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ここではウマムスタンスレに登場したウマムスタンの航空機・航宙機について解説する。
民間機
CL-1
ウマムスタン連合共和国が独自開発したスペースプレーン。詳しくは個別記事を参照。
Laz-167シリーズ
ラズワルド航空宇宙産業が1967年から量産開始した小型ジェット旅客機。ボーイングB-737やエアバスA320にあたるウマムスタンの代表的な旅客機。1967年以降ウマムスタンやオリエント諸国、ポルスカやエスパーニャなど一部の欧州航空会社や啓示教各国で運用されている。B-737と同じく改良が続けられており、最近総生産数が一万機を超えた。ウマムスタン勢力圏や友好国で大量運用されていることもあってどうしても某航空事故ドキュメンタリーの常連にもなっている。
(軍用機と旅客機の番号決定方式は別にした)(173-169)
(軍用機と旅客機の番号決定方式は別にした)(173-169)
Laz-169
ラズワルド航空宇宙産業がB-747に先駆け1969年に量産を開始した大型四発ジェット、いわゆるジャンボジェット。勢力圏や友好国で広く使われている(173-170)。
Laz-209
ラズワルド航空宇宙産業がA380に遅れること2年のタイミングで投入した新型ジャンボジェット。Laz-169と部品の共通性を持たせることで費用削減を狙う。世界最大レベルの旅客機。
ウマムスタン本国のみならずドバイではエミレーツ航空123機+他の会社が数機売れ、パールスやテュルキエ国内や友好国の航空会社に売れるなど売れ行きは好調(173-170)
ウマムスタン本国のみならずドバイではエミレーツ航空123機+他の会社が数機売れ、パールスやテュルキエ国内や友好国の航空会社に売れるなど売れ行きは好調(173-170)
Tu-244
ラズワルド航空宇宙産業とツポレフが共同開発した超音速旅客機。大統領専用機に少なくとも一機が採用されている。(25-124)
ANT-20bis
ウマエトがプロパガンダのために二機だけ作った1930年代最大の航空機の一種。この機体は旅客機として改良された二機目になる。
基準世界では、1942年に大祖国戦争中のウマエトから外交使節を乗せた機体が史実と違いウマムスタンの北部、アクモラ近郊で墜落事故を起こした模様。
当時の緊迫した外交関係や不自然な墜落の仕方から話題性が高く、航空事故ドキュメンタリー番組でも取り上げられている(173-163~168)。
基準世界では、1942年に大祖国戦争中のウマエトから外交使節を乗せた機体が史実と違いウマムスタンの北部、アクモラ近郊で墜落事故を起こした模様。
当時の緊迫した外交関係や不自然な墜落の仕方から話題性が高く、航空事故ドキュメンタリー番組でも取り上げられている(173-163~168)。
An-225
ウマエトのアントノフ設計局が開発したかつて史上最大の重航空機であった輸送機(スレ内ではYL-232XAC/E(シームルグ)が更新)。ウマムスタンでは未完成だった二号機をラズワルド航空宇宙工業が引継ぎ完成させた。
ウマエトで運用された一号機と同様、空中でのロケット打ち上げに使用されている(3-145)。
ウマエトで運用された一号機と同様、空中でのロケット打ち上げに使用されている(3-145)。
兵器(航空)
国産機
Kar-18YF
1938年にカラ設計局が開発した液冷単発のレシプロ戦闘機。その特性から高高度実験機として少数運用された。
- 諸元
最高速度:479km/h 上限高度:13000m 航続距離:2000km エンジン:液冷単発 武装:20mm機関砲×1、7.5mm機銃×4
運動性:少し悪い 上昇速度:普通 操縦性:少し悪い 防御力:普通 整備性:普通 生産性:良い
運動性:少し悪い 上昇速度:普通 操縦性:少し悪い 防御力:普通 整備性:普通 生産性:良い
Kar-20F
1940年にカラ設計局が開発した液冷単発のレシプロ戦闘機。カラ設計局としては初めて空軍に採用された機体。
その性能と生産性の高さからウマムスタンで初めてブロック工法を取り入れた機体という考察がなされている(159-132)。
D.520の調達失敗により、性能面で不満の残るDe-1Fを主力戦闘機として運用せざるを得なかった空軍の高い要求を見事に超え、主力戦闘機の座を勝ち取った(45-189,46-66)。
その性能と生産性の高さからウマムスタンで初めてブロック工法を取り入れた機体という考察がなされている(159-132)。
D.520の調達失敗により、性能面で不満の残るDe-1Fを主力戦闘機として運用せざるを得なかった空軍の高い要求を見事に超え、主力戦闘機の座を勝ち取った(45-189,46-66)。
- 諸元
最高速度:577km/h 上限高度:14000m 航続距離:1900km エンジン:液冷単発 武装:13mm機銃×4
運動性:少し良い 上昇速度:少し良い 操縦性:普通 防御力:少し悪い 整備性:少し良い 生産性:普通
運動性:少し良い 上昇速度:少し良い 操縦性:普通 防御力:少し悪い 整備性:少し良い 生産性:普通
| + | 派生型 |
Kar-20K
大型戦闘機Kar-20Fの設計を変更し、偵察機とした型。戦闘能力よりも高高度性能を重視した機であり、実用上昇限度は戦闘機型の14000m以上、15000mを超える。第二次世界大戦では当初ゲルウマン軍やアキツ軍に輸出された、あるいはウマムスタン義勇軍に配備された型が活躍した。配備当初の連合軍にこの機体を迎撃できる戦闘機はなく、実用上昇限度14400mのJu-86Rの旧型であるJu-86Pの迎撃すら1942年後半まで不可能だった連合軍にとっては新たな強敵の登場だった。さらに言えば、Ju-86Rの速度は高度9000mで時速420km/hであったのに対し、Kar-20Kは型式によるものの高10000mで550km/hを超えた。東部戦線では結局戦闘により同機を喪失した例は輸出されたDe-3FやKar-23Fによるものしかなく、他は全て故障や事故によるものだった。
特に艦載機として改修され、ウマムスタンから輸出された空母天鸞に乗せられた型は太平洋戦争の序盤で猛威を振るった。改修により重量が増大してもその航続距離は二式艦上偵察機一一型と同等以上であり、彩雲などには劣るものの偵察機として十分使用可能な範囲であった。艦載機はその通常の戦闘高度から高空性能はあまり高くなく、ダート海軍にとって迎撃はアルビオン空軍以上に至難の技であった。迎撃戦闘機、対空砲のいずれも届かぬ高高度を飛び、悠々と艦隊を追跡する偵察機は艦隊の水兵や搭乗員のみならず指揮官レベルにも不安を与え、「珊瑚海の悲劇」の一因となった可能性も指摘されている。対策として平行世界では「そんな高高度性能は必要ない」として試作に終わったXF6F-4が高高度迎撃機として採用されたがそれも十分ではなく、後に空母の一部にシーファイアF Mk.XVなどのシーファイアシリーズを搭載するハメになった(145-18~23)。
特に艦載機として改修され、ウマムスタンから輸出された空母天鸞に乗せられた型は太平洋戦争の序盤で猛威を振るった。改修により重量が増大してもその航続距離は二式艦上偵察機一一型と同等以上であり、彩雲などには劣るものの偵察機として十分使用可能な範囲であった。艦載機はその通常の戦闘高度から高空性能はあまり高くなく、ダート海軍にとって迎撃はアルビオン空軍以上に至難の技であった。迎撃戦闘機、対空砲のいずれも届かぬ高高度を飛び、悠々と艦隊を追跡する偵察機は艦隊の水兵や搭乗員のみならず指揮官レベルにも不安を与え、「珊瑚海の悲劇」の一因となった可能性も指摘されている。対策として平行世界では「そんな高高度性能は必要ない」として試作に終わったXF6F-4が高高度迎撃機として採用されたがそれも十分ではなく、後に空母の一部にシーファイアF Mk.XVなどのシーファイアシリーズを搭載するハメになった(145-18~23)。
Kar-23F
1943年にカラ設計局が開発した液冷単発のレシプロ戦闘機。全体的に高く纏まった性能により、主力戦闘機としての座を勝ち取った。
1943年6月のクルスクの戦いにて実戦投入された(86-154)。
1943年6月のクルスクの戦いにて実戦投入された(86-154)。
- 諸元
最高速度:691km/h 上限高度:13000m 航続距離:1400km エンジン:液冷単発 武装:20mm機関砲×4
運動性:少し良い 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:少し良い
運動性:少し良い 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:少し良い
Kar-23F-23
Kar-23DF
Kar-23DFは1943年にウマムスタン海軍が採用した艦上戦闘機。Cak-120DFの後継として開発された。
設計の一部にアキツ側より齎されたダートのF4F艦上戦闘機の機構が採用されている(140-131~133)。
詳細はこちら
1943年3月のバンダレ・アッバース訪問時(スレ159,160,161)には、国防大臣自らが新型機に乗って登場するという度肝を抜くパフォーマンスで場の主導権を握るための道具の一つとして使われた(159-149,160-47)。
設計の一部にアキツ側より齎されたダートのF4F艦上戦闘機の機構が採用されている(140-131~133)。
詳細はこちら
1943年3月のバンダレ・アッバース訪問時(スレ159,160,161)には、国防大臣自らが新型機に乗って登場するという度肝を抜くパフォーマンスで場の主導権を握るための道具の一つとして使われた(159-149,160-47)。
Kar-23DF-11
陸上戦闘機のKar-23F-12をベースに設計した型。優秀な性能を示したものの、後述するKar-23DF-12が主力となり、少数の量産にとどまった。
Kar-23DF-12
ウマムスタン海軍の思想に基づき改設計がなされた型。
空軍の主力機が次々と液冷エンジンを採用する中、生産性と整備性を高めるため海軍で一般的であった空冷エンジンへの換装が行われた機体。
空軍の主力機が次々と液冷エンジンを採用する中、生産性と整備性を高めるため海軍で一般的であった空冷エンジンへの換装が行われた機体。
Kar-24DF
1944年2月に初飛行、後期に実戦配備されたウマムスタン海軍初の独自開発艦上戦闘機かつ、世界初のジェット艦上戦闘機。1942年、Kar-23DF開発のおおよその目処がたった海軍司令部は次世代型の艦上戦闘機開発に乗り出した。同時期にはCak-123Fの開発も進展しており、すでに実験機が初飛行を終えていた。海軍としても次世代の戦闘機たるジェット機にはかなりの関心を寄せており、当然ながら海軍もジェット艦上戦闘機の開発を検討し、最終的な採用は別として実験機を作るべきだという見解は概ね一致していた。
当初空軍は空軍のジェット戦闘機との共通化を要求したものの、すでに航空主兵派が有力になり出していた海軍では独自開発の艦上戦闘機を求める声が大きくなっていた。特に空軍機の改造版を運用していたアルビオン海軍がダート製のマートレットを主力機として使わざるを得なかったという戦訓、太平洋戦争における両軍の交戦距離の情報が入るとさらにその声は大きくなっていった。更に、設計段階からCak-123Fの高コスト、生産数の当初計画からの削減が明確となったため海軍内では「なぜ低率精算機にコストのために合わせなければならないのか」という意見が大勢を占め、第二次大戦の好景気と軍事予算の増大もあり、海軍独自のジェット機開発は議会、及びオルドから認められることとなった。
