黒の女王(SCP Foundation)

登録日:2021/09/16 Thu 22:36:00
更新日:2021/09/20 Mon 16:39:47
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これをグループと呼ぶのは慈悲深すぎます。似たような経験をした個人を集めたコレクション、の方が近いでしょう。


「黒の女王」(The Black Queen)とは、シェアードワールド「SCP財団」(SCP Foundation)に登場する要注意団体の一つ。
本部であるSCP-EN(米国)で2014年に成立した団体。





謎多き存在、黒の女王


黒の女王は、常識の通用しない超常社会を一人で生きていけるだけの知識と強かさとを兼ね備えた人物であり、さらには財団が持つオブジェクトや職員の情報すらもお見通しな強力な情報網を有している。
黒の女王は多くの場合、財団に強い敵対意識を持っているとされる。財団の収容下にあるオブジェクトを秘密裏に盗み出すことや、多くの部下を引き連れて堂々と財団の施設を襲撃することがあると知られている。
しかしその一方で、別の場所では財団のオブジェクト収容計画を裏から手助けしていることすらあると言われており、女王が財団に対して見せるスタンスは一定していない。
一説には、黒の女王の最終目標は、財団を解体することにあるのではないか、とも囁かれている。

また、黒の女王は財団以外にも多数の組織(要注意団体や、世界各国の政府)と干渉している。中でも「蛇の手」に所属する超常世界の住民たちには女王の協力者が数多くおり、実質的な女王の部下としてその活動を支えているといわれる。


…「要注意団体で組織なんだから、蛇の手の力を借りないでも自分たちで活動すればいい」と思う人もいるだろう。しかし、黒の女王はそうしない、というよりも、「そうできない」理由がある。
なぜなら黒の女王は、「組織メンバーの特徴」という観点で言えば、数ある要注意団体の中でもとりわけ特殊な存在だからである。


────実は、黒の女王に所属する存在は、世界に一人しかいないのだ。

つまり、黒の女王は要注意団体(GoI, Group of Interest)であると同時に、「黒の女王」というネームを持った一人の要注意人物(PoI, Person of Interest)でもあるというわけである。



アリソン・チャオ


GoI「黒の女王」の唯一の構成員にしてPoI「黒の女王」、その名はアリソン・チャオ(Alison Chao)。
中華系ハーフである年若き一人の女性であり、財団の重鎮・ギアーズ博士実の一人娘である。


1990年代の前半、一介の研究者に過ぎなかったチャールズ・オグデン・ギアーズは、ある日突然として財団にスカウトされ、二度と家に戻ることはなかった。書き置きもスーツケースも、何一つ残すことなく。
当時、アリソン・チャオはまだ8歳であった。

アリソンの母(=ギアーズの妻)*1は、夫との急な離別が原因ですっかり精神的に参ってしまった。そのため、幼きアリソンはたった一人で、自分の境遇を耐え忍ぶしかなかった。
数年後、アリソンは父親が日常で知り得ることのない世界へと去ったことを知り、父親を見つけ出し、連れ戻すことに執着するようになっていった。

ある時、アリソンは自分の部屋で奇跡に遭遇した。プラスチック人形のゴミから呼び出された精霊は、アリソンに「真なる図書館」の在処を教えた。
いつしか彼女は家を出て、アメリカ中を彷徨いながら手がかりのかけらを探した。やがて彼女はオハイオの地図にない街の路地裏のゴミ箱の中に、図書館への道を見た。

そうしてたどり着いた”放浪者の図書館”の中には、ファンタジーの世界から飛び出してきたような奇異な住人たちが屯していた。
アリソンは住人の一人からアドバイスを受け、広大な図書館に立ち並ぶ書架の狭間を巡り、父親を連れ去った「財団」や、自分の協力者となる「蛇の手」の情報を得ようとした。時には夥しい量の砂を吐き出す危険な本に遭遇し、命からがら逃げ延びたこともあった。
やがて、アリソンが探し求める「L.S.」に最も近い、蛇の手の中のグループの一員と、彼女は接触した。

その後もアリソンは、魔法の世界で繰り広げられる様々な試練を乗り越えた。
恐るべき君主と魔導書の取引を成立させ、ナメクジの怪物によって切り開いた道を抜けた先、複雑怪奇な図書館の奥底に、彼女が求めるものがあった。「L.S.」の部屋である。
そこには図書館じゅうのあらゆる情報にアクセスする機能、財団の機密文書を盗み出す機能、そしてそれらの情報を末端となる蛇の手メンバーたちと共有する機能が備わっていた。
アリソンはそれらの力を手に入れ、ついに「黒の女王」となった。


