SCP-4661

登録日:2019/09/15 Sun 00:13:40
更新日:2025/02/15 Sat 09:19:09
所要時間:約 27 分で読めます






これは罪の都と呼ばれる街に襲いかかった”本物の罪”と、それを”あくま”で罪の都に留めるために奮闘したとある財団職員の物語である。



SCP-4661はシェアード・ワールドSCP Foundationに登場するオブジェクトである。
この記事にはアノマリー分類システムが導入されており、分類のされ方が従来とは異なる。詳しくは当該項目を参照。
収容クラスEuclid。一応の収容は出来ているが、予断は許されない。
撹乱クラスはKeneq。五段階中三段階目、街ひとつがヤバいような影響力。
リスククラスはWarning。こちらも五段階中三段階目、近くの人間は危害を受ける可能性が高く、最悪命が危ない。
報告書の閲覧にはセキュリティクリアランス3が必要である。

なお解説の都合上、元記事の構成と異なる順に…つまり時系列順に紹介させていただくことにする。

発端 - 1/12深夜

某年*1の1月12日、午後11時49分(現地時間)。アメリカはネバダ州、ラスベガス郊外のパラダイス地区でそれは起きた。
ここはマッカラン国際空港やラスベガス・ストリップと呼ばれる巨大繁華街を擁し、2019年現在ここにあるホテルのうち6つが世界のホテルの客室数ランキングTOP10に入っているほどだ。もちろんそれらにはカジノが併設されており、眠らない街として世界的に有名である。
というかいわゆる「ラスベガスのカジノ」は大体中心部ではなく、このパラダイスにある。

この「楽園」の名を持つ賭博の街の空間が突然原因不明の赤色に染まり、そこら中に青白い皮膚と角を持つ人型実体が出現したのだ。
この実体群は道行く一般人に暴力を振るい始めている。
明らかな異常事態だが、人々は無気力に陥っており反応しないばかりか、インタビューしたらなぜか「そんなことよりセックスだ」という反応だった。
さらに、街の外の砂漠になにやら不明瞭なドデカいなにかが複数出現し、街に迫っていた。
財団の調査によると、現実性強度であるヒューム値が急落しており、また妖魔共振エネルギー(TRE)が急上昇していた。
TREとは「悪魔実体が放つ放射線」と説明されるものだという。ともあれ、迅速な対応が必要だ。

事案委員会 - 1/13未明


メンバーは以下の4名。

  • 対応部隊連絡員 ジョセフ・クルツ
  • オカルト科学上席研究員 ランドール・ハウス
  • HMCL監督官 リー・トンプソン
  • 大規模収容スペシャリスト ユースフ・アリ

トンプソン: なんでこの手の事案はいつも真夜中に起きなきゃならないんだ?

クルツ: ええ、我々も皆疲れていますが、これはあなたの快適な睡眠より優先される問題です。対応部隊部門は既にベガスに向けて隊員を移送しています。

アリ: どの機動部隊が派遣されている?

クルツ: “下される鉄槌”、“ダストデビルズ”、“聖なる男たち”、“愛国志士”の隊員たちを統合して、2つの暫定機動部隊 — カッパ-12 “ハイローラーズ”とオメガ-33 “オーシャンズ300”が結成されました。

トンプソン: おい、せめてもう2時間ぐらい待つわけにいかなかったのか?

クルツ: 財団が介入しなければ、ペンタグラムはGOCを呼ぶつもりだったようです。我々はこれを国際的な事件にしたくはありません。ともかく、既に事は起きてしまったので、どう修正すべきかを探り出しましょう。

財団屈指の大規模戦闘部隊である機動部隊ニュー-7 ("下される鉄槌")が駆り出されている。他三つは詳細不明だが、それなりの戦闘部隊なのだろう。真夜中なのに会議の面々ともどもまことにご苦労様だ。

ハウス: 出現したのは悪魔なのですね?

トンプソン: 観察報告書にはそう書いてあるな。悪魔の出現に伴う兆候は出揃っている — 硫黄の臭い、民間人の無関心、TRE値の急上昇。奴らは何処からやって来たんだ?