1942年からカラ設計局にて設計作業が始められ、1944年2月には初飛行を行った。9kNの出力を発揮するエンジンを二基搭載する双発機であり、最高速度は860km/hを発揮した。当初計画では複合動力機も検討されたものの、Cak-123Fの教訓からターボジェットエンジンのみを搭載する戦闘機となった。航続距離に関しては不満が残った他、空軍から航続距離を理由に横槍も入ったものの、実験機としての性格も帯びること、最悪迎撃機とすれば良いなどといった、アルビオンの戦訓を考えるとある意味本末転倒な理由により開発は続行された。その結果、航続距離は増槽込みで1500kmと艦上戦闘機としてはやや不満なレベルとなった。武装はKar-23DFと同じく20mm機関砲を採用し、同世代機としては十分な部類であった。
Discord暗黒武闘会2026/6/22、202-123より(205-10)
当初空軍は空軍のジェット戦闘機との共通化を要求したものの、すでに航空主兵派が有力になり出していた海軍では独自開発の艦上戦闘機を求める声が大きくなっていた。特に空軍機の改造版を運用していたアルビオン海軍がダート製のマートレットを主力機として使わざるを得なかったという戦訓、太平洋戦争における両軍の交戦距離の情報が入るとさらにその声は大きくなっていった。更に、設計段階からCak-123Fの高コスト、生産数の当初計画からの削減が明確となったため海軍内では「なぜ低率精算機にコストのために合わせなければならないのか」という意見が大勢を占め、第二次大戦の好景気と軍事予算の増大もあり、海軍独自のジェット機開発は議会、及びオルドから認められることとなった。
1942年からカラ設計局にて設計作業が始められ、1944年2月には初飛行を行った。9kNの出力を発揮するエンジンを二基搭載する双発機であり、最高速度は860km/hを発揮した。当初計画では複合動力機も検討されたものの、Cak-123Fの教訓からターボジェットエンジンのみを搭載する戦闘機となった。航続距離に関しては不満が残った他、空軍から航続距離を理由に横槍も入ったものの、実験機としての性格も帯びること、最悪迎撃機とすれば良いなどといった、アルビオンの戦訓を考えるとある意味本末転倒な理由により開発は続行された。その結果、航続距離は増槽込みで1500kmと艦上戦闘機としてはやや不満なレベルとなった。武装はKar-23DFと同じく20mm機関砲を採用し、同世代機としては十分な部類であった。
Discord暗黒武闘会2026/6/22、202-123より(205-10)
Kar-21B
1941年にカラ設計局が開発した双発単発の爆撃機。コンペに出された機体の中で唯一まともな戦術爆撃機ということで採用された。
- 諸元
最高速度:518km/h 上限高度:9000m 航続距離:2500km エンジン:双発液冷 爆弾搭載量:2800kg 武装:13mm機銃×8
運動性:少し良い 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:悪い 整備性:普通 生産性:良い
運動性:少し良い 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:悪い 整備性:普通 生産性:良い
Kar-202F/A
MiG-1.42、1.44を基にカラ設計局が開発した第5世代双発ジェット戦闘爆撃機。テュルキイェを中心に少数輸出されている。
MiG-1.42、1.44の開発元であるミグ社も開発に協力している(54-62)。
ステルス性を高めるためにエアインテークにDSIを採用して、尾翼をV字尾翼に、主翼を菱形のようなデルタ翼にした結果、中山のJ-20とそっくりになったが偶然である(3-134)。全幅15m(13-115)。
老朽化したSu-25やMiG-27の後継機として開発され、対地攻撃を主任務とする多用途戦闘機として設計されたが、2024年の11月に行われた試験飛行で想像以上の性能を発揮し、第五世代戦闘機相手にも空対空戦闘が行えると評価された(3-137)。
2030年時点で配備予定の80%が配備されている(10-157)。
2031年に行われたカシミール侵攻において、MiG-35と共にウマムスタン空軍、航空宇宙軍の爆撃隊の中核として実戦に初投入(13-82~86)。教団側戦力の撃滅に大きな役割を果たし、鮮烈なデビューを飾った(13-89)。
WTOコードネームFreak(35-167)
主な輸出数 テュルキイェ34機(第6世代戦闘機への開発参加が条件)ビルマ1機(研究試験用)アルゲントゥム1機(輸出後分解、消息不明)(40-27~37)
MiG-1.42、1.44の開発元であるミグ社も開発に協力している(54-62)。
ステルス性を高めるためにエアインテークにDSIを採用して、尾翼をV字尾翼に、主翼を菱形のようなデルタ翼にした結果、中山のJ-20とそっくりになったが偶然である(3-134)。全幅15m(13-115)。
老朽化したSu-25やMiG-27の後継機として開発され、対地攻撃を主任務とする多用途戦闘機として設計されたが、2024年の11月に行われた試験飛行で想像以上の性能を発揮し、第五世代戦闘機相手にも空対空戦闘が行えると評価された(3-137)。
2030年時点で配備予定の80%が配備されている(10-157)。
2031年に行われたカシミール侵攻において、MiG-35と共にウマムスタン空軍、航空宇宙軍の爆撃隊の中核として実戦に初投入(13-82~86)。教団側戦力の撃滅に大きな役割を果たし、鮮烈なデビューを飾った(13-89)。
WTOコードネームFreak(35-167)
主な輸出数 テュルキイェ34機(第6世代戦闘機への開発参加が条件)ビルマ1機(研究試験用)アルゲントゥム1機(輸出後分解、消息不明)(40-27~37)
Kar-212F/A
Kar-202F/Aの複座型(32-182)。
De-1F
1938年にディニズ設計局が開発した液冷単発のレシプロ戦闘機。ウマムスタン初の国産戦闘機であったが、その評価は芳しくない。
それまでの主力戦闘機であったガリア製のD.500を置き換える目的で後継機であるD.520と共に採用されたが、D.520がガリアの生産力不足と降伏に伴い満足な機数を揃えられなかったことから、実質的な主力戦闘機として扱われた(46-62~66,181)。
ディニズ設計局初の全金属製片持ち式低翼単葉機であり、「これこそが次世代の航空機だ」というノリでそれまでの形式番号とは別に1の番号が割り振られた(後付け)(204-81)。
それまでの主力戦闘機であったガリア製のD.500を置き換える目的で後継機であるD.520と共に採用されたが、D.520がガリアの生産力不足と降伏に伴い満足な機数を揃えられなかったことから、実質的な主力戦闘機として扱われた(46-62~66,181)。
ディニズ設計局初の全金属製片持ち式低翼単葉機であり、「これこそが次世代の航空機だ」というノリでそれまでの形式番号とは別に1の番号が割り振られた(後付け)(204-81)。
- 諸元
最高速度:496km/h 上限高度:8000m 航続距離:900km エンジン:液冷単発 武装:20mm機関砲×1、7.5mm機銃×2
運動性:良い 上昇速度:良い 操縦性:少し良い 防御力:少し良い 整備性:良い 生産性:少し悪い
運動性:良い 上昇速度:良い 操縦性:少し良い 防御力:少し良い 整備性:良い 生産性:少し悪い
De-1F-54
第二次大戦中のウマムスタンの主力機、De-1Fの戦争最末期型。
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De-2YF
1940年にディニズ設計局が開発した液冷単発のレシプロ戦闘機。生産性が悪いことで採用を見送られた。
- 諸元
最高速度:595km/h 上限高度:13000m 航続距離:1400km エンジン:液冷単発 武装:13mm機銃×4
運動性:少し悪い 上昇速度:普通 操縦性:良い 防御力:悪い 整備性:普通 生産性:荼毘に付した
運動性:少し悪い 上昇速度:普通 操縦性:良い 防御力:悪い 整備性:普通 生産性:荼毘に付した
De-3F
1943年にディニズ設計局が開発した液冷単発のレシプロ戦闘機。上昇速度と上限高度の高さから要撃機として運用された。
1943年6月のクルスクの戦いにて実戦投入された(86-154)。
余談ではあるが、本機は離昇2200馬力を誇るSMN-5液冷エンジンと基本設計の優秀さが初期から注目を集めており、戦闘機型が開発されるのとほぼ同時期に戦闘爆撃機型のDe-3F-21、艦上攻撃機型のDe-3DAが開発され、戦闘機型の完成からほどなくして両機種とも空軍、海軍に引き渡されている。そのため、本機をマルチロール機の先駆け的存在と記す資料もある。(編集者妄想)
イメージ図(161-151)ttps://bbs.animanch.com/arc/img/5412018/208
1943年6月のクルスクの戦いにて実戦投入された(86-154)。
余談ではあるが、本機は離昇2200馬力を誇るSMN-5液冷エンジンと基本設計の優秀さが初期から注目を集めており、戦闘機型が開発されるのとほぼ同時期に戦闘爆撃機型のDe-3F-21、艦上攻撃機型のDe-3DAが開発され、戦闘機型の完成からほどなくして両機種とも空軍、海軍に引き渡されている。そのため、本機をマルチロール機の先駆け的存在と記す資料もある。(編集者妄想)
イメージ図(161-151)ttps://bbs.animanch.com/arc/img/5412018/208
- 諸元
最高速度:691km/h 上限高度:15000m 航続距離:900km エンジン:液冷単発 武装:13mm機銃×4
運動性:少し悪い 上昇速度:良い 操縦性:少し良い 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:少し悪い
運動性:少し悪い 上昇速度:良い 操縦性:少し良い 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:少し悪い
De-3F-11
基本となる戦闘機型。
戦闘爆撃機型のDe-3F-21、海軍航空隊向けの艦上攻撃機型De-3DAの開発に伴い改称された。
連合国側で戦っていた東西の義勇航空艦隊からの評価は「速度と上昇速度は素晴らしいが、旋回性や火力が不足」というやや辛口なものであったが、枢軸側で戦っていた遣独義勇航空艦隊からは「新型スピットファイアを上回る上昇力と、連合軍の戦略爆撃機迎撃に不可欠な高高度性能の高さ」を高く評価された一方で、「大型爆撃機の撃墜には数度の攻撃が必要であり、火力の強化を強く要望する」と連合軍側と同様「火力不足」が指摘された。
これを受け、1944年にはエンジン出力の強化と共に武装が13.2mm機銃2門、20mm機関砲2門に増強され、迎撃機として十分な性能を有することになった(資料を基に一部編集者妄想)。
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戦闘爆撃機型のDe-3F-21、海軍航空隊向けの艦上攻撃機型De-3DAの開発に伴い改称された。
連合国側で戦っていた東西の義勇航空艦隊からの評価は「速度と上昇速度は素晴らしいが、旋回性や火力が不足」というやや辛口なものであったが、枢軸側で戦っていた遣独義勇航空艦隊からは「新型スピットファイアを上回る上昇力と、連合軍の戦略爆撃機迎撃に不可欠な高高度性能の高さ」を高く評価された一方で、「大型爆撃機の撃墜には数度の攻撃が必要であり、火力の強化を強く要望する」と連合軍側と同様「火力不足」が指摘された。
これを受け、1944年にはエンジン出力の強化と共に武装が13.2mm機銃2門、20mm機関砲2門に増強され、迎撃機として十分な性能を有することになった(資料を基に一部編集者妄想)。
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De-3F-21
De-3Fを基に戦闘爆撃機として再設計された機体。De-3DA同様、大幅な設計変更が行われ大馬力エンジンにものを言わせた膨大な搭載量を誇る。
少し前の戦略爆撃機並みの最大爆装量3000kg、設計元のDe-3F由来の高速性など、戦闘機型のDe-3F-11に興味を示さなかった連合国各国からも高く評価されて多くの機体が輸出された。
