紅い眼鏡(映画)

登録日:2020/08/16 Sun 19:42:42
更新日:2024/10/10 Thu 10:12:53
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20世紀末
激増する都市犯罪とその凶悪化に対抗し 警視庁はその部内に〈対凶悪犯罪特殊機動特捜班〉を創設
警察官の内より地力・体力に優れ特に正義感に篤い者を選抜してその構成員に充てた。

特殊強化服と重火器で武装した彼らは
〈地獄の番犬=ケルベロス〉の俗称で呼ばれ
犯罪界に対しその果敢な挑戦を開始したのである。

しかし彼らの行動は悪を憎むのあまり峻厳を極め
その非常ともいえる捜査活動に世論の非難が集中し
折しも特捜班員による軽犯罪者撲殺事件が発生するに及び
その組織の解体のやむなきに至ったのである。

塩沢庄兵衛 著「刑事警察機構全史」
第四章/凶悪犯罪との闘争
捕遺 ケルベロスの栄光と没落 より



正義を行えば、世界の半分を怒らせる…。



『紅い眼鏡』は、1987年の日本映画。
押井守監督作品。
正式なタイトルは『紅い眼鏡/The Red Spectacles』である。

2月7日よりキネカ大森、4月からはシネマスコーレといった、所謂ミニシアターにて公開された。

押井が長年に渡り紡いでいる、ライフワーク的作品の一つである“ケルベロス・サーガ”に属する最初の作品ではあるが、ぶっちゃけると本作に限っては低予算で作った映画のバックボーンを深く見せようというハッタリ以上のものでは無く、以降の“ケルベロス・サーガ”として展開されていった作品群とは、まだ設定が練られていない段階の為に、同作品群で象徴的に用いられる首都警や特機隊といった用語が出来ておらず、本作の時点では警視庁所属の特捜班と呼ばれている。


また、プロモーションでは“ケルベロス・サーガ”の象徴であるプロテクトギアを前面に押し出したハードなイメージであるが、実際の映画の内容は全く違っている。
それというのも、漫画やアニメーションでは極めてシリアスな世界として描かれている“ケルベロス・サーガ”であるが、本作を含めた実写作品では予算の都合もあって多分に舞台劇的な演出も含む、何処までも自主制作映画的な精神の付きまとうコメディ調の作品となっている。
更に、本作は同じく押井のライフワークである“立食師”の姿が具体的に描かれた初の作品でもあり、モデルを含めても本物の月見の銀二(・・・・・・・・)を見れるのは本作だけとなっている。


【制作経緯】

80年代に入ってからすぐに、アニメ版『うる星やつら』で見せた斬新な演出にて、賛否両論はあれど気鋭のアニメ作家として名を挙げた押井守が、プロの映像作家を名乗ってからは初めて世に送り出した実写作品である。
本作の出来自体はクソ映画と断言しても差し支えないのだが、前述の押井時代の『うる星やつら』から、以降の監督を務めたアニメ、実写作品の双方に通じる“押井の美学”や映像手法は発揮されている為、押井守好きならば興味深く見れる内容となっている。

元々は、上記の『うる星やつら』を初めとした仕事を通して個人的な親交を得た友人である千葉繁のプロモーション映像として企画が進められた。
当初は、500万程度の予算で自分達で16㎜フィルムで撮影しようとしていたのだが途中で構想が膨らみ、予算1000万円でプロのカメラマンを雇い、35㎜フィルムを使用して“映画”にする話へと企画が発展していった。
最終的には、多くの業界の友人達が参加することになり、プロデューサーを務めた斯波重治は自らの自宅を抵当に入れてまで2500万円の資金を用意したのだが、スタッフが小道具を持ち寄る、末端のスタッフに日本映画学校の生徒達を使う等して、なるべく低予算で済ませるべく腐心されて撮影を終了させた。
因みに、撮影に回せる予算の大半は冒頭のヘリのシーンで吹っ飛んでしまったそうである。

