詩百篇第10巻66番


原文

Le chef1 de2 Londres par regne3 l'Americh4,
L'isle5 d'Escosse6 tempiera7 par gellee8:
Roy Reb auront9 vn si faux antechrist10,
Que11 les mettra12 trestous13 dans la meslee14.

異文

(1) chef : Chef 1672Ga 1712Guy
(2) de : le 1605sn 1649Xa
(3) regne : Regne 1672Ga
(4) l'Americh : lamerich 1568X, la merich 1590Ro, l’Americ 1650Mo, Lymerich 1712Guy, l'Ameriq 1715DD
(5) L'isle : L'Isle 1611 1627Di 1649Xa 1650Mo 1653AB 1665Ba 1667Wi 1672Ga 1697Vi 1712Guy 1720To 1772Ri 1840 1981EB, Irle 1715DD
(6) d'Escosse : & Escosse 1715DD
(7) tempiera : t'empiera 1611 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1667Wi 1668 1720To 1981EB, temptera 1627Ma 1627Di 1644Hu 1650Ri 1653AB 1665Ba 1697Vi 1716PR(a b) 1840, tremblera 1716PRc, rempiera 1650Mo, tentera 1712Guy, t'empietra 1715DD
(8) gellee : Gelée 1715DD
(9) Reb auront : Reb. auront 1568X 1590Ro 1672Ga, Rebauront 1649Ca 1650Le 1981EB 1668, reb ...... auront 1712Guy, rebat contr' 1715DD
(10) antechrist 1568X 1568A 1568B 1590Ro 1772Ri : Antechrist T.A.Eds.
(11) Que : Qui 1603Mo 1611B 1650Mo 1981EB 1715DD
(12) les mettra : le mettra 1627Ma 1627Di 1665Ba, mettra les 1715DD
(13) trestous : tretous 1603Mo 1650Mo, trestaux 1715DD
(14) meslee : Meslée 1716PRb

(注記1)1712Guy の3行目の異文 (reb が小文字で auront との間にピリオドが6つある) は原文のままである。
(注記2)1715DD はD.D.の解釈書 (1715年) に見られる異文である。
(注記3)1697Viは版の系譜の考察のために加えた。

校訂

 ピーター・ラメジャラーは2003年の時点では regne l'Americh を regne [de] dame erist と校訂し、「争われた婦人の王国」と読んでいたが、2010年には普通に「アメリカ」と訳し、2003年の校訂内容はカッコ書きで併記するに留めた*1
 バルタザール・ギノーの Lymerich (Limerick, リムリック)とする読みも、ある程度の妥当性を持っているのかもしれない。
 l'Americh のまま読むにしても、3行目との間では「ラメリ / アンテクリ」と韻を踏ませるしかないので、最後の ch は発音しない。

日本語訳

ロンドンの指導者はアメリカの王国を通じ、
酷寒の時期にスコットランドの島を抑制するだろう。
彼らは戴くだろう、反逆する国王を。ひどい偽りの存在である反キリストは
一人残らず混乱に陥れるだろう。

訳について

 前半2行については、par をどう捉えるのかによって、いくつかの読みが可能である。また、l'Americh は標準的に「アメリカ」と理解した。

 3行目 Reb は多数と思われる説に従ったが、どこに掛かるのかはピーター・ラメジャラーの読み方に従った。エドガー・レオニのように Roy と Reb を別の存在と捉え、「国王とルブ(レブ)は・・・」と読むことも可能である。
 後半は faux (偽の) が反キリストの形容詞ではなく、並列的に用いられている(つまり「偽者の反キリスト」という意味ではない)とするジャン=ポール・クレベールの読み方に従った。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。2行目「スコットランドの島は霜でやわらぎ」*2は、tempiera の読みが確定しているとはいえないので、誤りとはいえない。
 3行目「王と司祭はあやまった反キリスト者になる」は誤訳。Rebを「司祭」(priests) と訳すのはヘンリー・C・ロバーツからの直訳だが、語学的な根拠が不明である。また、この行の動詞は auront (will / shall have) であり、「なる」と訳すことの妥当性は疑問。
 4行目「かれらは調和せずに」は不適切。関係詞が適切に処理されていない上、trestous が訳に全く反映されていない。

 山根訳は2行目「スコットランドの島に凍えた物を背負わせるだろう」*3は、tempieraの意味が確定していないことを差し引いても、par の存在からいっておそらく不適切。
 3行目「国王レブ 世にも恐るべきキリストの敵を持つだろう」は、Roy Reb を「国王レブ」と訳すことが許容されるにしても、un si faux を「世にも恐るべき」と訳すのはかなり無理がある。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエールは、オリヴァー・クロムウェルとモンク将軍 (General Monck) と解釈し、「ロンドンの首領」はクロムウェル、「アメリカ」は混乱の隠喩(根拠は書かれていない)と理解した。そして、2行目と3行目はモンク将軍がスコットランドからイングランドに来たのが冬の時期であることを指すとし、彼が相次いで国王と共和国(ガランシエールは Reb. を Republica と理解した) の敵となったことを示すとした*4