地上攻撃目的で多くの派生機体が開発され、エンジンをラズワルド製のオルモス空冷エンジンに換装した凖同型機Laz-44F/Aなども開発されている。
制空権を失いつつあったWWⅡ後半の枢軸諸国にとって最大の脅威と評価されたが、遣独義勇航空艦隊に供与された機体は制空権の無い戦場でもその高速性を活かし、連合軍機甲部隊相手に多くの戦果を挙げており、多くのエースを生んだ(資料を基に一部編集者妄想)。
詳細はこちらとこちら
少し前の戦略爆撃機並みの最大爆装量3000kg、設計元のDe-3F由来の高速性など、戦闘機型のDe-3F-11に興味を示さなかった連合国各国からも高く評価されて多くの機体が輸出された。
地上攻撃目的で多くの派生機体が開発され、エンジンをラズワルド製のオルモス空冷エンジンに換装した凖同型機Laz-44F/Aなども開発されている。
制空権を失いつつあったWWⅡ後半の枢軸諸国にとって最大の脅威と評価されたが、遣独義勇航空艦隊に供与された機体は制空権の無い戦場でもその高速性を活かし、連合軍機甲部隊相手に多くの戦果を挙げており、多くのエースを生んだ(資料を基に一部編集者妄想)。
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De-3DA
De-3Fを基に艦上攻撃機として再設計された機体。De-3F-21同様、大幅な設計変更が行われ大馬力エンジンにものを言わせた膨大な搭載量を誇る。
3000kgに達する搭載量、ダートの防空両用砲、Mk 12 5インチ砲の有効射程外から攻撃可能なDe-3DA専用の新型航空空気魚雷(重量2t越え)など、他国の艦上攻撃機を圧倒する性能を誇ったが、代償として全備重量8tを超える大型機となったため母艦のカタパルト運用が前提となり、さらに、重い機体を少しでも軽くするためダートの艦上攻撃機同様後部銃座が廃止され、単座式攻撃機となったため、パイロットの負担が大きい機体となった。
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3000kgに達する搭載量、ダートの防空両用砲、Mk 12 5インチ砲の有効射程外から攻撃可能なDe-3DA専用の新型航空空気魚雷(重量2t越え)など、他国の艦上攻撃機を圧倒する性能を誇ったが、代償として全備重量8tを超える大型機となったため母艦のカタパルト運用が前提となり、さらに、重い機体を少しでも軽くするためダートの艦上攻撃機同様後部銃座が廃止され、単座式攻撃機となったため、パイロットの負担が大きい機体となった。
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De-3F-32
1944年に投入された高高度迎撃機、De-3Fの戦争最末期型。800km/hに近い最高速度と上昇性能、大型爆撃機撃墜のため大幅に強化された火力が特徴である。20mm機関砲2門、30mm機関砲2門を基本とし、改造型では37mm機関砲4門を搭載し地上攻撃機としても活躍した。
なお、搭載されている液冷エンジンはYu-234YFに搭載されていたエンジンを改良し、安定性の向上や3000馬力への強化を行われたものである(150-194)。
なお、搭載されている液冷エンジンはYu-234YFに搭載されていたエンジンを改良し、安定性の向上や3000馬力への強化を行われたものである(150-194)。
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De-2YB
1941年にディニズ設計局が開発した空冷四発の爆撃機。整備性が悪いことで採用を見送られた。
空軍内で幅を利かせているボマー・マフィアが設計に口出しした結果、戦略爆撃機として設計された(47-188)。
空軍内で幅を利かせているボマー・マフィアが設計に口出しした結果、戦略爆撃機として設計された(47-188)。
- 諸元
最高速度:484km/h 上限高度:10000m 航続距離:3600km エンジン:空冷四発 爆弾搭載量:6450kg 武装:13mm機銃×12
運動性:悪い 上昇速度:普通 操縦性:少し悪い 防御力:普通 整備性:荼毘に付した 生産性:少し悪い
運動性:悪い 上昇速度:普通 操縦性:少し悪い 防御力:普通 整備性:荼毘に付した 生産性:少し悪い
De-25F
MiG-4.12を基にディニズ設計局が開発した第4.5世複座型単発ジェット戦闘機。コスパが良く、数多くの国に輸出されている。
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1980-1990年代に初飛行して2000年代-2010年代に4.5世代化改修に改修されるか、最初から4.5世代戦闘機として2000年代開発されてまだ見ぬ第4世代戦闘機の後継となる予定(151-176)。
開発時期的にF-16やMiG-29のライバル機となる予定(151-188~189)。
(176-29)にて現代ウマムスタン空軍が運用している戦闘機の参考画像としてMiG-4.12が使用されたことから2020年代も現役の模様。
WTOコードネームFiend(35-167)
主な輸出数 アトロパテネ60機 アッカド4機 ミスル8機 ビルマ16機 アルゲントゥム4機(40-27~37)パカンダ諸王国連合24機(21-172)
開発時期的にF-16やMiG-29のライバル機となる予定(151-188~189)。
(176-29)にて現代ウマムスタン空軍が運用している戦闘機の参考画像としてMiG-4.12が使用されたことから2020年代も現役の模様。
WTOコードネームFiend(35-167)
主な輸出数 アトロパテネ60機 アッカド4機 ミスル8機 ビルマ16機 アルゲントゥム4機(40-27~37)パカンダ諸王国連合24機(21-172)
De-15F
De-25Fの単座型(32-189)。
徘徊型兵器
ディニズ設計局で開発された無人航空機の一種。
航空機型とマルチコプター型が存在し、『2020年ザカフカース紛争』ではアトロパテネ側に供給されたものが、ハイク軍の輸送車両や戦車を撃破するなどの戦果を挙げた(175-90)
航空機型とマルチコプター型が存在し、『2020年ザカフカース紛争』ではアトロパテネ側に供給されたものが、ハイク軍の輸送車両や戦車を撃破するなどの戦果を挙げた(175-90)
新型輸送ヘリ
ウマムスタン国軍で運用中のMi-26に変わる機体としてディニズ設計局で開発中の輸送ヘリ。
設計の段階から装甲騎兵や装甲砲兵、特殊大型機動兵器の運搬を想定されており、空中投下も可能(24-85)(49-189)(51-104)。
なお、開発予算獲得にあたっては陸軍と空軍の協力があった(24-91)。
設計の段階から装甲騎兵や装甲砲兵、特殊大型機動兵器の運搬を想定されており、空中投下も可能(24-85)(49-189)(51-104)。
なお、開発予算獲得にあたっては陸軍と空軍の協力があった(24-91)。
Cak-120F
1940年にチャックマク設計局が開発した空冷単発のレシプロ戦闘機。生産性が大変悪かったが、極めて高性能だったことで精鋭部隊用として極少数生産された。
- 諸元
最高速度:614km/h 上限高度:10000m 航続距離:1100km エンジン:空冷単発 武装:13mm機銃×6
運動性:良い 上昇速度:良い 操縦性:普通 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:荼毘に付した
運動性:良い 上昇速度:良い 操縦性:普通 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:荼毘に付した
Cak-120F-43
第二次大戦中のウマムスタンの高級制空戦闘機、Cak-120Fの戦争最末期型。De-1Fと共に低空での戦闘に参加した。最高速度はDe-1F-54と共に730km/h程度だが、高速域での機動性はより優秀であった。
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Cak-120DF
Cak-120Fを艦上戦闘機に転用した戦闘機。
1943年3月のアキツ艦隊のバンダレ・アッバース訪問時(スレ159,160,161)、ウマムスタン海軍とアキツ海軍の親善行事の一つとして模擬空戦が行われたが、この際アキツ海軍航空隊の駆るユティッシ重工製のYu-233DF/天風にウマムスタン海軍の精鋭が駆る本機が圧勝したという出来事があった。
1943年3月のアキツ艦隊のバンダレ・アッバース訪問時(スレ159,160,161)、ウマムスタン海軍とアキツ海軍の親善行事の一つとして模擬空戦が行われたが、この際アキツ海軍航空隊の駆るユティッシ重工製のYu-233DF/天風にウマムスタン海軍の精鋭が駆る本機が圧勝したという出来事があった。
Cak-120DF-11
ウマムスタン初の制式艦上戦闘機。
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Cak-120DF-21
1941年6月より生産開始された型。アキツでの試験結果なども踏まえCak-120F-11に対し高揚力装置の改善、主脚の更なる強化、重量バランスの見直し、設計改良による軽量化を行なった型。
各所に改良を施したものの艦上機としてはやはりまだ扱いにくい部分が多く、当時のウマムスタン軍航空機の中でも最も工数が多い機体でありながら事故喪失機は後をたたなかった。それでもウマムスタン軍はその工業力に物を言わせ、喪失機を即座に補充することでアキツ売却前のブルンクル級空母や空母に見立てた陸上航空基地での空母航空隊の猛訓練を続けた(160-179~180)。
各所に改良を施したものの艦上機としてはやはりまだ扱いにくい部分が多く、当時のウマムスタン軍航空機の中でも最も工数が多い機体でありながら事故喪失機は後をたたなかった。それでもウマムスタン軍はその工業力に物を言わせ、喪失機を即座に補充することでアキツ売却前のブルンクル級空母や空母に見立てた陸上航空基地での空母航空隊の猛訓練を続けた(160-179~180)。
Cak-120DF-32
1942年11月より生産開始された型。エンジンを前型の1800馬力のものから2000馬力級のものへと換装するなどの改良を施し、6000mで640km/hを発揮するなどの高性能化を果たした。翌年には新型艦載機実用化のめどが立っていたため、比較的少数の量産に留まった(160-179~180)。
Cak-123F
1943年にチャックマク設計局が開発した戦闘機。動力複合機であり、ターボプロップとターボジェットエンジンを搭載している。
Cak-120Fと同じように生産性が大変悪かったが、839km/hという速度は魅力的であったため、首都防空部隊の虎の子として配備された。
ジェットエンジンを搭載した実用戦闘機としては世界で三番目となっている。
なお、実用化、実戦配備の時期で言えば、1943年に既に首都防空隊に配備が始まっていた本機こそが「世界最初のジェット戦闘機」であるという意見もある(121-84)。
パイロット達からは空戦性能を高く評価され「ウマムスタン空軍におけるジェット戦闘機設計の見本」と讃えられることもあるが、一方で同時期に開発されていた各国のジェット戦闘機に比べて数倍の工数がかかるという生産性の問題も抱えており、整備性は各国のジェット戦闘機同様劣悪なものであったため、評価する者の立場によって大きく評価の変わる機体でもあった(121-84~90)。
Cak-120Fと同じように生産性が大変悪かったが、839km/hという速度は魅力的であったため、首都防空部隊の虎の子として配備された。
ジェットエンジンを搭載した実用戦闘機としては世界で三番目となっている。
なお、実用化、実戦配備の時期で言えば、1943年に既に首都防空隊に配備が始まっていた本機こそが「世界最初のジェット戦闘機」であるという意見もある(121-84)。
