正義

登録日:2011/03/02(水) 17:17:59
更新日:2018/05/08 Tue 09:22:42
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「ほほぉ、いい性能だな。キサマの作戦目的とIDは!?」
「正義。仮面ライダー2号」



正しいすじみち、人がふみ行うべき正しい道。

正しい意義、または注解。

(justice)
社会全体の幸福を保障する秩序を実現し維持すること。プラトンは国家の各成員がそれぞれの責務を果たし、国家全体として調和があることを正義とし、アリストテレスは能力に応じた公平な分配を正義とした。
近代では社会の成員の自由と平等が正義の観念の中心となり、自由主義的民主主義社会は各人の法的な平等を実現した。それを単に形式的なものと見るマルクス主義は真の正義は社会主義によって初めて実現されると主張する。
現代ではロールズが社会契約説に基づき、基本的自由と不平等の是正とを軸とした「公正としての正義」を提唱。

社会の正義にかなった行為をなしうるような個人の徳性。


web広辞苑より。


ここでいう正義は「社会全体を通しての秩序と安寧」であり、そこに個人単位での思想は含まれていない。
例えるならば、社会に不安定をもたらすもの、テロリスト等は正義に反するとして撲滅すべきである、ということになる。テロリストに正義はなく、悪とみなされる。



だが逆に、ここからは社会正義ではなく、単純に「正義」とはなにか?ということについて特筆することにする。



正義という言葉を聞くと、正義の味方、正義のヒーローといった、勧善懲悪を題材にした作品の主役が思い浮かばれるだろう。
彼らは「」を滅ぼし、「正義」を実現する。あるいは正義の名のもとに悪を成敗する。最終的に悪は殲滅され、めでたしで終わる。

なぜそうなるかと言えば、地球を征服する等といった明確な悪意があるからであり、
それに伴い非戦闘員や全く関係のない人間達を巻き込みその生活や生命に甚大な被害を出すから、と理解して差し支えはない。


だがその征服の目的がおのが利益の為でなく、別のところにあるとしたらどうだろう。
人類を地球物資を食い荒らす害虫であると判断し、人類を排除することによってのみ地球の救済が完了する、といった状態であらば、
上記の正義の味方は所謂悪役に成り代わる。
自らのやり方を変えずにそれを行い続ける為だけに敵対するのは、限りなく利己的な行為だ。


規模は変わるが、アメリカがテロとの戦いと称してイラクに戦争を吹っ掛けたことと似ている。
逆に言えば正義を守る為には敵の殲滅もやむを得ない、ということだろうか。


そうすると正義は国家の数だけ存在し、また個人の数だけ存在しうる。同じ正義を掲げていながら内部分裂が起こるのは、そのせいだろう。



もっとも正義らしい正義を掲げているのはおそらく宗教の類だろう。
モノによって内容は様々だが、ある宗教においてそれに反するものは悪と見なされることはなんら珍しいことではない。

つまり自動的にその宗教は正義と化し、それを受け入れるならば、正義は敵を抹殺することによって正義を成す。

もっとも、正義を掲げる際はどの集団も敵の殲滅が前提にあるのだから、正義によって悪を滅すということは共通の理解なのかもしれない。
逆に言えばそういった目的が先に立つ場合も、それを為すために後付けで正義を掲げるのが効果的であることもある。



ここでひとつ、例を挙げる。
◆あなたは特殊部隊の一人だとしよう。そして今、四人のグループの一人として敵国に潜入、密偵をしている。
そのうち、一人の少年に出会った。羊を飼い慣らし、自宅にでも帰るのであろう非戦闘員だ。その少年にライフルを向け、地面に伏せさせ、仲間と話をする。
「我々がここに潜入していることを敵に報告されてはまずい。我々は任務の為の行動であらばその行動は保障されている。この少年は射殺すべきだ」
「この少年はまだ若い。それに敵に通じているとも思えない。見逃してやるべきだ」
一人は射殺に、一人は解放に、そして一人は投票を棄権した。あなたはどちらに決定するだろうか。

