エルミアの歴史とは、ほとんど大宇宙の歴史である。
 ……冗談はさておき、エルミア人の樹立した国家に焦点を当てた歴史について解説する。

目次

前史

シンテーア暦1100年頃の惑星ラヴェルト

 惑星ラヴェルトには当時三大国と呼ばれる有力国が存在していた。
 第一共和政エルミアリーエス共和国スベール国の三つである。


1118年 ラヴェルト文明初の無人宇宙飛行

 惑星ラヴェルトの文明で初めて無人宇宙飛行を行ったのはスベール国だった。
 スベールは当時のエルミアよりも宇宙分野の科学技術をリードしており、エルミアは何とかして彼らのテクノロジーを得ようと画策しては失敗していた。
 リーエスは資源に恵まれ人口も多く、国際社会でも協調的な立ち回りができる強国。
 スベールはリーエスから資源を輸入しているものの、科学力で牽引するタイプの強国。
 エルミアはこのニ国にどの点でも勝てず、いまいちパッとしない国だった。ただ、ズルい事なら何でもできた。

1120年 エルミアによる技術の窃盗

 有人での宇宙進出を達成するための決定的な要因になりうるとされた大出力スラスターについての研究は、当時科学先進国だったスベール国の科学者が発明したものであった。
 エルミアは何としてでもこのテクノロジーを獲得するべく、女性スパイを使ったハニートラップを画策。第一共和制エルミア情報局RDC(第一次)は「こんな幼稚な手には引っかからないだろう」と半ば諦めていたが、まさかの大成功を収め、見事大出力スラスターの図面の奪取に成功し、高性能宇宙船を開発することができたのであった。

 当時最高機密だった大出力スラスター技術を盗まれたスベール国政府首班は激怒し、エルミアと断行一歩手前の状態まで発展した。

1137年 エルミアの有人宇宙飛行

大宇宙はこんなにも美しかった」 ――マカー・スコラカム(ラヴェルト初の有人宇宙飛行士)

 エルミアがラヴェルトで最も早く有人宇宙飛行を成功させ、各国はさらに宇宙開発に注力した。
 しかし技術的なブレイクスルーを達成したエルミアはその後も次々と快挙を成し遂げ、その勢いはどの国にも止められなかった。

 ラヴェルト初の有人宇宙飛行士はマカー・スコラカムというエルミア人男性だった。彼の残した言葉はラヴェルト中に広く知れ渡り、その苦難と成功の物語は教科書にも掲載された。「大宇宙(エルミア語:Skol-Hesagt、スコル・ヘサート)」という言葉は彼の名言が初出であり、後の時代に成立する国際機関大宇宙連合会議の由来になった。

1301年 惑星ランテの生命体発見

 エルミアの調査船が惑星ランテで生命体の存在を観察可能な形で発見した。

1339年 惑星スヴァーレの知的生命体
 エルミアの調査船が惑星スヴァーレで地底文明を発見し、スモリア人と名付けた。

ラヴェルト時代

1378年 ボルガード連合とのファーストコンタクト

 エルミアの調査船によってラヴェルトよりも早く宇宙進出していたと推定されているボルガード文明と接触した。
 ボルガード連合を名乗る彼らは保護的な態度を示し、惑星ラヴェルト諸国に対し自国連合編入を勧告した。
 ラヴェルト諸国はこの申し出に反対し、その申し出を黙殺。ボルガード連合政府はこの対応に「困惑している。融和と友好を深めたい」とコメントした。

1383年 エルミア調査船ボルガード領侵犯事件

 エルミアの調査船が無断でボルガード領ゾラック星付近の採掘星系に侵入し警備宇宙船に拿捕されるという事件が起こった。
 この事件ではエルミアの調査船に対して警備宇宙船がSint.4ヶ月以上もの間警告を発し続けていたがついに退去しなかったため、ついに拿捕に至った。事件を受けてエルミア政府は調査船の乗員の解放と賠償を主張し、ボルガード連合はそれに従ったが、その後もエルミアによる領宙侵犯を繰り返したためボルガードとの関係は急速に悪化した。