パイロット達からは空戦性能を高く評価され「ウマムスタン空軍におけるジェット戦闘機設計の見本」と讃えられることもあるが、一方で同時期に開発されていた各国のジェット戦闘機に比べて数倍の工数がかかるという生産性の問題も抱えており、整備性は各国のジェット戦闘機同様劣悪なものであったため、評価する者の立場によって大きく評価の変わる機体でもあった(121-84~90)。
また、この機体に搭載されたターボプロップエンジンを車両搭載型のガスタービンエンジンとして転用した試作戦車が1944年の中戦車コンペに三社(カブール自動車、サーレポル重工、イルディリム設計局)から提出され、イルディリム案が採用されOST-144Yiとして正式採用、1946年の重戦車コンペにおいてもイクバール設計局案において搭載され、TIq-147として正式採用されている(47-31~48,78~104)。
- 諸元
最高速度:839km/h 上限高度:14000m 航続距離:1200km エンジン:ターボプロップ+ターボジェット(遠心式) 武装:20mm機関砲×4
運動性:良い 上昇速度:少し良い 操縦性:良い 防御力:普通 整備性:悪い 生産性:荼毘に付した
運動性:良い 上昇速度:少し良い 操縦性:良い 防御力:普通 整備性:悪い 生産性:荼毘に付した
Cak-121A、Cak-121R
1941年にチャックマク設計局が開発した液冷双発の重戦闘爆撃機、長距離偵察機。元々は戦術爆撃機として設計されたが、その高速性から再設計された。
- 諸元
最高速度:588km/h 上限高度:10000m 航続距離:2200km エンジン:液冷双発 爆弾搭載量:2100kg 武装:13mm機銃×6
運動性:普通 上昇速度:少し良い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:少し悪い 生産性:悪い
運動性:普通 上昇速度:少し良い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:少し悪い 生産性:悪い
Cak-9F
MiG-105を基にチャックマク設計局が開発したTactical Laser System/TLS搭載型宇宙戦闘機。ウマムスタン初の宇宙戦闘機として知られている。
開発時の秘匿名称は「星鷲」または「星の鷲」、「鷲」。ウマムスタンでのコードネームは「シャヒン」(4-71)
配備コストは一機当たり約3億ウム(3億ダートドル以上)=(機体調達価格約2.5億ウム+打ち上げロケット(再使用型)約0.5億ウム)(4-130)
WTOコードネームForay(35-167)
開発時の秘匿名称は「星鷲」または「星の鷲」、「鷲」。ウマムスタンでのコードネームは「シャヒン」(4-71)
配備コストは一機当たり約3億ウム(3億ダートドル以上)=(機体調達価格約2.5億ウム+打ち上げロケット(再使用型)約0.5億ウム)(4-130)
WTOコードネームForay(35-167)
Cak-19F
Cak-9Fの複座型(32-182)。
Laz-34B
1934年にラズワルド航空技研がユンカース社と共同開発したウマムスタン初の全金属製単葉の空冷双発爆撃機。
1936年に勃発したワジリスタン事変において、ウマムスタン海軍航空隊爆撃機隊の中核を担った。
WWⅡ勃発時に既に旧式化していたが、交戦各国に輸出された機体が各種任務に従事している。
モデルはB-10
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1936年に勃発したワジリスタン事変において、ウマムスタン海軍航空隊爆撃機隊の中核を担った。
WWⅡ勃発時に既に旧式化していたが、交戦各国に輸出された機体が各種任務に従事している。
モデルはB-10
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- 諸元(Laz-34B-11(初期生産型))
最高速度:310km/h(高度2000m) 上限高度:8500m 航続距離:2200km エンジン:空冷双発 武装:7.5mm機銃×3 爆装:1000kg
Laz-37B
1937年にラズワルド航空技研が開発したLaz-34Bの後継爆撃機。
1936年から続くワジリスタン事変後半において、Laz-34Bに代わってウマムスタン海軍航空隊爆撃機隊の中核を担った。
詳細はこちら
1936年から続くワジリスタン事変後半において、Laz-34Bに代わってウマムスタン海軍航空隊爆撃機隊の中核を担った。
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Laz-38A
1938年にラズワルド航空技研が開発した空冷単発の襲撃機。何故か、戦闘機コンペに出されたが、後日、無事に襲撃機・攻撃機コンペ送りとなった。
- 諸元
最高速度:461km/h 上限高度:13000m 航続距離:1500km エンジン:空冷単発 武装:20mm機関砲×2、7.5mm機銃×2 爆装:最大250kg
運動性:普通 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:少し悪い 生産性:少し良い
運動性:普通 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:少し悪い 生産性:少し良い
Laz-40A
1940年にラズワルド航空技研が開発した空冷単発の襲撃機。何故か、戦闘機コンペに出された。これ以降、ラズワルド設計局は戦闘機コンペ出禁となった。
- 諸元
最高速度:543km/h 上限高度:14000m 航続距離:1400km エンジン:空冷単発 武装:13mm機銃×4+爆装400kg
運動性:悪い 上昇速度:良い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:普通 生産性:少し良い
運動性:悪い 上昇速度:良い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:普通 生産性:少し良い
Laz-40DA
Laz-40Aを基に開発された初の国産艦上攻撃機。
艦載機と陸上機の共通化を前提としていたウマムスタンの事情から雷撃機と爆撃機両方の役割を果たせるよう設計された先進的な艦上機であり、その後の艦上攻撃機の方向性を決定づけた。
詳細はこちら
艦載機と陸上機の共通化を前提としていたウマムスタンの事情から雷撃機と爆撃機両方の役割を果たせるよう設計された先進的な艦上機であり、その後の艦上攻撃機の方向性を決定づけた。
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Laz-44F/A
1944年にラズワルド航空技研が開発したDe-3F-21の凖同型機。
Laz-40Aの生産終了に伴い、生産ラインに余裕のできたラズワルド社にDe-3F-21の生産を一部移行するために開発された。
エンジンをディニズ製の2200馬力のSMN-5液冷エンジンから、ラズワルド製の2500馬力を誇るオルモス空冷エンジンに乗せ換えてあることが特徴。
翌年の1945年にはエンジンを強化し、搭載量を4000kgまで増加したDe-3F-21の改良型であるDe-3F-22が登場したのに合わせ、こちらも同様の改良がなされたLaz-44F/A-12に生産が切り替えられた。
詳細はこちら
Laz-40Aの生産終了に伴い、生産ラインに余裕のできたラズワルド社にDe-3F-21の生産を一部移行するために開発された。
エンジンをディニズ製の2200馬力のSMN-5液冷エンジンから、ラズワルド製の2500馬力を誇るオルモス空冷エンジンに乗せ換えてあることが特徴。
翌年の1945年にはエンジンを強化し、搭載量を4000kgまで増加したDe-3F-21の改良型であるDe-3F-22が登場したのに合わせ、こちらも同様の改良がなされたLaz-44F/A-12に生産が切り替えられた。
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Laz-41B
1940年にラズワルド航空技研が開発した液冷四発の爆撃機。当時、開発されたばかりの地中貫通爆弾を搭載可能。ウマムスタン初の戦略爆撃機としてその名を世界に知らしめた。
東部戦線各地でウマムスタンに降伏した枢軸軍捕虜が優遇されている内容を記した写真付きのビラをばら撒き、枢軸軍兵士に降伏を促すビラ撒き作戦に従事したことでも有名(85-84)。
東部戦線各地でウマムスタンに降伏した枢軸軍捕虜が優遇されている内容を記した写真付きのビラをばら撒き、枢軸軍兵士に降伏を促すビラ撒き作戦に従事したことでも有名(85-84)。
また、1943年3月のバンダレ・アッバース訪問時(スレ159,160,161)にアキツ海軍がその存在を知り、「ダート軍がこれを超える戦略爆撃機を投入してきた場合、対処できないのではないか?」という危機感を与え、高々度を飛ぶ戦略爆撃機を撃墜できるような局地戦闘機の必要性を認識させた(162.5-166~176)。
- 諸元
最高速度:495km/h 上限高度:11000m 航続距離:4400km(保留中)(166-27)
運動性:荼毘に付した 上昇速度:少し良い 操縦性:普通 防御力:普通 整備性:普通 生産性:普通
エンジン:液冷四発 爆弾搭載量:9600kg 武装:13mm機銃×12、試製地中貫通爆弾搭載可能
運動性:荼毘に付した 上昇速度:少し良い 操縦性:普通 防御力:普通 整備性:普通 生産性:普通
エンジン:液冷四発 爆弾搭載量:9600kg 武装:13mm機銃×12、試製地中貫通爆弾搭載可能
Laz-41E早期警戒機
このLaz-41E早期警戒機はダートのTBM-3Wに先駆けて、製造・実戦投入された世界初の早期警戒機(AEW)で
レーダーによる空中・地上目標の索敵は勿論のこと、情報の整理・分析・共有、友軍への航空管制も可能と
早期警戒機をすっ飛ばして、早期警戒管制機(AWACS)段階に半分くらい突っ込んでいた代物だったね(86-45)
クルスクの戦いの航空戦にてゲルウマン空軍の待ち伏せを看破するなど活躍(86-153)。
レーダーによる空中・地上目標の索敵は勿論のこと、情報の整理・分析・共有、友軍への航空管制も可能と
早期警戒機をすっ飛ばして、早期警戒管制機(AWACS)段階に半分くらい突っ込んでいた代物だったね(86-45)
クルスクの戦いの航空戦にてゲルウマン空軍の待ち伏せを看破するなど活躍(86-153)。
Laz-41T輸送機
Laz-42T
ラズワルド航空技研が開発した最初から輸送機として設計された大型輸送機。
爆撃機改装型のLaz-41T輸送機に比べてよりペイロードを大きくとっており、同時期に連合軍で運用されていたC-47スカイトレインの約9倍の25tもの積載重量を誇った。また貨物積み込み用のエレベーターと機内クレーンが設置されて貨物積み込みを容易にし、特殊な貨物搬送装置の必要性を軽減することができたため、空軍に大型輸送機の有用性を証明した。
重砲や軽戦車のみならず、中戦車であるOST-137Yi(旧称TYi-137)の空中投下も可能。
モデルはC-74グローブマスター(支援SS「遠い橋へ」で初出)
爆撃機改装型のLaz-41T輸送機に比べてよりペイロードを大きくとっており、同時期に連合軍で運用されていたC-47スカイトレインの約9倍の25tもの積載重量を誇った。また貨物積み込み用のエレベーターと機内クレーンが設置されて貨物積み込みを容易にし、特殊な貨物搬送装置の必要性を軽減することができたため、空軍に大型輸送機の有用性を証明した。
重砲や軽戦車のみならず、中戦車であるOST-137Yi(旧称TYi-137)の空中投下も可能。
モデルはC-74グローブマスター(支援SS「遠い橋へ」で初出)
Laz-〇〇
(173-23)で言及された現代のウマムスタン空軍が配備しているラズワルド航空宇宙工業製の超音速戦略爆撃機。