映画の大部分が白黒で夜間のシーンとなっているのは、出演者のスケジュールに合わせて土、日、月の深夜帯に撮影しなければならなかったのと、低予算ではセットも組めないので、設定とはそぐわない撮影現場の綺麗さや、何をしても安っぽくなる画面を少しでも誤魔化す為である。
撮影の殆どを山形県上山市にあった、脚本担当の伊東和典の実家でもある映画館のトキワ館で行っており、上記のギリギリのスケジュールの中で更に東京-山形間の強行軍を敷いてこなしている。
この為、劇中で登場してくる空港も山形空港である。
同映画館は、後に『トーキングヘッド(92年)』でも撮影場所となっている。
その他は埋め立て地時代のお台場や神奈川の新百合ヶ丘駅等。

本作のアイディアの元になった映画としては、ジャン=リュック・ゴダールの『アルファヴィル(65年)』、鈴木清順の『殺しの烙印(67年)』、ウォルター・ヒルの『ウォリアーズ(79年)』が挙げられている。
この他、当人が学生運動をやっていた頃の感覚というか空気感というか理想(妄想)というか諸々。

また、押井はアニメ畑の人間であることから、本作は実写ではあるがアニメと同様に絵コンテを切り、それに合わせて役者に動いてもらう手法を採っている。
このやり方は、弟子である神山健治も引き継いでいる。

主演の千葉は勿論、他の出演者も殆どが人脈を伝に集められた俳優(声優)が多いのが特徴で、その方面に明るい人間からは声優映画と呼ばれることもある。
出渕裕やゆうきまさみ等もエキストラとして出演しており、当時の交遊関係や前述の裏事情を知った上で見ると、そっちの方面で楽しめる部分もあるのは確かである。
重ね重ねも安っぽい映画であることから、出演者はノーギャラだったとも囁かれたが、実際には当人に相場の半分と了解して貰ってこそいるが、ちゃんと支払われているとのこと。

主要スタッフも同様であり、矢張り『うる星やつら』を縁として押井と親交を持った人間により固められており、映画自体は酷評されたものの『うる星やつら』から『紅い眼鏡』に至る中で得られた人脈は以降の押井の助けとなった。
そもそも、本作の発端であり“ケルベロス・サーガ”のイメージの大元となったプロテクトギアのデザインも、アニメ版『うる星やつら』で登場させた千葉の演じるメガネに着せたパワードスーツのイメージが膨らんだものであった。
公開直前の87年1月には日本ラジオの『ペアペアアニメージュ』内でラジオドラマも放映されていた。


【物語】

「1995年夏。人々は溶けかかったアスファルトの上におのが足跡を刻印しつつ歩いていた。ひどく暑い……」

強制解体の通達に反発した特捜班による武装蜂起による混乱は、約45日後に鎮圧された。

事件の首謀格である都々目紅一は、同僚の鷲尾みどり、烏部蒼一郎(アオ)と共に国外逃亡をしようとするも、更なる追撃により、唯一人だけでヘリに乗り込むことになる。

それから三年後、みどりやアオも逮捕、裁かれてしまい、あのケルベロス隊の記憶が急激に薄れていった祖国に紅一は帰ってくる……かつての友との約束を果たすために。

しかし、その存在は多くの者達にとって歓迎されざるものであり……。


【主な登場人物】


  • 都々目紅一
演:千葉繁
通称“トドメの紅一”と呼ばれる、嘗ての“ケルベロス”特捜班のエース格。
後の“ケルベロス・サーガ”では第一突入小隊の中核たる“悪魔の三人組”の一人。
反乱が鎮静化された後、アオとみどりとすら別れて唯一人で国外逃亡した後、騒動がすっかりと鎮静化した三年後に様変わりしてしまった日本へと帰って来て、悪夢の様な体験(ホラー的な意味ではなく)をすることになる。
立ち食い蕎麦好き。
前述の様に、本作と以降の真面目に描かれた“ケルベロス・サーガ”とは直接的な関連は無いのだが、紅一はシリーズを通しての重要人物として位置付けられている。
また、藤原カムイによる漫画版の様に容姿は本作の千葉繁が元になっており、以降の登場作品でも基本的なイメージは統一されている。