 この時エルミアが調査を続けていたのはボルガードの先進的な技術力の差を何としてでも埋めるべく新しい推進エネルギーを探していたからだとされている。

1395年 ボルガード側による併合通告

 ボルガードは再三の申し出にも関わらず返答しないラヴェルト諸国にしびれを切らし、産業の保護と開発を約束する併合通告を出した。
 エルミアとその他のラヴェルト諸国は危機感を覚え、結束を強めた。

1401年 ラヴェルト連合結成

 エルミア主導による惑星ラヴェルトの国家連合「ラヴェルト連合」が結成される。
 この動きはボルガード連合にとって敵対的姿勢と見なされるものであった。

1412年 ボルガード側による最後通牒

 ボルガード側は再び産業の保護と開発を約束する併合通告を出した。これは侵略戦争(ボルガード政府にとっては“解放戦争”と位置づけられていた)も示唆する内容だった。
 ボルガードの非武装宇宙船がラヴェルト諸国市民に向けて電波を発信し、「未発達な政治構造から新時代の統治を受け入れよう」、「ボルガード連合影響下の各国がどれだけ豊かな文明を享受しているか」、「ボルガード人は穏健で融和的な種族である」といった内容のプロパガンダ放送・プロパガンダ映画を上映した。時にはラヴェルト星の電波をジャックすることさえあった。

1412年 エルミア宙軍大臣の覚悟

 最後通牒を受けて戦争の危機を悟ったラヴェルト連合のいくつかの国は連合を脱退しようとしていた。
 これを受けて当時のエルミア宙軍大臣フェルヴィニオ・オクナンは次のように声明を発した。
「この広い宇宙空間の中で逃げ場はどこにもない。我々は独立のために覚悟を決めなくてはならない」――オクナン宙軍相
 この声明はラヴェルトの小国を勇気づけ、ラヴェルト連合各国に戦争への道を歩んでいくことを決意させた。

1413~1424年 ボルガード=ラヴェルト諸国戦争

 最後通牒の期限までにラヴェルト連合は返答しなかったため、ボルガードの非武装宇宙船が宣戦布告を宣言した。

 ボルガード連合のテクノロジーレベルは一世代上のものであり艦隊の練度も彼らの方が上であったため、緒戦で苦戦を強いられ、次々と支配星系を失っていった。
 ラヴェルト連合は撤退戦を繰り広げて時間稼ぎに専念したおかげで、戦争勃発から少しずつ鹵獲兵器やデブリからボルガードの技術をリバースエンジニアリングし、宇宙船に搭載するだけの余裕を確保することができた。次第にテクノロジーレベルの差が埋まっていったため、戦況は膠着状態になった。

 それでもボルガード宙軍は優位に立っていたが、彼らは前線に到着するまでに長距離の遠征を強いられるため兵站には相当を負担がかかっていた。戦争が長期化するにつれ、その負担はボルガード連合の国民に重くのしかかることとなり、次第に厭戦感情が高まっていった。政府首脳陣の間でも意見が分かれた。

1424年 ボルガード・クーデター

 さすがにそろそろ和平を結ぶべきであるという提案が何度もなされたが、受け入れられることはなかった。ボルガード宙軍は勝利に固執する政府首班に対しクーデターを起こす。

 戦争で疲弊しきった国内には鎮圧する兵力がほとんど残っておらず、瞬く間に旧政府関係者は捕らえられて処刑された。
 新政府は戦争を継続する気はなかったのですぐに講話条約を締結。すぐに戦争状態から解放されたいラヴェルト連合は白紙和平を受け入れた。

1424年 ラヴェルト連合宙軍のボルガード星駐留

 するとエルミアはボルガード連合の侵略戦争と人道に対するの罪を新政府になすりつけ、「正当な独立の権利を有していない」と主張。ボルガード新政府はこれに対し、「我々はラヴェルト国民との融和と共栄を望んでいるし、ボルガード人が皆同じ考えでないのは革命で分かるはずだ」と反論した。
 しかし、エルミアは新政府の言い分を無視して宙軍をボルガード星に駐留させた。これはエルミア共和国の世論がボルガード人への制裁を主張したためであると言われている。
 戦争終結後、エルミアを除いてほとんどのラヴェルト連合加盟国にまともに動かせる宙軍は存在していなかった。戦争中、陸軍のリソースでさえ宙軍に割いていた国がほとんどだったため、この当時ほぼ全ての国が国防力を有していなかった。
 これに着目した当時のエルミア共和国首相フォルヴェン・ゼルと一部の思想家集団は密かにボルガード領併合を目論んでいた。