────そしてアリソン・チャオは、その部屋にもう一人の自分を見た…



黒の女王、という”団体“


先ほど、「黒の女王の構成員はアリソン・チャオただ一人のみ」と書いた。実際、これは正しい。
しかし、一個人による黒の女王が”団体“として成立している重要な理由が、言外に隠されている。


────アリソン・チャオという人物は無限に存在するのである。


より正確に言うと、アリソン・チャオという個人は世界にただ一人だが、アリソンの居る世界の方が並行して無数に存在するので、結果としてアリソンも無数に居る…という仕掛け。
そうして一堂に会した「アリソン・チャオの集合体」…これこそが、要注意”団体“として認知されている「黒の女王」なのである。


“放浪者の図書館”は、無数に存在する並行世界のそれぞれに対して開かれている。たどり着く方法を知っていれば、どんな世界からでも図書館にアクセスすることが可能なのだ。
そして訪問者の中でも特別に強い力を秘めた者は、やがて神秘にうずもれた図書館の奥底で、「他の世界から来た自分」に出会う機会がやってくる。

もちろん、あらゆる世界のアリソン・チャオが図書館に辿り着き黒の女王となるわけではない。
父親ギアーズとの別れを経験しないかもしれないし、別れの蟠りを解いて平凡に生きていくかもしれない。図書館に向かう道半ばで死んでしまうかもしれないし、あるいはそもそも生まれてすらいないかもしれない。
それでも、ごく一握りの、そしてそれでもまだ十分に多い数のアリソンが、深淵に到着し、別世界の無限の自分の存在を知るのだ。

黒の女王となったアリソン(のうちいくらかの割合)は、同じく”放浪者の図書館“に出入りできる勢力である蛇の手と密接な関係を持つ。黒の女王は蛇の手のメンバーを情報収集や工作のための手足として利用し、時に彼らを指導する立場となることもある。
先ほどチラリと出た「L.S.」は黒の女王が蛇の手と交流するときの一種のペンネームで、意味は「Little Sister」(妹)とされる。また、黒の女王どうしは、並行世界の自分自身であるお互いのことを「妹」「妹たち」と呼び合う。

黒の女王たちの根本的な目的は、基本的には「離れ離れになった父親を取り戻す」ことである。
父を連れ戻すために、父を奪った組織である財団を攻撃する。あるいは父を助けるために、財団の計画に協力する。
もちろんこれらは大雑把な理解である。中には財団ごと世界を支配しようとする黒の女王もいるかもしれないし、途中で父親をスッパリ諦めてしまって、全く別のことを始める女王だっている。



色とりどりの「黒の女王」


世界が無数にあり、黒の女王が無数にいるなら、当然その父親のギアーズも無数にいる。
しかしここで重要となる概念がある。それは「ギアーズはそれぞれの並行宇宙で全く異なる存在である」というもの。

SCP財団が関与する多くの世界では、ギアーズはロボットであるかのように感情に乏しい一人の財団職員である。
しかしまた別の一部の世界では、ギアーズ博士は本当にロボットであったり、財団と関係なく警察官として働いていたり、何か凄まじい力を持つ人型オブジェクトであったり、それらとも全然異なる別の何かであったりするのだ。

ギアーズの可能性は無限にある。そして当然ながら、「ギアーズの娘」である黒の女王もまた、その在り方に無限の可能性を持った存在なのである。


広く受け入れられた設定(所謂メインカノンというやつである)では、黒の女王ことアリソン・チャオは前項で述べたようなアジア系ハーフの若年女性であり、ささやかな魔法の心得を持ち、困難を乗り越え図書館の奥底までやってくる勇気を持ち、そして父を取り戻す確固たる決意を持っている、超常社会のプレイヤーとして申し分のない器を備えた強い少女である。
しかしこの人物はあくまでも「黒の女王が取る一つの可能性」に過ぎない。

極論してしまえば、黒の女王となるのに必要な条件は「ギアーズの娘であり、父親と不自然な離別を経験すること」くらいである。
そして、広い広い並行世界の中には、先述の少女アリソンとはもっと異なる可能性を具現化した黒の女王が沢山いるのである。

