登録日:2025/09/20 Sat 17:39:00
更新日:2025/09/27 Sat 21:34:20
寿命:約 9 分
【概要】
死神と出会った貧しい男が人間の寿命を見極め病魔を除く能力を授かり、やがて腕利きの医者として名を馳せるが…。
幕末から明治にかけて活躍した「近代落語の祖」と言われる初代三遊亭園朝が、ヨーロッパで言い伝えられている死神譚を翻訳・アレンジして創作した演目とされている。
一説によるとグリム童話『死神の名付け親』またはリッチ兄弟が作曲した歌劇『Crispino e la comare』が原作であると言われている。
病気の原因と結託してマッチポンプする南ヨーロッパの話とは多分関係ない
演者によるサゲ(オチ)のバリエーションが非常に多く、またその特徴的なサゲから独特の余韻を与える作品としても知られている。
死神ということで、しょっちゅう某永世名誉司会がネタにされている。
【あらすじ】
何をやってもうまくいかない男がいた。
この日も稼ぎが少ないせいで女房には散々いびられ、すっかり生きるのが嫌になった男は
自殺を決意する。
どう死のうか考えていた男の前に瘦せこけた老人が現れた。老人は「死神」と名乗る。
その死神は、男とは先代から浅からぬ因縁があると言って親密に接し、手助けをしてやると話を持ち掛けた。
死神が言うには、人にはそれぞれ寿命が定められており、その運命に抗うことはできない。まだ寿命の長い男は自殺しようにも必ず失敗するとの事。
そして死神は男に「医者になれ」と助言する。
男には医者の心得など全くなかったが、病気を治すのは至って簡単だった。
男の目には他の死神も見えるようになっていたのだ。
もし病人の枕元に死神がいたら、たとえ軽症であってもいずれ死ぬ運命にある。
だが、足元に死神がいる場合はどんなに重篤でも助かる見込みがあるのだという。
足元に死神がいたらこう呪文を唱え、柏手を2回打てばよい。
呪文を唱えられた死神は直ちに帰らなければならない、と死神は説明する。
男が半信半疑で呪文を唱えてみると、死神はいつの間にか消え去ってしまった。
帰宅した男は、かまぼこの板で拵えた医者の看板を掲げる。
すると早速、日本橋の大店の番頭が「重病の主人を診てほしい」と依頼する。どの名医に診せても匙を投げられてしまい、藁にもすがる気持ちで男の元を訪ねたのだ。
男が店を訪れると、布団の上でウンウン唸っている店主の足元に死神がいた。しめた、これなら助けられる。
男が呪文を唱えてみせると死神は消え、主人は先ほどまでの病が嘘のように元気に起き上がるのだった。
大病を一瞬で治してしまう「名医」の評判は町中に広がり、男は多くの病人を救うことで財を成す。
瞬く間に大金持ちとなった男はしばし贅沢の限りを尽くす。
しかし、いいことは長く続かなかった。
そのうちに男が訪れる先には、枕元に死神がいる患者ばかりが相次いでしまう。これでは手の施しようがなく見殺しにせざるを得ない。
たちまち評判を落とした男は、財産が尽きて再び貧乏暮らしへ逆戻りに。
そんな中、大きな商家から診療依頼がかかる。病床に横たわる主人を見ればまたもや枕元に死神が。
諦めるよう諭す男だが、店の者は「ほんのひと月でも延命できたら多額の報酬を出す」と食い下がる。
男は考えあぐねた末に一計を案じ、店にいる男手を集めさせた。
夜が明けた頃、死神が居眠りし始めた隙を見計らい、すかさず男は男手に合図を送り、主人の布団を素早く半回転させる。
主人の頭と足の位置が逆転することで、枕元にいたはずの死神が足元に。その瞬間、男は例の呪文を唱えた。
これに驚いたのは死神。悲鳴を上げる間もなく消滅するのだった。
魘されていた主人はすっかり元気に。大金の約束も果たされ、男は気分よく屋敷を後にするのだった。
帰り道、男はあの枕元にいた死神と出くわした。寿命の尽きる人間と枕元の死神には決して手を出してはならない掟を破った件について、減給処分を受けた死神は問い詰める。
言い訳をする男だったが死神は聞く耳を持たず、彼をある洞窟へ連れて行く。
洞窟の中には火が灯る無数の蝋燭が並んでいた。これら1つ1つは人の寿命なのだと死神は言う。
男の蝋燭はというと、今にも消えそうなほど短くなっていた。
あの時、大金に目が眩んで強引に死神を追い払った弾みで、余命幾許もなかった主人の寿命と長生きするはずだった自分の寿命が入れ替わってしまったのである。
