テネブル=イルニアス軍団国四天王アリュマージュとの戦闘から一週間後、シルフィーヌ二世とその一行はようやくインブロジア森林帯を抜けることに成功し共和国同盟の領土に足を踏み入れることとなった。アリュマージュ若しくはテネブル=イルニアス軍団国の追手に見つからないよう慎重に移動し続けた結果、想定より時間がかかってしまったとウッドエルフのオーフィアは振り返る。しかし、再び敵との戦闘で時間を取られるよりはましであった。次は自分たちが森に殺されかねない、そんな恐怖がオーフィアをはじめとしたウッドエルフ達の共通した心情だった。ここまでくればテネブル=イルニアス軍団国といえどもうかつに手を出すことはできない、ひとまず安全地帯に辿り着いたと一行は考えていた。トルーヴ姉弟とヨルクを除いて。
インブロジア森林帯を抜けた直後、レプタウルフの群れが襲ってきたのだ。予想だにしていない事態に近衛騎士団の者達は反応できなかった。一方、シグルとエイダ、そしてヨルクはすぐさま獲物を構え駆け出し、あっという間に群れを仕留めてしまった。余りに素早く、淀みなく、シグルとエイダは負傷していたことを忘れそうになるほど淀みない動きを見せていた。
インブロジア森林帯を抜けた直後、レプタウルフの群れが襲ってきたのだ。予想だにしていない事態に近衛騎士団の者達は反応できなかった。一方、シグルとエイダ、そしてヨルクはすぐさま獲物を構え駆け出し、あっという間に群れを仕留めてしまった。余りに素早く、淀みなく、シグルとエイダは負傷していたことを忘れそうになるほど淀みない動きを見せていた。
「やはり、魔物というのはこの瞬間を狙ってくるものだね」
分かり切っていたと言わんばかりにヨルクは呟く。インブロジア森林帯は生育する木々には死の危機を感じ取ればすぐさま襲い掛かってくる習性がある。それは魔物や野生生物も例外ではない。魔物との戦闘によって自らが伐採若しくは野焼きといった死の危機と判断された場合、直ちに森の報復を受けることとなる。冒険者をはじめとした森を通過する者達にとって報復され命を落とす魔物や野生生物の存在など日常茶飯事といっても過言ではない。とは言え全てが森に殺し尽くされるということはなく、報復から逃げ延びた個体が学習しやがて群れを率いるようになれば森の出口から出てきた獲物を狙う習性を持つようになる。それによって命を落とす者達も多いのだ。故にインブロジア森林帯から抜けた後にこそ気を配れとの教えを共和国同盟出身の冒険者達は新人に教えることが多い。それが生き延びるか死ぬか、冒険者を二つに分ける分水嶺でもあった。
それをエイダは得意げに近衛騎士団のエルフ達に語っていた。彼らも先の襲撃に反応できなかったことを恥じているのか食い気味に聞き込んでいた。なぜかそれを知る必要性のないシルフィーヌまでも聞いていたが些細なことであった。
一方、シグルとヨルクは空を見上げては頭を悩ませている。太陽が傾きつつあることからもうじき日が暮れる。しかし先ほどの魔物の襲撃からこの場で野営をするのは危険だと考えていた。かといって今から野営できる場所を探そうにもそうしているうちに日が完全に暮れてしまう。どうすべきかと考えていたところだった。
一方、シグルとヨルクは空を見上げては頭を悩ませている。太陽が傾きつつあることからもうじき日が暮れる。しかし先ほどの魔物の襲撃からこの場で野営をするのは危険だと考えていた。かといって今から野営できる場所を探そうにもそうしているうちに日が完全に暮れてしまう。どうすべきかと考えていたところだった。
「泊れる場所あるかも」
突如エイダが周囲を見回したかと思うとそう言いだしたのだ。周囲が怪訝な顔を浮かべる中、シグルがエイダに追従するようにあ、と声を上げる。
「でもあの場所で泊まれるのか? もう何もないんじゃ…」
「ここらで野営するよりマシでしょ? 他に選択肢なんてないし今は寝床確保が優先!」
「ここらで野営するよりマシでしょ? 他に選択肢なんてないし今は寝床確保が優先!」
そう言って一人前進し森の中に突っ込んでいくエイダに一行は着いていく。生い茂る木々を掻い潜りながら進んでいくと途端に森が切り開かれたような光景が目の前に広がる。
