ワルナスビ

登録日:2013/07/26(日) 02:59:35
更新日:2024/04/22 Mon 18:32:05
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日本各地で外来種の被害が多発しているのは、皆様もニュースや アニヲタwiki(仮) などで目にした事があるかもしれない。
ニジマスのように生態系に被害を与えるものから、アルゼンチンアリアライグマなど、人間の生活環境にまで被害が及ぶ動物たちも多数報告されている。
一方、当然ながら植物でも外来種は多数報告されている。どんなに綺麗な花を咲かせても、野生で広まればそれは在来の生物に被害を与える恐ろしい侵略者。セイタカアワダチソウホテイアオイのように、旺盛な繁殖力で駆除もままならないという例も数多い。

そして、これらの外来種の中でも特に凄まじい能力を持っているのが、「ワルナスビ(Solanum carolinense)」と呼ばれる植物である。


・概要


 この良くも悪くもド直球印象的な和名を付けたのは、日本の植物学の父とも称される牧野富太郎博士。生涯の中で600種以上の新種を発見、2500種以上もの植物に和名を付けており、ムジナモやコオロギラン、ジョウロウホトトギスと言った知名度のあるもの、イヌノフグリのような下ネタ(オオイヌノフグリとは別種)、さらには愛する妻の名前から名付けたと言うスエコザサなど様々である。
 そんな彼がこの植物を見つけたのは明治39年、千葉のとある牧場での事。偶然発見したこの植物を庭に植えた所、後述のとんでもない能力や繁殖力であっという間に増えに増えて、手に負えない事態にまで発展してしまった。植物界の権威である彼をして「花も実も全く役に立たない」「植物界のヤクザ」とまで称されたこの植物、そのまま「悪い茄子」⇒「ワルナスビ」という和名を与えられるまでに至ったと言う。

 原産地は北アメリカ。その後アジア各国やヨーロッパ、オセアニアにまで勢力を広げており、被害は世界中に及んでいるようだ。前述の通り日本では明治期に発見後、牧草地などで勢力を広げていたが、田畑や庭先などで本格的に被害が多発するようになったのは1980年代後半である。


・能力、被害


 ワルナスビの外見上の大きな特徴はその固く鋭いトゲだろう。茎や葉に多数生えているトゲで身を守り、ウシなどの家畜を寄せ付けない。当然庭に生えた時は、その痛い棘に耐えながら引き抜かなければならない。これだけでもかなり厄介な存在であると言うのが分かるかもしれないが、実はワルナスビの恐ろしさは外見だけに留まらない。

 植物が子孫を増やす方法としては花粉を受精させて種を作ると言う方法が知られているが、それ以外に『地下茎』と言うものがある。外見は根っこに似ているが文字通り地面の下に伸びる茎の事で、白い葉っぱを付けたりしているのが特徴。その頑丈さで地面にしっかり体を根付かせていると言う機能の他に、多くの植物ではこれを利用して自らの子孫を増やす事も行う。

 地面の下で枝分かれを繰り返した地下茎からは、地上に向けて茎を伸ばし、より多くの日光や酸素、二酸化炭素を得る。それが成長するにつれ、やがて独自の地下茎網を持つようになり、最終的に元の地下茎と切り離されて新たな植物体が誕生するのである。例えて言うなら、ゾウリムシやアメーバなどで見られる分裂を大規模に行っているという感じだろう。当然ながら、元の植物も新しい植物も遺伝子は全く同じ「クローン」である。
 あまり聞き馴染みのない言葉かもしれないが、身近な植物としてはスギナやタケが代表格だろう。竹林は一斉に花を咲かせて枯れると言う話があるが、あれはその林を覆い尽しているタケが全員全く同じ遺伝子を持つクローン軍団だからというのが理由である。

 ……さて、これで察しがついた人もいるかもしれない。このワルナスビも地下茎を用いて勢力を広げ、大繁殖をしてしまうのである。また、地上に生えた棘だらけの茎を何とか抜き取っても、この地下の茎が無事ならワルナスビにとってはほぼ無傷、あっという間に地上は再びワルナスビで覆われてしまうのである。

