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バッドエンド

登録日:2010/02/13 Sat 23:24:44
更新日:2026/08/21 Fri 10:09:19
所要時間:約 86 分で読めます


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BAD_END ≠GAME_OVER ED GIGA←AV的な意味で そんな時くらい、シリアスにさせてくれよ。 だけどみんな救われねぇ どうあがいても絶望 どうしてこうなった みんなのトラウマ もうダメだ……おしまいだぁ アンハッピーエンド エンディング クイーンドラゴン ゲームオーバー デッドエンド ハッピーエンドは失われた バッドエンド バッドエンド王国 バッドエンド症候群 バッドエンド直行便 メリーバッドエンド ユダヤ教 ルシファー 上級者向け 不完全燃焼 不幸 不憫 不運 創作 因果応報 報われない 完全敗北 後味の悪いオチ 悲しい結末 所要時間30分以上の項目 所要時間60分以上の項目 打ち切りの被害者 救いがない 救われない 滅亡 皆殺し 破滅 結末 絶望 絶望がお前たちのゴールだ 絶望がお前のゴールだ 絶滅 自業自得 虚淵の十八番 ←むしろライフワーク 負のご都合主義 鬱エンド 鬱ゲー 鬱回 鬱展開 黒富野



バッドエンド(BAD END)


概要

物語が不幸な結末で終わる事。悲劇。または正しい終わり方ではないEDを迎える事。
フィクションの王道であるハッピーエンドの対となる終わり方。

実際は作者がそう決めた読者や視聴者が受けた印象なので、
ある程度は共通認識がある一方、細部まで定義を求めるとかなりフワフワな分類でもあったりする。
世に送り出された物語の数を考えれば、終わり方はそれこそ万も億もあるのだから。

例として、以下のような悲惨な終わり方はバッドエンドと見做す人が多い。
  • 主人公級のキャラクターが本人視点ですら報われない(死、発狂、苦難、孤独等)
  • キーキャラクターの喪失、人類の滅亡、舞台の崩壊
  • その他、読者が不幸な終わり方だと感じたもの

大抵最初に判定されるのは「主人公が死ぬかどうか」であろう。
だが、これには例外も多いためこれを単純にバッドエンドとは言い切れない。
こうした事情をふまえてか、いくつかの独立した別の呼ばれ方も生まれている。


直訳すると苦い終わり方。
概して言えばハッピーではなく、されどバッドと呼ぶほど悲惨でもない、いわばモヤモヤが残る終わり方を指す。
そういった性質から、主人公やその陣営にとって微妙な結末(の作品)が挙げられることが多い。
舞台が焦点の場合、目的自体は達成したが払った犠牲や失ったものが多いだとか、
逆に犠牲はほとんどないが根本的解決もしていないというような、要するに理想的な終わり方ではない場合を指す。
何かしらのバッド要素は含むため、程度によってはバッドエンドに含める場合もある。

  • メリーバッドエンド
和製英語。
おおまかに主人公視点と読者視点、片方がハッピーエンド、もう片方がバッドエンドに連なる終わり方。
このため解釈によっては普通にバッドエンドに含められる。
主人公/ヒロインがバッドエンドを迎えたが、物語の目標は達成された(ハッピーエンド)、
主人公/ヒロイン視点ではハッピーエンドを迎えたが、当人以外から見れば悲惨(バッドエンド)、など。
そういった意味でビターエンドを細分化した亜種と言えなくもない。
英語では「Bittersweet Ending(※ただし、ニュアンス的には範囲が広く切ないハッピーエンドも含む)」や、
メリバに近いものは単純に「Happy Bad Ending」、あるいは説明的に「Subjective Happy Ending」などとも。


バッドエンド論議

さて、読者が不幸な終わり方だと感じたものと前述した通り、分類には幅がある。
これは人によって「これはバッドではない」「本質はバッドではない」というような、感性の違いからくる感想によっても変わってしまうからだ。
比較的有名な例としては絵本『100万回生きたねこ』か。
既に説明した通り、ビターエンド等に代表される「表面上はバッドエンドだが、本質的にはそうとも言い難い」とか、
「周りから見ればバッドエンドだが、本人にとってはハッピーエンド」、「エンディングの本質は悲惨さではない」なんてものはあまりに多い。

