+ 閃光の発明家ジゼル
 電磁都市ガリギア。
 魔導とは対を成す科学や、機械の製造及び研究をしている都市。
 多くの研究者や科学者を擁する、この街では機械音が鳴り響いており、鉄と油の匂いがそこかしこに溢れている。
 ガリギアで行われている研究は生活の利便性を高めるためのもので、機械を通して誰もが魔法の恩恵を得られるようにという信条がある。

 そのため、魔術や詠唱などで魔法を運用する魔導都市マーニルとは相容れない。

「おーい、いっくぞー!」

 スパァンッ!快活な音が響く。
 広場では数人の子供達がボール遊びに興じていた。

「い、イッテー!ち、ちくしょー」

 ボールを当てられた子供は、背中をさすりながら転がるボールを拾う。

「なかなかやるじゃん…けどなぁ、ボール投げ一筋10年間!この俺の弾を避けられるかな!?」

 大きく振りかぶり、腰を唸らせては足で大地を踏みしめる。そして、体中の力を全てボールへと込めていく。
 理にかなった重心移動と体の運びはとても10歳とは思えないほどの技術であった。

「くらえっっっ!!ストロングショットォオッ!」

 空気とボールの摩擦が熱を帯びては焦げた匂いが鼻をつく。
 だが、ボールを投げようとした瞬間、遠くから大きな声が聞こえてきた。

「みんなぁーっ!」

 ボールはあさっての方向に投げられてはそのまま宙を切る。
 子供達は声の主に向かって一斉に視線を注いでいた。

「みてみてー!やっとできたんだよー」

 ぶんぶんと大きく手を振りながら、女の子が小走りで子供達の方へとやってくる。
 金髪を三つ編みに編みこんだ髪にはちょこんと可愛らしいリボンがのっている。
 頭にゴーグルをのせた装いは、ガリギアの研究者然とした姿だ。
 そして女の子の姿を見つけた子供達はボール遊びを止めて戦慄する。

「う、うわぁーっ!ジゼルがきたぞ!手になんか持ってやがるぞーっ!」

「やべえ!また、真っ黒焦げにされちまう!みんな逃げろーっ!」

 子供達は大声を出しながら散り散りになって逃げ出し始めた。

「えーっ!?あーん待ってよー。実験つきあってよー!」

 ジゼルと呼ばれた女の子は見慣れない機械を握り締めて子供達を追いかける。

「いやだよっ!お前の実験で何回死にかけたと思ってんだ!」

 全力で逃げる子供達の一人がジゼルに向かって叫ぶ。

「今度はだいじょうぶだよー!実験させてよーっ!」

 ジゼルも懸命に追いかけるが、ゼェゼェと息が乱れて追いつけない。
 子供達ははるか遠くに逃げ去っていき、一人ジゼルがぽつんとその場に取り残された。

「ハァッハァッ…んもう!ばかーっ!あほたれーっ!!」

 ジゼルは天に向かって大声を張り上げた。
 せっかく作った機械を友達に見せたかっただけなのに…ちょっとだけ実験に付き合って欲しいだけなのに…。

 ジゼルはやるせない気持ちでとぼとぼと家路につく。

 両親が研究者だったこともあり、ジゼルは機械いじりと実験が大好きな子に育っていた。
 何かを作っては友達に試してもらう。
 同世代の子供達も最初は好奇心からか、ジゼルの作る機械に興味津々で快く実験に付き合ってくれていた。
 しかし、いつもロクな結果にならず、実験に付き合ってくれた大抵の子は、痛い目を見るか大怪我をするのがオチであった。

 それでもジゼルはめげずに機械を作り続ける。
 しかし、次第に実験に付き合ってくれるような子は稀有な存在となってしまっていた。

「んー…どうすればいいのかなぁ」

 ジゼルは歩きながら思考を張り巡らす。
 まだまだ試したい機械はいっぱいあるし、実験ができないことには何も始まらない…。
 だけど、今日みたいに逃げられたら…あたし運動苦手だし追いつけないしなぁ。

 どうしようかなと考えていると突然空からアイディアが降ってくる。

「むっふっふ…閃いちゃった。そうだよ!機械で解決すればいいじゃん!」

 ジゼルはウキウキしながら足早に帰宅する。

 逃げられる…追いつけない…実験できない。
 逃げられる…追いつく!逃がさない!実験できる!
 簡単な答えだった。
 単純に、逃げられても追いつけばいいだけだ。

 けど、あたしは運動が苦手…。

 それならば、自分の体を思い通りに動かせる機械を作ろう!
 思いつくがいなや早速、魔素を利用して身体強化をする研究に打ち込むジゼル。

 魔素は様々な力の源であり、制御できれば強大な力の恩恵にあずかることができると踏んでのことだった。

「よーし、早速はじめちゃおう。まずは…これ!火の魔素!」

 火の力を使って推進力を生み出し、逃げ惑う友達を捕まえる。
 頭に設計図を浮かばせてジゼルは製作にはいった。
 カチャカチャと機械をいじる音が三日三晩研究室に響き渡る。

 そして、推進装置を備えた筒のような機械が完成した。

「できたぁ!ふふ…この炎のジェット噴射でスピードを出せば…」

 機械を背中に背負い、そう言いつつジゼルはスイッチに手を伸ばす。
 ウィィィィンンン…静かな機械音が響いていく。
 取り付けられたメーターで火の魔素から徐々にエネルギーが充填されていくのがわかる。

「やったぁ!動いた!成功…熱っ!うぁああ!あちちち!熱いっ熱いよっ!」

 バァーッン!とジゼルは機械を脱いでは投げ捨てる。
 機械は燃え上がりモクモクと黒い煙がのぼっていた。

「えーん…失敗だぁ!」

 どうやら火の魔素は高度な専門知識が必要で、制御がとても難しくて力を取り出すのは困難だったことをジゼルは後に知る。


――数週間後
 ジゼルは研究室で研究に没頭していた。
 前回の反省を踏まえ、火の魔素ではなく水の魔素を使うことに決める。

「ふっふ~ん。水の魔素なら燃えることもないし安全だもんね」

 水を打ち出す力で推進力を発生させて逃げ惑う友達を捕まえる。
 頭の中で設計図はすでに出来上がっていた。
 トンテンカンテンと研究室には軽快なリズム音が響き渡る。

 そして、短いホースの付いた靴型のような機械が完成した。

「できたぁ!ふふ…これを履いてっと…スイッチオォーーーン!」

 靴型の機械を履いて、ジゼルはポチッとスイッチを押す。
 ヴヴヴォォン…鈍い機械音が部屋中に響いていく。
 バシュッ!靴型の機械に仕掛けられた短いホースから勢いよく水が飛び出す。

「やったぁ!動いた!成功…わっ!うわわ!とまんないよぉっ!」

 ズドンッ!大きな音をたててジゼルは研究室の壁にぶつかった。
 壁には大きな穴が開き、ジゼルが顔を真っ黒にしてひょっこりと顔を出す。

「えーん…失敗だぁ!」

 水の魔素は確かに安定しており、水の力で滑って移動することは可能だった。
 しかし、バランスをとるのが難しく、運動が苦手なジゼルには一生かけても体得できないであろうことを…数回の実験後にジゼルは理解した。


――数週間後
 ジゼルは研究室で扇を表裏に動かしたり強くあおいだりと色々と試していた。
 火も水もダメだった…次に使うのは地の魔素。
 失敗を繰り返さないためにもジゼルは入念に計画を練っていく。

「むっふっふ…最初からこうすればよかったんじゃーん」

 地の魔素が生み出す風に乗って、逃げ惑う友達を捕まえる。
 進行方向に風の道を作れば…あとはそこに乗るだけ。
 完璧な設計図を頭の中に描いていく。
 ガンガンゴンゴンと研究室には轟音が鳴り響いていく。

 そして、巨大なファンが取り付けられた砲が出来上がる。

「完成ィイっ!これを左手に装着してっと…さあ、いくわよっ!」

 腕に装着した砲を前に突き出す。
 スイッチを入れるとヴヴィンンン…と音を出しながら砲に付けられた巨大なファンが回転を始めた。
 徐々にファンの回転速度は上がっていき、風のうねりを作り出していく。

「やったぁ!動いた!成功…どっわぁああ!研究室がぁあっ!!」

 風のうねりは竜巻と化していた。
 誰がどう見ても乗りこなす事ができるシロモノではない。
 さらにファンの回転速度は上がっていき竜巻をいくつも産み出していく。

「あ、嵐がーっ!どわあああっ!止まれーっ」

 研究室内ではちっちゃな嵐が発生して、産み出された竜巻は屋根を吹き飛ばし、そこかしこに散らばる研究品や機械を打ち上げていく。

「えーん…失敗だぁ!」

 数刻後、地の魔素から送られるエネルギーが切れたことで機械の動きは止まる。
 研究室は原形が分からないほどに滅茶苦茶に荒れ果てていた。
 地の魔素は扱うには風の知識が必要で手に余るものだとジゼルは確信する。

「いいアイディアだと思ったんだけどなあ…これじゃ友達がバラバラになっちゃうなあ…」

 さすがにそれはまずいと考え、ジゼルは地の魔素を使うのは諦めた。


――数ヵ月後
 ジゼルは新しく改築された研究室で頭を抱えていた。
 火も水も地もダメだった…んじゃあ、次は闇の魔素?

