赤毛組合(小説)

登録日:2021/05/30 Sun 12:33:59
更新日:2025/05/16 Fri 05:55:46
所要時間:約 6 分で読めます






The strangest and most unique things are very often connected not with the larger but with the smaller crimes

奇妙奇天烈で独特きわまる物事は、大概大きな犯罪ではなく小さな犯罪に繋がっているものだ。



─── A.Conan Doyle「The Red-Headed League」より引用




『赤毛組合/The Red-Headed League』は、アーサー・コナン・ドイルの短編小説でシャーロック・ホームズが解決した事件の一つ。
『ストランド・マガジン』1891年8月号掲載。単行本では『シャーロック・ホームズの冒険』の2話目として収録されている。ドイル自身も気に入っていたらしく、自選では第2位に置いている。
名探偵コナン』の『ホームズ・フリーク殺人事件』でも、登場人物が好きな作品として『緋色の研究』『四つの署名』そして誰もいなくなったと並んで本作を挙げている。
日本語訳では複数のタイトル案があり、上記の『赤毛組合』の他に『赤毛連盟』『赤髪組合』『赤毛クラブ』といった訳が用いられることもある*1が、本項目ではWikipediaに倣い『赤毛組合』と記載する。

いわゆるミスディレクショントリックのパイオニア的作品。本作発表後に同様のトリックを用いた作品が多数発表されるようになったことから、俗に「赤毛トリック」という呼び名も生まれたほど。
例えば『名探偵コナン』のアニメオリジナルエピソードである『商売繁盛のヒミツ』は、そのまま本作のオマージュエピソードとなっている。

なお、本作を読むにあたり当時の世相を理解しておくとより楽しめるだろう。
実は当時のイギリスでは「赤毛の人物は粗野で乱暴な性格だ」などという俗説が流布しており、そうした外見的特徴を持つ人々に対して差別的な風潮があったのだ。
今作において「赤毛の人間は苦労しているだろうから……」という言葉が出てくるのはこれに由来しており、このためウィルソンは赤毛組合の存在を疑わなかった、というわけである。


【あらすじ】


ある日、ワトソンがホームズの元を訪れると、すでに先客が来ていた。帰ろうとするワトソンだがホームズに呼び止められ「興味深い話があるので一緒に聞いてほしい」と言われる。
ホームズのもとに相談にやって来たウィルソンによると、ある日使用人のスポールディングから「赤毛組合」なる組織の組合員募集の新聞広告を見せられ、彼の後押しを受けて応募した。
そして見事組合員として採用されたウィルソンは、毎朝10時から2時まで事務所で簡単な仕事をするだけで週4ポンド*2を得られるようになったという。

こうして2か月の間仕事をこなし続け、百科事典のAの項目がほぼ終わるくらいまで書き写したウィルソンだったが、今朝事務所に行くと「赤毛組合は解散した」という紙が貼られていた。
しかも、事務所のあった建物の住人はみな「赤毛組合など知らない」と言ったらしい。

果たして、この奇妙な組織は一体何だったのか……?



【登場人物】


シャーロック・ホームズ
ご存知名探偵。
ウィルソンの奇妙な話に興味を惹かれ、事件に首を突っ込む。
彼の店の前で敷石を杖で打ったり、通りの並びに注目していたりするようだが……?

・ジョン・H・ワトソン
ご存知ホームズの相棒。
本作はかつて彼とルームシェアをしていたベイカー街221Bの部屋を出ていた時期の話であるため、ワトソンがホームズの元を訪ねる場面から始まる。なお、作中の記述から自宅をケンジントンに構えていることが判る。
奇妙な事件についてはわからず仕舞いだが、ホームズから「夜10時に軍用拳銃を持って付き合ってほしい」と言われ、彼が全てを見抜いていることを察する。

・ジャベス・ウィルソン
今回のホームズの依頼人。訳によってはジェイベス・ウィルスンとも。
ワトソンの見立てでは、燃えるような赤毛を持つこと以外はごく平凡な英国商人。
昔は船大工をしており現在は質屋を営んでいるが、あまり儲かっていない。
また出不精で世情にも疎く、赤毛組合の話についてもスポールディングから聞いて初めて知ったらしい。