ハウス: どれだけ悪魔がいても、たった一晩で現実崩壊を招くことはできません。暫く前から蓄積されていたのでしょう。

アリ: ラスベガスの産業を考えると、異例の事態とは言えないがね。

財団世界では悪魔が出てくるのはそんなに珍しいことでもないらしい。少なくとも状況証拠からこれが悪魔の出現だと判断できるくらいには。

クルツ: では、これからどう対処します?

ハウス: ベガスから連想される類の物事をやっている人間は、悪魔にとってコカインと同じです。私たちが栄養源を押さえない限りは撤退しないでしょう。

クルツ: 一斉掃射と祈りは悪魔にも効きます。

ハウス: 民間人が山ほどいる街で実弾を使うんですか。素敵なアイデアですね。

クルツ: 弾丸とは一言も言っていません。聖水だけでもこういう連中にはかなりの効果が期待できる。

ハウス: では、機動部隊を水鉄砲で武装させるんですか。良いのか悪いのか私には分かりません。

トンプソン: 我々の主な任務は正常性の再確立にある — 収容達成は二の次だ。

ハウス: 皆さんはあの街にいる悪魔の数を過小評価しているんじゃないですか。

クルツ: ならばより多くの人員を派遣するまでです。当面の間は全員、更なる進展に備えてポケベルを手放さないでください。ハウス、あなたのチームを招集して、ラスベガスで発生している事件の具体的な性質を探り出してください。

そして、悪魔の行動原理と彼らに対する対抗策を知っているくらいにも普通に悪魔は居るらしい。
どうやら悪魔にはイメージ通り聖なるものが効くようだ。にしてもハウスさん皮肉家ですね。
そしてクルツさんとハウスさんの関わる部隊がラスベガスに向かったのだった。この時代携帯はないのでポケベルを持って…。

ラスベガスの状況 - 1/13午前


朝5時前、財団の部隊がラスベガスに到着した。悪魔に抵抗されたが、向こうは酒ビンやらで武装していた程度だったので特に障害ではなかった。
しかし、通りに群がって誘惑してきた実体群に運転手2名が無力化された。いったいナニをされたのやら…
財団のヘリが街中に聖水(隠語ではない)を盛大にばら撒くなか、部隊は携帯式のスクラントン現実錨で中間的な準備地点を現実に引き戻し、拠点を取りに行く。
目標は上述の客室数ランキング第3位であるMGMグランド・ラスベガスである。午前7時過ぎ、MGMグランドは制圧されて司令部と通信センターが確立された。
この後本格的な調査が進められ、クルツさんとハウスさんは分かったことを検討するためまた帰ってきて会議に臨む。

事案委員会 - 1/13


クルツ: おかえりなさい、皆さん。

トンプソン: 状況はどうなっている?

クルツ: ストリップ沿いにある大半の主要地点を占拠し、あらゆる物に封印を施しました。しかし、あの怪物どもは強力です — 大型の個体を制止する時に弾丸を幾つか消費するので、弾薬の残量は急速に減っています。我々は既に聖水プラントと祝福弾薬工場を最大効率まで押し上げました。全力を尽くします。

聖水プラントと祝福弾薬工場とかいうパワーワードが飛び出したが、それはそれとしてハウスさんは重大な事実をつかんでいた。

クルツ: ハウス、あなたは何か掴めましたか?

