概要
地勢
土地の標高は西の縁から東の稜線まで少しずつ上がり、平原が丘陵に移る境目は、起伏の間隔が詰まり始める帯に現れる。
平原
平原の地面は、
パルグラッド聖森の東方延長が途切れた先から始まって、起伏の緩い土地のまま東に向けて長く延びる。西寄りの帯では、林から吹き寄せられた落葉が長い年月をかけて土に混じり込んでおり、黒みを帯びた表土が草の根の届く深さまで柔らかく積もっている。東に進むにつれて表土の層は薄くなり、礫を含む硬い下層が、地表の間近まで迫る。地表のうねりは長い周期で高まりと窪みを繰り返す。窪地に集まった雨季の水は周囲の草地から一段低い面を満たして、乾季の入りまで浅い沼の形で残される。水の引いた沼の跡では、底に沈んでいた細かな泥が乾いた風に晒されて固まり、雨季が戻るとともにぬかるみに返る。丘陵の斜面から下る小川が、平原を西の方角に向かって流れ、林の縁に近づく区間で岸を削りながら川幅を広げていく。乾季に入ると、小川の水は淵の底に縮こまり、上流から下流までの川床の大半が帯状に露出した砂礫に覆われる。東寄りの硬い地面に落ちた雨水は、土に浸み込む前に表面を走り、細い溝を幾筋も刻みながら窪地の低い方に集まっていく。
丘陵
東の稜線に向かって高まる丘陵は、丸い起伏を幾重にも重ねた形を採り、頂部の曲線がなだらかに隣の高まりに移る。高まりの間を縫う谷はいずれも浅く、雨季の流れが刻んだ筋に沿って、斜面の裾に近づくにつれて谷底の幅が広く開いている。表土は斜面の上部に向かうほど痩せており、稜線に近い帯では、風化の進んだ岩盤が草地の間から平たく露出する。岩の割れ目に浸み込んだ雨水は、斜面の内部を時間をかけて伝い下り、裾の窪みで地表に湧き出して小さな水溜まりを作る。稜線の上は分水嶺に当たっており、西の斜面に落ちた雨水が、平原を横切る小川の水源の一つに数えられる。分水嶺の東側に落ちた雨は反対の斜面を東に下っていく。尾根筋のところどころでは高まりが途切れて低い鞍部が開き、東西の斜面を最も緩い勾配で結ぶ道筋はどれも鞍部の底に集まっている。雨季の強い雨に削られた表土が、谷の出口まで押し流され、扇の形をした砂礫の堆積を年ごとに積み増していく。堆積の先には粒の細かい土が溜まり、平原の側に傾いた緩やかな面が帯状に丘陵の裾を取り巻いている。
気象
草原丘陵圏の気温は、一年を通じて上下の幅が小さく、季節の区切りが雨の降り方の移り変わりによって定まっている。雨季に入ると、湿った空気が
パルグラッド聖森の側から先に流れ込み、西寄りの平原では午後の強い雨が地表を繰り返し濡らす。雨雲の張り出しは日を追って東に進んでおり、丘陵の斜面に雨が届くのは、平原の雨季が半ばに差し掛かった頃となる。丘陵では、斜面を這い上がる湿りを含んだ気流が稜線の手前で雲に変わり、谷の上空を覆ったまま夕方まで居座る日が続く。乾季の訪れは、丘陵に近い東寄りの帯で早く、雨の途絶えた草地が西の平原に先んじて乾いた褐色に移っていく。西寄りの平原は、林から湿りを受け続けており、乾季に入った後も朝の露が草の葉の上に長く残される。乾季の晴れた日には、朝と昼の気温の開きが一年で最も大きくなる。草の枯れた平原には木立のまばらな東西の方向に風が通り抜け、乾季の後半になると巻き上げられた土埃が丘陵の谷筋の奥まで運ばれていく。季節の移り目になると、冷え込んだ朝の谷底に白い霧が溜まり、気温が上がるにつれて斜面を伝って上に抜けていく。
生物相
野生の草食獣は林縁の茂みを隠れ場に使っており、雨季に芽吹いた草を求めて平原の広い範囲に散らばる。
植生
パルグラッド聖森から東に離れていくと、湿潤林の樹冠が次第に高さを落とし、枝を横に張り出した木々の立つ疎林に移り変わる。疎林の木々は株ごとに広い間隔を置いて立つ。東に進むほど木立は小川の岸辺に寄り集まり、流れから遠い平原の中央部には、孤立した株がまばらに点在する。草本の丈は西の平原で人の背丈に届くほど高く伸び、東寄りの帯に移るにつれて株の低い草に置き換わっていく。東寄りの草の多くは根元に株を固く寄せ集めた形で育っており、上部の葉が乾いて枯れた後も、地際の芽が生きたまま雨季を待つ。丘陵の斜面では、岩の露出した箇所の周りに丈の短い草が地面に低く張り付いて生え、谷筋の湿った土に限って低木の茂みが帯を成して斜面の上方まで入り込んでいる。雨季の初めには、焦げ茶色に乾いていた草地が根元から一斉に緑を取り戻し、平原全体の色合いが短い間に塗り替えられる。実を結んだ草は乾季の風に種子を散らしており、窪地の縁や小川の砂礫地に吹き溜まった種が次の雨季に芽を出す。
