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+ 太陽の姫君リリア=ラキラ
 会場中が静かに息を呑んで見守る。
 見世物屋が主催した自由参加型の闘技イベントの最中、いよいよ決勝戦となった時に突如として舞台へと舞い降りた人影。
 アクシデントともいえる出来事に、どう反応すれば良いのかわからない。

「え、え~っと……」

 舞台を囲む観客同様、審判を務める司会進行役さえも動けずにいる。
 乱入者など、こういったイベントでは最高に盛り上がる要素の一つだ。
 しかし、その人物というのがあまりにも場違いで、不似合いで、歪な……

「おい!ふざけんじゃねぇぞガキ!」

「何しに来たぁ?まさか俺達の邪魔をしようって訳じゃねぇだろうなぁ?」

 戸惑う場を制するように声を張り上げたのは、この場における主人公達であったはずの二人。
 雌雄を分かつ激戦を勝ち抜いた者だけが立つことの許される舞台に土足で上がり込んだ上、あろうことか場内の視線と期待を一身に集める不届き者がいるのだ。
 当然、おもしろくない。

「誰がガキですって!?このワタシが誰か分かっててそんな口利いているのかしら!?」

 不届き者は全く尻込みせず、それどころか逆に声高々と宣告をする。

「ワタシはリリア=ラキラよ!その目で直接拝められることがどれだけ有り難いかおわかりね!?わかったら、さっさと崇め奉りなさい!」

「ラキラ……!?」

 その言葉に反応を示し、周囲がざわつく。
 皆の脳裏に浮かぶある人物の顔。
 この街、花園の都ラキラの最高機関であるところの聖花教会。
 その最高権威者の大司教を務める『グラティオ=ラキラ』その人である。
 帝国軍の支配下にありながらも、国民から絶大な支持を得続ける教会。
 無理に手を出せば、反乱どころか、ラキラの街そのものを失う事態にもなりかねない程の影響力を持つため、帝国軍とて迂闊に動けずいるのが現状だ。
 元々、色とりどりの花が咲き乱れる美しい光景が特徴の街。
 その景観が今なお守られているのも教会あってのことと言えるだろう。
 つまり、この街における『ラキラ』の名はそれほどの意味を持っていた。

「待て!こんな娘がラキラ家にいるなんて聞いた事ねぇぞ!」

「何よっ!このワタシの言うことが信じられないって言うの!?なんて不遜な奴らなのかしら……っていうか、またガキって言ったわね!?」

 信じろと言う方が無理だ。
 綺麗なドレスに如何にもな装飾。
 見てくれこそ貴族や聖家令嬢のそれだが、言葉遣い、そして今の行動そのものがあまりにも伴っていない。

「許さないわよ……ワタシが許さないと決めたんだから!」

「本気かよ!?ケガじゃすまねぇかもしれないぜ……?」

「我が身の心配をしなさいっ!太陽の力を浴びて、浄化されるどころか、焼き尽くされちゃったって知らないんだから!!」

 天高く跳び上がるリリア。
 剣を振り上げたその姿に後光が刺す。
 決して背にする太陽から受けるものではない。
 リリアの身体からその怒りを具現化したように迸(ほとばし)っている。

「何だこりゃ……!?」

「逃げろぉおおおお!」

「逃がすわけないでしょスカタン!大人しくオシオキを受けなさぁあああい!!」

――ドゴォオオオン!

 天から降り注ぐ陽光の一線と見紛う瞬き。
 振り下ろされた剣は舞台を撃ち、見事一撃のもとに割断した。

「フフ~ン!どれだけ畏れ多い事をしたか理解できたかしら?早くこの姫の前に跪きなさい!!」

 舞台の瓦礫に埋もれながら目を回している参加者と司会者。
 唖然とした表情で開いた口が塞がらない観客達。
 静まり返る会場の真ん中で鼻高々にふんぞりかえるリリア。

「あれ?ちょっと!歓声はどうしたのよ!?」

「姫様~!探しましたぞ!!」

「何をなさっているのですか!?急ぎお戻りください!!」

 そんなリリアに駆け寄ってくる数人の男達。
 ラキラ家に仕える近衛騎士、要はリリアの親衛隊である。

「良いとこに来たわ、アナタ達!この者達の代わりにワタシを褒め称えなさい!」

「それよりもお早く!お父上がお探しですぞ!!」

「はぁ?え!?ちょ、何するのよ……お、おぉ?良いわねこれ!って、どこ行くのよ!?ワタシの命令を聞きなさい!こらぁ!!」

 親衛隊は、玉座をあしらった神輿にリリアを座らせると、その場を逃げるように走り去っていった。
 この時の観客の一人は、後の調査にて、まさに嵐が通り過ぎたようだったと語っている。



「アナタたち……許さないから……後で覚えてなさいよ!!」

「ど、どうかご容赦を……!」

 無理矢理連れてこられたのは、聖花教会の隣に門を構えるラキラ家の屋敷。
 その当主であるグラティオ大司教の部屋だった。

「苦労をかけたな……下がって良いぞ」

「はっ!」

 親衛隊を下がらせたグラティオは、大きなため息をつく。

「はぁ……式典の準備の隙を狙い屋敷を抜け出すとは……何をしているのだ」

「ワタシは自由が欲しいの!ず~っと屋敷に閉じ込められて……そのうえ退屈な式に出るなんて面倒くさいもの!!」

「花授式はこの街にとって、ラキラ家にとってもとても大切な式典だ。説明しただろう?」

 『花授式』
 ここラキラで毎年行われる由緒ある式典。
 その年に満十二歳を迎える子供達は、皆この式典に出席し、それぞれ花を冠した名前を授けられる。
 遥か昔、ラキラという名の太陽の力を持つ魔女がこの地を蘇らせた時から始まったと言われる伝統だ。
 その花は、この街で生まれ、成人を迎えた証であり、生涯を通し自身の名とする。
 そして、名となった花を一輪、身に着けて生きていくという掟。
 拒めば、神聖なる教えに背いたとされ罰せられるという厳しいものではあるが、街の人間は誰しもが神に賜る大切なものとして感謝している。
 故に、この街を訪れる旅人は、風に乗り旅をする花、タンポポの綿毛をモチーフとしたゲストアクセサリが一時的に貸与される。

「そんなこと知らないもんっ!どうせわたしは花の名前もらえないんだし!!」

「ラキラ家は代々街を束ねる一族として、人々に花を授けるお役目を担っている。己達に花を授けることは禁止されていることも説明したはずだ」

「だったらワタシが式典に出る必要なんてないじゃない!ボケーっと座ってるだけなんて何の意味があるっていうの?」

「今年で十二を迎えるお前もまたこの街の成人。一族の跡取りとして、街の皆に紹介する必要があるのだ」

「む~……」

「お嬢様……ここはどうか。主様もお困りになられていることですし……」

「ワタシに指図するなんていい度胸ね、クランク!」

 グラティオの後ろに控えていた下男が口を開いた。
 リリアの護衛兼教育係として、父グラティオが外の街から雇い入れたクランクという男。

「そういうわけでは……」

「とにかく式には出てもらう。家の事を思えば、お前もわからぬわけではあるまい?」

「う~……じゃあ、その代わり!チョコレートパフェを用意しなさい!さっき街の出店で見かけたんだけど、こ~んなに大きいの!!あれが食べたいわ!!」

「はぁ……わかった。用意させよう」

 嫌々ながらも家の事情を持ち出されては仕方ない。
 誇りある一族の名に傷をつけたいとは思わない。
 それどころか、早く一人前のラキラ家の人間になって父のように日の当たる舞台に立ちたいとは思っているのだ。
 ついでにパフェの約束まで取り付けたリリアは、喜々として部屋を後にし、そのまま式典用のドレスに着替える為に自室へ戻った。

「苦労をかけるな。クランク」

「いえ……とんでもございません」

 ラキラ家の人間、大司教の娘という立場もあり、リリアは自由に外を出歩くことを許されておらず、その束縛に嫌気がさしていることは十分に父にも伝わっていた。

「あのお転婆っぷりはどうにかならないものだろうか。何か策を打たねば……」



――数日後。

 無事に式典も終え、屋敷の中で暇をつぶす日々。
 そろそろ普通の遊びでは我慢できそうにない。

「ふっふ~ん♪ふっふふ~ん♪」

 そう思いたったリリアが、ご機嫌に鼻歌を歌いながら作っているもの。
 それは部屋中のカーテンをかき集めて編んだロープ。

「で~きた!さてさて……」

 窓を全開にし、お手製のロープをベッドの足に結び付け、そのまま窓の外へと放り投げる。
 誰がどう見ても脱走の準備だ。

――コンコンッ

「おぉ!?来た来た……♪」

 恐らくクランクだろう。
 部屋の扉をノックする音。

「んしょ……んっしょ……」

 リリアは天井の板を外し、天井裏へと身を隠す。
 部屋に自分の姿は無く、この現場の有様。
 見れば間違いなく脱走したものと思い、慌てて父に知らせるだろう。
 だが、自分はそんな悪いことはしていない。
 勘違いで騒ぎを起こしたクランクが大目玉を食らうといった算段だ。

――コンコンッ!

「どうぞ~♪」

 天井から頭だけを出してノックに応え、すぐに引っ込めて天板を閉める。

「失礼します……」

 部屋に入ってきた。
 ここまでは計画通り。

(あれ!?聞いたことの無い声……)

「ん……お嬢様?どこにいらっしゃるのです?」

 もぬけの殻となった部屋を見回し、リリアを探す人物。

(誰?クランクじゃない……知らない女の人……)

 見知らぬ人物を警戒しつつ、天井裏から様子を伺う。

「……そこかぁ!!」

 部屋に転がっていたカゴを拾うと、そのままこちらへ投げつけてきた。
 ぶつかったカゴによって天板は外れ、足場を失ったリリアの身体が宙に投げ出される。

――ドスンッ!