ハウス: あー… はい。しかし喜ばしい話ではありませんよ。

アリ: いいから教えてくれ。

ハウス: 私たちは… ラスベガスの街が現在、地獄と融合しつつあると確信しています。

[数秒の沈黙。]


ハウス: ええ、まさにこういう時こそ降臨していただきたいものです。

会議の途中ですが概要


SCP-4661は、ラスベガスの街と地獄が空間的に融合している領域だ。
この場合の「地獄」は、有名なダンテの「神曲」の地獄編に準拠する。この領域と外の現実世界の接続は不安定で、場合によっては途切れることもあるという。
またSCP-4661にはきわめて高密度の悪魔軍団が存在し、彼らの発するTREによって空間がこのようになってしまっている。
どうにかしないと、そのうちパラダイスは空間ごと崩壊して地獄に取り込まれてしまうと予想される。

青白い皮膚と角の人型実体はSCP-4661-Bに分類された。見た目は大体人だがもちろん悪魔であり、体内構造は全く異なる。
彼らは小規模ながら炎を操ることができ、火花を散らしたり小さなものに火をつけるくらいは可能である。
さらに、周囲に快楽主義的な活動…つまり飲酒・賭博・性行為などをやっている人がいるとこの能力は増大するという。
ラスベガスという地の利を生かしまくる性質をお持ちのようだ。

大まかなSCP-4661の性質が分かったところで、会議の記録に戻る。

アリ: 諸君、我々は既に祝福されし銃弾を備えた兵士たちを、ラスベガスで悪魔と戦うために送り込んでいるんだ。ラスベガスがどんな都市か考えると、にわかに信じがたい話ではないと思うぞ。

トンプソン: ハウスの話を信じられないわけじゃない。アメリカ南西地域司令部に務める全員のケツに火が付いてるのが既に感じられると言いたいんだ。きっと連中はアメリカの主要都市を1ヶ所、文字通りの意味で地獄に墜としたというので軍法会議に掛けられるぞ。

アリ: 失礼な言い草かもしれないが、ベガスと地獄の違いに気付く奴はいないだろうよ。

クルツ: ハッ! いずれにせよ、この大惨事が解決してヒーローを歓迎する時には、皆さんが昇進する椅子が沢山空いていると考えればいいでしょう。

相変わらず皮肉の乱れ飛ぶ会議が執り行われているが、ハウスさんはこの事態を解決する糸口をつかんでいた。

クルツ: では、ハウス — 街を地獄から引き戻すにはどうすればいいんですか?

ハウス: 以前も言ったように、こういう事象は… 唐突には発生しません。発端となる事件が必ずあったはずです。そして私は、悪魔どもがストリップ全体に沿いつつシーザーズ・パレス・カジノホテルの周囲に寄り集まっている事実を基に、何であれそこに居る奴が私たちのターゲットに相違ないという説に賭けますよ。

クルツ: オーケイ、それでは機動部隊をシーザーズ・パレスに派遣します。良くやってくれまし—

ハウス: えっ? ダメです! あのホテルに巣食っている悪魔の数は、恐らくマザー・テレサを余裕で—

クルツ: ランドール、いいですか、あなたの役目は今回の事件全体のオカルト的側面から我々に助言することです。そしてあなたはその職務を果たした、実に素晴らしい! ですが今から我々は戦術を練らなければならないので、大人しく私に仕事をさせてください。分かりました? 分かりましたね。皆さん、ポケベルをお忘れなく。解散。

悪魔たちはパラダイスでも名門と言われるシーザーズ・パレスに集まっていた。
このホテルは名前からもわかるとおりローマ帝国をテーマにしており、キリスト教ができる前のものがテーマだからか悪魔も特に苦手にはしていないのだろうか。
どうやらここにこの事態を引き起こした何か重要な存在がいるらしい。
現代の聖人だが様々な批判も多いマザーテレサくらいなら問題にならないレベルで悪魔がいるようだが、原因を探し出して叩かねばこの街は大変なことになってしまう。
調べたところこのホテルの地下に設計上は存在しないはずの真新しいトンネルができていることが判明したため、ここに何かあると見て機動部隊とクルツさんとハウスさんが向かった。

ミッション記録 - 1/14


ミッションのメンバーは上記の通りクルツさんとハウスさん、及び機動部隊オメガ-33 “オーシャンズ300”の隊員たちである。
彼らがマジの意味で神に祈りを捧げながらトンネルに入るところから記録は始まる。

[全職員はトンネルへと降下し、下り坂を進む。約23分後、彼らは石壁に嵌め込まれた複数のエレベータードアに到着する。]

ハウス: ええと、エレベーターがありますね。

クルツ: そんな馬鹿な。洞窟の終端にエレベーターですって? 我々の居る高度は?

