藤岡弘、

登録日:2011/03/30(水) 20:13:37
更新日:2022/09/08 Thu 14:50:37
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人生はサバイバル、生きて生きて生き抜く事。

何が起ころうと前進し、生きて生きて生き抜け!



藤岡弘、(本名:藤岡邦弘)は1946年生まれの俳優。愛媛県出身。

「、」までが正式な芸名で、「未だ完結していない(=これからも成長し続ける)」という意味と「てんで駄目な奴」という自虐的なユーモアが込められているらしい。
ただし、読みは「ふじおか ひろし てん」ではなく「ふじおか ひろし」で良い。



【経歴】

高校卒業後、アクションスターを夢見て石油会社を辞め、僅か3万円を握りしめて上京
松竹に入社後、ニューフェイスとして映画「アンコ椿は恋の花」でデビュー。
その後しばらくの間は、会社の方針で青春スターとして売り出されるものの、次第に与えられた仕事に甘んじている現状や、自身の性格と掛け離れた役柄ばかり演じる事に葛藤を覚え、移籍を模索する。
しかし当時は俳優の引き抜きは禁じられていたため、新人奨励金を受け取らない代わりに、他社のオーディションへ参加する許可を貰うのが精一杯だった。



そんな中、藤岡弘、はとある番組の主人公の座を手にする。
アニヲタの諸君ならご存知だろう…



そう、本郷猛/仮面ライダー1号である。



当時の藤岡弘、氏は仮面ライダーの企画書で以下のように書かれている。

「バイタリティーが体から発散してくる男くささ」
「自動車B級ライセンス、フェアレディZを駆るダンディー」
「海が好きで海と語ることが趣味のセンスのいい男」


その言葉通り、並々ならぬ意欲で初の主演作に取り組んだ為に、仮面ライダーはたちまち子どもたちの人気を博した。

撮影当初は、藤岡氏は変身前のみならず、変身後の仮面ライダー1号も、そのコスチュームを着用して演じていた。
近年の『仮面ライダー』シリーズでも、変身者を演じる俳優が変身後のコスチュームを着用することはあるが、
藤岡氏は今で言うところのスーツアクターも兼任しており、危険度の高いもの以外のアクションもこなしていた。
(サイクロン号で階段を駆け上がったりもしている)

当時のスーツはレザー製で大変動きにくい上、汗をかくと全身を余計に締め付けられ、
更にマスクからの視界も非常に悪いという大変悪条件の中での撮影で難儀していたといい、
9話・10話の撮影中にはバイク事故を起こし、カーブを曲がり切れずに道路から外れた結果、
電柱のワイヤーに左足が引っかかった上でバイクごと跳ね飛ばされ、左大腿部を複雑骨折してしまう。
気を失う前に折れ曲がった足をかろうじて元の位置に戻す自己処置をしたものの、記念すべき第一回の放送は病院のベッドの上で視聴する事となった。

とっさに柔道の受け身を取ったため、致命傷は負わずに済んだが(とはいっても骨折した左足以外に、全身打撲の重傷も負ってしまった)、
砕けてしまった骨が、周りの筋肉に突き刺さっている有り様であった。
母親の必死の介護や、当時の最新技術を使用した修復手術が受けられる病院に転院するなど手を尽くしたことが功を奏し、
回復は絶望的と思われていた怪我から奇跡的に復帰を果たす。
しかし今度はドラマ『赤ひげ』のオーディションを周囲に黙って受けていたために東映や毎日放送との間にトラブルが発生し、
一時期失踪するというアクシデントがあった*1
これに関しては本人も「色々な人に迷惑をかけてしまった」と後年になって反省している。

しかしながら藤岡氏にとっては、「仮面ライダー」は自身を代表する作品であると言っても過言ではなく、本人も、


ピンチこそチャンス。不撓不屈の精神で逆境に向かい、
常にポジティブにプラス思考で物事に向かうという信条を手に入れた。

と語っている。

その後は『特捜最前線』『日本沈没』『エスパイ』『大空のサムライ』等数々の代表作に恵まれ、
1984年にはハリウッドデビューを果たし日本人初の全米映画俳優組合の会員となる
芸名を「藤岡弘、」と改めたのはこの頃だが、あまり熱心にアピールしなかったこともあり、ほとんど知られることはなかった。



順風満帆に見えた生活だったが、90年代初頭に「最も信頼していた者たちの裏切り」 (本人談)を受けて多額の借金を抱えるという憂き目に遭う*2
同時に俳優としての仕事も激減、一時期は芸能活動を半ば休止していた。
初代仮面ライダーの主演俳優という肩書ゆえ、簡単に出演を依頼できず扱いにくい大御所という印象が根付いてしまったのである。
(『ダウンタウンのごっつええ感じ』のミニコーナーに出演したり、『ウルトラマングレート』でナレーターを務めたり、『ヤマトタケル』でクマソ役を演じる等、活動を完全にやめた訳ではなかった。)