「着いた…」
そこはエイダとシグルの故郷、レプテ村。彼女たちの目の前には燃えつき風化した廃屋と草木が一本も生えていない、ところどころに焦げ付いた跡が残る土地が広がっていた。近衛騎士団とウッドエルフ達、ヨルクが野営地の設営に移る中、エイダとシグルはかつての故郷の様子を見て物思いに耽っているようであった。そんな二人にシルフィーヌが声を掛けようとしたところで背後から何者かに奇襲を受け、拘束、喉元にナイフを突きつけられる。シルフィーヌの悲鳴に周囲の者たちが一斉にそちらを向く。
「動くなっす! 一人でも動いてみるっす! この女の喉元を――――――」
シルフィーヌを拘束している男が言い切るより前にシグルが男の頭部目がけて蹴りを入れ吹き飛ばす。シグルの蹴りにより拘束が緩んだところをエイダが保護し男に対して杖を突きつけつつ背後に庇う。
「この女の喉元になんだって?」
シグルが剣を抜き男に突き付ける。地面に転がっている輩に対してどうしてやろうか、そう考えている時だった。男がシグルの顔を見て驚いたような表情を浮かべている。
「シグル? シグルじゃないっすか! 大きくなったっすな!」
唐突に場違いな発言が男の口から出てきた。それを怪訝に思っていると記憶の片隅にある人物の顔が目の前の男と重なる。続いてエイダも何かに気づいたようだった。
「もしかしてオットか?」
その名を読んだ瞬間、男はぱぁっと顔を輝かせながら飛び起き、シグルに急接近して肩を掴む。その勢いに怯むシグルに構うことなく男はさらに笑みを深める。
「やっぱりシグルっす! 生きていたっすね!」
どうやらシグルの知古であるらしいとシルフィーヌをはじめとしたエルフ達は悟った様子だった。
その後、シルフィーヌを襲った件でオットがエイダに絞められる一幕はあったがさておき、皆で焚火を囲いつつ夕餉を取っていた。仕事の途中でこの村に立ち寄ったと説明したオットも混ざっている。エイダとシグルはオットと過去の話題で盛り上がっているようだった。それを見てシルフィーヌは何故か胸が痛んだ。自分の知らないエイダとシグルがいる。そして自分の知らない人と昔の話で盛り上がっている。自分にも見せたことのない何かを懐かしむような顔をしている。その事実にシルフィーヌはモヤモヤした感情を覚える。そんな時だった。
「ところでさっきからこっちを見ている美人さんは誰っすか? シグルの恋人?」
オットの言葉にシルフィーヌはむせて手に持っていた食器を落としかける。
「こ、こいびとではないです! はい!」
慌てて否定するもなぜか再び胸が痛む。自分で否定しておいて何故かモヤモヤしていく。理由が分からなかった。そんなシルフィーヌを置いてシグルがオットに事情を軽く説明する。それを聞いてオットはだんだんと表情を曇らせていく。
「ってことはシグルとエイダは冒険者をやってるってことっすか?」
「まあ、そうなる。それで今はシルフィーヌ様の護衛をしている」
「まあ、そうなる。それで今はシルフィーヌ様の護衛をしている」
シグルのその言葉を聞いて更に表情を曇らせていくオット。その理由がシグルには分からずエイダは飄々としていた。
その夜、就寝しようとしていたシグルの元へシルフィーヌがやってきた。シグルが何事かと思っていると――――――。
「今日はご一緒に就寝してもよろしいでしょうか?」
とそんなことを頼み込んできた。思わぬ要求にシグルは動揺を隠せない。シルフィーヌはオットと仲のいいシグルとエイダの姿が気がかりで仕方がなかった。自分にはしないような気やすい態度や軽口が羨ましくて、もやもやしたものが胸中に広がり続けていた。だから少しでもそのモヤモヤを消したかったのだ。
「……エイダと一緒に寝れば」
「……たまにはシグル様と一緒がいいです」
「いやでも……俺達は男と女な訳で……」
「シグル様なら信頼してますから。ダメですか?」
「……たまにはシグル様と一緒がいいです」
「いやでも……俺達は男と女な訳で……」
「シグル様なら信頼してますから。ダメですか?」