Ω33-ベータ: 機器の計測によると地下20mだ。

ハウス: うーん… 入ってみます?

クルツ: 選択肢はあまり無さそうですね。

[クルツはエレベーターの呼び出しボタンを押して29秒待つ。エレベータードアが開くと、内部にはラスベガスを見下ろす広いホテルのスイートルームがある。バスローブとシルクハットを着用した男が窓の前に腰かけ、ティーカップから何かを啜っている。]

ラスベガスの地下にいきなりエレベーター。しかもボタンを押したらその先は地下なのに「地上を見下ろす」スイートルームが現れた。
エレベーターのようにこの部屋の”位置”そのものを景色などは変えないままに地下まで引っ張って来たということだろうか。
で、この男は何者なのか。

クルツ: 何だこれ。

不明人物: おお、来たか! ようこそようこそ! 俺としたことが、客が来ると分かっていながらうっかり身支度を忘れていた。まぁまぁ、ひとまず掛けたまえ。

[折り畳み式のローンチェア、電気椅子、バースツール、リクライニングチェアが出現し、全ての職員に体当たりして強制的に着席させる。]

不明人物: すまん、まだコツが呑み込めなくてな。

クルツ: で、あなたは具体的には何者ですか?

不明人物: プルートーと呼ばれている — 初めまして。

悪魔どころの話ではなかった。ローマ神話の冥神がそこにいたのだ。道理でローマ風のこのホテルにいるわけだ…。
なんか当たり前のように一部物騒なもの含む椅子を生成して座らせてきてるけど外の悪魔どもと違って理性的・紳士的ではあるらしい。

クルツ: プルートー? 死を司るギリシャの神?

プルートー: 厳密にはローマだ。

Ω33-ベータ: 俺はてっきり、ローマの神々はギリシャ神の名前が変わっただけかと—

プルートー: まず第一に、それは信じられんほど失礼だぞ。それに少々人種差別的だ。

Ω33-ベータ: ジーザス、こっちはただ—

プルートー: 嗚呼、俺の前でそのふざけた名前を口にしないでくれ。そいつのせいで、サタンは自分こそ人類神話史上最もイカした存在だと己惚れているんだ。

プルートーはギリシャ神話のハデスがローマ神話に取り入れられたものなので、逸話などは同じようなものだが別存在扱いするべきらしい。
それはそれとして、彼は地獄の王であるサタンに不満があるようだ。
そして、なぜラスベガスが地獄になってしまったかを明かしてくれた。

クルツ: 成程、なかなか面白い話です。しかし大変申し訳ない事に、我々は娯楽目的ではなく仕事のために来ました。あなたが外で起きている馬鹿騒ぎの元凶だというのは事実ですか?

プルートー: ああ、あれかね? まぁな、俺一人の手柄ではない、それは幾ら何でも不公平だよ。他の名だたる悪魔たちがいなければ成し遂げられなかった。

ハウス: 他の?

プルートー: ほう、知らなかったか? ベガスは悪魔の国だよ、少年。初めからそうだった。パラダイス — そうだ、面白い事を教えよう。大半のカジノは—

Ω33-アルファ: — ベガスではなく、パラダイスにある。誰でも知っている。

プルートー: そうか、すまなかったな、知識という贈り物で君たちのちっぽけで惨めな人生を豊かにしようとしてしまい実に申し訳なかった。とにかく、パラダイスは悪魔によって設立された。正確には第四圏 — 強欲の悪魔たちだ。サタンはついつい欲を出し過ぎて、彼らのギャンブルやその他の罪深い商取引に苛烈な税を課し続けていた。

ハウス: 地獄に税金があるんですか?