が、1998年、家庭用ゲーム機「セガサターン」のCMイメージキャラクター「せがた三四郎」として再び人気者になる。
野球やダンスにうつつを抜かす人々を、通り魔同然に容赦無く投げ飛ばし、セガサターン本体を押し付けて去るという強烈かつシュールなキャラながら、
時にはゾンビと闘ったり、真宮寺さくら(の中の人)と花にまみれながらキャッキャウフフしたり、敵国が発射したミサイルから命がけで地球を救ったりなど、当時の視聴者に笑いと感動(?)を与えた。
ディレクターが「この役は藤岡さん以外考えていない」と、絵コンテ持参の上で本人に面会し熱烈に出演をオファーし、スタッフたちと体当たりで役を作り上げ、
自らの新たな道を切り開いたせがたに対しては思い入れが深く、イベントのたびに当時の思い出を熱く語り、同席者を驚愕させている。
(ノースタントで瓦を割り、裸足で山を駆けまわり、血が滲むほどコントローラーに拳を叩きつけ、裸足で氷の上を疾走するetcetc)

1999年に天皇陛下御即位十周年の記念式典に参加、2001年には24才年下の女性と再婚し一児の父となる
またこの年には映画『仮面ライダーアギト PROJECT G4』に出演し、25年ぶりに仮面ライダーシリーズに帰ってきた事で(ただし仮面ライダー1号ではなく警視総監役)話題となった。
現役ライダーの翔一達にかけた「今の俺に出来ないことを君達がやってくれ」という言葉は本郷猛を演じた男としての言葉でもあるようで、初代ライダーひいては藤岡氏の健在ぶりを感じさせた。

2002年に伝説のやらせ番組「水曜スペシャル 川口浩探検隊」の後任として「藤岡弘、探検隊」に出演。
世界の秘境で謎を追い求め、襲い来る丸太や巨岩に立ち向かった。どんと行け!
これの影響で藤岡氏を「藤岡隊長」「隊長」と呼ぶファンもそれなりに多い。

2006年には『劇場版ポケットモンスター アドバンスジェネレーション ポケモンレンジャーと蒼海の王子マナフィ』でファントム・トループの声を担当。
悪役だがやや憎めないキャラを演じた。

2008年には『トミカヒーロー レスキューフォース』で久々の変身ヒーローとして活躍、
2011年には『オーズ・電王・オールライダー レッツゴー仮面ライダー』で35年ぶり*3に映像作品で仮面ライダー1号の声を演じた。
2014年公開の『平成ライダー対昭和ライダー 仮面ライダー大戦 feat.スーパー戦隊』では38年ぶりに本郷猛として顔出し出演を果たした。

そして古希(70歳)を迎えての2016年、45年ぶりの単独主演映画『仮面ライダー1号』の公開が発表され、
45年間ものあいだ人類のために戦い続けてきた仮面ライダー1号・本郷猛の、愛と正義と勇気の物語(藤岡氏公式ブログより)が描かれる。

2015年には3DSソフト『PROJECT X ZONE 2』にて、せがた三四郎が復活。
勿論豊富なボイスはオリジナルキャストである藤岡氏による完全新規収録である。

そして、2016年にはゲーム『仮面ライダー バトライド・ウォー創生』で変身前の本郷猛としてまさかの顔出し登場。パートナーに暴れん坊将軍を設定できないのが残念。
変身してステージに挑むかどうかを選択することができ、何なら変身せずにクリアしてもいい(最終ステージに至っては「本郷が変身せずにラスボスを撃破」という条件のトロフィーが用意されている)。

他には大河ドラマ真田丸では戦国最強の武将本多忠勝を演じるなどノリにのっている藤岡隊長。
2020年には家族ともどもYouTuberデビューを果たす。
今後の活躍にも期待シロ!


【人物】

  • 趣味は世界各地を旅する事で、現在も各国でボランティア活動をしている。
    またアウトドアにも造詣が深く、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』では鉈一本で山中を散策するというワイルドさを発揮した。
  • 幼い頃より武道に慣れ親しんでおり、柔道、空手、居合道等数々の武術の段位を会得している。
  • コーヒーの煎れ方にも独自のこだわりを持ち、以下のような独特な手順を取る。