主要キャラクターが死亡して終わる「デッドエンド」タイプであっても、特に主人公が死ぬものはバッドエンドと捉えられやすいが、
そのキャラクターが死亡したことは確かに当人やその周囲の親しい人間にとっては悲劇ではある一方で、
その死によって仲間や世界が救われる等の形で、物語としてはハッピーエンドを迎えていることもある。
特に昔の作品では反戦への強いメッセージ性があったため、「(敵とはいえ)大勢の命を奪った主人公が敵に特攻→相打ちになって死亡→世界は救われる」という最終回が非常に多かった。
いわゆる一種の「禊」であり、アニメ版『タイガーマスク』や『仮面ライダークウガ』でも主人公がラスボスをその手にかけた罪を背負う為に自主的な国外退去に至るというラストになったが、
これもそうしたパターンの類例と言える。(後者に関しては25周年展で主演のオダギリジョーがハッキリと明言している)

一方で「ハッピーに見えて実はバッドだった」というものも珍しくはない。
「ハッピーに見えて冷静に考えると、実際は何も解決してない、むしろ主人公達の行動が深刻な問題の火種をまいている」
というハイレベルなものもある。
このパターンは前述した「メリーバッドエンド」に含まれることもある。
有名作品だと、
などがこれらのパターンに該当する。
トゥルーエンドに設定されている作品も少なくない。

この他、大多数にとっては悲劇でも当事者が概ね満足しているなど、視点を変えれば解釈の変わる結末も「メリーバッドエンド」に含まれると言える。
アンデルセンの『マッチ売りの少女』は、「マッチ売りの少女が誰にも買ってもらえず、家にも帰れないまま衰弱死した」という展開だけ見れば悲劇的だが、
その最期は「マッチの火に見た、優しかった祖母の幻に抱きしめられながら天国に召される」という、少女当人にとっては幸せなものだったことが語られている。
なお誤解されやすいが、同作者の『人魚姫』は主人公の人魚姫が空気の精霊に転生して王子達の結婚を祝福し新しい人生を歩みだすラストで、
先輩の空気の精霊が「悲しむと願いが叶うのが遅くなる(要約)」説明している所を見る限り、夢を目指し前向きに歩んでいくオチである。

他にも有名作品を例を挙げると、
などが該当する。

またバッドエンドとなった作品を続編等で補完しハッピーエンドにする場合もあるが、その場合は大抵賛否両論が巻き起こる。
「あの(ザクの)パイロットは奇跡的に一命を取り留めたようだよ」*1

これ以外にもバッドエンドになりやすい場合としては、既存作品のスピンオフとして展開される前日譚等が挙げられる。
ただ、前日譚である以上、ハッピーエンドで終わってしまっては原作本編に辿り着けなくなることもあるので、致し方ない面もある。

連載作品の場合、時には作者の意図しない形で作品がバッドエンドになることもある。
「主人公が死んでしまうが仲間により復活する」という話を予定していたのに、主人公が死んだ時点でが決定してしまい、
結果、読者からは主人公が死ぬバッドエンドと認識されてしまうような場合等がそれである。
ほとんどの場合は無理矢理にでも話を終わらせる形で話を畳むが、展開的にどうあがいても少ない話数を畳めなかったり、
作者が急逝して物理的にこれ以上話を進ませることができなくなった場合は投げっぱなしエンドになってしまう。
近年ではソーシャルゲームサービス終了にそういった事例を多く見かけるだろう。