「い……イタタタ。わ、ワタシの偽装はカンペキだったのに…どうしてっ?なんでわかったの!?アンタ……一体何者なのよっ!?」

 鋭い眼光に、赤いメッシュの入った綺麗な長髪。
 まだ昼だというのに、手にする槍のような棒にはランプを吊るしている。
 クランク以外に余所の街の人間は知らないが、これは普通なのだろうか。
 黙っていても伝わってくる豪胆さ。
 そして何より、その強さを示す威圧感。
 直感がこの女は危険だと告げている。

「はじめまして、お嬢様。ヴィーネルと申します。今日から、お嬢様の護衛兼教育係を承っております。どうぞよろしくお願いいたします」

 うやうやしく頭を下げ、ヴィーネルと名乗る女。

「はぁあ!?ちょっと待ちなさいよ!新しいってどういう意味!?ワタシ聞いてないわよ!?クランクは!?」

「クランク?あぁ、前任の指南役の。さて、私は詳しく伺っておりません」

「ななな……き、来なさい!お父様のところへ行くわよ!!」

 ヴィーネルからの返答を聞く間もなく部屋を出るリリア。
 がに股歩きでズンズンと音を鳴らすように父の部屋へと向かう。
 部屋に近づくにつれ、何やら騒がしい声が聞こえてきた。

「お父様!?リリアよ!一体、どういうことか――」

「どういうことか説明して頂きたい!!」

「ふぇ?」

 無遠慮に部屋に上がり込むと、机越しに父に詰め寄るクランクの姿。
 廊下まで聞こえていた騒ぎは彼によるものだったのか。

「私は聞いておりませぬ!素性もよく分からぬ余所者をお嬢様に近づけるなど!」

 どうやらクランクも新しい指南役については何も聞かされていなかったらしい。
 ここは流れに乗っておこう。

「そうよ!何の相談も無くこんな事決めるなんて!クランクにだってひどいんじゃない!?」

「お、お嬢様……そんなにも私の事を……!!」

 それは違う。
 決してクランクに同情したのではなく、彼は何かと顎で使いやすいため、リリア的には新しい指南役など御免なだけだ。

「落ち着けお前たち。急な事で混乱するのはわかる。それについては私の独断で行ったことだ。すまない」

「し、しかし……」

「だが、決断は変わらない。そこにいるヴィーネルをリリアの新たな指南役とし、護衛と教育を担当してもらう!」

「こ、この女が一体何だというのです!?長年ラキラ家に仕えてきた私がどれほど……!」

「クランク。お前には本当に感謝している。リリアの担当からは外れてもらうが、これからも我が一族のため、その力を振るって欲しい!」

「それは……勿論でございますが……」

「ちょっとクランク!?押されてるわよ!食い下がりなさい!!」

「コホン。話は済んだようですね。クランク殿には挨拶が遅れておりました。この度、貴殿の後任を務めさせて頂くヴィーネルです。どうぞお見知りおきを」

「貴様……!」

「それにしてもグラティオ殿。貴方様がおっしゃった『教育の為ならば多少の無茶は問題ない』との言葉の意味、得心がいきました。確かにこれは少々骨が折れそうだ……」

 話しに割って入ったヴィーネルが、何故かリリアを見下ろすようにしながら笑みを浮かべている。

「……お、お父様?何かこの女、すごく偉そうなんだけど?」

「私がこの目で見て、その腕を見込み、直接頼んだ。お前の困った性格をこの際、叩き直してもらおうと思う。ヴィーネルもそのようにな」

「心得ております」

「……マジ?ちょっと何とかしなさいよクランク!!」

「私は――」

「お前たちが何を言おうとも私の心は変わらぬ!」

「そ、そんな……」

 こうして現れた新たな指南役。
 クランクは最後まで抵抗していたようだが、やはり父の言葉には逆らえなかったようだ。
 相変わらず使えない男である。



「お嬢様。起きてください」

「……えぇ~もう朝……なの?もう……少しだけ……むにゃむにゃ……」

「起きろと言ったのが聞こえなかったか……?」

「!?」

 突如として身を襲う殺気で眠気が吹き飛ぶ。
 跳び上がったリリアに満足げな笑みを見せ、朝の挨拶を交わす。

「おはようございます。お嬢様」

「お……おはよう……」

 朝食を済ませ一息ついていると、彼女に剣の鍛錬を勧められた。

「……そうね!ヴィーネル、早速手解きをお願いできるかしら?」

 こんな女、逆に打ち負かして追い返してやる。
 どす黒い感情を胸に抱きつつ、スキップしながら庭へと向かう。

「随分とご機嫌ですね。お嬢様」

「んん?まぁ、クランクはこの手の事はあんまり得意じゃなかったから少し楽しみではあるわね♪」

「お父上から伺っております。お嬢様が御幼少の折にひどい目にあわされたクランク殿は、それ以来、剣の鍛錬を付けることを避けていたとか」

「ワタシ悪くないわよ!?クランクが悪いの!!」

 幼少の頃の記憶が蘇る。
 物心付いてすぐに始められた英才教育。
 大司教の父と、家の名に泥を塗るわけにはいかないという思いで必死に励んだ。
 五歳を迎えた頃に父が連れてきた指南役の男。
 それがクランクだった。
 彼からは剣も教わることとなったが、それは子供相手にもまるで容赦ない極めて厳しいものだった。
 そして、毎日のように続けられ、ついに耐えきれず怒りが爆発。
 怒りをきっかけに『太陽の力』が発現した自分は、クランクをボコボコにし、その目元に消えない傷をつけてしまった。

「太陽の力……はしたないとは承知の上で申し上げると、興味があります……」

「まさか、鍛錬なのに本気で戦えって言いたいの……?」

「ええ。遠慮なく打ち込んできてください!」

「クランクみたいなおっきな傷がついちゃっても知らないわよ?」

「問題ありません」

「本当にいいのね?責任持てないわよ?」

「はい。どうぞ」

「……そこまで言うなら」
(何考えてんのよ、この女!もう知らないからね……どうなってもワタシは知らないから!)

 庭へと降り、静かに精神を研ぎ澄ますリリア。
 カッと目を見開いた途端、体から溢れる眩い光。
 リリア自身が太陽になったかのような、それ程までの存在感。

「いくわよっ!!」

「来いっ!!」

 槍を構えたヴィーネルの口調が変わった。
 その口元は小さく笑みを浮かべている。

「ワタシを舐めたことをあの世で後悔することね!出会ってすぐにバイバイなんて寂しいけれど、これも貴女から言い出した事だから仕方ないの!自分の発言には責任を持たないといけない…………

――――――
――――
――

「私の予想よりもずっと凄まじいものでした……お見事です」

「そ、そうでしょう!これこそラキラ家の姫の力よ!思い知ったかしら!?」

 全力で戦うこと数時間。
 終ぞヴィーネルに一撃すら当てることはできなかった。
 それでも面目を保とうと虚勢を張るが、足のかくつきが収まらない。

 リリアの用いる『太陽の力』は、このラキラの街の生まれに由来する。
 力を使い、ただの荒野だったこの地を恵まれた今の姿に変えた魔女。
 その家系はラキラの名を脈々と受け継ぎ、今のラキラ家の繁栄を築く。
 リリアは歴代の血族の中でも特に色濃くその血を継いでおり、初代ラキラが用いた太陽の力を行使することができた。

 これには父も、またそれを知る他の家の者も大いに喜んだ。
 自分が褒められることは嬉しかったが、この力が原因で今の束縛された暮らしがあるのもまた事実。
 祝福でもあり、同時に呪いでもある。
 リリアにとって太陽の力とはそういうもの。

が、今問題なのは、その力を使っても手も足も出ない女が目の前にいることだ。

「なるほど…。そうしてもてはやされ続けた結果が、今のこの性格か……」

「ん?何か言った?」

「いえ。ブローチが随分とお似合いだと思いまして」

 リリアの腰に光るブローチを指し、微笑む彼女。

「あぁ、お父様が花の名前の代わりに贈ってくれたものよ。太陽を意味する花らしいわ。ヒメヒマワリっていう珍しい花らしいのだけど、本物は見たことないの……」

「この街の人間は皆、花の名前を持つのでしたね。出身はわかりませんが、花の名を持つ人間には何度か会ったことがあります」

「ラキラ家以外の人間はね…ワタシも素敵なお花の名前が欲しかったわ……」

「リリア様も素敵なお名前かと。そうだ……街の花屋に行ってみましょう。ヒメヒマワリを見る事もできるかもしれませんよ?」

「ダメよ……お父様に外出するの禁止されてるから……」

「ご安心を。お父上から、世間を学ばせるため、私が同伴するなら外出を許すとのお言葉を頂いております」

「うそ!?ホントに!?」

「ええ。完全な自由とまではいきませんが、少しはお嬢様の気も晴れる――」

「何やってるのよ、ヴィーネル!早く行くわよ!!」

 話しを終える前に、既に屋敷の門で足踏みしながらヴィーネルを待つリリア。
 それを見たヴィーネルは、大きくため息をつきながら眉をピクピクさせていた。



 街を出歩くということはリリアにとってまたとない喜びだった。
 当初の目的であった花屋に辿り着くまでの間、露店を横切ろうとする度に一軒一軒その前で立ち止まり、座り込んでは目を輝かせる。

「残念でしたね。ヒメヒマワリの花はこの地方では滅多に見られないそうで、店に並ぶことはまずないそうです……」

「それもそのはずよね!」

「失礼ながら、落ち込むものとばかり……」

「ワタシを象徴する花なのよ!?その辺の雑草に混じって咲いてる花と一緒なはずないじゃない!下々の者が手に入れることだって許されるはずがないわ!」

「……お嬢様。私はお父上からお嬢様の教育も承っております。なので、今後はそういった発言は控えていただくようお願いしたいのですが?」

「そういうって、どういう??」

「そこからか……」

「ところで……ヴィーネル?」

「はい?何でしょう?」

「なぜアイツらまで付いてきてるのかしら?てっきりヴィーネルと二人だと思っていたのだけど?」

「あぁ……あれは……」

 チラッと二人の後方、数十メートルの辺りへと目をやるヴィーネル。
 雑踏の中や店の影、植込み裏など、様々なところに見覚えのある顔。
 リリアの親衛隊の面々だ。

「私は聞いておりません。恐らく、彼らが独断で行動しているものかと」

「なーんだ。お父様の差し金じゃないのね。それにしてもバレバレなのよ!せめて変装するとか工夫しなさいっての!あとでオシオキね!」

「これも偏にお嬢様の身を案じての事かと」

「ワタシだって花授式を終えて成人になったんだから、いつまでも子ども扱いしないで欲しいものだわ!」

「では、まず私に認めさせてみては?そうすれば、私からお父上にリリア様の独り立ちをご相談してみましょう」

「そうなると……ワタシ一人でも外を出歩けるかも?」

「ですね」

「それよ!わかったわ、ヴィーネル!明日にもワタシが立派な一人前であると認めさせてあげるわ!!」

「はい。期待しております」



――翌日

「てやぁあああ!」

「甘いです」

「まだまだぁあああ!!」

「はい。まだまだ」

「このぉおおおおお!!」

「次は頑張ってください」

 剣の鍛錬でヴィーネルを打ち負かす。
 そうすれば、少なくとも護衛がなくとも問題ないという点では一人前。
 昨晩、自分がヴィーネルに勝つ姿を想像するだけでニヤニヤが止まらず、なかなか眠れなかったものだが、今晩は悪夢にうなされ眠れなくなりそうだ。
 全力での打ち込みは流され、連撃は躱され、不意打ちは弾かれ、最後の策の罠も見破られた。
ヴィーネルの実力は初めて会った時に理解したつもりだったが、底を見せていないのか、余裕しゃくしゃくといった様子。