「んー…これ、どうやって使おうか…」

 かれこれ数ヶ月は、闇の魔素を研究対象としていたが、一向に考えがまとまらずにいた。

「あっそうか!そういうことか!むっふっふ…これでいこう!」

 突如、何かを思いつきパッと飛び起きて機械を作り始める。
 闇の魔素の力で友達の動きを封じてしまえばいい。
 逃げ惑う友達をこれで捕まえて好きなだけ実験ができる。
 ジゼルは頭で設計図をイメージしながら製作を進めていった。
 カンカンカンと甲高い音が研究室に響き渡る。

 そして、台座にパイプと歯車が乗った機械が出来上がった。

「できたぁ!これを使って……視界を遮ることが出来たら成功じゃんっ!」

 早速、ジゼルは機械のスイッチを入れてみる。
 ゴォンゴォンと重い音を立てながら歯車が回転を始めパイプからは黒い霧が吐き出されていく。

「やったぁ!動いた!成功…ぶふぁおあ!く、黒い霧が!!なんも見えない!」

 闇の魔素で構成された黒い霧は光を遮断し吸収していく。
 そして、歯車の回転速度が上がるにつれてパイプからは大量の黒い霧が生成される。
 黒い霧は部屋中に闇の空間をつくりあげていった。
 ライトの光も蝋燭の火の光も…そこには光を一切遮断した闇の世界が広がる。

「えーん…失敗だぁ!」

――三日後
 ジゼルは研究室で黒い霧を消し去る作業を続けていた。
 相反する属性である光の魔素を撃ち当てては黒い霧を中和していく。
 機械はエネルギーを使い果たしてすでに止まっているが、残った黒い霧は消えずに研究室を支配していた。

「闇の魔素は…ちょーっと危険かな?なんも見えなくなるし…」

 パシュンパシュンと光の魔素を撃ち当てられた黒い霧が消滅していく。

「まだ試してないのは光の魔素かー」

 ジゼルはうーんと頭を悩ませながら、つまらなそうにパシュンパシュンと黒い霧を消していく。

「ちょっと休憩にしようか」

 ゴーグルと手袋をはずして作業の手を止めるジゼル。
 額にはうっすらと汗がにじみ出ていた。

 だが、籠につめられた光の魔素を含んだ宝石に素手で触れた瞬間だった。
 ビリリリ!と身体の全身に電気が駆け巡るような感覚に襲われてしびれてしまう。

「ぶふぁおあっ……!!」

 純粋な光の魔素の力が身体に流れてジゼルは気絶する。
 そして数分後、ジゼルはやっと動けるようになってきた。

「あーもう、びっくりしたぁ。まったくついてないな…ん?あれ?おやおやぁ??」

 なんか身体が軽くなった感じがする…?あんなに痺れたのに…これはもしかしたら!?

「やったぁ!これって新発見じゃーん!」

 ジゼルは光の魔素の新しい可能性を見つけたことで飛び上がって喜んだ。
 それは、とても運動が苦手だとは思えないようなジャンプ力だった。

「光の魔素をうまく使えば…身体能力を飛躍的にあげられるかも」

 この経験をきっかけにしてジゼルは本格的に光の魔素の研究をし始める。
 友達を実験台にしたい!…その思いから始めた魔素の研究はひょんなことからジゼルの人生を変えるような出来事へと繋がっていった。
 そして、ジゼルはさらに研究に没頭していくこととなる。


――数年後
 時は過ぎ、あの日から続いていたジゼルの研究も大詰めを迎えていた。
 光の魔素を身体に直接流す装置の試作品が完成する。

 光の魔素の扱いの研究から始まり、どうやってその力を伝えていくかの理論にたどり着く。
 そして、様々な素材を実験に使っては光の魔素の力を伝えやすい金属を発見することに至った。

「理論上だとこれが今のところ一番効率がいいんだ…きっと、成功するはずさ」

 ドキドキと心臓の鼓動が早まるのを抑えながらジゼルは装置に座る。
 新しい金属で出来た金属板を体中に貼り付けてスイッチに手を伸ばす。

 ポチッ。

 ウィィイイン…装置に光が灯り、ものすごい勢いでジゼルの身体に光の魔素を流し込む。

「ぶふぁおあああああっ……!!」

 悲鳴にも似たジゼルの叫び声が研究室にこだまする。
 そして、装置が止まるが光の魔素が身体に流れたせいなのか、ジゼルは痺れてピクリとも動かなかった。

 ピクッ…数分間の時間が流れてジゼルの指が動き始める。
 そして、確かめるかのように次々と身体の色んな部位を動かしていく。

「す、すごい…すごいじゃん!これは世紀の大発明だよ!!」

 身体が今までにないくらい軽く感じられ、いつもの数倍は早く動ける気がした。
 研究室を出て、試しに外で走ってみる。

「おお!速い速―い!はっはっはー!」

 実験は成功裏に終わった。

 そして、この実験結果を元にジゼルは発明を論文にまとめ、世間に公表する。
 ジゼルの発表した論文はガリギアで注目を浴び、ジゼルは一躍有名人となった。
 それに伴って、資金援助や共に研究したいと申し出る人も増えていった。


――数年後
 新たに建築された研究所はジゼルの論文を元に、臨床実験を行う為の施設だった。
 ここでは光の魔素を人体に流す実験を行っている。

「ジゼルさん…これが最後の実験ですよ?」

 そこには、神妙な面持ちでジゼルに喋りかけている男の姿があった。
 ゴクリと唾を飲み込み、ジゼルはこの時ばかりは真剣な面持ちで返事を返す。

 ジゼルと男は揃って実験室へと向かって歩いていく。
 普段使わない様な口調でジゼルが喋っているのには訳があった。
 これが最後のチャンスなのである…。

 あれから共に研究する人間も増え、潤沢な資金も出来たことで実験が行える環境は最高の状態に仕上がっていた。

 だが、実験は一度も成功しなかった…。

 何度も臨床試験を行うが、ジゼル以外の人間に光の魔素を流すと感電したかのように身体が麻痺を起こすだけだった。
 それは、装置にどんな改良を加えていっても変わらなかった。

「さあ、始めてください」

 実験室では先ほどの男が装置の上に乗り、実験の開始を促す。
 この男はジゼルの研究を応援している最後のスポンサーだった。
 一向に研究成果の上がらないジゼルに業を煮やし、この実験でスポンサーを続けるかの見極めをしようとしていたのだった。

「いきます…」

 装置のレバーが落とされる。
 ヴィヴィンンン…と音を立てて装置は動き始め、男の身体に光の魔素が流し込まれる。

「うぎゃああああっ!!」

 男は悲鳴を上げピクリとも動かなくなる。
 そして、プスプスと焦げた匂いが実験室に溢れていく。

「えーっ!なんでなんで~?ちょ、ちょっと大丈夫??」

 最後の実験は失敗だった。
 男は自分の連れてきた使用人に付き添われて、病院へと運ばれていった。

 そして、この実験が決定打となる。
 ジゼルの周りからは人が少しずつ去っていく。
 また、孤独になってしまったジゼル。
 最終的にガリギアでは光の魔素を人体に直接流す実験は危険だとされ、安全だという実証が取れない限り実験自体が禁止となってしまう。

 だが、それでも諦めがつかないジゼルは実験を続けていく。

「諦めるにはまだ早いもん…身体が軽くなるってことはわかってるんだ。他の人にも使えるように実験を続けていかないと。それに…成功しちゃえばこっちのモンだしねぇ」

 シッシッシとジゼルは笑った。

――
 ガリギアでは禁止になった実験を行うために、ジゼルは以前の自前の研究室に戻り、試行錯誤を繰り返して光の魔素を流す素材を見直すことにした。

「んー、金属だと魔素の力が伝わるの早いんだよねー…これ、どうかなー?」

 ジゼルが取り出したのは革でつくられたグローブだった。

「んー、あとは実験かな!早速、実験台になってくれそうな人を探しに行かないとね」

 一人で研究を続けるようになってからは実験台になってくれる人が決定的に不足していた。
 その為、試作品が出来上がってはガリギアの街に繰り出し、実験に付き合ってくれる人を探すようにしていた。

 ジゼルが準備を終えて研究室を出ようとした時だった。
 外が騒がしい…?ドオォーンという轟音が街中に響き、そこら中から鬨(とき)の声が湧き上がっていく。

「え?え?なに?なんなの!?」

 ジゼルはすぐに窓に向かい外の様子を確かめる。
 街では至る場所の建物から火の手が上がっていた。

「あ、あれは!あの旗は…!」

 ジゼルは一瞬、自分の目を疑ったが、何度見ても見間違いではなかった。
 帝国軍の旗…。
 街の中央部で高く掲げられ、風になびいているものは間違いなく帝国軍の旗だった。

「帝国が攻め込んできたっての!?こりゃ、まずいって!」

 ジゼルは自分の研究が帝国に盗まれると考え、グローブを装着して急いで脱出を図る。

「おとなしくしろっ!帝国に逆らうと痛い目みるぞ!」

 ダァンッ!と研究室のドアが蹴り破られては帝国軍の兵士が研究室になだれ込んでくる。

「やっば!きちゃったか!」

「手を上げろ!少しでも変な動きをしたら容赦はしない!」

 帝国軍の兵士は槍の先端をジゼルに向けて威勢をはる。
 だが、ジゼルの腕からキュイイインと音が鳴り、帝国兵が反応を示すよりも速くジゼルが動く。

「おとなしくなんてしてらんないよー!いっけー!」

「き、貴様…!」

 ジゼルはグローブの装置を使い兵士の隙間をかいくぐっていく。
 数秒の出来事だった。
 まんまと脱出に成功するジゼル。
 はるか遠くでは、先程まで威勢をはっていた兵士の怒号が響いていた。


――
 ジゼルはガリギアを脱出し、帝国兵に見つからぬように道なき道を走っている。
 遠くではたいまつの火と共に数人の兵士が追っ手として捜索活動を続けていた。

「くっそぉ…あいつらほんとにしつこいなー!」

 このまま真っ直ぐ進むと、とある遺跡へとたどり着く。
 ジゼルはその遺跡を目指していた。
 そこは、研究に使える数々の種類の宝石や貴重な金属などがありジゼルはよくこの遺跡に来てはそれらをくすねていた。