間違えやすいカタカナ英単語にもある通り、非常に間違われやすいが、バッ“ド”エンドである。


そしてシナリオライターが稀に患うバッドエンド的終わり方しか作れなくなる「バッドエンド症候群」と言う疾病がある。

◎バッドエンド症候群罹患者

○石ノ森章太郎(※ストーリーも自分で書いた作品のみ)
○梶原一騎
○白土三平
首藤剛志
○野島伸司
Revo
○雪野みなと
○ダーレン・アロノフスキー

◎元・バッドエンド症候群罹患者

富野由悠季
○CLAMP
○タイトー
鬼頭莫宏
虚淵玄


バッドエンド作品の一覧

一応ネタバレ注意
ゲーム作品のバッドエンドについてはバッドエンド(ゲーム)を参照のこと。










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んなもい のにこらな

なんにも のこらない



それでもあなたは望みますか?→ハッピーエンド



追記・修正はバッドエンドを見た後にお願いします。

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最終更新:2026年08月21日 10:09

*1 ただこのセリフが出てくる作品では、作者が『三流のハッピーエンド』になってしまうのをわかったうえで、アニメで涙したファンのために、あえてこうしたというエピソードがある

*2 類似パターンだと日本でも横山漫画版の「119回目で話を止めて『犠牲は大きいかったが皇帝に功績を認められた』ところで終わらせる」という締めがある。

*3 その証拠に司馬炎ザクⅡは皇帝としての初演説を「少しだけ前の時代、世にはたくさんの勇者たちがいた」という趣旨の内容から始めたことが明示されており、少なくとも「司馬懿サザビーの策謀を各国の勇士たちが阻止したことありきの真建国」であることは公的にも肯定されていると読み取れる

*4 作者の小松左京はプロ作家として定着してから含めて根っからの関西生まれ関西育ち。

*5 2020年代現在でも「震災で倒壊したためやむなく空き地にして、そのまま」となっている土地が(減ってはいるが)まだ残っている。

*6 「誰が撃ったのか」は考察が分かれており、最初にしんちゃんと遭遇したことで撃たれなかった弾が辻褄を合わせるためにひとりでに飛んできた、という解釈まである。

*7 村枝賢一の伝記漫画『仮面ライダーを作った男たち』では、「放映した方の終わり方を試写で観て、ロボの死にその場で号泣する」で平山の紹介が始まっており、事実なら少なくとも平山はロボも含めて全員そろってのカーテンコール的シーンの方を推していた可能性が高い

*8 ただし、上述の「アマゾン」の落とし子たる新主人公は、二度目の死を迎える直前に自我を取り戻したヒロインと心を通わせることが出来た上、「人間の支配する世界に自分の存在は許されない」ことを受け容れつつも、自分を討つべく現れた旧主人公たちに「俺は最期まで生きるよ!」と宣言して最後の戦いに挑んで散ったことが示唆されるという、当人にとっては納得のいく最期であったことが暗示されているとも取れる描写になっている。

*9 その一人も自己改造の影響で死ぬことが出来なくなり、一生罪を償い続けることが示唆されている。

*10 藍が真白の義父を刺した責任を取る形で退職していた。

*11 飛田さんによると、当時、富野総監督から「演技があまりにもふがいない場合、(当初のプロットを放棄する形で)持ち役のキャラが死ぬ可能性がある」と発破をかけられていたとのこと。つまり詳しい状況はどうであれ「自分の大根役者っぷりでカミーユを殺さずに済んだ」という意味もあった

*12 ラストシーンではじめて行うため、不用意に「『Ⅲ』では見られます」と予告できなかった

*13 ただし同作では「正史と扱う、という意味での公式設定」では存在しないであろう機体がいくつか登場しており、おそらくは「OVA版や劇場総集編二部作にいなかったので、マイはデラーズ紛争にそもそも参加していないのが正史相当となる展開」と解釈して問題ないと思われる

*14 このためα部隊のメンバーのモチーフも「倒幕派の志士」となっている

*15 原語版ではエアラザーは女性なのでそこまで変ではなかった

*16 アニメ版を否定するファンからはこのラストなどを根拠に原作者がアニメ版に対して憤慨していると憶測で主張する声が出ているが、原作者当人は「原作そのままだと面白くない」、「アニメの空気感は漫画では出せない」というスタンスであり公式でその様な事実はない。又その後出たアニメ版のDVDBOXのカバーイラストも手掛けている。

