| 生年月日 |
宇宙新暦4405年7月28日 |
| 年齢 |
不詳 |
| 出生地 |
ロフィルナ王国 |
| 民族 |
ロフィルナ人 |
| 所属 |
ゼノアビリティ・プラン 元ロフィルナ王国陸軍 |
| 肩書 |
特命中佐執行官 ロフィルナ陸軍在籍時:大佐 |
| 公的登録名 |
エリスト・ヴィ・クロヴァンス |
| 異名 |
煉獄狂焔 |
概要
ディース・ヴィ・ティラストは、
ロフィルナ王国(現:
ロフィルナ立憲王国)出身の元陸軍大佐である。
文明共立機構の独立特命即応特殊大隊
ゼノアビリティ・プランに属する特命中佐執行官として、日々の任務に身を投じている。
戦場での激烈な振る舞いと数々の戦争犯罪により、国際社会からは星間規模の災厄として記憶されてきた。
祖国ロフィルナにおいても評価は割れており、抵抗の象徴として畏敬する声と、戦後の混迷を招いた元凶として忌避する声が併存する人物である。
自己紹介
俺の名はディース・ヴィ・ティラスト。書類の上にはエリスト・ヴィ・クロヴァンスとも記されているらしい。その名で自分を呼んだ覚えは皆無だ。捨ててしまえば、奪われた家族の墓に唾を吐くのと同じになる。だから今日まで頑なに使わずにきた。かつて民兵どもが俺をそう呼んだ呼び名は、畏怖と憎悪を綯い交ぜた響きで、降ろす資格は俺の手のひらの皮よりも薄い。家族を奪われた日、俺は人間を辞めたつもりでいた。世間が怪物を望むのなら、望み通りになってやろう。そう嗤いながら炎を放ち続けた頃もある。罪のない者を焼いた手の感触は、今も指先に残ったままだ。償いは、生涯を費やしても釣り合うはずがねえ。それでも、ある女に出会って以来、灰の底に小さな何かが残っていることを認めざるを得なくなった。今は鎖の中で生きている。刑期を消化し終える日は、たぶん巡ってこねえだろう。それで構わねえと思っている。
来歴
新秩序世界大戦
宇宙新暦4405年、ディース・クロスト(後のティラスト)は
ロフィルナ王国の地方都市グロノヴェイル近郊の農村で生を受けた。生まれつきの
不老長寿の体質を継ぐ血筋にあり、肉体年齢は成長を経て三十代で固定される性質を備える。当時の宇宙は
新秩序世界大戦の末期にあたり、
セトルラーム共立連邦を中軸とする連合国と、
ユミル・イドゥアム連合帝国を含む枢軸国の間で大陸規模の戦闘が長引いていた。ロフィルナは連合国側で参戦し、南中央大陸において枢軸側のゲリラ勢力と対峙する戦線を担っていた。同4410年に旧エルク朝の過激派が襲来し、幼少のディースは燃え盛る農村と民間人の悲鳴を母の腕の中で目撃する。この光景は、後の彼の進路を決める原体験となった。同4425年に陸軍士官学校へ入学した彼は、不屈の意志と戦略眼の鋭さで早くから頭角を現していく。同4430年には少尉として任官し、ほどなく家庭を持って妻と幼い子らとともに王都で穏やかな日々を重ねた。戦火が遠ざかった分だけ、周辺の政治的圧力は静かに強まっていた。同4500年、長きにわたる大戦は、ついに、終結を迎えた。ロフィルナは、セトルラームの経済支配と国際共立監視軍の駐留下に置かれ、国民の不満は表面に現れぬまま膨らみ続けた。
家族の喪失
宇宙新暦4530年、セトルラーム軍がロフィルナ王国への進駐を開始した。進駐軍は反共立感情の高まりを抑え込む名目のもと、強硬な統制を国土全域に敷き始めた。ディースの故郷もまた占領下に置かれ、反乱分子の摘発を口実とした掃討が農村部にまで及んだ。進駐側はディースの家族を彼の眼前に引き出し、見せしめのように残虐な手段で殺害する。父は抵抗の最中に銃撃で身を裂かれた。母は叫びながら斬りつけられて事切れ、妻は屈辱的な暴行を受けた末に喉を切り裂かれている。幼い子らは、抵抗の間も与えられぬまま撃ち抜かれて命を散らした。ディース自身も鎖で縛られ、家族の死を嘲笑う兵士たちから執拗な殴打と拷問を受け続けた。不老の体は傷を癒した一方、精神の側は屈辱と絶望によって深く引き裂かれていく。「犯罪者」を侮蔑する兵士たちの笑い声は、その後の彼の人生を貫いて消えぬ焼き印になった。進駐側が公式に発表した「誤認による民間人被害」の文言は、当事者の耳に空疎な響きで届いた。
