperer (繁栄する) になっている版に基づくせいだろうが、「みだりに信じてはならぬもの」は明らかに誤訳。être à ~ は確かに「~すべきもの」の意味だが、vain は「無為に、無駄に」であって「無闇に、みだりに」の意味ではない。高田勇伊藤進訳でも「信じて徒〔あだ〕ならざること」*5と訳されている。

信奉者側の見解

 ノストラダムス自身の予言の仕方について述べたものと見なす論者が多い。
 1656年の解釈書テオフィル・ド・ガランシエール(1672年)、バルタザール・ギノー(1712年)、匿名のパンフレット『暴かれた未来』(1800年)などはいずれもそうした解釈であり、そこでは旧約聖書などが引き合いに出されつつ、デルポイ(デルフォイ)の巫女の手法とも対照されている*6

 この詩がイアンブリコスの『エジプト人の秘儀について』に類似していることを最初に指摘したのはフランソワ・ビュジェ(未作成)である*7アナトール・ル・ペルチエは、マルシリオ・フィチーノ訳を引用する形で、この見解を補強した*8

 多くの信奉者もこの見解に従っているが、マンフレッド・ディムデ(未作成)川尻徹飛鳥昭雄などのように、この詩もまた未来についての予言とする見解を採る者たちもいる*9

同時代的な視点

 詩百篇第1巻2番とともに、大元に遡った出典が『エジプト人の秘儀について』である点はほぼ間違いないところとされている。

「デルポイのシビュラは、深淵の裂け目から立ちのぼってくる、灼熱の微妙な息吹によって神託を人間にもたらすにせよ、聖所のなかで三脚の青銅の床几ないし神に献ぜられた四脚の床几に座って予言するにせよ、いずれにせよ神の息吹にこうして専心し、神の火の輻〔や〕で霊感を与えられるのである」(『エジプト人の秘儀について』第3巻11章、高田勇伊藤進訳)*10

 ただし、直接的な引用ではなく、クリニトゥス『栄えある学識について』(1504年)もしくはコルネリウス・アグリッパ(未作成)『隠秘哲学』(1533年)からの孫引きであろうと考えられている*11

 ここでの描写は『予言集』第一序文(セザールへの手紙)第25節「というのは、知的に創られた理解力は、幽かな炎を通じて裾で生まれる声に拠らなければ、どのような部分からであれ、来るべき未来を神秘的に見ることが出来ないからである」にも対応している。

 また、炎が予言者に予言を語らせるというのは、第一序文第17節「しかし、隠された予言についていえば、それは火の繊細なエスプリによって受け止められたものなのである。その火は、時には星々の最も高いところを熟視することに没頭している理解力を揺さぶるので、私は先語りに驚かされるのである」に対応するのだろう。つまり、予言者の口が勝手に予言を語りだすということである。


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コメントらん
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  • 将来、このような占いを行う有名人(ローマ法王?)が現れる。 -- とある信奉者 (2010-07-24 11:04:18)
最終更新:2018年06月17日 12:49

*1 cf. Brind'Amour [1996]

*2 『ロベール仏和大辞典』

*3 大乗 [1975] p.45。以下、この詩の引用は同じページから。

*4 山根 [1988] p.38 。以下、この詩の引用は同じページから。

*5 高田・伊藤 [1999]

*6 Eclaircissement..., p.97 ; Garencieres [1672] ; Guynaud [1712] pp.69-73 ; L'Avenir..., p.3

*7 Buget [1860] pp.1710-1711

*8 Le Pelletier [1867a] pp.54-55

*9 ディムデ『コンピュータが解いたノストラダムス全警告』、川尻『ノストラダムス最後の天啓』、飛鳥(共著)『預言者の謎とノストラダムス』

*10 高田・伊藤 [1999] 『ノストラダムス予言集』p.10

*11 Brind'Amour [1996]ibid., 高田・伊藤 [1999] pp.9-14, Prévost [1999] p.246, Lemesurier [2003] pp.1-2, Wilson [2003] p.102 etc.