任務達成を前提にしている特殊部隊である以上、見逃すなどは愚の骨頂である。
しかし射殺するとなれば、単に歩いていただけで不運な事故では片付けにくい死が少年に訪れる。


あなたの正義がどちらになるかは分からないが、これは実話であり、実際のところ少年は解放された。
だがその結果特殊部隊は敵兵に包囲され、決定票を入れた兵士以外は死亡し、救助に来たヘリも撃墜され、結果16名が死亡した。



正義に従った結果仲間が何人も殺されました、では泣くに泣けない。
殺された隊員全てが少しも後悔していなければそれでいいのかもしれないが、この判断が間違いではないと自信を持って言い張れる人は多くないだろう。
仲間の一人は少年を殺すことを提唱したのだから。

では仮に任務を完遂するという正義に従ったとしても、それが間違いでないとは到底言えない。道義的なわだかまりは必ず残る。

また、特殊部隊に侵入された国の立場なら、少年が解放されたことで侵入者の存在を察知し、事前に被害を防ぐことに成功したことになる。
つまりこの国では、少年を解放した兵士は「正義の兵士」と評価されるかもしれないのだ。事実少年は命を救われた。

因みに上記の話は「ローン・サバイバー」というタイトルで2014年に映画化されている。興味のある人は観てみると良いだろう。



上記の事件を『正義に則った結果』として考えてみると、正義は必ずしもよい結果をもたらさない、といえる。
真っ直ぐなのは大いに結構だがそれだけじゃ世界に…即ち人間社会では通用しないという一例でもあろう。
だからと言って、安着に罵倒していいわけでもないが。
要はこういう悲劇を避けたいのなら時として曲がることも覚えておいた方がいいということである。

さらに言えば、絶対的正義はなく、正義に絶対的な意味が持たせられないのであらば、相対的な正義もまたありえない。
華撃団大神一郎や、ONE PIECE海軍は「絶対正義」を理念に掲げるがそれは本来有り得ない思想である。

万人が正義を同様に理解できるのであらば、今度は正義という名の宗教が発足するのではないだろうか。


正義は自らの行動を正当化してくれる。
その為便利な言葉として用いられることさえある。
特に、他者を巻き込んでかつ非難されかねない行動を「正義」と呼べば、その行動は正当なものであると評価されてしまうこともある
当然それはそれが出来るだけの力を行使するが故でもあり、勝てば官軍の言葉のようにそれがまかり通ってしまった場合の事である
サブカルチャー等で道理に反する行為をする輩が「力こそが正義」と宣う事の元はこうした事象である。


正義ほど万人に好印象を与え、またあやふやな理念は他にはないだろう。

しかし不完全な人間が考えだしたものである以上完璧な正義は存在しえないとも言える。


我々含め、幼少期に『正義の味方』に憧れたことがある人も多くいる。
しかし最近の風潮では正義という言葉には風当たりが強い。本当に強い。信じられないほど強いのだ。
悪役が主人公となる作品も珍しくなくなり、勧善懲悪否定作品も数多く作られている。
これはネット上のSSでも同様の傾向が見られる。
今の時代に勧善懲悪のSSなど書こうものなら、100%の確率で親の仇のごとく批判されまくる。
あるいは嘲笑的な感想が来るだけである。
もはや正義の味方は嘲笑と罵倒の対象でしかなくなったと言える。

昔は『正義の味方』とは我々「弱者」の味方である為に、極めて身近な存在に感じられた。

しかし成長するに従い人間はどうしても己の負の面ばかり見えるようになり、上述した「力こそ正義」を初めとした正義によって齎される世界の歪みが露わとなっていくことで、正義の味方にギャップと疑念を覚えるようになる。
さらに近年では情報社会の発達によってそうした正義の暗黒面が多いに知れ渡ってしまい、社会情勢、特に人間関係の不和が増加し、悪役陣もドラマ性を持たせる為重たい背景を背負う設定が増えた結果、
本来『悪役』と言われる存在である彼らの方が共感を得るようになってきたのだ。悪役は本来は弱者に対する理不尽としての象徴である。
が、己の負の面と照らし悪役に共感する事でギャップを感じた正義は違和感となる。

