原文
Par le deluge
1 & pestilence
2 forte
La cité
3 grande de long temps
4 assiegee
5,
La sentinelle
6 & garde
7 de main morte
8,
Subite prinse, mais de nul
9 oultragee.
異文
(1) deluge : Deluge 1672Ga
(2) pestilence : pestilente 1603Mo, pest.lence 1611A(a b)
(3) cité : ciré 1611A(a b), cire 1611Ac, Cité 1672Ga
(4) long temps : long tempe 1590Ro, lon temps 1627Ma, long-temps 1644Hu 1649Xa 1667Wi 1668P 1716PR 1720To 1772Ri, longtemps 1665Ba 1840, long-tems 1697Vi
(5) assiegee : Assiegée 1672Ga, assiegé 1720To
(6) sentinelle : santinelle 1590Ro, senrınelle 1611A, Sentinelle 1672Ga
(7) garde : Garde 1672Ga
(8) main morte : main-morte 1644Hu 1840
(9) nul : nulle 1867LP
(注記1)版の系譜の考察のため、1697Viも加えた。
(注記2)当「大事典」所蔵の1611Aでは、かなりうっすらとciré のアクサンが見える(下図参照)。1611Acも、コピーでは見えない程度にうっすら印刷されている可能性がある。
日本語訳
洪水と強烈な
悪疫とによって、
大都市が長いあいだ攻囲される。
歩哨と衛兵は手で殺される。
突然にとらわれるが、誰からも荒らされることはない。
訳について
3行目が難しい。
上の訳は、
エドガー・レオニと
ジャン=ポール・クレベールの読みに従った(中期フランス語の mourir には「殺す」tuerの意味もあった。morteはその受動態の女性形)。
クレベールは「手で殺される」を「絞殺される」とも言い換えている。
リチャード・シーバースも「素手で絞殺される」と英訳しているので、ほぼ同じ読み方といえる。
- The mortmain’s watch and guards are taken out : (2003年の訳)
- the sentry and mortmain dead,(2010年の訳)
と訳している。
これらの訳に共通する mortmain は、main morte を mainmorte と読んだ結果である。マンモルト(mainmorte)は、封建時代に農奴が受けていた財産相続時の制限である 。
マンモルトと読んだラメジャラーの訳は、後述する
ロジェ・プレヴォの読みを踏まえたものである。
現代においてmain morte を「マンモルト」と読んだのはプレヴォが初と思われるが、上の『異文』欄にあるように、1644年リヴィエール版と1840年バレスト版は main-morte とトレデュニオン(ハイフン)でつないでいる。それらの版は、明らかにマンモルトと読んだのであろう。
トレデュニオンでつないだMain-morte はDFEにも載っている。
- Main-morte「死手譲渡(地);農奴制;奴隷、奴隷の保有権」(Mortmaine ; also, villenage ; or, a seruile, and slauish tenure)
その場合は、3行目は「農奴の(ないし封建的に隷属した)歩哨・衛兵」といった意味になるのかもしれない。
もっとも、ラメジャラーの訳の場合、2003年の訳は taken out にあたる単語が原文になく、補い方に議論の余地があるだろう。2010年の訳の場合、morte(死んだ)がmortmain と dead とで二重に訳されているらしい点に、若干の疑問がある。
4行目で「とらわれる」のは、都市と人のどちらにも当てはまりうる。
ただし、3行目を「殺される」と読んだ場合、殺された人が捕虜になるのは不自然なので、文脈上、「大都市」しか当てはまらない。
実際、クレベール、ラメジャラー、シーバースはいずれも2行目の「大都市」についてと読んでいる。
ここではそれを踏まえて
outragerを「荒らされる」と訳したが、この単語は人を傷付けたりする場合にも使える。
既存の訳についてコメントしておく。
大乗訳について。
3行目 「番兵と見張りは驚き」は不適切。上記の通り、de main morte は「手によって殺される」「死んだ手によって」「マンモルトの」といった意味にしかならず、「驚く」と訳す根拠が分からない。
もっとも、「驚かされる」(surprised)は大乗訳のもとになった
ヘンリー・C・ロバーツの英訳に出てくるものであり、さらにさかのぼれば
テオフィル・ド・ガランシエールの英訳に出てくる。
DFEやDALFには、特にそのようなmain morteを使った成句は見られない。
信奉者側の見解
基本的に全訳本のたぐいでしか解説されてこなかった詩である。
ヘンリー・C・ロバーツ(1947年)は、「パリが外国の中隊(an alien company)に、無血の侵攻で支配されるだろう」と解釈した(日本語訳版で「同盟国」という語が出てくるのは、alien をallianceか何かと見間違えたのではないだろうか)。
娘夫婦(1982年)は、それを差し替え、地震によってダムが決壊し、大都市が大水害に見舞われることと解釈した。大都市については、「?」付きでロサンゼルスとテヘランを挙げていた。
この解釈はヘンリー・ロバーツの
孫もそのまま踏襲した。
エリカ・チータム(1973年/1989年)は、曖昧で一般的な詩として、情景を敷衍したような説明しかつけていなかった。
ネッド・ハリー(1999年)の解説も似たようなものである。
ジョン・ホーグは、この「大都市」は通常パリを意味するとしつつ、1行目の悪疫として、エイズ、エボラ出血熱のたぐい、21世紀にオゾンホール拡大によって引き起こされる免疫系の伝染病などの可能性を挙げ、21世紀に、詩のような攻囲戦が起こる可能性があるとした。
同時代的な視点
ロジェ・プレヴォは1544年から1546年のフランスの情勢と結びつけた。
1544年から1546年には、南フランスで洪水とペストの大流行がみられた。
ノストラダムスがエクス=アン=プロヴァンスでペスト治療にあたったのも、この時である。
3行目のマンモルトは、1546年に英仏間で結ばれたアルドル条約で、ブローニュの譲渡について合意されたことと解釈した。
シーバースも特に解釈をつけていない。
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最終更新:2020年03月22日 10:52