「む~!!ちょっとヴィーネル!大人気ないわよ!せめて気付かれないようギリギリの戦いを演じるくらいのことしてもいいんじゃない!?」

「それではためになりませんので。私は一人前の騎士としても立派になっていただきたいと」

「ぐ……ぬぬぬぬぬ……」

「そういえば、今朝も私が起こしに行くまで、ずっとお休みでしたね?」

「そ、それが何よ?昨日はちょっと寝つきが悪くて……」

「剣の道もそうですが、お父上や私の言う一人前とは、人としてしっかり自立することを指します。正直、朝も一人で起きられないようでは……ふっ……」

「えぇえええ!?ちょっとぉ!今鼻で笑ったでしょ!?」

「申し訳ありません。こういった言葉遣いや振舞いは慣れていないもので、つい……」

「ぐぬぬ……見てなさいよ!!明日こそは思い知らせてやるんだから!!」



――さらに翌日

「ん……朝か……」

 朝日の気配で目を覚ましたヴィーネル。
 身なりを整え、支度を済まると、今日もリリアを起こすために彼女の部屋へと向かう。
 自室の扉を開き、廊下に出ようとすると……

「おはよう、ヴィーネル!いえ、おそようかしら?」

「……何を?」

 途中、眠たくて死にそうな気持を堪え、一晩中ヴィーネルの部屋の前で仁王立ちし続けたリリア。

「ワタシがあなたの命を狙う刺客だったなら、寝込みを何度襲うことができたのかしらね?途中までは数えていたのだけれど、あまりに多すぎるから気を失いかけて忘れてしまったわ!」

「ほう……では試してみるとするか。刺客様の力とやらを……」

「え……?ちょっと、ヴィーネル?寝ぼけてるの??」

 放つ殺気は本物。
 槍を握る彼女の手にどんどん力が込められていくのがわかる。

「さっさと顔を洗ってきやがれ!!今日はとことんしごいてやるから、そのつもりでなぁあああ!!」

「ひ~~ん!ゴメンなさい!ゴメンなさい!!」



 ヴィーネルが屋敷で働くようになって一カ月の月日が経った。
 相変わらず厳しい教育が続けられており、未だ一人前だとは認めてもらえないリリア。
 それでも少しずつ進歩はしていた。

「う!?」

「あ!当たった!!」

「これは流石に驚いた……いえ、お見事です。お嬢様」

「やった!やったぁ!!あぁ……でも、まだちょっと剣先がかすっただけなのよね……」

「いいえ。正直に申しますと、ここまで成長するのもまだ先の事だと思っていました。特に最近は格段に腕を上げられています」

「フフーン!これでも剣に関しては皆から“天才”と呼ばれていたのよ?」

「確かに。一端の兵士と比べても遜色ありません。あくまでこの場において、ですが」

「ん?どういう意味なの??」

「今はまだ気になさらなくても良いと思いますよ」

「ふ~ん……」



 実は、近頃のリリアの急成長には理由があった。
 ヴィーネルの目を盗んでは剣の鍛錬に励んでいたのである。
 親衛隊に周囲を見張らせ、誰にも知られないように気を払いながら行われる秘密の特訓。

「はぁ!えいっ!やっ!!」

 こんな努力をした経験はなかった。
 自由という目的もあるが、日々自分が成長している実感を得られることは非常に楽しい。
 事実、今日はヴィーネル相手に一本とは言わないまでも、一矢報いることができた。

「えーーーいっ!ふっふっふ……もう少し、もう少しであのヴィーネルを一泡吹かせることができるわ……!」

「ひ、姫様!」

「何よ!?今いいところだから邪魔しないでよねっ!」

 見張り番を言いつけておいた親衛隊の一人が血相を変えてリリアの元へ駆け寄ってくる。

「く、曲者です!お逃げくださいっ!!」

「なんですって!?」

「ちょっと邪魔するぜ……」

 周囲の草むらから姿を現した如何にもといった風貌な男達。

「な、何よ……コイツら……!」

「ここは私が時間を稼ぎます!急ぎ、ヴィーネル殿に!!」

「ほ、他の親衛隊はどうしたのよ!?」

「皆やられました!不意を突かれてしまい…申し訳ありません!」

「ちょっとぉ!?あんなどこの誰かもわからない連中にやられるなんて、ワタシの親衛隊として恥ずかしくないのかしら!?」

「め、面目次第もありません……!」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇぞ!」

「姫様に触れることは私が許さ――ぐっはぁ!」

「ふざけんじゃないわよ!一発で負けてんじゃないの!!」

「お嬢ちゃんも静かにしような!」

「わ!?ちょ、ちょっと!誰がワタシに触れていいって言ったのよ!?離しなさ――むぐぅ!?」

 隙を突かれ、背後から羽交い絞めにされたリリア。
 そのまま麻袋を被せられ、視界と自由を奪われる。

「よし、とっとと退くぞ!」

 騒ぎを聞きつけられる前に早々とその場を退散する一団。
 ものの数分での出来事だった。

 捕縛されたリリアはすぐに暴れることの無意味さに気付き、しばらくどこかへと大人しく運ばれた。
 これから自分はいったいどうなるのだろう。
 悪い想像ばかりが脳裏をよぎり、涙ぐんでしまう。

――ドサッ!

 乱暴に地べたへと落とされた。
 そう時間は経っていないことを考えると、せいぜい街外れかその近郊といったところか。

「ぷはぁ……!アンタ達!こんなことして、お父様に知られたらどうなるかわかってるんでしょうね!?」

 麻袋から出された途端に噛み付くような勢いで威嚇する。

「相変わらず威勢の良い娘だ……」

 窓も無い、無機質な石に囲まれた部屋。
 十畳程の広さのその真ん中に座らされる自分。
 その目の前で椅子に座りながらこちらを眺める覆面を被った男。
 明らかに他の者達と風体が異なる。

「アナタが頭目ね!こんなバカな真似はやめて今すぐワタシを開放しなさい!そうすれば特別に死罪だけは容赦してあげるわよっ!」
(それにしてもこの男の声、どこかで聞いたような……)

「安心しろ。すぐに解放してやる。ただ、少しだけ協力してもらえるとありがたい」

「何をさせるつもり……?」

「おい……」

「へいっ!」

 顎で配下に何かを指示した頭目と思われる男。
 指示を受けた男はナイフを手に、ゆっくりと近づいてくる。

「甘いのよ!!」

「なに!?ぐわぁ!」

 怯むこともせず、すかさず男を叩き伏せたリリア。
 幼少の頃から受けてきた様々な教育とヴィーネルによる鍛錬。
 今のリリアは剣に頼らずとも、普通の男一人を相手取ることくらいは難なくやってのける。
 そのまま落ちたナイフを拾い上げ、頭目へと切っ先を向ける。

「このリリア=ラキラ!アンタ達みたいな有象無象にやられるほど落ちぶれてはいないわ!!」

「仕方ない。勘違いお姫様を少し教育してやるか……」

 動じる様子も無いまま椅子から立ち上がる頭目。
 腰に下げている直刀を抜き、リリアの前へと歩み出る。

「覚悟なさいっ!!はぁああああ!!」

――――――
――――
――

「何だと!?リリアが……!?」

 一方、ラキラ家の屋敷では意識を取り戻した親衛隊により、リリアが誘拐されたことがヴィーネルとグラティオに知らされていた。

「すぐに救出に向かいます!親衛隊は街で聞き込みを!少しでも情報を集めろ!」

「「はっ!!」」

 もしもリリアの命が目的ならその場で済ませればよいだけの事。
 となると、何か目的があってリリアを誘拐した。
 子供とはいえ人一人を抱えたまま街をうろつくのは目立つ。
 なるべく人目を避けながら、それでいて見つかりにくい場所へ身を隠すとしたら……

 思考を巡らせるヴィーネル。
 かつて所属していたレッドピース自警団。
 そこで解決したいくつもの誘拐事件の経験と、今の状況を照らし合わせていく。

 まずヴィーネルが目を付けたのは地下水路だった。
 一般人が立ち入ることはしない上、街外へ出ずとも良いため、門まで走ってその様子を目撃される危険も無い。
 ちょうど都合の良さそうな水路の入口を見つけると、その入り口であるものを見つけた。

「当たりか……!」

 拾い上げたそれはヒメヒマワリのブローチ。
 リリアが腰に付けていたものだ。
 ご丁寧なことに、複数の荒々しい足跡が奥へと続いている。

「……仕方ないな」

 一瞬、何かを考えたヴィーネル。
 万全を期すなら親衛隊と呼び集めるべきだが、犯人の目的がわからぬ以上、一刻を争う事態となる可能性もある。
 ヴィーネルが下した判断は、そのまま単身での突入だった。



 その頃、犯人達のアジトでは、その頭目とリリアによる戦闘が続いていた。

「おや?ご自慢の太陽の力はどうしたのかな?」

「はぁ……はぁ……なんで!?」

 ナイフという慣れない武器。
 相対する敵とのリーチの違い。
 鍛錬による疲れ。
 いつになく疲弊している要因ならいくつか考えられるが、太陽の力を使うことができないのは何故だ。

「ワタシに何かしたわね!?」

「いいや。俺達はまだ何もしていない」

「嘘よ!だったらなんで!?」

「勘違いもここに極まれりだな。教えてやるよ、お姫様。アンタは実戦ってものを知らなさすぎる」

「実戦……?」

「鍛錬の相手をしてくれてる指南役が、本気で姫様に危険が及ぶような攻撃をしたか?そういえば街の闘技大会にも出たんだったか?それも所詮は見世物。命を取り合う実戦とはまるで違う」