勿論本来負の面に負い目を感じたり罪悪感を感じる時点で善良な魂の持ち主ではあるのだが、その罪悪感から自分は悪役側だと思うものも増えた。

それは例えば過去の行いに罪悪感を得たり自分の言動に罪悪感を得たり自分の行動に嫌悪感を得たりする事であり、
もしかしたら仕事や性癖等の根強く覆し難いモノに罪悪感を持つ人もいるかもしれない。 

そうなると正義の味方という存在は、身近では無く違和感しかないギャップの固まりとなってしまうのだ。


だが近年でもテレビをつければ正義の味方を題材にした作品は根強く多い。
それはやはり正義のヒーローが子ども達の倫理感へ与える影響が凄まじいからでもあり、同時に大人が『正義』の大切さを分かっているからである。


しかし正義の価値観は上述のように一人一人で違うはずである。

ところが、『正義の味方といえば誰が思い浮かぶか』を問えば思い当たる人物やキャラクターは驚く程共通点が多い。

連想された人物の多くはやはり『自分より力が無く善良な誰かの為に行動する事が自分の為になっている』という思想の者が多いのではないかと思う。


実際の所はどうかは分からないが、人々が

『正義』

という言葉に求めるモノに大差はないように見える。

正義の『味方』と言う言葉を胡散臭く感じるのなら、モラル/道徳を大切にする人、と言い換えて考えてみるのもいいかも知れない


前述通り、物事の正しさとは見方によって変動する。その中にあって己を「正義」とするのは傲慢といえる。
例え、大多数に望まれた正しい行いだったとしても、それをやろうと判断したのは自分であり、言ってしまえば自分がやりたいこと=自分のためである。
正義の自称というのはその責任を望んだであろうその他大勢に押し付けるものであり、そもそも正しさからかけ離れているのだ。
「正義の味方」などというものは根底から間違っており、存在しえないのである
ありうるとしたら、自分勝手に行動した結果、誰もが納得の良展開にしかならないという「ご都合主義の塊」みたいな存在くらいしかいないだろう。しかも、正義を行おうとするのではなく、呼吸するようにそれを成せてこそである。
どこかのライダーが言った「『英雄になろう』と思った時点で英雄失格」という言葉こそが真理といえる。
ついでに、どんなに正義を語ったとしても、それは自分の行いが他人にとって正しいものであるという思い込みであるため、「誰もそんなこと頼んでねぇよ、バカ」と切り捨てられればあっという間に瓦解するという脆さがある。


◆「正義」のタロット
タロットにおける正義とは、「中庸」を意味する。正しさではないのである。ちなみに、メインデザインは裁定を司る女神と天秤であり、弁護士バッジに天秤が描かれているのも同じ理由。
これは、信念・覚悟・責任といったゆるぎない柱と判断基準を以て如何なる判断を下すことを意味する。正しくなかろうともどんな結果になろうとも、己の選択から逃げず向き合うことが求められる。
要は、上記の「誰もそんなこと頼んでねぇよ、バカ」に対して「俺がやると決めたからやるんだ、バカ」と躊躇なく切り返せてこそが正義である。勿論、その行いに一定以上の正しさがあってこそだが。