第二次ロフィルナ革命
宇宙新暦4900年代、ロフィルナ王国はセトルラームの経済的・軍事的支配と、国内ナショナリズムの蓄積した熱量によって再びの革命を迎えた。ディースは、陸軍内の過激派を糾合する立場で革命の中軸に立つ。同4902年に彼がグロノヴェイルで結成した民兵組織は、駐留軍へのゲリラ戦を主軸に各地で攻勢を仕掛けた。挙動は次第に組織だった反乱の様相を呈していく。革命初期、進駐軍の補給基地を襲撃した彼は、民間人を含む数百人もろとも施設を焼き払い、「敵の血でしか自由は買えない」と公言し、民衆の支持を獲得した。傀儡政権の高官を公開処刑し、その映像を惑星全土に配信した。一連の挙措は、革命の過激化を一気に加速させる契機となる。同4907年、革命は成功を収めた。海外資本はロフィルナの激烈な抵抗と星間社会からの圧力を受けて撤収を余儀なくされている。革命の達成と引き換えに、ディースの無差別攻撃は
星系連合の記録に「煉獄狂焔の革命」の名で刻まれた。
レルナルト・ヴィ・コックス大宰相は、ディースのカリスマと冷酷さを「手に負えない狂気」と評している。
対軍閥闘争
共立公暦400年代、ディースはロフィルナ陸軍内で着実に頭角を現していく。戦後、社会不安が高じて台頭した地域軍閥との対立も同じ時期に深まっていった。当時のロフィルナでは複数の武将が自治を主張し、内外政策を巡る事実上の分裂状態に陥っていた。ディースは妥協派を「ロフィルナの裏切り者」と糾弾し、武力による国土統一の方針を鮮明にする。同450年、軍閥連合「
ステラム・シュラスト州国」への攻撃を開始した彼は、北部都市バルグラズを舞台に虐殺を繰り返した。粛清の過程で軍閥の民兵や家族を含む数千人が捕縛され、都市の経済基盤は壊滅的な打撃を被っている。彼の部隊が
令咏術を駆使して敵の要塞を焼き払い、炎の旋風で逃亡者を追い詰める姿は、部下に畏怖と狂信的な忠誠を同時に植え付けていった。同460年、ディースは北部軍閥の残党を吸収し、ロフィルナ陸軍を自らの影響下に置いた。
転移者星間戦争
共立公暦590年、
転移者星間戦争が勃発した。ロフィルナは
共立同盟の一員として参戦し、ディース自身も中尉から大佐へ昇進を重ねていた。惑星シアップの戦場で彼が指揮した
Ainへの報復作戦は、無差別攻撃を扇動する形で展開された。難民を含む数万の民間人を巻き込む虐殺へと帰結している。この時期のディースは、自らの内に残った人間性を能動的に焼き捨てようとしていた。手にかけた者の顔を見ぬまま、遠く高みから炎で焼き尽くす感覚の鈍麻が、罪悪感の代わりに彼の内面を覆っていく。部下の畏怖と異名は、その鈍麻と表裏一体の現象であった。同591年、
グランドウィンド停戦協定の締結によって戦闘は終結を迎えた。ディースの内側で燃え続ける炎は、停戦の文書一枚で鎮まるはずもなく、彼を戦後の惰眠から遠ざけ続けた。
グロノヴェイルの裏切り
帰国後のディースは、コックス大宰相の手による粛清の気配を察知していた。戦争犯罪の責を一身に負わせ、政権の延命に利用しようとする計画が水面下で進行しており、彼の周囲では信頼に足る人物の数が日に日に減っていく。ディースは軍を離れ、民兵組織「大罪会議」を結成する道を選んだ。罠の輪郭が見えていながら、退かぬ姿勢を彼は崩さない。共立公暦592年、聖イドルナート祭を隠れ蓑とした
グロノヴェイルの戦闘が始まる。彼はリッケンフェール・タワーでの籠城戦を指揮しつつ、千人を超える民兵を率いてセトルラーム・