 それに、遺跡の入り口は開かれておらず、ジゼルのみが知る隠し通路を通ってやっと中に入ることができる。

「ぷはぁッ!んもう、相変わらずここは埃っぽいなー。ま、しょうがないけどさっ!」

 石でできた通路には蔦が生い茂り、ひんやりとした空気が流れていた。
 隠し通路を道なりに少し進むと視界が開け大きな広間が現れる。
 ここには食料もあれば実験で使用する機材も置かれていた。
 何日間もかけて遺跡探索をする場合や、手に入れた素材をすぐ加工できるようにとジゼルが自分で用意していたものだった。

「ガリギアで戦いが終わるまでここを拠点にするかな、まだこの遺跡を全部探索してないしね」

 ジゼルはこの遺跡で実験の続きをすることに決めた。
 そして、帝国軍の兵士が研究室にやってきたときのことを思い出す。
 あの時、試作品のグローブを使ってもアタシはまったくといっていいほど痺れなかった。
 それなら、完成の直ぐ近くまできているはずだ。

「もうちょっとこのグローブの出来を確かめないとな。その為にも実験しないと!」

 そして、ジゼルは実験を開始する。
 金属を素材に使った時は痺れを起こしてから身体が軽くなるが、革だと痺れが起きない。
 出力も問題はない…うん、やっぱりいい出来栄えだ!

 その後も実験を繰り返し、自身が使うには理想的でまったく問題がないことが分かる。
 だが、これが自分以外の…他人でも扱えるのかどうかをさらに確かめる必要があった。
 ジゼルは広間を後にし、遺跡の奥へと向かうことに決める。
 自分以外の人間に実験するために、もうひとつグローブをつくらなければならない。


――
 いつもの探索よりも遺跡の奥へとジゼルは足を踏み入れていた。
 何か研究に使えそうなものが落ちていないかと、くまなく遺跡を探していく。

「んーどれもこれも微妙だなあ。なーんかいいもんないかなぁ…」

 ガラクタの山をかき分けながら、あれでもないこれでもないと物色を続けていく。
 ガコッ…何かのスイッチを踏んだのか石畳の一部が音をたててへこむ。

 そして…壁の一部がゴゴゴゴと動き始める。

「なにこれ!?すごい!こんな仕掛けがあったのか!」

 ジゼルは驚いては興奮を覚える。
 動いた壁の先には小部屋のような場所が広がっていた。
 その奥からは何か人の気配を感じる…。

 恐る恐る小部屋の中へ入っていくと、そこには黄金の鎧が直立不動で構えていた。
 周りにあるボロボロの劣化したものとは違い、その鎧だけ異様な空気を放っている。

「んー?あの黄金の鎧の人どうやって遺跡に入ってきたんだろう?今まで人の気配なんてなかったのに…あ!むっふっふ…いいこと思いついちゃった!」

 ジゼルの実験魂に火がついたのか、グローブを装着して忍び足で鎧へと近づいていく。
 グローブは触れるだけでも光の魔素を流すことが出来る。
 あの人でちょっとだけ実験してみよう!とジゼルは考えていた。
 そして、背後から鎧の小手をガバッと掴む。

 鎧に触れた、その瞬間だった…バチッと音を立ててグローブから光の魔素が漏れ出し鎧に電流が流れる。
 鎧はガタガタと震えだし、兜が転がり落ちた。

 兜の中身は空っぽだった…その兜を着けているはずの人の頭はそこにはなく、鎧の中も空洞であった。

「あ、あれ…?空っぽ?確かに人の気配がしたのに…なんでだ?」

 ジゼルが頭を抱えて不思議がっていると、突然鎧の腕が持ち上がり、本来頭があるはずの何もない虚空をなでる様に動き始めた。
 様子を見ていたジゼルは、黄金の鎧のとったその挙動に驚く。

「?…!?えぇえええ!すごい!動いてる!!なんでなんで!?」

 ジゼルは鎧に駆け寄り、ペタペタと触ったり鎧の中を覗き込む。
 だが、そんなジゼルを気にしない様子で鎧はあたりを見渡すようにゆっくりと左右に身体を動かす。

「ここは、どこだ?」

 鎧のどこからか声が響いてきた。
 ジゼルは転がった兜を拾い上げて中身を見る。
 兜の内側には魔力回路が張り巡らされていた。
 その回路はジゼルがグローブに組み込んだ回路にどことなく似ている。
 そして、ひとつの疑問がジゼルに湧き上がる。

「アタシの研究に関わっていた人間がこの技術を盗んだのか…?」

 しかし、ガリギアではこの手の身体強化をする実験が禁止されて久しい。
 彼らにこんな研究を続ける度胸はないだろう。
 しかも、回路に魔素を送る為のタンクはなく、それを制御するリミッター装置もついていない。
 ガリギアの技術の根底を覆すような作りが出来るなら、アタシの発明よりももっと革新的な事ができるはず……。

 じゃあ…一体誰が?ジゼルは純粋にこの鎧を作ったのが誰なのか気になった。

「ねえ、この兜ってどこで手に入れたの?」

 ジゼルは鎧に質問をぶつけてみる。

「……わからない。何も覚えていない…」

 ジゼルは考え続ける。

「それとも、アタシの研究…この努力の結晶が、他の研究者が先に完成させていたとか…?」

 まさか!とジゼルは頭を振る。
 ガリギアで論文発表した時、周囲はジゼルの事を絶賛していた。
 有名な科学者も著名な学者もジゼルの論文を認めている。
 それなのに、既にある技術なはずがない。

 鎧はジゼルの思考を伺うような様子を見せる。
 ジゼルは鎧に向かうがあることに気づく。
 鎧には埃が積もっており、見た感じでは何十年もの月日がたっている。

「もしかして…新発見!?これは研究が進展する一歩かも!」

 ジゼルは自分のグローブを見つめる。
 このグローブには…というよりもアタシの研究はまだまだおっきな可能性を秘めている。
 ジゼルは期待に胸を膨らませた。
 そして、鎧はタイミングを見計らったかのようにジゼルに喋りかけた。

「私は、一筋の光が見え暗闇を抜けだすことができました。きっとあなたのつけているそれ(グローブ)のおかげです。それからは強い光の力を感じます。私は助けてくれたお礼がしたい!あなたのためなら何でもしよう」

 鎧は平伏するかのように身をかがめる。
 ジゼルはその様子をみて、何かを思いついたのだろう…にやりと悪巧みをするような笑顔を浮かべた。

「ふーん。ちょうど実験台が欲しかったところなんだ!君はなかなか興味深いしねぇ。そうだ、遺跡の外に出れば君の事を知ってるやつがいるかもしれないし、アタシについてきてよ!」

 ジゼルは兜を鎧に返し、一緒に連れ添って歩き出す。

「はい、主様。このデアラスール、主様にこの身をささげま…す」

「デアラスール……?それが君の名前……?」

 だが、歩き出すと同時にデアラスールはいきなり倒れ、大きな音をたててバラバラになった。

「うわぁぁあああ!!バラバラになった!!」

「主様……すみません。身体にまだ力が足りていないようです」

「力…?あ!そうか!」

 ジゼルはデアラスールへと近づき、初めてデアラスールが動いた時と同じようにグローブで触れ、今度は魔力を一気に放出させる。
 すると本来自分に流れるはずの魔素が吸い上げられるかのようにデアラスールへと流れだす。
 そして、デアラスールのバラバラになった身体は引き寄せられ、合体した。

「おおおお!!なにこれおもしろい!!」

 いい気になったジゼルは研究者としての性なのかどこが限界なのか試したくなる。

「実験開始ぃ!!」

 ジゼルはグローブから流れる魔力の出力を一気に上げていく。

「うぉおおおおおおおおおおおお!!!!」

 デアラスールは光のオーラを放って羽を広げる。
 そして、あふれ出した光の魔素は爆発を起こし、四肢がバラバラに吹き飛んでしまう。
 ジゼルが触っていた胴体と頭を残し、他の部分はバラバラになり所々傷だらけになってしまった。

「あちゃ~これ直せるかなぁ……まぁ何とかなるか。代わりになりそうなものは沢山この遺跡に転がってるし」

「さすがです!主様。私のような難儀な人間を直す事ができるのですね」

「??人間?まぁいっか。そうだね~構造は難しそうだけど、アタシみたいな天才なら余裕だね!いちいちアタシがエネルギー供給しなきゃなんないのも面倒だし。ちゃちゃっと改造して自分で供給できるようにしちゃおっ!」

「助けていただいた上にそんなことまで…主様は、とてもお優しい上に聡明なのですね」

「そんなの当たり前じゃない?アタシほど聡明な人間もなかなかいないよ!?」

 デアラスールに持ち上げられジゼルは気分を良くする。
 鼻歌交じりに歩きつつ心の中ではなんていいものを拾ったんだ!と嬉々としていた。


――数週間後
 とある街で、動く黄金の鎧がいるとの噂が出回っていた。

「お前、知ってるか?黄金の鎧の噂!」

 数人の男が固まって、噂について話していた。

「お前あの噂信じてるのか!?ありえないだろ!」

「その話、聞いたことあるぜ!なんか兜を取ったらそこには頭もなんもなかったってやつだろ?」

 ワイワイガヤガヤと、男達は耳にした噂を披露しては熱心に話しあっていた。
 そして、そんな男達のところにジゼルが現れる。

「お兄さん達…その金ぴか鎧に興味ある?ちょ~っと付き合ってくれるだけでその金ぴかにあわせてあげるよ?ホントにちょっとだけだから!」

 とっても胡散臭い文句を口にしながらジゼルは男達を誘う。
 男達は顔を見合わせてそれぞれが怪訝な表情をするが、好奇心が勝ったのであろう。
 ジゼルの誘いに乗り、その後を付いて行く。
 前を歩いているジゼルはニコニコと満面の笑みを浮かべていた。

「むっふっふ…実験台ゲットーっ!」

 声にならない声で小さくガッツポーズをしては喜んでいる。
 それは、黄金の鎧のおかげで実験台を見つけるのに苦労しなくなり、好きなだけ実験が行えるようになったからであった。
 着実に一歩ずつ、ジゼルは研究の前進に確かな手応えを感じていた。

+ 深淵の炎を纏う者クロウ
「悔い改めよ!!」

 フィーリアが持つ聖剣が神父に振り下ろされる。
 神父の身体から吹き出た紫炎は真っ二つに切り裂かれ、光が部屋の中を包み込む。
 窓から部屋の中を覗き込むカラスの瞳から送り出された情報は、ある男の元に伝達される。

(ヒ……ヒヒャハハ……全て、計画通りにコトが運んだ……!)