 さらにこの地下茎は、現在思いもよらない形でワルナスビの武器になっている。

 前述の通り、一部の植物は地下茎を積極的に伸ばし、分裂させる事で個体数を増やす事が知られている。つまりそれほど再生能力が強いと言う事になるのだが、このワルナスビも例外では無く、なんと僅か1cmの地下茎の欠片からでも、1ヶ月もしないうちに地上に茎を生やしてしまうのである。
 その恐ろしい能力が存分に発揮されるのは、現在主流になっている機械による草刈り作業。かつての人間による草刈りとは異なり、耕耘機を使えばあっという間に雑草を根こそぎ刈り尽くす事が出来る……のだが、この時地下に張り巡らされた地下茎はロータリーによってズタズタに引き裂かれている。それは視点を変えれば、ワルナスビのクローン軍団を大量生産してしまう事である。
 僅か数本のワルナスビが、このせいで1000本近くにまで増殖してしまった例も確認されているほどだ。
 当然ながら、一度生えてしまったら作物の成長は阻害されまくりである。

 しかも、このクローン軍団の武器はこれだけに留まらない。

 ワルナスビは前述の地下茎以外にも、普通の植物同様に種から子孫を増やす事も出来る。花は同じナス科の仲間であるナスやジャガイモに似ており、白の花びらに黄色い雄しべや雌しべが目立つ。春から秋までずっと咲き続ける花は、受精すると黄色いトマトのような小さな身を付ける。だが、見た目は可愛いこの実だが英語では「Devil's tomato(悪魔のトマト)」「Apple of Sodom(ソドムのリンゴ)」と言う恐ろしい名称で呼ばれている。その理由は一つ、この実は猛毒なのだ。
 毒の主要な成分は、前述のジャガイモの芽にも含まれている「ソラニン」と言う物質。神経に作用し、胃炎や頭痛、下痢、嘔吐などの症状を引き起こす。当然人間のみならず家畜にも影響しており、大量に食べてしまうと昏睡状態に陥り死亡する事もある。しかもジャガイモとは異なり、このワルナスビの毒は実のみならず草全体に蓄積されていると言う。
 ちなみに実の中には70~80個もの種が含まれている。また耐久性にも優れており、100年以上経過しても芽を出すほどである。ある意味地下茎以上に厄介な能力である。

 そして、この「ナス科」の一員である事が二次被害をも作りだしている。
 農作物の害虫を食べてくれる益虫として名高いテントウムシだが、その中で一部の種類は草食性に進化し、やがてナスやジャガイモの葉を食い尽す害虫になってしまった。それがニジュウヤホシテントウである。名称通り体には20個の斑点があり、体は薄らと毛におおわれていてどこか不気味である。この厄介な害虫の供給源として、ワルナスビが利用されているのである。
 それ以外にも、ピーマンやトマト、サツマイモの害虫であるホオズキカメムシの温床としても確認されている。ワルナスビが繁茂している場所は、害虫たちのベッドタウンなのである。

 ちなみに、除草剤も場合によっては全く効かないとか。


・補足


 化学兵器や実戦兵器で身を固め、旺盛な繁殖力でクローン軍団を量産し、さらには害虫と言う支援武装をも有しながら農業や牧畜において非常に厄介な存在になっているワルナスビ。しかし、実は植物全体を見るとそこまで強くない。大繁栄しているのは人間の息がかかった牧草地、田畑、道端の草むらなどであり、在来の植物がしのぎを削る戦場である森林や草原では、ワルナスビは目立たぬ脇役となっている。

 そんな植物が一転して凄まじい存在に変わったのは、ひとえに人間の手によるものである。
 近年になって被害が拡大している要因として、外部から持ち込まれた家畜の飼料にこっそりワルナスビの種が混ざっていたという可能性が高いと言う。さらに、前述の通り最近の除草作業は人間の手によって丁寧に行われるのではなく、機械の手によってあっという間に根こそぎ刈り取られるという方法が主流になっている。
 厳しい環境で生き延びるために身に付けた能力が、「人間が作り出した社会」という空間に合致してここまで繁茂してしまったのだ。