オクシレイン大衆自由国連合部隊と衝突した。罠であることを承知の上で、戦士としての誇りに賭け、圧倒的な勝利を以てコックスの意図そのものを叩き潰すつもりでいた。だが、味方の隊列にはコックス派の将校がすでに紛れ込んでおり、彼の動きは敵側に逐一筒抜けの状態にあった。籠城戦の最中、信頼を寄せていた一人の士官が背後から銃を抜き、ディースの背中へ弾を撃ち込む。意識を失った彼は、共謀した将校もろとも連合部隊の手で拘束される結末を迎えた。地に伏した瞬間、彼の胸の奥でもたげたのは、復讐対象への憎悪を超えた別種の感情であった。戦場の連鎖そのものへの諦観と、世界の滅びを願うほどの激情が同時に湧き出した。
抑留とメレザとの邂逅
共立公暦592年、ディースは戦争犯罪者として
文明共立機構の抑留施設へ移送された。冷たい独房で彼は罪と向き合うことを拒み、復讐の炎を燻らせ続ける。やがて、彼の前に
メレザ・レクネールが現れた。彼女はディースを一人の人間として扱い、生きていることそのものに価値があると訴えかけた。ディースは、嘲笑で応じる以外の術を持たなかった。「俺は冷酷な人殺しさ」と吐き捨てつつ、家族が踏みにじられた光景と自身が受けた拷問の痕を彼女の前で語り続ける。メレザは怯まず、揺るがぬ眼差しで彼の言葉を受け止め続けた。荒みきった独房の空気の中で、人のぬくもりが久々に届いた瞬間が静かに訪れる。ディースは、表向きそれを認めなかった。夜更けの暗闇の中、彼女の声は炎の奥にくすぶり続ける残響となる。すべてを憎む激情は、対話を経るうちにゆっくりと別の何かへ置き換わっていった。
司法取引と原罪回帰
共立公暦595年、ディースは戦争犯罪の罪で公開裁判にかけられた。ロフィルナ民衆の英雄視と、国際社会の厳罰要求が衝突する法廷の空気の中、検察側は死刑を求刑する構えを崩さなかった。審理が大詰めを迎えた段階で、共立機構の検察当局と被告側との間で司法取引が成立する。死刑求刑の取り下げと引き換えに、ディースは
重畳的な懲役刑と高危険域における世界奉仕任務の履行を受け入れた。同600年、合意の内容に沿った判決として、一期あたり二百年を基準とする懲役を十回、加えて高危険域での世界奉仕任務を千回履行する量刑が確定する。不老の罪人を罰する処断として、即時の死を与えぬまま生を消耗させ続ける構造が求められていた。受け入れ先は
文明共立機構・第4816号決議指定組織・独立特命即応特殊大隊「ゼノアビリティ・プラン」(XaP)である。XaPの内部には、同じく極刑を免れた重罪人を集めた小隊が置かれ、関係者の間で「原罪回帰」の通称で呼ばれていた。所属する者の背景は実に多岐にわたり、出自も罪状も動機もばらばらの集まりであった。共通項は、公の機関が手を出しかねる任務を一身に背負わされている点にしか求められない。ディースも、この小隊に組み込まれ、罰と任務が一体化した日々を歩み始めた。
罪人部隊での日々
原罪回帰での生活は、戦場と隔離房の往復で組まれていた。任務に出ると、
異形の存在からテロ組織まで多種の脅威との極限戦闘が待ち、戻れば即座に隔離房へ収容される。倫理と社会復帰のための学習も強要され、その窮屈さは想像を絶した。ディースは当初、課題の数々を嘲笑して教官を試すような態度で日々をやり過ごしていた。任務の合間に他の隊員と言葉を交わす機会が積み重なるにつれ、彼の内側にもわずかな変化が芽吹いていく。隊の他の者たちは、ディースの過去とは交わらぬ来歴を持つ者が大半であった。互いに罪を背負った身として、口にせずとも通じ合う場面が時折成立する。ディースは、説教めいた態度を取ろうとしなかった。必要な時に短い言葉と自分の傷跡だけを差し出し、相手の判断に委ねる流儀を身につけていく。彼の指導は不器用で、口数も乏しい。それでも隊員たちは沈黙の奥にある重みを徐々に感じ取った。信を寄せる者は、一人、また一人と増えていく。やがて、ディースは隊長格の一人にまで昇格する運びとなった。皮肉にも、かつて裏社会を率いた経験が、共立秩序の側で再び生かされる結果を招いた。