 ――彼の意志を汲んだように、カラスは嗤(ワラ)う。



 鎮魂の街ソーンに産まれた男は、本が大好きな少年だった。
 お世辞でも社交的とは言えない少年は、友達も持たず、街で一番本のある神父様の家で過ごす。

「クロウ?あまり遅くまで本を読んではいけませんよ。今日も家には帰らないのですか?」

 夜は更け、人々は寝静まり闇に包まれた街の中、この家だけはロウソクの明かりが揺れる。
 家の中に入ってきた神父は、本から目を離そうとしない少年を心配していたが、彼にはどうでもいい事だった。
 一日中、本を手放さない少年の知識欲は他分野に渡り、魔法や歴史、魔物の本など、目につく物は片っ端から読み漁る。
 周りの子どもが何を話していようが、耳を貸さない。
 またバカ共が騒いでいると、いつしか見下すようにさえなっていた。
 その考えが態度にまで出ていれば、イジメに発展していくのは仕方のないことだったかもしれない。
 呼び出されては無視をし、神父の家に向かう途中に囲まれて、森の中に連れて行かれ殴られる日々。
 少年はいつからか、痛みに耐え、力を求めるようになった。
 魔導書を読み、自分にも魔法が扱えないものかと試行錯誤してみたりもしたが、本を読んだだけで習得できるようなものではなかった。

 いつも思っていた。
 力が欲しい。
 あいつらを、一人で殺せるだけの力が……。

 そんなある日、いつものように神父の家で一冊の本を読み終えた少年は、本棚にその本を戻すと辺りを見渡す。
 目につく本は、見たことのあるタイトルばかり……ついにここにある本を全て読破してしまったようだ。
 突然この世から全ての人が消え、ただ一人残されたような虚無感を覚える。
 本棚に体重を預け、天井を眺める。
 これからどうすればいいのか……。

 その時、突然本棚が動いたかと思うと、体勢を崩して床に激突する。

「うわっ!!」

 派手に頭を襲う衝撃に悶絶している所に、大量の本が追い打ちの様に少年の背中に降り注ぐ。

 そして少年は見つける事になる。
 本棚の裏に隠された一冊の古書。


 全ての始まりは、この時だった。


 クロウはこの本に魅了された。
 昔の文字なのか、殆ど読めない。
 諦めずに、以前読んだ考古学の本の中にある一枚の挿絵に似た文字が刻まれていた事を思い出し、その1ページを鍵にして解読していく。
 しかし、読めば読むほど、この本は恐ろしいものだった。

 神父に見つからないように、古書を解読し続けること数年。
 見えてきたものは、教会に隠された秘密。

 このソーンの街が信仰しているカラス。
 そのカラス達と密接に関わる闇の炎。
 教会の地下に隠された紫炎は、神父だけに受け継がれる……。
 継承する際の儀式に必要なものは、人間の生贄……。
 闇の炎に誓約を結ぶと、闇の力とカラスの加護を受けられる。
 カラスの加護とは、その人間が寿命以外では……


 ――死ぬ事がなくなる。

「これは……また随分と黒いですね……教会というのは……」

 神父は毎日同じ時刻に帰ると、深夜に一度教会へ行く。
 その時間何をしているのか、人の行動に興味がなかったクロウは考えた事もなかった。
 しかし、この古書を読み解いている今では話は違う。

「最近はその本ばかり読んでいますね。古い文字に興味を持ったのですか?あまり夜更かししないようにしてくださいね」

 神父は笑顔を向けてくる。
 神父の前で古書を読むことは直感が許さなかった。
 その日も一言だけ声を掛けると、深い闇の街へ消えていく。
 ドアが閉まる音がした数十秒後、クロウは立ち上がり神父の後を追う。

 教会のすぐ横にある離れの小屋。
 そこに辿り着いた神父は、いつになく険しい目つきで辺りを見渡してから静かにドアを開けた。
 クロウは小屋に近付き中の様子を見ようとするが、この建物には窓がついていない。
 聞き耳を立てるが、中からは物音一つなく、ただただレンガ造りの壁が耳を冷やした。

(ドアを開けるべきか……いや見つかればそれまで……)

 唾を飲み込み、緊張を和らげようとするものの、心臓の音が邪魔をする。
 次の瞬間、何か大きな物が動く音と振動が走ると、足音が聞こえてきた。
 とっさに小屋の横に身を潜め、神父が出て来るのを待つ。
 そして、ドアが開いたかと思うと神父は鍵をかけてその場を後にした。
 神父が遠のくと、クロウは止めていた息を一気に吐き出す。
 ドアには頑丈そうな南京鍵が外側からかけられ、鍵が無ければ入れそうにない。

 神父が家に戻る前に先回りをして家に戻ったクロウは、次の日の計画を立てていた。

――翌日

 日中、神父の机の引き出しから小屋の鍵を見つけあの小屋に向かう。
 この時間であれば、神父は教会で仕事をしている。
 幸い小屋の周りに人影はなく、思っていたよりもあっさりと中に入ることができた。
 中は物置だろうか、光の入らない暗い建物には沢山の物が置かれている。
 昨日聞いた大きな物音は、何かを引き摺るような音。
 目星をつけたのは大きな本棚だった。

「秘密にするのに、同じ仕掛けを2つも使うんですか~?」

 何か興冷めするように肩を落としてから本棚の横を見ると、明らかに引き摺った後がある。
 体重を乗せて本棚を押すと、さっぱりとした木の扉。
 扉の奥には、地下に通じる階段が広がっていた。

「地下室……教会の地下に通じている?なるほど。あの本の内容はやはり本当のようですね」

 心を踊らせながらランプを揺らし、地中深くに続く階段を降りていく。
 そしてそこには、あの、闇の炎が揺れていた。

 禍々しく揺れる紫炎。
 まさしく本に書いてある通りの見た目に、クロウの口元が緩む。
 触ろうと手を伸ばすも、その炎は火傷で済まないと想像させる何かを発している。

「俺が生贄をこいつに捧げたら、どうなるっていうんだ?」

 クロウの歯が紫炎に照らされて不気味に浮かび上がった。


――翌日

「俺に用事ってなんだてめぇ?また殴られてぇのか!?」

 顔を合わせれば暴力を振るうガキ大将のドーク。
 クロウから呼び出したのはこれが初めてだった。
 いつもの取り巻き4人がついてこないように、わざわざドークの家の前で待ち伏せた。

「俺は本当はお前達の仲間になりたいと思ってたんだ。その友情の証って事で、贈り物をしたい。こっちについてきてくれますか?」
 淡々と話すクロウに満足そうに笑うドークは、クロウの一歩後を歩きながら森の中を進んでいく。

「あの木の上を見てくれる?」

 周りに生えている中で一際大きな木をクロウは指差し、ドークが見上げる。
 その瞬間に、隠していたナイフで首元を切り裂いた。

「思ったよりも、簡単に死ぬのですね」

 クロウは動かなくなったドークを見下ろして笑顔を作る。

 大きな袋に入れて荷車に乗せ、街の近くまで運ぶ。
 クロウにとっては初めての重労働だったが、苦に感じることはなかった。

 その日の夜。
 神父が紫炎の小屋から戻ってきてから、そっと鍵を盗んで外に抜け出した。
 胸の高鳴りを抑えながらドークの死体を地下まで運ぶ。

 紫炎の前に辿り着くと、ドークを炎の中へと投げ込んだ。

「さぁ!!紫炎よ!!俺に力を!!!」

 炎は勢いを増す。
 手の中に溢れる力を、クロウは確かに掴み取った。
 力を入れると手の平から闇の炎が吹き出し、その熱を感じる。

「ヒャハハハハ!!これで俺も不死身になったのか!?」

 ナイフで自分の手を思いっきり斬ってみると、鮮血が飛び散り、痛みを感じた。

「なぜだ!!?なぜあの書の通りにならない!?」

 クロウは顎に手を当てて考える。
 あの本にあった通り闇の炎の力を扱えるようになったが、まだ足りないものがあるのだろうか。
 その日は一度戻り、傷の手当をしてからまた古書を読むことにした。

 更に古書を解読していくも、今まで得た情報以上の事は書いていない。
 ならば考えられる事は一つ。
 既に神父が闇の炎の力を持っているからだろう。

 あの神父を消せば……

 しかし、神父は寿命でしか死ぬことがない。
 事故に見せかけて殺す事が出来ないなら、神父の寿命を待つしかないのか。

 不死の力について書かれている箇所の解読を進めるが、外傷を与える事が出来ないとしか書いていなかった。
 しかし、闇の炎について書かれた箇所に、気になる一節を見つける。