愛称は「アズラーイール(死天使)」(178-81)
1970年代から1980年代にかけて開発され爆撃機としては殆ど最新鋭であること、形状がダートのB-1やウマシアのTu-160のようにスマートであること、戦闘機や攻撃機以外ではほぼ存在しない音速を超えることが出来る機体という情報以外は詳細不明。
虚空秘密教団殲滅作戦「赤翼作戦」の最後の仕上げとして教団本部を石器時代に戻すべく絨毯爆撃に使用された(178-150)。
愛称は「アズラーイール(死天使)」(178-81)
1970年代から1980年代にかけて開発され爆撃機としては殆ど最新鋭であること、形状がダートのB-1やウマシアのTu-160のようにスマートであること、戦闘機や攻撃機以外ではほぼ存在しない音速を超えることが出来る機体という情報以外は詳細不明。
虚空秘密教団殲滅作戦「赤翼作戦」の最後の仕上げとして教団本部を石器時代に戻すべく絨毯爆撃に使用された(178-150)。
Yu-229YF
1938年にスズカ・ユティッシ重工が開発した液冷双発の戦闘機。生産性が悪いことで採用を見送られた。
- 諸元
最高速度:529km/h 上限高度:9000m 航続距離:850km エンジン:液冷双発 武装:20mm機関砲×1、13mm機銃×4
運動性:少し良い 上昇速度:少し悪い 操縦性:少し悪い 防御力:少し良い 整備性:少し良い 生産性:荼毘に付した
運動性:少し良い 上昇速度:少し悪い 操縦性:少し悪い 防御力:少し良い 整備性:少し良い 生産性:荼毘に付した
Yu-231F/A
1940年にスズカ・ユティッシ重工が開発した空冷双発の戦闘爆撃機。国外へと積極的に輸出され、主に中東諸国で売れた。
また、Yu-231F/Aのエンジンはアキツ政府がライセンスを購入し、戦時中のアキツ国内でライセンス生産された(165-40)。
また、Yu-231F/Aのエンジンはアキツ政府がライセンスを購入し、戦時中のアキツ国内でライセンス生産された(165-40)。
- 諸元
最高速度:613km/h 上限高度:9000m 航続距離:1400km エンジン:空冷双発 武装:13mm機銃×6
運動性:普通 上昇速度:悪い 操縦性:良い 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:普通
運動性:普通 上昇速度:悪い 操縦性:良い 防御力:普通 整備性:少し良い 生産性:普通
Yu-231F/A-33
第二次大戦中のウマムスタンの主力重戦闘機、攻撃機、Yu-231F/Aの戦争最末期型。エンジンを二つとも2000馬力級エンジンに換装し、第二次大戦中の重戦闘機としては最高レベルの6000mで740kmという速度性能を発揮した。
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Yu-233DF/天風
スズカ・ユティッシ重工の四日市工場が中心となって設計した艦上戦闘機。実質的な零戦の後継機となった。
この時期のユティッシ重工はYu-229YFが落選し、Yu-231F/Aは戦闘爆撃機として採用されたもののラズワルド航空技研の存在を考えるといまいちパッとしなかった。中東諸国では売れているが、本国での実績がろくにない状態であった。故にスズカ・ユティッシ重工は列強国での実績を欲し、目を付けたのがアキツ海軍であった。この時期のアキツ海軍の主力機として採用されていた零式艦上戦闘機、その製造元である三菱重工はエンジンを巡る議論や相次ぐ零戦の改修の影響で零戦の後継艦上戦闘機の設計が停滞していた。
そこでその間隙を付いて新規設計の艦上戦闘機をねじ込み、契約を取ることで実績を示し、本国での評価に繋げるという何とも回りくどい企みを実行することにしたのだ。この新型戦闘機はYu-233DFの仮称が与えられ開発が進んだ。アキツの技術力で想定通りの性能を発揮することに苦労したり、途中で要求性能が変わるなどの事件もありつつ、鹵獲したF4F-4の設計の長所を取り入れ、試作三号機が満足のいく性能を発揮し、1942年10月にアキツ海軍の高官達の前で披露されてその高速性と整備性の良さを買われて制式採用が決定、天風の名が与えられた(150-78)。
機体特性は零戦から大きく変化した高速一撃離脱型の機体であったが、それ以上に高性能な機体であった。
なお、生産は制式採用を見越してユティッシ重工側で既に生産ラインが用意されており、翌月の1942年11月には天鸞航空隊など一部部隊で機種転換訓練が始まっている(150-81)。戦時中に勝手に何をやっているこの馬鹿は…
初期生産型20機が配備された天鸞・雲鸞艦隊では熟練の天鸞搭乗員から「零戦の方が機敏に反応出来た」と不満の声が上がる一方で、新米パイロットが多い雲鸞航空隊は「これくらいが丁度良い」と操縦性を褒めた。また、600km/h超えの高速性と機体の頑丈さに由来する急降下性能の高さは共通して高く評価された。
戦時中のアキツでの総生産機数は9000-13500機と資料によって幅がある(150-120~121)。
エンジンはアキツでライセンス生産されたYu-231F/Aのエンジンを単発機向けに改良されたものと推測されている(165-55,115)。違うかも…(191-193)
ゆっくり解説 零を継ぐお雇い外国機「天風」①②
この時期のユティッシ重工はYu-229YFが落選し、Yu-231F/Aは戦闘爆撃機として採用されたもののラズワルド航空技研の存在を考えるといまいちパッとしなかった。中東諸国では売れているが、本国での実績がろくにない状態であった。故にスズカ・ユティッシ重工は列強国での実績を欲し、目を付けたのがアキツ海軍であった。この時期のアキツ海軍の主力機として採用されていた零式艦上戦闘機、その製造元である三菱重工はエンジンを巡る議論や相次ぐ零戦の改修の影響で零戦の後継艦上戦闘機の設計が停滞していた。
そこでその間隙を付いて新規設計の艦上戦闘機をねじ込み、契約を取ることで実績を示し、本国での評価に繋げるという何とも回りくどい企みを実行することにしたのだ。この新型戦闘機はYu-233DFの仮称が与えられ開発が進んだ。アキツの技術力で想定通りの性能を発揮することに苦労したり、途中で要求性能が変わるなどの事件もありつつ、鹵獲したF4F-4の設計の長所を取り入れ、試作三号機が満足のいく性能を発揮し、1942年10月にアキツ海軍の高官達の前で披露されてその高速性と整備性の良さを買われて制式採用が決定、天風の名が与えられた(150-78)。
機体特性は零戦から大きく変化した高速一撃離脱型の機体であったが、それ以上に高性能な機体であった。
なお、生産は制式採用を見越してユティッシ重工側で既に生産ラインが用意されており、翌月の1942年11月には天鸞航空隊など一部部隊で機種転換訓練が始まっている(150-81)。
初期生産型20機が配備された天鸞・雲鸞艦隊では熟練の天鸞搭乗員から「零戦の方が機敏に反応出来た」と不満の声が上がる一方で、新米パイロットが多い雲鸞航空隊は「これくらいが丁度良い」と操縦性を褒めた。また、600km/h超えの高速性と機体の頑丈さに由来する急降下性能の高さは共通して高く評価された。
戦時中のアキツでの総生産機数は9000-13500機と資料によって幅がある(150-120~121)。
エンジンはアキツでライセンス生産されたYu-231F/Aのエンジンを単発機向けに改良されたものと推測されている(165-55,115)。
ゆっくり解説 零を継ぐお雇い外国機「天風」①②
- 諸元
速度:626 km/h(アキツ海軍基準(151-144,152-53)) 上限高度:12000m 航続距離:1600km(増槽なし)(166-27) 運動性:普通 上昇速度:少し悪い 操縦性:普通 防御力:少し良い 整備性:少し良い 生産性:普通
武装:20mm機関砲×1 20mm機関砲×2(155-158〜162で修正、流石に液冷はないはず)、13mm機銃×2
爆装時:25番(250kg)×2、または50番(500kg)×1、または80番(800kg)×1(150-122,152-112)また、航続距離の減少はF4U-1の爆装時に準じると仮定(152-112)
武装:
爆装時:25番(250kg)×2、または50番(500kg)×1、または80番(800kg)×1(150-122,152-112)また、航続距離の減少はF4U-1の爆装時に準じると仮定(152-112)
AXYu
Yu-233DF/天風のアキツにおける機種記号。
A7Yuとされず、AXYuと本来ならば技術試験などの目的で輸入した機体に付けられる記号が付けられたのは一説によると零戦の構造設計を知ったユティッシ重工の技術者が「私は空力の真髄を見た」として、零戦の後継となる番号を付けられることを固辞したためと言われている(150-78~79)
A7Yuとされず、AXYuと本来ならば技術試験などの目的で輸入した機体に付けられる記号が付けられたのは一説によると零戦の構造設計を知ったユティッシ重工の技術者が「私は空力の真髄を見た」として、零戦の後継となる番号を付けられることを固辞したためと言われている(150-78~79)
天風一一型
天風一一甲型(仮称)
一一型に三式空六号無線電信機を装備し、夜間戦闘機として使用可能な改修を施された機体(190-178,191-25)。
天風二一型
未登場。
一一型から発着艦や空母運用に必要な装備を外し局地戦闘機として改修した機体(189-42~43,190-75,191-192)。
なお、局地戦闘機にすると名前被り(天雷)が発生する。
まぁ強風→紫電とかあるから…→天電になるかも?(191-192)
一一型から発着艦や空母運用に必要な装備を外し局地戦闘機として改修した機体(189-42~43,190-75,191-192)。
なお、局地戦闘機にすると名前被り(天雷)が発生する。
まぁ強風→紫電とかあるから…→天電になるかも?(191-192)
天風三二型
1943年末に登場すると思われる一一型の改修型(191-192)。
格闘戦能力が不足(アキツ軍基準)していた天風の弱点を補うため天風と同じような理由で川西航空機が開発していた局地戦闘機に搭載された手動式空戦フラップや自動空戦フラップを装備し、機体形状の洗練、軽量化が図られている(150-127~133,152-103~113,153-18,183-156,189-42)。
また、エンジンも初期の2000hp級から2200-2300hp級のエンジンに換装され、20-30km/hの速度向上が見込まれている(150-123,152-113,183-156)。
また、同年に成立したバーラト休戦により、ウマムスタン本国のユティッシ重工から提供された大型プロペラを基にプロペラの改修も行われ、上昇速度が向上している(155-61)。
太平洋戦争後期のアキツ海軍機動部隊の主力戦闘機を務めると思われる。
格闘戦能力が不足(アキツ軍基準)していた天風の弱点を補うため天風と同じような理由で川西航空機が開発していた局地戦闘機に搭載された手動式空戦フラップや自動空戦フラップを装備し、機体形状の洗練、軽量化が図られている(150-127~133,152-103~113,153-18,183-156,189-42)。
また、エンジンも初期の2000hp級から2200-2300hp級のエンジンに換装され、20-30km/hの速度向上が見込まれている(150-123,152-113,183-156)。
また、同年に成立したバーラト休戦により、ウマムスタン本国のユティッシ重工から提供された大型プロペラを基にプロペラの改修も行われ、上昇速度が向上している(155-61)。
太平洋戦争後期のアキツ海軍機動部隊の主力戦闘機を務めると思われる。
天風五二型
1943年末に登場すると思われる二一型の改修型(191-192)。
基本的な改修点は三二型に準じると思われるが、三二型と違い、防御力と火力が増加するダートの大型爆撃機に対抗するため、こちらも武装の改修が行われるかも?