無農薬栽培のコーヒー豆と抹茶セットを用意

豆を一粒だけ食べる

美味しくなれよ、ありがとう、ありがとう美味しくなってくれよ、○○さんの為に美味しくなってくれよ」と、呟きながら豆を挽く

ありがとう、ありがとう」と呟きながら腕を小刻みにふるわせ、湯をあたかも一滴ずつ落とすように淹れる

灰汁(エグ味)が出る為に最初の抽出液は捨てる

さらに「ありがとう」と言いつつ淹れる

湯で温めた抹茶碗にコーヒーを移し、茶筅で泡立てて完成

  • 向かうところ敵無しに見えるが、実は蛇が大の苦手。何でも蛇が蛙を飲み込む姿を観てトラウマになったらしい。
    ちなみに事務所の裏の庭にはマムシがいるらしく、注意喚起として入口に「マムシ注意」と書かれた看板が立ててある。
    奇しくも、藤岡氏が仮面ライダーで大怪我をした時の怪人はコブラ男だった。
  • 鋭い勘の持ち主で、東北地方太平洋沖地震の日には鳥が一羽も飛んでいない事にただならぬ胸騒ぎを感じたらしい。
    また藤岡氏の母親も妊娠中に同様の胸騒ぎを感じ、身重の体にも関わらず避難。空襲を逃れたという逸話がある。
  • 年齢的には老年期に差し掛かりながらも、自己鍛錬には余念がなく、年齢を感じさせない身体能力を誇る。
    仮面ライダー大戦』のパンフレットでは、
    鍛錬を続ける理由として「鍛えることをやめてしまえば(前述の)バイク事故の後遺症がいつ現れるか分からない」という危惧があることを明かし、
    「生身アクションをもっとやりたいと思っていたが、スタッフに『それじゃ変身する必要がなくなっちゃいます』と言われた」というエピソードも語っている。
    実際、修復手術で右足と左足の長さがずれてしまい体のバランスが崩れた結果、後遺症で酷い腰痛持ちになってしまったという。
    この願いは、上述の通りゲーム『バトライド・ウォー創生』で叶えられたのだった。

  • 調理師免許を持っている。


【余談】

松山聖陵高校出身の藤岡氏を担当していた先生が、俳優になりたいと言った氏の話を聞いて、
『お前なんかなれるわけない。なれたらワシは大街道・銀天街(松山の中心部にある商店街)を全裸で逆立ちしてやるわ!』と言われたそうだが、
約束は守られることは無かった(というか藤岡氏が忘れていると思われる)。

何とあのブルース・リーの吹き替えを担当したことがある。(『ドラゴン危機一発』:日曜洋画劇場)
意外にマッチしていて演技も中々上手い、DVDに収録されているので興味のある人はチェックしてみて欲しい。

『あるある晩餐会』のライダー特集回で宝生永夢役の飯島寛騎氏が「焼けたアスファルトの上に転がって大変だった」と言うと「自分達の頃はもっと大変だった」とバッサリ*4
初代ライダーの撮影で事故った伝説を持つこの人がそれ言っちゃうと誰も反論しようがない。
また、仮面ライダービルドのスーツを見て「これ見てるところの目はどこにあるの?」とスーツアクター目線で心配する茶目っ気を見せたりしている。
ちなみにこの番組で約40年振りにTV出演したアマゾン/山本大介役の岡崎徹氏と再会を果たし、握手をを交わしている。

2021年7月13日に放送された『林修の今でしょ!講座』の仮面ライダー特集では、『V3』、『ブレイド』、『エグゼイド』、『セイバー』の主演俳優と共にゲスト出演したが、
昨今の風潮で『仮面ライダー』とその主演俳優は若い世代からお母さん世代までの女性人気も高いという話題になった際、
「『仮面ライダー』や『仮面ライダーV3』の時代も主演俳優は女性からモテてたんでしょ?」と振られると、『V3』で主演を務めた宮内洋氏と共に「いや…」と首を傾げ、
「モテるとか気にする余裕がなかった」「先行きが分からないまま必死にやっていた」と、黎明期ゆえの苦労が偲ばれる当時の状況を振り返っていた。

2021年12月17日公開の映画『仮面ライダービヨンド・ジェネレーションズ』では、息子の藤岡真威人氏が50年前=TV第1話時点での本郷猛を演じる事となった。まさかの一子相伝である。弘、氏も撮影現場に姿を見せて演技指導を行ったという。




アニヲタたちよ、侍であれ。
侍である者こそ、良いWiki籠りとなり素晴らしい追記・修正が出来る。
合掌

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最終更新:2022年09月08日 14:50

*1 そのため、『仮面ライダー』の66、67話など、この時期の一部の回で藤岡氏は登場せず、ライダーの声は声優がアフレコしている。

*2 2007年に藤岡側が敗訴するも、「あくまで戦う」と意思表示を行っている。

*3 ゲームでならそれ以前にPS「仮面ライダーV3」やPS2「仮面ライダー 正義の系譜」で1号の声を演じている他、漫画版を朗読したビデオ作品でも本郷猛役として出演した。

*4 フォローしておくと、この発言は司会を務めた今田耕司氏の「藤岡さん、どうですか?」というフリに対する返答であり、恐らくリップサービスとしての側面もあったと思われる