『闇の力を制御する聖騎士の祈り。其の聖なる力は闇と共存する為に不可欠であり、闇の暴走を止められる唯一の手立て』

 クロウは思案する。
 確かに、聖騎士は毎週教会で祈りを捧げなければいけないという掟があり、祈りは聖騎士の役目となっている。
 闇の力が制御できるように抑えているという事か……?
 神父が闇の炎の力を悪用しようとした時には、聖騎士がその力を抑えられる……
 ならば……

 クロウは笑う。

「思ったよりも面倒ですが……寿命を待つよりは遥かに早くコトを進められそうですね~……」

 その時、クロウの視界に空が広がった。

「なんだ!?」

 眼下に広がる街並みは、ソーンの街だった。

「これは……鳥の視点……?カラス??」

 カラスの群れが見えた時に、クロウは古書に書かれた事を思い出す。
 闇の炎とカラスは密接に関わっている。
 ソーンの信仰対象となっているカラス……。

「なるほど……こうしてカラスの視界を得る事で、ソーンの街を外敵から守っているのですか……」

 意識を集中すると、カラスの飛ぶ方向を右へ左へと動かすこともできる。
 ソーンにいるカラス達全てがクロウの視界となった瞬間だった。

「これは……面白いですね~……ククク……」


 クロウはそれから数週間をかけて、カラスをより精確に操れるように毎日訓練をする。
 同時に、聖騎士に神父を殺させる計画を立てていった。
 何か一つでも間違えば全てが終わってしまう、失敗の許されない計画。
 難しいかもしれないが、これを成功させれば完全なる闇の炎がクロウのものになるならば、一切隙のない完璧な計画を立てる必要があった。

「あの力が……あの力があれば俺は…………」

 クロウは笑う。


――数ヶ月後

 新たな教会騎士が選出される時期になり、クロウは教会騎士へと志願した。
 体力は他の人間よりもないクロウだったが、諜報部なら役に立てると神父に打診する事で、無事に教会騎士へと任命される。

 しかし、その直後からクロウの闇の炎の力に異変が現れ始めた。
 闇の炎の力が確実に衰え始めている。
 手から出す事の出来る闇の炎は、決まって週に一度、聖騎士の祈りの日に小さくなっていく。
 このままでは計画に支障をきたすと考え、対策を打つ事を余儀なくされた。

 聖騎士の祈りで闇の炎が沈静化されているのであれば、さらに生贄を投げ込み、その力を増幅させる必要があると考えた。
 しかし、一人で定期的に生贄を用意するのはあまりにもリスクが大きい。
 必要なのは協力者だった。

 昔ドークの取り巻きとしてクロウに暴力を振るっていた4人に目をつける。
 この4人ならば裏切らない協力者にすることが可能だと考えた。

「みんな、よく集まってくれましたね。エイムス、ゴイル、グレゴに、チャーズ」

 数年ぶりに会話をする4人は、何か気まずそうだ。
 いじめていた張本人に招集されれば無理もないだろう。

「クロウ……元気そうだな。お前も教会騎士になったんだよな?昔は色々あったけど、これからは仲良くやろうな」

 チャーズがバツの悪そうな顔をしながら話す。
 クロウは笑顔で返した。

「はい、そうですね。私もそう考えていました」

 クロウの声で、4人に安堵の表情が浮かぶ。
 しかし、次の一言でその顔は凍りつく事となった。

「実は、皆さんに伝えなくてはならない事がありまして……。お友達だったドークを覚えていますよね?ドークを殺したのは私なんですよ」

「まて!!なんだそれ!?ドークは行方不明のまま……森の中で魔物に襲われたっていう事になって……」

 クロウは笑う。

「死体が見つからなかったらそうなるでしょうね。でも実際は私が殺しました。皆さんも彼と同じ所に行きますか?」

 そう口を切ると手から闇の炎を見せた。

「それはなんだ!?本当にお前がドークを………」

 クロウは笑顔のまま答え、本題に入った。

「信じる信じないは勝手だと思いますが、これを誰かに話せば皆さんもドークと同じ場所に行くことになるのは覚えておいてくださいね。そして、皆さんには私の仕事を手伝って貰おうと思ってます」

「し、仕事?」

「はい。そう難しくはない力仕事ですよ。ほら、私はあまり体力がないもので、皆さんに手伝って欲しいんですよ」

 4人は顔を見合わせると、ゴイルが口を開いた。

「少し考えさせてくれないか……」

「いいですよ。ただし、このことは他言無用でお願いしますね」


 その日は解散して、各々教会騎士の宿舎に戻る。
 夜になると、クロウは4人の中の一人、チャーズの部屋に出向いた。

「チャーズ。クロウです。少しお話をしてもいいですか?コーヒーをお持ちしました」

 部屋に招き入れられたクロウは、他愛のない話を続ける。
 ドークの隣の家に住んでいたチャーズを一番警戒するのは当たり前の事だった。
 この計画で肝となっているチャーズに対し、最後の仕込みを入れる。

「おっと、長居してしまいましたね。そろそろ私は戻ります」

 クロウは空になったコーヒーカップを持って自室へ戻った。


 翌日、また4人を集めたクロウは、人気のない森の中へ歩いた。

「おい、クロウ……こんな森の中にいったいなにが……」

「まぁまぁ、力仕事があると言ったじゃないですか。ちょっと今日は手伝って貰おうと思いまして……」

 チャーズ達は浮かない顔をしながらクロウについていく。
 そして、ある木の下でクロウは立ち止まった。

「ここはですね、ドークを殺害した場所なんですよ」

 4人の表情が一気に険しくなる。

「皆さんに頼みたいのはですね、死体を運んで貰いたいんです」

「死体!?一体誰の!?まさかドークの……!?」

「いえ、ドークの死体はその時に処理しました。今回運んで貰うのは、裏切り者の死体です」

 クロウは笑みを浮かべながらチャーズの顔を見た。
 チャーズは訳の分からないまま答える。

「裏切り者って……誰だよ……?」

 クロウがパチンと指を鳴らすと、チャーズの身体が燃え上がる。

「うあぁああああああ!!!!」

 3人は闇の炎に包まれるチャーズから飛び退き、その光景を傍観する事しかできない。
 自分の手から出すことの出来る紫炎は、物に閉じ込めることもできると実験で分かった。
そして仕込んだ炎は自分の意図したタイミングで燃え上がらせる事ができる。
 昨日仕込んだコーヒーに闇の炎をしっかりと入れ込んだ効果が出ている事に、クロウは満足気な表情を浮かべた。
 倒れたチャーズを前に3人は息を呑む。

「それでは皆さん、死体が出来上がったので、この袋に詰めて運んでください。なぁに、チャーズは昨日の晩に私を売ろうとしたんですよ。ドークの件を許せなかったようですね。だから、彼と同じ所に行くんです。残りの皆さんはそんなバカげた行動は取らないと信じていますよ」


 こうして、協力者を得たクロウは、3人にチャーズの死体を闇の炎へと投げ込ませた。
 闇の力が強くなったのを確かめたクロウは笑う。

「聖騎士の祈りも、これで克服できました……。あとは……」


――数週間後

 この日、計画の上で重要な仕込みをするクロウは、エイムス、ゴイル、グレゴの3人に最終確認をとっていた。
 この3人と、クロウ、聖騎士との5人での任務。
 神父を殺す為に、この日のミスは許されなかった。

 神父から予め盗んでおいた弔い瓶(とむらいびん)。
 弔い瓶はソーンに伝わる風習のひとつで、親しい人が亡くなった際、弔いの意味を込めて身に着ける装飾品。
 この世に一つとして同じ物はない。
 これが計画においてキーになるのだ。

 そして、もう一つのキーは、聖騎士のフィーリアと同じ孤児院で育ったライベルという教会騎士の存在。
 ライベルはこの日、別の隊として行動をする予定だ。

 任務は簡単な魔物退治であったが、クロウは道中から任務中までカラスを操る事に意識の大半を割いていた。
 ライベルを上空から確認して、隙を狙い続ける。

「たいしたことはなかったな。クロウ、大丈夫か?」

 突然話しかけてくるフィーリアに邪魔されながらも、その場をうまくやり過ごす。
 次の瞬間、ライベル達の隊も最後の魔物を倒し、ライベルに隙が生まれた。

(今だ!カラスよ!!!)