基本的な改修点は三二型に準じると思われるが、三二型と違い、防御力と火力が増加するダートの大型爆撃機に対抗するため、こちらも武装の改修が行われるかも?
天風〇〇型
登場時期不明。
武装を20mm機関砲×2、13mm機銃×2から20mm機関砲×4に換装し、火力向上を図った機体(153-136)。
武装を20mm機関砲×2、13mm機銃×2から20mm機関砲×4に換装し、火力向上を図った機体(153-136)。
Yu-234YF
1943年にスズカ・ユティッシ重工が開発した液冷単発の戦闘機。二重反転プロペラを採用したエンテ型の戦闘機であり、ウマムスタンのレシプロ戦闘機としては最速。
その性能に惚れ込んだスズカ・ユティッシ重工上層部は空軍コンペでの勝利を確実なものとするべく、シオン人義勇航空部隊にパイロット付きで機体を納入することで
審査中に実戦投入を行うという離れ業をやってのけ、実際に活躍したものの、最終的にはCak-123Fの存在や生産性が悪いことで採用を見送られ、航空博物館送りにされた。
なお、搭載されていた試作液冷エンジンは後に安定性や3000馬力への強化を行われた改良型が1944年より生産されたDe-3F-32に採用されている(150-194)。
その性能に惚れ込んだスズカ・ユティッシ重工上層部は空軍コンペでの勝利を確実なものとするべく、シオン人義勇航空部隊にパイロット付きで機体を納入することで
審査中に実戦投入を行うという離れ業をやってのけ、実際に活躍したものの、最終的にはCak-123Fの存在や生産性が悪いことで採用を見送られ、航空博物館送りにされた。
なお、搭載されていた試作液冷エンジンは後に安定性や3000馬力への強化を行われた改良型が1944年より生産されたDe-3F-32に採用されている(150-194)。
1943年3月のバンダレ・アッバース訪問時(スレ159,160,161)、ウマムスタン海軍とアキツ海軍の親善行事の一つとして模擬空戦が行われたが、この際アキツ海軍航空隊の駆るユティッシ重工製のYu-233DF/天風がチャックマク設計局製のCak-120DFに完敗(ウマムスタン側が海軍の最精鋭部隊であり、アキツ側の空戦戦術の遅れや、両機の特性の違いなどもある)し、この結果がアキツ本国に伝われば自社の開発力が疑われると焦ったユティッシ重工側が実戦投入したばかりの新型機である本機の現物を一機アキツ側に譲渡し、技術力アピールを行っている(161-32~44)。
- 諸元
最高速度:759km/h 上限高度:14000m 航続距離:1100km エンジン:液冷単発+二重反転プロペラ 武装:20mm機関砲×4
運動性:普通 上昇速度:少し良い 操縦性:少し良い 防御力:少し悪い 整備性:少し悪い 生産性:荼毘に付した
運動性:普通 上昇速度:少し良い 操縦性:少し良い 防御力:少し悪い 整備性:少し悪い 生産性:荼毘に付した
Yu-232YB
1941年にスズカ・ユティッシ重工が開発した液冷四発の爆撃機。空対地ミサイルの始祖とも言える無線誘導爆弾を搭載可能。生産性と整備性が悪いことで採用を見送られた。
- 諸元
最高速度:549km/h 上限高度:11000m 航続距離:3900km
運動性:普通 上昇速度:少し良い 操縦性:最高 防御力:普通 整備性:荼毘に付した 生産性:荼毘に付した
エンジン:液冷四発 爆弾搭載量:9700kg 武装:13mm機銃×12、試製手動指令照準線一致誘導方式誘導爆弾搭載可能。
運動性:普通 上昇速度:少し良い 操縦性:最高 防御力:普通 整備性:荼毘に付した 生産性:荼毘に付した
エンジン:液冷四発 爆弾搭載量:9700kg 武装:13mm機銃×12、試製手動指令照準線一致誘導方式誘導爆弾搭載可能。
Yu-232YB六発無尾翼機案
国立軍事博物館戦略爆撃機展示場に展示されているYu-232YBの試作機(48-65)。
当時の技術では設計上の困難が多く、安定性が欠けることからコンペには未提出(47-174,48-92)。
当時の技術では設計上の困難が多く、安定性が欠けることからコンペには未提出(47-174,48-92)。
YL-232XAC/E(シームルグ)
イルディリム設計局とラズワルド航空宇宙工業が共同開発した全長317m、全幅524mの重巡航管制機。コードネームは【ヴィクトリア湖の巨鳥】(43-136)
プロジェクト・ザファルの一環である空中艦隊構想に基づき開発された(43-9)動力複合機あるいは電動航空機。機体動力は離水用の補助推進ロケット(RATO)、GE90以上の推力の高バイパスターボファンエンジン、人工衛星からのマイクロ波送電とターボファンエンジンで発電した電力を動力源とする推進式二重反転プロペラとなっている(44-87)。
航空管制・空域制圧・対地支援・貨物運輸と多くの役割を持たされている。無人機を翼下に吊り下げて40機前後搭載可能(44-87)であるが、有人機もPak-40などの垂直離着陸機に限定すれば、ペイロードベイで運用可能である(51-24~28)。
武装は大アキツ皇国から技術協力を受けた305mm弾体加速装置の他、防空用として多数のTLS、CIWS、AAM、SAM、対地支援用として巡航ミサイル、誘導爆弾、57mm機関砲などを搭載している。
また、防御面では無人機に反射鏡を装備させ、防空用TLSを照射することにより、母機を包み込む形でレーザーの籠を出現させる防衛システムを備えている。
その巨体からは想像しにくいが、ステルス性に優れており、各国軍や諜報組織の中でもこの機体について把握できているのは一握りである(52-145)。
統合司令部直轄の空中司令部として運用されており、将来的には成層圏プラットフォームとしてヒュドラシステムの一環を構成することが構想されている(53-93)。また、本機の搭載機以外に、Kar-202を装備した航空隊が護衛部隊として配備されている(43-136)(53-89)。
プロジェクト・ザファルの一環である空中艦隊構想に基づき開発された(43-9)動力複合機あるいは電動航空機。機体動力は離水用の補助推進ロケット(RATO)、GE90以上の推力の高バイパスターボファンエンジン、人工衛星からのマイクロ波送電とターボファンエンジンで発電した電力を動力源とする推進式二重反転プロペラとなっている(44-87)。
航空管制・空域制圧・対地支援・貨物運輸と多くの役割を持たされている。無人機を翼下に吊り下げて40機前後搭載可能(44-87)であるが、有人機もPak-40などの垂直離着陸機に限定すれば、ペイロードベイで運用可能である(51-24~28)。
武装は大アキツ皇国から技術協力を受けた305mm弾体加速装置の他、防空用として多数のTLS、CIWS、AAM、SAM、対地支援用として巡航ミサイル、誘導爆弾、57mm機関砲などを搭載している。
また、防御面では無人機に反射鏡を装備させ、防空用TLSを照射することにより、母機を包み込む形でレーザーの籠を出現させる防衛システムを備えている。
その巨体からは想像しにくいが、ステルス性に優れており、各国軍や諜報組織の中でもこの機体について把握できているのは一握りである(52-145)。
統合司令部直轄の空中司令部として運用されており、将来的には成層圏プラットフォームとしてヒュドラシステムの一環を構成することが構想されている(53-93)。また、本機の搭載機以外に、Kar-202を装備した航空隊が護衛部隊として配備されている(43-136)(53-89)。
晴嵐改(仮称)
WWⅡ後にウマムスタン海軍に引き渡されたと考えられる伊400型潜水空母に搭載されたと思われる機体。
潜水艦搭載水上ジェット攻撃機というロマン枠(145-103)。
なお、名称は艦と共にウマムスタン海軍に移籍していたアキツ人乗組員が勝手に呼んでいるものと考えられている(147-67)。
スレ本編に登場するかどうかを含めて全て未定
潜水艦搭載水上ジェット攻撃機というロマン枠(145-103)。
なお、名称は艦と共にウマムスタン海軍に移籍していたアキツ人乗組員が勝手に呼んでいるものと考えられている(147-67)。
スレ本編に登場するかどうかを含めて全て未定
外国機
Pak-40
Yak-141を基にパカンダ国営兵器産業廠とスズカ・ユティッシ重工が共同開発した垂直離着陸(V/STOL)戦闘機。サイレンス・セキュリティ社やYL-232XAC/Eで運用されている(51-24~28)。
性能はYak-141以上Yak-43未満(52-152)
性能はYak-141以上Yak-43未満(52-152)
Grumman F4F Wildcat
WWⅡ時にダート合衆国のグラマン社が開発した艦上戦闘機。
ダート海軍の主力艦上戦闘機としてダート任務部隊の防空を担当していたが、太平洋戦争初期はアキツ海軍の零戦に性能的に劣っており苦戦を強いられた。
その後、ほぼ無傷で鹵獲した零戦の分析による対零戦戦術の確立や改修により、零戦相手にも劣らぬ性能を発揮したが、後継機であるF6Fの登場により主力艦上戦闘機の座を譲った。
ダート海軍の主力艦上戦闘機としてダート任務部隊の防空を担当していたが、太平洋戦争初期はアキツ海軍の零戦に性能的に劣っており苦戦を強いられた。
その後、ほぼ無傷で鹵獲した零戦の分析による対零戦戦術の確立や改修により、零戦相手にも劣らぬ性能を発揮したが、後継機であるF6Fの登場により主力艦上戦闘機の座を譲った。
なお、1942年9月に発生したガダルカナル島を巡る戦い(ガタルカナル島沖航空戦)(スレ146,147)の最中、編隊から逸れ母艦と間違えて空母コンコードに誤着艦したアキツ軍パイロットによって脱出の際に一機が強奪され、アキツ軍に改修されたばかりの無傷の新型機が渡ってしまった事件がある(148-111~122)。
F4F-3
F4Fの最初期型。
ウェーク島で地上撃破された本機の残骸の一部がウマムスタンへ渡り、後々のKar-23などといった戦闘機の艦載型の設計に役立てられた(ウェーク・キャット)(140-131~133)。
ウェーク島で地上撃破された本機の残骸の一部がウマムスタンへ渡り、後々のKar-23などといった戦闘機の艦載型の設計に役立てられた(ウェーク・キャット)(140-131~133)。
F4F-4
F4Fの改修型。
この型から折り畳み翼機構が採用され、中高度向けの2段過給器付エンジンに換装され、出力が向上した。
上記の強奪事件によりアキツ軍に実機が渡ってしまい、Yu-233DF/天風の設計開発に利用された(ガダルカナル・キャットぇ…)(150-44)。
この型から折り畳み翼機構が採用され、中高度向けの2段過給器付エンジンに換装され、出力が向上した。
上記の強奪事件によりアキツ軍に実機が渡ってしまい、Yu-233DF/天風の設計開発に利用された(ガダルカナル・キャットぇ…)(150-44)。
マートレット