一例を挙げると、

  • ハイテク超常市街の片隅でローラースケート選手と兵器の密売業を兼務している黒の女王
  • ナラカ(≒サーキシズム)の敬虔な崇拝者である黒の女王
  • 世界オカルト連合の排撃班を動かして人型脅威存在を粛清している黒の女王
  • ドラッグやセックスパーティーに耽りまくっている素行の悪い黒の女王
  • アンダーソン・ロボティクスの改造アンドロイドである黒の女王
  • 財団のトップであるO5評議会に所属しているとしか思えない黒の女王
  • 男性の黒の女王(…もとい、黒の王)

…とまあ、凄まじく凸凹なメンバーたちが揃っている。設定上、これらは全て並行世界の同一人物である。
多分どっかにはアニオタの黒の女王もきっといる。
なお、黒の女王の本名もまた、必ずしも「アリソン・チャオ」であるとは限らない。

大量の黒の女王たちは、基本的には皆、自分がやりたいことを気ままに目的として取り組んでいる。そして、一人の女王が目的のために助けを求めるなら、他の数多くの女王たちがそれを支援する。黒の女王どうしの関係性(姉妹仲と言える)は原則的に良好であり、もし喧嘩しあうとすれば、それは不幸にもお互いの目標が相入れないものであった場合くらいである。


「黒の女王」に類似した概念をSCP外の他の作品に求めるなら、MARVEL系列のマルチバースシステム、特に「スパイダーバース」などで見られる世界観が近いかもしれない。あれも色んな世界にいる色んなスパイダーマンが一堂に会する話なので。



ここまでのまとめ


  • 黒の女王はギアーズ博士の一人娘のアリソン・チャオのことで、幼い時に父を財団に連れて行かれたことに怒っている若い女性だよ
  • アリソンは超常知識の宝庫である放浪者の図書館で「黒の女王」として活動していて、蛇の手とかの図書館の住民と協力しつつ父親を財団から救出するのが目標だよ
  • 図書館には並行世界の黒の女王(アリソン)が無数にいて、それぞれが父親ギアーズとの別れを経験しているよ
  • でも並行世界の情勢はバラバラだから、そこに住むギアーズや黒の女王自体の性質もバラバラだよ
  • 個人の目的は色々あるけど、黒の女王はお互いに協力して上手いことやってるよ

最低限、この辺だけ抑えておけばOK。






黒の女王が登場する作品(EN版)


黒の女王は要注意団体としては珍しい要素が多い組織である。

  • オブジェクトになるような異常物品を作成しない
  • オブジェクトを使って騒ぎを起こす頻度も少ない
  • 国家政府や宗教に基づく組織ではない
  • 財団のある世界から遠く離れた場所で活動できる

これらの要因が重なるため、SCP財団のメインコンテンツと呼べる財団視点のSCPオブジェクト報告書には、黒の女王が登場する機会はかなり少ない。
専ら、彼女の活躍の舞台はTaleである。


  • Tale「本から出ていく」(Going Out of Book)、「書棚の狭間」(Between Shelves)、「Queen’s Gambit」

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黒の女王が成立した当初のTale。三部作になっており、アリソンが父と別れてから黒の女王になるまでのストーリーが描かれている。先ほど紹介したアリソン・チャオの物語は、実はこの三部作のあらすじである。
メインカノンにおける「黒の女王」の概形を掴むなら必読とも言える作品。生憎、最終作が未翻訳だが…。

ちなみに「Queen‘s Gambit」はチェスの序盤で指される定跡の一つ。黒の女王のTaleはチェス用語に擬えたタイトルが付けられていることが多く、団体名からしても納得の命名である。


  • Tale「ゆりかごの猫」(Cat’s in the Cradle)

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SCP-348 - “パパの贈り物”(A Gift from Dad)のTale。
SCP-348は空のボウルであり、身体の具合が悪い者が用いると、ボウルの中に両親の手料理とよく似た味のスープが現れ、完食すると親から面と向かって伝えることの出来なかったメッセージが出現する…という、初期作品に多いシンプルかつ心温まるオブジェクトである。
このTaleではブライト博士など数名がSCP-348の実験に携わるのだが、途中でオブジェクトを盗んだ黒の女王が、自分自身にSCP-348の使用を試みる。果たして、現れたスープの味と、残されたメッセージの意味は…。


  • SCP-4056 - “核家族ユニット”(Nuclear Family Unit)

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現在6000作以上のSCP報告書を擁しているSCP-ENであるが、これはその中でもほぼ唯一となる、黒の女王を主題とした報告書である。

SCP-4056はアラスカの北部にある保管施設であり、中には様々な並行世界から回収された550体のギアーズ博士が冷凍保存されている。それらはどれも一部(あるいはほぼ全部)が本物のギアーズ博士とは異なり、ものによっては脳味噌だけになっているものもいたりする。しかしながら、それらのDNAは全てギアーズ博士と一致する。