開けた草地に棲む変異体は、少数ずつの小さな単位に分かれており、平原の広い範囲に互いの間隔を空けて散っている。雨季に草食獣の居場所が広がると、群れの単位もまた獣の後を追って東西に長く伸びていく。西寄りの丈の高い草むらでは、身を低く伏せた個体が草の揺れに紛れて獲物に近づき、至近の距離から一気に飛び掛かる。丈の短い草に覆われた東の帯では、家畜と草食獣の双方から取り込んだ形質を脚に宿した個体が多く見られ、長い距離の追走に耐える走力を備えている。追い立てられた群れは一斉に四方に散り、追う側の足並みを乱したうえで、離れた地点で再び寄り集まる。乾季に入ると、草食獣が小川の淵に集まるのに合わせて、ばらけていた単位が水場の周りに引き寄せられ、群れの密度が年の中で最も高まる。放牧の家畜が通った跡も、群れの単位に辿られる。丘陵の谷筋に入り込んだ個体は、湿った茂みを日中の潜み場に選び、夜の間に稜線を越えて反対の斜面に移っていく。
牧畜
放牧集落の家々は小川の岸辺に固まって建ち、羊を主とする家畜が集落を起点として周囲の草地に送り出される。
季節移動
雨季の雲が東に進むのを追いかけて、家畜の群れは芽吹いたばかりの草地を辿りながら、平原から丘陵の斜面に向けて移っていく。群れを率いる牧人の一家は、畳んだ天幕、生活の道具を荷獣の背に積み、草の伸び具合を見ながら宿営の場所を少しずつ東にずらす。雨季の半ばには、群れの多くが丘陵の谷筋に入っており、斜面の上部に生える短い草が根元近くまで食まれていく。乾季が丘陵に近い東の帯から始まると、群れは草の枯れた斜面を下り、小川の流れに沿って西の平原に引き返していく。帰りの道筋は往路と重なる区間が長く、水場ごとの宿営地は前の年に天幕を張った跡の石組みを目印に選ばれる。パルグラッド聖森の縁に近い西寄りの平原は、乾季の宿営地が最も密に集まる帯となっており、群れはこの帯で雨季の戻りを待つ。移動の間に子を産んだ雌は群れの後方で歩みを緩め、牧人の一人が付き添って遅れた分を後の宿営地で合流させる。一つの家が受け持つ群れの規模は、年ごとの草の出来に応じて調整されている。
飼料備蓄
干し草の刈り取りに入る時期を決めるのは、雨季の終わりに西の平原の草が穂を付け、茎の根元から色が抜け始める頃合いである。牧人は丈の高い草を鎌で地際から刈り倒し、刈り跡の上に広げたまま、晴れの続く間に風に当てて乾かす。乾いた草は腕に抱えられる太さの束に括られる。束を円錐の形に積み上げた山の頂には、雨を流すための草を厚く被せており、裾の周りに掘った浅い溝が地面からの湿りを遠ざける。貯蔵の場所には集落に近い高まりが選ばれ、窪地の湿った土から離れた位置に置かれた束は、芯まで乾いた状態を保っている。乾季の後半に入って放牧地の草が食べ尽くされると、牧人は山の外側から束を抜き取り、荷獣の背で宿営地まで運んで家畜に分け与える。子を産んだばかりの雌と弱った個体には、刈り取りの早い時期に取った柔らかい束が優先して回され、硬い茎の多い束は丈夫な成獣の側に振り分けられる。雨季の訪れが遅れた年には山の底の古い束まで使い切り、崩した山の跡地が次の刈り取りの後に再び積み場として整えられる。
国境
稜線の鞍部を越える道筋の上には、
セルクレム王国と共同で管理する通商関所が幾つか設けられている。関所の建屋は鞍部の底を跨ぐ形で建っており、西の斜面から登ってきた隊列が、建屋の手前の広場で荷を下ろす。貨物の検査では、荷の中身が申告の書面と一つずつ突き合わされ、封を切った荷は検査の終わった順に元の形に括り直される。人の出入りの審査は、貨物の検査場に隣り合う窓口で進められ、旅人は身元を記した書類を示した後に、稜線の東に抜ける門の通過を許される。窓口に並ぶ係官は両国の側からそれぞれ出ており、一つの書類に双方の印が揃った時点で手続きが閉じる。雨季の間は谷筋の道がぬかるみに変わるため、隊列の通過は乾いた日の午前に集まり、関所前の広場が検査の順番を待つ荷車で埋まる。稜線の上に国境が引かれたのは、大陸東部の旧属領がセルクレム王国として分かれた後のことである。放牧の群れが稜線の東西にまたがって季節の移動を行う慣行は、線の引かれる前から続いており、境を越える群れの扱いが隣国との間の取り決めの対象となっている。
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最終更新:2026年09月17日 21:10