男は泣きながらしーさん死神に助けるよう懇願する。
「一度取り替えたものは二度と元に戻らない」と最初は拒む死神だったが、あまりにも必死に命乞いする男に呆れ、新しい蝋燭を与えた。
この蝋燭に現在の蝋燭の火を継ぐことができれば男の命は助かる。だが、継ぐ前に火が消えれば…。
もはや他に打つ手はない。覚悟を決めた男は新しい蝋燭に火を点けようとするが、恐怖と焦燥が募るあまりうまくいかない。
早くしないと消えるよ……消えると死ぬよ……ほらどうした……手が震えてるじゃねえか……
急き立てる死神を後目に男は奮闘するが…。
【サゲ】
本作はいわゆる「しぐさオチ」(言葉ではなく演者の動作でオチが生じるもの)の一つで、蝋燭の火が消え絶命した主人公を表現するために「高座で倒れる」という仕草をもって締めくくられる。
だが、「死神」は古典落語の中でも非常に多くのサゲが演者によって作られている。
落語の演目に各演者のアレンジが加わることは至って珍しくもないが、サゲ自体に多彩なバリエーションが存在する噺としては極めて異例の作品とも言える。
新しい蝋燭へ火を点けるのに成功し、無事生き延びるハッピーエンドのパターン。
基本的にミスリードを誘うために演者が倒れて死んだと見せかけてから再び起き上がり成功したことが判明する。
元が「主人公の死」という暗いサゲであることから、正月の寄席などでは縁起を担いでこのサゲが採用されるケースが多い。
三遊亭圓遊による「死神」のアレンジ作『誉れの幇間』もこの一種である。
この他、単なる
夢オチや、成功するが死神が間もなく訪れる男の死を仄めかすなどハッピーエンドではないオチも存在する。
蝋燭への着火には成功したものの、その後偶然風が吹いてきたり、腹に据えかねていた死神が意地悪をしてわざと息を吹きかける等の何らかの原因で火が消え、あっさり死んでしまうというパターン。
主に男の愚鈍さや死神の狡猾さに関連した描写が多い。
五代目金原亭馬好が考案し十代目柳家小三治が有償で譲り受けたサゲもこの一種で、これには事前に男が風邪を引くという伏線が張られる。
馬面五代目三遊亭圓楽は、高座の前方に倒れた後、自身の体の上に緞帳(幕)が降りてきてしまい、ちょうど首だけ客席側にはみ出た状態になってしまうハプニングに見舞われ、この時の圓楽は
「じゃあ、バイバイ」と言ってオチを付けていた。
これは、その日の前座や舞台装置係を担っていた
伊集院光が、客席に近い位置に座布団を置いてしまったことが原因とされる。
また、「消える」の台詞と同時に高座の照明を落とすことで表現するパターンもある。
【後世の創作にて】
有名な古典落語の一作であることから、過去に何度かアニメ・実写などで映像化されている。
また、モチーフや要素として取り入れられている作品も。
- 漫画『ドラえもん』では、本作に登場する呪文を引用したネタが見られる。
原作者・藤子・F・不二雄先生は大の落語好きとしても知られており、ドラえもんをはじめとする先生の作品には、「死神」の他、様々な古典落語の演目から着想を得たと見られるネタが多く存在する。- 『時限バカ弾』では、のび太への説教中にひみつ道具の影響でバカな言動を取るようになってしまったのび太のママが「アジャラカモクレン」と叫ぶシーンがある。
- 『魔法事典』では、のび太が好きなテレビ番組「魔女っ子ノブちゃん」の主人公が使う悪者を懲らしめる呪文として「テケレッツノパー」が登場する。
- テレビドラマ『世にも奇妙な物語』第2シリーズでは、この噺を原作にした『死神』が放映された。
主演はそのまんま東(東国原英夫)。舞台は現代、主人公は既婚ではなく婚約者がいるなど設定やストーリーは大幅にアレンジされている。
- 米津玄師は、この噺を基にした楽曲『死神』を2021年6月16日にリリースした。
MVの撮影は新宿末廣亭で行われ、落語の高座がシチュエーションとなっている。
【余談】
- 実はサゲの部分のセリフは当初、初代三遊亭圓朝が演じた際は「あぁ…消えた……」であり、現在進行形ではなく過去形だった。
- 「消える」に変えたのは上述の五代目三遊亭圓楽の師匠、六代目三遊亭圓生だと言われている。火が消えた瞬間に死ぬのなら「消えた」なんて言えないだろうという理由らしい。
- 一方で演者によっては、男の代わりに死神に「消えた」と言わせるパターンもある。