  • 鷲尾みどり
演:鷲尾真知子
多分ヒロイン。
演じているのは『うる星』のサクラ先生。
本作の時点では素性がよく解らないのだが、後の“ケルベロス・サーガ”にて紅一、アオとは同格で、固い絆で結ばれた“悪魔の三人組”の一人であると明かされている。
女性ながら狙撃の達人。
紅一に淡い想いを抱いていたようだったが……。


  • 烏部蒼一郎
演:田中秀幸
通称はアオ。
“悪魔の三人組”の一人。
しかし、三年後には賭けビリヤード狂いの落ちぶれた姿を見せる。
再会した紅一を匿うが……?


  • 室戸文明
演:玄田哲章
秘密裏に帰国した紅一を執拗に追う謎の男。
本作の時点では解体された特捜班の後釜に就いた人物と説明されており、警視庁(公安)の人間だと思われる。中盤の玄ダンスは注目である。
後の“ケルベロス・サーガ”では首都警公安部部長で、特捜班の設立にも携わった三位の一人ながら、首都警自体の存続の為に特機隊の解体を目論む人物として描かれ、内務省復活を目論む冷徹な政治主義者と評されている。
上記の“悪魔の三人組”と同じく、容姿はオリジナル版となる本作のキャストである玄田哲章自身がモデルとなっており漫画等でも踏襲されている。
『紅い眼鏡』に続く登場作品はOVA作品『御先祖様万々歳!』だが、見た目と声優はともかく、正体から考察すると本作や“ケルベロス・サーガ”の文明との関係は無いと思われる。


  • 月見の銀二
演:天本英世
紅一とも顔馴染みの伝説の“立食師”で情報屋。
他の立食師達の名前も出ている。
闇営業の立ち食い蕎麦屋で紅一と再会するが……。



  • タクシーの運転手
演:大塚康生(※因みに、声は永井一郎が吹き替えており、当の永井自身も賭け撞球(ビリヤード)場のシーンにて顔出し出演している。)
追っ手から逃れる紅一が乗り込んだ円タクの運転手。
終盤、事ある毎に決起の日の思い出を語る紅一に“紅一にとって思ってもいなかった事実”を突き付ける。


  • 少女
演:兵藤まこ
本作のシンボル的存在。


【余談】


  • クライマックス近くに出てくる“紅い眼鏡”は、ファンに声を掛けて集められたもの。


  • ゆうきまさみの案による本作のキャッチコピー“正義を行えば、世界の半分を怒らせる…。”は、元々は『機動警察パトレイバー』用に考えられたものだったが、作風に合わないという理由で此方に回された。


  • 映画自体はマイナー作品なのだが、川井憲次の作曲による、本作のテーマ曲である『Red Spectacles』は、この後で新日本プロレスでレッドブル軍団(ソ連アマレスチーム)のテーマ曲や、PRIDEに参戦したウクライナ出身の格闘家イゴール・ボブチャンチンのテーマ曲として採用されたことで格闘技ファンにはちょっと有名で、川井の代表曲の一つである。
    低予算でもいい音を作ってくれるとの話を聞いての依頼であり、これを縁として川井の音楽は押井の作品に欠かせないものとなっていった。


  • プロデューサーの斯波は、本作の予告編を音響を担当していた『天空の城ラピュタ』の収録最終日に宮崎駿と高畑勲に見せて感想を求めたが、宮崎は何も語らず、高畑は言葉を濁し続けたという逸話でも有名。
    この後、宮崎は本作のパンフレットについて押井との思い出を語りつつの批判と期待を込めた押井評を寄せている。


  • 草尾毅の演者としての初仕事は、本作冒頭の一シーンしか映らない死体役だった。





1995年夏。人々は溶けかかったアニヲタwikiにおのが追記修正を刻印しながら歩いていた。ひどく暑い……。

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