アルビオンに供給されたF4Fのアルビオン名。
アルビオン東洋艦隊に配属された機体が第一次セイロン沖海戦、サバン島沖海戦、第二次セイロン沖海戦などでアキツ海軍の機動部隊と交戦した(スレ142,143,154,155,156)。
アルビオン東洋艦隊に配属された機体が第一次セイロン沖海戦、サバン島沖海戦、第二次セイロン沖海戦などでアキツ海軍の機動部隊と交戦した(スレ142,143,154,155,156)。
Nieuport 17
WWⅠ時にガリアで開発された複葉戦闘機。
優れた性能を発揮したため、ガリア軍や連合軍のみならず敵であったゲルウマン帝国でも鹵獲した機体を基にしたコピー品が作られた。
ソンムの戦いにも参戦しており、当時見習士官として戦場にいたマヤノトップガンに空への憧れを抱かせた機体(159-190)。
優れた性能を発揮したため、ガリア軍や連合軍のみならず敵であったゲルウマン帝国でも鹵獲した機体を基にしたコピー品が作られた。
ソンムの戦いにも参戦しており、当時見習士官として戦場にいたマヤノトップガンに空への憧れを抱かせた機体(159-190)。
Voisin LAS
WWⅠ時にガリアで開発された複葉複座軽爆撃機。
西部戦線では性能不足と判断されたが、生産に高度な技術を必要としない設計だったため帝政ウマシアでは戦争末期までライセンス生産が続けられた。
ウマシア内戦時もウマシア国内の各勢力で使用され、赤軍に所属していた機体がトップガン・マローダーと交戦している(160-15)。
西部戦線では性能不足と判断されたが、生産に高度な技術を必要としない設計だったため帝政ウマシアでは戦争末期までライセンス生産が続けられた。
ウマシア内戦時もウマシア国内の各勢力で使用され、赤軍に所属していた機体がトップガン・マローダーと交戦している(160-15)。
SPAD S.VII
WWⅠ時にガリアで開発された複葉戦闘機。
高速性と強度の高い設計を活かした一撃離脱戦法で空戦の模様を一変させた。
スレ内ではウマシア内戦-第三次カブーリスターン戦争時のマヤノトップガンの愛機として登場。爆装可能に改造した機体で赤軍やアルビオン軍相手に暴れまわった(160-15~23)。
高速性と強度の高い設計を活かした一撃離脱戦法で空戦の模様を一変させた。
スレ内ではウマシア内戦-第三次カブーリスターン戦争時のマヤノトップガンの愛機として登場。爆装可能に改造した機体で赤軍やアルビオン軍相手に暴れまわった(160-15~23)。
Dewoitine D.500
1930年代にガリアで開発された単座戦闘機。
当時としては先進的な全金属製単葉戦闘機であり、ウマムスタン軍でも採用され、国産機開発が始まるまで主力戦闘機として運用された(45-66)。
後継機のDewoitine D.520の輸入と国産戦闘機De-1Fの量産が決まった1938年を機に主力戦闘機の座を譲った。
参考資料
当時としては先進的な全金属製単葉戦闘機であり、ウマムスタン軍でも採用され、国産機開発が始まるまで主力戦闘機として運用された(45-66)。
後継機のDewoitine D.520の輸入と国産戦闘機De-1Fの量産が決まった1938年を機に主力戦闘機の座を譲った。
参考資料
Dewoitine D.520
WWⅡ期にガリアで開発された単座戦闘機。
ゲルウマンのBf109と比べて速度や馬力で劣るが、頑丈で操縦性が良く現場からの評価は高かった。
ウマムスタン軍でも採用されD.500を置き換える目的で輸入が決定し、国産戦闘機De-1Fとの混合運用が想定されていたが、ガリアの生産力不足と降伏により満足な機数が確保できなかった(46-62~66,181)。
この機体が確保できなかったことが国産機開発の必要性を現場に痛感させ、Kar-20Fなどの高性能な国産機開発を推進させた(46-66)。
ゲルウマンのBf109と比べて速度や馬力で劣るが、頑丈で操縦性が良く現場からの評価は高かった。
ウマムスタン軍でも採用されD.500を置き換える目的で輸入が決定し、国産戦闘機De-1Fとの混合運用が想定されていたが、ガリアの生産力不足と降伏により満足な機数が確保できなかった(46-62~66,181)。
この機体が確保できなかったことが国産機開発の必要性を現場に痛感させ、Kar-20Fなどの高性能な国産機開発を推進させた(46-66)。
MQ-90
アキツの自衛軍が開発した無人機。ウマムスタンが開発したYL-232XAC/E(シームルグ)の搭載機として採用された(44-87)。元ネタ『エースコンバット イカロス・イン・ザ・スカイ』的にはダートとアキツが共同開発した機体がベースとなっている。
MiG-21
ウマエトのミグ設計局が開発した第一、二、三世代戦闘機。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-21UMが運用されていると思われる。
既にウマムスタンでは第一線を退いており、空軍で訓練機として運用されていた(4-52)がDe-25Fの配備開始に伴い完全退役(11-146)が決まり、ESDO加盟各国に格安で売りつけられた(11-151)。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-21UMが運用されていると思われる。
既にウマムスタンでは第一線を退いており、空軍で訓練機として運用されていた(4-52)がDe-25Fの配備開始に伴い完全退役(11-146)が決まり、ESDO加盟各国に格安で売りつけられた(11-151)。
MiG-23
ウマエトのミグ設計局が開発した可変翼の第三世代戦闘機。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-23UMが運用されていると思われる。
既にウマムスタンでは第一線を退いており、空軍で訓練機として運用されていた(4-52)がDe-25Fの配備に伴い完全退役…の予定だったのだが、De-25Fが世界各国(40-27~37)(21-172)で飛ぶように売れたため訓練機運用が継続された(10-157)。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-23UMが運用されていると思われる。
既にウマムスタンでは第一線を退いており、空軍で訓練機として運用されていた(4-52)がDe-25Fの配備に伴い完全退役…の予定だったのだが、De-25Fが世界各国(40-27~37)(21-172)で飛ぶように売れたため訓練機運用が継続された(10-157)。
MiG-25
ウマエトのミグ設計局が開発した超音速迎撃機。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-25UMが航空宇宙軍の防空部隊で運用されている(3-156)。
スレ開始時点(基準世界2024年)で初飛行から60年が経過した旧型機であり、MiG-41への更新と退役が進んでいる。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-25UMが航空宇宙軍の防空部隊で運用されている(3-156)。
スレ開始時点(基準世界2024年)で初飛行から60年が経過した旧型機であり、MiG-41への更新と退役が進んでいる。
MiG-27
ウマエトのミグ設計局が開発したMiG-23の対地攻撃能力を向上させた戦闘爆撃機。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-27UMが運用されていると思われる。
スレ開始時点(基準世界2024年)で既にウマムスタンでは旧式化しており、訓練機や予備戦力として運用されていたが、後継機として開発されたKar-202F/Aの配備が予想より順調に進んだこと(2030年時点で配備予定の80%が配備済み(10-157))からSu-25共々順次退役中。
ウマムスタンではライセンス生産され独自の近代化改修が行われたMiG-27UMが運用されていると思われる。
スレ開始時点(基準世界2024年)で既にウマムスタンでは旧式化しており、訓練機や予備戦力として運用されていたが、後継機として開発されたKar-202F/Aの配備が予想より順調に進んだこと(2030年時点で配備予定の80%が配備済み(10-157))からSu-25共々順次退役中。
MiG-29
ウマエトのミグ設計局が開発した第四世代戦闘機。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたMiG-29UMが運用されていると思われる。
連邦解体セールでウマムスタンでも350機ほど(59-2-テレグラフより)が採用されており、Su-27ともども主力戦闘機の一翼を担っていたが流石に旧式化し始めたため後継機としてSu-75の開発が行われた。しかし、スホーイ社とウマムスタン政府の関係悪化に伴い、退役が先延ばしされ最近(予定の4年遅れの2030年の年末)やっとSu-75が完成したので、順次退役&訓練機化の予定。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたMiG-29UMが運用されていると思われる。
連邦解体セールでウマムスタンでも350機ほど(59-2-テレグラフより)が採用されており、Su-27ともども主力戦闘機の一翼を担っていたが流石に旧式化し始めたため後継機としてSu-75の開発が行われた。しかし、スホーイ社とウマムスタン政府の関係悪化に伴い、退役が先延ばしされ最近(予定の4年遅れの2030年の年末)やっとSu-75が完成したので、順次退役&訓練機化の予定。
MiG-35
ウマシアのミグ設計局が開発した第四++世代戦闘機。
連邦解体セールでもMiG-31は売らなかったウマシアによって、高速迎撃機の更新が遅れていたウマムスタン側がウマシア政府ではなくミグ設計局側に擦り寄り、MiG-35の大量購入によってミグ設計局の経営を救うことで、次世代迎撃戦闘機の開発に一枚噛むことをウマシア政府に認めさせた機体(42-133)。
ウマムスタン空軍・航空宇宙軍全体で主力戦闘機として200機以上が運用されている(59-2-テレグラフより)。
2031年に行われたカシミール侵攻において、新鋭機Kar-202F/Aと共にウマムスタン空軍、航空宇宙軍の爆撃隊の中核として近接航空支援任務に就き(13-82~86)、教団側戦力の撃滅に大きな役割を果たした(13-89)。
α世界のウマシア軍の将軍の情緒を破壊したこともある(2-110)。
連邦解体セールでもMiG-31は売らなかったウマシアによって、高速迎撃機の更新が遅れていたウマムスタン側がウマシア政府ではなくミグ設計局側に擦り寄り、MiG-35の大量購入によってミグ設計局の経営を救うことで、次世代迎撃戦闘機の開発に一枚噛むことをウマシア政府に認めさせた機体(42-133)。
