ろうりあじへん
中央暦1639年4月12日から1639年9月2日の間に
ロデニウス大陸で起きた一連の戦争の通称。
開戦経緯
ロウリア王国はハーク・ロウリア34世の統治の元にロデニウス大陸で侵略戦争を繰り返すことで、
クワ・トイネ公国と
クイラ王国以外の全ての国を制圧し大陸統一に王手を掛けていた。
更に
パーパルディア皇国の国家戦略局との密約により、支援を得ることで6年かけて文明圏の基準に置いても強大な軍隊を用意することに成功した。
これに対してクワ・トイネ公国とクイラ王国は諜報員による情報収集以外に有効な手立てを打つことができず、事態を静観することしかできなかった。
そして遂に準備が整ったことでロウリア王国は大陸統一に動きだし、手始めにクイラ王国の生命線であるクワ・トイネ公国への侵攻を決定した。
手始めに東部諸侯団2万と王国軍1万で構成された計3万の東方征伐軍先遣隊が国境線に展開。中央歴1639年4月12日に国境線に存在する人口10万人の都市ギムに侵攻し開戦、
ギムの戦いが起きた。十倍に及ぶ戦力を前に12日中にギムは陥落。守備隊3,554人は全滅し、大虐殺が発生。ギムに残っていた市民は百数十人を除き虐殺された。
ギムでの戦闘に大勝したロウリア王国は、続けて4400隻に及ぶ大艦隊を全力出撃させクワ・トイネ侵攻に王手を掛けた。しかしギムでの虐殺により、クワ・トイネ公国とクイラ王国を生命線とする
日本国が参戦を表明。憲法上での理由によりロウリア王国を武装勢力と呼称した上で鎮圧の為の援軍を派遣した。そしてギムの戦いから13日後の4月25日にクワ・トイネ公国沖にて日本国海上自衛隊の第3護衛隊群8隻とロウリア海軍の大艦隊が衝突。一方的に第3護衛隊群がロウリア海軍の艦艇1400隻以上を撃沈。さらに援軍として派遣された同軍の
竜騎士団も全機撃墜した。この敗戦によりロウリア王国の侵攻計画は大幅に狂い戦線が停滞したことで、日本国は大規模部隊を派遣する準備が可能となった。
膠着状態、反転攻勢準備
海戦の敗北により、ロウリア王国は動きが鈍化、4月から7月に入るまでの三カ月間の主だった軍事衝突は偵察任務中だった東部諸侯団所属のホーク騎士団が日本国陸上自衛隊によって殲滅された一件のみであった。
そして7月22日、東方征伐軍先遣隊はクワ・トイネ公国の重要拠点
エジェイに向け東部諸侯団を進軍させた。東部諸侯団はエジェイ西5km地点に拠点を作り待機、エジェイを疲弊させる為の挑発行動を4日間に渡り行いエジェイの守備隊の士気を削っていった。
しかしそれと同時期に陸上自衛隊第7師団がエジェイ東5kmの地点に展開し始めており反攻作戦の日は着実に近づいていた。
膠着状態、反転攻勢準備
7月26日第7師団は東部諸侯団への軍事行動を開始、退避勧告を出してから2時間後に師団隷下の第7特科団による攻撃により、陣地ごと東部諸侯団を殲滅した。
更に翌日の7月27日にはギム奪還作戦を決行、日本国航空自衛隊による空爆でギム本陣を壊滅、同日中には完全に奪還することに成功した。
これによりロウリア王国の侵攻計画は振出しに戻ったが、以前として兵力は50万以上残っており終戦には程遠い状態だった。
ジン・ハーク空襲
日本国
自衛隊は戦争の長期化を避けるための早期解決策として、首都である
ジン・ハークに強襲をかけて、ロウリア王国国王であるハーク・ロウリア34世を逮捕する作戦を立案。これの前段階として航空戦力と海上戦力を壊滅させるためのジン・ハーク空襲を承認した。8月31日ジン・ハークへの空襲を開始、ジン・ハークから40km先の港に停泊する残存艦隊に空爆による大打撃を与えることに成功。ロウリア海軍は竜騎士団に応援要請を送るが、出撃した竜騎士団は航空自衛隊の攻撃によって壊滅、さらに海上自衛隊の追撃により残存艦隊は全て撃沈されロウリア軍の外洋遠征能力は完全に消失した。
ロウリア王国軍に一息つかせる暇も与えないように、翌日の9月1日の早朝に戦力の削り取りと本命の強襲作戦の為の陽動として第7師団をジン・ハーク4km地点まで進軍。夜になるまでの間に激戦を繰り広げ王国軍の戦力の大半を削ることに成功。そして王国軍の視界が効かない深夜になったことで、城門の破壊を合図に
第1空挺団と
SATの混成部隊をヘリボーンで王城に突入、城内の戦力を撃滅し明け方にハーク・ロウリア34世の逮捕に成功。これにより5ヵ月に渡って続いた戦争は終戦した。
終戦後の情勢
開戦前はロウリア王国の圧勝と評された下馬評を覆した日本国は今回の戦争で
第三文明圏にまで名をとどろかす事になる。またクワ・トイネ公国とクイラ王国との関係も更に深まり、運命共同体として歩んでいくことになる。
一方でロウリア王国は王国軍の壊滅と国王が逮捕された事で諸侯の制御ができなくなり、離脱が相次いだことで国土の四分の一が失われ大幅に弱体化することとなった。
今回の戦争の裏で暗躍していたパーパルディア皇国については、国家戦略局が独断で支援していた事を隠蔽するために、局長
イノスによって資料は全て破棄された為、日本国の存在はこの時点では皇国内で知られることはなかった。
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〔最終更新日:2025年07月20日〕
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