SCP-4056に色々なギアーズ博士を運び込んでいたのは、PoI-4056こと別世界のアリソン・チャオであり、自分の父親(の同位体)を悲惨な運命から救い、来たるべき時に目覚めさせるためにこの施設を使っていた。自分以外にも多くの黒の女王たちの協力を得ていたという。彼女はSCP-4056がある世界のギアーズ博士の回収も繰り返し試みており、それを目撃したクレフ博士はPoI-4056の無力化(要するに殺害)を提案する。しかしギアーズはそれを良しとせず、待ち伏せにより彼女を捕らえることを決める。

実はSCP-4056のある世界で生まれたギアーズの娘(無論、アリソン・チャオである)は、かなり前に交通事故で母親と共に亡くなってしまっていた。そのため、ギアーズとしても、亡くした娘と“同一人物”であるPoI-4056を無碍にすることは出来なかったのだろう。その後はギアーズ博士本人の意向により、「親子水入らず」でのカウンセリングが行われている。

なおこのオブジェクトは、あらゆる生き物が死ねなくなり、その身が朽ち果てるのを待つしかなくなった世界を描くカノン「死の終焉」に属する作品である。人々の不死性はこのオブジェクトの本筋とはあまり関わらないが、PoI-4056がギアーズ博士の末路を案じるのも納得できる背景とはなっている。






「黒の女王」のGoIフォーマット


SCP財団の世界に存在する要注意団体(GoI)には、SCP報告書と異なる方式で超常存在について記載するための独自の書式を持つものがいる。これらは「GoIフォーマット」と総称され、SCP創作界において「SCP」「Tale」と並ぶ第三の記述形式として作品に用いることが認められている。
GoIとしての黒の女王にも、設立当初から専用のGoIフォーマットが用意されている。


黒の女王のGoIフォーマットによって記述される超常存在は、数多くの並行世界に同様の存在があり、それぞれの経歴に大小様々な差異を持っているものが中心。
言うなれば、黒の女王そのものが立つ境遇と近い存在である。

例えば、ある世界では財団の収容房で退屈そうにしているオブジェクトが、別の世界では自由気ままな生活をしていたり、政府の要人として働いていたり、何らかの戦乱に巻き込まれて破壊されていたり、場合によっては宇宙自体を滅ぼす引き金を引いていたりする。
黒の女王は”放浪者の図書館“に繋がる多数の宇宙での出来事を知ることができるため、それら多数の情報ソースを一つにまとめ上げ、特定の存在が様々な宇宙の中で見せる在り方を、多元宇宙のカタログとして編纂するのである。
そうして完成したカタログが、黒の女王フォーマットの文書として定められている。


黒の女王フォーマットを作るために必要となる項目は、「ベースライン」「必要条件」「実用性」「傷つきやすさ」「実例: タイムライン」に分けられる。


  • ベースライン(Baseline): 記述する超常存在の概要欄。多くの宇宙の実例で共通している特徴が記載される。

  • 必要条件(Prerequisites): 記述する超常存在が存在する宇宙が共通して持つ特徴。例えば、キリスト教に描かれる悪魔がオブジェクトとして存在するためには、前提となるキリスト教自体がその宇宙に存在していないといけない。

  • 実用性(Utility): 記述する超常存在が黒の女王にとってどのように役に立つのかについて書く。「父親を取り戻す」という彼女らの一般的な目標と直接的に結びつくとは限らない…というか、ぶっちゃけ殆どの記事では全然関係ない。

  • 傷つきやすさ(Vulnerability): 記述する超常存在を破壊、殺害、あるいは無効化する方法。繊細なアイテムなら取り扱いには細心の注意が要るし、逆に危険な超人であればそれを倒す方法を心得ているべきだ。

  • 実例:タイムライン(Instance: Timeline): 記述する超常存在が、それぞれの宇宙でどのような経歴を辿っているかについて記載する。黒の女王フォーマットの本体部分であり、殆どの記事では複数(大体5個〜10個くらい)のタイムラインについて列挙されている。
※タイムラインとは「時間軸・時系列」という意味の単語であり、その宇宙や世界が辿った歴史、転じて宇宙や世界そのものを指す用語として使われる。黒の女王はタイムラインを「A-203」のようにアルファベットと数字*2を組み合わせた通し番号で管理している。