上目づかいでわがままを言ってくるシルフィーヌにノーを突きつけることができず、そのままシルフィーヌと一緒に寝ることとなった。当然、シグルは一睡もできないまま、一方でシルフィーヌはシグルが傍にいることに満足そうな笑みを浮かべながら就寝し、そのまま朝を迎えることになった。
シグルとシルフィーヌがそんなことになっている中、エイダはオットに呼び出され、かつてオットとその妹が住んでいた家の跡地の前に呼び出されていた。
「話って何? さっさと寝たいんだけど?」
「何故シグルまで冒険者になる必要があったっすか?」
「何故シグルまで冒険者になる必要があったっすか?」
オットのそんな言葉にエイダは呆気にとられ、すぐさま何を言っているのか分からないといった表情を浮かべる。
「何故って……村を焼け出されたんだから何か仕事をしないと生きていけないわけでしょ? 子供でもなれる仕事なんて冒険者か傭兵くらいしか――――――」
「そんなのエイダ一人でやればよかったことっすよね!? 何でシグルまで巻き込んだっすか!? 兄や姉たるもの、年少者が戦わずに済むよう守るのが筋じゃないっすか!?」
「そんなのエイダ一人でやればよかったことっすよね!? 何でシグルまで巻き込んだっすか!? 兄や姉たるもの、年少者が戦わずに済むよう守るのが筋じゃないっすか!?」
オットのその叫びにエイダは呆れたようにため息をつく。
「兄や姉たるものって……可愛い女の子ならともかくシグルは男でしょ? アンタの妹と違って。守るにしたって限度というものがあるわよ。子供の稼ぎなんてたかが知れてることだし、だったら一緒に働かせるのが一番でしょ」
「そんなの他に方法があるっすよね!? エイダは女だ。他にやれる仕事だってあったはずだ! それこそ冒険者なんていう危ない仕事をさせなくても――――――」
「故郷を焼け出されてさ、この年まで生きていくのがどれだけ大変だったかアンタだってわかることでしょ? あの頃のアタシたちが働かずに生きていくことなんて無理だし、それにそれだけじゃ意味ないのよ」
「意味がない?」
「そんなの他に方法があるっすよね!? エイダは女だ。他にやれる仕事だってあったはずだ! それこそ冒険者なんていう危ない仕事をさせなくても――――――」
「故郷を焼け出されてさ、この年まで生きていくのがどれだけ大変だったかアンタだってわかることでしょ? あの頃のアタシたちが働かずに生きていくことなんて無理だし、それにそれだけじゃ意味ないのよ」
「意味がない?」
エイダの言葉にオットは眉を顰める。エイダは構わずに続ける。
「アタシがシグルの分まで稼いだとして、またレプテ村みたいに魔族に襲われでもしたら、その時シグルに戦う力がなかったら、今度こそ本当にシグルが死んじゃうかもしれないじゃん。逃げても限界はいつか来る。そうなる前に戦い方とか教えて自力で生きていく術を身に付けさせないといけない。アタシが死んでも、アイツの人生は続いていくのよ?」
「それは……。だからって他にも仕事があったはず……」
「何時のたれ死ぬかも分からないのに選んでいる余裕なんてないでしょ? 第一、男のシグルを守ってくれる奇特な奴なんていないし変な奴に捕まりでもしたらそれこそ目も当てられないことになる。そう考えたらこれが最善なのよ。あの子の場合、アンタかあの子に惚れた真っ当な男にでも守ってもらえればいいかもしれないけど――――――」
「妹に惚れた男なんてオレは認めないっすよ?!」
「いきなり面倒くさいシスコン発言すんな! とにかく人んちの事情に勝手に突っ込んでこないでよ。アタシがいなくなってもシグルが一人でも生きていけないようにしないと意味がなかったし、それ以外に方法なんて選べなかった! それだけのこと! とにかくもう寝るからおやすみ!」
「それは……。だからって他にも仕事があったはず……」
「何時のたれ死ぬかも分からないのに選んでいる余裕なんてないでしょ? 第一、男のシグルを守ってくれる奇特な奴なんていないし変な奴に捕まりでもしたらそれこそ目も当てられないことになる。そう考えたらこれが最善なのよ。あの子の場合、アンタかあの子に惚れた真っ当な男にでも守ってもらえればいいかもしれないけど――――――」
