あるーしんこう
グラ・バルカス帝国による
ムー国への本格侵攻に伴い、国境の街
アルーとその近辺で発生した戦闘。また、周辺を偵察中の航空
自衛隊機とグラ・バルカス軍機の間に偶発的に起こった戦闘の事もここでは述べる。
中央暦1643年6月2日、
ヒノマワリ王国領内に築かれた
バルクルス基地より、グラ・バルカス帝国陸軍が侵攻を開始。遠距離から
アルー市街への砲撃を行いつつ、軍団麾下の第4機甲師団の戦車隊がムー陸軍
アルー防衛隊の塹壕陣地を突破する。
この間に
アルー防衛隊は防衛戦闘を展開するも、数で大幅に劣る上にムー陸軍にとって初めての戦車との戦闘に苦戦。1台の
ハウンド中戦車をムー陸軍砲兵の
105mmイレール砲が撃破する戦果を上げたが、
アルー防衛隊がグラ・バルカス側に与えた損害は実質的にこれだけに留まった。
ムー空軍
ドーソン基地からは戦闘機
マリン72機が出撃してエアカバーにあたったが、
グラ・バルカス帝国陸軍航空隊第9航空団により殲滅され、
ドーソン基地自体も格納庫や対空砲を第9航空団に爆撃され無力化。後に第8軍団第20歩兵連隊によって占領される。
この間に
ドーソン基地側が第9航空団に与えた損害は、1機の
アンタレス型戦闘機を対空砲火で損傷させただけだった。
制空権を喪失した
アルー防衛隊は上空からの爆撃も受けるようになり、砲兵隊の抵抗を最後に全滅。
アルー住民も砲撃と爆撃で6,000人が死亡した。
第8軍団は
アルー中央の市庁舎など各所に自国旗を掲げ、
アルーを占領。第9航空団は
アルー周辺に増援や討ち漏らしがいないか、アンタレス型戦闘機による哨戒飛行を行わせた。
一方、戦闘から数時間後、
バルクルス基地への偵察作戦中だった
航空自衛隊の
RF-4E偵察機が、ジャミングを行いつつ2機の
F-2戦闘機を護衛に連れて
ドーソン付近を飛行していたが、ちょうど哨戒飛行中のグラ・バルカス軍機と遭遇。
アルー周辺を哨戒中の第9航空団第2飛行隊
リースク小隊のアンタレス4機だったが、
リースク小隊所属の
アルベーシ少尉機が
民間人を故意に銃撃。
これに気が付いた
F-2パイロットの
神藤一貴が、「民間人の護衛」のために
AAM-5を用いて4機全機を撃墜。一連の戦闘はジャミング環境下での出来事だったため、グラ・バルカス側は4機が自衛隊機に撃墜された事に気付けず、大規模な磁気嵐に巻き込まれて墜落したと判断した。
アルーを占領した第8軍団は、
アルー防衛隊の捕虜の大半を処刑。
さらに軍団長
ガオグゲルが本来禁止されている占領民への暴行や略奪を(内密ではあるが)認めたため、占領後に略奪、暴行、私刑が横行し、1ヵ月に500人の割合で住民が死亡することになる。
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最終更新:2024年09月25日 23:19