アジャラカモクレン、ツイキヨロシク、テケレッツのパー \パン!パン!/
- NHKのえほん寄席で子どもの頃に知ったな。絵はあの水木しげる先生。死神はもちろんいつもの姿していたし、目玉おやじも映ってた。 -- 名無しさん (2025-09-20 20:15:24)
- ある怪談番組だと火を付けるのに成功したけど、喜んだ直後に死神に吹き消されてたなぁ -- 名無しさん (2025-09-20 20:24:00)
- 死神という落語の存在は知ってたけどドラえもんのアジャラカモクレンってこれが元ネタだったのは初めて知ったわ -- 名無しさん (2025-09-20 23:19:17)
- 情けをかけたのに手酷い裏切りをされたのだから死神がブチ切れるのも分かる -- 名無しさん (2025-09-20 23:37:57)
- この噺を結末知らずに聞けたのは幸運だった -- 名無しさん (2025-09-21 00:01:03)
- 掟を破ったことで死神が受けた罰が「二軍落ち」(おそらく野球ネタ)のバージョンもあったな -- 名無しさん (2025-09-21 01:49:50)
- 気のせいかもしれませんが、なんか内容がほぼwikipediaと被っている気がします まあどうしても仕方ない部分はあると思いますが... -- 名無しさん (2025-09-21 02:09:40)
- 昭和心中では最後に使われたな -- 名無しさん (2025-09-21 09:53:26)
- 文字の説明だけだとあんまり笑える話じゃないよね -- 名無しさん (2025-09-21 09:59:01)
- 無事に蝋燭を継ぎ足して、ほっとついた一息で火が消えるパターンもある -- 名無しさん (2025-09-21 10:05:46)
- 「病人を半回転ひっくり返して枕元と足元を入れ替える」というトンチがグリム童話そのまんまなんだけど、落語的にユーモラスに演出されてるのが面白いんだよね -- 名無しさん (2025-09-21 10:08:50)
- 子供の頃、先にDVDのアニメグリム童話で見てしまった…そっちでは枕元と足元を入れ替えたのは王様の子供(王子か王女)で、助かりませんなんて正直に言おうものならむしろ先に自分の首が物理的に飛びかねない状況だったのでまだ同情の余地はあった。 -- 名無しさん (2025-09-21 10:15:33)
- ↑続き でもよく考えたら主人公の寿命はまだあるんだから勇気を出して正直に言うこともできたのか… -- 名無しさん (2025-09-21 10:16:51)
- 初めて知ったのが昭和元禄落語心中の八雲師匠がやってた時なんだよな。 -- 名無しさん (2025-09-21 14:36:47)
- 元ネタのグリム童話の「死神の名付け親」は別バージョンもあるんだけど、死神の再三の警告を無視して三回目のごまかしを行った所でなぜか話が突然終了。訳者注釈で「ここでこの話はおしまいになっています。この後なんとか死神を騙くらかして幸せに暮らすらしいのですが詳しいことは分かりません」と書かれている不可解な打ち切りendだった -- 名無しさん (2025-09-21 16:33:29)
- 志の輔は「おい、こんな明るいところで蝋燭をつけるのは勿体ねえだろう」「それもそうだなフッ」ってサゲだったな -- 名無しさん (2025-09-21 16:36:18)
- あかね噺の志ぐま師匠の死神も圧巻でしたね -- 名無しさん (2025-09-21 18:59:49)
- グリム童話に収録されたものがもっとも有名、というだけで類話はヨーロッパを中心にあちこちにある -- 名無しさん (2025-09-22 08:59:42)
- グラブルのアレンジは良かった。バハムートが白眉 -- 名無しさん (2025-09-22 09:21:02)
- すべらない話で伊集院光が座布団の位置を普段より前に置いたせいで圓楽師匠が最後倒れたあと幕下ろしたら首だけ壇上から飛び出てたって話好き -- 名無しさん (2025-09-24 18:09:30)
- 笑点のお題で出たときの好楽師匠の答え「テケレッツのパー! ……消えねえわけだ、こいつ貧乏神だ」は笑った -- 名無しさん (2025-09-25 03:11:25)
最終更新:2025年09月27日 21:34