黒の女王フォーマットを語る上で欠かせないのが、その独特な文体。
このフォーマットはほぼ全編が会話で構成されており、色とりどりの文字列が会話の発言者を表している。
なぜこうなっているのかというと、黒の女王フォーマットとは上述した多元宇宙のカタログであるため。それを編集するのは複数いる黒の女王の役割であり、彼女らは共同作業で一つのカタログを作り上げているのである。

黒の女王フォーマットの冒頭は、当該カタログの編集に携わっている黒の女王たちの挨拶から始まる。
ただし彼女らは全て“黒の女王”なので、お互いの区別のために「黒の女王・◯◯」というコードネームを使うことが殆どである。コードネームの規則性は特になく、各人が好き勝手に決めている模様。
それぞれの女王は固有の文字色を持っている。彼女らが互いに情報を出し合い、それに関する議論を展開していくことにより、黒の女王のカタログは色とりどりの文章によって埋まっていくのだ。
なお、一つのカタログに関与する女王の人数に規定はない。4人のことが最も多いが、3人や5人で編集している場合もしばしば見られる。


カタログの編集に携わっている黒の女王らは組織構成の項で述べたとおりの凸凹集団。
メインカノンの多感な少女であるアリソンは一人だけであるので、カタログ作りに精を出している沢山の黒の女王たちにはメインカノンのメの字もない出鱈目な設定が付いていることの方がむしろ多いくらいである。
一応は彼女ら皆が父を失い、様々な労苦をかけて放浪者の図書館を制覇した強者たちのはずなのだが、黒の女王の文書上でその件に触れられる機会は滅多にない。ぶっちゃけ彼女らの中ではそれはもう互いに周知の事実だと思われるので、わざわざ改めて触れる必要もない、ということだろうか。

ちなみに、多元宇宙のカタログは黒の女王たち各個人が様々な宇宙を渡り歩き、超常存在について経験した出会いや学習をただちに文書上に反映するという。それだけでなく必要な情報や画像、注釈も自動でつけて、黒の女王の間で同期してくれるというスグレモノ。
しかしその割には、明らかに黒の女王ら本人たちが互いに顔を突き合わせて一緒にカタログ編集作業に勤しんでいるとしか思えない描写をされることも多い。記事によっては編集中の女王たちが飲み物片手に騒いでいることもあり、側から見ればその様相はもはやただの女子会にしか見えない。
一方で、チャットのようなコミュニケーションツールを用いてカタログ編集をしているような描写がされている記事もある。デリカシーのない発言をして姉妹たちの不興を買った黒の女王がチャットルームからKickされるシーンも…。


とまあ多種多様な書き方が存在するフォーマットであるが、「GoIフィールドガイド」には、著者陣がフォーマット記事を執筆する上で「姉妹たちが互いに協力し合う限り、間違った書き方というものは存在しない」とのアドバイスがある。黒の女王の在り方は幅広いので、多元宇宙の隅々まで見て回れば、どんな形式の記事であっても事実として成立する素質があるのだ。
こんな調子なので、同じ団体に関するTale作品とGoIフォーマット作品の雰囲気の落差という点では、黒の女王は数ある要注意団体の中でも一、二を争うかもしれない。どちらか片方から彼女たちを知った読者は、もう片方を読むと面食らうこと必至。




黒の女王のGoIフォーマット記事(EN版)


  • 「カッサンドラ」(Cassandra)

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GoI「黒の女王」の成立初期に書かれたフォーマットの一つ。
テーマとなるのは古豪オブジェクト、SCP-085 - 手書きの"キャシー"。「カッサンドラ」(カサンドラとも)という名の女性のイラストで、自分が居る絵の中を自由に動き回り、二次元の紙面上ならどこにでも移動できる。

黒の女王が並行世界で見た様々な“キャシー”たちは、財団に大人しく収容されているだけには留まらない。
ジョルジュ・スーラの有名な絵画の中でのんびり魚釣りを楽しんでいるキャシー、他の二次元オブジェクトと一緒に連載中の漫画の主役になっているキャシー、自身の存在と引き換えに財団の要人暗殺に協力したキャシー、その他にも多数の在り方を持つキャシーたち。
彼女が歩むことのできる可能性は数多く隠されていて、遠い並行世界のどこかではそれは実現しているのだ。

カタログ編集をしている黒の女王は5人。財団のΩ-7*3に妙な敵意を燃やしている黒の女王がやたらと自分語りをしており、他の女王から「カタログ編集権を剥奪するぞ」と怒られてしまっている。


  • 「ミスター・標準」(Mr. Normie)