プルートー: 地獄だぞ、非営利だと思うか? ともかく、彼らは荷造りをして、サタンが徴税吏を派遣できない場所へと去ったのだ - アメリカの砂漠の只中にね。

Ω33-ベータ: つまり、脱税するためにこの一連の騒ぎを起こしたのか。

プルートー: うーん、そう言われると聞こえが悪いな。だがどの道それは大した問題では無かった — 人間の自己破壊的な傾向がこれほどの頑強さを誇っているとは、誰も予想していなかった。今やこの街には大量の純粋な罪が溢れ、その生まれ来たる場所へ引き戻されようとしている。

なんと、このラスベガスという都市はその最初から悪魔が興したものだというのだ。
「神曲」に登場する地獄の第四圏”貪欲者の地獄”は、生前ケチだった者と浪費家だった者が重荷を運びつつ互いに罵り合う地獄である。
プルートーもここの門番を務めている。ここの悪魔たちのギャンブルや取引に、地獄大王サタンが重税を課してきたという。
彼は地獄のもっと下…というか最下層である第九圏中心部に幽閉されているはずなのだが、それでもなおそんな力を発揮するとはさすがは地獄大王である。
そういうわけで、強欲の悪魔たちと門番の冥神はサタンから逃れるため現世アメリカの何もない砂漠の中に逃げ、そこにカジノの都市を作り上げてそこに集まった人間と共に和気あいあい(婉曲表現)したのだった。
しかし、人間のダメさは悪魔の予想を超えていた。街にあふれた”罪”はこの街を作った悪魔たちの故郷…そういうものが本来あるべき場所への道を繋げてしまい、程なくして街ごとあちらへと引きずり込まれる途中にまで来てしまっている…というのが彼の語る事の真相である。

しかし、この罪の街を作り上げた首領であるはずの彼はその事態を止めようとしていない。なぜかはこの後すぐに彼が教えてくれた。

ハウス: いえ、しかし — 何故あなたは地獄へ戻りたがるのです? サタンが嫌いだから出て行ったのでは?

プルートー: ああそうとも、奴はゲス野郎だ。しかし、今の俺にはギャンブルと酒とファックのためならケツを差し出しても構わないという悪魔や人間の軍隊がいる。だから地獄の経済的乗っ取りに着手しようと思ってね、君。

この街の悪魔、罪にまみれた人間、そして何より経済規模はどうやらもうサタンの重税など問題にならないほどになっている。
彼はパラダイスごと地獄に舞い戻って地獄を乗っ取ろうとしていたのだ。さすがは強欲の悪魔の首領。

しかし財団、というか現世からしたらたまったものではない。幸い相手は話が通じる。説得できないか?

クルツ: その、折角ですが… やめていただけますか?

プルートー: それで説得できると本気で思ったか?

まあそうですよね。というわけで次策。

クルツ: まぁやってみる価値はあったと思いますよ。オーケイ、プランB。

[Ω33-アルファとΩ33-ベータが各々のホルスターから銃を抜き、聖水タンクが空になるまでプルートーに発砲する。聖水は何の害も及ぼすことなく、プルートーのバスローブに当たって飛び散る。]

プルートー: 君たち、この街の王をおしゃれな水鉄砲で屈服させられると思うかね? きっとお次はビュッフェの食べ物が尽きたとでも言い出すんだろう。

さすがに悪魔の首領とはいえ神に聖水は効かなかった。これでは銀の弾丸も無駄だろう…あれ、もう有効手段無くない?どうするの?
機動部隊に向かって歩き出す冥神。もうダメかと思ったその時、この街に相応しい策を思いついた者がいた。

ハウス: 賭けをしませんか?

[プルートーがゆっくりと振り返る。]

プルートー: 話を聞こう。

ハウス: 1ゲーム。我々が勝利したら、あなた方にはここを立ち去り、元居た地獄の穴に帰っていただきます。

プルートー: そして君たちが負けたら、俺たちがこの大地を手に入れる?