 言われてみればそうだ。
 この男が放つ攻撃は、ヴィーネルのものとは比べられない程に遅く、甘い。
 それなのに、一撃一撃がガリガリと精神を削りとっていく。
 込められた殺気、殺し合いの場に立つ者の気迫。
 そういったものを自分はあまりに知らない。

「ほらよっ!」

「あっ!」

 自分の無知さ加減を痛感していた隙を突かれた。
 ナイフを打ち払われ、胸元に突き付けられる刃。

 太陽の力を発動するには集中した意識と気合が必要。
 初めて体験する本物の勝負の中でそれを発揮するには未熟過ぎたのだ。

―― 一端の兵士と比べても遜色ありません。あくまでこの場において

「ヴィーネルが言ってた言葉の意味が分かったわ……」

「何の事だ?まぁいい。さっさと用事を済ませようか……」

「きゃっ……!」

 突き付けられていた刃が返され、二の腕を軽く斬られる。
 ポタポタと滴る血。
 男はそれを手巾でサッ拭うと、おもむろに配下へと手渡した。

「例の場所へ届けろ」

「了解……」

 それが何を意味するのかは分からないが、自分の血が目的であったことだけは理解できた。

「あん?何だてめ――ぐっほぁああああ!」

リリアの血を受け取り、扉から出て行ったはずの男が部屋へと飛び込んできた。
 否、吹き飛ばされてきたのか。
 その胸には強烈な一撃を受けた痕跡が深々と残っている。

「お嬢様。お一人で外出する許可はまだ与えていないはずですが?困ったものですね……お迎えに上がりました」

「ヴィーネル!!」

「貴様……!何故ここがわかった!?」

「あん?そういうことか……」

 頭目の男を一瞥し、何かを納得した様子のヴィーネル。

「いつもいつも邪魔しやがってぇええええ!!」

 大声で吠えつつ、ヴィーネルへと突進する。
 敵の増援を目にしたからといって、ここまで動揺するものだろうか。
 明らかに冷静さを欠いている。

「お嬢様の手前申し訳ないが、種明かしといこぅか……!」

 次の瞬間に見た光景を一生忘れることは無いだろう。

 突き出された剣先を紙一重で躱しながら一歩前へ。
 盾で男の腕元を叩き上げ、手にした剣が宙に舞う。
 さらに一歩踏み込みつつ体を捻り一回転。
 その勢いを乗せ、背中越しに槍の横っ腹で一撃。

「……かっ!!」

 呻き声すら上げることもできずに意識を刈り取られる男。
 そのあまりの衝撃に、彼の顔を隠していた覆面が外れる。

「やはりな……」

 目元に見て取れる大きな傷跡。
 さらには聞き覚えのあった声。
 もはや他人の空似では片付けられない。

「クランク……」

「わざわざ危険の大きい屋敷への侵入。にも拘わらず、私がお嬢様の傍にいないタイミングを見計らっての犯行。身内から情報が洩れていることは疑いようがありませんでした」

「……」

「ご安心を。殺してはいません。色々と聞かなくてはならないこともあるので」

「ううん。そうじゃないの……それよりも、遅いわよ!姫であるワタシをこんな薄汚いところに放置して!!」

「……これでも全速力で駆け付けたのですが?」

「ふん!まあいいわ!持ってきてるんでしょうね!?」

「勿論です」

 手を差し伸べたリリアに対し、ヴィーネルは背中に背負った棒状の包みを手渡す。

「さすがね!褒めて遣わすわ!!」

 包みを乱暴に剥ぎ取ると、その中からは愛用の剣が姿を見せる。

「さて、残党はおおよそ二十といったところですが……参加なさいますか?」

「当たり前でしょ!畏れ多くも、このワタシに断りも無く触れたのよ?許しておけるはずがないじゃない!!」

「でしょうね……」

 恐らく彼女は実践に不慣れな自分を心配しているのだろう。
 だがもう先程のような失態は見せない。
 心に焼き付いて離れないあの姿に憧れ、自分も近づきたいと思ってしまったから。

「姫様ぁああ!!ヴィーネル殿ぉおおお!!」

「我ら親衛隊も参上いたしました!!」

 水路の入口から親衛隊の声が響いてきた。

「今頃遅いのよ!さっきは何の役にも立たなかったんだからね!少しは挽回して、明日の陽の目を見られるように励みなさい!!」

「「はっ!!」」

「いつまでくっちゃべってんだぁ!!」

「まとめてやっちまえ!」

 こうして開始された乱戦。
 敵味方入り混じる戦場は、リリアの何よりの経験となった。

「ぐっはぁああ!」

「うっほぁああああ!」

「だから何で親衛隊のアナタ達が敵より先にやられるのよ!オシオキ百万倍だからぁ!!」

「お嬢様……私の後ろへ!」

「平気よ!!私だって太陽の力を受け継いだ姫なのよ!?こんなところで躓くわけにはいかないの。貴方に一人前と認めさせるためにもね!」

「……はい。存分にお振るいください!」

 その晩、街中に張り巡らされた人気のないはずの水路には、溢れんばかりの光が走った。
 石畳の隙間から溢れた瞬きは天へと昇り、まるで咲き誇る大輪のように空を照らし出したという。



 一人残らず一団を捕らえ、親衛隊とヴィーネルと共に屋敷へと凱旋する頃には明け方になっていた。
 父、大司教グラティオの前に頭目クランクを突き出し、事の顛末を吐かせる。
 その時のヴィーネルの顔は正直思い出したくはない。

「話さなくていい……だが、もしも話したくなったらいつでも口を開け……」

 最初は黙秘に徹していたクランクだが、槍を構えたヴィーネルが発したこの一言により面白いほど簡単に全てを吐き散らした。

 実は帝国の指示により太陽の力について調べていたクランク。
 彼は、影響力の強い大司教相手に強攻手段の取りにくかった帝国が用意したスパイだった。
 力を濃く受け継いだリリアの事を知り、その血液からなんらかのヒントを掴めると踏んでいたクランクだったが、機会を伺う内に予期せぬヴィーネルの出現。
 指南役の座を奪われた彼がリリアの血を入手する機会は激減。
 帝国からの強い催促もあり、今回の犯行に及んだという。

「元はと言えば、私がこの男の素性を掴めていなかったことが原因だ……すまなかった。リリア、ヴィーネル」

 リリアの指南役として努めてきてくれた人物。
 裏にそのような顔があったとはいえ、それ以外にも、ラキラ家のために何年もの間尽くしてくれた。
 父の表情からはその無念さが痛いほど伝わってくる。
 そして、それは自分もまた同じだった。



 事件から一夜明け、いつものように目を覚ましたヴィーネルがリリアを起こすために部屋へと向かう。
 最近、自ら起きられるようになってきていたリリアだったが、昨晩の疲れのこともある。
 ゆっくりと寝かせてやろうとも考えたようだが、心を鬼にしてドアをノックした。

「お嬢様?もう起きられていますか?」

 返事がない。
 それほどに眠り込んでいるのかと思い、ドアを開けると、ベッドの上にリリアの姿は無かった。

「まさか……!?」

 昨晩の光景を思い出したヴィーネルを不安が襲う。
 慌てて屋敷を飛び出した彼女だったが、途中、庭に座り込む小さな人影を視界の端に捉えた。

「……お嬢様?」

 庭先に装備を広げ、懸命に手入れをしている。
 その真剣な面持ちは、出会った頃の幼さの残るそれとは一線を画すものだった。

「あ!おはよう、ヴィーネル!鍛錬の前に済ませておこうと思って!」

「そうでしたか……そういえば、私もまだでした」

「あら~?ワタシは今終わったけど、ヴィーネルはまだ手入れもしてなかったの~?」

「ふふ……そんなに鍛錬を楽しみにされては、気合を入れざるを得ませんね」

「え……いや、ちょっとした冗談よ?ね?かわいい冗談!てへっ♪」

「覚悟しろよ……?」

「きゃ~~っ!!ゴメンなさい~!!」

 もし、近い将来一人前と認めてもらえたなら、ヴィーネルを旅に誘ってみたい思う。
 とりあえずは太陽を追いかけてみよう。
 きっとその先は、まだまだ私の知らない人や物で溢れているはずだから――
+ お宝トレジャーズリシェル
 王都から西に進み険しい山岳地帯を抜けると、鉄で石を打つ音が聞こえてくる。
 男達は鉱石を積んだ一輪車を押しながら、石作りの精錬所へと運んでいく。
 村の女性が働く精錬所では、それぞれの鉱石毎に仕分けされた原石から余分な部分を切り落とす作業が続けられていた。
 鉱石を所定の場所に降ろした鉱夫は1杯の水で喉を潤すと、空になった一輪車を押して巨大な鉱山の入り口へと戻っていく。
 銅や鉄、更には通貨に使われる金まで掘る事ができる鉱山は、大陸で使われる金属の8割と言われている。
 鉱山の正面口と言われる巨大な入り口の周りには、出稼ぎに来た鉱夫の宿舎や、鉱石を買い付けに来る行商人の為の宿、鉱夫の憩いの場となっている酒場が立ち並ぶ。
 永住を決めた鉱夫は家を建て、鉱山近辺に生活の基盤を持った。
鉱山というよりも一つの村として機能している事から、鉱山の名のまま“ガライア村”と呼ばれている。

 村の中には、今日も名物悪ガキコンビの声が響き渡る。

「リシェル!今日もお宝探しに行こうぜ!」

 ガライアで生まれた少年ランビーは、幼なじみの家の前で大声を出す。
 窓が開くと、まだ眠そうなリシェルが顔を出している。

「おはよ~ランビ~!あとパウパウも!」

 肩に載せた鉱山穴モグラのパウパウは、リシェルの頬を舐めていた。
 ランビーは手招きしながらリシェルを急かす。

「早く!作戦会議に遅れるとトレジャーズ失格だぞ!」

「えっ!それはダメだよ!絶対ダメ!すぐ行くから待ってー!!」

 リシェルは窓から姿を消し、バタバタと音を立てながら玄関を飛び出して来くると、ピタっと止まり敬礼をする。

「リシェル!到着しました!」

 ランビーはニッと笑い、リシェルの手を引いて鉱山にある秘密基地へと走っていく。
 リシェルの両親は窓越しに、“村の名物悪ガキコンビ”と言われている2人を呆れた表情で見送った。