 上空から滑空するカラスにライベルが気づく筈もなく、カラスのクチバシがライベルの胸元に掛かったペンダントを捉える。

「何だっ!?カラス!?悪い……みんな、大事なペンダントが今のカラスに持っていかれた。先に戻ってくれるか?」

 ライベルのペンダントは、孤児院に入る前、ライベルが両親から貰った大事な形見。
 彼の事であれば、一人でカラスを追うだろう。
 クロウの読みは的中していた。

 エイムス、ゴイル、グレゴの3人に合図を送ったクロウは、フィーリアと別行動を取る。

「それじゃあ…まあ、戻るとしましょうか?教会への報告は私の方で済ませておきますから、聖騎士殿はどうぞ先に帰って休んでくださいな」


 聖騎士と距離を取ったクロウ達は、近くまでおびき寄せているライベルの元へと向かった。
 カラスを木の上に止まらせ、ペンダントを枝に引っ掛けさせ、カラスを飛び立たせる。
 ライベルはその木を必死に登ろうとしていた。

「じゃあ、皆さん、あの木に全力で攻撃して木を倒してください」

 3人が魔力を込めた武器を持って一斉にライベルの登る木を攻撃すると、木は音を立てて倒れる。

「うわぁあああ!!」

 何が起こったか想像もしていないであろうライベルに一瞬で近づき、喉元をナイフで斬る。
 切り口からは闇の炎が吹き出して、ライベルは絶命した。

 3人にライベルを教会の付近まで運ぶように指示すると、ライベルのペンダントを奪わせたカラスに神父の弔い瓶を咥えさせる。

「それじゃあ、お願いしましたよ」

 ライベルが元々任務でいた場所の付近にカラスを飛ばすと、クロウは3人にその場を任せて街まで走る。
 街ではライベルの隊が既に教会で報告をしていた。

「お疲れ様です。あれ?ライベルさんの姿が見えませんが……」

 クロウは何食わぬ顔で状況を確かめる。

「それが……任務が終わった後無くし物をしたとかでまだ戻っていないんです」

「そうですか……。最近教会騎士の失踪事件も増えていますし……心配ですね……ライベルさんまでいなくなったら……」

「そんな筈は!ライベルに限ってそんな事はないですよ!」

「そうですか?では、チャーズは失踪してもおかしくなかったとでも言うのですか?」

 押し黙る男を見て、クロウは心底おかしく思う。
 目の前の男が一気に不安に掻き立てられて青ざめていく様子は、クロウからすれば滑稽でならなかった。

「ライベルの捜索を……みんな!ライベルを探すんだ!」

 突然慌てるように言い始めた男。
 これでいい。
 後は、フィーリアにこの情報を渡せば……。


 街の中は慌ただしい雰囲気に包まれた。
 あちこちで教会騎士が地図を持ちながら声を上げている。
 クロウはその様子を見ながら正門に身を隠していると、フィーリアがやってきた。
 こんな時間に門から出る騎士達を不審に思っているのだろう、騎士に声を掛けようとするフィーリア。

「お、おい……」

(さてと、しっかり釣られてくださいよ?)

「おやおや?聖騎士殿。どうしたのですか?教会への報告なら私がもう済ませましたよ?」

 クロウが声をかけると、フィーリアは険しい表情で振り向いた。

「クロウか。いや、この騒ぎはなんだ?何かあったのか?」

 クロウの想定通りの質問をしてくるフィーリアに楽しさが抑えきれない。

「ン~……どうやら、任務の途中で行方不明になった騎士がいるようで。いやぁ……最近多いみたいで怖いですよね?その騎士は確かライベルって名前で……」

 そこまで話してフィーリアの顔を見ると、明らかに動揺をしている聖騎士にまた可笑しさがこみ上げてくる。

「おや?聖騎士殿?どうかされました?」

「クロウ!ライベルという名前で間違いないのか!?」

 クロウの肩を掴み、フィーリアはものすごい剣幕でクロウに詰め寄る。

「え?ええ、間違いなくそう聞きましたよ。あれ?恋人とかだったんですか?」

 冗談を混ぜないと可笑しくて吹き出してしまいそうだ。
 少し感じ取られてしまったか、勘に触ったようだった。

「ライベルが最後に行った場所はどこだ!?私のとても大切な友人なんだ!今すぐ私が探しに行く!」

 直ぐにでも場所を教えたい所だが、ここは少し演技をしなければ目論見がバレ兼ねない。

「ちょっ……落ち着いてくださいよ!今日はもう日が落ちますよ?聖騎士殿までいなくなったら……それに、捜索隊も結成するみたいですし……」

「頼む……知っているんだろ?……教えてくれ」

 これでいい。そろそろ大丈夫だろう。

「あ~もう!分かりましたよ!でも、必ず帰ってきてくださいよ?私もできる限り協力します」

 ニッと笑って手を差し出す。
 フィーリアはクロウの手を取り、両手で包み込んだ。

「本当か!?恩に着る……」

 これで、問題はないだろう。

「ライベルが行方不明になったのは、私達が魔物と戦ったところから少し東の場所のようです。魔物討伐の任務を受けていたみたいですが、帰ってきた同じ隊の連中が言うには……魔物討伐を終えて教会へ戻ろうとしたらライベルが忽然と消えていたんだそうです」

 フィーリアはそれを聞くと踵を返し、森の方角へ走っていった。

「さてと、約束通り、協力しないとですね……ヒヒヒ……」

 カラスを操り、フィーリアを見張る。
 あの弔い瓶を置いた場所にフィーリアが辿り着く事。
 しかし、それよりも先に、ライベルの死体を生贄にする時間を作らなくてはならない。
 幸い、教会騎士は皆ライベルの捜索に当っている為、教会の隣の小屋の付近に人影はなかった。

 エイムス、ゴイル、グレゴと落ち合う予定の場所まで移動し、ライベルの死体を運ぶ。
 闇の炎の前に辿り着くと、3人を宿舎へと戻し、一人闇の炎に手を当てながらライベルの死体を投げ込んだ。

「ククク……いいぞ……いいぞ……!もっと俺に力を!!」

 炎は燃え上がり、漆黒の火柱が上がる。
 クロウは確かな手応えを感じていた。

「さて、そろそろ頃合いだろうか」

 フィーリアを追っていたカラスを鳴かせて、目的の場所に誘導する。
 そして、カラスの目を通してフィーリアが弔い瓶を無事に見つける事を確認した。

「ヒヒャハハハ……!!これでまた一つ計画が進んだ!!」


 額に手を当てて狂うように、クロウは笑う。


 そして、神父が闇の炎を見にくる時間がやってくる。
 クロウはその場から動かない。
 次の仕込みは、神父に仕掛ける計画。

(さぁ……こいよ……)

 数分後、階段を降りてくる足音が聞こえ、クロウは神父を出迎える準備を整えた。

「し、神父様!?これは一体なんなのですか!?」

 クロウは闇の炎を指差しながら神父に問い詰める。

「クロウ……あなたは何故ここにいるのですか?」

 驚いている神父に向けて、クロウは用意していた通りに話を進めた。

「教会騎士がいなくなっている。諜報部員として色々と調べていたら、夜な夜なこの辺りに人影を見ると話がありました。調べてみたら、小屋の奥にこんな物があるじゃないですか!そこに、あなたが来た……。どういう事か説明して貰えますか!?」

 クロウは迫真の演技を続ける。

「もしかして……教会騎士が消えている事に関して、神父様が関係しているとでもいうのですか!?」

「クロウ……それは違います……」

 後ずさりする神父。
 この闇の炎のことは誰も知らない。
 それがバレてしまった瞬間の今、変な疑いも掛けられて神父はパニック状態だろう。

「説明してもらえますか!?本当の事を話してください!!」

 神父の肩を掴み、力強く身体を揺する。
 その拍子に神父の胸元から、モノクルが落ちるのをクロウは見逃さなかった。

「わかりました……全てお話しますから……落ち着いてください」

 クロウは目的の一つを果たし、神父の話に耳を傾ける。

「これは、闇の炎……この街、ソーンを守る存在なのです」

 神父は炎をその手に出してクロウに見せる。
 神父の話は本に書いてある通りだった。
 ソーンの神父は代々、この闇の炎の力でカラスの瞳を手に入れ、街の平穏を保っていた事。
 聖騎士の祈りによって闇の炎の力が抑制されている事。
 そして、今回の教会騎士の失踪に関しては、神父は何も知らない事。
 想像していた通り、神父は毎晩闇の炎へ出向き、そこでカラスの瞳を使っていた事。
 何故いつでも使えるものを使わないのかと疑問に思っていたが…神父の掟にはカラスの瞳を悪用しない為にも決まった時間にのみ、この炎の前で行うという規定があるらしい。
 神父が闇の炎に出向く時間はカラスの瞳を使わなかったのは正解だったようだ。

 全ての話を聞き終えたクロウは、真剣な表情で神父を見ていた。

「わかりました。この事は私の心に留めておきましょう」

「本当ですか?」

「えぇ。神父様が教会騎士の失踪と絡んでないのであれば、その事件を解決する事が先決ですし……。それに今の話を聞いた所、神父様は事件解決の為にこの炎でカラスを使っていたという事ですよね?」

「えぇ……まぁそうですね」

「なら、やはり事件の解決を急ぎましょう。疑ってしまい、申し訳ありません」

 クロウは話を続ける。

「聖騎士のフィーリアにも、事件解決の為に動いて貰ってもいいですか?彼女は優秀だ。きっと何か掴んでくれる筈です」

「実は、最近この炎の力が不安定になってきているのです。今回の事件と関係があるのかはまだ分かりませんが……。フィーリアには祈りを続けて貰わねばなりません」

「今日行方不明になった教会騎士……ライベルでしたか……聖騎士様にとって良いご友人だったかと。彼女を縛り続けるのは酷な話です。神父様の懸念も分かりますが、彼女の意思を尊重してあげてください」

「それも……そうですね。いや、クロウ。君には随分と助けられてしまうな……」

「いいのですよ。神父様は社会に馴染めなかった私を救って貰った恩人ですしね……。おっと、もし彼女がこの闇の炎に関して気が付いて神父様に問う事があれば、下手に隠さずに、今私に話したように全て話した方がいいですよ。変に隠そうとすると、それこそ話が拗れるでしょうし」

「わかりました。そうしましょう」

 クロウの目的は全て果たされた。
 これで神父側の準備は問題ない。
 後は―――


――数日後

 計画は最終段階に入った。
 次は、フィーリアに自分の事を疑わせる必要がある。
 クロウは、街中を歩くフィーリアに声を掛けた。

「おやおや、聖騎士殿。こんな所で奇遇ですね。鎧が直ったんですか?いやあ、あんなにボロボロのドロドロになるまで……ライベルを探すなんて中々無茶しますよねぇ。そういえばライベルの手がかりが全く掴めていないみたいじゃないですか?」

「クロウか……余計なお世話だ」

「聖騎士殿はつれないですね~。教会騎士の間じゃこの事件を“夜の鍵”の仕業だとか、神隠しだとか……。そもそも神に仕える身で何を言っているんだか…ほんと、笑っちゃいますよね?」

「クロウ……私は忙しいんだ」

 関心を持とうとしないフィーリアに、一つ目の罠を仕掛ける。

「この間消えたっていう二人も、“森”で一人で行動したから消えたって……まったく!迷子じゃあるまいし、ほんと聖騎士殿も気をつけてくださいよ」

「森……?クロウ、お前やけにこの件に詳しいじゃないか。一人で行動をしていたやつが行方不明になるのは知っているが、場所に関しての情報は表に出ていないはずだぞ?なぜお前がそれを知っているんだ?」

(ヒヒヒ……掛かった……。思ったよりも頭がキレますね~。手間が省けて良いことです!)