 戦時中、エルミア共和国首相フォルヴェン・ゼルは共和国基本法を改正して戦時中に任期を戦争終結まで無期限したり首相の権限を拡大したりしていた。
 ボルガード=ラヴェルト諸国戦争終結後、エルミア国内では首相フォルヴェン・ゼルが英雄視されるようになり、民意に押された議会は終身名誉首相として彼を続投させる法案を可決させた。

1425年 ニウト会談

 戦勝国間の領土画定会談でエルミア共和国首相フォルヴェン・ゼルはボルガード領全土を自国に編入すると主張。ラヴェルト連合各国首脳は猛反対したが、これに対抗できる国力が残っていなかったため、これに従わざるを得なかった。
 スベール国とリーエス共和国は何とかこの決定を覆すべくボルガード連合(旧政府)の亡命者・協力者を募集したが、彼らがボルガード新政府に発見され投獄されてしまい、失敗に終わった。

 ゼル首相の人気と権威は留まるところを知らず、ボルガード領併合は歓喜の声をもって迎えられた。

帝国時代


1425年 エルミア帝国成立

 Sint.1425年13月8日(推定)、フォルヴェン・ゼルは皇帝として戴冠し、スラメオンを首都(帝都、Sempel-Fint)とするエルミア帝国の成立を宣言。
 エルミア帝国として旧ボルガード領全域とラヴェルト諸国の全ての領土・領域を併合し領土とすることを表明した。ラヴェルト連合やボルガード新政府をはじめ、誰もこれには逆らうことができず、スラメオン(現在のリーエス連邦首都のエメル・スラメオン)で軍事パレードが行われた。
 また、帝都であることを強調するため、スラメオンは「センペル・スラメオン(Sempel-Slameon)」と改称された。

1425年 エルミア帝国成立

 Sint.1425年13月8日(推定)、エルミア共和国(第一共和政)首相フォルヴェン・ゼルは皇帝として戴冠し、エルミア帝国の成立を宣言。
 首都にスラメオン(現在のエメル・スラメオン)を指定し、帝都センペル・スラメオンと改名した。
 エルミア帝国として旧ボルガード領全域とラヴェルト諸国の全ての領土・領域を併合し領土とすることを表明した。ラヴェルト連合やボルガード新政府をはじめ、誰もこれには逆らうことができず、スラメオン(現在のリーエス連邦首都のエメル・スラメオン)で軍事パレードが行われた。

1482年 ゼティメク法

 2代皇帝ゼティメク・ゼルは領内のボルガード人を管理する法律を定めた。
 この法は通称ゼティメク法と呼ばれ、ボルガード人の強制移住・強制労働を可能とし、生物的に強靭なボルガード人は安価な労働力としてエルミア帝国各地の鉱山や工場で過酷な労働を強いられることになった。

1496年 旧ボルガード領の資源開発

 旧ボルガード領での消耗的な資源採掘が始まる。
 エルミア帝国の経済力拡大に寄与した。

1510年 扇騒動

 エルミア帝国の調査船がゲルデン宙域周辺の文明と知的種族を発見。
 エルミア帝国とゲルデン諸国とのファーストコンタクトが発生。

 ファーストコンタクト時にエルミア人外交官(貴族)が扇でベリオン人外交官を指したため乱闘寸前の騒動が起きる。
 平和的ファーストコンタクトが一転一触即発の事態に陥った。