「妹に惚れた男なんてオレは認めないっすよ?!」
「いきなり面倒くさいシスコン発言すんな! とにかく人んちの事情に勝手に突っ込んでこないでよ。アタシがいなくなってもシグルが一人でも生きていけないようにしないと意味がなかったし、それ以外に方法なんて選べなかった! それだけのこと! とにかくもう寝るからおやすみ!」
そう言い切って立ち去るエイダにオットは何か言おうとして、何も言えずに黙り込み拳を握り締める。オットも分からないことではなかった。故郷を焼かれ放り出された子供にできることなんて限られている。男を守ってくれる奇特な人物なんていない。そんなことは理解しているつもりだった。
しかし、それでもエイダの選択を認めることはオットにはできなかった。オットはレプテ村を焼かれてからずっと妹を守るために生きてきた。妹のためならなんだって譲れたしどんなことでもできた。例えばたかが子供と侮り襲ってきた盗賊を返り討ちにして殺すことだって。
傭兵になったのも妹の生活を支援するのに最善だと考えたからだ。命がけの仕事は報酬が高い。一人で暮らすどころか人一人養うことだって容易い。実際に稼げるようになってからは妹を戦わせることなく、平穏な生活を送らせることができるようになった。自身の人生経験からしても、掲げている信念からしても、なおさらエイダの選択を容認することはできなかった。
しかし、それでもエイダの選択を認めることはオットにはできなかった。オットはレプテ村を焼かれてからずっと妹を守るために生きてきた。妹のためならなんだって譲れたしどんなことでもできた。例えばたかが子供と侮り襲ってきた盗賊を返り討ちにして殺すことだって。
傭兵になったのも妹の生活を支援するのに最善だと考えたからだ。命がけの仕事は報酬が高い。一人で暮らすどころか人一人養うことだって容易い。実際に稼げるようになってからは妹を戦わせることなく、平穏な生活を送らせることができるようになった。自身の人生経験からしても、掲げている信念からしても、なおさらエイダの選択を容認することはできなかった。
「それでも弟や妹を守るのが兄と姉の役割なんすよ、エイダ」
オットの言葉は相手に届くことなく、夜の闇に虚しく溶けていった。
翌朝、シグルは目覚めると身動きが取れなかった。寝ぼけたシルフィーヌに抱き着かれていたからだ。シルフィーヌの身体が密着している。柔らかい感触が二の腕どころか胸板に当たっている気がする。役得ともいえるがシグルには懸念があった。シルフィーヌをかわいがっているエイダに見られたら羨ましさから殺されかねない。その前にシルフィーヌを起こさねばならなかった。当然シルフィーヌに抱き着かれている現状に未練がないとは言えなかった。だが命の危機を前にすればそんなことを言ってる場合ではなかった。しかし、時すでに遅し――――――。
「これはどういう状況なのかね? シグルくん?」
すでにシルフィーヌと同衾している光景をエイダに見られてしまっていた。言い訳をする間もなくシグルはエイダに襟首をつかまれ、何かが極まったような目で睨みつけられる。
「こっちがシリアスな話をしている時にそっちは役得ラッキースケベですか? 良い御身分ですなぁシグルよぉ……!?」
「……いや落ち着けエイダ。これは――――――」
「問答無用じゃテメー! 羨ましすぎるんだわ!」
「……いや落ち着けエイダ。これは――――――」
「問答無用じゃテメー! 羨ましすぎるんだわ!」
言い訳をしようにもシグルの頭ではそんなものは思いつかず、かといって言い訳の余地すらなかったためシグルはエイダにされるがまま締められることとなった。一方でシルフィーヌは近くで二人が騒いでいるのにも関わらず目覚める様子はなく眠り続けていた。そしてエイダもシグルを絞めることに集中し、シグルは命の危機からかそれどころではなかった。
「……シグル様ぁ……」
シルフィーヌの寝言とどこか安らかな寝顔に二人が気づくことはなかった。そして、シグルとエイダのわちゃわちゃしたやり取りを複雑そうに見ているオットの姿にも気づくことはなかった。