「え?あ、いやあ……あれですよ。一緒にいた隊の騎士に聞いたんですよ」

「それは嘘だな。行方不明になった者が隊を組んでいたとは聞いていないぞ」

(確実に食いついている。いいぞ……いいぞ……)

「か、勘違いですかね~?あ、それよりもその弔い瓶は……」

(話を誤魔化しているように見えるだろうか……?演技というのは難しいですね~)

「この弔い瓶はライベルがいなくなった場所にあった。私の物でもライベルのものでもない。こいつは……お前のものじゃないのか?」

「弱りましたねぇ……私を疑うんですか?なんで行方不明になったのかもわからないのに、私を疑うなんてあんまりですよ!それに私は弔い瓶なんて持っていませんし……」

(さぁ!来い!もっと食いつけ!!)

「……すまんな、気がどうかしていたよ。忘れてくれ」

 急に頭に手を当てて、フィーリアは今までの会話を忘れるように首を振る。

(おい!急にどうした!?もっと疑えよ!俺は怪しいだろう!?)

 フィーリアの様子から、これ以上は話したくないという空気を感じ取り、クロウは苦肉の策を取る。

「待ってください!…疑われたままでは私の名誉に関わりますよ。今日一日私を監視してみてはいかがですか?身の潔白くらい証明させてくださいよぉ。あ、それに今日は任務もないので手がかりを探すお手伝いもできますよ」

「そうか。わかった」


 少し危なかったが、なんとか自分の部屋にフィーリアを招き入れる事ができた。
 これで作戦の最終段階は整った。
 後は、勝手にフィーリアが動く筈。
 クロウは他愛のない話をした後、自分のベッドに潜り込んで“その時”が来るのを待った。


――その日の深夜


 窓の外のカラスの目から自室の様子を伺ってみる。
 フィーリアが寝ていれば鳴かせて注意を引きつける予定だったのだが、フィーリアは窓際で起きているようだった。
 予定通り、エイムス、ゴイル、グレゴにカラスを使って合図を送り、墓荒らしに出かけさせる。
 通るルートは自室の窓から見える道を選んだ。
 フィーリアはこの3人を見つける筈だ。

「ん?あれは、エイムスにゴイルにグレゴじゃないか。こんな時間に何をしているんだ?」

 フィーリアはクロウの部屋から出ていく。
 計画通り事が進み、クロウは枕で笑い声を抑えていた。

 3人が墓荒らしをしている現場をフィーリアは見納め、そのまま教会横の小屋まで3人を追う。
 その場で声を掛ける事もあるだろうと踏んで次の手を用意しておいたが、思ったよりもフィーリアは慎重なようだ。

 無事に小屋まで誘導する事が出来た。
 カラスの瞳から小屋の様子を伺う。
 フィーリアは小屋の中に入り、辺りを物色しているようだった。


 闇の炎に死体を投げ入れ終わった3人が、隠し扉から出てくる。
 予定通り、フィーリアと鉢合わせた。

「貴様らが一連の失踪事件の犯人だったのだな!吐け!その先には何がある!?とぼけても無駄だ……この小屋に死体を運び込むのを見ていた!さぁ吐け!貴様らがしたことを一つ残らずだ!この先には一体何がある!」

 怒声を上げるフィーリア。
 クロウはその様子を、半空きになった小屋の入り口に配置したカラスの瞳から眺めている。

「こ、殺さないでくれ!俺達は、なんにも知らねぇんだ!脅されててよ…やるしかなかったんだよ!」

 エイムスのなんとも滑稽な態度にクロウは吹き出した。

「わ、分かった、正直に話す!だから、命だけは!」

(頃合いだな。お前ら、よく働いたご褒美だ)

 クロウはパチンと指を鳴らす。
 予め3人に飲ませたコーヒーに仕込んでおいた闇の炎が燃え上がり、身体の内側から燃えていく。

「ぐぉおおおおおああああああ!!!」

(さぁ、後一手で、チェックメイトですね)


 クロウは笑う。


 朝になり、教会の側で身を潜めていたフィーリアに声を掛ける。

「おやおや聖騎士殿。昨晩は突然どちらに行かれたんですか?朝起きたら聖騎士殿はいないし、親しい仲間が三人も亡くなってしまって…そしてこの騒ぎですよ」

 小屋の外で一晩を明かしたフィーリアには流石に疲れが見て取れる。
 3人の焼死体はシスターが発見し、既に小屋の周りには人だかりが出来ていた。
 その中には神父の姿もある。

「クロウ!どういうことだ?私を疑っているのか!?私が奴らを殺したと」

「えぇ…まぁ普通に考えたらまずあなたを疑うでしょうね。あなたが突然いなくなって朝まで帰ってこない。そして死体が三つも見つかる…十分じゃないですか?」

「クロウ。彼らは臓腑を炎で焼かれたと聞いたが……私には炎の魔素は扱えない」

 頭を悩ませているフィーリアに、最後の一手を用意しようと、クロウはフィーリアに別れを告げて小屋に向かう。

「この小屋の調査は教会騎士の諜報部が行います。皆さん、速やかに撤収してください。神父様も、それでいいですね?」

 神父に目配せで、闇の炎は私が守りますと伝えると、神父は首を縦に振った。

「現場はクロウに任せて、皆さんは3名の葬儀の準備を急いでください」

 慌ただしい現場は一旦クロウに任せられて、他の者は散り散りになった。
 その時、フィーリアがクロウに近づいてくる。

「聖騎士様、どうされました?まだなにか……」

 クロウは構える。
 ここでミスがあれば全てが水の泡になってしまう。
 フィーリアは手に何かを乗せてクロウに見せてきた。

「クロウ。あの小屋には得体の知れない禍々しい炎が隠されていたんだ。私はそこでこれを拾った」

 クロウは目を丸くする。
 それは、最後の一手だと用意しておいた神父のモノクル。
 現場検証の際に自分が見つけてフィーリアへと渡すつもりだったがクロウにとっては、嬉しい誤算だった。
 笑いを隠すのが難しい。

「ゴホッゴホッ……失礼。ほう……これは……何かのレンズですかね?若干度が入っているように見受けられます」

 必死に笑いを咳払いで誤魔化し、確信に迫る。
 最後の一手を打ち切った。

(さぁ、チェックメイトです)


 フィーリアが去ったのを見届け、クロウは笑う。


 あのレンズが神父のモノクルだという事は感づいただろう。
 そして、あの弔い瓶も神父のものだとフィーリアは気がついている。
 神父にその話をすれば、クロウの助言通り神父は事実をフィーリアに話す。
 そして闇の炎を神父が手から出すのを見せれば、その時が神父の死ぬ時。
 全て、計画通りにコトが運ぶ……。


 そして――――

 カラスの瞳を使い、神父の部屋の窓を眺めるクロウ。
 やってきたフィーリアは、クロウの台本通りのやり取りをしていく。

「悔い改めよ!!」

 倒れ込む神父。
 崩れ落ちるフィーリア。

(ヒ……ヒヒャハハ……全て、計画通りにコトが運んだ……!)


 フィーリアのいる部屋に足を運ぶクロウ。
 最後にフィーリアを励ますような言葉を吐いて穏便に終わる。
 そうすれば、闇の炎はクロウのものになる。
 全て計画が上手くいったのだ……最後まで成し遂げよう。


「今の音は一体どうしたんです!大丈夫ですか神父様!!……な、なんと!?せ、聖騎士殿これは一体……何があったんですか?」

「神父様が……ライベルや他の騎士達を!私は、許せなかった!育ての親であっても間違いは正さなければ……」

 笑いがこみ上げる。
 我慢……ここで我慢しなければ……。

「一人で抱えないでくださいよ、聖騎士殿。私もお力になりますから。あ!胸を貸しましょうか?いくらでもこの胸で泣いていただいてかまいませんよ!」


(ダメだ……堪えきれない……)


 口元が緩むクロウ。
 目の前にいるフィーリアは、今まで信頼してきた神父を騙されて殺して……そしてその騙された男に恩を感じている……こんなに滑稽な事があっていいのだろうか……

「今は……お前のその適当な感じに救われる」

「ン~、私は至って真面目なつもりなんですがねぇ」

「フフフッ……それはすまなかったな」


(もう……限界だ……)


「フフフ……フフハハハ……ヒヒャハハハハ!!!」

 どうしようもなかった。
 こんなにも面白い事が世の中にあっていいのだろうか。

「クロウ!?どうした!?」

「どうしたもこうしたもあるか!!これが笑わずにいろってのが無理な話だろうが!!ヒャハハハ……」


 全てが上手くいった。
 それが途方もなく可笑しい。

 クロウは笑う。


 その時、外から物凄い音が聞こえてきた。
 ソーンの街に、帝国軍が進行した瞬間だった。
 混乱する人々の声、崩れる建物の音。

 フィーリアはとっさに外に飛び出した。
 クロウは笑いをまだ抑える事が出来ない。

「今度は……なんだってんだ……ヒャハハハ!!」


 ――数刻後

 クロウが教会から出ると、目の前に戦場が広がっていた。
 その最前線にフィーリアが見えるが、どうやら押されているようだ。


 腹を抱えてクロウは笑う。

「助けてやろうか!?聖騎士様よぉ……!!ヒャハハハ……!!」

 全てを悟ったフィーリアは、クロウを睨みつける。

「貴様の助けなどいらん!この裏切り者が!!!」

 その怒りさえ、クロウには堪らない。

「ヒャハハハ!!お前は街を守りたい!俺は帝国に炎の秘密を知られたくない!動機は違うが、目的は一致してるじゃねぇか!!俺が一緒に戦ってやるよ!ヒヒャハッハハハハ!!!!」