◆最悪の正義
ここである種の戒めとして、筆者の知る限り最悪の正義の存在を記させてもらう。正義の究極系にして、絶対に目指してはいけないその名前はマザーグース・システム。出典はゲーム「カルネージハートEXA」。
名前の通り機械によるシステムなのだが、その目的は「可能な限り確実のできるだけ多くの人間を少しでも幸せにする」というもの。一応言っておくと、自我に目覚めて暴走とかしてはいない。
手法はともかく、その在り様は間違く正義だろう。手法はともかくとして。
実際、このシステムは最終的に主人公の手で破壊されてしまうが、大衆にその是非を問えば間違いなく「是(存在してもいい)」が過半数を超えるだろう。かといって、正しいかと問えば確実に否であるはずである。
というのも、このシステムはその理想的で清すぎる目標を達成するため、あまりに現実的で悍ましい手段をとるのである。
ゼロサムゲームというものをご存じだろうか。普通ゲームにおいてリソース(金やアイテム)などは無制限に供給される前提であるが、このゲームルールの場合はそのリソースがゲーム途中で底をつくようになっており、それ以降はプレイヤー間でやり取りしなければならない。
これは現実でも当てはまることだが、マザーグースシステムはあろうことか行動規範の中心に据えてしまった。
考えてみてほしい。上記の目的を達成するにはどうしたらいいかを。間違いなく、効率などを突き詰めるとただ一つの答えにたどり着くだろう。
一人のプレイヤーをそれ以外の全員で集中攻撃してリタイアさせ、その所有物を分け合う
システムはゲームマスターで、実際にプレイしている人間に実行を命じる、という形でこれをやるのである。
作中では、ある企業のワントップ状態による発展の停滞を解消するため、事故を引き起こして数百人を死に追いやり、その企業の信頼を失墜させた。ちなみに、拒否すると殺人マシンをけしかけられる
無力な一市民に武力は、とか甘いことはよぎりもしない。文字通り血も涙もなく、人の存在を有意義か否かで判定するシステムだからこその所業である。
ついでに、「強大な力に強いられて、みんなでやっている」という建前があるので責任の意識も希薄になりやすい。

このシステムは世間には知られておらず、知らず知らずに恩恵を受ける形になっているが、例え公にしたとしても「99%の人間が儲かるシステム」とでも説明に追加されれば納得しかねないのが最高に質の悪い所。
はっきり言って、どこか遠い場所で何の繋がりもない数百人が死んだという情報を知ったとして、それに本気で涙を流せる人間などまずいない。
さらに、その結果それ以外の人に1万円が支給されると言われて「いるか、そんなもの!」とぶん投げられる人間なんて多くはない。後ろめたく感じても、「もらったからには」とでも言って懐に収めてしまうだろう。
その金額の桁が増えればどんどん文句を言う人数も減るのは間違いない。
あるいは募金箱にでも入れるだろうか。そんなことをしても失われた死者の命も傷つけられた遺族の心も何も救われず、システムの狙い通り金が世界を巡るだけだが。
そして、自分に何もできないとして本気で止めはしないだろう。システムに飼われたその他大勢にはそんな大それたことはできはしないし、しない方のメリットが圧倒的に多いならやろうともしない。
間違いなくアウトなシステムであると言い切れる存在でありながら、根元から否定しきれない。下手に破壊すれば上記の「余計な(ry」と言われかねない非常に厄介な存在である。


◆戦争の正義についての名言

ドラえもん「どっちも自分が正しいと思ってるよ。戦争なんてそんなもんだよ」

黒野「正義の反対は、別の“正義”あるいは“慈悲・寛容”なんじゃよ」

森次「正義なんてものは時代、国家、人種、思想ーーーそれらの複合によって生まれる価値観でしかない。故に正義が普遍になるコトは無い。忘れるな、正義の反対は“悪”ではなく“敵”だ」

ドフラミンゴ「海賊が悪?海軍が正義?そんなものはいくらでも塗り替えられてきた!平和を知らねェガキ共と戦争を知らねェガキ共との価値観は違う!頂点に立つ者が善悪の序列を塗り替える!今この場所こそが中立だ!正義は必ず勝つって?そりゃそうだろ?勝者だけが正義だ!」


追記修正は自分の心の中の正義に則ってお願いします。

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