 鉱山の中に入った2人は低い姿勢を保ち、子どもの身長でしか通り抜ける事が出来ない横穴を進んでいく。
 横穴を抜けた先には、何十年も使っていない様子の小さな部屋があった。
 正規の入り口は落盤で埋もれ、この抜け穴からしか部屋に入る事は出来ない。
 天井に吊り下がっているランプに火を付けるランビーは、机の上に広げられた鉱山の地図を見ながら今日はどこに行こうか悩んでいた。

「リシェル!今日はどこを探検する!?」

 リシェルは両手を頭の上に乗せて左右にユラユラ揺れている。

「う~~~ん。お宝がある場所は……お宝の匂いがする所じゃないかな!?」

「それだ!でかしたぞリシェル!」

 二人は机に飛びついて、地図に顔を近づけてクンクンと嗅ぎ始めた。

 長い歴史の中で、アリの巣のように複雑に掘り進められたガライア鉱山の全貌を把握している者は誰一人としていない。
 過去に鉱石を掘り尽くした、または落盤等の危険性を危惧して閉鎖された坑道には看板が建てられ、それ以降入る者はいなくなる。
 数百年の時と共に忘れられた坑道は最新の地図には記されておらず、ランビーとリシェルが見つけた古い地図は2人にとって宝の地図のようだった。

「クンクン……おっ!リシェル!ここだ!ここからお宝の匂いがする!」

「どれどれ??…クンクン…ホントだランビー!すごい!すごい!ここに行こうよ!」

 ランビーとリシェルは目を輝かせて、出発の準備を始めた。

「ハンカチよし!地図も持った!万全だな!」

「ランプも持ったよ!あと非常用のお菓子でしょ!パウパウもいるし……完璧だね!」

「それじゃあ、いくぜ!?」

 いつもの出発の合図が始まる。

「獲物は逃さないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「2人揃って!お宝トレジャーズ!出発!」

 声を揃えた2人は、ハイタッチをしてから鉱山の奥地へと進み始めた。

 人の踏み入らない鉱山の中には、鉱石に含まれる魔素を求めた魔物が巣食っている事も珍しくない。
 大人でさえ複数人でなければ危険と言われている廃坑道の中を、ランプ一つで進んでいく2人。
 以前坑道の中で見つけた弓と長剣を手にした2人には、怖いものなどある訳がなかった。

「ランビー!なんかいるよ!ほらあそこ!」

「なんだこいつ!?魔物!?よーし!お宝トレジャーズ!戦闘準備だー!」

「よーし!いくよー!!」

 ランビーとリシェルは、とても子どもだとは思えない身のこなしで魔物を撃退していく。
 物心ついた頃から遊び場として坑道の中に入っていた2人にとって、日常茶飯事になっていた魔物との戦いは最早お手の物だった。

「いくぜ!これで決める!ランビーアターーーック!!!」

 魔物にトドメを刺したランビーは、息を切らす事もなく笑顔でリシェルに向き直る。

「お宝トレジャーズ!最強!」

 その笑顔にリシェルも∨サインで返す。

「さっすがアタシ達!お宝トレジャーズの前に敵はないね!」


 武器を腰に戻して更に奥へと進む中、ランビーはいつになく真剣な表情を見せてリシェルに問いかける。

「なぁ、リシェル……ちょっといいか?」

「なぁにランビー?」

「さっきの魔物と戦ってる時に思ったんだけどさ……」

 ランビーは立ち止まり腕を組んで考えこむような素振りを見せ、言葉を続ける。

「やっぱり、リシェルにはまだ足らないものがあると思うんだよ」

「足りないもの?……お宝?」

 リシェルはいつもと違うランビーを覗き込みながら考える。
 しかし、ランビーは目を閉じたまま首を振った。

「違うんだ……確かにお宝も欲しいけど……もっと大事な物が……リシェルには足らないんだ……」

「ランビー……教えて!アタシに足りないものって何!?」

 ランビーは目を開き、リシェルを指差した。

「ずばり!必殺技の名前だ!!」

「!!!!」

 リシェルは稲妻に打たれたような驚きの表情を見せる。

「ランビー!!たしかにそうだね!どうしよう!格好いい必殺技の名前がないよ!」

「だろ!?さっき戦ってて思ったんだ……強い敵と死闘を繰り広げたなら、最後は超格好いい必殺技でトドメを刺すもんだろ!?」

 うんうん、とリシェルは頷く。

「そうだねランビー!!」

「格好いい必殺技の名前がなかったら……リシェルはただの村人A……良くて元気な少女になっちまう!」

「大変だよランビー!どうしよう!!」

 リシェルはランビーの肩を掴み、必死な表情で訴える。

「格好いい必殺技の名前ってどうやったら思いつくの!?全然思いつかないよ!」

 ランビーはニッと笑って手を軽く前に出し、人差し指を天井へ向ける。

「フッフッフ……リシェル安心しろ!本で読んだんだ!好きなカタカナを沢山繋げれば、必殺技の名前になるらしいぜ!」

 リシェルの顔が晴れ渡っていく。

「そうなの!!?すごい!!それじゃ……えっと……」

 リシェルは額に手を乗せて考える素振りを見せ、次の瞬間両手を打ってからランビーを指差す。

「ウルトラミラクルスーパー!!ってどう!?」

「…………すげぇ……格好いいぜリシェル!!なんかすげぇ強そうだし!」

 ランビーは拳を握りしめて感動する。

「でしょ!!閃いちゃった!!」

「リシェルは才能の塊だぜ!」

「もう一個あるよ!!ビーフミートソーセージ!!!」

「そっちも良いな!!リシェル天才!!さすがお宝トレジャーズ!パウパウもそう思うよな!?」

 リシェルの肩から飛び降りたパウパウは、リシェルの周りをグルグルと楽しそうに周った。



 人には決して懐かないと言われている鉱山穴モグラ。
 鉱夫達は、時々人前に現れるモグラに手を出す事はない。
 普段、一切鳴く事はなく暗い穴の中で生活している動物だが、地震などの天災が起こる前には一斉に鳴き声を上げて鉱夫達に知らせる事から、鉱山の守り神と呼ばれている。
 幼い頃、風邪で寝込んでいたリシェルは、見舞いに来たランビーに何か欲しい物はないかと尋ねられた。

「アタシは、モグラちゃんが欲しい……」

 次の日、ランビーは鉱山穴モグラの子どもを抱きかかえてリシェルに渡した。
 リシェルはそのモグラを“パウパウ”と名付け、大切に育てる。
 何度も部屋に穴を開けて逃げ出そうとするパウパウだったが、リシェルは怒ることもなく根気よく付き合い続けた。
 その結果心を開いたパウパウは、リシェルの肩に乗って毎日を過ごすようになる。
 リシェルからすればパウパウは大切な友達だったが、始めてパウパウを見る鉱夫達はその光景に目を疑った。
 人とは住み分けを行い、決して歩み寄る事はないと思っていた動物を肩に乗せている少女を見れば無理もない。

「リシェル!これ見ろ!お宝だぞ!!」

 坑道を進むランビーとリシェルの前に、鉄の金具がついた木の箱が現れた。
 長年放置されていたのであろうか、半分が土に埋もれている。

「ランビー!!早く開けてみようよ!」

 硬い蓋を無理やりこじ開けると、中からは大量のピッケルが出てくる。
 昔の鉱夫が使っていた物だろうが、ランビーとリシェルには輝くお宝に見えた。

「これは……ものすごいお宝だよランビー!!」

「あぁ!!リシェル!ついに見つけたな!きっと伝説の鉱夫が使ってた極上のお宝だ!!箱ごと持って帰ろうぜ!」

「わかった!!!お宝ゲットだぁーーー!!」

 周りの土を掘り起こして退けた後、箱の両側に立った二人は掛け声をかける。

「いくぞーリシェル!!せーーーのっ!!!」

「ラ…ランビー……重いいぃいいいい!!」

「せ……せっかく見つけたお宝だ!このまま手ぶらでなんか帰れないだろ!お宝トレジャーズの根性を見せてやろうぜ!」

 中腰になりながら、足場の悪い坑道を戻る2人。
 坑道は奥に行くにつれ地中になっている為、帰り道は決まって上り坂だった。

「ハァハァ…リシェル…こういうの……荷が重いって言うんだよな……!?」

「ゼェゼェ……ランビー!物知り博士………だね!!」

 やっとの思いで鉱山の入り口に辿り着いた2人は、箱を地面に降ろして倒れ込んだ。

「ゼェ……ゼェ…やった…やったな…リシェル……」

「ハァ……ハァ…やったね…ランビー……」

 すでに日は落ちて、村の建物には明かりが灯っていた。
 大の字になったランビーは、父親の顔を想像して起き上がった。

「やばい!早く家に帰らないと父ちゃんにぶち殺される!」

「でも、ランビーお宝はどうするの!?」

「え……どうしよう…秘密基地に持ってく時間は……」

 その瞬間、二人は眩しさに目を細める。
 誰かが松明を持って近づいてきていた。

「お前ら…悪ガキコンビじゃねぇか!?こんな時間に…何やってんだ?」

 鉱夫の男は、泥だらけの2人を見て驚いた様子だ。

「アタシ達はお宝トレジャーズ!悪ガキなんかじゃないもん!」

「はいはい分かった分かった。あんま遅くまでブラブラするんじゃない……ん?お前らその箱なんだ?」

 箱に気がついた鉱夫は興味を持って手で触れようとする。
 ランビーは飛び上がって箱の前に両手を広げ、鉱夫を近づけさせないようにブロックした。

「これは俺たちのお宝だ!触るんじゃねぇ!」

「おっと…そりゃ悪かったな。無理矢理奪ったりなんかしねぇよ。そんなにすげぇお宝なら、ちょっと見せてくれないか?」

 鉱夫は眉を八の字にしながら笑い、敵意がない事を示すように手のひらを前に出す。

「見せるだけだからな!」

 ランビーは厳しい視線を男に投げながら、箱の蓋を開ける。

「どうだ!!すげぇお宝だろ!?」

 鉱夫は箱いっぱいに詰まったピッケルを見ると目を丸くする。

「こいつは……お前らすげぇもん持って帰ってきたなぁ…。まだまだ使えそうじゃねぇか」

 リシェルはその言葉を聞いて怒り出す。

「当たり前でしょ!伝説のお宝なんだよ!?」

 鉱夫は少し悩んでから、ランビーとリシェルを見下ろした。

「頼みがあるんだが……うちの組合で採掘用の道具が足りてねぇんだ。そこでお宝トレジャーズのお二人様に相談なんだが、そのお宝を譲ってくれやしねぇか?」

 ランビーとリシェルは目を合わせた後、鉱夫に厳しい視線をぶつける。

「あのな!これはすげぇお宝なんだって言ってるだろ!?」

「そうだよ!アタシ達がこれを手に入れるのにどれだけ苦労したと思ってるの!?」

 鉱夫はぐいぐいと迫ってくる2人に後ずさりをする。

「いや、聞いてくれ!もちろんただとは言わねぇ……」

 その言葉を聞いてランビーとリシェルは立ち止まる。

「ほう…面白いじゃねぇか。この伝説のお宝に見合うような代物を用意するっていうのか!?」

「それだけの物が用意できるなら、考えてあげなくもないよ。用意できれば…だけどね!」

 鉱夫は2人の真剣な表情を見て、一か八かの賭けに出た。

「俺の嫁は、今家で伝説のシチューを作ってる。あの勇者バレルでさえ、このシチューを食うことは出来なかった。それを、お前らにご馳走してやらんこともないぞ。ど、どうだ……?」