1515年 ゲルデン連合結成

 ドルムント共和国がゲルデン連合の結成を呼びかける。

1519年 マーカス文明との接触

 エルミア帝国の調査船がマーカス宙域周辺の文明と知的種族を発見。
 当時マーカスにはまだマーカス連邦はなく、クファーズ民主共和国等の中小国がひしめき合っていた。

1521年 エルミア・ゲルデン戦争

 エルミア・ゲルデン戦争(1521-1528年)が勃発。
 なんだっけ、確か調べたら色々設定が埋没していると思うんだけど詳しくは忘れちゃった。

1528年 ゲルデン併合

 エルミア帝国の圧倒的な軍事力によって轢き潰され、ゲルデンが併合される。

1543年 コートン事変

 マーカス連邦の国粋団がコートン星系近傍でエルミア帝国の偵察艦隊に砲撃。
 エルミア帝国は外交官を通じて抗議し、マーカス政府が鎮圧作戦を行ったため事態は沈静化。

1548年 エルミア艦隊のコートン星系侵犯

 エルミア帝国はマーカス領コートン星系に艦隊を派遣。宙域侵犯を繰り返し測量を実施。
 マーカス連邦国民はエルミアの侵攻に怯える日々を送っていた。

革命時代

1555年 エルミア革命

 エルミア帝国でエルミア革命及びグロスクロイツ共産主義革命が発生。
 各地で革命指導者と呼ばれる革命を先導する著名人が出現した。革命指導者にはエルミア軍人のペルメ・デウ・ストロークタ、エルミア貴族のリリーカ・サルト・ファルラー、ドルムント人のエドガー・フィッツジェラルド、グロスクロイツ共産主義革命を先導したセント・カディーン・イェッジカワード、タプナパキ解放戦線のバシャ・トゥシャ・ヌポラなどが挙げられる。
 彼らは各地で団結し、相互に協力し合うことでエルミア帝国を滅ぼした。
 また、この時マーカス連邦ニッテン総統による革命支援工作も行われていた。

 こうして、第二共和政エルミアドルムント共和国グロスクロイツ社会主義共和国連邦リーエス連邦タプナパキ王国が誕生する。
 なお、タプナパキ王国は独立にこそ成功するが、1557年にベリオン軍の進駐によって2年で事実上の独立取り消し状態になる。

 これらの革命によって独立した国家は国家間の連帯を強化することで二度とエルミア帝国のような覇権国家を生み出さないという目的のため、主にエルミア共和国とドルムント共和国の呼びかけによって「革命連合」が結成され、エルミア革命で独立した全ての国家が加盟した。

1555年 革命連合結成

 エルミア革命及びグロスクロイツ共産主義革命で誕生した諸国家の代表は「第二のエルミア帝国を誕生させないために、革命連合諸国の勢力均衡を維持する」という名目で革命連合を結成する。

1556年 ゾラック会談

 ボルガード人差別横行。
 エルミア革命の戦災復興もままならないモンタク宙圏(旧ボルガード宙域、モンタク宙域)だったが、1556年にエルミア共和国主導の下、革命連合各国首脳を集めて行ったゾラック会談にて、「旧ボルガード宙域の保護、発展、経済的充実のための援助を各国共同で行うこと」が決定された。しかし、このゾラック会談の内容は実質的には分割統治であり、福祉的人道的保護とはかけ離れたものであった。実際、ベリオン共和国、エルミア共和国グロスクロイツ社会主義共和国連邦での援助政策とはボルガード人を強制労働に従事させ、種族差別や虐待が横行した。ボルガード人蔑視の風潮が更に高まり、頑丈な体躯を持つ種族特性を利用してゲルデン宙圏各地に強制移住させられた。

 また、ゾラック会談では革命連合各国の領域の確認や国境の画定が正式に行われた。

1557年 ベリオン軍によるタプナパキ進駐

 ベリオン軍がタプナパキ王国全土に軍隊を進駐させる事件が発生。
 タプナパキ王ヌポラ1世は自国滅亡の危機の最中、乾坤一擲の解決策を手に入れるため惑星ラヴェルトの首都スモラクに赴き、当時のエルミア共和国首相(初代エルミア首相)スコリクト・セモ・クナーグと対談を行った。
 しかし軍事衝突のリスクを回避するためヌポラに無防備惑星宣言を提言した。最初ヌポラは「自国の滅亡に加担しろと言うのか!」激昂したが、スコリクトが「そうでもしなければかつて奴隷として使役され、革命で生き残ったタプナパキ人たちを助けることはできない」と説得したため、彼は渋々その提言を受け入れることにした。
 こうしてタプナパキでの軍事衝突の危機は回避されたが、タプナパキはベリオンの一部にされてしまった。