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テーマになっている異常存在は、「ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードのミスター・標準」。
ワンダーテインメント社が開発した人型超常存在「リトル・ミスターズ」のパチモノとして、別の要注意団体ゲーマーズ・アゲインスト・ウィードが作り出した人型オブジェクトである。この実体に対応するSCP報告書は存在しない。

この人物の能力は、周囲の環境を「標準化」して、全てが自然な振る舞いをしているように見せること。標準化の対象は部屋の内装だったり、人々の精神状態だったりとタイムラインによって異なるようだ。また、違和感を消す能力に乗じて別の異常性をこっそり発動している個体もいる。
彼は一般社会にひっそりと紛れ込んでいるうえ、先程の特性から彼の身の周りに不自然なことは一切起こらないので、よほど疑ってかからない限り彼を見つけ出すことはできない。「ミスター・標準」の名前が書かれたタトゥーだけが彼の外見的特徴である。

並行世界の「ミスター・標準」のバリエーションは様々で、普通に財団に捕獲されることもあれば、逆に財団に雇われ、他の要注意人物に「標準的な振る舞い」を押しつけて財団へ出頭させるのに使われていたり(黒の女王の一人が危うく引っ掛かりかけた)、黒の女王と旅を共にする間に死んでしまったり、超常宗教団体の上位メンバーであったりもする。
極め付けには、世界中の人間が「標準」を求めるようになり、それによってミスター・標準そのものが人々に捕まってロボトミー手術をされてしまった時空もある。この世界ではミスター・標準によって人々が脳手術をする異常な習慣に支配され、社会が崩壊した可能性が示唆されているが、果たして彼に本当にそれほどの力があったのか否かは濁されている。

カタログの編集者は3人と少なめ。黒の女王フォーマットの基本を抑えた堅実な作りの記事であり、ENの同団体フォーマットでは最高評価を維持している。


  • 「死刑執行人カール」(Carnifex Carl)

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描かれている超常存在はサーキシズムに基づく肉操作魔術(カルノマンシー)と高度な現実改変能力を使いこなす強力な人型実体。

ある時空では数多くの現実改変者を喰い殺してその力を吸い上げたが、財団に収容され力を封じられている。
別のある世界では「カルキスト・イオンの再来」を目指してアメリカに巨大なサーキック集団を作り上げるが、黒の女王の差金により世界オカルト連合の奇襲を受けて殺害される。
彼がもっと古い時代に登場する世界もあり、その魔力でもって13世紀のユーラシア大陸を横断支配に乗り出したり、あるいは紀元1世紀の「ローマ英国」でレジスタンスとして活動していたりもする。
ところが最後のタイムラインの彼は意外な要注意団体の創業者となっており、持ち前の肉操作魔術も平和な用途にだけ活用して、超常市井の人々に慕われて暮らしているようだ。

担当する黒の女王は4名。SCP読者ならお馴染みの現実性を計る単位「ヒューム」の使用にツッコミが入るのが印象的で、発言者によると多くの宇宙ではヒュームよりもっと普及した単位があるらしい。また最後の方では、質問に対する反論に女王がジョークを使おうとしてスベるシーンも。






その他の支部での黒の女王


黒の女王は本部であるSCP-EN出身の団体であるが、世界各地の支部でもたまに登場してくる。
スペイン支部(SCP-ES)、フランス支部(SCP-FR)、中国支部(SCP-CN)などで、独自の黒の女王フォーマット記事が作成されている。


日本支部(SCP-JP)のオリジナル記事に黒の女王が使用されるようになったのは2018年頃から。
当時はちょうど日本支部でENと同様な書式のGoIフォーマットを作成できる制度ができた時期であり、JPオリジナルの団体だけでなく、ENから輸入された団体のフォーマットも盛んに製作された。その流れに乗じて、黒の女王フォーマット記事が描かれる下地が整えられていったのである。

SCP-JPの黒の女王フォーマットも原則的にはENと同じ設定で描かれている。
マルチバースから集う黒の女王の破天荒さは本部に負けず劣らずであり、
  • 父親はおろか住む宇宙そのものを滅ぼされて孤児になった黒の女王
  • 巨大なマシンに搭乗した黒の女王、本人とマシン両方の人格を併せ持つ
  • 独特な笑いのツボを持ち、神々との麻雀に励む黒の女王
  • 超常テロ事件現場で救世の魔法少女として活躍した黒の女王
  • 暴力団の箱入り娘になった女子高生の黒の女王
  • バーチャルストリーマーが使う“ガワ”のキャラクターである黒の女王
  • カワウソである黒の女王
更には人間でも生き物でもない上に“アリソン・チャオ”ですらない黒の女王までいる。