・ビンセント・スポールディング
ウィルソンの使用人である若い男。
「勉強のためだから」と、自ら通常の半分の手当てを提示して雇われた奇特、というか奇妙な人物。
雇い主からの評価は高く「他に行けば倍の給与を受け取れるだろう」と言われている。欠点と言えば「あちこちで写真を撮影しては地下で現像を行っていることくらい」らしいが……。

・ダンカン・ロス
赤毛組合の組合員。ウィルソン同様に燃えるような赤毛の男。
組合員募集にあたり面接官を務め、他の応募者には何がしか理由を付けては失格にしていたが、ウィルソンにだけは驚くほど好意的だった。
しかしその後、組合解散と同時に姿を眩ましてしまう。

・ピーター・ジョーンズ
スコットランドヤードの警部。何度かホームズやワトソンと同道したことがあるらしい。
ホームズからは「ブルドッグのように勇敢でロブスターのように一度挟んだら離さない」としてある程度の信頼を得ている。

・メリーウェザー
ホームズにジョーンズと共に呼び出された、背の高い痩せた男。
なぜか暗い顔をしているがそのわけは……?



【用語】


・赤毛組合
アメリカ人の億万長者エゼキア・ホプキンスが設立したという、文字通り赤毛の人間限定の組合。
資格は「ロンドン在住の文字通り燃えるような赤毛の人間」に限定され、少しでも色が薄ければそれだけで失格らしい。ロンドン在住の人間に限定されるのは、設立者が若い時にここで仕事を始めた恩返しだという。
その勤務時間と仕事内容は、10時から2時まで事務所でブリタニカ大百科事典を書き写すだけ。それでいて報酬は週給4ポンドという破格の待遇。自分もやりたい、と羨ましくなった人は少なくないかも。
ただし、事務所から一歩でも出れば即座に資格を失うという不可解な条件がある。


・ザクセン・コーブルクスクエア
ウィルソンが店を構える通り。様々な店が並んでおり、タバコ屋、新聞屋、銀行支店、レストラン、馬車製造業者の倉庫などがある。
角を曲がるとシティ*3を北西に横切る大通りが広がっている。
なおこれは架空の地名だが、作中では「アルダースゲート駅(現バービガン駅)から少し歩いた場所」と設定されている。恐らく由来は、発表当時の大英帝国君主たるヴィクトリア女王の亡夫アルバート公の生家「ザクセン=コーブルク=ゴータ公国」から。



【真相】

+ ホームズの推理と真相(ネタバレのため未読者要注意)
・ジョン・クレイ
本作の犯人で、ビンセント・スポールディングの本名
実はイギリスを代表する名門・オックスフォード大学卒、しかも祖父は王族(公爵という、頭脳明晰な上高貴な血を引くハイスペ青年。
にもかかわらず、何らかの理由でまだ若いながら既に殺人・窃盗・贋金作り・文書偽造など多数の罪を犯してきた悪党としてジョーンズに追われていた。

今回の目的は、ザクセン・コーブルクスクエアにある銀行支店に運び込まれたフランス金貨を盗むこと。
ダンカン・ロスと名乗る共犯者アーチーと共に計画を練り、ウィルソンの家の地下からトンネルを掘ろうと思い立つ。
写真が趣味というのもウソで、現像を口実に地下にこもってトンネル掘削作業をしているのをごまかすためだった。*4
しかし、雇い主が出不精だったため偽の組合を仕立て上げ、一日数時間誘き出しその隙に作業をしていたのだった。
なお大金を得られるため、ウィルソンに払う金は負担ではなかった。

ホームズは「スポールディングは、半分の賃金で雇ってもらいたいと申し出ることで絶対に雇われるように仕向けた」と考えた。また、彼が地下に籠ると聞いて、トンネルを掘っていることに気が付く。
更にウィルソンの店でスポールディングと会った時、その膝に土が付いていることで確信し、杖を突いた音でトンネルの方向と目的の建物を見定めた。
そして赤毛組合が解散したということは、彼らとしては既に準備が完了しており、実行に移るのは時間の問題と見たのだ。
後はジョーンズ達に話をして銀行の地下金庫で待ち伏せし、クレイはその場で逮捕。
アーチーはその場からは逃げたが、ジョーンズは抜かりなく逃げ道にも警察官を配備していたため御用となった。