ウマムスタン空軍・航空宇宙軍全体で主力戦闘機として200機以上が運用されている(59-2-テレグラフより)。
2031年に行われたカシミール侵攻において、新鋭機Kar-202F/Aと共にウマムスタン空軍、航空宇宙軍の爆撃隊の中核として近接航空支援任務に就き(13-82~86)、教団側戦力の撃滅に大きな役割を果たした(13-89)。
α世界のウマシア軍の将軍の情緒を破壊したこともある(2-110)。
MiG-41
ウマシアのミグ設計局とウマムスタンが共同開発した(3-53)第五世代戦闘機。
航空宇宙軍で運用されているMiG-25に置き換わる迎撃戦闘機として開発された。
連邦解体セールでもMiG-31は売らなかったウマシアによって、高速迎撃機の更新が遅れていたウマムスタン側がウマシア政府ではなくミグ設計局側に擦り寄り、MiG-35の大量購入によってミグ設計局の経営を救うことで、次世代迎撃戦闘機の開発に一枚噛むことをウマシア政府に認めさせた機体(42-133)。
Cak-9(MiG-105がベース)の運用実績を考慮に入れ、大気圏外での運用も視野に入れた設計になっている。
試験飛行中にウマムスタン-中山によるカシミール危機が勃発し、本機も中山のJ-20による領空侵犯に対処するため、スクランブルに参加している(12-80)。
このカシミール危機の際、ウマムスタンと中山がカシミールに戦力を展開したことで同じくカシミールの主権を主張しているパークスターナとバーラトも対抗して戦力を展開、航空写真の画像からパークスターナ側に謎の巨大建築を発見し、高高度偵察機型の本機が深部偵察を実施、スカルドゥにβ世界と繋がる第五の門が存在することが発見された(12-157~161)。
WTOコードネームFoxshark(35-167)
航空宇宙軍で運用されているMiG-25に置き換わる迎撃戦闘機として開発された。
連邦解体セールでもMiG-31は売らなかったウマシアによって、高速迎撃機の更新が遅れていたウマムスタン側がウマシア政府ではなくミグ設計局側に擦り寄り、MiG-35の大量購入によってミグ設計局の経営を救うことで、次世代迎撃戦闘機の開発に一枚噛むことをウマシア政府に認めさせた機体(42-133)。
Cak-9(MiG-105がベース)の運用実績を考慮に入れ、大気圏外での運用も視野に入れた設計になっている。
試験飛行中にウマムスタン-中山によるカシミール危機が勃発し、本機も中山のJ-20による領空侵犯に対処するため、スクランブルに参加している(12-80)。
このカシミール危機の際、ウマムスタンと中山がカシミールに戦力を展開したことで同じくカシミールの主権を主張しているパークスターナとバーラトも対抗して戦力を展開、航空写真の画像からパークスターナ側に謎の巨大建築を発見し、高高度偵察機型の本機が深部偵察を実施、スカルドゥにβ世界と繋がる第五の門が存在することが発見された(12-157~161)。
WTOコードネームFoxshark(35-167)
Su-25
ウマエトのスホーイ設計局が開発した攻撃機(シュトゥルモヴィーク)。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたSu-25UMが運用されていると思われる。
スレ開始時点(基準世界2024年)で既にウマムスタンでは旧式化しており、訓練機や予備戦力として運用されていたが、後継機として開発されたKar-202F/Aの配備が予想より順調に進んだこと(2030年時点で配備予定の80%が配備済み(10-157))からMiG-27共々順次退役中。
パカンダ空軍でも使用されており、ザイール内戦において東部軍閥に対する防除作戦などで出撃している(61-145,166)。
「2020年ザカフカース紛争」では、アトロパテネ側の傭兵であったラスカルスズカが本機を使用し、僚機と共に伝説的戦果(エースコンバット)を挙げたが、諸事情により公的には「ディニズ製の徘徊型兵器」による戦果となった(175-93~100)。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたSu-25UMが運用されていると思われる。
スレ開始時点(基準世界2024年)で既にウマムスタンでは旧式化しており、訓練機や予備戦力として運用されていたが、後継機として開発されたKar-202F/Aの配備が予想より順調に進んだこと(2030年時点で配備予定の80%が配備済み(10-157))からMiG-27共々順次退役中。
パカンダ空軍でも使用されており、ザイール内戦において東部軍閥に対する防除作戦などで出撃している(61-145,166)。
「2020年ザカフカース紛争」では、アトロパテネ側の傭兵であったラスカルスズカが本機を使用し、僚機と共に伝説的戦果(エースコンバット)を挙げたが、諸事情により公的には「ディニズ製の徘徊型兵器」による戦果となった(175-93~100)。
Su-27
ウマエトのスホーイ設計局が開発した第四世代戦闘機。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたSu-27UMが運用されていると思われる。
連邦解体セールの目玉の一つであり、ウマムスタンではその高性能と航続距離の長さが気に入られ650機以上が配備されて長年にわたりMiG-29ともども主力戦闘機の座を守ってきたが、スホーイ社がウマムスタン政府との関係改善のためにSu-57の割安販売に踏み切った(54-62)ことで徐々に退役中。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたSu-27UMが運用されていると思われる。
連邦解体セールの目玉の一つであり、ウマムスタンではその高性能と航続距離の長さが気に入られ650機以上が配備されて長年にわたりMiG-29ともども主力戦闘機の座を守ってきたが、スホーイ社がウマムスタン政府との関係改善のためにSu-57の割安販売に踏み切った(54-62)ことで徐々に退役中。
Su-30
ウマシアのスホーイ設計局が開発した第四世代戦闘機。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたSu-30UMが運用されていると思われる。
ウマムスタンでも少数が運用されており、Su-27との混成で部隊が編成されている(3-64)。
徐々に訓練機にする予定。
ウマムスタンでは独自の近代化改修が行われたSu-30UMが運用されていると思われる。
ウマムスタンでも少数が運用されており、Su-27との混成で部隊が編成されている(3-64)。
徐々に訓練機にする予定。
Su-35
ウマシアのスホーイ設計局が開発した第四++世代戦闘機。
ウマムスタンでも主力戦闘機として採用されており、200機以上が運用されている(59-2-テレグラフより)。
一方で、この機体が中山やバーラトへと輸出されたことでウマムスタンは国防上大きな問題を抱えることになり、スホーイ社との関係が拗れる原因となった(54-62)。
ウマムスタンでも主力戦闘機として採用されており、200機以上が運用されている(59-2-テレグラフより)。
一方で、この機体が中山やバーラトへと輸出されたことでウマムスタンは国防上大きな問題を抱えることになり、スホーイ社との関係が拗れる原因となった(54-62)。
Su-57
ウマシアのスホーイ設計局が開発した第五世代戦闘機。
ウマムスタン空軍にも採用されており(1-127)(4-52)、Su-27を置き換える目的で採用された(22-28)。
Su-35の中山やバーラトへの輸出、バーラトとの共同開発計画(FGFA計画)によってウマムスタン政府とスホーイ社の関係が拗れ、独自の第五世代ジェット戦闘機(Kar-202)開発計画から外された(代わりにミグ社が協力)上に、肝心のFGFA計画がポシャったことで、外国に輸出もされたKar-202、De-25の利権を逃したスホーイ社がウマムスタン政府との関係改善のために割安売り込みをかけたという裏事情がある(54-62)。
2030年時点で配備予定の85%が配備されている(10-157)。
ウマムスタン空軍にも採用されており(1-127)(4-52)、Su-27を置き換える目的で採用された(22-28)。
Su-35の中山やバーラトへの輸出、バーラトとの共同開発計画(FGFA計画)によってウマムスタン政府とスホーイ社の関係が拗れ、独自の第五世代ジェット戦闘機(Kar-202)開発計画から外された(代わりにミグ社が協力)上に、肝心のFGFA計画がポシャったことで、外国に輸出もされたKar-202、De-25の利権を逃したスホーイ社がウマムスタン政府との関係改善のために割安売り込みをかけたという裏事情がある(54-62)。
2030年時点で配備予定の85%が配備されている(10-157)。
Su-75
ウマシアのスホーイ設計局とウマムスタン側が共同開発した第五世代汎用軽量戦闘機(1-127)(4-52)。
スホーイ側が中山やバーラトとの技術協力を行った結果(54-62)、ウマムスタンとの関係が拗れたため一時開発が危ぶまれたが、両者の関係改善も兼ねて開発され(58-183)、予定の4年遅れの2030年の年末に完成した。
空軍で運用中のMiG-29を更新する目的で開発され、Su-57、Kar-202、MiG-41などの部品を様々な形で流用した結果、調達コストが予定の2/3になり、1機2000万ダートドルで調達可能になった。開発遅延による開発予算の増大?知らない子ですね
調達コストが低下したことでDe-25の調達数を減らし、こちらの調達数を増やすべきでは?という提案がなされている(13-23)。
スホーイ側が中山やバーラトとの技術協力を行った結果(54-62)、ウマムスタンとの関係が拗れたため一時開発が危ぶまれたが、両者の関係改善も兼ねて開発され(58-183)、予定の4年遅れの2030年の年末に完成した。
空軍で運用中のMiG-29を更新する目的で開発され、Su-57、Kar-202、MiG-41などの部品を様々な形で流用した結果、調達コストが予定の2/3になり、1機2000万ダートドルで調達可能になった。
調達コストが低下したことでDe-25の調達数を減らし、こちらの調達数を増やすべきでは?という提案がなされている(13-23)。
Mi-24
ウマシアのミル設計局で開発された攻撃ヘリコプター。WTOコードネームハインド
パカンダ空軍で運用されている機体が、ザイール内戦において東部軍閥に対する防除作戦に出撃している(63-98)。
パカンダ空軍で運用されている機体が、ザイール内戦において東部軍閥に対する防除作戦に出撃している(63-98)。