しかしながら、一見「これ本当にSCPの登場人物なのか?」とも思える黒の女王たちも、「父であるギアーズを失った存在」という前提はきっちり共有しており、いずれも立派な姉妹の一員として認められている。

そのほかSCP-JPに顕著な特徴として、GoIフォーマットで編集役を受け持った特定の黒の女王個人がそれ以降の作品に再登場するパターンが、ENに比べて多いことが挙げられる。その中には、彼女らを単なるカタログの書き込み主であるだけに留めず、異常にあふれる社会で生きる一人の登場人物としてスポットライトを当てる記事も見られる。


また、SCP-JPに黒の女王の詳細な設定が流入するより以前から、並行世界を股にかけるJPオリジナルの要注意団体が既にいくつか考案されていたことにも触れておきたい。少数の世界を犠牲にしつつ多数の宇宙を救済することを目指している「犀賀派」はその最たるものである。
犀賀派でも指導者は並行世界に同一人物が存在していることが示唆されており、両者の設定被りが懸念されることもあったが、現在では

「黒の女王はPoIであるアリソン・チャオのみの集合体であり、個人的な目標のために行動する」
「犀賀派はPoI・犀賀六巳とその取り巻きである信者全体の集合体であり、宇宙全体を救う理念のために行動する」

などといったように、一定の差別化は図られている。

とはいえ実際にも両者には浅からぬ因縁が芽生えており、黒の女王と犀賀派が共演する記事は数多く作られている。
力関係では構成員の数や技術で勝る犀賀派の方が上とされる場合が殆どで、黒の女王は犀賀派の宇宙救済活動に巻き込まれて家族や故郷を奪われる被害者として描かれることが多い。一方で犀賀と直接の因縁がない女王にとって犀賀六巳は興味深い研究対象であり、彼を主軸に据えた黒の女王フォーマット記事も存在する。

犀賀派以外にも、JP出身の要注意団体にはエルマ外教・ライフラフトなど並行世界をホームグラウンドとするものがいくつかあるので、いずれはそれらの団体と黒の女王の関係性が作られる時も来るだろう。


なお、ENのメインカノンに基づくアリソン・チャオそれ自体がJP記事に出ることはあまり無い。ただし、メインカノンのアリソンに近い性質を持ち、“放浪者の図書館”で暮らしている「アリソン・チャオ」まで範囲を広げれば、JPで描かれたTaleでもちょくちょく顔を見せてくれる。



黒の女王が登場する作品(JP版)


  • GoIフォーマット「幽霊の標識」

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日本支部で最初に書かれた黒の女王関連記事であり、ある意味でSCP-JPでの彼女たちの活動規範を方向づけたと言える一作。

テーマとなったオブジェクトはSCP-329-J - “幽霊のおぉぉ標識ぃいい”(The Ghoooost Siiiign)。
元々は支離滅裂なことを叫びまくっているだけの道路標識、というジョークオブジェクト。
世界に登場するための条件も、「世界に免許の概念が存在する」というなんだかよくわからないもの。
…なのだが、この記事では初っ端から黒の女王の一員になった幽霊の標識が登場。カタログ編集の場でも平常運転で叫びまくっている姿はかなりシュール。

しかし、標識が黒の女王となった経歴は至極真っ当かつシリアスなもの。
ある超常感染症が原因で世界中の人間が特定個人に同化してしまう中、妻子を亡くした*4ギアーズは自らの正気を保つための話し相手として幽霊の標識を見つけ、逃避行の中でギアーズと標識の間には親子にも等しい情が芽生えた。
ところが、この世界に超常感染症を広めた張本人である犀賀六巳が現れて、生き残りのギアーズに目をつけ、連れ去ってしまったのだ。
そして孤独に残された標識を見かねた他の黒の女王*5が、標識を自分たちの元へスカウトするに至ったのである。

他のタイムラインでは、頭が幽霊の標識になった人間が出てきたり、幽霊の標識に関連する噂話だけが流れていたり、はたまた地球そのものが幽霊の標識扱いされていたりする。


  • GoIフォーマット「鼓動の時計」

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2021年夏、日本支部8周年を記念した「夜のコンテスト」のGoIフォーマット記事部門で優勝の座に輝いた作品。「夜らしさ」を競うコンテスト専用加点を合わせると、SCPやTaleをひっくるめた全参加記事で最高評価を獲得している。

