概要
鉄血刺々野球は、
リンベルーク・アカデミア付属サー・フォス・カレッジの公認(❓️)サークル
遊理部が生み出した危険遊戯である。
異世界の球技である野球を下敷きにしているが、原型から受け継いだものは打って、投げて、走るという骨組みくらいしか見当たらない。
名称の「鉄血」は用具の材質と流血の頻度を、「刺々」は試合中に飛び交う鋭利な要素を指している。
誕生秘話
鉄血刺々野球の始まりは、転移者
霧島兵一郎が部室でこぼした故郷の昔話にある。明治の商都で育った霧島は、学生たちが川原で興じていた舶来の球技を覚えていた。球を棒で打ち返して塁を巡る遊びだと説明していたはずが、話が守備の配置に及ぶと、なぜか口ぶりは散兵線と突撃の用語に化けていく。聞き終えた部長
スーラ・ヴィ・レクサーニの第一声は「え、それ師匠の世界の戦争ごっこ?ウケる、やろ!」である。ごっこではない、遊びだと訂正する霧島の声は届かず、部長は黒板に次回の爆心地ワークショップの題目「師匠の故郷の遊びを現代の緊張感でアップデートせよ」を書き終えていた。
ワークショップの当日、試作は木の棒と布の球という、拍子抜けするほど穏当な用具で始まった。三球目で部長が「緊張感が足りない」とぼやいてから、部員たちの改良案は一気に物騒な方角へ舵を切る。工学に入れ込む部員は球を鉄で鋳直し、戦闘の心得がある部員は打棒に刃を沿わせた。さらに誰かが「守備が走者を止めていいなら、殴って止めてもいいのでは」と口にした時点で、原型の野球はほぼ息を引き取っている。自分の紹介した遊びが変わり果てていく様子を、霧島は腕組みのまま渋い顔で眺めていた。ところが刃付きの打棒を一振りした途端、「……これはこれで、武道の鍛錬になる」と頷いてしまった。(頷くな)
初の公式試合は、複数の重傷者と焼け焦げた外野を残して幕を閉じた。風紀委員会の査察はその日のうちに入り、部の予算はいつものように削られ、廃止の二文字まで持ち出されている。部長は「学問の自由と創造性は規律よりも優先されるべき!野球も学問!」と胸を張ったものの、張った胸ごと懲罰独居房へ運ばれたため、交渉は土下座外交局に引き継がれた。局員たちは防具の着用義務を部の側から申し出て、引き換えに競技の存続を持ち帰っている。査察の報告に添える始末書は始末書量産工房が夜を徹して書き上げ、初試合の一件だけで、工房の在庫にあった詫びの文句が一週間分ほど目減りしたという。
ルール
試合の流れ
試合は二つの陣営が攻撃と守備を交互に受け持って進み、この骨組みだけは原型の野球を律儀になぞっている。打者は金属の打棒を構え、投手の放る鉄球を打ち返す。打球が捕られる前に塁へ着けば安全となるが、安全なのは塁の上に限られ、塁と塁の間は守備側が走者に直接手を出してよい区域になっている。手を出してよい範囲は解釈次第で、体当たりから組み打ちまで一通り認められてきた。得点は本塁への生還で一点が入り、途中で走者が戦闘不能と判定されれば、得点どころか相手に一点を献上する羽目になる。三人の打者が倒れると攻守が入れ替わり、この「倒れる」には捕球によるアウトと、文字どおり地面に倒れた場合の両方が数えられる。判定は二系統に分かれている。アウトとセーフを告げるのは球審を務める部長で、判定の基準は本人いわく「そのプレーが面白かったかどうか」。戦闘不能の判定は救護部門の副部長
シレヴィ・ラルフェーナが受け持ち、倒れた選手の瞼を指でめくって、試合に戻すか担架に載せるかをその場で言い渡す。……球審の判定に抗議した選手は、だいたい次の打席で戦闘不能の判定を受けている。偶然である。たぶん。
用具