 ただしこの手の説明で好まれる「人間の自業自得である」あるいは「人間社会に対する自然の挑戦・警鐘」という言葉は、ワルナスビの……というか生物学の観点から見るとかなり間違っている。

 もう死語になって久しいが「田の草野郎」や「雑草魂」という言葉が示すように、雑草というのはどこにでも生えてきてたくましく生きるようなイメージで用いられる。
 しかし実際にその手の雑草が本当にたくましいかといわれると疑問なところがあり、たとえば田の草として農耕全盛期に忌み嫌われた水田雑草は、水田の減少に伴って姿を消した。つまり人間が防除しなくても、環境に適応できなければ姿を消すのだ。
 雑草と言われる草が生えている人間社会は、たとえば道や広場という形で日当たりがいい場所が作られやすい。さらに人間という生き物がひっきりなしに歩くので踏みつけられやすく、ばい煙やイエネコ、ゴキブリという要素もついて回る。
 雑草にはそういった独特な環境でもちゃんと成長できるポテンシャルに加え、自然界では幅を利かせていたライバルが人間社会に適応できずに撤退したという要素が加わって人間社会の中で暮らしているのである。
 さらに雑草の研究が進まない理由のひとつが「人間の手で育てようとするとまったくうまくいかないから」。ほっといても育ちそうな印象がある雑草だが、実は人間にとって「何もそんなところ選ばなくてもいいのに」と思うような場所が彼らにとって理想的な環境なのである。

 長々と水を差したが、要はワルナスビがやたら有名になっているのは早い話が人間社会というクソ環境をメタる性能を持っていたというだけのことにすぎない。
 すべての性質が人間にとっていやがらせをしているのかというくらい合致しているが、ワルナスビだって別に対人間を想定してこの性質を身につけたというわけではない。
 単にそういう性質の植物が、人間社会という「外敵やライバルは人間が排除してくれるし、除草作業で繁茂を手伝ってくれて、しかも自分の体の成分が毒なので人間が過大な害をなさない」という天国のような場所を見つけたから増えていったのである。
 真実はいつもいまひとつなのだ。

 さらなる余談となるが、生物学者は質問コーナーで「バラにはなぜとげがあるか」「ワルナスビはなぜこんなに厄介なのか」「フグはなぜ毒を獲得したのか」「人間はなぜ悲しむのか」といった質問を受けて、
 こういった「これこれこういう理由で、そういう性質のものが残って子孫を増やしたんですよ」と答えた時の相手の反応が芳しくないことに相当悩むという。要は先述の「ワルナスビは別に人間の近くが住みやすいから増えただけだよ」って話がつまらないという人の反応に悩むのである。
 そして質問をする層がどんな答えを求めているか、というのを考えて答えを面白く脚色するテクを持っている人がこういう質問コーナーに呼ばれるようになる。そういったところに呼ばれる機会がある人は主に呼ばれる場所に合わせて答え方を変える技量を持つようになる
 たとえばバラの場合、質問者が子供なら「どうしてきれいな花なのにとげなんてあるの?かわいそうだよ」ってところだろうし、園芸趣味のおばちゃんなら「剪定の邪魔で困っちゃうのよねぇ」ってところだろう。
 それに合わせて「悪い人が摘み取らないようにするためなのかもしれないね」とか「トゲのない品種もあって、こういうところから派生したんですよ」という風に、相手に合わせて答えを脚色する技能が求められるのだ。
 仮にも科学の申し子に求められる技術が、非科学の代表例たる占い師とさほど変わらないという皮肉。しかしこれもまた人間社会への適応で版図を広げることの一種ともいえる……のかもしれない。


 DMM GAMESで提供されているRPG『FLOWER KNIGHT GIRL』にも花騎士として「ワルナスビ」がいる。
詳しいことは上記項目で。悪い子ではないのだが偽悪的な花騎士となっている。

 陸のワルナスビと海のイチイヅタ、どっちが強いのか妄想した人は追記・修正お願いします。

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最終更新:2024年04月22日 18:32