テーマのオブジェクトはSCP-001-JPの一つ、飯落の提言 - “時刻”。影響を受けた特定個人の心拍と動きを同期させる時計だが、真の異常性は影響者が死亡した時、影響者以外の全てが時間停止した永遠の夜の世界で、影響者ただ一人を蘇らせることにある。その人物が闇の中で自死を選択する時、世界は再び元のように動き出す。
このオブジェクトを財団の切り札であるThaumielオブジェクトとして扱う世界が存在し、その世界に関連する物語はカノン-JP「極夜灯」としてまとめられている。この作品もそれに属しており、「極夜灯カノンの世界であるタイムライン」に途中で触れられている。

EN・JPやその他の支部にも多数ある黒の女王フォーマットだが、テーマのシリアス性という観点ではこの記事が一歩抜きん出ている。
多元宇宙のカタログが備える遠隔情報収集機能の設定と、黒の女王の姉妹間の関連性の設定とを巧みに組みあわせることで、このフォーマットにしかできない驚きの展開が光る作品。
これは是非とも自分の手で紐解いていただきたい。そして、暗闇の中に在る全ての者たちへ、祈りを捧げるのだ。


  • Tale「黒の娘の幸福なる生涯」

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「黒の女王にならなかった者たち」の生涯を描いたTale。

この宇宙のアリソン・チャオは、父の出奔後、父が持っていた蔵書を読み耽り、この世の中には常識で語れない魔法のような事象が存在していることを知る。
しかし、彼女は不気味で恐ろしげな超常世界にそれ以上の詮索をすることなく、もっと当たり前な、もっと楽しい空想を続けられる世界で生きていくことに決めたのだ。

やがてアリソンは学者として大成し、自分にそっくりなパートナーと結ばれ、母親と三人で幸福に暮らした。母が世を去ったのち、母の部屋を改装したアリソンの書斎には、かつての父よりもずっと沢山の学術書が納められていた。それに加えて、彼女は幼い自分が思い描いたのと同じような魔法の御伽噺を絵本として描き、子供たちへと届けた。長く生き、多くを失い、しかしいつでも、彼女は愛に包まれていた。

こうして「黒の娘」は、一つの、平凡だが幸福な生涯を終えた。


あるものは学者として。あるものはパイロットとして。あるものは冒険家として。あるものは役者として。
恋人として。母として。友として。
一人の人間として、幸福に生きた、数多くの「黒の娘」たち。

異常な世界に生きる者たちに、平穏な人生を気に留められることが無かったとしても。
彼女たちは、確かにそこに居たのである。





その他の余談


黒の女王の父親たるギアーズ博士について、一部のアニオタ諸兄はこんなイメージを抱いているかもしれない。

「えっ?アイスバーグ博士と男同士で『極寒の温度のセックス』をしてた人?」

…さすがにこれはかなり局所的な視点からの描写であるが、確かに、財団に来た後のギアーズが部下の男とそのような「関係」を持っていた、とする作品はある。
ところが、ではそんなギアーズの”パートナー“であるアイスバーグ博士に対して黒の女王がどんな感情を抱いているのかというと、これが全くの謎。

というのも理由は簡単で、実はENでは(他の支部でも?)黒の女王ことアリソン・チャオとアイスバーグ博士が同時に出演する記事が一つもないのである。
片やギアーズのBL相手、片やギアーズの実子、という関係性もなかなか闇深く、出会っても単なる修羅場になるだけ説もあれば、そもそも同じ世界に同時に存在するのかすら怪しい説も…。

まあ、黒の女王の在り方は無限なので、二人が両方いる世界も片方しかいない世界も、はたまたどっちも居ない世界も全て、並行宇宙のどこかには存在しているだろうことは間違いない。






あなたの計画が最終的にどうなるとしても、あなたが再びわたしたちを見つけようとしてくれることを願っています。


追記・修正は並行世界の自分自身と協力しながらお願いします。


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最終更新:2021年09月20日 16:39

*1 「キャラクターハブ」では、彼女に「リーン・チュー・チャオ」(Leanne Zhu Chao)という名がつけられている。

*2 殆どの場合はアルファベット1文字と数字3桁だが、たまに数字が2桁や4桁になることがある。

*3 [SCP-076やSCP-105などの人型オブジェクトで構成された機動部隊。現在の設定の財団はまずやらないだろうが、かつての黎明期の財団ではオブジェクトを秘密裏に利用しようとする光景が多く見られた。

*4 つまり、「黒の女王の標識」はアリソン・チャオとは明確に別人(?)である。

*5 こちらの女王も標識と同じく、自分の父親と世界を犀賀に滅ぼされた天涯孤独の身である。