詩百篇第9巻60番


原文

Conflict Barbar1 en la Cornere2 noire.
Sang espandu trembler la d'Almatie3,
Grand Ismaël4 mettra son promontoire,
Ranes trembler secours Lusitanie.

異文

(1) Barbar : barbar 1590Ro 1667Wi, Barbar. 1665Ba 1840, Barbare 1672Ga
(2) Cornere 1568 1605sn 1628dR 1649Ca 1649Xa 1672Ga 1772Ri : cornere 1590Ro, Cornete 1591BR 1597Br 1603Mo 1611, Cornette 1606PR 1607PR 1610Po 1627Di 1627Ma 1644Hu 1650Mo 1650Ri 1650Le 1653AB 1665Ba 1667Wi 1668 1716PR 1720To 1840 1981EB
(3) d'Almatie 1568X 1568A 1568C : Dalmatie 1568B 1591BR & T.A.Eds.(sauf : d'Amaltie 1590Ro, Dalmarie 1603Mo)
(4) Ismaël : Jsmaël 1590Ro, Ismael 1603Mo 1605sn 1606PR 1607PR 1610Po 1611 1628dR 1668A 1672Ga 1981EB

校訂

 1行目 Barbar は綴りとしておかしいので、Barbar. ないし Barbare の方が適切である。
 むしろ同じ行で難物なのは Cornere である。このような単語は現代語にも古語にもない。マリニー・ローズジャン=ポール・クレベールがそのままイスタンブルの金角湾(Corne d'or)を指す言葉と見なしている一方で、エドガー・レオニピーター・ラメジャラーは後の異文である Cornette を採用している。明言していないが headdress と英訳したリチャード・シーバースも同じ立場だろう。

 2行目 d'Almatie は1568年版の中でも揺れがあるように、Dalmatie の単なる誤植だろう。この読み方に異論は全くない。

日本語訳

黒いコルネールにてバルバロイの衝突。
血が撒き散らされ、ダルマティアが震える。
大いなるイシュマエルは自らの岬を置くだろう。
カエルたちは震える。ルシタニアの救い。

訳について

 1行目 la Cornere noire はひとまずそのまま「黒いコルネール」としたが、意味を成さない。
 マリニー・ローズジャン=ポール・クレベールのように「黒海の金角湾」と意訳すべきか。他方で、Cornette (コルネット帽、コルネット頭巾) と同一視するピーター・ラメジャラーは 「黒い頭巾」(black headdress)と英訳しており、リチャード・シーバースの英訳も同様である。ラメジャラーの場合、コルキュラ・ニグラ(Corcyra Nigra, 黒いコルキュラ)という古称を持っていたコルチュラ島の言葉遊びと見なしており、ダルマティアとの位置関係からすれば、それはそれで説得力がある。

 3行目はそのまま直訳した。promontoire を使った成句は特に古語辞典の類には見当たらない。ラメジャラーは「進軍を開始するだろう」(shall mount an advance)*1、シーバースは「即座の成功を手にして」(reaping swift success)*2と英訳している。ジャン=ポール・クレベールは「そこに橋頭堡を築くだろう」(il y établira sa rête [sic.] de pont)*3と釈義した。

 4行目後半は「救い」と「ルシタニア」はどちらも名詞。ここでは後者が形容詞的に使用されていると見なした。

 既存の訳についてコメントしておく。
 大乗訳について。
 1行目 「異邦の戦いが黒い場所で」*4は、Cornere を「場所」と訳す語学的根拠が不明。ちなみに元になったはずのヘンリー・C・ロバーツの英訳では Corner があてられている。
 3行目「イシマエルは岬にあり」は、Grand が訳に反映されていないし、「岬にあり」とするのも強引だろう。ちなみにロバーツの英訳では set up his promontory *5と、ほぼ直訳されている。
 4行目「ラーヌはふるえ ルシタニーは救いをもたらす」はおおむね許容範囲内だろう。なお、大乗訳では「ラーヌ」について「かえる」と注記されているが、この場合、行の頭だから大文字になった可能性もあり、固有名詞のようにカナ表記する必然性があるかは疑問である。後半は言葉を補った意訳の範囲として許容されるだろうが、「ルシタニー」という表記は疑問。フランス語読みするなら「リュジタニ」、英語ならば「リューシテイニア」(Lusitania)であり、「ルシタニー」というのではどこの国の表記か分からない。