第三次ロフィルナ革命
第三次ロフィルナ革命の戦場において、ディースは、かつて自らが任じた
ティラスト派の戦士僧団・裁きの炎長層と再び対峙する立場に立たされた。彼らはディースの教えを過激な形で継承し、ロフィルナの戦場を炎で塗り潰していた。手法の多くは、過去のディースの戦い方をなぞったものであった。XaPの一員として戦線に投入された彼は、かつての旧友たちと刃を交え、相手から「裏切り者」の罵声を浴びながら沈黙のまま応じる。
本物の地獄を教えてやる、と短く告げて刃を構え直す姿は、過去の自分への決別と贖罪を同時に果たそうとする戦士の所作であった。革命は、共立機構の総力投入によって終結へ向かった。ディースもまた焼け跡の灰の中から生還する結末を迎えた。
人物
ディース・ヴィ・ティラストは、罪と向き合いながら獣性を抑え続ける戦士である。外見にはロフィルナ人特有の鋭い目つきと、戦場で鍛えられた厚みのある体躯が備わっていた。全身に拷問の痕が深く刻まれており、不老の肉体すら癒し切れぬ精神の傷跡が、肌の地形そのものに焼き付いている。前半生の彼は、家族を奪われた怒りを推進力として、自らを「人間ではない」と豪語しながら怪物に成り切ろうとした男であった。罪のない者を焼く手も止めぬ覚悟で炎を放ち続け、世間が望む怪物の像を自分の身に引き受けようとしてきた。捻じれた誇りが彼を支えていた頃の記憶は、今も自身の内部に焼き付いて消えずにいる。グロノヴェイルでの裏切りと拘束を境に、その捻じれは別の形へ変質していった。独房での荒廃と
メレザ・レクネールとの邂逅を経て、彼は内側の小さな揺らぎを抱えたまま、現在の生に組み込んでいくことを引き受けた。
現在のディースは、間違いを犯した者に対して寛容な態度を見せる。原罪回帰の隊員にも、上から諭す姿勢を取ろうとしない。説教めいた口調を彼が遠ざけているのは、その資格を自分が備えていると思えぬためであった。必要な時に自分の傷跡を相手に見せ、短い言葉で背中を押す流儀を貫いてきた。彼の内側では今も復讐の炎が静かに燻り、獣の感情がもたげてくる夜が周期的に訪れる。それを抑え込み続ける葛藤そのものを、罪と向き合う戦士の務めと自ら定めた。異名を彼が背負い続けているのは、過去から逃げぬ姿勢の表明に他ならない。書類の上に存在する登録名を彼が用いずにいるのも、同じ理由から発している。寡黙な性質は前半生から変わらず、過去の記憶や犠牲者の幻影に苛まれる時間も彼を訪れ続ける。独房に籠もって自閉していた頃の荒みは薄れ、隔離房で書物に向かう静かな夜が増えてきた。教官たちは彼の変化を慎重に観察しているが、内側の獣を彼が手放したと判定する者は今のところ現れていない。
戦闘能力
ディースは、
令咏術の達人として知られ、春と夏の属性操作に卓越した才能を備える。戦闘の様相は破壊的で、戦場を焦土へ変貌させるほどの威力を伴う。ロフィルナ陸軍時代に磨かれた戦略眼と、転移者星間戦争やグロノヴェイルで積み重ねた実戦経験が、術者の領域に留まらぬ戦術家の厚みを彼に培わせた。春属性の術においては、風を自在に操って戦場の機動性と牽制を担い、ホログラムシートを瞬時に展開して鋭い突風や旋風で敵の陣形を崩していく。風を刃のように凝縮して遠距離から斬撃を放つ「嵐刃(ストームブレード)」、暴風の障壁を周囲に張り巡らせる「風吼壁(ウィンドロア)」などの術式を駆使する。詠唱速度は常人の理解を遥かに超え、複数のシートを並行操作する連続攻撃も難なくこなす。夏属性では炎の操作が破壊力の核となり、広範囲を焼き尽くす「煉獄炎陣(パージフレイム)」や、集中した火球を連続発射する「焔嵐弾(フレアテンペスト)」を放つ。媒介エネルギーには大気中の酸素と熱を最大限に活用し、自身の体機能を極限まで酷使することで威力を増幅する仕組みを採った。風で炎を加速・増幅させて火炎旋風や爆発的な熱波を生み出す「狂焔乱舞(インフェルノ・ワルツ)」は、彼の狂気と破壊衝動を凝縮した必殺技で、最も忌み嫌われる術式であった。複数シートの高速操作と複雑な詠唱を要する高度な術式を、ディースは直感的にこなしてみせる。戦場を一瞬で煉獄へ変える威力は、軍の精鋭部隊すら退ける水準に達した。