ジョーンズがクレイに手錠を掛けようとすると、彼は「汚い手で触るな」と自分の血筋に敬意を払うよう命じた。
そのためジョーンズが「殿下を警察署までご案内申し上げます」と皮肉たっぷりに返したところ、クレイは「よろしい」と応じると優雅な仕草で礼をして連行されて行き、事件は解決したのだった。

・メリーウェザー
被害に遭った銀行支店の頭取。
資産強化のためにフランス金貨を借り入れたが結局使う機会は無く、地下金庫に貯蓄していた。
このことについては危険だと取締役会でも指摘されていたが、ホームズの推理によってこと無きを得た。

・ジャベス・ウィルソン
銀行支店の近くに店があったために犯罪に使われてしまった。
しかし彼自身は32ポンドの報酬を得たため、特に損はしておらず、使用人を失った事と店の地下に銀行支店に繋がる大穴が開いてしまった*5事以外に被害らしい被害は受けていない。



【疑問点】

本作に限らずホームズ作品の多くに言えることだが、作者は細かい考証よりもアイディアと物語としての面白さを重視している節があり、そのため後世の読者からは様々な疑問が提唱されている。
以下はその一例である。

+ ネタバレに付き注意
  • 「フリート街に赤毛の男が大量に集まる」などという珍事が、どうして新聞のニュースにならず、ホームズも募集広告に気付きもしなかったのか。そんな出来事が本当にあったのか。
  • いくら近い距離とはいえ、肉体労働に向いているとも思えない犯人達が2人だけでトンネルを掘れるのか。
  • 掘り出した土はどう処分したのか。
  • 子供の土いじりではあるまいし、トンネルなどという大仕掛けなものを掘るのに、土が膝に付着する程度で済むか。顔も全身も泥だらけになるのが当然だ。もし着替えていたのなら、なぜ膝にだけ土が付着しているのか。
  • 大掛かりな補強工事もしないのに(そんな余裕があったはずがない)路面の陥没も何も無かったのだから、トンネルはかなり深かったはずだ。ステッキで路面を叩いた程度で判るのか。
  • 依頼人は、作業の行われていた期間中ずっと店の地下に入らなかったのは暗室になっていたためだったとしても、土の匂いにも気付かなかったのか。*6
  • 依頼人の家には、他にも料理などをする下働きの少女がいたはずだが、作業の様子にずっと気付かなかったというのは無理が無いか。彼女も共犯なのではないか。
  • 首尾よく盗み出せたとしても、重たい金塊を2人だけでどこへどうやって夜のうちに運び出すつもりだったのか。


【余談】

本作は、次に発表された『花婿失踪事件』の話題が出てくるため、同事件の後日談であることが判る。
後の調査では『花婿失踪事件』の次に書かれたことが判明しており、つまりは発表時に順番が入れ替わっていたらしい。
こうなった理由は、ドイルが2作の原稿を同時に編集部に送ったためで、編集部が取り違えたと考えられている。
尤も、『花婿失踪事件』のネタバレは無いのである意味次回予告になったとも言える。
ちなみにホームズ作品には、作中で話題に出されてから11年後に*7本当に発表されたエピソードとして『第二の汚点』があるが、それまでに断片的に語られた内容と実際の内容が食い違うので『第二の汚点』事件は2つ存在するのではと推測する声も。
また、ホームズ作品には本作と同様に依頼人が偽の組織に高給で雇われ、犯人の最終目的もほぼ同じである『株式仲買店員』という作品がある。
『赤毛組合』と同じ展開になるのを避けるためか、こっちは犯人の偽装が雑で、依頼人に偽装を見抜かれ、ホームズは何もしていないのに犯人達は自滅するという真逆の展開になっている



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最終更新:2025年05月16日 05:55

*1 ちなみに「League」は「同盟」や「連盟」と訳され、「組合」は「Union」とする場合が多い。

*2 現在の貨幣価値で約20万円。

*3 ロンドン中心部の区画のこと。

*4 当時の写真の現像は、現像中に感光させると写真が台無しになってしまうので暗室で行う必要がある。そのため、ウィルソンは彼が地下にいる間扉を開けることもできない。

*5 特に何も言われてないのでこの穴がどうなったかは不明だが、多分銀行側で補填したと思われる。

*6 現像するための薬品の匂いで部屋の中はごまかすにしても、体にこびりついていたと思われる土の匂いはそうそう落ちないと思われる。

*7 その間に『最後の事件』で一旦シリーズが終了していた。