南方十三家が一つ。ロベルト伯爵、デューラン宮中伯(名誉称号)、デューラン市最高監督官(名誉称号)。
その歴史から、ゼルトマルク公と並ぶ名門に数えられる。
その歴史から、ゼルトマルク公と並ぶ名門に数えられる。
祖はデューラーン共和政における代々のロベルト氏族長であり、氏族名をそのままにディ・ロベルトを姓とした。
氏族長たるディ・ロベルト家は「氏族をまとめる立場」として、比較的高待遇の奴隷とされてエルニア帝国の官僚制度に取り込まれた。
その後、エルニア帝国の拡大過程においては天空人の寿命から高級官僚への到達こそ叶わなかったものの、非エルフ官僚一族として一定の存在感を発揮し続けた。
氏族長たるディ・ロベルト家は「氏族をまとめる立場」として、比較的高待遇の奴隷とされてエルニア帝国の官僚制度に取り込まれた。
その後、エルニア帝国の拡大過程においては天空人の寿命から高級官僚への到達こそ叶わなかったものの、非エルフ官僚一族として一定の存在感を発揮し続けた。
エルニア帝国崩壊時において、ロベルト氏族は本家筋のカルメン・ディ・ロベルトがアルカナ団に与した。
他の一族もアルカナ団に加担せずにいた者やアルカナ団に与した者に分かれた。
特に本家家長を名乗ったイタロ・ディ・ロベルト(カルメンの従弟)がエルニア帝国の官僚ながら内通していたことは史書に記録されている。
他の一族もアルカナ団に加担せずにいた者やアルカナ団に与した者に分かれた。
特に本家家長を名乗ったイタロ・ディ・ロベルト(カルメンの従弟)がエルニア帝国の官僚ながら内通していたことは史書に記録されている。
エルニア帝国崩壊後は官僚を求めたイルニクス神帝と一族を残したいカルメンの思惑が合致、カルメンとイタロの功績を以てそれぞれデューラン宮中伯とロベルト伯爵を叙爵、カルメン死後はロベルト伯爵家がデューラン宮中伯も名乗るようになった。
現在のディ・ロベルト家は神聖イルニクス帝国本土のロベルト伯爵領、デューラン宮中伯として与えられた帝都の屋敷、その他幾つかの分家が領地を持つ家門として立脚している。
また、花達の革命以前はデューラン市にも邸宅を保有していたがそちらは革命時に接収されている。
また、花達の革命以前はデューラン市にも邸宅を保有していたがそちらは革命時に接収されている。