試合球は鉄の鋳物で、重さは投手の肩と相談して決めることになっている。ただし相談の相手は肩ではなく部長で、肩の意見が通った試しはない。打棒は金属の芯に刃を沿わせた造りで、刃の型見本は救護部門の治療室に飾られた刃物から借り受けるのが慣例となった。貸し出しの帳面には、刃の一本ごとに副部長の丸い字で人の名前らしきものが書き込まれている。部長は自分の名前がどの行にあるのかを探しかけては、毎回途中で帳面を閉じている。防具は重ね張りの革に鉄板を仕込んだもので、着用は土下座外交局が勝ち取った義務の産物である。しかし、選手たちの評価によれば、効果のほどは「痛みが届くまでの時間を少し遅らせる装置」にすぎない。試合によっては、
シーナ・フリートンの手で雷の術式を封じ込めた帯電球が使われる。打った瞬間に打者が、捕った瞬間に野手が痺れるため、帯電球の回だけは両陣営が揃って打球から逃げ回る光景になる。用具費の申請書は監査部門の
セラニーヤ・フォルクネールの手元で決まって差し戻され、「刃の本数を減らすこと」の赤字が入る。受け取った部長は刃を一本増やして再申請するのが常で、申請書の往復は試合の回数よりも多い。
遊理部特別規定
遊理部特別規定の第一条は「部長は投げない」である。試作の日にマウンドへ上がった部長は、得意の炎の術式で撃ち出すつもりで振りかぶり、第一球で捕手の鎧を貫通寸前までへこませたうえ、外野の柵に丸い穴を開けた。以来、登板は永久に禁じられ、部長は球審の席と打席を行き来するだけの立場に収まっている。本人は今も抗議を続けており、打席に立つたびに投手を煽り倒しては、ぶつけられた鉄球の数で鬱憤を晴らしている(晴れてない)。走者が追い詰められて感情を振り切った場合、塁の上に白い塔が立つことがある。塔が立った時点で試合は中断され、埋まった選手が掘り出されるまで時計は止まる。塔の内部に飲み込まれた打球は掘り出されるまで生きた球として扱われ、野手たちはスコップを手に塔へ群がる。守備練習の半分が穴掘りに費やされる回もあるほどで、自分たちが何の競技をしていたのかを思い出すのに、選手たちは毎度しばらく時間を要する。もう一つの名物が、土下座による降参の規定である。打席でも塁の上でも、選手が土下座をすれば戦闘不能を免れ、アウト一つで済む。制定したのは部長で、制定後に最初に使ったのも部長だった。汗だくの部長が地面を這うように迫ってくる土下座に投手が戦意を失い、なぜか四球が宣告された試合もあり、規定の見直しを求める意見書は今も部室の書類の山に埋もれている。
名物選手
四番と球審と部長の三役を一人で抱え込んでいるのがスーラで、打順表の四番の欄には、試合前の話し合いを待たずに毎回自分の名前が書き込まれている。持ち前の打法は打棒に炎の術式を纏わせて振り抜くもので、芯を捉えた打球は火の粉を引きながら外野まで飛んでいく。ただし、振り終えた打棒の刃は熱でぐにゃりと垂れ下がり、一本溶かすたびに監査の帳面へ赤字が一行ずつ増えていく。部長はその行を指でなぞっては「今日の私の打点」と言い張っている。自分が打席に立つ間も球審の役は手放さず、マスクを頭に載せたまま打席から判定を下すため、見逃した球は一球残らずボールと宣告される。当然、守備側からは抗議が殺到するが、抗議を受け付けるのもまた球審である。そのくせ、負傷者を出した試合の後には誰より先に始末書の署名欄へ名前を書き込み、工房が下書きを差し出す前に筆はもう紙の上を走っている。署名の横に毎回小さな落書きが添えられるせいで、工房は清書を一からやり直す羽目になる。
投手の座を譲らないのがシーナで、捕手の籠手が握り拳しか示せないと知ってからは、サインを待たずに投げ込むのが当たり前になった。投げる瞬間に雷の術式を球へ上乗せする癖があり、帯電球の回でなくとも、彼女の投げた球だけは捕手の鎧を伝って火花を散らす。投球の間合いは本人の鼻歌の拍子で刻まれており、打者は歌の調子に合わせて球を待てば打てると踏む。ところが三球目あたりで拍子が急に裏返り、待ち構えた打者の打棒は空を切る。拍子の変わり目を読もうと打席で耳を澄ませる打者が増えた結果、試合中の球場は奇妙に静かになった。霧島の説教の標的にならないのは、彼女が変化球を一球も投げないからで、本人いわく「曲げるより痺れさせたほうが早い」。打席の側に回ると、構えた打棒にまで雷を這わせるため、打球を捕った野手と握った本人が揃って痺れ、一塁手が倒れている間に悠々と塁を踏む。本人は痺れた指先を振りながら、次の登板で拍子をどう崩すかを考えている。