 山根訳について。
 1行目 「黒い頭飾りで異教徒が戦う」*6は、Cornette を採用した場合の訳としては許容範囲内だろう。
 4行目の「ルシタニー」という表記の不適切さは、大乗訳について述べたことと同じ。

信奉者側の見解

 テオフィル・ド・ガランシエール(1672年) は、時期の明記されていない幾つかの場所の事件を予言したものと解釈し、黒海付近での異教徒の争い、ダルマティアの事件、さらにサファビー朝ペルシア (イスマーイール1世によって建国され、同じ名を名乗る王が現れた)などについて描写されているとした*7


 アンドレ・ラモン(1943年) は、解釈時点で真っ只中だった第二次世界大戦に関する予言と解釈した*8
 ロルフ・ボズウェル(1943年) は、近未来のイスラーム勢力とキリスト教国との争いについてと解釈した*9

 エリカ・チータムは1973年の時点では一言もコメントしていなかった*10。1989年の著書では「ここ数十年のアラブ諸国の勢力伸張」以外の要素について解釈を付けられないとコメントしていた*11

 セルジュ・ユタン(1978年) はナポレオン戦争がダルマティアからポルトガルに至るまで広範囲に広がっていたことの予言としていたが、のちのボードワン・ボンセルジャンの補訂(2002年) では、20世紀末以降の黒海周辺の騒擾とする解釈に差し替えられた*12

 ジャン=シャルル・ド・フォンブリュヌ(1980年) は近未来に起こると想定していた戦争の一場面で、イスラーム勢力の侵攻によって起こる黒海やユーゴスラビアでの戦いと解釈していた*13。晩年になると1991年から1992年に掛けてのユーゴスラビア内戦の一場面などとする解釈に差し替えた*14

 加治木義博は1993年の著書で、「すでに始まっている第三次大戦」として、ユーゴ内戦が第三次世界大戦につながるという見通しを示していた*15

同時代的な視点

 ジャン=ポール・クレベールは特定の事件と結びつけたわけではないが、「黒いコルネール」は黒海にもつながっている金角湾のことではないかとした。同様の可能性はマリニー・ローズらも指摘していた。

 ピーター・ラメジャラーは、1行目の「黒いコルネール」をコルチュラ島の古称コルキュラ・ニグラと結び付けている (ただし、彼はコルチュラ島ではなく、コルキュラという古称を持つ別の島ケルキラと見なしている)。彼はそこで『ミラビリス・リベル』、特にその第1章である「偽メトディウス」の予言と、16世紀当時のオスマン帝国の東南ヨーロッパ侵攻とが重ねあわされていると見なした。

 確かに「偽メトディウス」ではヨーロッパを蹂躙するアラブ人たちが「イシュマエルの子ら」とされており、それとの結びつきを想定することは容易だろう。また、ダルマティアとの位置関係からすれば、金角湾よりもコルチュラ島の方が理解しやすいのは事実である。

 他方、ノストラダムスの『予言集』で「イシュマエル」そのものが出てくるのはここだけである (ほかはすべて「イシュマエルの末裔」Ismaëliteという形で登場)。それに何か意味があるのか、単なる韻律上の要請なのかはよく分からない。また、コルチュラが正しいとしても Cornere という綴りかえにどのような意味があるのかも不明であるし、地理的に明らかに離れたポルトガルにどういう繋がりがあるのかなど、細部には不明瞭な点も残る。



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詩百篇第9巻
最終更新:2020年03月10日 02:03

*1 Lemesurier [2010] p.248

*2 Sieburth [2012] p.253

*3 Clébert [2003] p.1018

*4 大乗 [1975] p.273。以下、この詩の引用は同じページから。

*5 Roberts (1947)[1949] p.298

*6 山根 [1988] p.303。以下、この詩の引用は同じページから。

*7 Garencieres [1672]

*8 Lamont [1943] p.194

*9 Boswell [1943] p.320

*10 Cheetham [1973]

*11 Cheetham (1989)[1990]

*12 Hutin [1978], Hutin (2002)[2003]

*13 Fontbrune (1980)[1982]

*14 Fontbrune [2006] p.426

*15 加治木『真説ノストラダムスの大予言 激動の日本・激変する世界』pp.93-94