 1691年ルーアン版『予言集』に掲載された「当代の一知識人」の解釈では、名誉革命でイギリス王位に就いたばかりのウィリアム3世の統治の辛辣さ (amertume) が、かつてない規模の内戦を惹き起こすとされていた*5

 バルタザール・ギノー(1712年)もウィリアム3世と解釈し、1行目は彼が国王となるに際し、リムリック(アイルランドの都市)の支配者となったことと解釈していた。詳述していないが、おそらくアイルランドの反乱(ウィリアマイト戦争)を平定し、その最後の拠点であったリムリックを落としたことを指すのだろう。
 2行目は単なる時期(冬)を指すに過ぎないとし、後半2行はオランダ出身のウィリアムに対し、イギリス国民が猛反発している状況と解釈した*6
 D.D.(1715年)の著書には前の詩とセットにして原文と英訳が載っている。ジェームズ1世 (在位1603年 - 1625年) に触れたくだりで登場しているが、明示的な解釈はない*7


 ロルフ・ボズウェル(1943年)はアメリカ独立の時にイギリス国王だったジョージ3世についてと、その年の冬に酷寒に見舞われたスコットランドについてと解釈した*8

 アンドレ・ラモン(1943年)はヒトラー(反キリスト)のナチスに対抗するために、アメリカとイギリスが同盟関係になることと解釈した*9
 スチュワート・ロッブ(1961年)も米英の同盟と解釈し、アメリカでろくに開拓も行われていなかった時代にそのような同盟関係を見通したことを評価した*10

 セルジュ・ユタン(1978年)は、第二次大戦の少し前にジョージ6世が船でアメリカを公式訪問したときに、カナダのノバスコシア(「新スコットランド」の意味)付近の氷のせいで遅れが出たことと解釈し、反キリストはヒトラーと解釈した*11
 しかし、ボードワン・ボンセルジャンの補注では、Roy Reb をスコットランド人の義賊ロブ・ロイ (Rob Roy) とする解釈に差し替えられている*12

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年)は、1999年の反キリストが絡む戦争の一場面と解釈した*13

同時代的な視点

 新大陸を「アメリカ」と呼んだのはドイツの地理学者ヴァルトゼーミュラーが最初で、1507年のことであった。この時点では中南米と西インド諸島のみを対象とするものであったが、1538年にメルカトルが北米大陸にも適用した*14
 ノストラダムスがこの詩を書いたのはおそらく1550年代半ば以降のことであったので、l'Americh がアメリカを意味しているとしても、それ自体は予言能力の証明にはならない。ただ、 l'Americh がアメリカを指す場合、ノストラダムスが新大陸の地名にはっきりと触れた例外的な詩ということになる(メンフィスのように、旧大陸に対応する地名があるものを除く)。ジャン=ポール・クレベールは歴史家リュシアン・フェーヴルの見解などを引きつつ、当時の地理的認識を大きく覆す新大陸の発見は、現代人が考えるほど大々的に取り上げられておらず、ノストラダムスの関心の薄さだけが珍しかったわけではないことを説明している。
 なお、現代フランス語ではアメリカのことを Amérique と綴るが、1507年のトゥールーズの年報でもすでに Amerique と綴られていたという*15

 クレベールは文脈には当てはまるとして、消極的ながら l'Americh が Armorique (アルモリカ。ブルターニュの古称)の誤りである可能性も示していたが、他方で、2行目のスコットランドは、カナダのノバスコシア (「新スコットランド」の意味) のことかもしれないとした。

 ピーター・ラメジャラーはイングランド国王エドワード1世がモデルになっていると解釈し、彼が13世紀後半に行なったスコットランド遠征と解釈した。ラメジャラーは前述の通り l'Americh を dame erist と校訂しており、当時のスコットランド女王マーガレットと結び付けていた*16

 当「大事典」は、l'Americh を Lymerich としたギノーの読み方も(それを名誉革命と結びつけたことは支持しないが)一定の説得力を持つものと考える。手書きでの L'americh と Limerich ならば、植字工が読み違える可能性も十分にある。
 ノストラダムスは『アンリ2世への手紙』で自身の予言の対象を「ヨーロッパ全土」 「アフリカ」 「一部のアジア」に限定しており、唐突にアメリカが登場することには、少々疑問を感じることも指摘しておきたい。


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最終更新:2019年11月01日 00:17

*1 Lemesurier [2003b], Lemesurier [2010]

*2 大乗 [1975] p.300

*3 山根 [1988] p.332

*4 Garencieres [1672]

*5 Besongne [1691] p.207

*6 Guynaud [1712] p.402

*7 D.D. [1715] p.15

*8 Boswell pp.93-94

*9 Lamont [1943] p.320

*10 Robb [1961] p.139

*11 Hutin [1978]

*12 Hutin (2002)[2003]

*13 Fontbrune (1980)[1982]

*14 『コンサイス外国地名事典』第3版

*15 Clébert [2003]

*16 Lemesurier [2003b], Lemesurier [2010]