ハウス: まぁ、そういう事です。

プルートー: 良い条件だ。

ハウス: あ、ちょっとお待ちを。

[ハウスはイヤホンからの通信に耳を傾ける。]

ハウス: 全世界をカタに賭けをするのは認められないそうです。

プルートー: あぁ、残念。

ハウス: オーケイ、ベガスだけならどうですか? あなたが勝利したら、私たちは街を離れ、あなた方の仕事に一切干渉しません。

ここはギャンブルの街。彼はその王で、強欲の悪魔の首領。まともに戦っても勝ち目はない。賭けを持ちかけるのは有効だろう。
彼はこの街だけ地獄に持って帰れればいいので世界まで賭けられても困るだろうし。

プルートー: ふむ。魅力的だが、君個人は何もリスクを負っていないんじゃないか?

ハウス: 私の魂を賭けましょう。その代わり、ゲームは私に選択させてください。

プルートー: いいだろう。

ハウス: Magic the Gathering

プルートー: は? ダメだ。もっと正当なゲームを選べ。

ハウス: 分かりました。では、ブラックジャックを。

プルートー: ほう、成程ね? 中々ギャンブルの心得があるようじゃないか?

ハウス: ローマではローマ人らしく振る舞え、と諺にもあります。

プルートー: 確かに、ここはシーザーズだからな。

MTGは地獄的には正当なゲームじゃないらしい。
というわけで、ラスベガスとハウスさんの魂をかけたブラックジャックが始まろうとしていた。頑張れハウスさん、この街の命運はあなたにかかっている。

ブラックジャック・ゲーム - 1/14


ブラックジャックのルールを知らない人は以下の折りたたみ内に解説するので参照願いたい。


ハウスさんと冥神は、シーザーズ・カジノの奥の間でブラックジャック用テーブルに座った。ディーラーを務めるはタキシードを着たSCP-4661-B実体である。

プルートー: 不滅の魂をカード勝負に賭けるとは、君は勇敢な男だな。

ハウス: よく言うでしょう。虎穴に入らずんば虎子を得ず。

ディーラー: 宜しい、プレイヤー2名がお互いにベットしているため、今回のゲームは表のカジノフロアで行われるブラックジャックとは少々異なります。私はカードを取らず、お二人だけで勝負していただきます。ラウンドの終了時により高い点数をお持ちの方が勝利し、常の如く、負けた方は賭け金を失います。

ハウス: ええ。既にこちらは合意済みです。

二人にカードが配られた。今回は二人ともディーラーの立場でプレイし、片方のカードは伏せられる。伏せられたカードは、自分だけ見ることができる。

ハウス: ♣6, ? 点数6+?
プルートー: ♠2, ? 点数2+?

ディーラー: 初手はハウス様でございます。

ハウスは裏向きのカードを覗き見る。

ハウス: ヒット。

ハウス: ♣6, ♦3, ? 点数9+?
プルートー: ♠2, ? 点数2+?

ハウス: クソ。

プルートー: おや、もう負けたか?

ハウス: ちょっと黙っててください。考えてるんです。

プルートー: あまり長く待たせるなよ。選択肢はたった2つだ。決めるのはそう難しくないだろう。

ハウス: もうちょっとだけ!

ハウスは裏向きのカードを見つめる。

ハウス: ヒット?

ハウス: ♣6, ♦3, ♣5, ? 点数14+?
プルートー: ♠2, ? 点数2+?

ハウス: スタンド。

プルートー: やれやれ。いつになったら俺の手番かと思っていたよ。ディーラー、ヒットだ!

ハウス: ♣6, ♦3, ♣5, ? 点数14+?
プルートー: ♠2, ♠J, ? 点数12+?

プルートー: え… うん?

ハウスが笑顔を見せる。

ハウス: 何かお困りですか?

プルートー: あー…

ハウス: お互いに手札の見せ時と取って宜しいですか?

プルートー: …いいだろう。

ハウス: ♣6, ♦3, ♣5, ♦4 点数18
プルートー: ♠2, ♠J, ♠K 点数22(バスト)

ハウス: どうやら、あなたの負けですね。

プルートー: 分かっているとも。

ディーラー: ハウス様の手札の優勢につき、この試合はハウス様の勝利となります。契約は締結されました。

ハウスさんは賭けをモノにした。冥神と悪魔は地獄へ帰ることになる。
だがしかし。

ハウスは椅子から立ち上がり、部屋を去ろうとするが、戸口で立ち止まる。

ハウス: 楽しい試合でした、プルートー。いつか機会があればまたやりましょう。

プルートー: 当分の間は、俺の同僚たちと遊んでもらおうかな。

ハウス: え?