 一時の沈黙が流れた後、ランビーとリシェルは声を揃えた。

「そこまで言うなら仕方ないな!!」

 鉱夫は胸を撫で下ろし、大量のピッケルが入った箱を抱え、ランビーとリシェルを家に招待した。
 ごく一般的な家庭で出される“伝説のシチュー”を堪能した2人は、鉱夫に手を振り家路につく。

「伝説のシチューはやっぱりすごかったぜ!またなー!!」

 その後、ランビーが父親にこっぴどく怒られたのは言うまでもない。



―――数週間後

 今日も秘密基地で作戦を立てるランビーとリシェル。
 地図に記された坑道はあらかた足を運んでしまい、どこに行こうかと悩んでいた。

「ねぇランビー!!これみて!!」

 よじ登った本棚から降りてきたリシェルは、一枚の紙をランビーに見せる。

「なんだこれ??坑道の封鎖報告???」

 日付が書かれた部分には数百年前の年号が使われており、更には坑道の場所を記しているであろう番号が書かれている。
その内容は、現在発掘を進めている坑道があまりにも危険だと判断した為、坑道を封鎖するというものだった。

 目を通したランビーは、いまいち内容を理解していない様子だったが、楽しそうにはしゃぎだす。

「これは……お宝の匂いがプンプンしないか?…リシェル!!」

「そうだねランビー!絶対秘密のお宝があるよ!」

「まずは、この暗号を解かないといけないな。えっと、この“坑道J-475”ってなんだ?」

 リシェルは机の上に広げてある地図に指を置く。

「ここにも暗号が書いてあるよ!」

 各坑道には、場所を示す番号が振られており、封鎖報告書に記された番号は封鎖された坑道の番号だという事に辿りついた2人は、必死に“J-475”を探す。
 しかし、いくら探せど、地図上にそんな番号は存在せず、早くも迷宮入りとなりそうな空気が漂っていた。

「う~~~ん……ランビー。この地図には乗ってないんじゃないかなぁ?」

 ランビーは地図を遠目から眺めながら、何か策はないかと考えている。

「あっ!!!リシェル!!地図の上にランプ置いちゃだめだろ!」

「わっ!ごめんランビー!地図燃えちゃう!?大火事!?」

 急いでランプを持ち上げたリシェルは、地図の様子を見る。

「ぎゃーー!!ランビー!!!真っ赤っ赤だよぉおお!地図から血が出たぁああああ!!」

 ランプが置いてあった場所には、赤いドロドロとした物がついている。

「うわああああ!!なんだこれ!!この地図生きてるのか!!?」

 ガクガクと震えるランビーとリシェルは、ふと辺りに漂う匂いに気がついた。

「ん?これなんの匂いだ?」

「え?……なにこれ!?なんか変な匂い…なんだっけこの匂い?」

 ほのかに部屋に香る匂いを記憶の中から呼び起こすリシェル。
 なんだかその匂いを嗅ぐと眠たくなってくる気がする。
 そう、いつもこの匂いがするのはベッドの中。
 パウパウに「おやすみ」を言った後、この匂いが漂って、まぶたがだんだん重く……

「あっ!!ロウソクの匂いだ!」

「ロウソク?何言ってんだリシェル。ロウソクなんてこの部屋にないぜ!?ランプは油だし……あれ?」

 その時、ランビーの目に入ってきたのは、地図に記された赤い印だった。

「もしかして、この印ってロウソクでできてんのか!?」

 リシェルはハッと気が付き手を打つ。

「わかったよランビー!机の上でロウソクを付ける時は、誕生日のケーキしかあり得ない!!きっと誰かが誕生日で、ここで誕生会をやってたんだよ!」

「なるほどな……それでこんなにアチコチにロウソクが……え!?ケーキ何個あったんだ!?」

「すっごい大きなケーキで200歳くらいの誕生日をしてたのかもしれないね……」

「200歳って化物じゃんか!あの伝説の、魔法学校の学長がここにいたっていうのか!?」

 ランビーは、溶けた赤いロウをマジマジと見ながら身震いする。

「怖ぇええ……あれ?……おいリシェル!!ここ見てみろ!」

 溶けたロウの下には、今まで行ったことのない坑道の入り口が現れた。
 その下には“坑道L-115”の表記もある。
 余計な憶測で遠回りしていた2人だったが、ついに核心に迫っていた。

「リシェル!ランプ貸してくれ!!」

「ん?ランプ?……はい!」

 何をするつもりなのか解らないリシェルは、不思議に思いながらランビーにランプを渡す。
 ランビーはランプの蓋を開けると、そこら辺に落ちていたスプーンを火に直接当てて熱し始めた。

「よし、こんなもんか?」

 熱々になったスプーンを地図に近づけるランビー。

「ランビー!?どうしたの!?」

 ランビーは地図の至る所にあるロウに、スプーンを押し当てる。

「きたきたきたぁああー!!!リシェル見てみろ!!」

 言われた通りに、ランビーの指す場所を見てみると、地図上にあの番号が浮き上がった。

 “J-475”

「すごいランビー!!やっぱりこれはお宝が隠された地図だったんだね!」

「あぁ、時間が掛かったけど、俺達はついに見つけたんだ!」

 大喜びする2人に釣られて、肩に乗ったパウパウも飛び跳ねていた。



 冒険の準備を整えた2人は、いつもよりも念入りに持ち物の最終確認をする。
 大事件が待ち受けている事を分かっているかのように……。



 地図が示した坑道までやってきたランビーとリシェルは、その入口に違和感を覚える。

「なぁリシェル…本当にここか?」

 坑道には今までのように看板が立てられておらず、鉄の扉が設置されていた。
 扉には頑丈な鎖と鍵が掛けられ、何やら文字が刻まれたプレートが貼り付けられている。
 しかし、その文字は年月が経っているせいか、殆ど読むことはできない。

「なんだこれ……お宝の匂いがバッチバチするぜ!!」

「きっと中はすーーーんごいお宝がギッチギチだね!」

 ランビーとリシェルは笑顔で目を合わせると、同時に口を開く。

「で、どうやってこれ開けるんだ?(開けるの?)」

 ひと時の沈黙の後に、リシェルが口を開く。

「よーし!パウパウ!穴を掘って向こう側に行って鍵を開けて、鎖を切ってこの扉をなんとかしてきて!」

 パウパウは目をパチクリさせながら首を傾げている。
 リシェルは頬を膨らます。

「パウパウ!もう!この奥には伝説のカレーがあるかもしれないんだよ!?」

 ランビーがその言葉を聞いて飛びつく。

「リシェル!それは本当か!?俺も掘るぜ!!!」

 扉の下を必死に掘るランビーとリシェル。
 老朽化した扉はミシミシと音を立て始めた。

「うわわわあああ!!!」

 ズシンと音を立てて扉が奥側に倒れると、200年間眠っていた坑道が現れた。

「ランビー!やったね!これで奥に進めるよ!」

 リシェルは嬉しそうに目を輝かせる。

「びっくりしたぁ……よっしゃ、進もうぜ!」

 その直後だった。

「ランビー……アタシなんか上手く歩けないよ……」

「どうしたんだリシェル!?どこか怪我したのか?」

「違うの、足がグラグラしてね、歩き辛いの!」

「え?そういえばさっきから揺れて……」

 坑道全体が揺れていた。
 先ほどの鉄の扉の衝撃のせいだろうか、もろくなった地盤にヒビが走った。
 ヒビは一気に蜂の巣状に広がると、2人の足元が崩壊していく。

「うわああああああああ!!!!」


 2人は瓦礫と共に深い闇の中に落ちていった。



「おいリシェル!大丈夫か!?リシェル!」

 目を覚ますと、ランビーが心配そうな顔で肩を揺らしていた。

「もう朝~?おはよ~ランビ~~。パウパウもおはよう~」

 胸の上から必死に顔を舐めるパウパウ。

「違うよリシェル!今は朝じゃなくて、俺達落っこちちゃったんだぞ!」

「え?……あーーーー!!!お宝はあった!?」

 飛び起きるリシェルに、ランビーは笑顔で返す。

「良かった。その様子じゃ無事っぽいな!お宝探しにいこうぜ!ほらあそこ見てみろよ!ここにお宝ありますって書いてあるみたいだろ!?」

 ランビーが指す方向を見ると、何やら怪しい祭壇が見える。

 2人が落ちてきたこの場所は、広い空洞のような大きな空間だった。
 とても坑道の中とは思えない広さに、人間が鉱石採取の為に掘った穴ではない事が解る。
 ひんやりと冷たい空気が流れ、風が通り抜けているようだ。

