巡りゆく星たちの中で > エルカム交通公団・嵐の前の静けさ

エルカム・グループ本社の最上階に広がる会議室は、宇宙の深淵を映すガラス壁に囲まれ、遠くの航路の光が静かなリズムで瞬く。重厚な金属製テーブルの中央では、ホログラム投影装置が冷たく輝き、外交協定の条項を青白い光で浮かび上がらせる。メレザは、機械生命体の滑らかな仕草でパネルを指す。彼女の外殻は照明を柔らかく反射し、鋭い視線が部屋に集まる者たちを見据えた。

「さて、いよいよエルカムに到着したわけですが、正直な話、この国ではまず、このパネルに書かれてある条件が求められることになります。」

ホログラムには、恒星間外交の重みが刻まれている。


外交原則:通商友好条約

ゲートルート敷設協定:宙域軌道の敷設条件。受け入れるか否かで未来が分岐する。

恒星間交通の敷設に関する事項

犯罪人の取り扱いに関する協定:施設内犯罪の管轄

企業設立支援協定:列車運行企業の設立支援

乗り入れ協定:同規模列車の相互運用

相互技術支援協定:技術の共有と交換

メレザは一拍置き、穏やかな微笑みを浮かべた。「ひとまず、目を通してみてね。わからないことがあれば聞いてください。」

テーブルの対面に座るKAEDEは、機械生命体の無機質な外見とは裏腹に、落ち着いた空気を漂わせる。彼女はパネルを一瞥し、迷いなく応じる。「これで問題ないです。」

メレザは軽く首をかしげ、KAEDEの迅速な判断に目を細める。「即決でいいのね?なら、話は簡単で後は詳細を詰めることになるわけだけど、あなた達から提案したいことはありますか?」

KAEDEは一瞬考え、簡潔に切り出す。「鉱石云々に関しての外交は次回以降でとりあえず今回はこの条約締結のみですね。」

メレザは頷き、ホログラムを軽く操作しながら言葉を紡ぐ。「分かりました。問題は技術交換事項ですね。エルカム側がどのレベルの共有を求めてくるのか未知数なのがネックです。できる範囲のことを予めはっきりさせておくのが無難だと、そう思うかもしれなけれど、これは却って逆効果になる可能性もあるのね。そもそも、これらの条項自体が曖昧すぎるんです。」

KAEDEはテーブルの端を指で軽く叩き、思案の色を浮かべる。「向こうの機械生命体にリンクできれば詳しい条項がわかるんですけどね。」

メレザの視線が一瞬鋭くなり、宙域の光を背に言葉を重ねる。「あちらが許可すればね。ただし、問題なのは今はそれができないということ。なぜ、できないのか。硬直した手続きの問題もあるけれど、それ以上に試されているのかもしれない。この企業体はセトルラームとも通じているから……どうします?私には策がないわけではないけど、いずれにせよ、あなた達が決めることですからね。」

KAEDEは静かに息を整え、決断を口にした。「いったんこの場で条約にサインをして後日提供依頼された際にその都度内部で討論する形を取ろうかと思います。」

メレザの唇に満足げな笑みが広がり、彼女は軽く頷く。「うん。それが無難ですね。私の意図をよく理解しているようで何よりだわ。それならもう簡単な手続きで済むだろうから、ここの用事は済ませたも同然です。」

KAEDEは肩を軽くすくめ、控えめに返す。「わざわざご足労いただきありがとうございます。まあ同じ機械生命体だからっていう理由で来たんですけど、まあ自分じゃなくてもよかった感じではありますかね。」

メレザはくすりと笑い、軽快な口調で応じた。「ああ、あなた達らしいですね。これも文化の違いか……それで?次はどうします?距離的にはセトルラームが近いけど。」

KAEDEは一瞬考え、提案を口にする。「いったん綾音さん呼んできた方がいいかなと思います。」

メレザはホログラム装置に手を伸ばし、準備を始める。「わざわざご足労頂かなくても、ここからでも通信できるわよ。」

KAEDEは頷き、簡潔に答える。「ホログラムでもいいならそちらで大丈夫です。」

メレザは装置を起動し、指示を入力する。「では、早速検討して頂いて。答えが決まったら教えてください。」

KAEDEは装置に向かい、通信を開始する。ホログラムに映る綾音の姿が、柔らかな光とともに現れる。「綾音さん、いまエルカムとの条約締結が完了し、添付した資料通りになりました。また、技術提供に関しては向こうからの提供依頼があればその都度といった形です。」

綾音はホログラム越しに軽く微笑み、応じる。「KAEDE、ありがとう。それで、たぶん通信したってことは、セトルラームのほうに行くとかって感じ?」

KAEDEは冷静に答える。「ええ、ですがやはり綾音さんの方が今回の外交には適任かと思いますがどうしますか?」

綾音は一瞬考え、通信越しに頷く。「そうだね。今からそっち行く?こっちの条約的に時間かかりそうだけど。」

KAEDEは即答する。「それまでここで待機してますね。」

綾音の声が明るく響く。「お願いするね。」

KAEDEは通信を切り、ホログラムが消えると同時にメレザに報告する。「今から綾音さんがこっちに向かってくるそうです。」

メレザは椅子にゆったりと寄りかかり、宙域の光を眺めながら微笑む。「分かりました。まあ、少しでも交渉の心得があるのなら良いのだけど。それまではエルカムのサービスを楽しむとしましょう。」

KAEDEは軽く笑い、テーブルの上に置かれた資料を整えながら同意する。「そうですね。まあ綾音さんはメインの和平交渉役ではあったのでまだ3人の中では比較的交渉はできるほうかなと思います。」

メレザは目を細め、遠くの航路を眺めながら安堵の息を漏らす。「期待してるわね。正直、私だけでは荷が重たかったのよ。あの男の顔を思い出すだけで胃が重たくなるんだから。助かります。」

KAEDEは穏やかに頭を下げ、静かな感謝の意を込めた。「こちらこそわざわざ自分たちのためにありがとうございます。」

最終更新:2025年06月24日 00:18