プルートー: 言ったはずだぞ、パラダイスは悪魔が設立した。ここら一体の超巨大カジノを経営するのに必要な貪欲さが、人間の器に収まるとでも思うかね? いや、ニューヨーク・ニューヨーク・カジノは人間が経営していたかもしれない — ある記念碑の上にまた別の記念碑を作るなんて、君たち人間しか思いつかない悪趣味だからな。俺は去るとも、約束は守る。しかし俺が最後ではないぞ! お楽しみに!

今回は勝ったが、冥神は「似たようなヤツがまたいつか同じことをしに来るぞ」となんか小物臭のする発言と共に帰って行った。
大量の悪魔は居なくても、この街を悪魔が作ったという事実とこの街が罪に満ちているという事実は変わらない。火を消しただけで、火種が消えたわけではない。

ともかくこの直後、街の悪魔たちの大部分はアルコールや金やヤクを残して非実体化した。
視覚的空間異常も回復し、エアロゾル記憶処理薬が散布されて事態は収束した。早急に、これ以上地獄を近づけないための対策を取らなければならない。

報告会 - 1/15


ハウスはトンプソンの前でテーブルに座っている。トンプソンは頭を抱えながら歩き回っている。

トンプソン: 大馬鹿野郎。

ハウス: まぁまぁ。成功したでしょう? 重要なのはそこです。

トンプソン: お前は今回の作戦全体をブラックジャックの試合に賭けたんだぞ!

ハウス: えっ? いえ、とんでもない!

トンプソン: じゃあ、あの時お前が仕掛けたアレは何だって言うんだ?

ハウス: ディーラーに金を渡してカードデッキの積み順を指定したんですよ。地獄でも1万ドルは大金らしいですね。

トンプソン: だったら何故あんなに緊張した素振りを見せた? え?

ハウス: それは、その… ジャックを何枚目に仕込む手筈だったかをド忘れして…

トンプソン: 勘弁してくれ。司令部が私にこんな事をさせるなんて信じられない。

ハウス: あなたはいつも私を解雇したがっているとばかり思っていました。

トンプソン: ああ。今でもそうしてやりたいさ。

トンプソンはテーブルにマニラフォルダを置く。

トンプソン: その機会を掴むことはもう無さそうだ。

トンプソンは背を向け、退室しようとする。ハウスはマニラフォルダの中身を改める。微笑みが彼の顔に浮かぶ。

ハウス: ああ、そうだ! トンプソン!

トンプソン: うん?

ハウス: 例の賄賂はあなたの名義で附けておきましたから。あなたには高額予算があるから問題ないでしょうけど、一応知らせておきます。

トンプソン: 地獄に墜ちろ。

ハウスさんマジパねえッス。

その後の顛末、および特別収容プロトコル

長くなったが、ここでようやくプロトコルを解説できる。
財団は、これ以上同じようなことが起きるのを防止するためにパラダイスに新しいサイトを建築するよう命じた。
こうして建てられたのが、ルクソール・ホテルことサイト-616である。
このホテルは1993年に建てられたカジノホテルで、現在前述の部屋数ランキング9位の大規模なもの。大きな特徴としては建物が106mもの高さのピラミッド型であることと、夜になるとその頂上から400億カンデラ以上の凄まじい光のビームを天空へ向けて放っていることが挙げられる。

で、実際ここは何をやっているのかというと、悪魔たちが発しているTREを吸い上げてそのエネルギーでこのサイトを現実に繋ぎ止めているのだ。
そして余ったエネルギーを光にして空へ捨てている、というのがサイト-616の仕事つまりSCP-4661の特別収容プロトコルである。