救護と判定を兼ねる都合上、シレヴィの出番は代打に限られている。出番が回ってくると、副部長はまず打棒の刃を研ぎ直すところから始め、砥石の音が止むまで試合は動かない。研ぎ上がった刃の縁を指の腹でなぞり、満足げに頷いてから打席に入るため、投手の側は球を投げる前から気圧されている。刃物の扱いに慣れた手つきは打棒でも変わらず、打球は野手の足元を低く鋭く切り裂いていく。問題は打った後で、一塁へ走り出したはずの副部長は、打球を受け損ねて転がった野手を見るなり進路を変え、その場で手当てを始めてしまう。走者が塁を離れて相手の治療をしている間はアウトにできないという判定が、戦闘不能の判定役である本人の口から下され、誰も反論できないまま試合は止まる。手当てを終えて一塁へ戻る頃には、治された野手から礼まで言われている。自分で打った傷を自分で塞ぐ流れが一試合に何度も繰り返されるため、副部長の代打は、守備側にとって最も痛く最も手厚い打席になった。
捕手の座に据えられたのがヨークで、全身を覆う装甲が決め手となった人選は、部内の配役としては珍しく理屈が通っている。問題は籠手の指の太さで、投手へ送るサインがどれも握り拳にしか見えず、投げる側は毎球、勘で球種を選んでいる。本塁へ突っ込んでくる走者の体当たりを受けても揺らがないため、本塁の前には跳ね返された走者が折り重なる。打席に立った時の足の遅さも折り紙付きで、一塁へ向かう途中で守備側に囲まれるのが毎度の流れになった。ところが、囲んだ野手が何人がかりで押そうと装甲は崩れず、根負けした守備陣が引き揚げるまで、ヨークは塁間に立ったまま籠城を続ける。鎧の隙間から差し入れられた水筒の茶を啜りながら待つ余裕まで見せており、守備陣の気力を最も削るのはこの一服である。戦闘不能の判定を受けた記録は一度もないものの、転んだ後に自力で起き上がれず、攻守交代のたびに部員二人がかりで引き起こされている。試合後の鎧に残ったへこみは、スコアブックとは別の帳面に一つずつ書き留められている。
外野の守備を仕切るのは霧島で、打者が構えると同時に、風向きと打者の重心から落下点を割り出して部下に伝令を走らせる。伝令役の部員が内容を伝え終える頃には打球がとうに落ちているため、最近は自分で走ったほうが早いと気づき、伝令と捕球を一人で兼ねるようになった。投手の変化球には人一倍うるさく、曲がる球を見るや「球筋に嘘をつくな」と外野から駆け寄って説教を始める。説教の間も試合は止まらず、その隙に走者が本塁を踏んでいった回数は、霧島の捕球数に迫りつつある。説教に懲りた投手が直球しか投げなくなった試合では、相手打線の当たりがことごとく外野へ集まり、本人は大喜びで芝の上を駆け回った。打席では拳に纏わせる雷の術式を打棒へ流し込んでから振り抜く。打球は鋭く飛ぶが、握った打棒ごと本人も痺れるため、一塁までの道のりを直立の姿勢のまま小刻みに震えて進むことになる。帯電球の日には球の雷と自前の雷で二度痺れ、それでも本人は「これしきで膝をつく帝国軍人ではない」と打席を譲らない。
塁間の迎撃を一手に引き受けるのが、物理的話し合い課の班長エリカである。危ない場所を嗅ぎ分ける勘が走者の行き先にも働くらしく、走者が方向を決めた時には、もう行く手に立っている。課の鍛錬にこの競技が組み込まれて以来、課員の間では、塁間で班長と目が合った時点で観念するのが礼儀とされるようになった。迎撃の陣形は路上の喧嘩で覚えた間合いが下敷きで、課員たちは塁間に斜めの列を敷き、走者の逃げる向きを片側へ追い込んでいく。仕留めた走者を放っておかないのも班長の流儀で、伸びた相手を肩に担いで塁の上まで運び、戦闘不能の判定が下る前に座らせてやる。相手の陣営からすれば失点を一つ免れた格好になるが、運ばれた本人は恩と屈辱の両方を抱えて次の打席に立つ羽目になる。困るのはベンチに下がった後で、試合の行方に見当をつけようとした途端、頭の中の警告音が鳴り始める。勝ち負けの予想が賭けに数えられるかどうか本人にも分からないため、次の攻撃を待つ間、エリカは膝に顔を埋めて何も考えまいと努めている。