 この事件は革命連合諸国に大きな影響を与え、スコリクトは国内外からバッシングされた。

1563年 エルミア的東西

 エルミア共和国2代目首相スレアム・デウ・ニウトクによってエルミア的東西という言葉が定義される。

1606~1613年 ベリオン・リーエス戦争勃発

 ゾラック会談での不平等な領土配分を巡ってベリオン共和国リーエス連邦の関係悪化が加速したことが原因で戦争が勃発。
 ベリオン側の宣戦布告によって開戦した。

 エルミア共和国マーカス連邦と同じく非介入中立宣言。

 ラヴェルト時代から国際関係を持つリーエス連邦は開戦当初から参戦要請を飛ばし続けていた。
 しかしエルミアはこの要請を黙殺。理由としては「革命連合の議長国が肩入れしたら第二第三のエルミア帝国を生み出しかねない」から。「そもそもエルミア革命からの復興中に戦争しないで欲しいし、早く終わらせて欲しい」と思っており、講和条約の仲介交渉をするに留まった。

 ベリオンは航空機を重用した戦術でリーエス軍を圧倒した。
 ブラーメル星系での戦いに勝利したベリオン軍はリーエスの本星系への侵攻も計画していたが、さすがに見かねたグロスクロイツが暴れまわるベリオンに最後通牒を突きつけた。これによりベリオンは本星系侵攻の計画が頓挫し、グロスクロイツからの要請を受けて1613年までにエルミアが講和条約の仲介交渉を行った。

1613年 クラエルファルラー講和条約

 クラエルファルラー講和条約ではベリオン共和国はリーエス連邦の飛び地であったブラーメル星系(惑星ゼドーレン、惑星ダルベートを含む)を獲得した。
 ベリオンは領土拡大の野望を果たすことができたものの、グロスクロイツ、マーカス、エルミアといったラヴェルト・ゲルデンの有力国に警戒ないし敵対されるようになり、実質的に軍事行動が大きく制限される形になった。リーエスはゾラック会談での領域画定で他国よりも領域が得られなかったことで不満が蓄積されていたのに加えてこのベリオン・リーエス戦争でさらに1星系を割譲されたため、革命連合への期待と信頼を失い、無期限国交断絶政策を実施し、鎖国体制へと移行。エルミア以外との国交断絶を開始した。一方でエルミア帝国時代の遺産やテクノロジーのリバースエンジニアリングに成功したため素早い復興を成し遂げた。

連合会議時代

1623年 大宇宙連合会議設立

 エルミア政府がリーエス連邦大宇宙連合会議参加を要請。

1626年 技術倫理宣言

 エルミア政府の働きかけで大宇宙国際倫理シンポジウムを設立。

1638年 ヴァルエルクとの関係強化


ゴルギア時代

1641年 国家承認委員会のによるゴルギア不認可

1641年 テロ組織ゴルギア誕生

 エルミア政府がゴルギアを非難。
 ゴルギアのテロ対策で後手を取る。具体的な対策がなかなか取れず、効果的な対策は1642年頃から。

1642年 第二次モンタク宙圏連合独立

1642年 ヴァルエルクによるベリオン領ボルガード地域軍隊進駐

 エルミア政府が水面下交渉でボルガード領にヴァルエルク軍の出兵を要請。

1647年 モンタク代理政府成立

1650年 ゲルデン宙域条約機構軍発足

 ベリオン共和国でプローシュ国際宇宙港テロ事件が発生。
 ベリオン政府はゲルデン宙域条約機構軍発足を提案。
 ベリオン首相の協力要請に呼応し、エルミア政府が賛同して関係各国に呼びかけ。

1655年 エルメト・シールド開発

 ゴルギアの脅威が迫る中、ゲルデン条約機甲軍にエルメト・シールド技術を供与。
 関係各国を通じてエルメト・シールド技術が大宇宙中で利用される。

1660年 コンクーナ掃討戦


経済戦争時代

1679年 ダーケフオス危機

 エルミア大手技術産業4社のうち2社が経営破綻。財政再建へ。
 アイサ教団が国内で活発化し、国内で信者が急増。アイサ教団が持ち込んだ菜食主義が爆発的に流行。
 ゾラック介入問題でエルミア政府がベリオンに対し「(ベリオンは)エルミア的東西によってもたらされた銀河秩序の重要性を冒涜している」と厳しい非難。
ここら辺のエルミアの動き未定