 その広い空間にポツリとある石造りの祭壇。
 まるで冒険者の本に出てくる伝説の秘宝が眠る秘密の祭壇。
 ランビーとリシェルが求めるお宝が眠っていても不思議はない。

「それじゃあ、いくぜ!?」

 抑えきれないワクワクを胸に、気合を入れ直す。

「獲物は逃さないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「2人揃って!お宝トレジャー……」

 声を揃えている所で、リシェルが突然叫び出した。

「うわぁあああああ!!!ランビーーーー!!!!!」

「どうしたリシェル!!」

 リシェルは泣きそうな顔をする。

「お…お財布忘れた……。お宝が有料だったらどうしよう……」

 ランビーは笑顔で返す。

「大丈夫だぜリシェル!お金を持ってなくても、お皿を洗えば許してくれるぞ!!」

「そっか!ランビー冴えてるね!!」


 祭壇へ近付いていくランビーとリシェル。
 階段を登ると、その中央には漆黒の闇を纏う長剣と、真っ赤に燃えるような赤い弓が置かれている。

「うぉおおおお!!」

「やったねランビー!!」

「お宝だぁあああ!!!」

 歓喜の声を上げる2人は早速そのお宝を手にしてみる。
 2つの武器を手に、天高く掲げた。

「お宝トレジャーズ!!優勝!!」

「ちょっと待ってランビー!お皿は洗わなくていいのかな!?」

「あっ!!そうだった……でも洗うお皿がないぞ!?」

「どどどどうしよう!!!あっ!変わりに、これを置いとけばバレないんじゃないかな!?」

「おっ!冴えてるなリシェル!!そうしよう!」

 今まで使い古した木の弓と鉄の剣を祭壇に起き、両手を合わせて祈る2人。

「どうか、これでご勘弁を……」

 その時だった。
 祭壇はゴゴゴと音を立てながら揺れ始め、パラパラと埃が小石が振ってくる。

「やばい!やっぱダメだったか!?」

 焦る2人は立っているのがやっとで、逃げ出す事も出来ない。
 しばらくすると、祭壇の下から黒い影が伸びた。

「なんだなんだ!?」

 周りを包み込んだ黒い影は、更に天井まで伸びると、2人が置いた弓と剣に降り注ぐ。

「うわあああああ!!」

 ドーーンと音が響き渡り、衝撃が走る。
 顔を腕で抑えて耐え凌いだ2人は、目の前に現れた“それ”に目を疑った。

「なんだ…これ……ま、魔神……!?」

 漆黒の鉱石を身にまとった巨大な人型の石の塊。
 その姿は、これまでに見てきた何よりも“ヤバイ”オーラが漂っている。

「ランビー……どうしよう……」

「謝って許してくれるかな…こいつ……」

 2人を見下ろす魔神は、有無を言わさずに襲いかかってきた。

「うわあああああ!!!」

 なんとか魔神の一撃を交す2人。

「ごめんなさい!怒らないでよ!お皿がないから洗えないの!!」

「リシェル!危ない!!」

 間髪入れずに次の攻撃を繰り出す魔神。
 リシェルに当たるギリギリのところでランビーは魔神の攻撃を弾き返す。

「リシェル!どうする!?逃げられるか!?」

 心配するランビーを余所に、リシェルは武器を構える。

「ランビー!ダメだよ!!アタシ達はお宝トレジャーズ!お金がないなら、強奪すればいいんだよ!!」

「頭いいなリシェル!」

 後ろに飛んだ2人は決めポーズと共に魔神に向かい声を荒げた。


「獲物は逃さないぜ!ランビー!」

「全部いただくよ!リシェル!」

「2人揃って!お宝トレジャー……」

 ゴォオオオオオオ!!!

 ポーズの途中で魔神は走り向かってきたと思いきや、その巨大な拳で2人を叩き潰そうとする。
 間一髪横に飛び、攻撃を避けた2人は顔に影を落として肩を震わせる。

「ランビー……やっちゃったね……」

「あぁ……あいつは……やっちゃいけない事をやっちまった…」

 2人は同時に魔神に顔を向ける。
 その表情は怒りに満ち溢れていた。

「お前のママは、ヒーローの決め台詞中に攻撃するなって教えてくれなかったのか!!?」

「ランビー!あいつは悪党の中の悪党だね!極悪ブ道だね!」

「あぁ!甘すぎるぜ!」

 パウパウもリシェルの肩に乗りながら、魔神を威嚇する。
 そして、二手に別れた2人は左右から魔神に攻撃を開始する。

「ゴーゴーゴー!!!」

 弓と剣の連撃に魔神は怯む。
 ランビーとリシェルに迷いはなく、ただ魔神を討つ事に集中していた。
 その力は、祭壇の武器の効果なのか、それとも先天的に才能があるのかは解らない。
 強大な敵に臆することなく立ち向かい、その時は訪れる。

「今だ!リシェル!!決めようぜ!!」

「OKランビー!行くよ!!」

 魔神が怯んだ瞬間を見過ごさず、その一瞬の隙に全力の攻撃を叩き込む。


「ランビーアターーーック!!!」

「ビーフミートソーセージ!!!」


 2人の攻撃は魔神に直撃して、漆黒の鉱石が砕けた。

 ゴォオオオオオオ……

 その巨体を足で支える事が出来ず、崩れ落ちる魔神。
 物凄い音と振動が辺りに広がる。

 ドォオオオオオン!!!

 魔神は砕け散り、バラバラの岩となった。

「やったぜ!ミッションクリア!!」

「やったねランビー!」

「お宝トレジャーズ!大勝利!!」


 喜んでいる2人をよそに、岩の隙間から小さな影がスッと天井の方に登っていく。

「なんだ!?」

 目を凝らして見ると、青い羽根のようなものをパタパタと羽ばたかせ、黒く長い尻尾をユラユラとさせる“何か”が見える。
 2人は、空に浮かぶ凧のようにフワフワと左右に揺れながら飛んでいく“何か”を目で追っている。

「ランビー!あの子!かわいい!!」

 リシェルはランビーの肩を叩く。

「あいつも欲しいのかリシェル!?パウパウがいるじゃんか!」

 ランビーはまた上を見上げて、空を飛ぶ謎の生物を見つめる。

「まぁ…リシェルがそう言うなら、せっかくだし捕まえるか!」

「やったー!」

 ランビーは鞄から長いロープを引っ張り出して、先端に輪をつくり、グルグルと回しながら狙いを定める。

「逃げるなよぉ……そこだぁああああ!!!」

 思いっきり振りぬかれて飛んでいくロープは、その生物の尻尾を捉えると輪がギュッと締まった。
 バタバタと逃げようとする謎の生物を、力任せに引っ張り続けるランビー。

「ランビーがんばれがんばれ~!」

 クネクネと踊りながら応援するリシェル。

「うぉおおお!!」

 少しずつ近付いてくる謎の生物は、それでも尚パタパタと羽根を動かして左右に揺れる。
 しかし、縄が完全に尻尾の棘のような物に絡まって逃げる事は許されない。
 5m……3m……1m……

「よっしゃー!ゲットぉおおおお!!」

 ついに謎の生物を捕まえたランビーは、バタバタと暴れる謎の生物をガッシリと両手で抱きしめる。

「なんだろ~この子……かわいい!!妖精かな?真っ黒な妖精さんなの!?」

 黒い肌と、青い羽根が生えたその生物をマジマジと観察し始めるリシェル。

「妖精か……でも妖精はもっと肌色だから、影の妖精なんじゃないのか?」

「影の妖精さん!?今日からランビーと一緒だよ!挨拶は~?」

 リシェルの声に暴れるのを止めた妖精は、ランビーの顔を見ているようだ。

「おぅ!よろしくな!影の妖精さん!!!」

 ランビーは満面の笑みを向ける。


 その瞬間だった。


 影の妖精の目が怪しく光ったかと思うと、ランビーの身体は突然浮き始める。

「うわああああああ!!」

 そのまま、影の妖精の身体に吸い込まれ始めたランビー。
 既に、ランビーの頭がすっぽりと影の妖精の身体の中に入ってしまっている。

「ランビー!!ちょっとダメぇえええ!!」

 必死にランビーの足を抱えて、ひっぱり出そうとするリシェル。
 それでも、少しずつランビーは影の妖精に吸い込まれてしまう。

「ランビー!!ランビー!!」

 リシェルの努力虚しく、ランビーの上半身は全て影の妖精の身体に入ってしまった。

「ランビーを返してよぉおおお!!」

 涙を浮かべながらリシェルは引っ張り続ける。
 一瞬、吸い込まれる力が抜けたような気がした。
 その瞬間、リシェルも引っ張る力を抜いてしまう。

 しかし、その直後に物凄い勢いでランビーは吸い込まれる。
 リシェルは、すぐにランビーの足を掴み直すが、リシェルの体ごと持って行かれてしまい、ついにはリシェルも影の妖精の身体に入り込んでしまう。
 それでもランビーの足だけは掴み続けて必死に叫んだ。

「ランビーィイイイイイイ!!!」




 祭壇に静寂が訪れた。




―――リシェルは目を覚ました

 そこはあの祭壇のある空洞。

 何が起こったのか解らない。
 ただ、何か違和感がある。


「あれ……アタシ………」

 ふと顔を上げると、見慣れた顔が目の前にある。
 その表情は、不安と驚きの色で溢れていた。

「ラ…ランビー……?」

 ランビーは自分の身体をベタベタと触り、異常がないかを確かめる。

「と、とりあえず、身体は問題ないみたい……うわああああ!!」

 突然尻もちをつくリシェル。
 目の前には影の妖精がいた。

「お前!まだいたのかよ!」

「ど、どうしよう……」

 リシェルにぴったりとくっついている影の妖精は、フワフワと浮いている。
 特に危害を加えるつもりもなさそうだった。


 その時、リシェルとランビーは、耳を疑った。

「フィ~~~~~~~~!!!」

 あの、天災が起こる時にしか鳴かないという鉱山穴モグラのパウパウが、鳴いている。

「う、うわあああああああああ!!!」

 リシェルとランビーは絶叫を上げる。

「ランビー!どうしよう!!!」

「どうしようって言われても俺もわかんないよ!!」

 リシェルとランビーは大混乱に陥る。
 2人でああでもないこうでもないと話をする。

「どうにかしないとまずいだろ!」

「でも!このままここにいたらお腹空いて死んじゃうよ!」

「どうやって出るんだよ!!」

「そんなの分かんないよ!ロープは……」

「あ!まだ影の妖精についてるじゃん!」

 影の妖精からロープを外し、落ちてきた穴へと投げる。
 何かに引っかかったロープに、体重を掛けても平気な事を確認する。

「リシェル!!俺が先に登るから、OKって言ったらこのロープに捕まってくれよ!」

「わかった!気をつけてね!もし落ちても、アタシがファインプレイでナイスキャッチする!!」

 それを聞くと、スルスルとロープを登っていく。

「OK!リシェル!捕まって!俺が引き上げるから!」

 必死にロープに掴まり、少しずつ上へと上がっていく。
 落ちた穴まで登り切ると、2人は鉄の扉の上に倒れこんだ。

「はぁ…はぁ…戻ってこれた……」

「と、とりあえず、秘密基地に帰ろう……」


 元来た道を慎重に進む。
 しかし、その足取りは重たい。
 肩に乗るパウパウと、フワフワ付いてくる影の妖精。
 2人と2匹は、鉱山の入り口近くの秘密基地に辿り着いた。