ゼノアビリティ・プランへ移籍して以降、ディースの戦闘哲学には大きな転換が訪れた。彼は基本的に拳一つで敵に向かう道を選ぶ。相手の顔を視界に収めながら戦うことで、生死の判断を自分の意志で下す姿勢を貫いた。素手の格闘には風を纏った打撃や歩法が織り込まれ、術を抜いた状態でも一個師団規模の戦力に匹敵する脅威を相手に与える。彼が術を解放するのは、相手が拳の領分を超える存在を示した場合に限られた。覚醒後の彼は数日にわたって口がきけなくなり、自身を律するために隔離房へ自ら戻る習いを続けている。彼自身、覚醒後の沈黙を贖罪の一形態と受け止めている。共立機構の評価では、ディースの戦闘能力は「単独で軍を壊滅させうる」と記され、XaPの特命執行官として極限任務に投入される根拠も、この評価に裏付けられていた。彼の力は精神状態に強く左右される性質を持ち、過去のトラウマや独房での声が心の奥で揺らぐ瞬間、術の制御が乱れる場面も時折報告されている。
語録
「足元の土が軽くなった時は、誰かが俺の前に立つのを諦めた合図だ。一歩進めばいい。一歩でな」
「妻が好きだったパンの匂いを覚えてる。あれを焼いてた窯を踏み潰したのは進駐軍の戦車だ。それで充分だろ」
「指揮所では地図に赤い印を付けねえ。印を付けた瞬間、その町の人間が頭に浮かぶからな。浮かばせねえために、ただ焼く」
「部下に『なぜ戦うのか』と問われた。答えてやれなかった。答えを持ってる奴は、もう戦場には残ってねえからだ」
「敵の名前は知らねえ方がいい。知っちまうと、そいつにも親がいたって気付く。それは指揮官の仕事じゃねえ」
「独房の天井には、ひびが三本入ってる。一本目は妻、二本目は娘、三本目は息子。順番は俺が決めた」
「奴らは俺を見て泣かなかった。怒りもしなかった。それが一番こたえた。怒鳴ってくれた方が楽だったのにな」
「鉄の扉の向こうから時々、別の囚人の歌が聞こえる。下手くそな子守唄だ。あれが何の歌か、思い出せねえのが悔しい」
「俺が殺した連中の数を数える夜がある。途中で分からなくなる。数えきれねえ罪は、罪じゃなくなるのか? 違うんだろうな」
「水滴が落ちる音だけは嘘をつかねえ。あの音と俺の息だけが、独房で本当のことだった」
「お前が今夜泣いた理由を、明日の朝には忘れていい。覚えてるのは俺の役目だ。年寄りには年寄りの仕事がある」
「茶を淹れる時は、湯の音をよく聞け。音が変わる前に火を止めると、苦くならねえ。命の話と似たようなもんだ」
「任務から戻ると、教官が新しい本を机に置いてる。読みたい本じゃねえ時もある。それでも読む。あれは小さな鎖の繋ぎ直しだ」
「謝りたいのか? 相手はもうこの世にいねえだろう。じゃあ、隣にいる奴に親切にしろ。それが一番遠回りで、一番近い」
「俺の手は冷てえ。握り返さなくていい。だが、握ろうとした事実は残る。そいつが何かの足しになるなら、何度でも差し出す」
「夢の中じゃ、まだ家族が笑ってる。起きるとそいつらは消える。それでも起きる。寝たままでいたら、家族に顔向けできねえ」
「強さってのは、振り上げた拳をどこに着地させるかだ。空を切るのも、強さのうちに入る」
「俺はもう、自分のために剣を抜かねえ。誰かの代わりに抜くなら、まだ正気でいられる」
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最終更新:2026年05月10日 14:00