それとは別に、冥神の発言からパラダイスのカジノを調べたところ、そのほとんどが悪魔によって所有・経営されているらしいことが判明した。
彼らは相互保護のために委員会を作っており、そのあたりもどうにかしなければならないがまだ計画の策定中のようだ。

まだやらなければならない仕事は多いが、記事はこれで終わり。
最後に、サイト-616の管理官から新任職員へのメールを紹介して締めさせていただく。


このメールは、皆さんがネバダ州ラスベガスのサイト-616へ転勤となることをお知らせするものです。いいえ、サイト外での気の利いた歓迎会は開かれません。この街にはアルコールがあります。ギャンブルがあります。罪があります。しかし、皆さんのためにではありません。皆さんはベガスで起きる事件がベガスの範疇を出ないようにするべくして選抜されました。

皆さんは文字通りの意味でも、隠喩的な意味でも、悪魔に立ち向かうことになります。工場で祝福された弾丸を発砲し、大量生産された聖水を浴び、バチカンが敢えて知りたいとも思わない事物を調査していただきます。

ベガスが罪の都と呼ばれるのには相応の理由があります。私たちは彼らの家にいますが、それは彼らに頭を垂れなければならないということを意味しない。

これを念頭に置くと、実のところ、アンダーベガスの掟は一つしかありません。

勝利するのは常に胴元(ハウス)です。

ハウス管理官より。
確保、収容、保護。


SCP-4661


罪の都(SINCITY)



関連オブジェクト

SCP-4967 - タウミエルヴィス

オブジェクトクラスEuclidからのThaumiel
4661とは別の作者が同じカノンで作成した記事なのでそこは注意願いたい。

SCP-4967はパラダイスから東に30kmほどの所にある有名なダム、フーバーダムの貯水池に遅くとも1984年から沈んでいるマイケル・シモンズさんの死体である。
シモンズさんはかつてはベガスの路上でエルヴィス・プレスリーのモノマネをするパフォーマーだったらしいのだが、残念なことに何者かに殺されて捨てられたようだ。…あぁ、それでタウミ"エルヴィス"ね。
で、異常性はと言うと「腐敗しない」「移動できない」のみ。
なんでこんなのがThaumielになってるのか疑問だろうが、それにはSCP-4661が関わってくる。

SCP-4661の発生により、財団は大量の聖水を調達する必要に迫られた。
これまでは財団が雇っている聖職者ががんばって水を祝福することで聖水を作っていた(これが上の方で出てきた「聖水プラント」だろう)のだが、このままだと聖職者たちが持たない。かといって聖職者でない者が聖水を作るのは不可能でこそないが時間がかかる。どうにか他に安定した大量調達源を確保できないものか…となっていたところにSCP-4967が注目されたのだ。

ラスベガスの近くのダムに沈んでるだけのただの不朽死体をどう活用するのかといえば、提出された提言によるとおおむね以下の通りである。
  • カトリックでは、徳を積んだ人間の死体は神によって保存されるらしいね。
  • なら、実際どうだったかは知らんけどシモンズさんの死体は朽ちないんだから客観的にはシモンズさんは聖人レベルだよね。
  • あと、聖人が何かに触ったらそれは聖遺物になるし、水に触ったなら聖水になるよね。
  • じゃあバチカンにシモンズさんを聖人にしてもらえばダム湖を全部聖水にできない?しかもこのダムはラスベガスの水源だからそのうちSCP-4661全体の水を聖水にできるよ。

ということでその計画が実行され、めでたくSCP-4967は聖水を大量生産できるThaumielクラスオブジェクトになりましたとさ。
またこの「聖人にしてもらう」段階でひとつ珍事が発生しているのだが、それは元記事でご覧いただきたい。
現枢機卿も悪魔の誘惑には逆らえないらしい。


SCP-5690 - まさしく悪魔な女王様

こちらは4661と同作者の記事。詳しくは個別記事参照。


追記・修正はラスベガスでお願いします。

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最終更新:2025年02月15日 09:19

*1 後述するがおそらく1992年もしくはその直前と推測される。