「リシェル!色々あったけど、無事にお宝を手に入れて戻ってこれたな!」

「うん!そうだねランビー!ついでにかわいい影の妖精もゲットしてきちゃったし!」

「問題は………」



 2人はお互いを見ながら、頭を悩ませる。

 きっと誰も信じない。

 だから、2人は約束をする。



「リシェルわかったか?」

「うん、大丈夫だよ!秘密の約束だね!」



 2人はお互いの小指を交差させて約束を交す。
 今日あった事は、絶対に誰にも話さない。
 バレてしまうような事もしない。
 今まで通り、普通に過ごす。


「あぁ!2人だけの、秘密の約束だ!」


 きっと誰も信じない。

 リシェルとランビーでさえ、まだ夢ではないかと考えている。

 誰であろうと、信じられる訳がなかった。
+ 炎纏の王国騎士ロラン
「これを受け取った時点で、お前達は聖王国騎士だ。その名に恥じないよう、精進しろよ」

 レミエール聖王国騎士団、団長アルドは、訓練兵の2人に真新しい鎧を手渡しながら激励を飛ばす。

「ありがとうございます」

 ロランは軽く会釈をすると、両手で鎧を受け取る。
 これで、父の居た騎士団に所属する事ができた。
 ひとつ大きな目標を達成したという充実感が胸に広がり、自然と鎧を触る手に力が入る。


――数年前


 父の大きな背中を追いかける為に、レミエール王国の騎士訓練兵として志願したロラン。
 片手剣と盾を持つ軽戦士隊を選択したのも、目標である父と同じ条件にする事で、自分自身にプレッシャーを与える為だった。
 日々の訓練だけでは飽き足らず、自主的にトレーニングを積むことで成績をあげ続け、軽戦士隊の筆頭訓練兵となる。

 しかし、訓練兵全体で言えば上には上がいる。
 その頂点にいつもいるのは、遊撃士隊の筆頭訓練兵のセシル。
 その弓の技術は現役の王国騎士を凌ぐとも噂され、正式に騎士となる頃には聖王国騎士に配属される事が約束されていると言われていた。
 彼女を抜かなければ、聖王国騎士になる事は難しい。
 筆頭訓練兵の中で成績1位の者だけが選ばれる栄誉、聖王国騎士への切符をロランが手にするには、更に努力をする必要があった。
 ただ身体を鍛え、技を磨くだけでは足りないと考え、軽戦士隊以外の隊の役割や、戦場での指揮、策略などを本で学ぶようになる。
 そして迎えた模擬戦闘試験の日。
 ロランは小隊の隊長として、作戦を説明していた。

「みんな良く聞いてくれ。まずはランサーが前で注意を引いて、その隙に俺がAの地点まで走り抜ける。ランサーのフォローを、クレリックにしてもらう。上の標的はアーチャーが落としてくれ。俺がAの地点に辿り着いたら――」

 今までは各々が状況を判断して全力を尽くそうと、士気をあげる事だけを意識していたが、より効率的に動く為に予め考えた作戦を共有していく。
 ロランの小隊は頷きながら話に耳を向けていた。

「俺が考えた作戦は以上だ。何か質問は?」

「もしCの地点に目標がなかったらどうするんだ?」

「その時は声を出してみんなに教えてくれ。残る地点はDとGだけになるから――」

 ワンマンとならないように、そして最善を尽くせるように人からも意見を取り入れる。
 慣れないながらも、今できる準備を全て整えた。
 こうして出来上がった小隊の作戦。
 そして、その時が訪れる。


「そこまで!」

 戦場を模した平原に指導官の声が響き渡る。
 ロランの立てた作戦の通り、それぞれが最善を尽くして目標の撃破を達成した。
 確かな手応えを感じていたロランは、仲間と顔を合わせ静かに拳を上げる。

「やったなロラン!いい感じだったぜ!」

「あぁ。皆が頑張ってくれたからな」

「もしかしたら、セシルの小隊にも勝てるかもしれないぞ?」

「その為に努力したんだ。俺達は勝たなければいけない」

 笑顔で喜ぶチームメイトに、真剣な表情で言葉を返すロラン。
 その視線の先には、模擬戦闘試験最終組の小隊。
 リーダーのセシルは気を引き締めている様子だった。

 試験が行われる平原から少し離れた高台の丘まで歩くと、セシル小隊の試験風景を見下ろす。
 目に飛び込んできたのは、遊撃士でありながらも自ら動き周り、的確に目標を破壊していくセシルだった。
 チームメイトとの連携が取れているとはお世辞でも言い難い。
 しかし、セシルが率先して行動する事で、他の者も攻撃的に戦場を制圧していく。

 ロランの小隊とは正反対の作戦。
 確かな技量と絶対なる自信がなければ、こんな作戦を押し通す指揮官はいないだろう。
 にも拘わらず、そのやり方でトップを取り続けているセシルは、それだけ優秀という事だ。

 全ての模擬戦闘試験が終わり、指導官がその結果を読み上げる。
 皆緊張した様子でその声に耳を傾けた。

「では、まずは1位、得点93。ロラン小隊」

「嘘でしょ!?」

 信じられない様子のセシルが声を上げた。
 集まった訓練兵はざわざわとどよめく。

「静かに。2位は得点91。セシル小隊」

 それを聞いて力が抜けた様子のセシルは視線を地に落とす。
 ロランはチームメイトと顔を見合わせてニっと歯を見せた。

 努力が実を結んだ瞬間。
 グッと拳を握り、喜びを確かめる。
 これで聖王国騎士という目標に大きく近付いた。
 残された課題はこの順位の継続。
 それが出来れば――。

「ちょっとアンタ!」

 宿舎への帰り道、突然背後から声が飛んでくる。
 振り向くと、眉を逆ハの字に釣り上げたセシルが立っていた。

「セシルか。なんか用か?」

「何すましてるの!?一時的にとは言え、アタシを抜いて訓練兵の1位になったのよ!?もう少し喜んだらどうなの!?」

 セシルと2人で会話をするのはこの時が初めてだった。
 元々ロラン自身が積極的に人と会話をするタイプの人間ではなかったというのもあるが、軽戦士隊と遊撃士隊は模擬戦闘試験で同じチームに配属されなければ顔を合わす事も少ない。
 突然絡んできたという事は、首位を取られたという事がよほど悔しいのだろう。

「いや……俺は喜んでるけど……そう見えないかな……はは」

 無理矢理笑顔を作りながら、彼女の怒りを買わないように返事をする。
 敵は作らないに越したことはない。

「全然そんな風に見えないわよ!……まぁいいわ!今日はたまたま調子が悪かっただけなんだから……次は絶対にアタシが1位になるから、覚悟しておきなさい!」

 そこまで言うと、ロランの横を通り過ぎて宿舎に向かい走り去った。

「なんだよ……」

 更に話したとしても、火に油を注ぐだけだろう。
 プライドの高そうな彼女の事だ、必ず次の試験には対策を講じてくる。
 彼女に抜き返されないように自分を更に高めようと気を引き締めた。


――――――

――――

――

「それで、お前達の最初の任務なんだが、まずは3日後の朝に王都の民間人に新しい聖王国騎士のお披露目がある。これに参加してもらう」

「了解しました!」

 鎧を受け取ったロランとセシルは、敬礼をしながらアルドの目を真っ直ぐ見つめる。

「2人共、あんま堅くなるな。国王や大臣の前ではビシっとする事も大事だが、俺には敬語も敬礼も必要ない。命を預ける仲間なんだぞ?上下関係ってのは俺の隊には必要ねぇんだよ!はっはっは!」

「了解!アルド団長」

 憧れのアルド団長の意志を尊重して、多少無理をしながらも合わせるロラン。
 セシルもそれに続く。

「りょ、了解」

「それにしても、2人共優秀らしいじゃねぇか。指導官から聞いたぞ?良いライバルなんだってな!」

 セシルが声を荒らげる。

「そ、そんなんじゃないです!」

「じゃあなんでお前達は同時に入隊できたんだ?毎年トップの成績の者しかこの隊には入ってこれない筈だったろ」

「それは……アタシ達にはわかりません……」


 あの模擬戦闘試験の後、同じように何度も試験は行われ、ロランは1位を取り続けた。
 聖王国騎士になる為に努力をし続けた結果、セシルに順位を抜き返される事なくここまで辿り着く。
 しかし、呼び出されたのはロランとセシル。
 なぜ2人が聖王国騎士となれたのか、2人には告げられずにここまできた。

「まぁ、2人で気合い入れろって事だな!」

「はい、父に負けない騎士になる為に、精一杯頑張ります」

「ほぅ?確かにお前の親父さんは素晴らしい騎士だった。俺も憧れたもんさ」

「自慢の父です」

「はっはっは!そりゃそうだな!」

「アンタそんな話一度も聞いた事ないけど……」

 セシルが横から口を挟み、横目でロランを睨んでいる。

「言ったことなかったか?」

「なるほどね。アンタの底抜けな忍耐はそこから来てるって事か」

 セシルには自主的なトレーニングをしている事は話していない。
 何故彼女がそんな事を言うのか、ロランには分からなかった。

「悪ぃ、長話になっちまったな!ちょっとこの後用事があるから、これからよろしくな!」

 アルドが2人の肩を叩いた。

「はい!よろしくお願いします!」

 ロランとセシルの声が揃う。

「そういう堅苦しいのはなしって言っただろ?俺の隊に入ったんだから、俺のルールを守れよ」

 アルド団長は笑いながら二人を見る。

「よ、よろしく……」

「あぁ、これからよろしく」


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最終更新:2017年07月28日 16:47