*17 実はオパチョが取った行動も真逆で、前者ではハオに拒絶されても寄り添う意志を見せたが、後者では激昂するハオに恐れをなして逃げ出した。

*18 第一期とは世界線が違うので劇場版の後で第一期メインメンバーが壊滅したというわけではない。

*19 本放送時にTwitter上で公式アカウントが「時雨の最期の戦い」と言っていた事から、本放送時点では敗北エンドという扱いだった模様。

*20 初期は一応「アメリカが主役、敵は日本」を模索していたようだが、スタジオの日本引っ越し以降はそのあたりは曖昧になってきている

*21 =「ユダヤ人は現にイスラエルによる非人道的なパレスチナ迫害を行っている。真の劣等民族はアーリアではなく、ほっといてもこのような行為に走るユダヤだったのではないか?」。ただし実際にはイスラエル内の国家公的機関ですらネタニエフ大統領の正当性を明確に否定していたり、国際法規に抵触するための有罪判断を出していたりする

*22 一例に宝島社の『さらば!怪獣VOW』では最終回で死んだ特撮ヒーローの枠に入れられている。

*23 ちなみに実はこの後「小学五年生」1973年3月号でドラえもんのが「小学六年生は君(注:のび太)にとって大切な時だから」と再会する展開が描かれており、これで「小学六年生」の連載開始につながっている。

*24 上記2作のような雑誌連載の終了回では無く、作品自体も「帰ってきたドラえもん」に繋がっているため、厳密には最終回では無い。しかしその完成度の高さから、ある種の「最終回」とみなされている

*25 グッドエンドフラグを全部立てておくと、原作終盤にあった牧村家が襲われ皆殺しになる場面で牧村家防衛戦が発生、これクリアでラスボス戦後にグッドエンドを迎えられる。

*26 アニメ版は「偶発的にマスクが破れてしまったことから、敢えてマスクを取って素顔の伊達健太に戻り、そのうえで「虎の穴で育った者が虎の穴を壊滅させる」という即興的な筋書きの試合としてスリーカウントを鳴らさせるべく…それまでの刺客レスラーがそうであったように…過激な反則を連発。試合は健太が勝ったが、馬場・猪木の制止すら無視したことの責任もあり、健太は日本を去ってしまう」という流れ。一方で三沢タイガーは「試合中に突如タイガーマスクとしての引退宣言を行う」という展開こそ似ているが、こちらはタッグマッチ中にパートナーの川田利明に(この場で素顔に戻るので)紐をほどいてくれと指示、そのまま川田がほどいてしまったことで三沢光晴になり、「三沢の姿、タイガーのファイトスタイル」で試合を決着させた。結果、彼は素顔の三沢光晴としてスターへの階段を駆け上がることになるのだが、タイガーマスクとしては引退したのから19年後、受け身のミスによる試合中の事故死により急逝。まだ46歳であった…。

*27 明言はされていないが、天獅子先生は「内面的な障害を持っているが、(時代背景から)無理やり一般の職場で働いている」として描写している可能性が高い。

*28 傀が友情を感じているわけではないようだが、卓の外についてもある程度動向を気にされていると思われるレギュラー~準レギュラーキャラは見られる。

*29 「禁止の卓なのにイカサマ行為を行った」・「対局の外で明確かつわざと無礼を働いた」・「そもそも死傷する可能性が高いシチュでの対局なのでそういう問題じゃない」など。イカサマについては元々okの卓ではちゃんと問題なしとしており、「イカサマ合戦による手品ショー」という趣旨の対局に参加した際には不正無しで打っても勝てたにもかかわらずノリノリですり替え行為を行っている

*30 自分のことをよく知らなかったので驕った、くらいなら傀は無礼とは見なさないようにしている様子。まぁそれへの仕返しもあるからの「御無礼 ツモです」なのかもしれないが…

*31 特定出版社の作品が元ネタの回が先行して配信停止になる、一部の元ネタ作品の作者が明確にアウトだと判断した旨に言及するなど。一応すべてではなく、『スプリガン』は明確に事後公認が出ているし、『CITY HUNTER』『北斗の拳』は公式なスピンオフ作品の執筆を受けることで手打ちになった可能性がある

*32 こういう形での作品も含めると「ガルマを殺したことで夜にうなされるシャア」などのネタが存在する