+ 聖夜に舞う赤き風エリス
「やだやだやだ~!クリスマスなのに~!!」

「エリス~!プレゼントくれよ~!」

「あ、あははは……」

 所属する海賊団員全員で臨んだ大仕事。
 やっとの思いでその仕事を片付け、バルバームへとくたくたの体で帰り着いた途端、街の子ども達に囲まれたエリス。

「えっとぉ~……クリスマスなのはわかったんだけど……何でアタシがみんなにプレゼントを?」

「船長は毎年プレゼントくれてたぞ!」

「船長が!?」

 聞けばその船長。
 クリスマスの時期になると、サンタ代わりに街の子ども達にプレゼントを毎年配っていたとのこと。
 貧しい家々の子ども達に対する粋な計らいである。

「でもね、でもね、今年はプレゼントまだもらってないの……!」

「あ~……」

 それも無理からぬことだ。
 ここ数週間、大きな仕事に備えて団員一同は大忙し。
 船長ともなると、計画を練ったり、皆の監督をしたりと、その苦労も人一倍だったことだろう。
 当然、プレゼントを用意する時間など無かったはずだ。

「最近ちょっと忙しかったから、船長さんも大変だったんだよ?だから許してあげて?ね??」

「知ってるよ!だから代わりにエリスに頼んでるの!」

「…………何でアタシなのかなぁ?」

 出来る事なら船長の気持ちを不意にはしたくないし、楽しみにしていた子ども達を裏切るのも忍びない。
 しかし……しかし……金がない。
 こればかりはどうにもできそうになかった。

「ねぇ……もう諦めようよ。エリスお姉ちゃん困ってるよ?」

「お前はプレゼント欲しくないのかよぉ!?」

「だって、だってね……プレゼントは大人の人がくれる物だから。エリスお姉ちゃんに頼んでも……」

「……そんなの……わかってるよ……」

 エリスの顔から少し下の方へ視線を落として溜息をつく男の子。
 その表情を見て、エリスは罪悪感を覚える。

 このままでは、船長が子ども達の期待を裏切った事になる。
 そんなのは見過ごす事ができない。
 その想いが、エリスの心に火を点けた。

「わかったよ!全部エリスお姉さんに任せなさい!今年もプレゼントを用意してあげるんだからっ!」

「ホントに~!?」

「おいおい、大丈夫なのかよ?」

「ふっふっふ……我に秘策有り……!」

――――――
――――
――

「イヴァンせんぱ~い!ちょっといいですかぁ??」

「うぉわ!?エ、エリス!?なんだてめぇ……ノックもしねぇでいきなり人の部屋に!!」

「まだ寝てなくて良かったですぅ!先輩にちょっと相談があるんですよぉ!!」

「あぁ!?俺はマジで疲れてっから!!起きてからにしてくれ」

「まぁまぁ……先輩にとってもいいお話ですから、とりあえず聞いてみるだけでも!」

「はぁ……仕方ねぇな……聞くだけぐれぇなら……」

「流石せんぱいですぅ!!話の分かるいい男ですねっ!!」

「てめぇ……ほんと現金な奴だよな……」

「何の事ですかぁ?エリスわかんな~い!」

「ったく……。表の酒場で待ってろ。着替えてから行く……そういやエリス。てめぇ、俺が裸なのに動じたりしないんだな?」

「え??その辺の犬も服なんて着てないじゃないですか。それに先輩って常に半裸ですし。そもそも視界にはなるべく入れないようにしてるんで、大丈夫ですよ!?」

「それが頼み事をする人間の態度か……?」

「じゃあ酒場で待ってますから、早くしてくださいね!!」

「聞けよ、てめぇ!!」

 待つこと五分程だろうか。
 酒場のカウンターでミルクをあおっていたエリスの元に、イヴァンが顔を出す。

「も~!遅いですよ、せ・ん・ぱ・い!アタシのために気合入れておめかししてくれていたんですかぁ?」

「なんでてめえと話すのにおめかしする必要があんだよ……で、その先輩を呼びつけるほどの相談ってのは?」

 疲れた身体に鞭打たれ、是非も無く呼び出されたのだ。
 しかも同じ海賊団の後輩に。
 当然と言えば当然だが、イヴァンの機嫌はあまり良いようには見えない。
 それでもこの場に現れたのは『相談』という言葉を無下にできない彼の性格を表していると言えるだろう。

「おやっさんがねぇ……」

 事の顛末を話すと、イヴァンは子ども達に囲まれていた時のエリスと同じ、思うところはあるが渋るような、そんな悩ましい表情を浮かべる

「船長に相談しようとも思ったんですけど、たぶんまだお仕事の後始末とか残ってると思うし……」

「ま、そりゃ酷だわな。善意でやっていたとはいえ、強制されちゃおやっさんも堪ったもんじゃねぇだろ。だから俺のとこに来たわけか……」

「どうですか?ちゃちゃっと片付けちゃいません?」

「普段なら暇だしそれくらい手伝ってやってもいいけどよ……今はとにかく仕事の疲れがなぁ……」

「……そう……ですか。仕方ないですよね。これ以上アタシのワガママに先輩を付き合わせるのも悪いですし、アタシ一人で何とかしてみます……くすん」

「いくら俺でも雑巾の絞り汁みたいな嘘の涙には釣られねぇぞ?」

「……っち!」

「そんなんだから俺もやる気が起きねぇんだよ……ったく」

「あ~……でも、先輩?これってチャンスでもあると思うんですよね?アタシ」

「チャンス?」

「船長もきっと今回の事を気に病んでいると思うんですよ。そこに颯爽と現れて、その想いを汲んでくれる船員がいたら、船長はどう思うんでしょうね?」

「……ふむ」

「船長だけじゃありませんよ?街の子ども達だって大感謝確実ですよね。船長に並ぶ街の優しい兄貴分として評判はうなぎ登り!」

「…………ほぅ」

「さらに!普段そういう事をしなさそうな人が突然そんな事をすれば、これぞまさにギャップ萌え!ついでに子ども達のお姉さん、お母さん、その友達に至るまで、街中のご婦人達が頬を染めながら憧れの眼差しを向けてくるように!!」

「作戦について聞こうか!!」

「それでこそイヴァン先輩です!!」

 イヴァンは先程とは打って変わって、真剣な目でエリスを見る。

「俺にもプレゼント用意する金はない。これについて何か策は?エリス」

「お金は必要ありません。プレゼントは盗みます!」

「ふっ……海賊らしいな。で、当てはあるのか?」

「少し前、仕事のターゲットにしようとしてたイエルの貴族は覚えてますか?」

「あぁ……確か悪徳商売で私腹を肥やした成金豚野郎だったな。その後大きな仕事が急に飛び込んできて、結局計画はお流れになっちまったんだっけか」

「そうです!せっかくだから今回、プレゼントの手配役に一躍かってもらおうと思いまして」

 イヴァンは目を閉じて少し俯くと、額に手を当てて少し笑う。

「なるほどな……悪くない」

「せんぱい……そろそろウザいんで元のキャラに戻してください」

「いちいちうるせぇな……でもよぉ?貴族邸となると警備もそれなりだぞ?二人だけでやんのかよ?」

「そのまま突破するのは二人じゃ難しいので、ちょろっと先輩に別の仕事を頼めないかな~なんて!」

「別の仕事?」

「イヴァン先輩には、イエルに魔物をおびき寄せてきて欲しいんですよ」

「そりゃ……パニックが起きて、家から避難するわな」

「そしてあらかじめイエルに潜入したアタシが、華麗に貴族の屋敷に忍び込む!あ、あくまでパニックを起こすためだけなので、凶悪すぎる魔物はくれぐれも連れてこないようにお願いしますね!!」

「いいぜ!確かに手勢不足を補うにはいい作戦だ!けど、もし見つかったらてめぇ一人でどうすんだよ?」

「もちろん、いざという時の事も考えてますよ!でも、それはまた後程ということで!」

「何するつもりだ……?まぁ、いいか。じゃあ準備が出来たらバルバームの門前に集合な」

「了解ですぅ!」



 間もなく陽が落ちようという頃、約束通りバルバームの門で落ち合う二人。
 先に到着しイヴァンは寝転がってエリスを待っていたが、近づいてくるエリスの気配を感じて立ち上がる。

「やっと来やがったか……いつまで待たせ――うぉおい!?何だその恰好!?!?」

 エリスは、普段の仕事の時に着る服ではなく、軽装を可愛らしくアレンジしたサンタコスプレで登場していた。

「あれ?似合ってないですかぁ?」

「そ、そ、そういう問題じゃなくてだな……!」

「これなら現場を押さえられそうになっても、サンタさんですよと言い張って誤魔化すことができますよね!」

「んなわけねぇだろ……!」

「あれあれ~?先輩……顔が赤いですよぉ?見たかったらもっと見てくれてもいいんですよぉ??」

「っるせぇ!!貧相なてめぇなんか誰も見ねぇよ!!」

「……は?何様ですか~?」

 こうして二人はイエルへ向けて出発していく。
 イエルの街で何が待っているのか、この時のイヴァンはまだ知らない。


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最終更新:2017年07月28日 16:55