ついにこの季節がやってきた。周囲の温度はその気温故か、魔導スラスターの排熱故か、はたまた見守る人々の熱狂故か。手に握る旗を振り上げ、振り下ろす。爆音、少し遅れて聞こえてくるは歓声。目の前を装兵が駆け抜ける。
後ろを振り返ると、多くの眦と目が合う。無機質の眼に意思を感じるのは蜃気楼のせいなのか、それとも己が熱狂に当てられたからだろうか。見つめ合うこと数瞬、通信機のコールが意識を呼び戻す。気の所為だと首を振り、旗を構える。
再び旗を振り下ろし、彼を見送る。後ろ姿に輝くのは五つ星。それらのうちの一つが瞬いたかと思うと、彼は躓き、橋から堕ちてゆく。操縦者は無事だろうか、なんて感傷も次の瞬間には熱狂に掻き消される。彼らにとって、人の命などエンターテイメントの要素のうちの一つでしか無いのだ。記録がどうだとか、あの工房は駄目だとか騒いでいる。花火が上がると揶揄する者もいる。
そして、次の花火玉が出てくる。八尺玉など歯牙にも掛けない大きさだが。打ち上がるのか、不発で終わるのか。益体もないことを考えていると、歓声が一際大きくなる。我慢できなかったらしく燐光が漏れ出ている。
どうやら私の職務はあれこれ考えることでは無いようだ。ならば、この暑さに身を任せ、旗を振り下ろすとしよう――
サングスのスピードレース
サングスのスピードレースは、領を南北に走る高速道路で数年に一度の夏に開かれる、装兵を用いたレース大会である。
他のレース大会と違い、重要な事は「速いか、速くないか」だ。完走は二の次、人命も二の次。どれだけ速く、そして人々の記憶に残ったかが重要なのだ。
始まりは魔導スラスターの開発にあると言われており、恐らく最も歴史のあるレース大会だと言われている。が、それを誇るものは誰もいない。参加者も、観戦者も、誰も彼もが速度狂い。彼らが求めるのは積み上げた歴史の長さではなく、積み上げた技術の短い輝きなのだ。