三塁の脇に立って走者を送り出すか止めるかを決めるのが、コーチ役のセラニーヤである。人の顔色から内心を拾う目は投手にも向けられ、投げる前の瞼の動きと唇の結び方から球種を読み取り、打者へ手振りで伝える。的中が続いた試合では相手の投手が顔を覆面で隠して登板し、覆面越しの呼吸の乱れまで読まれて降板した。覆面の下で考えていた夕飯の献立まで試合後に言い当てられた投手は、翌週から打者に転向している。走者の側を見張るのも役目のうちで、三塁へ滑り込んだ後輩の声の高さと瞬きの回数を確かめ、塔の前兆が見えれば、本塁へ突っ込ませずに塁の上へ留めて深呼吸をさせる。この判断が外れた日は本塁前で白い塔が立ち、捕手の兜だけが塔の頂から覗く結果になった。試合が終わると、コーチ役の手帳には投手ごとの癖と後輩の前兆が並べて書き込まれており、次の試合の作戦会議は手帳の読み上げから始まる。部長が四番の欄に自分の名を書き込む時だけは、手帳を閉じて黙って見送っている。
盗塁の成功数で部内の首位を独走しているのがマキラスである。身の危険を感じた瞬間に足が動く体質で、サインを見る前に走り出していることも多く、どの塁を目指していたのかを本人が後から尋ねてくる場面まである。ただし、追い詰められれば白い塔が立つため、守備側は彼を塁間で挟まないという暗黙の了解が生まれた。誰も止めに来ない塁間を、彼は毎度おっかなびっくり駆け抜けていく。打席では球を怖がって目を閉じたまま打棒を振るものの、当たった時に限って、誰よりも早く一塁へ辿り着いている。本人は目を開けたら一塁にいたと語っており、どう走ったのかは誰にも説明できない。盗塁を決めた後も本人の顔に得意の色は浮かばず、塁の上で膝を抱えて、次にいつ走らされるのかを投手の手元から読み取ろうとしている。牽制球が一度でも飛んでくれば声が裏返り、その声を合図に内野手たちは一斉に持ち場から遠ざかる。塔の被害を最も多く受けるのは本塁で待つ捕手で、マキラスが三塁を回ると、ヨークは鎧の留め具を緩めて埋まった時の脱出に備える。
試合運営
試合の裏方で最も忙しいのは死なない程度に治す係で、出場する顔ぶれが決まった時点から包帯と添え木の山を積み上げ始める。担架はベンチの脇に並べられ、副部長の術式による手当てが試合と同時に進む。治療は係の名前どおり命に別状がないところまでしか施されず、出血の止まった選手はそのまま次の打席へ送り返される。帯電球の回と部長の打席には爆発後処理班も駆けつけ、外野の芝に燃え移った火を踏み消す作業が試合の合間の恒例になった。スコアブックの記入は監査部門の受け持ちで、得点と失点の欄の隣には、折れた打棒の本数と欠けた刃の数を書き込む欄が設けられている。試合が終わるとその欄の合計がそっくり次の用具費の申請額に化けるため、帳面を閉じる係員の顔は、どちらの陣営が勝とうと曇ったままである。書類の面では、一試合につき始末書を一通、風紀委員会へ提出するのが防具義務化と抱き合わせの取り決めとなった。始末書量産工房は試合前に下書きを仕上げ、結果の欄だけを空けて待ち構えている。試合の外では、悪党募金推進本部が出張体験会の看板演目として鉄血刺々野球を売り出しており、参加費には救護の手間賃が最初から組み込まれている。体験会で一番人気なのは捕手の鎧の試着で、着たまま一球だけ受ける体験に挑んだ客の大半は、二球目を辞退して帰っていく。
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最終更新:2025年12月07日 01:19