1680年 ヴィッテンクレイルでのサッコリャル流行

 首相がヴィッテンクレイルを非難。取り締まりを強化。

通信時代

1695年 「ディガイナのラジオ放送」演説


1709年 第四次モンタク宙圏連合成立

1710年 サーヴァリア革命

1710年 ギゼヴトラ・ZHL条約

1712年 スモラク宙軍軍縮条約

 エルミア首相が主催。

1717年 スレフィエ国独立

 周辺国の誕生を歓迎。スレフィエとの有効路線継続。

1717年 自由解放連合設立

 設立を歓迎しつつ、「節度ある自由主義のあり方」を重視するよう求めた。

1721年 スラーン宙圏調査競争に参加

 結局エルミアは見つけられず。

1724年 ウビウリによるアポラ第一次経済支援

 エルミア国内では一部の有識者を除いて注目されず。

アンドロイド時代

1726年 エゴイズム思考AI開発

 エルミア国内で早くも「アンドロイドに人権を適用するか」という議論がされる(アンドロイド人権問題)。

1727年 戦闘思考AI開発

 殺戮マシーンの登場に対し「エルミア帝国の再来を予感させる恐ろしいテクノロジー」と非難。大宇宙国際倫理シンポジウムを通じて国際社会に利用しないよう求める。

1730年 AAAA事件

 アクースアイロームアンドロイドアイドル記憶抹消事件が発生。
 エルミア世論はアンドロイドの人権擁護に一気に傾く。アンドロイド人権問題がエルミアのみならず各国で議論されるようになる。

1733年 アクース内戦

 エルミアは非参戦を表明。
 どちらかと言えば新政府側を支持していたが、アクースまで遠かったため最終的に非参戦で落ち着いた。

1735年 刻印主義の隆盛

 一部の知識人に注目されアンドロイド人権問題の専門家と政治家の間で広まる。一般市民はあまり知らなかった。

1737年 アンドロイド標準規格の採用

 実は中立的。

1737年 グラユィーヌの自由解放連合参加

 ヴァルエルクとの関係がそれなりにあったためそれなりに歓迎。
 エルミア世論はグラユィーヌについてあまり良く分かっていなかった。

1738年 国際アンドロイド人権宣言を提唱


1738年 三曜会設立

 エルミア政府が資金援助。活動を大々的に支援。

1738年 リカルネ独立戦争

 RDC長官が「調査によるとアンドロイドが原因の戦争ではない」とした上で「懸念すべき事態であり注視していく」とコメント。

1739年 アンドロイド人権宣言

 国内世論の多数派であったアンドロイド人権擁護派の流れを受けて、首相がアンドロイド人権宣言を主催。アイローム派各国首脳陣も出席した。
 国内の少数派にはアンドロイドに懐疑的な人がいたのも事実。「アンドロイド人権擁護が本当に技術倫理的に正しい行動かをちゃんと検証している資料がないのでは?」という批判があったがほとんど無視されていた。

1740 チャンタ管理主義学術領域独立国成立

 ジエールの傀儡国家がスラーン宙圏に誕生したこととジエールとチャンタの同盟を踏まえ、「憂慮すべき事態」と非難。

1740年 アポラ・デフォルト

 アポラ星系国際連盟の赤字国債粉飾がディガイナに暴露されデフォルトを起こす。
 エルミアは後述のイベントに注力しており、アポラへの経済危機支援のタイミングを逃す。

1740年 企業対立解決の仲介提案

 その頃エルミアはアイローム社・リヴァダー社の加熱する対立に注力。「両企業に対話での平和的解決」を呼びかける。しかし両企業とも対話は無意味と断じ、拒絶した。何もかもが遅すぎたのだ……。

1740年 マーカス内戦勃発

 エールナラー虐殺事件が起こり、マーカス内戦が始まる。
 エルミア政府は「有事に備えて」、史上初の規模で急速な軍拡を開始していた。

1741年 第二次アポラ経済危機

 国内ではアポラの経済状況を心配する声が上がるが、与党の動きは変わらず。
 国会でアポラ経済支援の要求が行われ、頑なに拒絶する与党と経済支援をすべきと主張する野党の間での議論がヒートアップして紛糾する。

メロー国境紛争

 メロア自由連邦メレンノ帝国の間で国境紛争が発生。
 エルミア政府はメレンノ帝国を非難。メロアを擁護した。

サイバー時代


反動時代


関連項目


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最終更新:2023年09月07日 09:13